【明日を護る人達 −始めの一歩−】 346氏



「おい、聞いたか?志願兵の話」
「あぁ、二人…だったっけな、今度はどんなのが入ってくるやら……」
「どんなんでもいいんじゃね−の?どうせウチは慢性的な人手不足なんだし」
 食堂で何人かの兵士達がそんな会話に花を咲かせていた、外の廊下にはその会話の中心の二人が衛兵に引率されていることも知らずに……。

 一人の青年と一人の少女は案内されるがまま、長く続く廊下をただ無言で歩きつづけていた。しばらくして衛兵が一つの扉のまえで足を止めノックをし、扉の向こうに向かって声を出す。
「司令官殿、志願兵エリス・クロード、マーク・ギルダーの両名を連れてまいりました!」
 
「うむ、ご苦労。では両名、入りたまえ」
 扉の向こうからの男の声、扉が開き二人を招きいれた。

 部屋の中には大きめのデスクが一つ、両脇には本がぎっしり詰まった本棚や様々な書類などが積まれたロッカーが並んでいた。正面のデスクには褐色の肌に黒を基調とした軍服に身を包んだ男が座っていた、デスクの上にはエリスとマークの顔写真が貼られた書類が置いてある。
 エリスとマークは部屋に入るなり直立姿勢のまま敬礼を取り挨拶を始める。
「エリス・クロードです、本日からお世話になります!」
「マーク・ギルダーです、本日より入隊します」
 褐色肌の男も立ち上がり敬礼を返し、無骨ながら柔らかな口調で答える。
「グローバル・ガード・フォース、通称GGFへようこそクロード君、ギルダー君、ワタシ達は君たち二人を歓迎する。私がこの軍の司令官エイブラム・ラムザットだ、長い話になるかもしれん、楽にしてくれたまえ。ここは地球連邦軍のような堅苦しい礼儀や徹底された上下関係は無いからな、……まぁ最低限の規律は守ってもらうがな。」
 エイブラムは一呼吸いれ話を続けた。
「現在この地球圏は大きな戦争こそ無いものの、MSなどの兵器を使った事件が絶えることがない、反連邦を掲げる過激派や民間商船などを狙った海賊集団、国家間の紛争から民間の犯罪行為などキリが無い。我々は国家や民間企業などの依頼によりそういった事件の調査および鎮圧を目的とするMS部隊と考えてもらいたい。……今までのところで何か質問はあるかな?」
「ここと地球連邦の正規軍との違いは?」
 マークが表情を変えることなく聞き返す、エイブラムが少しニヤリと口を緩め口を開いた。
「フン…、当然の疑問だな。まぁこの後説明する話だ、確かに我々は連邦の一員として動いているところは大きい、しかしここは連邦からまったく独立した機関であると考えてもらっていい、したがって連邦の制約に縛られない自由な行動ができるのだ、……言い換えると正規の軍では手におえないものや立ち入りにくいものを我々は立ち向かわなくてはならない、世界中から宇宙に至るまでな。……これでよろしいかな?ギルダー君」
「…要するに地球圏全域が平和になるまでMS戦をすればいいんだろ?」
「極端な意見だがそう受け取ってもらっていいだろう、クロード君は何か質問はあるかね?」
 エイブラムがエリスの方を向いた、エイブラムの話に聞き入っていたエリスは急に我に返り慌てて答えた。
「あ、いや、今のところは…大丈夫です」
「そうか、前置きはこれくらいでいいだろう」
 そういってエイブラムはデスクに置いてある回線を開きマイクに向かってしゃべりだした。
「あー、ゼノン、ニキの両名。こちらの話は終了した。至急司令官室に来てくれたまえ」

 ドアをノックする音が聞こえたのはそれから数分後のことであった。
「入れ」
「失礼します」「失礼」
 エイブラムの指示で一組の男女が室内に入ってきた。マークは一礼をし、無意識のうちに二人を見定めていた。男の方は鼠色の髪でその眼光からは長年の経験と自信が宿り、「軍人」という言葉しか当てはまらない風貌であり、一方の女性はきりっとした瞳、冷静を絵に描いたような落ち着いた容姿で、どちらかというと「先生」とか「教官」のイメージが強い、相離れた印象の二人であったが共通して感じるものがある。―殺気―
一朝一夕でつくものではない、かといってただ長年居るだけでもつかない、相当の修羅場を越えていないとここまでは行かないだろう、その部屋中を覆う気に呑まれてマークは自分が僅かに震えていることに気付いた。
 (武者震いって奴か…、それとも純粋な恐怖か…。)
 マークがその答えを判断する前にエイブラムが改めて話し始めた。
「君達のMS操縦技術は見させてもらった。なかなか面白い操縦をする、だが正直言って今のレベルでは戦力外であるといっていい、そこで君達二人の最初の任務はそれぞれ監督の元で二週間のMS操縦の訓練をしてもらう」
 エイブラムは監督としてきた二人に視線をうつす。
「ニキにはクロード君、ゼノンにはギルダー君を任せる、自分達のやり方で構わないからみっちりと技術を叩き込んでくれ。」
「了解しました」
 そういってニキと呼ばれた女性はエリスに歩み寄り静かに微笑みながら右手を差し出した。
「ニキ・テイラーです、宜しくエリス・クロードさん」
「は、はい!こちらこそ宜しくお願いします、テイラーさん」
 エリスは少し照れながら自分も右手を出しニキと握手をする、ニキは表情を変えぬまま口を開いた
「ニキで結構ですよエリスさん。さて、まず貴方の部屋へ案内しましょう、ついて来て下さい…。では司令失礼しました」
 ニキとエリスはエイブラムに一礼をして部屋を後にした。

ニキ達が部屋を出た後ゼノンはマークの背中を軽く叩き話し掛けた。 
「ゼノン・ティーゲルだ、二週間もありゃあオマエみたいなヒヨッ子でも使えるようになるだろ、マークだっけか?宜しくな」
「はい、宜しく…頼みます」
「フッ、そう堅くなるな。では司令、邪魔したな」
 ゼノンはおもむろに振り向きマークに手で「ついて来い」の合図を送り部屋を出ようとした、マークはエイブラムに視線を送ったが、彼が軽く頷くとすぐに部屋を出ようとしているゼノンの後を追っていった。

……バタン
 部屋にはエイブラムだけとなり、いつもの静寂が司令官室に戻った。エイブラムは寡黙な表情でしばらく扉を眺め、小さな溜め息を吐いた。
(皮肉なものだ…、どんな奇麗事を言おうとも、いざ戦いが始まれば、自分は死ににいけと命令してるようなものだな…。)
 エイブラムはデスクに戻り、引出しから一つの書類を出し目を通し始めた、それにはある民間の企業名と大きく「耐火、耐ショック能力を向上させた新型パイロットスーツの企画書」と書かれてある。
(弱音を吐く前にできることを…な)
一人苦笑しながらエイブラムは自分の仕事に集中していた。

 ピキ―ン
「…感じる、プレッシャーが……、来るわよ!」
 黒髪を短めにまとめた少女は目線を上げ唐突に呟く、その呟きに隣りに居たもう一人の少女は、手に持つ文庫本から目を離すことなく聞き返す。
「そっか、そろそろ来るんだ…、クレアがそう感じるのなら新しいコはニュータイプなのね。」
 黒髪の少女…クレアはもう一人の少女レイチェルに悪戯っぽい笑顔を浮かべ口を開いた。
「ごめん、うそ。ちょっと言ってみたかっただけ〜」
「……あ、あのねぇ」
 レイチェルが肩を落とし苦笑する、と丁度その時。
コンッ、コンッ。
ドアをノックする音が聞こえた、クレアが返答する。
「はーい、どちら様ですかー?」
「ニキです」
「はーい、今出まーす」
 クレアとレイチェルはお互い目で「来た!」と会話しながら急いで扉の前に立った。
プシュー、開いた扉の向こうにはいつもの表情のニキと緊張した雰囲気のエリスがたたずんでいた。
「紹介します、今日からあなたと生活を共にする二人。クレア・ヒースローとレイチェル・ランサムです、二人ともMSパイロットですから分からないことは彼女らに聞くとよいでしょう」
「クレアさんレイチェルさん初めまして、エリス・クロードです。今日からお世話になります」
 エリスは自己紹介の後深々とお辞儀する、クレアはそんなエリスにちょっと困った顔をしながら声を掛ける。
「まあ、そんな堅くならないでエリスちゃん。私らのことは呼び捨てで構わないよ、仲良くやりましょ」
 クレアはレイチェルにアイコンタクトで同意を求める、即座にそれを理解したレイチェルは。
「そういうこと。じゃ、改めてよろしくね、エリス」
 そう言いながら微笑んだ。
 …エリスはちょっと戸惑ったが、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべながらしゃべりだした。
「……うん。クレア、レイチェル、よろしく」
「うん、じゃあ色々と説明するね。まずベッドはここでクローゼットは……」
 クレアが楽しそうに説明をしている、エリスにも先ほどの表情の硬さは無い。…その光景を見ていたニキは小さな安堵の溜め息を漏らした。
(正直馴染めるか心配でしたが、どうやら大丈夫なようですね。…さて)
 ニキはすまなそうに三人の会話を遮るためエリスに声をかけた。
「エリスさん、そろそろ訓練を始めましょう。準備出来次第MS格納庫に行きますよ」
「はい!すぐ行けます!」
 エリスは慌ててニキに振り返り返答し、二人に右手と表情で「ゴメンね」と送りながら走り出す、それに答えるようにクレアとレイチェルもエリスに笑顔を送る
「頑張ってー、エリスちゃんもニキ隊長にこうコキャッとされないようにね」
「……縁起でもないこと言わないでよ、それじゃあエリス、頑張ってね」
「ええ、頑張ります」
 最後にニキがクレア達に一言告げる。
「では御二方、エリスさんをお借りしますよ」
 クレアも一言「はーい」と言いニキ達に手を振った。

 ……その時ゼノンとマークは既にMS格納庫に着いていた。

 ゼノンは格納庫に並ぶ様々なMSを眺めながらマークを従え歩いていた。
「ゼノンのダンナ!」
 不意に声を掛けられ二人が振り向く、振り向いた先からキャップを深々被った金髪の女性が二人の元へ駆け寄ってきた。
「おぉ、ケイ。いつものヤツ準備出来てるか?」
 金髪の女性、ケイは得意げに答える。
「あぁ、いつも通りのペイント弾とゴム刃のヒートホークもどき。準備オッケーだよ」
 ゼノンはニヤリと顔を歪ませ、更に聞き返す。
「で、どこだ?」
「こっちよ」
 ケイの指差す先には二体のザクがスタンバイされていた。一体のザクにはヒートホーク、ザクマシンガンと完全武装されている、しかし一方のザクは肩にシールドこそ付けられているが丸腰のままだ、更にその丸腰のザクにはコックピット周辺、メインカメラ付近、脇腹のあたりや手足の間接部分などに赤くペイントされてある。
 マークがその意図不明な機体を眺めて首を捻っていると、横からゼノンが肩に手を乗せしゃべりだした。
「おう、何が珍しい?ザクKJ型だ、別に珍しくも何ともねぇだろ?」
「どのような理由であのような仕様に?」
 すぐにマークも自分の疑問をゼノンに問う、その質問にゼノンは口を開いた。
「今はあまり気にするな、あとで分かる。おい、ケイ、ニキ達はまだなんだろ?じゃあ先に旧滑走路に行ってると伝えといてくれ。どうせ南の山間地帯を使うだろうがな」
 続けてゼノンはマークに告げる。
「マーク、あのザクに乗れ。オレはこっちだ、ついて来いよ」
 ゼノンが顎で武装のされたザクを指し、自分は颯爽ともう一体のザクに乗り込みだす。マークも疑問が解けないまま…。
(どうにでもなれ!)

 ザクに乗り込んだ。
 コックピットに入り機体を起動させるマーク、重厚な起動音と共にザクのモノアイに光が宿りだす。次の瞬間通信が入りメインモニターの隅にゼノンの顔が映し出された。
「おう、聞こえるな。とりあえずついて来い」
「……はい、了解」
「行ってらっしゃいなー」
 ケイがひらひら手を振り見送る脇を二体のザクは格納庫から出て行った。


ゼノンのザクが足を止めたのは基地の端、殺風景に広がるコンクリート地面、所々に点在する崩れた監視塔跡……。辺りを見回すマーク、未だに全てを理解出来ていない彼にも、この場所の張り詰めた空気の正体は分かっていた。
(ここは……、戦場……)
「さーて、説明するぞ。一度しか言わないからよく聞けよ」
 ゼノンからの通信が入り、説明を続ける。
「まずマークのザクだがホークもマシンガンも訓練用だ、致命傷にはならんから遠慮なく使っていいぞ。俺のザクの赤い所、…MSの急所ってヤツだ、お前はここを狙え」
 手足を動かしペイントされた個所をマークのザクに見せる。
「俺はそれをさばく。…そう、さばくだけだ。この二週間で一度でも赤い所に当てたらお前の勝ちだ」
 マークは最後の質問を投げかける。
「……もし、二週間で当てる事が出来なかったら…」
 ゼノンが一呼吸入れ呟く。
「フッ、出来る出来ないじゃなくて……。やるんだよ!!」
 ゼノンはバーニアを全開に吹かし、マークに向かって加速する。
「挑発のつもりかっ!」
 マークは叫び、牽制の為マシンガンを足元に掃射する。ゼノンは一度後退し、仕切りなおしの……はずだった。ゼノンのザクはバーニアを柔らかく開き、その反動で低軌道のジャンプで向かってきた。
「そんな打ち方じゃ威嚇にもならんぞ!」
 ゼノンは叱責をし、速度を変えずにそのままマークのザクに肉迫してくる。
「くっ、まだだっ」
 マークも即座にヒートホークに持ち替え、近づいてくるザクを薙ぎ払おうとする…が。
「遅い!」 
 ガキィィン!!
 鈍い金属音と共にマークのザクは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「ー!?」
 衝撃が収まりメインモニターに目をやると右肩のショルダースパイクをこちらに向けたザクが立っていた、マークはまだはっきりしない頭を必死で回転させ、自分がタックルされた事を理解した。
(チッ…無様だな)
 マークは自分を叱咤し、機体を起こし武器を構えた。起き上がった事を確認したゼノンはマークに話掛ける。
「とりあえず一つ。間合いの取り方が甘い、そんなんじゃあ戦場では生きられんぞ」
「……」
「さて、もう一度だ。同じ手には引っ掛かるなよ」
「…了解」
 再び二体のザクは動き始める、こうしてマークの二週間は幕を開けた……

―GGF地球方面基地南部に位置する広大な山間地帯、様々な地形に富み大規模な軍事演習からMSの模擬戦まで行える。
「きゃあっ!!」
 エリスのジムがニキのジムにシールドで思いっきり張り倒された。激しい衝撃に頭を抱えるエリスにニキから通信が入る。
「それではだめですよ、エリスさん。ジムの左手に持っている物は何ですか?」
 少し厳しい口調で問うニキ、その問いにエリスはやや表情をしぼませながら答える。
「シールド……です」
「ええ、そうですね。ではそれを踏まえてもう一度」
「……はい!」
  
 再び対峙する二体のジム。
先にエリスが仕掛ける、エリスのジムが距離を取りシールドを構えスプレーガンを放つ。ライフルからのペイント弾を冷静にさばきながらニキは一人コックピットで呟く。
「……ただ使えば良い訳ではないのですが」
 ニキもシールドを構え、スプレーガンを掃射しながら接近する。そして瞬時に攻撃のリズムを見極め狙いを定め、数発打ち出した。
 エリスの機体に吸い込まれるように飛んでいく弾丸、それに気付き慌ててシールドをかざし防御する。どうにかやりすごしたエリスであったが彼女に異変が起る。
「ー!?いない?」
ーメインモニター正面、ほんの数刻前まで捕捉していたはずのニキ機がいなくなっているのだ。一瞬パニック状態に陥ったエリスが頭で考え、行動に移す隙もあたえずに真横からニキが迫り、さっきと同じようにシールドで。
―ガインッ!!
 ニキの容赦のない一撃がエリスのジムを張り倒す。予期せぬ方向からの衝撃に体が付いて行かず、頭の中に電気が走る感覚に襲われる。
「きゃあっ!!」
 エリスは思わず先ほどと同じ叫び声を上げ、また同じように頭を擦る。
「大丈夫ですか、エリスさん?」
「痛たた……、大丈夫…です」
 少し呆れた表情のニキから通信が入り、どうにか言葉を詰まらせながらエリスも答える。ニキは続ける。
「……。今のおさらいしましょう、何が起ったかわかりましたか?」
「……いえ、わかんないです」
 ニキは一つ溜め息、エリスを見つめ再び口を開いた。
「私の攻撃をシールドでさばいたのはいいでしょう、でもその盾で自分の視界を遮ってどうするのです?」
「…はい」
「その盾は防御するための物です、あなたが隠れるところでは無いでしょう?」
「……はい」
「そして、これが実戦ならあなたは既に二回も戦死しているんですよ。それを忘れないでください」
「………はい」 
 ニキからの静かだが厳しい叱責に、エリスは悔しさのあまり唇を噛み、涙を浮かべる。そんなエリスにニキが出した言葉は一言……。
「では、もう一度」
 エリスの目に絶望の色が広がる、しかし彼女はそれに従うしかないことを悟り、自分の負の感情を全て吐き出すかのように声を張り上げる。
「はい!了解です!」
(落ち着いて…、落ち込んでる暇はないのよ…) 
 三度対峙する二体のジム。しばらくの沈黙の後、また鈍い金属のぶつかる音が響き渡る…。

 MS格納庫、パイロットスーツに着替えたレイチェルは格納庫に帰ってくるニ体のジムを確認する。
(えーと、エリス達…かな?)
 ジムはそれぞれ所定の場所に収まり、一体からニキが落ち着いた身のこなしで降り、しばらくしてもう一体のジムからエリスがふらつきながら降りてくる。今にも倒れそうなエリスを見て、慌ててレイチェルが駆け寄る。
「あ、えーと、レイチェル?」
「だ、大丈夫?だいぶまいってるわね…」
 レイチェルは彼女を見る目の焦点が微妙に合わないエリスを見て苦笑する、エリスもどうにか呼吸を整える。
「ふー。もう大丈夫、ありがとう。レイチェルはこれから何かあるの?」
「ええ、基地周辺の哨戒任務。すぐに戻ってくるわ」
 レイチェルは笑顔を見せ答える。その時、何か楽しそうな声が格納庫へ入ってくる。