【半熟兵士と踊る空】692氏
モニタを起動させて、戦闘配置命令に騒然となっているモビルスーツデッキを見渡す。
今はまだ乗り手を抱いていない機体の間を、整備兵たちが忙しそうに行き来している。
新米のミンミ・スミスが急ぐ余りひっくり返って工具をぶちまけ、班長のダイス・ロックリーに怒鳴りつけられる。それをなだめるライル・コーンズと、横から見てゲラゲラ笑うニードルの姿もある。あまり笑うものだから、最後にはダイスにスパナを投げられていた。
ベテラン揃いの第一小隊は、そのほとんどが既に姿を見せていた。
とは言え、打ち合わせらしきものをしているのは小隊長のニキ・テイラーと副隊長のマーク・ギルダーだけで、他は皆思い思いの行動を取っていた。
いつもどおりどこの物だか分からない軍服に身を包んだエルフリーデ・シュルツは、周囲を気にせず黙々とレイピアの手入れをしている。乗機の横で整備兵に質問しているのはブラッドだ。顔のせいでいびっているようにしか見えない。エイブラム・ラムザットは機体の横で瞑想中。ラナロウ・シェイドは整備兵と雑談中で、特に緊張はしていないようだった。
デッキの入り口付近には第二小隊の面々が整然と整列していた。というよりさせられていた。
地に立てた金属バット先端に両手を置き、小隊長のジェシカ・ラングが何か叫んでいた。その横で壁に寄りかかりながら、副隊長のノーラン・ミリガンがニヤニヤしている。エルンストは指向性の集音マイクを調節して音を拾い、さらにそのの周囲を拡大表示した。
「いいかキサマら! 我が第二小隊と第一小隊の間には撃墜数で三十七、被撃墜数でマイナス三の開きがある! 今回の戦闘でこの差を縮め、アタシたちが最強であることを艦中に知らしめるんだ! いいな!?」
「あのー、ジェシカ姐さん?」
恐る恐る手を挙げた小隊員のジュナス・リアムを、ジェシカは一睨みした。
「隊長と呼べ、ジュナス。で、何だ?」
「いや、被撃墜数はこっちがどう頑張ったで縮まらないっしょ?」
「まさか後ろから撃てとか言いませんよね?」
苦笑気味に付け足したのは同じく小隊員のシェルド・フォーリーだ。ジェシカは二人を交互に睨みつけた。
「そんな馬鹿なことは言わん。友軍を誤射するなど、戦士としてあるまじき行為だ。推奨するどころか、そんなことをした奴にはアタシ直々に釘バットを喰らわしてやる」
「んじゃどうしろって……」
「落とされるなと言っている。ジュナス、キサマ最近被弾率が増加しているだろう。機体に装甲が追加されたからと言って油断しているな?」
「まあまあ、ジュナスが回避下手くそなのは前からでしょ」
肩を竦めて茶化すように言うのはサエン・コジマだ。ジェシカはまたも睨みを利かせる。
「サエン、キサマはチャラチャラし過ぎだ。戦士としての自覚はあるのか?」
「もっちろん。愛の戦士だもん、オレ」
「そういうの、よく真顔で言えますよね」
サエンの隣で、小隊内最年少のショウ・ルスカが顔を赤くする。サエンの目が細くなった。
「またまた。ショウちゃんったらそんなこと言っていいのかい?」
「え」
「オレ知ってんだよね。最近ショウちゃんの瞳はたった一人のラブリーベイベーをロックオンだってこと」
「いや意味不明だって」
「何だいショウ、つまり好きな子が出来たのかい?」
「え、マジ? 誰だよ教えろよ」
ジュナスがここぞとばかりに囃し立てる。ショウの顔がさっきよりも赤くなった。
「そんなんじゃないですよ! 僕は別に」
「まさかエターナ艦長とかじゃないよな? 止めとけよ競争率高いんだから。泣き見るのはお前だぜ。あ、でもネリィとかケイとかエリスとかは別の意味で勘弁だよな」
「失礼だよジュナス」
「そうだぜ、女の子は皆プリティーなエンジェルだからな。もう誰でも俺の胸にカモーンて感じさ!」
「いやそれも違うよサエン」
ジュナスをなだめてサエンを諭すシェルドの横で、ショウは慌てふためいて両手を振る。
「ち、違いますよ! そんな年上じゃなくて……」
「え、じゃあカチュアかシスかミンミか……いや待てよ、大穴でレイチェルって可能性もあるな、あいつ精神年齢低いし」
「あー、ちょっとあんたたち?」
恋愛談義に花を咲かせる四人に、ノーランが水を差す。その顔には苦笑。
「そろそろ止めないと全員撲殺されるよ?」
「え?」
四人が揃ってジェシカの方を見る。
怒髪天。こめかみに立った青筋といつも以上に吊り上った瞳には、限界ギリギリで抑えられた怒りの炎が燃え盛っている。四人の身体が一息で硬直するのが、エルンストにも分かった。
「キサマら、緊張感という言葉を全身に刻んでやろうか」
「まあまあ姉さん、時間もないことだしさ」
バットを振り上げかけたジェシカを、ノーランがやんわりと止める。ジェシカはギリリと歯噛みをした後、ため息を吐いてバットを下ろした。
「とにかくだ! 我が第二小隊は第一小隊よりも多くの戦果を上げ、最強の二文字が我等にこそ相応しいものであることを証明する! しかるに、今日の戦闘で情けない結果を残した者はデッキ百周プラス撲殺バットの刑を喰らわせてやるからそのつもりで」
「お〜、エ〜リスちゃ〜ん! レ〜イチェ〜ルちゃ〜ん!」
気合の入った演説は、サエンの浮ついた声で中断された。
「エリスが来たのか?」
エルンストは、デッキの入り口付近を拡大表示した。
第三小隊副隊長のエリス・クロードと小隊員のレイチェル・ランサムが入ってきたところだった。二人に飛びつこうとしたサエンがレイチェルに蹴り落とされる。
「う〜ん、相変わらず過激な愛情表現だぜベイベー」
「お姉ちゃんに近寄るな変態! ばっちい菌がうつるでしょ!?」
エリスの腕に抱きついたレイチェルが怒鳴る。エリスは少し困った顔をしていた。
「失礼よレイチェル、いくら相手がサエンさんだからって」
「えー、だってサエンだよ、艦内汚物ランキングダントツ一位だよ? アタシお姉ちゃんが汚れるの嫌だもん」
「確かにサエンさんは艦内触りたくないもの、見たくないもの、認識したくないものランキングダントツ一位の三冠王で救いようのない変態だけど、そんなこと言ったら傷つくでしょう?」
あくまでも優しく柔らかな声音でレイチェルを諭すエリス。遠巻きに見ているジュナスやシェルドが微妙な表情で顔を見合わせる。レイチェルはすねたように口を尖らせた。
「……うん、分かった。本当は全然そんな風に思ってないけど一応謝る。ごめんねサエン」
「はい、よく出来ました。いい子ねレイチェル」
「えへへ」
エリスは優しい微笑を浮かべてレイチェルの頭を撫でると、まだ床に這いつくばっているサエンに顔を向けた。
「ええと、多分大丈夫だと思いますけど社交辞令ですからとりあえず聞きますね。大丈夫ですか、サエンさん」
「フフ……相変わらずごくナチュラルにハートをえぐってくれるねエリスちゃん。だけどそんなところがまたラブリー!」
サエンは別段痛そうな様子もなく、勢い良く立ち上がった。
「あ、やっぱり大丈夫でしたね」
「もちろん。この程度でへたばってたら愛の戦士は務まらないからね」
「ふふ、体が頑丈なのはいいことですよね。私、サエンさんのそういうところって本当に尊敬してるんですよ」
「イヤッハァ! 嬉しいねぇ。そうとも、俺は頑丈だとも。エリスちゃんがお望みなら何度だって蘇ってみせるさ、そうフェニックスのように!」
「そうか。なら蘇ってもらおうか」
「へ?」
振り向いたサエンに振り下ろされる金属バット。怒り心頭のジェシカ隊長による撲殺ショーが幕を開けた。
「やれやれ」
エルンストはため息を吐いて表示を元に戻した。
それと同時に、誰かから通信が入る。
「シスか」
「はい、エルンスト隊長」
第三小隊員、つまりはエルンストの部下であるシス・ミットヴィルからだった。もう自機であるBD1号機に乗り込んでいるらしい。エルンストはチラリと機外のショウの方に目をやった。
「悪ぃけど、作戦の説明はもうちょっと待ってくれ。エリスとレイチェルはまだ機体に乗ってないし、カチュアとドクはまだ来てないからよ」
「はい。敵は……」
「デスアーミーだと。人間じゃねぇから安心しろよ」
「……そうですか」
表面上、シスの表情に変化はない。エルンストは軽く微笑んだ。
「カチュアやレイチェルが心配か?」
「え……」
一瞬、シスの目線が逸れる。
デッキではまだ騒ぎが続いていた。サエンをバットで殴り続けるジェシカと、それを止めようとする第二小隊の面々。それを見てレイチェルは腹を抱えて笑っている。
「カチュアは敏感すぎるし、レイチェルは不安定すぎる。人が死んだときにニュータイプにかかる精神的な負担は想像を絶するものがある……とか、俺の昔のダチが言ってたもんでな」
エルンストは張り付けてある写真を軽く指でなぞり、肩を竦めた。
「ま、今回の相手はデスアーミーだ。少なくとも、そういう面での心配はまずないさ。安心したろ?」
シスは無言で、ほんの少しだけ頷いたようだった。
その時、まだ切っていなかった集音マイクから、新たな声が聞こえてきた。
「ホラ、やっぱあの時右に曲がってれば良かったんじゃない!」
「う、うう、うるせぇな、お、お前だって一回間違っただろ!」
「な、何よ、ワタシが悪いって言うの!?」
「そうだ、お、お前が全部悪ぃんだ! お、俺のせいじゃねぇぞ!」
「ムカツク〜! 人のせいにしないでよねこのハゲ!」
「は、ハゲって言うなこのチビ!」
「何よ役立たずのくせに! ハゲ、ハゲ、ハゲハゲ!」
「お、おお、お前だっていっつも落とされそうになってんじゃねぇか! チビ、チビ、チビチビ!」
同年代の二人にも聞こえるこの会話。しかし、言い争っているのは第三小隊員のカチュア・リィスとドク・ダーム年齢差およそ十五歳ほどの二人である。デッキに入ってすぐの辺りで口論をしている。
その付近では未だに第二小隊が騒いでいるので、やかましいことこの上ない。エリスは止めるべきかどうか、もしくはどう止めていいものだか迷っているようだった。
「ったく、あいつらもホントに緊張感ねぇな……いや、ドクは気を紛らわそうとしてんのかもな。っつーか一隊の連中も止めろよな……」
エルンストはぶつぶつ呟くと、外部マイクを起動させた。
「おいお前ら、さすがにそろそろ時間がないぞ! さっさと機体に乗り込めや!」
「あ、はーい! さ、行きましょう、レイチェル」
「うん、お姉ちゃん」
まず真っ先に答えたエリスとレイチェルが動き始め、それにつられるように、第二小隊の面々やカチュア、ドクも慌てて移動し始める。
「さて、残り時間十分ちょいってところか……いっちょ気合いれるとすっか」
「……隊長」
「ん?」
「……あの、隊長……皆に……」
シスは何か言おうとして数秒口を開いたままにしていたが、やがて少し苦しそうに表情を歪めて口を閉じ、表情を元に戻した。
「いえ、何でもありま……」
「おーい皆、ちょっと聞けや!」
唐突に、エルンストは外部マイクと通信回線を全開にした。デッキの人々が何事かとエルンスト機の方を向く。
「第三小隊のシス・ミットヴィルから伝言だ。『皆、全員無事に生還できることを祈っています。怪我をしないように気をつけて下さい』……だってよ」
シスが驚いて目を見張る。反応はすぐに返ってきた。
「任せてよシスちゃん! 帰ってきたらあつ〜いキッスを頼むぜ!」
「サエン、こう言っちゃなんだけど犯罪ギリギリだよそれ……ありがとうシスちゃん、君も怪我をしないように」
「ああ、絶対全員で帰ってこようぜ!」
サエン、シェルド、ジュナスの三人から元気な声が届く。ショウも何か言っているようだったが、その声は小さすぎて届く前に消えてしまった。
他の面々からも次々に返事が返ってくる。驚いて固まったままのシスに、エルンストは笑って片目を瞑ってみせた。
「もちろん俺やお前もな。怪我しないようにってのには大賛成だぜ」
シスの顔にわずかに赤みが差した。
「はい……隊長」
ありがとうございました、とようやく聞き取れるぐらいの小さな声で言って、シスは回線を閉じた。
シートにもたれかかり、エルンストは長い息を吐く。と、唐突ににこやかな顔のエリスがスクリーンに映りこんだ。
「ナイスフォローです、エルンスト隊長」
「おや、これは我等が副隊長殿。何のことかな?」
「シスちゃんの言いたいこと、分かるようになってきたんですね」
「シスは口下手だから気をつけてやってくれって言ったのはお前さんだろうに」
「そうですけど、言われるだけでなかなか出来るものじゃありませんよ。さすが第三小隊最年長、無駄に年を取ってる訳じゃないんですね」
「へいへい。おかげさまでしっかり経験積ませてもらってますよ」
「ふふ……ところで隊長、今回もまた準備が早かったですね」
「ん? ああ、ちょうどコックピットの中で昼寝してたからな」
「……パイロットスーツを着て、ですか?」
「習慣かねぇ。そうやってんのが一番落ち着くのさ。人間こうなっちゃもう末期って感じだな」
エルンストが肩を竦めると同時に、レイチェルが通信に割り込んできた。
「ちょっと隊長、何二人で秘密の通信してるの!? そういうのセクハラって言うんだよ!」
「おいコラレイチェル、人聞き悪いこと言うんじゃねぇよ。俺は別に」
「そうよレイチェル、確かに隊長はいかにもそういうことが好きそうな顔をしてるけど、人を見かけで判断してはいけないわ」
「うん、ごめんなさいお姉ちゃん」
「エリス、お前も天使のような笑顔でそういうこと言うな」
「まあお上手ね隊長。だけどまるで口説き落とそうとしてるみたいであんまり印象よくないですよ。めっ」
「めっ、じゃねぇよ。その言動不一致いい加減どうにかしろ、ったく」
うんざりしたように首を振ると、今度はカチュアとドクが通信を入れてきた。
「ごっめーん隊長、ハゲのせいで遅れちゃった」
「ハ、ハゲって言うな! ち、ちち、違うんだぜ隊長! ホントはこのチビが……」
「あー、分かった分かった、結果的に間に合ったからいいって。怒ってないから」
「そうよカチュアちゃん、確かにドクさんは髪の毛が一本もなくて外見がちょっと愉快なことになってるけれど、それをあげつらっちゃいけないわ」
「ひ、ひでぇよエリス」
「きゃはは、ハゲハゲー」
「れ、れれ、レイチェルまで」
コックピットに隊員たちのけたたましい声が響き渡る。その中心でエルンストは頭を抱えた。
「……ああ、確かに緊張しすぎるよりゃいいって言ったけどな、こりゃねぇだろ……」
「あの、隊長」
他の隊員に比べるとかなり控え目な声。見ると、シスの顔がスクリーンに映っていた。
「作戦の説明は……」
「ああ、そうだった。おいお前ら、ちょっと静かにしろ。作戦説明すっから」
「あ、そういえばまだ聞いてなーい」
「隊長、今回こそ第一小隊の人たちと一緒に戦えるんでしょ、ね、ね?」
カチュアが目を輝かせて聞いてくる。
「だから説明するって言ってんだろ……ああ、ったく、お前らちょっとはシスを見習って落ち着けや」
「いえ、ワタシは……」
「そうですね、シスちゃん偉いですよ。後でいい子いい子してあげますね」
「あー、シスばっかりずるーい! お姉ちゃん、ワタシには〜?」
「……あの」
笑顔のエリスと騒ぐレイチェルと少し顔を赤くして困るシスと。エルンストは頭を掻き毟った。
「あ、隊長そういうことするとハゲちゃいますよ。ただでさえハゲそうな顔なしてるのに」
「黙れエリス。もういい、さっさと説明すっぞ。つっても、今回もいつも通りだけどな」
「え〜、じゃあまたお尻なの?」
「最後尾って言えやカチュア。不満か?」
「当たり前じゃん! 今回こそマークさんと一緒に戦いたかったのに〜」
不満たらたらにカチュアが頬を膨らませる。エルンストは肩を竦めた。
「ま、妥当な判断だろ。お前らまだ経験不足なんだ。ベテラン揃いの第一小隊と同じとこに放り込む訳にゃいかんさ」
「そんなことないよ、ワタシ強いもん! 役立たずはハゲだけでしょ!?」
「な、なな、何だとこの野郎! お、おお、俺は、や、役立たずじゃねぇ!」
ドクが興奮して叫ぶが、カチュアも即座にやり返す。
「何よ、被撃墜王のくせに! アンタみたいのがいるからワタシたち全員がへっぽこだと思われるんじゃない!」
「こ、ここ、この……!」
「へへん、言い返せないでしょハゲ! ホントのことだもんね。悔しかったら」
「そこまでだ」
少し強い口調で、エルンストは二人の口論を止めた。
「とにかく、今回も俺達は先行する第一、第二小隊の後方に待機して、奴等が討ち漏らした敵を掃討する。いいな?」
「だけどっ」
「上の命令なんだよ、カチュア。ここは軍隊じゃねぇが、だからっつって規律や決まりごとがない訳じゃない。個人的な我が侭が通らないことだってある。分かるな?」
「……分かんない」
「カチュア」
「分かんないもん! なによ、ワタシは早くマークさんの隣に行きたいのに、皆でそれを邪魔するんだから!」
癇癪を起こしたように喚くと、カチュアは一方的に回線を切断した。エルンストはため息を吐いた。エリスが苦笑する。
「確かにかなり自己中で我が侭な態度ですけど……カチュアちゃんは純粋ですから、言いたいことを言ってるだけだと思いますよ?」
「分かってるさその上ガキだしな。ったく、何でこんなとこに来たんだか……」
「マークさんを追いかけて、でしょう? 仕方ないですよ、本社のNT適性検査で史上最高の数値をたたき出したんですから」
「何度も聞いたよ。ったく、とんでもねぇ大型新人が来るって聞いたから、どんなのかと思えばただのミーハーなガキだってんだからな」
「あら、なかなか一途で素敵だと思いますよ、私は。これぞ恋の力って感じじゃないですか?」
「恋の力ねぇ」
「止めようよお姉ちゃん、隊長にそんなこと言ったって仕方ないよ」
「レイチェル、隊長は人生経験豊富なんだから、恋愛経験の一つや二つ……いえ、ないかもしれないですね」
「おいちょっと待て、何で俺の顔見て言うんだお前」
「さ、そろそろ機体の最終チェックをしないと。レイチェルもちゃんとやっておくのよ?」
「はーい」
「それじゃ隊長、今回も頑張りましょうね」
「へいへい」
エリスとレイチェル、さらにシスの回線が閉じられる。
急に静かになったコックピットの中、エルンストは静かに呟いた。
「……エリス、俺が言ってるのはな。何でそんなガキが命を落とすかもしれない場所に来てんのかってことなんだよ。ったく、世の中この上ないぐらい異常だぜ。どいつもこいつもこぞって死にたがる」
エルンストは目を細めて、張り付けある写真の表面をなぞる。そして気付いた。ドクがまだ回線を閉じていない。
「どうした、ドク?」
ドクは明らかに気落ちした様子で俯いていたが、やがて上目づかいにエルンストを見て、ぼそぼそと言った。
「な、なあ隊長……俺、やっぱ役立たずかな……」
「何だ突然」
「や、やっぱそうだよな、カチュアもそう言ってるし、あんまりいい戦果上げられないし……俺なんかいない方が……」
「おいおい、悪い方ばっかに考えんなよ。お前はよくやってくれてるさ」
「……ほ、ホントか?」
「ああ。俺が新兵のころなんかもっとひどかったさ。だからあんま気にすんなよ」
「……そ、そうか……」
少しだけドクの表情が明るくなる。
その時、不意に通信が入った。全艦放送らしい。
「全艦に通達いたします。本艦はあと五分ほどで作戦宙域に到着いたします。各小隊員は機体のチェックを怠らないように」
こころなしか不機嫌そうなネリィの声。どうやらまだケイは仕事をする気がないらしい。エルンストはドクに向かって笑ってみせた。
「ホラ、そろそろ出撃だ。今回もそれなりに頑張るとしようぜ」
「……お、おう」
「えー、なお」
少しだけ引きつっているような、ネリィの声。
「出撃前に当たって、督戦士官であるイワン・イワノフ少佐より激励の訓示を頂きます。各員は心して聞くように」
通信回線を通して、ため息のような声や小さな舌打ちがいくつも聞こえてくる。ドクも嫌そうな顔をした。
「お、俺、あのおっさんあんまり好きじゃない」
「安心しろ、俺もだ」
エルンストはドクに言い、
「何で出撃前に士気を下げるような真似をするんだかな……」
と、一人で毒づいた。