【地図にない街】359氏



「ノーラン、補充パイロットの件はどうなってます?」
「それが…悪い、ニキ。
アナタたちが連邦に組する、それ以外の方法が見付からなくて」
「連邦、ですか…」
「もう一つ謝っとくことがある。
アナタたちを唯一受け入れてくれたのが、あの―」

―第三話 地図にない街―

「そうですか―」
「いや、本当ゴメン」
「いえいえ、手筈を整えたことだけでも」
「うん、合流地点を送っとくね。じゃ」

「あの悪名高い」
「ハルト、噂に流されてはいけません」
「百聞は…一見に敷かず、ですか?」
「ええ」

地球連邦軍月面基地、ルナ2。
そこが合流地点だった。
そして、ネェル・アーガマがやってきた。
「小佐。アーガマ、ルナ2に到着しました。」
「…時間通りね」
小佐、と呼ばれた女性がほくそ笑む。
「ウフフ、たっぷりおもてなしなさい…」

「ニキ・テイラー、只今到着しました。」
「そこに座りなさい」
「ハッ」
「ネェル・アーガマ。乗組員20人。内、負傷兵10名…
これで生き残っているのですもの、さすがニキ中尉」
「ラビニア少佐、私はもう連邦を辞めた身です」
「でも、ワタシの元に来るのでしょう?
それはね…復帰するってことよ」
「……」
思わず黙るニキ。
「不服だったかしら?」
「…正直に言ってしまえば」
「ウフフ、何も変わってないのね…」
「気に障りましたか?」
「全然。それでこそニキですもの。
士官学校の頃のアナタとね」

「それにしても、A.E.U.Gとはね」
ラビニアはそう言い放った。
「連邦を辞めた人が中心だなんて皮肉なものね。
でも、もう終わった組織でしょう?
何故、やり直したの?」
「奢り…今の連邦が持ってはいけないものです」
「アナタが目指していたもの…さしづめ力の監視者、ってところね」
「そう思って構いません」
「だから、一部の人に睨まれるのよ。
いくら理解者がいても…ね?」

「ところで」
ニキが話を切り出す。
「少佐はこ存じですか?」
「あの無人機のこと?」
「エエ」
「ビット…ワタシたちはそう呼んでるわ」
「ビット?」
「そう。そしてそれはアナタを嫌うヒト」
「内部犯だと?」
「監視者は得てして嫌われるモノよ」
「そう、ですか…」
「あと、アナタのところのパイロット。あの子を呼んで頂戴」

「結局、今日会う人ってどんな人?3」
「さあ、フェイさん知らない?4」
「あまり詳しくは…あ、ケイさん…それダウト…」
「かぁ〜っ、バレてたか〜!」
一方、クレアたちはつかの間の休息を取っていた。
「ハルトなら知ってるんじゃないか?5」
「そうですね…ニキ艦長といっしょに連邦を出てますし…6」
「ディライアさんフェイさん、そうなの?7」
「知らなかったな〜。8」
「ああ、その頃からの付き合いだったはずだ。9」
「あっそれダウト!」
「悪いな、クレア」
「アチャ〜」
とまあ、こんな調子だった。

「クレアさん!探したんですよ!」
噂をすればなんとやら。
突然ハルトが現れた。
「ウワ、驚いたー!」
「とにかく、来てもらいますよ!艦長が呼んでます!」
「ハイハーイ!」

クレアはハルトに引っ張られ、建物に連れてこられる。
そして、ニキに部屋に入るように促された。
「コンチワ〜」
軽い気持ちで入るクレア。しかし、部屋の空気は重い。
いきなり気まずくなる。眼前には金髪の女性。
「アナタが…クレア・ヒースローね?」
どこか近付きがたい雰囲気。その低く鋭い声もそれを助長する。
「ハイ」
答える声もどこか元気がない。
「ワタシはラビニア・クォーツ。
少佐なんて肩書きもあるわ。けど気にしなくていいから」
気にするな、と言われても気にしてしまうものである。
少佐といえばかなりの階級である。クレアはさらに萎縮してしまった。
「うふふ…カワイイわね…」
そんなクレアの様子を見てややサディスティックな笑みを浮かべる。
「さて、本題に入るわね。アナタ…MSに乗ってる時、何か感じる?」
突然の質問にたじろぐクレア。
「うーん、やられないようにするのに必死であまり覚えてないなあ…」
こんな答えで怒られるんじゃないかと思った。しかしこう答えるしかなかった。
しかし、返ってくる答えはクレアが予期するものではなかった。
「でもスゴイじゃない。まだ二回しか戦ってないのでしょう?
それでエース級の活躍をして…少し妬けちゃうわ」
ラビニアの気持ちはストレートなものだった。
まるで憧れのものを見る目つき。先程の目つきよりか優しさを伴っていた。
「そんなことないです。ワタシ、運と勘だけは人一倍あるんで…」
その言葉をラビニアは聞き逃さなかった。
「運と勘…ね。クレア、ありがとう」
「アレッ、話ってそれだけですか?」
きょとん、とした顔をするクレア。
「そう、アナタへの質問はこれでオ・シ・マ・イ!」
ウインクまでしてみせるラビニア。そこには先程までの攻撃的な感じは消えていた。

クレアが帰るのを見送り、またニキを呼ぶラビニア。
「アナタがあんな態度を見せるとは」
「だって楽しいじゃない、彼女」
クスッと笑うラビニア。
「それにしても彼女、気付いてないみたいね」
「エエ」
「ま、焦らなくてもいいわ。で、これがこれからの予定ね。
そこにも書いてある通り、アーガマは今後ワタシの配下となるわ。
その上で物資、人員はワタシが出す。おわかり?」
「エエ」
軽くうなづくニキ。
「アーガマの指揮はアナタに任せるわ。
責任はワタシが取るから、好きにやりなさい。
これ、上には秘密ね」
人指し指を口に当てウインクをして微笑むラビニア。
「よろしいのでしょうか?」
「本当はワタシも生の戦況を知りたいけどね。
でも、ここからはまだ離れられなくて」
「またMSパイロットとして?」
「当たり前じゃない。
アナタには悪いけど、艦長なんて退屈だもの」
「アナタは本当に変わってらっしゃる。
アノ頃も指揮官としての将来を捨てて、MS乗りを目指していらっしゃった」
「前途ある道を捨て、反連邦組織なんて作った誰かさんもいたわね」
笑い合う二人。
「結局、元通りね、ワタシたち。懐かしいわ」
ラビニアがつぶやく。
「そうですね…」
「アノ頃の仲間、呼び戻したい?」
「そんなこと…皆それぞれに大変でしょう?」
「案外そうでもないみたい?ホラ」
そういって扉の方を指差すラビニア。
「ニキ、おまたせ!」
「ノーラン…」
「お久しぶりです、ラビニアさん。いや、ラビニア少佐でよろしかったでしょうか?」
たどたどしい敬語で話すノーランに、ラビニアは苦笑せざるを得なかった。
「いいのよ、昔のままで」
「それじゃ…ラビィ、おひさ!」
プッと吹き出すラビニア。
「あはは!あったわねぇ、その呼び名!ねぇ、ランちゃん!」
「うわ、今呼ばれるとハズイなあ…」
ポリポリと頭を書くノーラン。
「あれ、ニキはなんてったっけ?」
「確かね…あっ!」
「ニッキー!」
声が揃う二人。呼ばれた当のニキ本人は耳まで真っ赤になっていた。
「"アレ"は…もう使わないはずじゃ…」
「んなこと言っても、ねぇ?」
ねぇ?を声を揃えて見合うラビニアとノーラン。
「おかしかったわね、ワタシたち。ノーランが落第生で」
「失礼ね。で、ラビニアがMS狂。よくこんなのにニキがついていけたわね」
「元々同性は少なかったですし…」
「あ、それ遠巻きにアタシたちをバカにしてない?」
疑いの目を向けるノーラン。
「いや、決してそんなことは…アナタたち以外の人もいたでしょう?」
「たとえば?」
ラビニアが尋ねる。
「たとえば…フレイとか…」
「ねえニキ、呼んだ?」
聞いたことのある声。ニキは恐る恐る振り返る。
「フレイ…!」
「リー!リーじゃない!」
「ノーラン!」
再会を祝い、抱擁するノーランとフレイ。
「フレイ、どうしてココに!?」
驚きを隠せないニキ。
「紹介してなかったわね…と言っても、する必要ないかしら?
フレイはね、今大尉として、ワタシを支えてくれてるの」
「いや少佐。私なんてまだまだ未熟です」
「フレイ、この場は無礼講よ。立場なんて忘れて、昔に戻るのよ」
「すいません」
「やっぱリーは仕事になるとどこか固いなぁ!」
「ノーラン、仕方ないじゃない!それにリーは止めて、ちょっと恥ずかしいから…」
女三人、寄ればかしましい。
それをさらに越える四人の細やかな同窓会はこうして過ぎていった。

「ハルトさん。あのラビニアっていう人について何か知ってる?」
帰り道にハルトにそれとなく聞いてみるクレア。
「ラビニア少佐ですか…連邦では"ひねくれもの"と呼ばれていましたね」
「そう?そんな感じはなかったけどな」
クレアが首をかしげる。
「敵のMSを捕獲し使う、指揮官でありながら戦艦から飛び出しMSに乗る、
扱いに困る始末書ものの人ばかりを集める、捕虜を色仕掛けで味方にする…
そんな話ばかり聞きましたね」
「ふーん。あっ、そうそう。
ハルトさんもニキさんと一緒に連邦を止めたんでしょ?」
「ええ。元々艦長の所でやってましたから。
艦長が辞めると聞いたとき、ついていこうと思いまして」
「へえ。でもさ、ハルトさんぐらいにもなると偉くなれたんじゃないの?」
「いや、それは無理だったでしょうね」
「無理だった?」
「ニキ艦長は連邦の旧態依然の体質に嫌気がさしてましてね、それをよしと思わない人たちから嫌われてましたから」
「んじゃ、ハルトさんも道連れってこと?」
「言葉は悪いですが…艦長の元でやるということはそういうことです。
だから、出世を願う人たちが一人、二人と抜けていき…」
「艦長とハルトさんだけが残った」
「そういうことです」
「ニキさん、軍に嫌気がさしたんでしょ?どうしてまた、こんな船に乗ってるの?」
「そこなんですよ」
ハルトの声の調子が強まる。
「A.E.U.G.って聞いたことあります?」
「本でなら読んだことがあります。確か…反連邦組織の。アクシズの反乱後に解散したあれですよね?」
「ええ。艦長は再び作ったわけです」
「えっ?」
「と言っても、グリプス戦役の時のような過激な活動はせず、連邦の上層部の汚職をリークしたり、コロニーでの圧政を批判したり…
ある種の政治結社的な活動が中心でしたけどね」
「でも、それならあんな武装いらないよね?」
「そんなことをして、連邦から喜ばれると思います?」
「あ」
「いつ襲われるかわかりませんからね」
「でもさ、そういう時って判別信号なり何なりかが出てわかるもんじゃない?」
「それが出ないからこうなっているんですよ。
まあ、連邦の全てが敵だって訳じゃないですけどね」
「ん?」
「膿は出すべきだ、って我々の活動を認める人もいれば、援助してくれる人もいるってことです」
「んじゃ、連邦は敵で味方なの?わっかんないな〜」
「そういう区別はしづらいと思いますよ」
「じゃ、ラビニアさんは味方だったわけ?」
「それはわかりません。
あの"ひねくれもの"ことです、何かウラがあるかもしれませんよ。
では私はこれで」
そう言ってハルトは自分の部屋へと戻っていった。
「考えすぎな気もするんだけどなあ…」

「いやー楽しかったねー!」
周りはシン、と静まっている。時刻は12時を過ぎ眠りについた人たちがほとんどであろう。
今、この部屋には二人。あちこちに缶ビールが転がっているところを見るまでもなく、出来上がっていた ―といっても、全て一人が飲んだものなのだが―
「ノーラン、もうそのへんにしてはどうです?」
「あー?アラヒは大丈夫らって!」
そういってスック、と立ち上がる。が、すぐにバタンと倒れた。
「ハハ、ラメかもしんないかもね?」
「ろれつが回ってませんよ」
「それにひても、ラビィがねー。アタヒまで軍にもろすなんて」
相変わらず言葉遣いがメタメタなノーラン。
「でも、どうするのです?これから」
「んー、お役御免ということみたいらし、ここにお世話になるわねー」
「それはかまいませんが…そういえば」
「ん、なになに?」
「何故あの時謝ったのです?私はラビニアのところに行くことは最善のように思いましたが」
「あー、アレね?いきなり会ってねおねがーい、なんてことになったら驚くかな?っと思って」
「気にしすぎですよ」
「そう?ならよかったー…」
酔いからか、そのまま眠ってしまっていた。

時を同じくし、ルナ2の司令室。
「ふふ、フレイ、どうだった?」
「懐かしかった…ただただそれだけです…」
「喜んでもらえたみたいね。でもね、これからは仲間よ。手と手をとって進まなくちゃ…ね?」
「少佐、それについてなんですが」
フレイが態度を改める。
「あら、二人しかいないのだからそんな風に呼ばなくても」
「いえ。これは旧友としてではなく、一軍人、フレイ・リーゼンシュタインとしてラビニア・クォーツ少佐に申し上げたいのです」
「…そう」
ラビニアの態度も、クレアに始めて会ったあの時のような雰囲気に変わり、部屋全体がピリピリした空気に包まれる。
確かに、そこに居たのは古くからの友達ではなく、上司と部下であった。
「何故、ニキ中尉を呼び戻したのです?
悪いですが、中尉は連邦の目の上のたんこぶとして忌み嫌われたものですよ?」
「…フレイ」
「ハイ」
「アナタなら、そう言うと思ったわ。確かにニキは嫌われていた」
「では…ではどうしてなのですか!?」
「ワタシも、ニキの考えに賛同できる…これじゃ答えになってないかしら?」
「…いえ」
「今のことはワタシの気持ち。
本当のことを言うとね、連邦も今変わり始めている、いえ、変わらなきゃいけない時なのよ」
「と、言いますと?」
「アナタは知っているでしょう?保守派と革新派の争いのこと」
「ええ…」
「そして、保守派で今急激に発言権を増やしている人がいること」
「ニール・ザム少佐のことですか?」
「そ、あのコ。ちょっとおイタが過ぎたみたいね…最近色々な噂を聞いてるわ」
「それとニキ中尉の復帰、何の関係が?」
「ワタシ自身、そんな派閥抗争には興味がないわ。でも言ったでしょう?連邦は変わらないといけない、って。
でも、あのコが革新派の弾圧をするせいでパワーバランスが崩れてきた」
「ニキ中尉はそのために?」
「ワタシはニキを利用するつもりで呼んだんじゃない。彼女の主張、いや思想とでも呼べばいいのかしら?
それは間違い無く革新派との利害が一致するわ。だから、彼女の存在は革新派にとっては百人力じゃなくて?」
「確かに。でもそれは…」
「ええ。ワタシも対立に巻き込まれることになるけど、仕方ないわ。
フレイ、これがワタシの答えよ。気が済んだかしら?」
「私のために…ありがとうございました」
「明日も早いわ。今日はもうゆっくり休みなさい」

翌朝。クレアに一通の手紙が届いた。
「ふぁ〜あ…なになに…『今日、会いたし。この場所に来てほしい』これだけ?」
手紙には場所を示すポイントも書かれていた。
とりあえずこの辺りに詳しい人…クレアはラビニアのところへ向かった。

「う〜ん…」
ラビニアはクレアから受け取った手紙を見て、頭を傾げていた。
「クレア、ちょっとこれを見て」
地図を取り出すラビニア。
「ココがワタシたちの基地。で、ココがアナタの手紙に書いてあった所」
順に指差していく。
「何も…無い?」
「そう。本来ココには何もないはずなんだけど…」
「差出人も分からないし、今日って言いきる辺りワタシが今日来るのが分かってるみたい…」
「…!まさか…!?」
突然顔色を変えるラビニア。
「ラビニアさん、何か知っているのですか?」
「…ええ」
そういって受話器を取る。
「…フレイ?ワタシ。今来れる?見せたいものがあるの…」
どこか口調が重い。

「コレは…!」
フレイが驚きの表情をみせる。どうやら書かれていた字に見覚えがあるようだった。
「やっぱり彼女のモノ?」
「彼女?」
「そう、ワタシたちの同級生でフレイの部下だったの」
「でも…ウソ…!」
うつむいたままの顔を上げず、ただただ手紙の文面を見て呟く。
「ルナは…ルナは私をかばって…コクピットを貫かれて…!」
フレイの脳裏に当時の出来事が蘇る。
それから、嗚咽が漏れる。
「ゴメン、フレイ。思い出させちゃって。ワタシ…イヤな女ね…」

その時、クレアの意識がふと無くなり、目の前の光景が変わる。
「あれ…?なんだか、蒼い…?」
優しく蒼い光が包む世界…クレアの目の前に影が現れる。
「誰だろう…?なんだか知っている気がする…」
「…レア、クレア!」
ラビニアの声に引き戻される。
「どうしたの?なにか考え事?」
「いえ、別に」
(不思議な感覚…なんだろう?)
「もし、これがルナなら…手紙も狙って出したのかも…」
「どういうことです?」
「会えばわかるかもね。クレア、是非行って頂戴。フレイと一緒に」
「…わかりました」
「わかったわ、ラビニア」

それから数時間。クレアとフレイは約束の場に着いた。
彼女達の目の前に現れたのは無の荒野…ではなかった。
「これは…!?」
整然と敷かれた道路。碁板の目のように引かれたそれにそって家が立ち並んでいる。
「でも…」
辺りに人影はまったくいない。
中央にある建物にかろうじて明かりがついている。
「あそこは…?」
そのとき、クレアはある種の悪感を感じた。
「いや、フレイさん。止めておこう…」
「…それもそうね。急ぎましょう」

「…ココ?」
どうやら家のような建物の中。電気が通っていないのか、部屋はうす暗いままである。
「…クレア・ヒースローだな?隣は…懐かしい。フレイか?」
「よく…よく生きてたね!」
フレイがルナに抱きつく。涙が溢れて止まらなかった。
「…まさに奇跡だった。傷だらけのノーマルスーツで漂っていたのだからな…」
フレイがふと先ほどの発言を思い出した。聞こうにも言葉が出ない。震える膝を抑えながら尋ねる。
「ルナ、ひょっとして目が…」
「…おかげでより感覚が研ぎ澄まされるようになったさ」
「ゴメン…ゴメン!」
「ルナ…さん?」
「クレア、何だい?」
「聞きたいことが山ほどあるんですけど…」
「そうか…今から答えよう。…まず、この街についてだが…」
息を呑むクレアとフレイ。
「誰もいなくて当たり前だし、地図に乗ってなくて当たり前だ。
ここは…なかったことになっているのだから…」
「ルナ、どういうこと?」
「NT至上主義者達が作り上げた幻想…それがここだ」
「あのーまったく意味がわからないのですけど…
それに、ニュータイプって何?何が新しいの?」
「ニュータイプとは…はっきり言って説明できない。
一つ言えるのが…常人とは違う感覚を持つ者…こんなとこだろう。
そんな者達を一つの場所に押し込めて育ててやろう…いや、むしろそんな奴らを作るための施設…それがこの街だった
もちろん、そんなことが出来るはずか無かった。だからここは無かったことになったのだ」
「道理で…地図に載っていない訳だわ」
「…だが、そのための研究は続けられた。研究者にとってやりやすい場所だったからな」
「そっか…絶好の隠れ家なのね」
「その結果が…アソコだ」
ルナが指差す。その先には先程の明かりのついた建物があった。
「…彼らは、限り無くニュータイプに近い知能と、それに適応できるMSを作りだした。
それがクレア、キミを襲ったMSだ。」
「アレが…」
「そう。…ビットと呼ばれているものだ」
「なら、止めに行かなきゃ!」
「…無理だ」
「だって、今止めなかったらまた襲ってくるんでしょ!?それがわかっているのに、見過ごすことができるわけないじゃん!」
「…確かにそうだ。だがどうやって止める?」
「人、いないんでしょ?なら…」
「…残念だか最近、ここの周りもうるさくなってきた。
…ワタシはここが静かなところだったから世話になっていたのにな…」
「もしかして…連邦?」
「フレイ、おそらくそうだろう。…ワタシもそろそろ引き時なのかな?」
「なら、私たちのところに来れば…」
「…それをやったらフレイ、キミたちのところにも迷惑がかかるだろう?」
「大丈夫よ。ニキを受け入れた時に追い掛けられる覚悟は出来ているから、一人増えたところで!」
「…そうか。それはありがたい」
「ルナさん。ワタシを今日、ここに呼んだのはそれだけですか?」
「クレア。最後になったが、今日呼んだ理由を言おう。…キミはワタシに似た感覚を持っている」
「ワタシが?」
「…だから、キミが月に着くのがなんとなくわかったから今日、キミに会えた」
「何が言いたいんですか?」
「ワタシは…かつてNTと呼ばれていた」
「ワタシがNT!?まっさか〜!?」
「まだ、気付いてないみたいだけどな」
ルナが軽くフレイの方へ見やる。
「…悪いが、フレイに会えたのは偶然だ。クレア、キミはワタシに取って幸運の女神なのかもな」
ルナが微笑む。
「実はな…クレアにあげたいものがある。だから今日、ここに呼んだんだ」
そう言って外へ出るルナ。彼女が連れていった場所は林の中だった。
広大な林の中にはMSが隠されていた。30mはあるであろう、とても大型のものである。
そして、それはフレイが見慣れていたものでもあった。
「ルナ、これは…」
「…修理、いや、ほぼ一から作り直した。
目が見えないからと言って苦労はしていない。が、さすがにこれはなかなか手間がかかったがな…」
「ルナさんはこれをワタシに?」
「…もう乗ることもないだろう」
「ルナ、だからといってこれは…MRXは!」
MRX…クレアは、必死で思い出していた。そして、記憶の底から引っ張り出してきた。
…サイコガンダムである。だが、これほどにも小型だったろうか?
いや、いずれにせよ悪魔と呼ばれたアレに乗ることの恐怖…クレアはそれを感じていた。
「ルナさん、正気なんですか?ワタシがアレに乗るなんて…」
「そうよ、ルナ。クレアにコレが務まるわけないじゃない!」
「…クレア」
「ハイ…」
「…MSに乗るとき、何を思う?」
「何を?って…それはやられないようにすること。あと…」
「…あと?」
「…あと皆の所に帰って…そのために皆を…帰る場所を守ること…」
「…その心があればコイツにやられはしないさ」
(まだ、怖いって言ってないのに…!)
「そう驚くな、じきに慣れるさ」
「…でも、こんな大きいもの、どうやって運ぶんです?」
確かに、林から出たとしてもあの工場からは丸見えである。もしかしたら襲ってくるかもしれない…それは考えるべき課題であった。
その時、フレイが思い付いた。
「イチかバチか、なんだけど…ルナ、クレア、賭けてみる?」
「『やらないよりはマシ』…でしょう?」
クレアが二人に目配せをする。
「…そうだな。フレイ、教えてくれないか?」
「ええ…実はね…」

    ―次回に続く―