【星のきせき/count3】190改めulthar氏



 ヴェサリウスは現在MSを満載状態で航行していた。その腹では奪取した地球連邦最新鋭のXナンバーが着々と解析作業を進められている。優秀な整備兵はすでに敵軍製の四機を大分に理解して、数を大幅に減らしたジンと同じくらいの作業効率を出していた。
「凄い機体ですね! ジンもいいですけど、やっぱりワンオフは性能が段違いです」
 格納庫わきのパイロットルームに滑り込んできたニコル・アマルフィーが、頬を上気させながら言う。一休みしていたアスラン・ザラは親の敵のように見つめていた自分の機体からあわてて目をはずし、あいまいに同意した。
「……ああ。本当に、たいした技術力だ。オーブが絡んでいるだけのことはあるよ」
「ええ。それぞれの用途に特化させて互いを補う……きっと、五機の戦闘データをもとに汎用性の高い量産機を造るつもりだったんですね」
 感慨深げにニコルは言う。ザフトのエリートを示す赤の軍服を纏うこの少年は、柔軟な発想と高い適応力を認められているが、軟弱な性格が災いしてその能力を十全に発揮しているとは言いがたい。他の赤服、クルーゼ隊所属の五人の中でも影の薄いほうであった。
 そもそも戦いに向いていないのだということは、彼自身を含め意見の一致を見るところだろう。だが、自分たちの故郷を守るために戦うというのは、そういった向き不向きを無くしてしまうのかも知れない。
 入り口がエアーの音を立てて開き、濃緑色の軍服の少年を迎え入れた。シェルド・フォーリーである。二人に気付き、軽く敬礼した。
「どうかしましたか、シェルド?」
「いえ、その……」
 何とも言い難い表情で返答する。アスランは一瞬シェルドの目線が一つのモビルスーツに向かったのを察知した。
大型艦でもない艦内では、見知らぬ人間の存在など介入の余地はない。だが、いまこのヴェサリウスでは全く詳細不明の人物が一人乗り込んでいる。そしてその人物の機体もまた正体不明であった。
「あれか……たしか、トールギスとか言うらしいな」
 アスランもそのMSを見た。通常サイズの整備槽から明らかにはみ出した全身を屈めようにして固定されているオフホワイトとブラックの機体。よくよくみればその表面には隠すことの出来ないあまたの傷が確認できるはずである。いまその装甲は一部外され内部の駆動機関がむき出しになっていた。だが以外にも整備員は殆ど着いて居らず、アスランは外見に反して整備性が高いのか、それとも大した機能不全をわずらってないのかのどちらなのかと思った。その予測はニコルの言葉に覆される。
「トールギス……ですか。不思議なMSです。知っていますか? あの機体はいつ廃棄処理されても可笑しくないほどガタが来ているらしいですよ」
「……なんだって?」
 アスランが口にしようとしたことばを、シェルドが言った。その表情は……畏れ、だろうか。
「スラスターの約半数が沈黙、メインバーニアの出力は三分の一以下、間接稼働部は壊滅、エネルギーバイパスの接続状態は目も当てられないほど、だそうです。こんな爆弾を格納庫に置かせるなって、整備班のみんなは言ってます」
「……馬鹿な」
 シェルドの声が震えている。それもそうだろう、とアスランは思う。まともな神経の持ち主なら――いや、まともなMS知識を持つものなら、か――安全のために廃棄するような代物だ。パーツ取りにも使えまい。そんな機体を操縦し、この艦までたどり着くなぞ、正気の沙汰ではない。
「一体誰なんだ、乗っていた奴は」
 心底そう思う。帰艦が一番遅かったので操縦者を見ていないのは赤服の中ではアスランだけなのだった。
「ええ、それが――」
 ドアーが開く。シェルドはトールギスに見入っており、その声がするまで振り返らなかった。
「そこに居たかね、シェルド・フォーリー」
 凛とした声がシェルドの背筋を貫き、記憶を呼び覚ました。トールギスの声……。
「あ、貴女は」
 アスランは動揺して声を震わせた。きらびやかな軍服の麗人など、この艦には居ないはず。だから、彼女が異邦者なのだと、頭では理解していた。
 麗人が、アスラン・ザラに頭を向ける。その瞳に、アスランは背筋が凍り付く思いがした。
「ああ、初めて会ったな、君は。確かアスラン・ザラと言ったか。私はエルフリーデ・シュルツ。この艦に同乗させてもらうことになった。次のブリーフィングで正式な紹介がラウ・ル・クルーゼからなされるだろう」
 麗人――シュルツは一切の介入を許さないような口調で自己紹介をした。アスランはなんとか調子を取り戻し、突き出された手を握り返す。
「同乗とは、どういうことです、シュルツさん?」
ニコルが握手を返しながら質問する。同乗、というのは、本国に……?
 シュルツは刃のような容貌を微笑という形で崩し、いいや、と答えた。
「君達と同じくクルーゼ隊として行動を共にさせてもらう。次の作戦行動にも参加する予定だ」
「なっ」
 自分と同じくニコルも息を呑んだことが気配で分かった。ザフトではない人物を戦闘に参加させる、という行為に対してであり、また、彼女そのものの所在の曖昧さ、率直にいうなら不信感からでもあった。
 なにより、搭乗する機体がない。赤服がXナンバーに搭乗するとしてもジンはもう予備の機体がないし、まさかあの今にも分解しそうなトールギスで出撃するわけにもいくまい。
 いや、そのまさかか。
「案ずることはない。私はMSの操縦ならばちょっとしたものだと自負している。君達の足手纏いにはなるまいよ……それは、トールギスとておなじことだ」
 その自信は、まるでトールギスが完調であると言いたげでもある。理屈では一笑に付すべき所ではあるが、ニコルとアスランにそれを覆すだけの気力は無かった。エルフリーデ・シュルツが強壮すぎたと言い換えてもいい。
 ただひとり、シェルド・フォーリーは、それがまごうことなき真実であると知っている。
 それを見透かしたようにシュルツはシェルドに視線を向ける。二人の視線が絡み合い、シェルドは蛇に睨まれたように身を強張らせた。
「シェルド・フォーリー」
 微笑み……アスラン達に向けた者とはまた種類の違う笑み。その瞳に吸い込まれそうで、シェルドは息を呑んだ。
「改めて礼を言わせてくれ。君が居なくば、私はこの場には存在していなかっただろう」
「あ、いや、その」
 シェルドは口籠もった。結局の所、今でもあのとき自分が何をしたのか理解できてないし、一歩間違えれば自分の放ったミサイルはトールギスに向かっていったのだ。そしてその瞬間間違いなく自分はトールギスではなく黒い機体へと殺意を向けていた。あの、何がなんだか分からなかった一瞬の間に、殺意を込めたのだ。そんな結果で自分はシュルツを助けたのであって、彼女の謝礼を受け止めるには躊躇いがあった。彼女は結局自分の実力だけで生き残ったのだから。
「何です? シェルドが何か?」
「ああ、君達はあの強襲揚陸艦……足つきに随伴する軽空母艦のことは?」
「報告には聞いています。確か、貴女とシェルドはあの戦艦と交戦したのでしたね」
「そのとき援護をもらった」
 そう言ってシュルツは思わせぶりにシェルドを横目で見た。それが本当なら、とアスランは思う。シェルドは突如現れたトールギスを支援したことになる。それは彼女が第三勢力であったからこそ良かったが、もしそれが敵の援軍であったら、一体どうするつもりだったのだろう。
 ふと、アスランは妙な違和感を感じた。シェルド……彼が撃った敵は、なぜトールギスを狙った?
「なあ、シェルド――」
 呼びかけは、艦内放送に遮られた。いわく、MS搭乗員は至急ブリーフィングルームへ集合されたし。
 意味しているところは一つしかない。追撃作戦が、開始されるのだ。

「いや、まあ、しかし」
 ため息を吐いてコーヒーを受け取った。コジロー・マードック曹長も同じようにため息を吐く。
「なんていうのかねぇ。もうちょっとあのOSがまともになれば、あの子にこんな事させなくても済むんだが」
 愛機のカスタムメビウスは消耗したガンバレルを交換し、万全の状態で格納庫の中央にワイヤー固定されている。自分の腕も合わせて考えれば、ジンの四機程度なら同時に頑張れる自信がある。だが予想される最大敵戦力はジン十機に強奪されたXナンバー四機、そして高速戦艦二隻であり、これではいかなアークエンジェルといえ撃破されるのは確実である。随伴する戦艦もMS運営艦として貧弱な武装しかしておらず、頼みの綱のMSは今現在三機しか活動できないとのこと。艦船能力を合わせれば、アークエンジェルに毛が生えた程度である。
 だからこそ、こちらに唯一のこったMS、オリジナルXナンバーのストライクをどうにか動かそうとしていた、のだが。
「その話は何度もやりましたよ、少尉。今のノウハウじゃあれ以上の効率化は望めませんし、それにかける時間がそもそもありません。坊主が気張ってくれなきゃ、ストライクは歩くこともままなりませんぜ」
 そう言うマードックの声は、その言に反して明るいものではない。民間人の、しかも少年に命を託させ掛けさせるということの意味の重大さ、言い知れぬ危険さを、この二人、ムウ・ラ・フラガとマードックはこの艦の誰よりも理解していた。
 死ぬわけにはいかない、という理由……やられるわけにはいかない、という、理由。それは人を狂わせるに値することなのか。そうした命題に気付いている、それがこの二人だった。これは、新兵や後方支援の技術士官、参謀連中にはなじみの薄い、しかし前線で戦うフラガやマードックには理解できる、そういった考えである。
 結局、フラガが出来る限り手を貸してやるしかないのだ。いまこのときにおいて、戦う術は、生きる術である。生きると言うことは可能性の成長を促進させること、拡張性を減らし限界性を伸ばす、ということで、年若い少年たちから成長に芽を摘んでしまうのは、何もかもが曖昧な彼らには防ぎがたいことだ。それを守るのが自分たちの仕事であり、どっちにしろ今のままではそれが出来ない。フラガは、自分の無力に奥歯を噛み砕かんばかりだった。それはマードックも同じだろう。
 少年達の拡張性を殺いで、研ぎ澄まそうとしている……それは一握の夢、砂上の楼閣を建立するのと等しく。
「キラ・ヤマト……か。今は頼りにさせてもらうしかないな」
 ぼやくようにフラガは言い、マードックと分かれて艦橋へ飛んだ。今後の航路について、アーガマと建議を行っているはずである。
 真空パックのアメリカン・コーヒーは、泥のような味がした。

 ……。宇宙は広い。果てしなく広い。だが、きっと果てはあるのだろう。矛盾しないその論理がむごく釈然としない。見える範囲が全てであるということが愚かしいことであると言うようになったのは、いつからなのだろうか。きっとそれは人が思考を伴ったとき。地の果てへ、海の果てへ、空の果てへ進んだその時から、きっと人はまだ見ぬ世界を夢想していた。
 けど、ほんとうに?
 私には、見える世界が全てだというのに?
「エリス、どしたの? お昼食べ忘れたの?」
「ん……ううん」
 気がつくと、疑似空間、シミュレータの画面を眺め続けていた。クレア・ヒースローの声が無ければもっと思考に沈んでいたことだろう。
 結局、最後は曖昧なままに終わってしまった、と修史課程遍歴を眺めて思った。最後の欄だけ記入されていないそれに、いまチェックが入る。エリス・クロードは怒濤の四十六時間耐久修史作業を終え、訓練要項を全て終了させた。あとはニキ・テイラー辺りにサインを貰うだけである。そう思うと、今までの疲労がどっと押し寄せてきて、いまさらエリスはため息を吐いた。
 クレアから差し出されたボトルを貰い、一息で全部飲込んだ。重い肩と背中と尻をどうにかしたくて、背筋を思いっきり伸ばす。
「あ"ー」
「あっはっは、エリス、おっちゃんみたい」
「う、うるさいわよっ」
 これで私も補欠ながら戦闘に参加しなくてはならない。そう思う心持ちをクレアが和らげてくれたことを、エリスは感謝していた。非道く痛み出した目頭を揉み、立ち上がろうとするが、硬直した足がもつれて妙な具合に浮いてしまった。重力下であったなら派手に転んでいただろうことは想像に難くない。無重力を感謝した。
 クレアが腕を掴んで引っ張ってくれたので、それに甘えることにした。四時間ほども眠れば大分調子は戻るだろうが、そんな事を許さない緊張感が艦全体を覆っていた。もちろんそれを気にせず鼾をかいているエルンエスト・イェーガーも居るには居る。

 ニキ・テイラー少佐は艦橋で作戦会議の真っ最中であった。彼女の頭の中で彼女の意見が戦わされ彼女の意見が採決されるいわばひとり芝居で、ときおり同じ時間帯の警戒任務に着いているビリー・ブレイズ伍長に一見何の関係もない質問をする以外は艦長席にふんぞり返りながら前方の宇宙空間を眺めるばかりだった。ビリーにしてみればたまったものではなく、元から険悪な顔をさらに顰めて、だれかテイラーの会話相手をする奴がこないものかと、自分が話すよりも人の会話を聞いているタイプの操舵手は無言でレーダーを睨み付けていた。
「ちわー、ニキさんいますかーっていたいた」
「あ、テイラー少佐、警戒任務中でしたか……」
 ビリーは聞こえないように安堵のため息を吐いた。クレア・ヒースローの口が良く回ることは乗艦した三日後に全ての船員が理解したことだし、エリス・クロードも控えめながら聞き上手であるということを耳にしたことがある。これでしばらくはあの意味不明な重圧から逃れることが出来るだろう。
「……ん、クレアにエリスではありませんか。かまいませんよ、どうしました……ああ」
 理解したという風に目を瞬かせた。エリス・クロードのやつれた顔を見れば誰でも想像のできることである。
「エリス・クロード訓練生、履修課程の全修史を終了しました」
 目元にうっすらと隈を残しながら、しかししっかりとした表情でエリスは遍歴を艦長席画面に呼び出した。ニキはざっと一眺めして、中程からの終了時間にもう一度目を走らせ、あっさりと完了確認のサインを記入した。
「はい、よく頑張りましたねエリス。私の権限で、ここで貴女を尉官に叙します。以後の活躍を期待しますよ、エリス・クロード准尉」
「あ……はい、ありがとうございます!」
 言って、エリスは敬礼した。ニキも微笑みながらそれに敬礼を返す。
「しかし……よくもまあ頑張ったものです。かなり私は驚いていますよ」
「ほんとですよねー、ほら見てくださいよ隈できてるし。そんなんじゃエリス背伸びないよ」
「だって、私だけ何もしないなんて、耐えられませんでしたから……クレアだって戦っているのに」
 そう言って笑うエリスに何と言ったらいいかニキは迷った。結局、そうですか、と微笑するに留めておく。新兵成り立ての彼女に心構えの云々を説くのは自分の役割ではないと認識しているつもりだからである。
 だが……これでなんとかなりそうだ。会話の間も試行錯誤していた筋道がなんとか纏まり、とりあえずの方針を決める。
「ところでクレア」
「それでね、こう足を折り畳む感じで――はい?」
「貴女、まだ訓練課程が終わっていないのではありませんか?」
「……え? え、いや、だ、だって、おっちゃんはもう訓練なんかいらないって、か、艦長だって……」
「素晴らしい言葉を伝授しましょう、クレア、いいですか、よくお聞きなさい――それはそれ、これはこれ」
「えええええ」
 うるさいですよ、と言って、艦長席から立ち上がった。すぐ後に入り口が開き、ゼノン・ティーゲル大佐が首を回しながら入ってくる。予定によればもうすぐアークエンジェルと今後の動向について会議が始まるころであり、彼は艦長として当然それに参加せねばならなかった。同じく第1MS隊々長のエルンエストも来なければならないはずだが、おそらく寝過ごしているとニキは予想した。
「ビリー、エルンストを呼び出してください。主に目覚ましで」
「了解」
「個性がありませんね、ビリー」
 返事はしなかった。ニキはパイロット二人に待機を言い渡し、期待に満ちた目でこちらを凝視した。
「……なにもしませんよ、俺は」
「えー」
 なにが、えー、だ、とビリーは顎を引いた。ゼノン艦長はにやにやしている。なんだこの連中は。
「……エルンエスト、エルンエスト・イェーガー! とっとと起きろこのたわけ!」
 苛立ち紛れに最大音量で室内放送してやった。苛立ちが収まる訳が無いことは、彼自身が良く分かっていた。なにより、ニキ・テイラーがそれでこそとばかりに大きく頷いてサムズアップしているのが気に入らなかった。

 ガモフとヴェサリウスで挟み撃ち。作戦の全てを端的に言うとそうなる。
 特に指摘すべき作戦上の問題点は全くない。強いて上げるならばいささか戦力過剰ということだが、少ないよりはいい、被害が少なくなるというのは歓迎であり、しかし、些細なことに対するしこりを見過ごすことは出来ない、とイザーク・ジュールは考える。
 すでに、パイロットは自分の機体に乗り込み、発艦の時を各々の精神状態で過ごしていた。ヴェサリウス待機となったイザークは神経質そうにスロットルバーをこつこつと叩く。
 彼の乗り込んだオリジナル・デュエルは全ての整備項目をクリアして、Xナンバーの雛形であることを十分に認識させる質実剛健なフォルムを控えめな照明の落ちる格納庫に沈めていた。他のXナンバーのような特徴らしい特徴はないが、それは信頼性の高さと幅広い拡張性、そしてストイックな高潔さをイザークに感じさせ、誰にもいいはしないが、まんざらでも無い気持ちにさせる。
 作戦時刻……敵戦艦のレーダー能力と相対距離とを考慮して設定されたタイマーは、砂時計のように刻一刻と減っていく。
 二つ、気に入らないことがあった。
 一つはいつものことである。アスラン・ザラ……トップガンの中でもエースを自認するイザークが、目の敵にしている同僚についてである。彼が通信・索敵能力の高い、つまり指令機であるイージスを乗機としたことで、よもや自分たちの現場における指揮官を任じることになるのではないか、とイザークは単純ながら確実な未来予想をしていた。忌々しいが、それは確実なことだろう。イージスだから、というよりも、指揮官として、アスランはイザークに優れている。そのことを認めたくないが、しかし紙一重ながら紛れもない事実であり、その現実にイザークは唸りそうになる。激しい気性は雄々しさゆえに兵士の志気を高めるが、今のイザークはそれに振り回されすぎて、時たま冷静な判断力を欠いてしまう。
 もう一つは、怒りと共に困惑も伴っている。それは、今回のブリーフィングの初めに紹介され、唖然とする自分たちを置き去りにして現れた、エルフリーデ・シュルツに関してである。
 正体不明。その一言でだいたい取るべき対処は決まってくる。営倉にぶちこんで身動きをとれなくするか、それとも軟禁程度で近隣の基地に降ろすか、そんなところだ。ザフトしか配備していないはずのモビル・スーツを駆っていたこと、そのMSがザフトとは違う技術力により開発されたこと……たしかに判断を誤っても可笑しくない状況ではあるが、しかしまさか自軍の駒として使うなど発想の埒外である。自分の指揮官であるラウ・ル・クルーゼの正気を誰もが疑ったはずだ。彼が正気で、なおかつ本気であるという認識が広まった後、イザークは烈火の如く噛みついた。決して的はずれの怒りではない。むしろ、現れ方はいささか攻撃的ではあるが、皆が一様に心の中で思っていたことを代弁したものだろう。だから、クルーゼの釈明は拍子抜けもいいところだった。
 ――彼女は開発局のエージェント兼パイロットでね。今回、新規に設計したモビル・トールギスで実戦試験と言うことになった。唐突ではあると思うだろうが、これはかなりの秘匿事項でね……君達も理解してほしい。いま我がクルーゼ隊は、ザフトの中でもまさに異色の部隊であることを、だ。
 ふん、とイザークは鼻を鳴らした。いくら上官であるラウ・ル・クルーゼの言質であろうと、それを真っ正直に信じる馬鹿はいない。そして緑服ならばその疑念を押さえ、胸の内に潜めねばならぬところを、赤服である自分は堂々と思考することが出来る。思考に密かも開けっぴろげもないだろうが、それは考えようだ、とイザークは思った。このことに対して疑問を抱けるということが重要なのである。
 中央電算装置の総合通信機能がイザークに通信の受動を教えた。発信源はバスター、そしてブリッツ。専用回線であることに目をとめ、通信受諾を承認した。
 正面ディスプレイに、ヘルメットを装着したディアッカ・エルスマンとニコル・アマルフィーの映像が現れる。
『考えることは一緒だな、イザーク。いかにも納得行かない、って顔してるぜ』
 いつもの張り付いたような笑みが映像とヘルメット越しに映り込む。イザークは腹ただしげに睨み付けた。
 しかし、と気を取り直す。ディアッカもあのエルフリーデ・シュルツという人物に対してなにやら思うところがあるらしい。皮肉屋が一般的に頭が回るという事例に違わず彼も先見があり、熱気で自分を忘れる事の多い自分の諫め役としてイザークはある意味で彼を頼りにしていた。
「何だ、一体」
『エルフリーデ・シュルツのことさ。何処まで考えてる?』
『何を……彼女を疑っているんですか、二人は?』
 何を今更、と馬鹿馬鹿しくて鼻で笑ってしまった。まさか、全面的に信じているわけではないだろうが……
「ニコル、お前まさか、隊長の言ったことを信じてるのか? お笑いぐさだな、そりゃ」
『それは……たしかに、変だとは思いますが、でも、一緒に戦う仲間をわざわざ疑うこともありませんよ!』
『仲間、ねぇ? ニコルはあいつがザフトだと、本気で思ってるわけだ?』
『……』
 ニコルは難しい顔で黙り込んだ。お人好しめ……信用と懐疑は常に手と手を取り合ってるものだ。優しさだけでは世界が滅ぶ。
「……地球だな。他のコロニーが送り込んだとは考えにくい。トールギスにしても、オーブはXナンバーにかなり力を入れていたはずだから、あとMSを作る技術があるのは……太平洋?」
『あんまり賛同できないね。あそこは身内のゴタゴタで戦争どころじゃないし。正直、出所の見当はつかないな。むしろ何の目的で此処にいるのかを考えた方が手早そうだ』
「目的……目的か」
 ため息を吐いて腕を組んだ。分かっている。圧倒的に情報が少なすぎて、けっきょく推論の域から出ることはないのだ。そのうえで目的、といっても、考えるだけ馬鹿馬鹿しい。
 クルーゼ隊長は知っているのだろうか?
『目的、とは違いますが』
 目を向けると、ニコルが考えるような顔で呟いている。自信がなさそうなのは、いつものことだ。
『彼女、シェルドに助けられたそうです。ヘリオポリスで敵機に狙われて、それで』
「ふうん……?」
 ふと、視界の端で変化が起きる。作戦時刻が近づき、自動でタイマーが赤色に変わったのだった。二人もそれに気付き、表情を引き締める。
『無駄話はここまでだな。今回は奴さんを信じよう』
『では、お二人とも気をつけて』
「お前は自分の心配をしてろ」
 通信遮断。待機モードから戦闘モードに移行したデュアルが各部モーターの回転数を上げ、全身を微弱に振動させる。膨大な電力が機体を走り出した。
 デュアル・カメラ・アイに、命のひかりが吹き込まれる。

 同時刻:ガモフ

 ――どうしてこうなったんだろうか。
 ノーマル・ジンは訓練生時代からのつき合いだ。といってもこの機体は正式に任官されたときに配備された時からのもので、その点では若干違いがあるといえばそうかもしれない。シュミレータや訓練機とはちがう、兵器としての機体、兵器を操る者としての自分、それが訓練の時とは違うところだ。若干の違いではないとシェルドは思い直した。自分とこの機体にかかる重みという点において、全く違う。
 兵器は人を殺さない、人の殺意が人を殺すのだ……と、シュルドは漫然とした昔から思っている。幼き日に好んで読んだジュブナイルや冒険小説といったたぐいでは、その事はあれこれと言葉を変えて綴られている。そのたびにシェルドは思いを馳せた。戦う自分と、自分が戦うべき敵を。たいていの場合、敵は明確な形を持たず、自分だけが確かな存在だった。その自分が曖昧な敵に対して戦いを挑むのだ。どのようにして、というのは、無意味な問いである。
 だからきっと、自分を包み込むこの鋼鉄の鎧は延長した自分の身体なのだ。潤滑油の軟骨が内部フレームの骨を繋ぎ、エネルギーバイパスの血管が大電力の血潮を運び、銃にシェルドは意志を込める。殺す、ということに、慣れるものは居ない。兵士は誰も殺さない。殺すことは戦争では無いのだ。だからシェルドは意志を込める。倒す、という、意志を。鋼鉄となった身体に込める。
 だけど、そうではない人もいる。
 彼女はおのれをトールギスと呼んだ。トールギスト、霊媒師、召還者。そしてエルフリーデ・シュルツとも名乗った。フェイク・ライトニング、と。
 彼女はトールギスを認識している。エルフリーデ・シュルツという立場で、トールギスを認めている。
 別に――そう、たいしたことではない。愛着をもつ、とか、そういうのは、モビルスーツでも、兵器でも、ある。むしろ、そう言うのは圧倒的に多い。自分の命を託すものだから。シェルドもそれは感じていた。自分の乗るジンに愛着を持っている。
 言葉にしにくかった。この、歯切れの悪い相違……シュルツと自分の違い……それを説明できるほどシェルドは口達者でもなく、頭がいいわけでもない。
 だから、トールギスに乗り込むシュルツを見て、どうしようもないほど胸が締め付けられた。
 ガモフの格納庫はヴェサリウスと同じだ。姉妹艦だから当たり前である。そこには補充された幾つかのジンと、ヴェサリウスからやってきたイージス、トールギス、そして何故かガモフ組に分けられたシェルドのジンがいた。何故か、というのは分かっている。クルーゼ隊長がシュルツの随伴機にと配置したからだ。だが、何故自分が、という何故がわからない。
 外部映像は薄暗い格納庫を写している。整備員はすでに最終点検をおわらせており、もう格納庫には居なかった。居るわけがない。すでに格納庫は外の真空状態と同じになっているのだから。
 一番前に、位相装甲の展開していない、灰色のイージス。鮮烈な赤のイメージ。アスラン・ザラには、以外と赤が似合う。赤服も他の四人が軍服らしく着用しているのに対して、彼は普段着のように着こなしていた。きっと本人も無意識なのだろう。鋭角が多いイージスの外観が彼の内面に反比例するかのように鋭利にとがっている。
 その次、シェルドの目の前に、トールギスは身を屈めている。僅かな振動もせずに硬直しているトールギスはもはや動くことがないように思え、シェルドは身震いしそうになった。それが何故なのか彼自身も分からない。
 通信。発信機、トールギス。通信受諾承認。
「……ッ、エ、エルフリーデさん?!」
 映し出された画像を見て、シェルドはぞっとした。それは自分の常識ではあってはならない。
 シュルツはヘルメットを被っていなかった。
『……? どうしたのだね、シェルド。何かの発作か』
「う――宇宙戦闘でヘルメットをしない人が居ますか!」
 ああ、と納得言ったように頷く。あまりの呑気さに怒りが湧いてくる。
『気にするな、そろそろ被ろうと思っていたところだ……どうもこういうのは苦手でね』
「苦手とかそういうのじゃ、ないでしょう」
『そうだな。それもそうだ』
 なんでもないようにうなずき、少し間を置いて、たしかにそうだ、ともう一度深く頷いた。
 彼女は宇宙をなんだと思っているのだろうか。
「……そうだ、何の用です?」
『うん? ああ、君がなにか言いたげにしているような気がしたのでね。ちょっと見てみてだけだ』
 息が詰まる。自分の心を見透かされたような気になって、無意識にシェルドはシュルツを睨んだ。
 言いたいことなど山ほどある。だが聞いてもせんのないことであり、胸の奥に飲込んでいた。そのなかでどうしても聞きたいこと、というならば、なんだろうか。
「エルフリーデさんは……どこからきたんです?」
 出てきた言葉は……たしかに、知りたいことだが、だが真に聞くべき事とは違う気がする……何だろうか、何時もと感じが違う……まるで底なしのぬかるみから湧き出る泡が自分を膨張させているような。エルフリーデに会ったときから。トールギスを見たときから。聞くべき事とは?
 シュルツは暫く目を閉じていた。仕草のメリハリが強いせいで、ともすれば眠っているようにもみえる。
 暫く……ちょっとした時間だ。それが、偉く長く思える。時間が引き延ばされたように、シェルドは眠るシュルツの端正な顔を見続けた。
『君は御伽噺を信じる口かい、シェルド』
 出し抜けにそう問われた。一瞬口籠もったが、はっきりと耳に届いた言葉なのでしっかりと返せた。
「よくわかりません。御伽噺は、手が届かないからそう呼ばれるのではないでしょうか」
『そうだな……そうだな。
 私の故郷は大きな戦争のさなかだった。たくさんの人が死んだ。たくさんの兵士がうまれた。たくさんの兵器が役目を果たし、壊れ、あらたに作られた。だが後戻りできない終局の間際、その戦争も終わる。ある一握りの死を恐れぬ兵士が、戦争を止めたのだ。人々は戦争の愚かさを知り、もはや二度とモビルスーツという兵器は作られなくなった。役目を果たしたからだ。それよりのちに戦争という言葉は消えてなくなった。私はそこから来た。戦うために。戦い続けるために。トールギスはまだ役目を果たしていなかった。信じるかい、シュルド? 御伽噺を』
 シュルツの瞳は強烈な光を宿し、直視することは難しい。その話をしている間、光は緩やかな衰退の色を宿し、どこか遠くに焦点を合わせている。突然、彼女が小さく見えた。一瞬だけ、研ぎ澄まされた切っ先が一点の曇りを見せるように。シェルドは彼女の言葉を信じた。
 コズミック・イラ70以前、人類が破滅に追い込まれるほどの大規模な戦争は起きていない。そもそもモビルスーツは開発もされていない。そしてシェルド・フォーリーは、彼女を狂人と思わない。
 エルフリーデ・シュルツは別の世界からやってきたのだ。
「信じますよ、エルフリーデさん……信じられる。貴女は僕を信じてくれた。だから」
 虚を突かれたようにシュルツは目を見張った。私が信じた、というつぶやき。
 彼女はあの時自分に礼を言った。弾丸ではなく、言葉を交わした。それが信じること。隔絶した関係を生めるひとつの方法……。
 ふたりの言葉はアラームに阻まれる。作戦開始時間……アークエンジェルともうすぐ接敵範囲に入る。アークエンジェルとつれそう戦艦にも。
 あいつ。
 あの黒い機体に乗っていた奴。
 ふとおもった。シュルツが戦うためにやってきたとしたならば、自分はあの敵と戦うためにMSに乗っているのだろう。その妄想は強くシェルドを印象づける。
 あれはおれが……。
 まるで孤獣のように表情を変えるシェルドを、シュルツは剣のような鋭さで眺めた。
 作戦開始まで、あと五分――……




To be a next...