【半熟兵士と踊る空】692氏
グランシャリオのブリッジは騒然としていた。
敵全滅も間近という時になって、突然デスアーミーが増殖したという報告が入ったのだ。戦闘宙域から少し離れて固定されていたグランシャリオ付近にもデスアーミーの出現が確認され、エリスたちを護衛して帰艦したサエンが再び百式で艦外に舞い戻り、砲撃手たちも休むことなく対空機銃を撃ち続けている。被害報告もちらほら現れ始めていた。第三小隊からの連絡も途絶えている。
「お、おい、攻撃を受けているじゃないか! 何故本艦は逃げんのだ!?」
止まない警報に顔を引きつらせながら、督戦士官イワン少佐がエターナに詰め寄る。
「まだ戦場に残っている小隊員がいます。それに、戦闘自体もまだ終了していませんから」
「だ、だからと言って母艦が沈んではどうにもならんだろう!」
「デスアーミー数機の襲撃で落ちるほど、グランシャリオの装甲は薄くありません。ご安心ください」
「いや、しかし……そ、そうだ、なら艦を少し下げて、安全な場所まで退避させよう、それなら……」
「これ以上後退しては帰還できない小隊員も出始めます。これでもギリギリの位置までは下がっておりますので、ご了承ください」
「そ、そんな!」
澄ました声で応対するエターナと、唾を飛ばして喚きたてるイワン。二人の押し問答を終わらせたのは、ケイの報告だった。
「艦長、また新たなデスアーミーが出現したってさ」
「どこです?」
「第二小隊のジュナスとシェルドとショウを取り囲むように展開中だとさ。座標出すよ」
ブリッジのスクリーンの一部に、新たに更新された戦闘状況図が映される。それをじっと見つめていたエターナが、ぽつりと呟いた。
「敵は……やはり、特定の宙域に展開しているようですね。その近辺の味方機は?」
「んーと、第二小隊の連中でしょ。それから第一小隊のマークとニキ姉、あと、ミノフスキー粒子のせいでよく聞き取れなかったけど、第三小隊のカチュアがどうだとか報告があったね。ああそうそう、駐留軍のルナ・シーン大尉の小隊とソニア・ヘイン大尉の小隊も結構な数のデスアーミーに囲まれてるってさ」
「駐留軍の戦艦はどうですか?」
「そっちの方にはほとんど被害がないってさ。あと、さっき言った小隊以外の兵士もデスボール撃破後はほとんどデスアーミーに遭遇してないって」
「そうですか、ありがとう」
ケイの報告を聞き、エターナは手元のコンソールでルナ・シーン大尉とソニア・ヘイン大尉のデータを呼び出した。二人ともニュータイプ。エターナはぽつりと呟いた。
「……やはり、ニュータイプが狙いですか」
「な、何だと?」
「いえ、何でもありません」
イワンには笑顔で答えておいて、エターナは目を閉じて黙考し始めた。その時、入り口の扉がスライドして、誰かがブリッジに入ってきた。
「艦長!」
レイチェルだ。操舵員のネリィが、驚いて席を立つ。
「どうしたんですの、レイチェル」
背後でイワンが「追い出せ」だのと喚いているのを無視して、ネリィは聞いた。レイチェルは泣きそうになりながら必死に答える。
「お姉ちゃんがいなくなっちゃったの!」
「エリスが!?」
「ワタシがお水汲みに行ってる間に……どこ行っちゃったの、お姉ちゃん……」
レイチェルが心細そうにブリッジを見回す。当然、ここにはいない。レイチェルの目に涙が溢れ出した。
「どこ、お姉ちゃん……まさか、デスアーミーに……」
ネリィは困惑してエターナを振り返った。エターナは柔らかい目線で返す。ネリィは泣き出してしまったレイチェルを抱き寄せ、落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でてやる。
「心配ありませんわ、レイチェル。エリスが艦外に出たという報告はありませんし、艦の外壁が破られたという報告もありませんから、きっとまだ艦内におりますわ」
「そ、そうかな……」
「ええ」
はっきりと答えてやりながら、ネリィは眉根を寄せた。帰艦後、エリスは精密検査を受けるために医務室にいたはずだった。
「艦長、誰かに探させた方がよろしいのでは……」
「エリス!?」
ネリィの言葉を遮るように、ケイの声が響く。見ると、エリスの顔が通路を背景にして映っていた。モビルスーツデッキ付近らしい。
「あなた、一体どこに……」
「艦長、発進許可を下さい」
出し抜けに、エリスは言った。
「デスアーミーが大量に出現したと聞きました。味方の援護に向います」
「だけどさエリス」
「大丈夫、外傷はありませんからすぐに出られます。サイコ・ドーガを使わせてください」
なだめるケイの言葉を、エリスは遮った。言葉どおり、言動はしっかりしている。しかし、エターナは首を横に振った。
「何故ですか?」
「万一ということもあります。それに、レイチェルを残していくおつもりですか?」
ネリィに抱き寄せられたまま、レイチェルは不安な表情でエリスを見つめている。エリスはその視線から逃れるように、顔を伏せた。
「しかし、誰かが救援に向わなければ……」
「あー、ちょっといいかな?」
通信に割り込み。艦外で迎撃に当たっていたサエンだ。
「艦長殿、グランシャリオの周りの敵は全機撃墜したよ」
「お、おお、よくやった! 素晴らしいぞ!」
ほっとした様子で、イワンがサエンを賞賛する。サエンは得意げにウインクした。
「そうでしょそうでしょ、素晴らしいでしょ俺、最高でしょ俺。そういう訳で何かごほうび頂戴」
「あのねぇ、ちったぁ状況見なよあんた……どうするよ、艦長」
ケイが艦長席を振り返る。エターナの横で姿勢を正したイワンが、
「もちろん、敵が殲滅できた以上本艦はこの場に固定……」
「サエンさん、至急帰艦してください。ケイさん、全艦放送の用意を。グランシャリオを発進させます」
イワンがぎょっとする。エターナの指示に、ブリッジの全員が驚いた。エターナは説明を始める。
「交戦中の各員に指示を出してください。今から送る座標まで、敵を引き付けながら後退するようにと。駐留軍のソニア大尉とルナ大尉にも協力を要請するように。本艦はこの位置まで移動します」
スクリーンに配置図が表示される。デスアーミーの大軍の正面にグランシャリオを置いているその図を見て、ケイが目を見開く。
「この配置……艦長、まさか?」
「ええ……グランノヴァ砲を使います」
ブリッジの全員が息を飲む中、イワンだけが理解していない顔で周囲を見回している。
「な、何だ、一体何の話だ?」
「だけど艦長、あれ、実戦じゃ一回も使ったことないじゃんか!」
イワンを無視して、ケイが怒鳴る。エターナは静かにケイを見据えた。
「テストは終了しています。発射できないということはありません」
「いくら何でも危険だよ。味方を巻き込む可能性もあるし……それに、駐留軍とかコロニーとかに当たっちまったら」
「だから当てない位置にグランシャリオを持っていくんです。この座標なら大丈夫でしょう?」
「けどさ」
「他に方法がありますか?」
有無を言わさない強い口調。数瞬、ケイは逡巡したが、やがて諦めたようにため息を吐き、キャップを被り直した。
「あー、チクショウ、分かったよ、ワタシの負けですよ! 仰るとおりにいたしますよ!」
半ばヤケクソで、ケイが艦内放送用マイクを引っ掴む。発進準備の放送が響く中、エターナはまだ呆然としているネリィに向き直った。
「ネリィさん?」
「は、はい?」
「艦の操縦はあなたに一任します。全速で艦を目標座標まで持っていくように」
その命令に、ネリィの肩がぴくりと震える。傍にいたレイチェルが首を傾げた。
「ネリィ……?」
「か、艦長。それはどれだけスピードを出しても構わないと解釈して、よろしいんですわね?」
声が震えている。エターナは笑顔で頷いた。
「ええ。どれだけでも、好きなように。速ければ速いほど状況は良くなります」
ネリィの目が輝きだす。どこか危険な光だ。レイチェルが怯えて少し離れた。
「ふ……ふふっ……ふふふふっ……一流企業に入社して早一年。こんなところでこんな機会に恵まれるとは、思ってもいませんでしたわ……」
不気味な呟き声。ネリィは手をわきわきと動かしながら操舵席に収まる。興奮で鼻息が荒くなっている。エターナは最後に、スクリーンのエリスに視線を戻した。
「エリスさん、これでよろしいですか?」
「え……」
「お姉ちゃん……」
不安そうに、レイチェルが呼びかける。エリスは数瞬迷ったようだったが、やがて肩の力を抜き、苦笑した。
「全く……相変わらずやることが滅茶苦茶ね、エターナ」
「お互い様ですよ」
「あら、ワタシ、あなたよりはマシなつもりよ?」
「そっくりそのままお返ししますよ」
二人は気安く笑い合う。レイチェルはきょとんとした。
「お姉ちゃん、艦長にそんなこと言ったら怒られるよ」
「あらごめんなさい、つい……」
「構いませんよ。では、エリスは医務室で大人しくしていてくださいね」
「了解です、艦長殿」
軽く敬礼して、エリスの顔がスクリーンから消える。レイチェルはまだ不思議そうな顔をしていた。エターナは笑う。
「エリスとワタシは、ずっと前からお友達なんですよ」
「お友達?」
「そうですよ。さあレイチェル、エリスの傍についてあげてくださいね」
「あ、うん。ありがとう、艦長!」
ぴょこんと頭を下げ、レイチェルはブリッジを出て行った。その時、呆然としていたイワンがようやく立ち直り、エターナに詰め寄った。
「か、艦長! 一体どういうことかね!?」
「何が、ですか?」
「艦を敵の大群に突っ込ませるとはどういうことだと聞いている!」
「ですから……説明申し上げたではありませんか」
「ほ、本気か!? 数人の戦闘員を救うために、艦を危険にさらすなど!」
「敵の全滅も見越しての策ですけれど……でも、概ねはその理由で当たっていますね」
エターナはあくまでも柔らかく応じる。イワンは口をぱくぱくさせた。
「ば、バカな……信じられん。君はそれでも艦長かね?」
「これだからこその艦長であると自負しております」
「ふざけている場合ではない! もういい、ワシの権限で、君から指揮権を剥奪する!」
いきり立つイワンを、エターナは穏やかな目で見つめた。
「……督戦士官殿は、死にたくないですか?」
「は?」
唐突な質問。イワンは一瞬呆然とした後、ハッとして周囲を見回し、罰が悪そうに咳払いをした。
「いや、ワタシはそういう意味で言ったのではなく、軍人として当然の判断というか、その……」
「ご安心下さい。ワタシも死にたくはありませんから」
「そ、そうか。なら……」
「でも」
と、エターナは困ったように微笑んだ。
「きっと、小隊員の皆さんも死にたくないと思うのです。そして、艦長としては乗組員の希望を出来るだけ汲んであげたいところですので」
「な……!?」
イワンが絶句する。その時、機関部から通信が入った。油まみれのダイス・ロックリーの顔がスクリーンに映る。
「取り込み中失礼するぞい。艦長殿」
「何ですか、ダイスさん」
「発進とグランノヴァ砲の準備はもうすぐ終了するがのう……」
ダイスの本来の畑はMSの整備である。しかし、人手不足の実情と現場で叩き上げられてきたその腕を見込まれて、彼は機関部の管理も任されているのだ。
そのダイスが、渋い顔をしてハゲ頭を掻いていた。
「本気で撃つつもりかね? 艦にかなり負担がかかることになるが……」
「仲間の命には代えられませんよ」
エターナはさらりと言ってのける。隣でイワンが何か怒鳴りかけたが、その前にダイスの太鼓を打つような笑いがブリッジに響き渡った。
「こりゃあ愉快じゃわい! まさか艦長ともあろう者が平気でそんなことを言うとはのう!」
「お嫌いですか?」
「いいや、なかなか酔狂なことで非常にワシ好みじゃ。さっさと作業を終わらせ」
「感動したでありまぁぁぁす!」
突然、新たな声と顔が通信回線に割り込む。甲高いが、ダイスに劣らぬ声量だ。見ると、スクリーンに滂沱の涙を流しながら敬礼するミンミの姿が映っていた。その姿勢を崩さぬまま、ミンミは叫ぶ。
「艦長殿ぉ!」
「は、はい!?」
さすがのエターナもこれには驚き、思わず姿勢を正した。
「自分は、自分は感動したであります! 仲間のためには自らの命を危険にさらすことすら厭わない、熱き心と義侠心! 自分は、こういうのに憧れていたのであります!」
「そ、そうですか」
「スパナをガラガラ代わりに、ボルトをおしゃぶりの代わりにと育てられて早十二年! 整備兵をやってきたのは今日この日のためだったと、自分は今、確ッ信! しているのであります!」
「はあ、それはそれは……」
「自分は……自分は、一生エターナ艦長についていくであります! 艦の命運尽きるまでお供する覚悟なのであります!」
「ええと」
「うぉぉぉぉぉぉ、エターナ艦長! 万ッ歳! でありまぁぁぁす!」
エターナが答える間もなく、瞳に燃え盛る炎を宿したミンミがどこかへ駆け去っていく。ダイスが慌ててそれを止める。
「こ、こらミン坊、勝手にいじるな! じゃ、じゃあ艦長、準備が終わったらまた連絡するぞい」
「あ、はい、よろしくお願いします……」
通信が切れる。ケイが呆れ果てたように言った。
「何だい、ありゃ……」
「あら、頼もしいじゃありませんか」
「何か、この船いつ沈んでもおかしくない気がしてきたよ……」
笑顔のエターナに、あくまでげんなりしているケイ。その横で、ネリィは指の骨を鳴らしていた。
「いいじゃありませんの、あのぐらい勢いがあった方が祭りが盛り上がりますわ」
「祭りってあんた」
「ふふふ待っていなさいデスアーミーども。このネリィ・オルソンが轢き殺してやりますわ……ふふふふ……」
口から涎を垂らしそうな勢いでネリィが笑う。ケイはコンソールに突っ伏した。
「勘弁してよもう……」
その一連の流れを黙ってみていたイワンは、突如としてケイの通信席まで移動し、有無を言わさずマイクを引っ掴み、叫んだ。
「全艦に告ぐ、直ちに艦を停止させろ。これは地球連合軍督戦士官イワン・イワノフ直々の……」
「ちょ、何やってんだよ!?」
敬語も忘れてケイが怒鳴る。イワンもこめかみに青筋を立てて怒鳴り返した。
「うるさい! 貴様らは狂っとる! ワシはこんなところで貴様らの集団自殺に付き合う気は毛頭に」
言いかけたところで、突然イワンが白目を剥いて意識を失った。ぎょっとしたケイがよく見ると、イワンの背後に、右手に注射器を持ったエターナの姿が。
「……艦長殿?」
「あらあら、戦闘中に居眠りだなんて、督戦士官殿は随分お疲れだったんですねぇ」
困ったわ、と言うように、エターナは左手を頬に添えて微笑む。ケイは頬を引きつらせて、エターナの右手の注射器を指差した。
「艦長、あの、それ……」
「ビタミン剤ですよ」
「いやあの」
「困りますよねぇ。ワタシ生まれつき体が弱くて」
「え、だって艦長いっつも人の五倍食うし」
「生まれつき体が弱くて」
「それに風邪すら引いたこと」
「体が弱くて」
「……」
「弱くて」
「ハハハ、か弱い艦長はまるでアスファルトに咲く儚い花のようだなぁチクショウ」
半ばヤケクソになりながら、ケイは通信席に座り直す。白目を剥いているイワンが邪魔になりそうなので適当に蹴っ飛ばしておいた。
「さて、ケイさん、機関部から連絡は?」
艦長席に座りなおしたエターナが聞いた途端、機関部から通信が入った。発進準備完了。
「よろしい。それでは、行きましょうか」
エターナが悠然と微笑み、腕を上げる。もうどうにでもなれとキャップを放り投げるケイと、気合半分愉悦半分に操舵管を握り締めるネリィを見下ろして。
「グランシャリオ、発進!」
そして、エターナの腕が前方に向けて振り下ろされた。
「くぅぅぅ、何で当たんないのよぉ!?」
自機の前方を逃げていくデスアーミー目掛けてビームライフルを撃ちながら、カチュアは苛立ちに歯噛みしていた。
ビームの光は時折デスアーミーを掠める程度で、どうしても直撃させることができない。
「高機動型……? 隊長が言ってた新型なのかな?」
カチュアが呟いたその時、不意にデスアーミーが停止し、振り向いた。周囲に無数の小隕石が漂っている、視界の悪い宙域。
「今度は隠れて戦おうっての? それなら!」
カチュアはバギ・ドーガのモビル・ビットを射出した。
「いっちゃえ、ビッちゃん!」
カチュアの声に合わせて、バッタに似た形をした二機のビットが、動かないデスアーミーに向かって一直線に飛んでいく。カチュアは会心の笑みを浮かべた。
「よぉっし、そのままやっつけちゃえ!」
その時、突如小隕石の陰から二本のビームが飛び出した。今まさにデスアーミーを撃とうとしていたモビル・ビットが、光に飲まれて四散する。
「え……?」
カチュアが目を見開く。どこに隠れていたものか、数え切れないほどのデスアーミーが、バギ・ドーガを取り囲んでいた。
「ウソ、そんな……」
前にも後ろにも、上にも下にもデスアーミー。閉じ込められた。感情の欠片もない、無数のモノアイがカチュアを見据える。全身が凍りついたように動かなくなった。
デスアーミーたちの金棒型ビームライフルの銃口が、一斉にバギ・ドーガに向けられた。
加速、加速、加速。
「遅ぇ、遅ぇ、遅ぇ!」
次々と迫ってくる障害物を驚異的な機動で避けながら、エルンストのEz8・HMCはバーニア全開で宇宙を飛んでいた。機体のスペックの限界に達している、最高の速度。だが、エルンストは苛立ちに歯軋りした。
「頼む、Ez8! もっと速度を上げてくれ。これじゃ間に合わないだろうが!」
機体がその思いに答えることはない。逆に、あまりの速度にエルンストの視界の端が白み始めていた。目に力を込め、血が出るほどに強く唇を噛む。
「しっかりしろエルンスト・イェーガー。こんなとこでへばってる場合じゃないだろうが!」
汗が顔を流れ落ちる感覚すら、徐々に遠のいていく。それでも機体をたくみに操りながら、いつしかエルンストは戦友たちの写真を強い力で握り締めていた。
「今だけでいい、力を貸してくれ……お前の魂がこの宇宙を漂っているのなら!」
肺が締め付けられ、心臓が悲鳴を上げる。弾けそうになる意識を繋ぎとめるかのように、エルンストは声を振り絞って叫んだ。
「まだ……カチュアをお前のところにやる訳にはいかねぇんだよ! ビリー・ブレイズ――!」
エルンストの視界の片隅に、小さな点が映った。ずっと遠くに、無数のデスアーミー。自分でも理解できないことを絶叫しながら、エルンストは敵の大群に機体を突撃させた。一瞬で視界が真っ白になり、意識が弾け飛んだ。
スターク・ジェガンがミサイルを放ち、ジム・カスタム高機動型がビームライフルを連射する。爆発して四散するデスアーミーの機体を見ながら、ジュナスは舌打ちした。
「クソッ……もうすぐ弾切れだぞ! シェルド、敵はどのぐらい残ってる?」
「どうかな……数える気も失せるぐらい、と言っておくよ」
機体を横滑りさせて敵のビームを避けながら、シェルドが肩を竦める。NT1の腕部ガトリングを撃ちまくっていたショウが、頬を引きつらせた。
「い、一体どうなってるんでしょうか……?」
「知るかよ……ショウ、後ろ!」
ジュナスが鋭く叫ぶ。振り返るショウ。背後に金棒を振り上げるデスアーミー。ショウが悲鳴を上げかけたが、その時デスアーミーは頭からすり潰されていた。
「油断するな、馬鹿者」
短く、ジェシカが叱咤する。イーゲルは潰れたデスアーミーからミンチ・ドリルを引き抜き、次の獲物を探して首を巡らせた。
「何度見ても恐ろしい武器だ……」
ジュナスが唾を飲み込む。
少し離れた位置でビームライフルを撃ち続けながら、ノーランが苛立ち紛れに叫んだ。
「チクショウ、蟻みたいにワラワラワラワラ! 一体いつになったら終わるんだい!?」
「いいじゃないかノーラン。敵が多いほど撃墜数も上がる」
声に喜色すら滲ませて応えるジェシカ。物騒な会話をする二人を横目に、ジュナスはショウに通信をいれた。
「ショウ、気付いたか?」
「……はい。敵は、僕らに対して執拗な攻撃をしかけてきていますね」
「やっぱそうだよな」
「どういうことなんでしょう?」
「さぁなぁ。おかしいな、デスアーミーの恨みを買うような真似をした覚えはないんだけど」
「そうですよねぇ。僕ら撃墜数も一番低いですし」
「不思議だなぁ」
「言ってて情けなくないか君たち……」
ビームサーベルでデスアーミーを叩き斬りながら、シェルドが呆れ声で言う。
「ン……? 何だと?」
ジェシカが誰かと通信した後、渋い顔で小隊員全員に命じた。
「おいお前たち、今から送る位置まで撤退するぞ」
「え……撤退ですか?」
「良かったぁ」
ジュナスとショウが安堵の吐息を漏らす。送られてきた座標を見て、シェルドが興味深そうに唸った。
「この座標……ひょっとして、グランノヴァ砲を? さすがエターナ艦長、やることが大胆だなぁ」
「そうと決まりゃあこんなところに長居は無用だね……っと」
ノーランが、接近してきたデスアーミーの頭部を撃ち抜き、ジュナスが残りのミサイルを一気にばらまく。それを合図に全機が反転を開始した。
「ふぅ……何とか助かりそう」
「ジュナス、ショウ。殿はお前たちがやれ」
「い!?」
「ど、どうして!?」
ジェシカの指示に、ジュナスとショウが引きつった声を上げる。
「知らん。ブリッジからの指示だ。よく分からんが、敵を引きつけるためにはお前たちが囮になるのが一番なのだそうだ」
「そ、そんな殺生な」
「一応言っておくが」
ジェシカの瞳がぎらりと輝く。
「命令を無視したり、途中で落とされたりした場合はアタシ直々に挽き肉にしてやるから覚悟しておけよ」
ジュナスとショウは顔面蒼白になった。
「どうした、さっさとしろ」
無慈悲に命令するジェシカ。ジュナスはヤケクソで叫んだ。
「もうどうにでもなれチクショウ!」
「ごめん母さん……帰る約束守れないかもしれない……」
ぶつぶつと呟きながら、ショウが機体を減速させる。ジュナスもそれに続いた。ガンダムNT1とスターク・ジェガンを最後尾に、第二小隊の大逃走劇が始まろうとしていた。