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【その男、ラナロウにつき】692氏



 「さーて、そんじゃ、お仕事と行きますかね」
 MS形態のギャプランを操りつつ、ラナロウがやる気なさげに言った。ギャプランは既に宇宙空間を移動中だ。指示された範囲を見回って、再びグランシャリオが停泊しているコロニーの宇宙港に戻る予定である。
 「あーあ、やっぱめんどくせぇ。こんなつまんねぇ仕事他の奴にやらせろってんだ」
 答える声はない。ラナロウは不機嫌そうに胸元を見下ろした。ラナロウと密着させるように体を固定されたミリアムは、身動き一つとっていない。
 「おい」
 返事はない。ラナロウはイライラしながら、ミリアムのヘルメットを小突く。
 「シカトしてんじゃねぇよ。折角乗せてやったってのによ」
 「この状態でまともに話せる訳ないでしょう!?」
 混乱と困惑といくらかの恐怖が混じった涙声で、ミリアムが怒鳴り返した。ラナロウは理解できない風に、
 「喋ってんじゃねぇか」
 「そういう意味じゃないわよ!」
 「じゃあどういう意味なんだよ?」
 「私の口からそれを言わせるつもり!?」
 「そう言ってんだろ。早く教えろよ」
 「セクハラ!? これってセクハラ!? 立場を利用した性的嫌がらせ!?」
 「何だそれ」
 「ああ、こんなこと父さんとだってしたことないのに」
 「そりゃそうだろ」
 「い、いい!? 今は事情が事情だからこんなことしてるけど、私にはそういうつもりは一切ありませんからね!」
 「はぁ?」
 「ふ、二人っきりだからって変なことしたら訴えるわよ!」
 「変なことって何だ?」
 本気で分からない風に、ラナロウが首を傾げる。いっそ無垢と言っていいほどの表情だ。ミリアムは言葉に詰まりながら、
 「ほ、本気で何とも思ってない訳?」
 「あ?」
 「それともなに」
 と、今度は泣きそうな顔で、
 「私ってそんなに魅力ないの?」
 「ん?」
 「こんなにべったり男の人とくっついてるのに、全然そういう気を起こされないなんて」
 「何だって?」
 「そりゃちょっぴり人より背が低くて童顔で胸も小さいとは思うけど。よく嫌みったらしく『あんたって経済的よねブラいらずだから』とか言われるけど」
 「……おーい」
 「だからって、これはあんまりじゃない!? そりゃ襲われるよりはマシかもしれないけど!」
 やたらと悲壮に叫ぶミリアム。ラナロウは迷惑半分理解不能半分に顔をしかめた。
 「何かよく分かんねぇけど、要するに乗ってるのが嫌になったのか?」
 「そ、そういう訳じゃ」
 いくらか落ち着きを取り戻したらしい。ミリアムは諦めたようにため息を吐き、改めて周囲を見回し始めた。全天周囲モニターに機体外部の映像が映っているため、シートに収まった二人の体は宇宙に浮かんでいるようにも見える。機体の操作を続けながら、ラナロウが訊ねる。
 「お前、MSに乗るのは初めてかよ?」
 「私だって一応MS開発チームよ? 初めての訳ないでしょ。一応免許は持ってるわ」
 ミリアムはため息混じりにそう言い、
 「実際に乗ったことはあんまりないけどね」
 「何でだ?」
 「本社には専属のテストパイロットがいるから。私の同僚にだって、MSに頻繁に乗る人なんていなかったわよ」
 「ふーん」
 何となく納得のいかない様子で、ラナロウが首を傾げた。
 「それで何であんなシミュレーター作れるんだ?」
 「データさえあればできるわよ。テストは他の人にやってもらえばいい訳だし」
 だけど、とミリアムは顔を曇らせた。
 「そんな考えだから、あなたを満足させられるシミュレーターが作れなかったのかもね」
 「あ?」
 「あなただけよ、あんなに文句つけてきたの。他の艦や支社に試作品持って行った仲間だって、概ねいい評価を得られたって話よ」
 「……」
 「まったく、あなたが噛み付いてこなければ、私だってこんな苦労せずに済んだのに……」
 少し愚痴っぽい呟きを、ラナロウは無言で聞いていたが、不意に、
 「あー、そういうことか!」
 「な、なによ突然」
 「何だお前、それでいきなり乗りたいとか言い出したのか!」
 「……え? なに、ちょっと待って」
 ミリアムは眉間に皺を寄せて考え込み、
 「……ひょっとしてあなた、何で私がここにいるのかとか、分かってなかったの?」
 「おう」
 ラナロウが大きく首を縦に振った。ミリアムは一瞬怒鳴りかけて、止めた。深く深く嘆息し、
 「……何で私ってこう一人で空回りしてばっかりなのかしら……」
 「なんだって?」
 「なんでもない。……そういうことだから、このギャプランの性能、見せてもらえると嬉しいんだけど」
 「さーて、どうすっかなぁ?」
 操作の手は休めず、ラナロウは意地悪く笑う。ミリアムは眉尻を吊り上げ、
 「ちょっと、ここまで来てそれはないでしょ」
 「だってなぁ、俺はお前がそういうつもりだって知らなかったしよぉ。敵同士なんだろ、俺とお前」
 「う……」
 散々張り合ってきた手前、今更違うという訳にもいかず、ミリアムは言葉に詰まる。ラナロウはまた愉快そうに笑い、
 「ま、別にいいけどな。その代わり、この仕事終わったらぜってぇ面白ぇシミュレーター作れよお前」
 「あなたに言われなくたってそのつもり。望むところだわ」
 「ヘッ、相変わらず口だけは達者じゃねぇか」
 「あなたこそ、遠吠えする準備でもしておくのね」
 きつく縛り付けられた体勢のまま、二人は至近距離でヘルメット越しに視線をぶつからせる。見た目に反して色気もへったくれもない。しかし、最初の頃に比べれば二人の瞳からはいくらか敵意が和らいでいるようだった。
 ラナロウはにやりと笑いながら、ギャプランの変形機構を起動させる。MS形態で低速飛行を続けていた機体が、瞬時にMA形態へと形を変える。
 「んじゃ、こっからギャプランの最高速を出すぜ。ビビッて小便漏らすなよ」
 「ホンットに下品ねあなたって。余計なことは言わなくていいからさっさとやってちょうだい」
 「ヘッ、偉そうに。ま、せいぜいしっかりしがみついとくんだな」
 挑戦的な口調。ミリアムは顔を赤くして、
 「これ以上どうしがみつけっていうのよ!」
 「さーて、行くぜぇ!」
 ミリアムの叫びには答えず、ラナロウは遠慮なしにペダルを踏み込んだ。変形を終えたギャプランが、後部のスラスター・ノズルから勢い良く焔を吹き出す。急加速。凄まじい衝撃が二人の体に襲い掛かる。
 「ひっ」
 ミリアムは思わず引きつった悲鳴をもらし、ラナロウの予告どおり彼の体にしがみつくこととなった。恐ろしい速度で周囲の風景が後ろに吹っ飛んでいく。
 「ちょ、ぶつかっ、あぶなっ、隕石がぁっ!」
 「ヒャッホーゥッ!」
 「し、死んじゃうってばぁぁぁぁっ!」
 ミリアムの絶叫など気にも留めず、ラナロウは上機嫌で機体を加速させる。ギャプランは曲芸のように障害物を避けながら、漆黒の宇宙に軌跡を描いて飛んでいった。

 「いいですか。子供の性格や情動の形成に、周囲の大人たちの存在が非常に重要であることは、多くの学者が提出した統計学的なデータによって証明されているのです。それを何なのですかあなたは。一時的であるにせよ保護者であるという自覚があるのですか?」
 ニキの説教はエルンストの反論を全く許さないまま、かれこれ十分ほども続いていた。カチュアは「ざまあみろ」と言わんばかりにクスクス笑っているし、ミンミも何やらうんうんと満足げに頷いている。
 「おいコラカチュア、お前子供扱いされてるぞ! いっつもみたいに文句言え!」
 「えー? 何のことー? ワタシ子供だからわっかんなぁい」
 「この野郎お前都合のいいときだけ」
 「エルンスト」
 「はい!」
 教師に叱られる悪童のように、エルンストは反射的に背筋を伸ばす。
 「あなたはカチュアの将来について真剣に考えているのですか? ただでさえこんなところにいるせいで、通常の教育システムからは切り離されているというのに」
 一切の妥協を許さぬ姿勢。エルンストはさすがにたまらなくなり、
 「そ、そんなことより、あの二人は大丈夫なのか?」
 「あ、逃げた」
 「敵前逃亡は銃殺でありますな」
 カチュアとミンミが横から茶化す。ニキはまだ厳しい目つきだったが、そろそろ勘弁してやろうと思ったのか、
 「心配せずとも、今回の仕事はあくまで哨戒。要するにパトロールの代行なのですから、大丈夫でしょう」
 「まあ、そうか」
 ニキの説教から逃げられて、エルンストはほっと息を吐く。しかし、
 「そう、かなぁ……?」
 不意に、カチュアが少し不安げに顔を曇らせた。エルンストはぴくりと片眉を上げ、
 「どうした、カチュア?」
 「うーん……何となく、だけどさ」
 カチュアは首を傾げ、
 「嫌な感じがするんだよね」
 自分でもよく分からないらしく、珍しく歯切れが悪い。だがエルンストは真剣な表情で、
 「嫌な感じって、どんなだ?」
 「え? でも、気のせいかも」
 「いいから、言ってみろ」
 「う、うん」
 エルンストの静かな口調に押されてか、カチュアは意識を集中するかのように、ぎゅっと目を閉じて眉間に皺を寄せた。
 「……うん……やっぱり、何かざらざらした感じがする……」
 「デスアーミー、か?」
 半ば確認めいたエルンストの物言いに、ニキが鋭く目を細め、ミンミが目を丸くする。カチュアは小さく首を傾げ、
 「そこまではっきりとは分かんないけど……でも、凄く嫌なものを感じるの」
 「よし、分かった。ありがとよ」
 エルンストはカチュアの頭をぽんと叩き、緊張した顔つきでニキに向き直った。
 「ニキ、パイロット連中に集合かけて、全員の機体を起動させておいてくれ。俺は今すぐEz−8で出る」
 その申し出を予想していたように、ニキはすぐさま、
 「エルンスト、あなたの言っていることには根拠が」
 反論しかけたが、
 「何も聞かずに言うとおりに。頼む」
 エルンストの強い瞳に見据えられ、ニキは少し迷う素振りを見せたものの、結局は首を縦に振った。
 「分かりました。足の速い機体にはすぐ後を追わせましょうか?」
 「そうしてくれると助かる。じゃ、俺は行くぜ。カチュアもバギ・ドーガを起こしとけよ」
 「う、うん」
 カチュアの返事を待たずに、エルンストはMSデッキに向かって駆け出している。その背中が曲がり角に消えるのを待たずに、ニキが
 「さあ、それでは行きましょうか。ミンミもデッキに行くのでしょう?」
 「はっ」
 「私はブリッジに連絡を入れてからいきますから、あなたたちは……カチュア?」
 指示を出しかけたニキの声が、カチュアの様子を見て止まった。カチュアは壁に寄りかかり、頭を押さえていた。幼い顔に苦しげな表情が浮かんでいる。
 「どうしたでありますか、カッちゃん?」
 「う、うん……ごめん、何でもない……」
 ミンミの呼びかけに答えて、カチュアが薄ら目を開く。言葉とは裏腹に、その口調は沈んでいた。「どうしたのですか」とニキが訊くと、カチュアは自信なさげに視線をさ迷わせながら、
 「声が、聞こえた気がしたの」
 「声?」
 ニキとミンミの声が重なる。カチュアは頷きながら、
 「苦しそうな、悲しそうな声。どこかで聞いたことがある気がするんだけど、誰の声だか分かんないの」
 「その声は、何と?」
 「誰かを、探してるの。どこだ、お前はどこにいるんだ、って」