【贋作・罪と罰】 4296氏



「着いたよ」
僕は助手席に座っている彼女に声をかける。
駅のロータリーに着いた。
ここで、約束を守らなくてはいけない。
彼女は、目を瞑ったまま動かない。
車のエンジンを停めて、ウィンドゥ越しに外を見た。
景色を見たかったわけじゃない。
目線を逸らしたかっただけだ。
そうしてから、僕は深呼吸を1つして、彼女に言った。
「降りてくれないか。今すぐ」
彼女が目を開けた。
「ここでお別れ?」
「その約束だろ?」
彼女を見る。
彼女は、外を見ていた。
別れの約束。
約束は、守らなきゃいけない。
「だろ?だって。15年前のアンタからは想像できないセリフだね」
彼女の視線は、窓に映った僕に注がれている。
目線を、合わせることが出来ない。
「茶化さないでくれないか」
「……」
少し経ってから、彼女は外へ出た。
それを見てから、僕も外に出て、彼女の側に立った。
そこで、駅が視界に入る。
色んな人がいる。
この中に、何人、幸せになれるのだろう。
そんなことを思いながら、タバコを口に咥え、火を点けた。
「…何回見ても、似合わない、相応しくないと思う」
正面を向きながら、彼女が僕に言う。
余計なお世話だ。
「二度と会わないつもり?」
「気が向いたら、会いに行く。お礼も言ってないし」
「シェルドさん達のことじゃない」
「…」
「私に、二度と、会わないつもり?」
分かってる。
彼女が望んでいる答えを。
僕は、タバコを少し勢いよく吸った後、答えた。
「ああ…」
「そう…」

僕らは、ずっと視線を交わさなかった。

「ショウ」
その名前で呼ばないでくれ
そう言いかけた時、僕の唇は、彼女の唇で塞がれた。
重ねるだけの、キス。
少し、息を止めた。
やがて、離れてから、彼女は言った。
「タバコ臭い…」
「…」
彼女が微笑んでいる。

「背、伸びたね…」
「…」
いつも、隣にいただろ?

「私の方が、大きかったのに…」
「…」
何年前だよ。

「…」
「…」
「じゃね…」
彼女は、そう言って、踵を返し、駅の構内へと歩いていった。
その後姿に、僕は、何故だか、震えた。


彼女の姿が見えなくなったのを確認してから、僕は車の中に戻った。
そこで辺りを見回す。
どこでも、一緒か。
そんなことを思う。
僕は、車の座席の下から拳銃を取り出した。
黒く光る。
僕は、それをこめかみに当て、引き金を引いた。

パン、と、乾いた音がした。

「…え?」
弾は出なかった。
何回引き金を引いても、空しい音が響くだけ。
どうして弾がでない?
まさか…。
僕は、リボルバーの弾丸ラックを確かめると、そこには弾は入っていなかった。
その替わりに丸められた紙が、弾丸ラックの1つに詰め込まれていた。
僕は、急いで懐からボールペンを出し、それを使って、その紙を取り出し、広げた。
その紙には、ただ1行、こう書かれていた。

「ばーか」

…やってくれた。
やってくれるよ、あのお姫様は。
道理で、あっさり行ったわけだ。
お見通しだったんだ。
全部終わったら、僕が死ぬつもりだったことを。
そう。
一番、効果的な方法で、僕を止めたのだ。
「やってくれる…」
それまでの疲れが一挙に押し寄せて、僕は目を瞑りながら、背もたれに寄りかかった。
そして、同時に運転席の窓がノックされた。
「…」
予感を信じるなら、満面の笑みを浮かべた小憎らしい彼女がそこに立っているはずだ。
その予感を確認するのは、簡単だ。
目を開けばいいだけのことなのだから。
だけど、僕の予感は、外れたことがない。
音に気がつかなかったフリをして、そのまま目を閉じていると、不意に運転席のドアが思い切り開き、人の入ってくる気配があった。

僕は、ゆっくりと目を開いて、その姿を確かめた。
僕が、何かを言いかけると、その唇は、彼女の唇で塞がれる。
そして、ゆっくりと顔を離すと、泣き笑いの表情で、僕に言った。

「バカ…」



閉幕