【彼女がなりたかったもの】692氏



 結果は言うまでもなく惨敗続きだった。二回やって二回とも、ショウのNT1はミンチドリルによって頭から粉砕されたのである。
 「どうしたショウ。これが実戦ならキサマはとっくに肉塊になっている」
 「す、すみません!」
 「謝っている暇があったら反省しろ。先ほどの戦闘、修正すべき点は百を超えているぞ!」
 「はい!」
 ジェシカの叱責に勢いよく答え、ショウはシミュレーターが打ち出した戦闘レポートを読み直す。が、
 「どうだ」
 「ええと……」
 ジェシカが舌打ちをもらす。
 「分からんか。分からんならキサマは何度だって今の失敗を繰り返す。分かるまでやるぞ」
 「はい!」
 再度各種の設定を打ち込みなおし、ショウのNT1は架空の宇宙へ踊りだす。
 「よし……今度こそ」
 呟き、ショウは機体をゆっくりと移動させる。
 「どこだ……?」
 何しろ、宇宙空間である。敵は前後左右どころか上下からも来る。ショウは慎重に周囲を見回しながら、機体を操っていく。その時、前方に小さくイーゲルが見えた。
 「真正面!? ならビームで、いや、この距離ならガトリング……」
 「遅い!」
 ジェシカの怒声と共に、イーゲルは急接近してくる。NT1は何らかの反応を起こすよりも前に、タックルで吹っ飛ばされた。
 「うわっ」
 コックピットに走る激しい衝撃に、ショウは思わず目を瞑ってしまう。そして、次に目を開けたときには、イーゲルのビームライフルがこちらを狙っていた。
 「しまった!」
 ショウは慌てて操縦桿を握りなおす。しかし、回避行動を取るよりも早く、モニターはイーゲルの放つビームライフルに焼かれていた。一瞬、ショウの視界が真っ白に染まり、
 「YOU DEAD」
 ショウは、この日、四十三度目の死亡宣言を聞いた。
 「……まったく」
 ジェシカのため息が聞こえる。ショウは俯き、
 「すみませ」
 「謝罪している暇があったら反省しろ……さっきも言ったぞ」
 「はい……」
 ショウはすっかり気落ちした表情で、先ほどと同じく戦闘レポートを読み返し始めたが、ふと、
 「あの、隊長」
 「ん?」
 「一つ、聞きたいことがあるんですけど」
 「何だ」
 ショウは少し躊躇ってから、
 「ノーランさんのことで」
 「ノーラン?」
 予想だにしない問いだったらしい。ジェシカは不可解そうに問い返してから、
 「戦闘以外のことなら後にしろ」
 「いえ……どうしても、聞いておきたいんです」
 「……そのせいで戦闘に集中できない、とでも?」
 「……それも、少しはあります」
 ジェシカは軽く息を吐き、
 「フン……で、何だ。妙なことを言われたというのなら、奴が酒に弱いせい」
 「ノーランさん、どうして子供作らないんですか?」
 ストレート過ぎる問いかけ。ジェシカは、しばらくの沈黙のあと、
 「……何故、そんなことを聞く」
 ショウは、手短に事情を説明した。
 「……ノーランさんは冗談だって笑ってましたけど……今思うと、あれ、本気だったんじゃないかって」
 「……馬鹿な奴だ。酒に酔ってガキ相手にいらんことを話すとはな。こういうことか、ヤキが回るというのは」
 吐き捨てるような物言いに、ショウが少しムッとして、
 「そんな言い方……!」
 と、反論しようと口を開きかけたとき、ジェシカは気だるげにため息を吐き、
 「作らないんじゃない」
 「え?」
 「作れないんだ」
 沈黙。ショウはジェシカの言葉の意味を反芻し、
 「……どういう、意味ですか?」
 「意味も何も……そういう体なんだよ」
 「どうして!?」
 「軍隊にいると、いろいろある……まあ、キサマに話しても理解できんだろう。忘れろ」
 ショウはモニターの向こうのジェシカをにらみつけ、
 「僕が、子供だからですか?」
 「そういう問題ではない。が」
 ジェシカは見せつけるような露骨な嘲笑を浮かべ、
 「何だ、ガキ扱いされたのが気に障ったのか、坊や?」
 「ッ!」
 ショウは乱暴に操縦桿を握った。
 「もう一度、お願いします!」
 「フッ……そうやって、すぐムキになる。やはりガキだな。まあいい。条件はさっきと同じだ。やるぞ」
 条件を入力。最終確認にも即座にOKを出す。モニター全域に宇宙空間が広がった。ショウは迷うことなく、真正面に向けて機体を突っ込ませる。同様に、イーゲルも直進してきていた。
 「ほう。少しは思いきりがよくなったな。だが」
 ショウは気合のこもった叫びと共にビームサーベルを引き抜き、イーゲルに切りつける。しかし、イーゲルは難なく刃をかわし、逆にミンチ・ドリルを叩きつけてきた。
 「読みやすい、単純な動きだ」
 「クソッ……!」
 まだ撃墜ではない。ショウは歯噛みしながら機体を操ろうとする。半壊したモニターにイーゲルの頭部が迫ってきた。
 「終わりだ」
 イーゲルがビームライフルの銃口をNT1のコックピットに突きつける。ショウはそれでも動こうとしたが、それより前に、ビームの光が彼を包み込んだ。
 「YOU DEAD」
 無慈悲な宣言。ショウは唇を噛む。
 「さて……まだやるか?」
 からかうようなジェシカの言葉。ショウは顔を上げて、
 「当たり前……」
 言いかけたとき、外から呼びかけがあった。
 「ショウー、ちょっと開けてくれないかい?」
 ノーランだ。ショウがハッチを開けると、外にいたノーランが滑り込んできた。先ほどよりも顔が赤い。どうやら、残っていた缶ビールも開けてしまったらしい。鼻腔を刺激する酒の匂いに、ショウは顔をしかめ、
 「大丈夫ですか?」
 「何が?」
 「お酒……」
 「だいじょーぶだいじょーぶ、意識もまだしっかりしてるしさぁ」
 「はぁ」
 「それより……ね、調子はどう?」
 「聞くまでもないだろうが」
 ジェシカの声。ショウは俯く。ノーランは軽く笑い、
 「ま、姐さんは容赦ないからねぇ。アタシがやっても勝てるかどうか。あんまり気にするんじゃないよ」
 「フン……当然だ。そろそろ諦めて、ノーランにでも泣きついたらどうだ? 甘えん坊の坊やにはそれがお似合いさ」
 「姐さん、そんな言い方は」
 咎めかけたノーランに、ジェシカは
 「黙ってろ」
 と言いつつ、顔ではニヤリと笑いかける。「ああ、そういうことか」という風に、ノーランは苦笑混じりに頷く。そのやり取りは、俯いていたショウには見えなかった。
 「……で、ショウ。どうする?」
 「悔しいです」
 「え?」
 ショウは痛みをこらえるように目を瞑りながら、
 「あんなこと言われて……なのに、一度も勝てないだなんて!」
 ノーランはジェシカを見る。ジェシカは肩を竦めながら、
 「ガキ扱いされたのが悔しいんだろ? だが、実際にキサマはピーピー泣き喚くだけの」
 「違います!」
 ジェシカの挑発を遮って、ショウが怒鳴る。唐突な叫びに、珍しくジェシカが目を丸くする。
 「……違うのか? ならば、何だ?」
 「……そうじゃなくて、僕は……」
 言いかけて、ショウはチラリとノーランを見る。そして、ぼそぼそと、
 「ノーランさんが馬鹿にされたのが……」
 「え? 何だって?」
 ノーランも聞き取れなかったらしく、屈みこんでショウの顔を覗き込む。ショウは少し顔を赤くして、
 「いえ、何でもないです! と、とにかく、僕、隊長に勝つまでは絶対に諦めません!」
 ショウの顔には疲労が色濃く現れていたが、瞳は強い光を放っていた。ノーランは楽しそうにそれを見て、
 「分かった。じゃ、アタシも手伝ったげるよ」
 「え?」
 ショウが驚いてノーランを見る。
 シミュレーター内部はコックピットを模して作られていたが、シートの後ろには人一人が立つぐらいのスペースは確保されている。観戦用スペース、という訳でもないだろうが。ノーランはそこに立ち、後ろからショウの肩に両手を置いた。
 「ま、手伝うって言ってもこうやって後ろから見てるだけだけどね」
 「えっと」
 「ほーら、リラックスリラックス。緊張してると出来ることも出来なくなっちゃうよ?」
 ノーランは気楽に微笑んでみせる。ショウは気恥ずかしげな顔をしながらも、
 「……隊長、もう一度、お願いします」
 「ああ、キサマがへたばるまで、何度でも相手をしてやるとも」
 条件を入力。再び、モニターが宇宙空間を映し出す。
 「よし、今度こそ!」
 ショウは操縦桿を握り直した。

 結果から言うと、ノーランの存在は戦況に大した影響を与えなかった。
 イーゲルの急接近に慌てたショウが、判断のミスや遅れから撃墜される、という展開が二度ほども続いたのである。
 「あちゃー、やっぱり厳しいねぇ」
 「当然だな。アタシは戦士だぞ。ひよっこ如きに撃墜されるほど、ヤワじゃない」
 ノーランの苦笑とジェシカの嘲笑が、俯くショウに降りかかる。ショウは少しの間沈黙していたが、やがてまた顔を上げ、
 「もう一度……!」
 言いかけたが、
 「ね、ショウ」
 不意に、ノーランが優しく呼びかけた。ショウは後ろを振り返り、
 「何ですか?」
 「これ、ちょっと見てみなよ」
 ノーランが指差したのは、正面のモニターだった。今は戦闘結果の表示が終わり、例のランキングが流れている。
 「フン、あの女も余計な機能をつけたものだ。このアタシがサエンや時代錯誤の騎士女に劣るなどと、考えるだけでも腹立たしい」
 「ゲーセンっぽいのがいいって、ラナロウが駄々捏ねた結果らしいよ」
 「猿が」
 「まあまあ」
 ジェシカをなだめてから、ノーランはショウの顔を後ろから覗きこんだ。
 「これの一位の人、知ってるかい?」
 言われて、ショウはランキングの一番上を見る。クレア・ヒースロー。ショウは首を横に振った。
 「まあ、そうだろうね。軍人さんの間じゃ、かなり有名な人なんだけど」
 「軍人の間で?」
 「そ」
 ノーランは少し遠い目をして、語りだした。
 「この人が乗ってた機体……何だか分かるかい?」
 「いえ」
 「ガンダム、さ」
 「ガンダム……」
 ショウはその名を繰り返す。不思議と、言い慣れた響きだった。
 「そう。だけどね、この人が乗ってたやつは特別なのさ。何たって、初代ガンダムだからね」
 「初代、ガンダムですか?」
 「前の戦争のときに、連合側の切り札として開発され、百機以上の敵を葬ったっていう機体さ」
 「百機……凄いですね」
 「ああ。あんまりに強いもんだから、白鬼なんてあだ名までつけられる始末さ。でもね、そのパイロットっていうのは、元々軍人でも何でもない、平凡な女の子だったんだよ」
 「え……そんな人が?」
 「そう。だからこそ、『最強のパイロット』クレア・ヒースローは、『最強のモビルスーツ』ガンダムと共に、一つの伝説として語られることになったって訳さ」
 「もっとも、そのクレア・ヒースローは作戦行動中に行方不明になったらしいがな……このシミュレーターに入っているのは、その時までに残されていた戦闘データだ。このランキングはあくまでも参考程度。そいつの技量を正確に表しているとは限らんということだ」
 ジェシカが話に割り込んでくる。そんな声など聞こえないかのように、ショウはじっとモニターに見入っている。その様子を見守りながら、ノーランが、
 「だけどね……いや、だからこそ、かな。ガンダムの純粋な後継機っていうのは、今までほとんど作られていないのさ」
 「え、でも、ウチの部隊にだって」
 「あれは違うんだ。外観こそガンダムだけど……設計思想っていうの、分かるかい? それがまるっきり違う機体ばっかりなんだよ」
 ニキのガンダムMK−Mも、マークのスーパーガンダムも、エルフリーデのナイトガンダムも、とノーランは指を折って数えてから、ふと苦笑いを浮かべ、
 「エルンスト隊長のEz−8なんか、元になった陸戦型ガンダムは同系機だったけど、今のはカスタマイズされまくって原型留めてないからねぇ」
 でもね、と、ノーランは力強い口調で続ける。
 「ショウのガンダムNT1は違うんだ」
 「僕の……NT1が?」
 「そう。あれは、ガンダムの純粋な後継機なんだよ。あの伝説の、ガンダムのね」
 「後継機……」
 どこか信じられない面持ちで、ショウはその言葉を繰り返す。ノーランはゆっくりと頷き、
 「そう。最強の機体と言われたガンダムの血を、NT1は受け継いでるんだ」
 「……」
 「そして、ショウ。そんな機体が、あんたに任されてる」
 「……それって」
 「それだけ、期待されてるってことさ」
 ノーランは励ますような微笑みを浮かべて、ショウの肩を叩いた。
 「だから……もっと自信を持っていいんだよ。ショウ」
 ショウは、じっと自分の手を見つめ、静かに目を閉じた。肩の力を抜き、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。両肩に、ノーランの手の温もりを感じた。
 「ノーランさん」
 目を閉じたまま、ショウは言う。
 「ん?」
 「ありがとうございます」
 視界は真っ暗だったが、背後のノーランが微笑んだのが、ショウにははっきりと分かった。
 ショウは目を開ける。眼前に、あのランキングが見えた。一位、クレア・ヒースロー。
 「隊長。もう一度、お願いします」
 モニターに映ったジェシカの顔に、薄い笑みが浮かんだ。