【贋作・罪と罰】 4296氏



かつて。
宇宙連邦政府に宣戦布告した団体が居た。
その名を「反宇宙連邦政府軍」
人間は宇宙へと進出するべきではなかった、というのが彼らの意義だった。
とは言っても、所詮は小規模団体にしか過ぎない。
連邦も、宇宙に住む人々も相手にはしていなかった。
しかし。
開戦直後、連邦軍と同等の戦争資源を用い、彼らは次々に宇宙連邦政府軍を撃破していった。
事態を重く見た宇宙連邦政府は、対特別部隊を構成。
彼らは後に『Gジェネレーションズ』と名づけられる。
反宇宙連邦政府軍とGジェネレーションズの戦いは激化の一途を辿った。
その戦いは、2年間にも及んだ。
しかし、絶対的な数と質量で勝るGジェネレーションズが優位に立ち始めた。
敗戦を予感した反宇宙連邦政府軍は、やがて、卑劣な戦法を採るようになる。
しかし、それでもなお戦局をひっくり返すことは出来なかった。
後がなくなった反宇宙連邦政府軍のリーダーは、宇宙連邦政府軍に対し無条件降伏を宣言。
反宇宙連邦政府軍の本拠地に宇宙連邦政府軍が、最終的な制圧の為に入港した。
反宇宙連邦政府軍のリーダーは、たった一人、逃げ出した後、本拠地を爆破。
仲間達もろとも、その全てをふっとばしたのだ。
そして、その犠牲になった宇宙連邦政府軍の中には…
Gジェネレーションズも含まれていた…
宇宙連邦政府軍は、そのリーダーを全世界へ向けて指名手配。
しかし、その男が捕まることは、ついになかった。

そして、15年の月日が流れた。



贋作・罪と罰
Crime and Punishment



車を停め、外に出る。
天気がいい。
雲ひとつない快晴。
僕は思いっきり背伸びをしてから、後部座席に積んであるカバンを取り出した。
「ふぅ…」
振り返り、これから会いに行く相手が住んでいる家を見上げる。
深い山の中に住居を構え、外との関わりを完全にシャットアウトした場所。
やっと突き止めた。
「さて、と」
かつての大戦を起こした張本人がそこに住んでいる。
僕はこれから彼に会いに行くのだ。
「ねぇ、やっぱり私も行きたい」
ふと、助手席から不満そうな声が聞こえた。
「駄目だよ、シー。ここで待つんだ」
運転席の窓から助手席を覗いて、僕は言った。
助手席では、彼女、シー・アウタックが不満そうな顔で僕を見ていた。
「何でよ」
「来る途中もさんざん言ったろ。君の話し方は片っ端からボロが出るんだよ」
「何よ」
不貞腐れたように、彼女は座席に身を沈める。
「後でメシおごってあげるから」
「そんなことされたら、私の名前に傷が付くわ」
そこまで言う。
「とにかく、そこで待ってて」
「わかったわよ」
カバンを持ち替え、家に向かって歩く。
ドアの横にあるプレートを見る。
Legeit Nonez
レゲイット・ノーンズ
「同じ…か…」
そう呟いた後、僕は呼び出しベルを鳴らした。
「…はい」
「レゲイット様ですね。お電話しましたアクスル・ウォースです」

復讐の鐘を鳴らそう。
そして、鎮魂歌は魔性の天使の歌声で。

「まどろっこしいのは嫌いでね。簡潔に行こうか」
彼はそう言って、リビングのソファに身を沈めた。
レゲイット・ノーンズ。
かつての大戦を終戦に導いた人間の一人、だとされている。
でも、僕は知っている。
誰もは知らなくても、僕は知っている。
「助手はいないのかね」
「車に置いて来ました。少々、使えないもので」
「どこにでもいるな。そういう輩は」
僕は、少し微笑む。
勿論芝居だ。
どうだろうか。
僕はちゃんと微笑んでいるように見えているだろうか。
「大戦を知りたいということだったが」
「はい。戦争を知らない子ども達へのメッセージです」
「何故、私なのかね」
笑いそうになる。
「先輩に、あなたのことを聞きました。大戦をよく知る数少ない人物だ、と」
まるっきり嘘、というわけでもない。
ある先輩に聞いたのは、事実だ。
僕は嘘吐きにならなくてはいけない。
「よくは知らんが…」
アンタも嘘吐きだ。
今の全てを偽っても、過去は消せやしないさ。
僕は、鞄からUSBフラッシュメモリを繋いだボイスレコーダーを取り出し、彼の顔を見た。
「許可を願えますか…?」
「かまわんよ」
「では…」
僕はそれを机の上に置いた。
そこで改めて彼の顔を見る。
名前を変えても、顔はそうそう簡単に変えられまい。
崩してやる。

一通り当たり障りのない話を訊いた。
一応、フリーのジャーナリストという触れ込みだから、それくらいはしなくちゃいけない。
「最後の質問です」
僕は相手の顔を見据える。
ひとしきり喋った後だからだろうか。
心なしか疲れているように見えた。

いや、違う。

老けたのだ。
すぐにはわからなかった。
こうして見ると、それとわかるほどに老けている。
(老いたな。)
でも、それは僕が止まる理由にはならない。
「…何かね」
僕が黙っていることに焦れたのか、彼が先を促す。
少し苦笑いして、僕は言った。
「ジェフリー・ダイン博士をご存知ですか?」
その瞬間。
今まで無表情だった彼の顔が、ほんの少し歪んだのを、僕は見逃さなかった。
「…少し、な」
そんな当たり障りのない答えしか言えないのか。
「あの大戦に深く関わっていたのならご存知のはずです」
ジェフリー・ダイン。
人間を強化することを研究対象に置いた科学者。
「…君は、私に何を言わせたいのかね」
「強化人間について、知っていることを話していただけませんか」
「………」
駄目か。
彼は深く瞼を閉じてしまった。
話す気はない。
そう言っている。
なら、こっちも質問を変えよう。
「シス・ミットヴィルとレイチェル・ランサムをご存知ですか」
僕がそう言った後、彼は突然立ち上がった。
「話すことは、もうない。お引取り願う」
踵を返そうとする。
逃がさないよ。
僕は立ち上がって、言った。

「アヤカ・ハットリは生きていますよ」

彼の時間が止まったように見える。
これは、呪いだよ。
振り返った彼は、驚愕の表情を浮かべていた。
そう、
その顔だよ。
僕が見たかったのは、ね。
「貴様…」
「あなたの考えを、彼女は全て見通していました」
「私を、知っているのか」
そのセリフは、認めたことになるんだよ。
自分は、レゲイット・オーンズという名の人間ではないと。
「昔、あるところに先天性の障害を持った少女がいました…」
僕は彼を無視して話を始める。
「彼女の父親は、あらゆる手段を用いて、その少女の障害を、治そうとしました…」
「やめろ」
「しかし、一向に、彼女の障害は治りません…」
「やめろと言っている」
「そこで、最後にその父親が目をつけたのが…」
「やめないか!」
彼が僕の胸倉を掴む。
僕はゆっくりと、その腕を掴んで、言う。

「強化手術だったのです」

勿論、人間に対し精神的強化手術を施すなど、出来はしない。
しかし、それが有事の際ならば、話は別だ。
非人道的なその研究を。
有事の際ならば、世論に糾弾されることもなく。
戦争資源としての人間を作る、という大義名分の名の下に。
資金を得て、研究施設を得て、研究対象を得て、
そう。
その為に。
強化手術によって自分の娘が助かるのではないか、という考えに囚われ。
反宇宙連邦政府軍のリーダー、イワン・イワノフを騙し、
一介の研究者、ジェフリー・ダインを騙し、
そして、戦争に関わった、その全ての人々を騙し、
殺し合わせた。
自分の娘の為だけに。

「あの戦争の元凶は貴方だ。ゼノン・ティーゲル」