【序章】 4296氏



「見たこともない機体だった」
「武器は?」
「ヒートワイヤーと大型のビームサーベル、胸部にビーム砲があったな」
「他には?」
「あるかも知れない」
「ないかも知れない…?」
「ああ」
「わかった」
ジェシカ大尉とラビニア大尉が話している。
どうして、
そんな顔して、
いられるんだ。
帰ってこない。
もう二度と帰ってこないかもしれない。
なのに、どうして。
分かっている。
私だって、同じだった。
かつての戦友が、帰ってこなかったときも。
撃沈確認の書類が、上層部の決裁を通ったときも。
私は、何も思わなかった。
いや、
何も思わないようになっていった。
死人がでて当然。
いちいち振り返ったりは、しない。
明日は、自分が堕ちるかも知れない。
そう思ったら。
堕ちた仲間のことなんか、気にしてはいられない。
どこの宙域で、誰が堕ちた、と知っても、
―ああ、そうか―
そう思うだけだ。
そうしなきゃ生き残れない。
死人に引っ張られてはならない。
でも、
私は、
私は…
「おい?」
つま先の感覚がない。
「おい!」
目は、宇宙を見ている。
「何だ」
「しっかりしろ」
脳は、認識していない。
「ドクターを!」
誰かが喋っている。
体は鈍くなっているのに、感覚だけが鋭敏化している。
「待って」
こんなことなら、
こんなことなら、
言えば、よかったのに。
「私の声が聞こえる?」
聞こえますよ、マリアさん。
安心して下さい。
「落ち着いて、呼吸をして」
宇宙を視界が捉える。
その果てに、敵艦を感じる。

いつか、
バラバラに、してやる。

「気が付いたかね」
『…』
目が覚めると、見知らぬ部屋の中。
壁の上部に取り付けられたスピーカーから、声が聞こえた。
「驚いたよ。まさか蒼炎の蜃気楼が、こんな少年だったとは」
僕は部屋の中を見回す。
一応、ベッドもあって、照明も付いている。
捕虜室なんだろうが、一般の兵士の部屋と同じ感じだった。
「名前をお聞かせ願いたい」
喋ることなんか何もない。
「こんなことを言いたくはないが、仲間の命は君が握っているんだよ」
『なら、証拠を見せて欲しいな』
即座に言い返す。
「証拠?」
『スピーカー越しの声は駄目。録音かも知れない。写真も駄目、僕が目覚める前に撮ったかもしれない。彼女が生きている証拠を見せてくれ』
「…なかなかいい度胸をしている」
本当は、精一杯の虚勢。
「見せてあげよう。少し待っていてくれ」
静寂が訪れる。
少し、整理しよう。
僕は捕まった。
肢体を剥ぎ取られたベルガ・バラスとそのパイロットの命を人質に。
見たこともないガンダムだった。
躊躇した。
逃げるべきか戦うべきか。
敵は、僕の迷いのスキをついてきた。
『くそっ』
追い詰めていたのに。
見殺しには出来なかった。
トニー・ジーン
生きているのか。
一緒に捕まったクレアはどうしているのか。
情報が欲しい。
「待たせたね」
スピーカーの声と共に、扉の覗き窓から箱が投げ入れられた。
「そこに証拠が入っている」
タバコのケースのような小さいものだった。
「開けて見たまえ」
まさか、
『まさか、お前ら…』
「君が望んだものだ。写真でも声でもない。他ならぬ君が望んだものだ」
箱を手にとって蓋を取った。
そこに入っていたのは、

人間の指だった。

『―-−‐―-‐――‐』
声にならない声が、僕の中を走って消えた。




殺してやる




「こんにちは」
囚われてから三日が過ぎた。
どうして自分が処刑されないのか。
それが疑問だった。
『…』
「ガンダム・ベルフェゴールのパイロット。ジュナス・リアムと言います」
覗き窓から漏れ入る声。
まだ年相応のあどけなさが抜けない声だった。
人のことは言えないのだけれど。
「対NT専用のNT用戦闘機です」
何だ、それ。
「僕は、あれに乗っているのが怖くてたまらない」
え?
「怖くは、ないんですか。あなたは。」
『怖い…か』
怖い。
確かに怖い。
撃ち落す快感が抜けない。
人殺しをしている。
慣れる。
慣れてしまう。
それが、一番怖い。
体に染み付いている。
どうすれば、この地獄から抜け出せるのか。
「僕より幼い子ども達もこの艦に乗っています。ショウ・ルスカ、カチュア・リィス…」
知らない名前が響く。
「戦いに巻き込みたくない」
勝手な言い分だと、僕は思った。
「死なせたくない」
死なせたくない…?
そうだ。
そうだよ。
クレアを死なせないために。
僕は戦場にいるんだ。
いつから、
自分のことしか考えなくなった?
あの高揚感。
いつから支配された。
コロニー落としを阻止した時だ。
みんな褒めちぎった。
僕を褒めた。
それからだ。
守るためにここにいるんじゃなかったのか。
クレアは戦争に参加せざるを得なくなった時。
どうして一緒にここに来た?
彼女を攫って逃げればよかったんだ。
死なせないために。
死なせないために…

新しい機体が来た。
敵を撃ち落した。
こんな奴らに用はない。
あいつだ。
あいつを…

「何だって?」
スピーカー越しの声に、初めて動揺が走ったのが分かった。
『…』
「…」
考えている。
さっき、敵側の強化人間の名を言った。
レイチェル・ランサム。
勿論、ただ単に言った訳じゃない。
ついうっかり口走った。
そういう風に努めた。
芝居だ。
スピーカーの向こうにいる奴は、考えるだろう。
なぜ、敵であるはずの僕がその名前を知っているのか。
誰も漏らしようもはずのない情報。
それを僕が知っている。
きっと敵は疑う。
どこからか情報が漏れているのではないか、と。
僕だけじゃなく、全員が知っているのではないか、と。
漏らしているのは誰か、と。
本当は、僕しか知らない情報なのだけれど。
疑え。
自分の仲間を疑うんだ。
もしかしたら、僕を尋問するかも知れない。
間接的にではなく、直接的に。
眠らされてから尋問室とかに運ばれるかも知れないけれど。
どこかにチャンスはある。
少なくても、このままじっとしているよりは、マシだ。
逃げ出してやる。
絶対に。
シス・ミットヴィル。
君とのあの何気ない会話が、こんなところで役に立つとは思わなかったよ。

仲間の艦が落ちた。
脱出ポッドに爆弾が積まれていたらしい。
白旗を掲げていた。
条約に従い、そのポッドを収納した仲間たち。
遠隔操作の爆弾。
そうやって、
そうやって、どんどん酷いことをすればいいんだ。
そうすれば、私はお前達に銃口を向け易い。
躊躇しなくなる。
また同じ作戦でやってきてみろ。
私が、撃ち落してやる。

「早くしろ」
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
捕まってから7日目。
僕たちは脱走していた。
僕とクレアと彼、情報部所属・オグマ・フレイブ。
「お前のせいで、捕まりそうになった」
それが扉を開けた彼の第一声だった。
まさか本当にスパイがいるとは思わなかった。
「どこから脱出するの?トニーは?」
クレアが訊く。
「もういない」
いない。
この拳で殴った彼は、もういない。

かくれんぼだ。

もういいかい?
まあだだよ。
もういいかい?
もういいよ。

良くない。
全然良くない。
鬼はすぐそこまで来ている。
命がけのかくれんぼだ。
「どこから脱出するの?」
「脱出用のポッドがある。それに乗り込むしかあるまい」
『嫌な予感がするんだけど…』
「他に手はない。お前達のおかげでな」
強化人間の名前を使った僕の作戦は、
完全に裏目に出た。

敵艦から脱出ポッドが排出されたという情報が入った。
性懲りもなく。
同じ作戦なんか通用しない。
私は、艦長に願い出た。
『出撃許可を下さい』
あっけないほどに許可は下りた。
新しい機体に乗る。
ハッチを閉める寸前、私を呼ぶ声が聞こえた。
聞こえないフリをして、そのまま閉める。
「待て!」
外で声が響く。
関係ない。
そのまま機体をカタパルトデッキに載せる。
その時、無線が開いた。
「止めろ!」
ニキ大尉の声だ。
「ブリッジ!早く閉めるんだ!」
喚くなよ。
『出ます』
「落ち着け」
『平気です』
「違うんだ、待て!」
『行きます』
「聞けぇ!」
『うるさい!』
私は機体を出撃させた。
ガルン艦長は、戦果重視。
戦果さえ上げれば、どんな人間だろうと、構いやしない。
そんな人間で助かった。
自分でも精神状態がおかしいのは分かっている。

そんなのは、
分かっている。

『オグマ・フレイブって、あの…』
「大将に聞いたのかい」
ダイス整備班長のことだ。
『はい…』
「あのおっさん、まだ生きてるのか」
「何の話?」
クレアは一人蚊帳の外だ。
『整備士見習いの時に、少し』
「…」
『どうして、情報部に…?』
「コレじゃ、パイロットはできんさ」
彼はそう言って右目の眼帯を指した。
「見えないもんね」
ちょっと黙っていて欲しい。
『そういう意味じゃありません。どうしてまだ戦場にいるんですか』
彼は、僕の顔を見る。
「失礼な奴だな」
『そういう意味じゃありません』
「…」
彼は、唇の端を上げ、薄く笑った。
「パイロットとして戦うこともできないのに、どうして戦場にいるのか…か?」
『はい』
「躾が付いているのさ」
躾…
「陸に降りても、救急車ごときのサイレンで目が覚め、気が付けばヘルメットを探している」
クレアが、困惑してる。
「安眠なんかできゃしない。どこにも居場所がない」
彼は、視線を下に降ろす。
「ここが、一番落ち着くのさ」
僕は…
「俺は、必要なくせに、やがて排除される種類の人間なのさ」
僕も…
「お前は違うだろ?」
『え?』


見つけた。


「何、何!?」
見たこともない機体だった。
接近を知らせるアラームが鳴り、救出が来たと思って安堵した時だった。
安堵の空気が流れたのは一瞬のことだった。
機体をよく見ようと、カメラをアップにうつした。
その時、ポッド内の空気が完全に凍りついた。
その機体は、手にビームサーベルを持っていたのだ。
「何よ、何なのよ!救難信号出してるじゃない!」
「聞こえるか!パイロット、敵じゃない。味方だ!」
クレアが狼狽する。
オグマがインカムに叫んでいる。
「返答しろ!」
誰が乗っている…?
誰が…?

武器を構える。
ターゲットを補足する。
脱出ポッド。
殺さなきゃ、
『お前達は、殺し続けるんだろ?』

脱出ポッドには、操縦桿なんてない。
だから、
軌道を変えられない。
機体が迫った。
ビームサーベル。
クレアは、もう言葉を紡げない。
オグマは、インカムに向かって叫んでいる。
僕は、
僕は違うことを考えていた。
そうか。
これが、
これが、戦争なんだ。
やっと分かった。
戦う?
ここで?
一人で?
勝手に誰かを守っている気になって、
勝手に自分に都合のいい言い訳を言い出して、
そうだ。
ここは、僕のいる場所じゃない。
陸に、降りよう。
遅かった。
理解するのが遅かった。
僕が諦めかけた正にその時、
クレアが叫んだ。

「ルナ・シーン少佐!?」


落としてやった。


彼女に言わなきゃいけない。
君の、あの感情は正しかった、と。
何があったのかは分からないけれど、
あの時、確かに彼女は戦闘を恐れていた。
きっと守るものが出来たから。
大切なものがあると、人は失うことに臆病になる。
君は、それを恐れていた。
守るものが出来た時、戦い続けることが出来る人も、確かにいる。
でも、
僕たちは、そういう人間じゃない。
守るものが出来たら、戦えなくなる人間なんだ。
それを、
勇気がない、と思ってはいけない。
そうじゃない。
そうじゃないんだ。
彼女に言わなきゃ。
君は正しい。
僕たちには、
違う生き方が可能なんだ。