【その男、ラナロウにつき】692氏



 「あーあー、ったくよぉ、ちっともすっきりしねぇな」
 「まだ言ってるの」
 コンソールを操作しながら、ミリアムが呆れて言った。ベルトはもう外している。ギャプランは半壊状態で、人体が危険にさらされるほどの速度は出せないからだ。
 なおかつ、機体各部に深刻な損傷があるため、ミリアムが細心の注意を払って操作しているところだった。デリケート過ぎて、ラナロウには不可能だったのだ。
 「……っつーか、MSの操作、普通に出来るじゃねぇか、お前」
 「こんな風にゆっくり慎重にやれば、ね。今日の戦いで実感したわ。私にMS戦闘をこなすのは無理だって」
 ラナロウは誇らしげに、
 「だろうな。俺以外に、MSで格闘戦がやれる奴なんている訳がねぇ」
 「あのね、MSの腕っていうのは殴るために作られてる訳じゃ……もういいわ」
 ミリアムは疲れた様子で話を打ち切った。そして、小さく呟く。
 「……いっそ、格闘専用のMSでも作ったほうがいいんじゃないかしら」
 「あん?」
 「何でもないわ……ま、いろいろデータも取れたし、よしとしますか」
 「へぇ」
 「今度こそ、あなたの眼鏡に適う物を作ってみせるわ。期待してなさいよ」
 ミリアムは、自信ありげにそう言った。

 「データが消えてる!?」
 MSデッキに、ミリアムの声が響き渡った。そのすぐそばで、ダイスが頷く。
 「ああ。ギャプランだけじゃなく、今日の戦闘に参加した機体全部からじゃ。今日の交戦記録が全部消されとる。敵ながら器用な真似をするわい」
 ダイスはハゲ頭を撫でながら言った。ミリアムの全身から力が抜けた。重力があったらへたり込んでいるところだ。
 「……あそこまで苦労して、何も得るものがなかっただなんて……」
 「そうでもないじゃろ」
 言って、ダイスはにやりと笑う。
 「ミン坊から聞いたぞ、嬢ちゃん。シミュレーターの完成度を上げるためにギャプランに乗り込んだんじゃろ?」
 「え……はい、そうですけど」
 「見上げた根性じゃわい。大丈夫、データには残っとらんでも、あんたの頭が全部覚えとる。自信を持って改良したらいい」
 ダイスは力強く、ミリアムの肩を叩く。ミリアムは少しの間黙って考えていたが、自信を取り戻した表情で頷いた。ダイスも満足げに笑う。
 「ま、ワシ等も出来ることがあったら協力するわい。頑張っとくれ」
 「ありがとうございます……それじゃ、早速作業に取り掛かりますので」
 言って、ミリアムはデッキの入り口に向かって地を蹴った。ダイスは慌ててその背中に手を伸ばす。
 「おい、そんなに急がんでも、ちょっと休んだらどうじゃ?」
 「いえ、コンピューターと違って、人間の記憶は消えやすいですから。体が戦闘の空気を覚えている内にやっちゃいたいんです。それじゃ、失礼します」
 一礼して、ミリアムは張り切ってデッキから出て行った。ダイスは苦笑気味にハゲ頭を撫でながら、
 「やれやれ、何だか随分たくましくなったもんじゃわい」
 「ま、この俺のおかげだな」
 ダイスの独り言に答えたのは、ラナロウだった。振り向くと、一人満足げにウンウンと頷いていた。
 「ふふん、周りの腰抜けどもにもいい影響を与えるとは、さすが俺だな。自分でもこの才能が怖くなるぜ」
 「……ラナロウ」
 「あん?」
 ダイスの低い声に、ラナロウがきょとんとする。次の瞬間、ラナロウの頭に怒りの鉄拳が炸裂していた。
 真っ赤にした顔に青筋を立て、ダイスがギャプランを指差す。ギャプランは「格ゲーモード」のおかげでひどい状態だった。ラナロウは目に怒りを込めて立ち上がった。
 「うるせぇ、こうするしかなかったんだよ! また直せばいいじゃねぇか」
 「簡単に言うなアホ。ここまでぶっ壊れちゃ手に負えんわい。もう廃棄じゃ廃棄!」
 「んだと!? テメェ、ギャプラン捨てやがったら殺すぞ! 意地でも直せ」
 「意地にも限界っつーもんがあるわい!」
 「この野郎、リ・ガズィだって直してるじゃねぇか!」
 「あれはまだマシじゃ! 毎度毎度性懲りもなくぶっ壊してきおって! もう金輪際お前の機体なんぞ直してやらん! ちっとは反省しろ、反省」
 「自分の腕の悪さを棚に上げて言ってんじゃねぇぞクソジジイ!」
 「なんじゃと!? そっちこそ腕が悪いからこうなったんじゃないのか、ええ!?」
 売り言葉に買い言葉。二人は唾を飛ばして罵りあい、挙句の果てに拳を振り上げたので、周囲の整備員は慌てて二人を取り押さえた。

 着艦してからも、シェルドは機体から下りずに、周囲の様子をぼんやりと眺めていた。その視線が、ラナロウとダイスが取っ組み合いをしているところの反対側で止まる。
 「エリス、か」
 小さな呟き。モニターの一部を拡大する。エリスは、修理中のリ・ガズィのそばでミンミと話しているところだった。シェルドは小さく咳払いをし、
 「別に、そんなんじゃないけど」
 誰にともなく言い訳しつつ、像をさらに拡大した。話しているエリスの顔が、モニターに大写しになる。穏やかな笑顔。シェルドの顔が赤くなった。
 「何やってんだ、僕は。これじゃ覗き見じゃないか」
 呟きながらも、シェルドは魅入られたようにエリスの顔から目を離さなかった。
 「これじゃサエンやジュナスのこと笑えないな」
 自嘲気味に呟き、シェルドはエリスの微笑をじっと見つめ続ける。
 「サエンの言うとおり、可愛いとは思うけどさ……だからって、別にそんなんじゃないよな……今までだって、そんな風に思ったことなんて一度もなかったし」
 ただ、サエンがあんなことを言うもんだからちょっと意識してるだけさ、と、シェルドは自分の独り言に決着を着けた。と同時に、エリスたちの話も終わったらしく、ミンミが一礼して離れていった。エリスが小さく手を振っているのを視界の隅に収め、シェルドは小さく息を吐いた。
 「さて、と。いつまでもこんなことやってる訳にはいかないな。ネリィさんに届け物もあるし……」
 言って、シェルドはモニターを切ろうとした。しかし、ふとそこに映っている物を見て、目を見開いた。
 「……エリス?」
 そこには、相変わらずエリスの顔が大写しにされていた。だが、その表情が一変していた。張り詰めている、というよりは、追い詰められている、とでも言うべきものであり、真剣、というよりは深刻な色が強い。そして、何よりも、彼女の瞳はぞっとするほど冷たい輝きを放っていた。モニター越しにもそれが分かる。シェルドは息を呑んだ。
 エリスはその表情のまま、何事かを考えながらその場を立ち去る。シェルドは彼女がデッキから出て行くのを見送った後、コックピットハッチを開けた。
 「よ、お疲れ」
 開いたハッチの向こうから、シェルドが笑顔を突き出してきた。そして、すぐにきょとんとして、
 「どうした、そんなおっかない顔して」
 「……いや」
 シェルドは首を振ったが、表情から硬さが消えないのが自分でも分かった。不審そうなジュナスに、シェルドは右手に持っていた筒を差し出した。
 「これ、ネリィさんに届けてくれないか」
 「え、なに?」
 「外で拾った。ネリィさん宛てらしいから。じゃ、よろしく」
 短く言って、シェルドはジュナスに筒を押し付けてコックピットを抜け出す。ジュナスが慌てて、
 「お、おい」
 シェルドの背中に声をかけたが、振り返りもせずにどこかに行ってしまった。
 「何なんだよ、ったく……」
 ジュナスは面倒くさそうに頭をかきながら、筒を見る。
 「ホントだ、親愛なるネリィへ、だって。でも、何だろうな、これ……?」
 さらに筒を観察していたジュナスが、不意に目を見開いた。
 「……この印……」

 「ミンミ、ちょっといいかな」
 ダイスとラナロウの乱闘を止めようとしている人々の近くで、シェルドはようやくミンミを見つけて声をかけた。
 「あ、シェルドさん。先ほどはご苦労様でありました! 生還されて何よりであります!」
 ミンミはピシッと敬礼を決め、
 「自分に何か御用でありますか?」
 「うん、大したことじゃないんだけど……さっき、エリスと話してたよね?」
 「はい、お話ししたでありますが……?」
 それが何か、とミンミは首を傾げる。シェルドは少し考えてから、
 「何を、話してたのかな?」
 「は。何を、でありますか?」
 ミンミは不思議そうな顔をしながらも、
 「BD一号機のことについて、質問されていたであります」
 「BD一号機?」
 シェルドは、デッキの向こうに見えている蒼い機体をチラリと見た。
 「何で?」
 「最近シーちゃんの調子が良くなさそうだから、万一のときにしっかりサポートできるように、BD一号機の性能を把握しておきたかったそうであります」
 「シスの調子が、悪い?」
 シェルドは不可解そうに目を細めた。ミンミはエリスの言ったことに何の疑問も抱いていないらしく、笑顔で続けた。
 「自分にはそうは見えなかったでありますが……第三小隊の皆さんは仲良しでありますから、ちょっとした変化でも相手の調子が分かるのかもしれないでありますね」
 「仲良し……か」
 確かに、表面上はそうだ、とシェルドは思った。
 (でも、さっきのエリスの表情は……仲間のサポートについて考えてる表情なんかじゃなかった。あれは、どっちかと言うと……)
 「あの、シェルドさん?」
 呼ばれて、シェルドはハッとした。思わずその場で考え込んでしまったようだ。ミンミが不安そうな顔をしていた。
 「自分はまた何かまずいことを言ってしまったんでありますか?」
 「いや、違うよ。ちょっと、ね。ありがとう、ミンミ」
 「お役に立てれば幸いであります」
 そう言って、ミンミは人の良さそうな笑顔を見せる。人を疑うことを知らないような、無垢な微笑みだった。いたたまれなくなったように顔を伏せて、シェルドはその場を立ち去った。

 「あ、いたいた……ネリィ!」
 艦長室に続く廊下を歩いていたネリィは、不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、そこに第二小隊のジュナスがいた。左手に、何やら筒のような物を持っている。
 「やっと見つけたよ。届け物があってさ」
 「届け物? 私にですか?」
 「うん、そう。ああ、でもネリィって見ればすぐ分かるからいいよな。そんなひらひらしたの履いてる金髪巻き毛の人なんてネリィぐらいのもんだもんな」
 遠慮なしにそう言って明るく笑うジュナスに、ネリィは気分を害されたようにわずかに顔をしかめた。
 「それで、届け物というのは?」
 「ああ、そうだそうだ、忘れるところだった、いけねえいけねえ」
 「……相変わらずそそかっしいですわね、あなたは」
 ネリィはため息を吐く。
 「ははは、よく言われるんだよなこれが。もうちょっと落ち着けとかさ」
 ジュナスはやたらと楽しそうに笑う。ネリィは首を傾げた。
 「何でそんなに舞い上がっておられるんですの?」
 「ははは、そりゃだって、なあ?」
 「なあ、と言われましても困りますわ。きちんと説明していただかないと」
 「だってさぁ、こんなとこにお仲間がいるとは思わなかったからさ」
 「お仲間?」
 ネリィは困惑して眉をひそめた。そんな彼女の戸惑いなど気にもかけず、ジュナスは右手に持っていた筒をずいっと突き出してくる。
 「これ。何か外に落ちてたんだってさ」
 「外……? 何故それを私に?」
 「ネリィ宛てなんだよ」
 見ると、確かに筒の側面に「親愛なるネリィへ」という文字が刻み込まれていた。
 「それだけじゃないんだよな。その筒の、蓋のとこ見てみてよ」
 「蓋?」
 言われて、筒の蓋を見る。そこには、バラの紋章が描かれていた。
 「……」
 ネリィの目が大きく見開かれる。
 「いやぁ、俺もそれ見てビックリしちゃってさ。まさかネリィが……」
 ジュナスの嬉しそうな言葉は、半分もネリィの耳には届いていなかった。ネリィの視線と意識は、バラの紋章に釘付けになっていたのだ。
 「……失礼いたします!」
 一方的にそう言い捨てて、ネリィは来た道に向かって駆け出した。
 「え、ちょっと!」
 ジュナスが後ろから声をかけても、止まる気配すら見せない。ネリィの背中が曲がり角の向こうに消えてから、ジュナスはぽりぽりと頬をかいた。
 「……何か、皆忙しそうだな……」
 呟いてから、また気楽な笑顔になる。
 「ま、いっか。嬉しい発見もあったことだし。しかし、まさかこんなところでなぁ。ビックリだなぁ。こんな偶然って、あるもんなんだなぁ」
 言いながら、鼻歌混じりに歩き出す。その足取りはどこまでも軽かった。

 廊下を駆け抜けて自分の部屋に戻ってきたネリィは、急いで扉をロックすると、部屋の照明の下で件の筒を確かめた。
 「……やはり、これはクォーツ家の紋章……」
 呟き、額を押さえてため息を吐く。
 「何故今頃になって……? いいえ、それよりも、私がここにいるのはとっくの昔にばれていたということですの? それなら、何故連れ戻そうとしないのです……」
 ネリィは目を閉じて考え込んでいたが、やがてまた筒を観察し始めた。そして、気付く。蓋の部分が、スイッチのようになっていた。押し込むと、「親愛なるネリィへ」と書かれていた部分の反対側の側面が、静かにスライドした。内部から、デジタル表示の文字が現れる。
 「母様の名をお言いなさい」
 母様、という単語を目にしたとき、ネリィは嫌悪感も露わに顔をしかめた。
 「……ラビニア……」
 吐き捨てるように呟くと、底の部分が開き、中から一枚の丸めた紙が滑り落ちた。拾い上げて開く。
 「親愛なるネリィ姉様へ。近々、久方ぶりにお会いすることとなりましょう。つきましては、十年前私になさった仕打ちを精算させて頂きたく存じます。お覚悟を。シャロン・キャンベル」
 ネリィは首を傾げながら、何度も何度も手紙を読み返した。しかし、読む度に眉間のしわは深くなるばかりだった。
 「シャロン……私が、あなたに何をしたと言うんですの……?」
 小さな問いかけに答える者は、無論、誰一人としていなかった。

 乗組員たちの細々とした問題を孕みながらも、グランシャリオの日々は確実に流れていく。そうして、三日の時間が過ぎた。その間、ミリアムはトレーニングセンターにこもりっきりだった。整備員たちも仕事の合間を縫ってそのサポートに駆けつけ、装置の改良は順調に進んだようである。
 「……どうだった?」
 シミュレーターのハッチを開いて出てきたラナロウに、腕を組んで仁王立ちしたミリアムが問いかけた。
 ラナロウは後頭部をかきながらミリアムに歩み寄り、遠慮なしにぐしゃぐしゃと頭を撫で回した。
 「ちょ、ちょっと」
 「合格も合格、大満足だ! ここまで出来りゃ大したもんだぜ!」
 「え……」
 ミリアムは目を見開き、どこか信じられないような面持ちでラナロウの顔を見上げる。満足げに、犬歯を見せて笑っていた。見る見る内に、ミリアムの顔に喜びが満ちていく。
 「いぃ……やったぁぁぁぁ!」
 「やったでありますね、ミリアムさん!」
 万歳して喜ぶミリアムに、ミンミが駆け寄る。二人とも、目の下の隈とボサボサの髪が痛々しい。ミリアムはもちろんのこと、ミンミもサポートのためにずっと付きっ切りだったのである。二人は手を組んで踊りだした。
 「ありがとう、これもミンミちゃんのおかげよ、本当にありがとう!」
 「そんな、自分の力など微微たるものであります。全てはミリアムさんの努力の賜物なのであります!」
 ミンミらしい、手放しの賞賛。ミリアムの瞳に涙が浮かんだ。
 「ご協力してくださった皆さんも、ありがとうございました! これもそれも、全部皆さんのおかげです!」
 ミリアムは周りで見物していた人々に大きく頭を下げた。拍手と口笛がトレーニングセンターに満ちる。ミリアムは何度も何度も頭を下げている。その体から力が抜け、ふらりと倒れこみそうになったのをニキが慌てて抱きとめた。
 「ミリアムさん、大丈夫ですか?」
 「す、すいません。エヘヘ、何だか気が抜けちゃって……」
 ミリアムは、ニキの腕の中で気恥ずかしげに微笑む。疲労感と同時に、達成感と充足感が全身から漂ってくる。ニキは労わるように頷き、
 「無理もありません、ほとんど三日休みなしでしたからね……我々乗組員一同、ミリアムさんに最大限の賛辞を捧げさせていただきますよ。ですよね、ラナロウ?」
 ニキが、ミリアムを抱きかかえたままラナロウに向き直る。ラナロウは珍しく満足した様子で頷き、
 「ああ。まさか、俺もこいつがこんなに面白くなるとは思わなかったからな」
 言って、ぽんぽんとシミュレーターの筐体を叩く。物語としては最高の終わり方だと、誰もが微笑んだ。が、
 「いやぁ、これで連日連夜タダゲーが出来るってもんだ!」
 ラナロウの脳天気な笑いに、瞬時に空気が固まった。ミリアムの笑顔が凍りつき、ニキの微笑が引きつる。
 「ん? どうしたお前ら?」
 一人、ラナロウだけがきょとんとした顔をしている。ミリアムは無言でラナロウに歩み寄り、
 「……あなた、今『タダゲー』とか言った?」
 「それがどうかしたのか?」
 「……私が、何でこんなに苦労してシミュレーター改良したか、分かってる?」
 「ん? 俺がクソゲーつったのが気に入らなかったんだろ? 今なら十分客取れるぜ、これ。良ゲーだ、良ゲー」
 あくまでも、ラナロウは上機嫌だ。
 「そうじゃなくてね、ゲームとかそんなつもりじゃなくてね、私はこのシミュレーターを実戦に向けた訓練に役立ててもらおうと」
 「実戦?」
 ラナロウは素っ頓狂な声で言って、
 「はは、馬鹿言うんじゃねぇよ。こいつはあくまで実戦に近いのを体験できる玩具だろ? 訓練なんかに使える訳ねぇだろ」
 ゲラゲラと笑った。ミリアムの全身が細かく打ち震える。噴火寸前。しかし、そんなことになど微塵にも気付かぬ様子で、ラナロウはポンとミリアムの肩を叩き、
 「で、これいつゲーセンに入るんだ?」
 その瞬間、その場の誰もが「何かが切れる音」を聞いた。止める間もなく、
 「この……クソバカ猿!」
 どこからそんな力が湧いて出たのか、ミリアムは大きく跳躍してラナロウの顎に膝蹴りを叩き込んだ。決して細くはないラナロウの身体が、一瞬宙に浮く。ミリアムは間髪いれずに数発の拳撃を放つ。全弾命中。誰かが「エリアルコンボ!?」と叫んだ。ミリアムは、そのまま床に倒れ付したラナロウの体に乗っかり、マウントポジションで何度も何度も殴りつけた。
 「私がっ、こんなにっ、苦労したってのにっ、このっ、猿がっ、猿がっ、猿がぁっ!」
 「す、凄い、あのラナロウが成す術もないなんて!」
 「いや、驚いてる場合じゃないってジュナス。ちょっと、止めなよミリアムー!」
  近くで見ていたジュナスとカチュアが、慌てて止めに入る。結局、数人がかりで取り押さえるまで、ミリアムはコンボ記録を伸ばし続けたのであった。
 「……あの動き、MSに組み込めば……」
 「止めておいたほうが無難だと思いますが」
 冷静に観察しているミンミに、ニキがため息混じりに答えた。



 機動戦記Gジェネレーションズ第二幕 第一話 『その男、ラナロウにつき』 完