【星のきせき/count4】190改めulthar氏
その対峙は何のために?
その相対は何のために?
その対立は何のために?
その螺旋は何のために?
それは戦いの系樹。NEOと言う意志のもとに綴られる、永遠の相克。フェニックスの種子。
だけど。
それが二人を律することはなく。それはただ導くだけで。
だから、その戦いは、二人のものだ。
予感がした。強い、絶対的な予感が。自分の敵がもうすぐやって来ると、ジュナス・リアムは確信していた。
だが、それがどういう状況で、というのは、頭になかった。考えなくても分かることだ。敵はザフトに所属していて、それがやってくるというならば、起きるのはザフトの襲撃という事実。それに頭が回ったのは、実際にスクランブルがかかってからだった。
『MS戦闘員は至急発進準備に! 敵第一波接触まで350!』
「ジュナスッ」
「わかってる!」
ノーマルスーツは戦闘待機になったときから脱ぐことはない。ガンルームでクレアから投げて寄越されたヘルメットを受け取り、それを手早く装着しながら一気に格納庫に飛び込んだ。
片腕のブリッツにとりつく。コックピット周りで待っているクロサワの肩を叩き、さっとリニアシートに腰をつけた。ジェネレータ始動。エネルギーバイパス自動走査。間接部固定解除。外部カメラが起動して、真っ暗だったコックピットの周囲を格納庫にする。その間に四点式シートベルトを手早く固定。
「ジュナス、聞き逃すなよ! ミラージュコロイドと左腕の齟齬は何とかなった! 旦那の指示がなくても安心して起動して良いぜ! それとわかってるとは思うが、左腕の質量移動がないぶんAMBACの効果は薄いと思え! おまけでアンカークローを左腕の途中に取り付けてるから、そっちの操作はもとと一緒だ!」
「クローって、グレイプニールか!? わかった、ありがとう!」
「生きて帰って来いよ、兄弟っ」
「まかせておけって!」
拳を固めてお互いにぶつけ合わせ、コックピットハッチを閉鎖した。正面ディスプレイに映像が投射され、離れていくクロサワを写す。その向こうは少し遅れて起動したデュアルが、架台に運ばれてカタパルトへ出るためのエレベータへ移動しているところだった。自機の視点もおなじように移動している。ストライクの姿が何処にも見あたらないので、すでにエルンエストは発艦しているのだろう。
エレベータにロックされるとすぐさま上昇し、アーガマの第一戦闘格納庫に入る。となりのデュアルを見やると、手持ちのビームライフルの他に炸裂バズーカを腰部に装備してあった。対MS用ではあるが、十分に対艦として使える威力をもっている。
「クレア……大丈夫かい?」
正面ディスプレイの隅にクレア・ヒースローが映る。画面越しでも緊張がみてとれた。二度目の実戦とはいえ、一度目は殆どミサイルを相手にしていたようなものであり、こうして実際に迎撃を行うのは勢いだけでは殺し切れぬ緊張を強いるものだ。
「う、うん?! 大丈夫だよ!」
「落ち着いて。緊張するなとは言わない、落ち着くんだ」
そうはいっても、気休め程度にしかならない。クレアは神経質に何度もうなずき、小さな口元を堅く引き締めていた。
もう少し、自分に出来ることはないか……。少し迷ってから、
「大丈夫、クレアには僕がついてるよ」
と言い添えた。クレアは引きつりを起こしたようにびくんと止まり、ジュナスのヘルメット越しの顔を穴でも開けるようにまじまじと見つめた。やがてまた発作のように顔を下に向け、何度もためらうかのように顔を上げ下げし、計器の配置された左右を幾度もちらちら見て、やがて、若干ぎここちなさが残るものの、それでも笑顔で頷いた。
「ジュナスが……ジュナスがいてくれるんなら、大丈夫ね!」
余分な緊張は解けたようで、ジュナスはほっとした。大した実力もない自分だが、こうしてクレアの気を紛らわせることは出来る。それがまるで自分が歴戦のパイロットになったような錯覚を覚えさせ、ジュナスは我知らず小さな笑みを浮かべていた。
『よう、おい、お二人さん、乳繰りあいは終わったのか? ん? じゃそろそろ発艦しろよー。おれ、ひとりで怖くて怖くてしっこちびりそー』
突然通信機から流れたエルンエストの音声とその内容に、ジュナスは腰が抜けるかとおもった。幸い二人の会話は艦橋の気を引かなかったようで、ひとり余裕ぶっているエルンエストだけが野次をとばしたらしい。
乳繰りあいってなんだ!?
「ブ……ブリッジ! ジュナス・リアム、ブリッツ、行きます!」
誤魔化すように宣言して、カタパルトへ移動した。射出板が足裏部を固定する。
黄土色に染められた長いカタパルトの向こう……そこは戦場なのだとジュナスは出し抜けに思い、ぎりっと奥歯をかみしめた。
『ブリッジ了解! ブリッツ、発進よろし!』
カタパルト脇の信号灯が赤から順に下り、最下点の青に灯った。瞬間、5G近い力がジュナスをシートに押しつけ、ブリッツを高速で加速する。短い呼気をひとつ吐いて、ジュナスは急激な加速に耐える。一瞬ののち軽い衝撃と共に固定機が解放され、ジュナスは凍える宇宙に吐き出された。
『MS隊はストライクに追従してください。ジュナス、頑張ってね』
パメラ・スミスが優しい言葉をかけて通信を切る。クレアの発艦に着いたのだろう。
ジュナスは何かを狙うように一点の方向を睨み付け、すぐに先行したエルンエストのストライクへと機体を向けた。
彼が睨んだ方向には、一機のジンが存在していた。
視線の先に、自分の敵がいるのだ。
そう思えばこそ、シェルドは震えることなくついていける。イージスを中心とした八機のガモフ隊の中で、右翼に位置するトールギスの背後につく。ヴェサリウスの方が足つきに近かったため、些か遅れての到着になるだろう。
レーダーに写る赤点に変化が起きる。寄り添うように航宙していた敵艦二隻が離れだしたのだ。相手の攻撃力を分散させて、防艦能力を高める程度の絶妙の離れ具合。こちらの挟み撃ち作戦に対して、ベターな対抗策である。
アスランがコクピットで僅かに呻いた。
『……分割するか?』
『それが適当だろうな。では、私に軽空母をやらしてくれないか?』
『ああ……』戦闘経験がある、と思いだし、『うん、任せる。ジン03、04、06はイージスに続け。のこりはシュルツに。以後はトールギスをガモフB隊と呼称する』
了解、の声が相次ぐ。トールギスが戦列の前に進み、その背後に02、05が並んだ。二番機、つまりシェルドを右後方に、三番機と四番機を後方に置く、フォーマン・セルの一般的な小隊陣である。
『では、幸運を』
『そちらこそ』
トールギスの巨大なメイン・ブースターが僅かに動き、軽空母に向かって進路を変えた。すでにヴェサリウス隊は交戦状態に入ったらしく、幾つかの火線が蛍光灯のアーク放電のように瞬いていた。
トールギスから小隊通信。
『そろそろ交戦だ。各員、MS同士の戦闘は初めてだろうから言うが、相手は自分の出来ることと同じ事ができると、しっかり認識することだ。無理に接近戦に持ち込もうとせず、絶対に一機で戦わないこと。どうかね?』
『02オルソン機、了解ですわ』
『05ギリアム、了解しました!』
『……フォーリー、01、了解』
『いい返事だ……君達に、我々を誘う何かの加護のあらんことを。――では諸君』
エルフリーデ・シュルツが笑みを見せた。それは、そう、真剣が零す光の如き。
『ゆくぞ!』
『『『了解!!』』』
トールギスが、ジンが、スロットルを解放する。瞬く星々を背景に、よっつの輝線が駆け抜ける。
被ロック警報――!
乱数加速開始。ブリッツの姿勢制御バーニアがアトランダムに噴出を繰り返し、細身の機体を上下左右に振り回した。その脇を二筋の銃弾がかすめ、つま先と肩の一次装甲を削り取る。息をつく暇もなく飛び込んでくる敵機にサーベルを合わせる。ビーム粒子の反発が、二機の姿を宇宙空間に浮かび上がらせた。
デュエル……クレア・ヒースローの二号機ではない、強奪されたオリジナル。頭部の距離計測用ツイン・カメラ・アイが、人の瞳孔のようにこちらを捕らえた。
『二番機とは笑わせる……! その貧乏臭さはまさしくナチュラルだなぁ?!』
機体同士が接触することで音声震度を傍受する、いわゆるお肌の触れ合い通信――から、敵のデュアルの挑発が響く。強い打ち込みと気迫に、ジュナスはそれに返答を返せない。僅かに押し負け、頭部アンテナの片方が蒸発する。歯軋りしながら鍔迫り合った右腕の位置を変え、トリケロス・シールドに装備された金属杭ランサーダートを一発放った。胸元の装甲を強打され、デュアルは慣性に従って後退せざるをえない。位相装甲はあちらにもあるが、衝撃は吸収できないはずだ。離れたデュアルにそのままビームライフルを連射する。サーベルとライフルを同じ位置で兼用する、全くスキの無い一連の攻撃方法。攻防一体型トリケロス・システムの真骨頂であると言え、ジュナスはたまたまではあるがそれを知った。乱射されたビーム・ライフルの一発がデュアルの肩口に当たり、左肩部の第一装甲が融解する。位相装甲はその性質から実弾兵器に代表されるダメージソース、つまり、ある程度の質量によって行われる破壊攻撃を無効化するが、高エネルギーによる攻撃、ようするにビームなどに対しては、高度な位相変換状態維持の不可能により、通常装甲としての機能しか持ち合わせていない。
『ジュナス、こっちへ来い! アーガマの支援範囲に入るんだ! 援護いくぜぇ』
「りょ……了解!」
後方からビームライフルの援護射撃。エルンエストのストライクがはるか先からライフルで弾幕を張り、ジュナスの後退を手伝う。デュアルの一隊は一瞬追いすがろうとしたが、すぐに味方と合流するべく回避行動に入った。
『アークエンジェルの方へ行ったか……!? ええい、ジュナス、速く合流しろ!』
アーガマは第一派をどうにかやり過ごそうとしている最中だった。続く第二派……ガモフからの部隊はもうそこまで迫っているのに、まだ十分な迎撃体制がとれない。
アーガマ・ブリッジもその事に焦っている。対空機銃、ファランクスは幾つかが銃座をつぶされ、乗組員をひやりとさせていた。ゼノンは戦況図を睨み付けながらクルー達を叱咤する。
「メガ粒子砲、当てんでいい、固まってるところにぶち込んでやれ! MS各機の状況は!?」
「ストライクはエネルギー残量30%を切りました! ブリッツ、デュアルは損傷及び消耗軽微!」
「エルンエストに頼りすぎたな。攻撃が止んだらストライクを帰艦させろ!」
『艦長、そいつは無理だ! 数が多すぎる……!』
光線が閃いた。一拍置いて、大きな光の花が咲く。
「エルンエスト!」
『ようやく一機だ! ともかく粘ってみるっ』
言ってイエーガーは機体にビーム・サーベルを抜かせた。背後のジュナスとクレアに援護と怒鳴りつけ、頭部バルカンをめくらうちながら、散開しようとするジンの一機に食いつく。すれ違いざまに横なぎの一刀を振るい、腰部装甲部で泣き別れにしてやる。全身を使って重心移動。慣性によって反転したところで、もう一機のジンにバルカンを放った。銃弾はジンの装甲を掠めるだけで損傷を与える気配もないが、ジンのパイロットの気がこちらにそれたその瞬間、デュアルとブリッツのビームライフルが、ジンの胴体を貫いた。
エルンエストは爆発からストライクを逃しつつ、
『ジュナス、この馬鹿たれー! 援護っつーのはもっと景気よく撃つんだよ! 誰が狙えっていったぁー!?』
怒鳴りつけた。
「でも、エネルギーを温存しないと!」
『その前にやられちゃ話にならんだろうが!』
もっともな話である。ジュナスはライフルの火気管制を三点射撃に変更する。
『アークエンジェル被弾! 敵機に取り付かれています……!』
パメラが極力動揺を抑えた声で報告した。アークエンジェルは今、ストライク一機だけが防艦に着いている。フラガのカスタムメビウスは戦闘機型の特徴である高い推進力を最大に発揮して、敵高速戦艦ガモフに対する奇襲作戦を敢行している。どうにか敵戦力を減らすための苦肉の策だったが、思った通りアークエンジェルが窮地に陥った。たった一機で、本当に、
……持つのか!?
そう思ったとき、あの予感がした。背筋を貫く雷光のように。
白い天使――
『……き、きた! もう一個の方、来たよ!』
『あんだクレア、どっしたぁ』
――相克する……はじまりの……
「……あの時の奴だ!」
第二派、ガモフ隊の接近を、ようやくアーガマが確認し、注意を促す。アーガマに近づく一つの機影、それが猛然と突進してくるのを、ジュナスは目の奥で感じた。だが実際は四機、それをレーダーで知る。
行かなければならない。もはや、アークエンジェルに配慮を配る余裕は無い。ジュナスの裡で燻っていた炎が確固たる目標を前にして、いまや粘りを持った劫火のように、立ち止まることを許さない情動を湧き起こす。不可思議な感情……その意味をジュナスは知らない。
ジュナスの感情を知ってはいないだろうが、この場面だ、とニキ・テイラーは決断した。圧倒的に不足するMSの戦力差を埋める為の、実に単純な方法。
「イエーガー隊はガモフ隊の迎撃を」
その一声に、ブリッジが緊張と困惑を孕んだ静寂に包まれた。エルンエストが、通信越しに呻く。
「テイラー!? 何を言っている」
「そのままです。このままでは遠からず撃沈しますよ、艦長」
「だが直援が無ければ間髪入れずに沈むぞ。貴様何を考えて――おい、そう言うことか?!」
「そう言うことです。無ければ、出す。実に単純な論理ですよ」
すっと視線をパメラに向けて、ニキは言った。
「エリス・クロード准尉に出撃許可。整備班に、バスターとイージスの発進準備を急がせなさい」
実戦は初めてですね、と、シートベルトを外しながら、いっそ呑気に第二MS隊長は呟く。
to be a next...