【半熟兵士と踊る空】692氏



 ――……エルンスト……怪我の具合は……
 ――……そう、新型のパイロット……
 ――……クレアの抜けた穴を……俺だって、今はニュータイプ……
 ――……心配すんなよ……データ収集だけで特別給与……楽な仕事……
 ――……これでカチュア……迎えに……楽な暮らしを……
 ――……ああ……今は、リィス家に……
 ――……一度も会ってない……マリアに似た、可愛い子に……
 ――……すまん……強化手術……頭が痛い……
 ――……大丈夫、今日は調子がいい方……前みたいに殴りかかったりは……
 ――……ああ、感覚はむしろクリアに……宇宙には何もないからな……
 ――……分からないか……でもそう思う……
 ――……出撃命令……
 ――……エルンスト……
 ――……俺に何かあったら……カチュアを……
 ――……柄じゃない……そう……俺、何でこんな……忘れてくれ……
 ――……心配ない……簡単な任務……
 ――……行ってくる……怪我、早く治せよ……

 ――……隊が全滅……ブレイズってのが……
 ――……味方に襲い掛かったって……
 ――……機体は大破……さあ、死んだんじゃ……
 ――……やっぱり強化人間……失敗続き……前の奴も狂って……
 ――……EXAMってのも……暴走……
 ――……開発は中止……そりゃそうか……
 ――……だったら……全員無駄死に……

 ――……エルンスト……乱闘騒ぎとは……何が……
 ――……なるほど……気の毒な……
 ――……辞める……軍を……
 ――……戦場で人が死ぬ……よくある……
 ――……あまり気に病むな……
 ――……決意は固い……そうか……
 ――……君ほどの……失うには惜しい……
 ――……さよならだ……また……

 ――……エルンスト……アタシはブランド……
 ――……そう……社長さん……
 ――……もう一度戦場……デスアーミー……実験機部隊……
 ――……ダメ……そう言わずに……
 ――……これを見ても……同じことが……
 ――……EXAM……強化人間……ニュータイプ……
 ――……どれもあなたには……興味深い……
 ――……それらは……兵器として優良な……
 ――……そう……それでは……一週間後に……歓迎するわ……

 人類の敵、デスアーミー。
 それを殲滅するための実験機部隊、Gジェネレーションズ
 俺にとっちゃ、そんなのはどうでも良かった。
 俺の戦友を殺した物が、未だに存在して誰かを苦しめてる
 ただ、それが許せなかっただけだ。
 もう二度とあんな物に誰かを殺させやしない。そう誓った。
 だが、俺には何も出来なかった。
 檻に閉じ込められたエリス、喪失を怖れるレイチェル、絶望に囚われたシス。
 その上カチュアまで部隊に編入されてきたときには、本社に襲撃をかけようかと本気で考えたぐらいだ。
 どれだけ止めてもカチュアは引き下がらなかった。
 戦う理由。好きな奴がいるから。馬鹿かと思った。死にたがってるのかと。
 顔は全然似てないのに、そういうところだけはあいつにそっくりだ。
 なら、それもいい。ここは軍隊じゃない。
 俺の腕で全部守ることができるはずだと、そう思った。
 ヒーローを気取ってた訳じゃない。
 だが、それだけのことなら俺にも出来るはずだと。
 ただ単純に、理由もなくそう確信していたんだ。
 あいつが俺に託したもの、あいつを殺した物に押しつぶされそうなもの。
 今度こそ、俺がこの手で守ってみせる。
 全部守ってみせると。
 そう、誓ったんだ。
 誓ったんだ。

 「それなら、こんなところでへばってる場合じゃないだろ?」
 「ちょっとはカッコいいとこ見せてよね、おっちゃん」

 真っ白に染まっていた視界が、再び光を取り戻した。無数のデスアーミーに取り囲まれ、硬直しているバギ・ドーガの姿。
 エルンストは獣のような咆哮を上げながら機体を加速させ、ビームライフルを連射した。
 今まさに金棒でカチュアを押し潰そうとしていたデスアーミーが、一機残らず吹き飛ばされる。
 バギ・ドーガの隣で急制動をかける。強い衝撃と共に、機体が停止した。
 「カチュア!」
 通信。カチュアは恐怖に青ざめた顔をスクリーンに映す。
 「た、隊長……」
 「無事か。良かった。怖かったろう?」
 「わ、ワタシ……ワタシ……」
 カチュアの目に涙が溜まっていく。接近を試みてくるデスアーミーを射撃で黙らせながら、エルンストはカチュアの声を遮った。
 「話は後だ。すぐにこの宙域から脱出するぞ。いいな?」
 「う、うん」
 頷く。カチュア。しかし、デスアーミーの包囲は簡単に破れなかった。後退するべく機体を移動させようとしても、四方から殺到するビームに足を押さえられる。
 「こんなところで落とされる訳にはいかねぇってのに……!」
 歯軋りするも、戦力差は如何ともし難い。カチュアの動きもいくらか鈍くなっていた。二機は脱出する前にデスアーミーに取り囲まれてしまう。正面のデスアーミーが勝ち誇ったように金棒型ビームライフルを構えた。エルンストが舌打ちを漏らす。
 その瞬間、突如後方のデスアーミーが爆発した。同時に、通信が入る。
 「た、た、た、隊長おおおぉぉぉぉぉ!」
 こめかみに青筋を立て、目を極限まで見開いたドクの顔がスクリーンに現れる。エルンストは一瞬驚いた後、ニヤリと笑った。
 「カチュア!」
 「う、うん!」
 ドクの攻撃で空いた穴目掛けて、Ez8とバギ・ドーガが一気に飛び出す。追いすがるビームがいくらか装甲を削ったが、どれも致命傷には至らなかった。
 「く、くくく、喰らえぇ! 来るなぁ! 死ねぇ! ○※△×!」
 聞き取れないほど声を高くして絶叫しまくるドク。ギラ・ドーガはマシンガンをフルオートで掃射しつつ、携行している武器をひたすらデスアーミーに向けて発射あるいは投擲する。本人の叫び声同様滅茶苦茶な攻撃だ。しまいには片手のアックスまで投げつける始末だ。デスアーミーたちの足が止まった。エルンストが大笑いする。
 「よし、よくやったぞドク」
 「そ、そそそ、そうか?」
 「おう。さあ、さっさと退避するぞ!」
 「お、おおああ!? まま、待ってくれよ!」
 そのまま加速して離脱するEz8とバギ・ドーガを、ギラ・ドーガが必死で追いかけた。

 「第二小隊の連中がもう少しで到着するよ。ルナ大尉とソニア大尉も敵を引っ張ってきてくれてるみたい」
 「グランノヴァ砲、いつでも発射できるぞい」
 「エイブラム・ラムザット、サエン・コジマ、共に配置を完了しました」
 「ありがとう。それでは第一小隊と第三小隊の皆さんが帰艦するまでこの場に固定して下さい」
 ケイとダイスとエイブラムの報告に頷き、エターナは艦長席のシートに身を埋めた。隣ではイワンが「この一撃が歴史を変える」などと興奮気味に呟いている。艦が固定されたためにやることがなくなったネリィが、少し心配そうに艦長席を振り返る。
 「艦長、本当にグランノヴァ砲で戦闘を終わらせられるんですの?」
 「ええ。そうするつもりです」
 「でも、今回のデスアーミーはデスボール撃破後も数を増やしましたわよね?」
 「確かにそうだね。グランノヴァ砲で今いる分は殲滅できるかもしれないけど……その後にまた出てきたら、艦長、どうするつもりだい?」
 前方のスクリーンから目を離さないまま、ケイが言う。エターナは少し困ったように頬に手を当てた。
 「その質問に答えるのは、少し難しいですね……とりあえず、ワタシにはそれによって敵を倒せるという確信がある、ということで納得していただけませんか?」
 「でも」
 「止めなよ、ネリィ。こうなったら腹くくって艦長を信用するだけさ」
 ケイがキャップを被り直しながら、唇の片端を吊り上げる。
 「それに、こういう賭けは嫌いじゃないね」
 「あら、賭けは賭けでもオッズは1.1倍ですよ」
 「そりゃ結構。本命ってのはあんまり好きじゃないけど、今回ばっかりは大穴狙いでいく訳にもいかないもんなぁ」
 ケイは肩を竦める。エターナが安心させるように笑った。
 「大丈夫ですよ、ネリィさん。何も心配することはありません」
 「根拠をお聞きしてもよろしくて?」
 まだ少し疑わしそうに、ネリィが聞く。エターナは微笑んだ。
 「何となく、です」
 「自信満々に言うことですか?」
 「うむ。ワシも何となく大丈夫だと思うぞ!」
 「あんたのは多分気のせいだろ……来た!」
 胸を張るイワンに呆れて答えたケイが、突然緊迫した叫び声を上げる。
 モニターの右方で、無数の閃光が走るのが見えた。
 「第二小隊の連中だ!」
 「マークさんとニキさんと、第三小隊の方々は?」
 「まだ……いや、あれか!?」
 モニターの左方からも、いくつかの機影が近付いてくる。Ez8HMCを先頭に各機が続く。同時に、中央からも数機。駐留軍のルナ大尉とソニア大尉の小隊だろう。左方、中央、右方、どの小隊も大量のデスアーミーを引き連れてきている。
 「うっわ、気持ち悪ぃ」
 「悪趣味ですわね」
 ケイとネリィが揃って顔をしかめる。エターナは立ち上がって号令を発した。
 「グランノヴァ砲スタンバイ! エイブラム、サエンの両名は援護を開始。くれぐれも味方に当てないように」
 「了解」
 「OK!」
 艦の両脇で待機していた百式とドーベンウルフが、メガバズーカランチャーとメガランチャーを発射し、デスアーミーの大群と味方機の間を遮断する。サエンが口笛を吹いた。
 「狙いバッチリ。さすが俺!」
 ケイが通信回線を開いて全機に指示を送る。
 「全機、グランノヴァ砲の射線から退避しな!」
 「カウントを開始します」
 エターナが静かに宣言し、ゆっくりと右手を上げる。
 「5」
 重低音と共に、グランシャリオ前部の巨大な砲口が光を放ち始める。
 「4」
 デスアーミーをギリギリまで引きつけた後、味方全機が即座に射線上から退避。
 「3」
 機関部のクルーが生唾を飲み込んだ。
 「2」
 ケイとネリィが息を飲み、イワンが鼻息も荒く拳を握り締める。
 「1」
 コックピット内のエルンストが、デスアーミーに向かって親指を逆立てた。
 「くたばれ」
 「0!」
 エルンストが呟くのと、エターナが右腕を振り下ろすのとはほぼ同時だった。
 グランシャリオの砲口が、火竜の吐き出す炎さながらに極大のビームを放つ。ブリッジが眩い光に包まれ、その光景を目の当たりにした全ての人間が、腕で目をかばった。
 荒れ狂う光が、宇宙の闇ごとデスアーミーたちを飲み込み、舐め尽くす。それは魔を断つ神の剣か、死へと誘う魔王の息吹か。
 いつしか網膜を焼く輝きが過ぎ去り、誰もがおそるおそる目を開けたとき、宇宙は再び静かな闇をたたえていた。
 誰もが無言だった。わずかに残ったデスアーミーですら、動きを完全に停止して星の海に漂っている。
 「……状況報告」
 静寂を破るエターナの声。ケイは慌ててモニターに目を走らせた。
 「射線上のデスアーミー、全機消滅……残ってるのは、元の一割弱程度……だね」
 「味方への被害は?」
 「イワン少佐の名前で退避命令出してたから、多分大丈夫だと……思う」
 「よろしい」
 満足げに、エターナが頷く。同時に、残っていたデスアーミーが先を争うように散り始めた。
 「後は駐留軍の皆さんにお任せしましょう。全機に帰艦命令を」
 「あ、ああ」
 エターナはにっこりと微笑み、Gジェネレーションズ全機に通信を送る。
 「皆さん、お疲れ様でした。一人も欠けることなく、理想的に……私たちの勝利です」
 瞬間、通信回線に歓声が満ち溢れた。勝利を喜び合う声、安堵の吐息、聞き取りがたい絶叫。機関部でミンミが号泣し、ダイスとライルが肩を竦めあう。ブリッジでケイがキャップを放り上げた。
 「あー、疲れた、いっつも以上に疲れた、もう何もしたくないぐらいに疲れた! ねー艦長、有給申請したいんだけど、認められるかねぇ?」
 「さぁ、どうでしょうね。それはそうと、帰艦する皆さんの誘導がまだ残っていますよ」
 「えー、だるいなぁ……ネリィ、やっといてよ」
 「嫌ですわ! 自分の仕事ぐらい責任を持ってやり遂げなさい!」
 「うー」
 不機嫌に唸りつつも、ケイが味方機の誘導を開始する。艦長席の横で、イワンが何度も頷いた。
 「うんうん、何事もなく無事に終わって良かった良かった。ハッピーラッピーウレピーなーっと」
 上機嫌に鼻歌なんぞ歌い始める。ネリィが顔をしかめ、エターナがクスリと笑った。
 「イワン少佐、今回はご協力ありがとうございました」
 「いやいや、戦っている皆の苦難を思えばこのぐらい大したことないぞ! おおそうだ、MS隊の皆をねぎらってやらなきゃな。それじゃ皆さんバイバイキーン」
 気分良さそうにブリッジを出て行くイワン少佐を、ネリィがため息を吐いて見送る。
 「艦長、いいんですの? あの人放っておいたらどんな騒動が起きるか」
 「ビックリするでしょうね、皆さん」
 「ジェシカ姉あたりは気味悪さに耐え切れなくて撃つかもしんないよ……ん?」
 肩を竦めたケイが、不意に何かを見つけて前に手を伸ばした。
 「……壊れたチップ? 何でこんな物がブリッジに浮いてるんだ?」
 「何ですの、それ?」
 「さぁ。何かの部品かな……あ、イワン少佐の名前が刻んである」
 それを聞いたエターナの目が、一瞬鋭く細められたが、
 「まぁ、落し物ですか。すぐに届けてあげませんと」
 そう言ったときには、元の穏やかな表情に戻っていた。ケイが腰を浮かせる。
 「それじゃアタシが」
 「ダメですわ。そのままバックれるおつもりでしょう?」
 「いや、バックれるってあんた」
 「そうですね。それではワタシが届けてきましょう」
 エターナが立ち上がり、ケイの目の前まで移動する。ネリィは顔を曇らせた。
 「艦長が? でも……」
 「ネリィさんは念のため艦周囲の索敵とケイさんの監視をお願いしますね」
 「ずりぃな艦長、一人だけ早上がりかよ」
 「それなら代わりにやってくれます、今回の戦闘報告書作成」
 「お疲れ様でした艦長。ごゆっくりお休みくださいませ。さぁ仕事するぞー」
 手の平を返したようにコンソールに向かうケイ。ネリィはため息を吐いた。
 「全くもう、これだからケイさんは……」
 「それではお二人とも、後のことはお任せしましたよ」
 それだけ言い残し、エターナは受け取ったチップを持ってブリッジを出て行く。
 その背中を見送り、ケイとネリィは顔を見合わせた。
 「何か、怪しくない?」
 「艦長がわざわざイワン少佐の忘れ物を……」
 「まさか艦長、今回のイワン少佐の変わり様を見て惚れちまったんじゃ」
 「あり得ませんわ!」
 「そうだ! そんなことは神が許してもこの俺が許さん!」
 「いきなり割り込んでくるな!」
 ケイが怒鳴る。スクリーンに姿を表したサエンは、大袈裟に肩を竦めた。
 「そりゃちょっとひどいんじゃないの、ケイちゃん。仲間の生還をもっと喜んで頂戴よ」
 「あーはいはい、良かったね宇宙の塵にならなくて。なってもアタシは別に気にしなかったけど」
 「ひっどいなぁ、ねぇネリィちゃん」
 「気安く呼ばないで下さる? 耳が腐りますわ」
 「うわ、もっとひどい」
 「無駄口叩いてないでさっさと艦に入ってくれよ」
 「OK。とと、その前にさ、エリスちゃんとレイチェルちゃん、どこにいるか分かる?」
 「ああ? 何だよ、またちょっかい出しに行く気かい?」
 「そんなんじゃないって。たださぁ」
 サエンは照れくさそうに笑う。
 「結構艦揺れたみたいだし、やっぱ心配じゃない」
 「信用できないね」
 「差別だ! チクショウ、俺の人権を認めるまでここ動かないもんね!」
 「ああもうウゼェな! 分かったよ教えるよ。どうせまだ医務室にいるだろ」
 「サンキュー」
 サエンが通信を切り、百式が動き出す。ケイはため息を吐いた。
 「ったく、他人の色恋話に首を突っ込む暇もないのかよ」