【その男、ラナロウにつき】692氏



 ラナロウらと黒いMAが向き合っているところから、少し離れた場所。無数のデブリが漂う中に、彼女らは乗機をダミー隕石に偽装して隠れていた。
 エルンストたちに対しては尊大に振舞いながら、その実彼女は厳しい表情で唇を噛んでいる。
 「あーあ、まずいんじゃないんですか、これは」
 副座型に改良されたコックピットの中、後方のシートに座った少年がにやにやしながら言う。
 「サイコガンダムの存在は、一応まだ秘密ってことになっているんでしょう? これって任務失敗ってやつじゃないんですか?」
 「お黙りなさい」
 彼女は通信機を切りつつ、肩越しに少年を睨みつける。少年は肩を竦めた。
 「まあ、黙れって言うんなら黙りますけどね……いいんですか? このままじゃ連合に僕らのことがばれますよ?」
 反論出来ず、彼女は悔しそうに、
 「まさか、あんなところでデスアーミーに出くわすだなんて……!」
 彼女らは、あの黒いMA……もとい、巨大MSサイコガンダムを、秘密裏に輸送している最中だった。その航行中に、デスアーミーの一群に遭遇したのである。無論、サイコガンダムを出撃させる予定などなく、あくまでも民間船の振りをして救助を求める予定だったのだが……
 「これだから強化人間など当てにならないと言うのですわ!」
 「ま、確かに、彼が勝手に機体を起動させて出て行かなければねえ」
 なのだった。サイコガンダムのパイロットが、デスアーミー発見と同時に、ブリッジからの命令を無視して勝手に出撃してしまったのだ。
 「責任者を呼びなさい、責任者を!」
 「ここでの責任者はあなたでしょう」
 「強化人間の責任者ですわ!」
 「知りませんよそんなの……困った人だなぁ」
 少年はわざとらしくため息を吐いて、
 「で、どうするんです? 彼らも随分警戒してるようですし、さすがにこのままにはしておけませんよね」
 「もちろんですわ」
 「と言っても、打開策なんて思いつかないでしょうけどね、あなたじゃ」
 最初から馬鹿にするつもりだったらしく、少年は瞬時にそう付け加える。彼女はカッと目を見開き、
 「お黙りなさい! 元はと言えばサイコガンダムに対する停止コードが働かなかったのが悪いのです! あなたの責任ですよ!」
 その糾弾に、少年はグッと言葉に詰まり、目を逸らす。
 事実、その通りだった。敵中で停止させる訳にもいかなかったので、サイコガンダムに対する停止コードの発信はデスアーミー殲滅後に行われた。しかしコードは働かず、サイコガンダムはあろうことか、一番近い位置にいたラナロウたちに向かって移動し始めたのである。そのため、彼女らは慌てて機体をダミー隕石で偽装し、サイコガンダムを追いかけてきたのだ。そして、ようやっと停止コードが起動したと思ったら、Gジェネレーションズの機体群はすぐ目の前だった。その上、既に第一射が放たれた後ときた。
 少年は少しの間無言だったが、やがて無理に余裕の笑みを作り、
 「て、天才だって間違うことぐらいありますよ。失敗は成功のもとって言葉、知らないんですか?」
 「フン、何が天才ですか。地球で試験に落ちて逃げ帰ってきたくせに」
 彼女の冷笑に、今度は少年が激昂する。
 「オマエ! この僕を侮辱する気か!?」
 「あら、それ以外に聞こえまして、天才さん?」
 せせら笑う彼女に、しかし少年は開きかけた口を閉じ、嘲笑を浮かべた。
 「はん、今さら何を言ったって、所詮負け犬の遠吠えさ」
 「何ですって?」
 「知ってるよ、何とかして手柄を立てたくて、今回の任務の責任者に立候補したってさ」
 「グッ……」
 「それなのに、これだよ。僕らはただでさえ冷遇されてるんだ……あんたなんか、二度とこんな機会を手に入れることは出来ないだろうさ!」
 「それはあなたも同じでしょう!?」
 「僕は大丈夫さ。僕は天才なんだ、僕の頭脳を必要としている人間はいくらだっている。でも、あんたは違うだろう? 究極の能力を持たされた僕と違って、あんたが一般人より優れてるところなんか、ちょっと顔がいいってことぐらいのものさ」
 「……」
 彼女は唇を噛み、反論もせずに黙っている。少年はますます調子づき、
 「そうだ。僕とあんたとじゃ、全然事情が違うんだ。僕は数万の遺伝子から選びに選びぬかれた最高のコーディネイター。その点あんたは親にすら見離された」
 「黙れ」
 夢中で捲し立てていた少年の科白が、彼女の低い声に遮られた。
 「それ以上言ったら、八つ裂きにして宇宙に放り出してやる……!」
 冗談や脅しではない。彼女の見開かれた瞳に激しい怒りが渦巻いていた。少年が思わず身を引いた、その時、
 「あのー、ちょっといいかなぁ?」
 場にそぐわないのんびりとした声と共に、片手を上げる少女が一人。今まで会話に参加していなかった、同乗者だ。
 「あのさ、今、言い争ってる暇なんてないと思うんだけど」
 的確な指摘に、二人は押し黙った。
 「分かってくれた? ンでさ、一ついい考えがあるんだよね」
 そう言って、少女はにっこりと笑う。二人は顔を見合わせた。

 「……何で急に黙っちゃったんでしょう、あの敵」
 「さあな」
 シェルドの戸惑った声に、エルンストは首を傾げた。さっき質問して以降、あれほど尊大に振舞っていた敵からの通信が全くない。
 「別に誤魔化しようの無いことを訊いたつもりはないんだが……」
 「ですよねぇ」
 「それよりさぁ、さっきの子、誰かに似てたと思わないか?」
 戦闘には不似合いな浮ついた声。サエンだ。エルンストは「おい、あんまり油断するなよ」と言いつつも、
 「ネリィか」
 「そうそう。喋り方とか何かそっくりだよなぁ」
 「ネリィさんだって、あそこまでお嬢様じゃないよ」
 雑談ムードが高まる中、ラナロウだけがコックピットの中でイライラした表情を浮かべている。
 「おい、あのデカブツ全然動かねぇじゃねぇか。さっさとぶっ壊そうぜ」
 「ダメよ。あのビームの量だと、近付いた瞬間に撃ってきたら避けようがないわ」
 ベルトによってラナロウとくっついたまま、ミリアムは先ほどからコンソールをいじって敵機の解析を行っていた。
 「あの中央の砲口から、拡散させたビームを発射して全方位に攻撃するのね……」
 「……クソッ、いらつくぜ!」
 ラナロウが足でシートに八つ当たりする。密着していたミリアムが「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
 「ちょっと、こんな狭いところで動かないでよ!」
 「うるせぇ! グダグダ言ってっと殴って黙らせっぞ!」
 「こらこら、女の子にそんなこと言っちゃダメっしょラナロウ君」
 開きっぱなしの回線から、サエンの軽い声が流れてくる。さらに少し非難がましい口調で、
 「って言うかさ、何でそんな羨ましいことになっちゃってんの、ラナロウ君よ」
 「あぁ?」
 「いえ別に、これはそういうのじゃなくて」
 赤くなって言い訳するミリアム。
 「それに、別に好きでやってる訳じゃ」
 「だったらラナロウの膝の上から俺の膝の上に乗り換えないかい?」
 「え」
 モニターに映ったサエンが、「さあこの胸に飛び込んでおいで!」と、爽やかにいやらしい笑顔で両腕を広げる。ミリアムはげんなりして目を逸らし、
 「……こっちの方がまだマシだわ」
 「あのなお前ら、一応敵が目の前にいるってことを忘れんじゃ……」
 呆れた様子でエルンストが言いかけたとき、
 「聞こえますわね、見るも無残な下層の方々」
 と、再び無駄に傲慢な物言いが、会話に割り込んだ。エルンストが、
 「ああ、聞こえてるよ……で、こっちの質問には答えてもらえるんだろうな?」
 「ええ、もちろんですわ。こちらの目的でしたね? そう、一言で言うなら……」
 その時、巨大MAの中央部についている砲口が、光を放ちだした。エルンストたちは瞬時に機体を散開させた。
 「くたばれ……って、ところかしら?」
 言葉と共に、拡散メガ粒子砲が放たれる。それを器用に避けながら、ラナロウは舌打ちした。
 「ほら見ろ、やっぱりさっきぶっ壊しとくべきだったんだよ!」
 「そんなことしたら、このビームの嵐で蜂の巣になってたわよ!」
 全身を襲うGに耐えながら、ミリアムが必死に叫び返す。ラナロウはビームの射線から逃れつつ、
 「そっちこそくたばりやがれ!」
 叫びながら、ギャプランの腕部のメガ粒子砲を放った。しかし、その光は敵機に届く直前で四散してしまう。ミリアムは驚きに目を見張った。
 「まさか、I-フィールド?」
 「あぁ!?」
 「電荷を与えたミノフスキー粒子を機体の周囲に展開させておくことによって、ビームを婉曲させることが出来る装備よ!」
  「分かんねぇよ!」
 「要するに、こっちのビームは一切通用しないってこと!」
 ミリアムの説明どおり、他の三機が放つビームも、敵機に届く前に完全に無効化されていた。
 「なら直接ぶった斬りゃいいんだろうが!」
 「ちょっ……!」
 ミリアムが止める間もなく、ラナロウはビームサーベルを引き抜いて敵機に突撃する。だが、その刃先が届く前に拡散ビームが飛んできた。ラナロウは慌てて回避したが、一条のビームが腕部を吹き飛ばしてしまった。ミリアムが悲鳴を上げる。
 「バカ、普通こうなるって分からない!?」
 「あのぐらい避けられるっての!」
 「当たったじゃない!」
 「直撃じゃねぇ!」
 「バカ!」
 警報が鳴り響くコックピットの中で、二人は怒鳴りあう。その時、不意に敵機が妙な動きを見せ始めた。今までしまい込まれていた部分が展開し、機体が徐々に形を変えていく。
 「変形する……」
 呆然と、エルンストが呟いた。敵機はその巨体に似合わない俊敏さで、変形を完了した。
 「こいつ、ガンダムじゃないか!?」
 シェルドの叫びどおり、変形した巨大MA……いや、MSは、連合の名機であるガンダムと非常によく似た形だった。異なるのは、その常識外れの巨体と、黒を基調としたカラーリングだけである。
 「どこのどいつだ、こんな悪趣味な物作りやがったのは!」
 悪態とともに、エルンストのEz-8がビームを放つ。しかし、形が変わってもI-フィールドは健在で、黒い装甲には焦げ目一つつかない。ミリアムは唸った。
 「その上あの拡散ビーム砲……まさに要塞ね」
 「はは、しかもまた武器が増えたらしいぜ」
 サエンの声は引きつっていた。答えるように、敵機が両腕を持ち上げ、指を向けてきた。指先に開いた穴と腹部の砲口が、同時に光を放ち始める。
 「マジか!?」
 マジだった。間髪いれずにビームの豪雨がやって来た。事前に察知していたために四機とも何とか撃墜されずに済んだが、
 「ほとんど運が良かっただけですね……」
 シェルドが震え声で呟いた。
 敵機はさらにビームを連発してくるということもなく、宇宙空間に浮かんでいる。チャージ中らしい。さすがに、エネルギー消費量も多いようだ。
 「だからあんなに大きな体をしているんだわ」
 「たくさん動くからその分体を大きくして、溜め込むエネルギーも多くしようって? そんな単純な」
 呆れた口調でサエンが言う。
 「大体、あんなデカイ体してちゃ、いい的になるだけじゃないか」
 「だからこそのI-フィールドなんだろうよ……実際、こうなっちまったら打つ手がない」
 エルンストの言うとおり、四機の兵装はほぼビーム兵器のみだった。実弾兵器と言えばEz-8と百式のバルカン程度のもので、当然ながら敵機の厚い装甲を突き破れるとは思えない。
 「どうする? 危険を承知で突っ込むかい?」
 サエンが問うた瞬間、敵機腹部の砲口と指先が、再び光を放った。一応予測が出来ていたため、全員散開して何とか回避する。
 「こうやって逃げまくって、相手のエネルギー切れを待つか?」
 「でも、こんなのいつまでも保ちませんよ!」
 エルンストの提案に、シェルドが叫び返す。
 「グランシャリオでも戦闘は確認してるはずだ。待ってれば援軍が来るだろう」
 「ケッ、奴等の機体なんざトロすぎるぜ」
 「だねぇ。皆が来るより、敵機のエネルギーが切れる方が早いかも」
 「後退したら」
 「追撃されるだけだな」
 「それならやっぱり逃げまくるしか」
 「だから、限界が」
 敵機がチャージしている間に、四人は結論の出ない議論をかわす。それに加わらずに、真剣な表情でコンソールをいじっていたミリアムが、
 「皆さん、敵のメガ粒子砲の射線を割り出しました!」
 と、叫んだ。同時に、そのデータが全員に転送される。
 「これで少しは避けやすくなると」
 言いかけたとき、三度目のビーム斉射が四機を襲った。サエンとラナロウは素早く避けたが、エルンストとシェルドの機体がそれぞれ足の一部と腕の一部にビームを喰らった。皮肉にも、ミリアムのデータに気を取られていて、避ける動作が遅れてしまったのだ。
 「シェルド、エルのおっさん、大丈夫かい?」
 「な、何とか」
 「クソッ、やっぱりいつまでも避けられるもんじゃないか……!」
 エルンストが舌打ちする。その時、無言でミリアムのデータを見ていたラナロウが、
 「おいお前ら、俺に感謝しろよ」
 「いきなり何言ってんの?」
 ミリアムが不審そうにラナロウを見上げる。そして、彼の吊り上った口元から、犬歯が覗いているのを見つけた。獰猛な笑み。
 「あのデカブツをぶっ倒す方法を思いついたんだよ」
 「え」
 「本当か?」
 にわかには信じがたいらしく、エルンストの声はどこか疑わしそうだ。ラナロウは自信満々に、
 「おうよ。この俺に任せりゃ、お前ら全員ウチに連れ帰ってやらぁ」
 「あのね……この状況で頭がおかしくなったんじゃないの?」
 「んだと!?」
 「いい、ギャプランの装備はビームサーベルとメガ粒子砲だけなのよ? ビームサーベルなら多少の効果は望めるでしょうけど、さっき吹き飛ばされちゃったじゃない」
 「んなこたぁ分かってるさ」
 「じゃあどうするつもりなの? メガ粒子砲じゃ、I-フィールドは……」
 「ビームを使わなきゃいいんだろうが」
 「え……?」
 ミリアムが目を見開く。ラナロウは楽しそうに、
 「で、どうすんだお前ら? 乗るか?」
 全員が答えを返す前に、再びビームの嵐が吹き荒れた。敵機も狙い方が分かってきたらしく、数条の光がラナロウたちの機体すれすれを突き抜けていった。
 「乗った!」
 一番先に叫んだのはサエンだった。
 「……何となく不安だけど……他に方法もないし」
 消極的に、シェルドも賛同する。
 「やれやれ。博打ってのはあんまりいい思い出がないんだがな」
 諦めたように苦笑しながら、エルンスト。ラナロウは満足げに頷き、
 「よし、んじゃあお前ら、奴の周りを適当に飛び回れ」
 「敵の気をひきつけろってことか?」
 「おう」
 「で、でも、そんな至近距離であのビームを喰らったら……」
 「なるほど、チップは俺達の命って訳か。いいねぇ」
 少し怖気づいている様子のシェルドとは裏腹に、サエンの口調はどこか楽しげだった。ミリアムが焦った声で、
 「サエンさん、正気ですか!? この人が何をするつもりなのかも分からないのに……!」
 「ふふん、俺は危険を愛する男なのさ。どう、惚れ直したでしょ?」
 サエンがウインクした。ミリアムはうんざりした口調で、
 「何てことなの……バカは一人だけだと思ってたのに」
 「誰がバカだこの野郎」
 そう言った後、ラナロウはにやにやしだし、
 「で、お前はどうすんだよ?」
 「え」
 「え、じゃねぇよ。乗るか?」
 ラナロウの問いかけに、ミリアムは一瞬口を開きかけてから閉じ、諦めたように首を振った。
 「……分かったわ。私の残りの人生全部、あなたに賭けてみる」
 「ヘヘッ、そうこなくちゃな」
 ラナロウがヘルメットの中で舌なめずりする。
 「くぅー! いいなぁさっきの科白。『私の人生あなたに預けます』だなんて、俺も言われてみたいぜ」
 「人生を預ける? サエンに? 気が狂ってるとしか思えないよ」
 悶えているようなサエンの声に、シェルドのため息混じりの言葉が重なる。
 「これであんたもバカの仲間入りって訳だな」
 エルンストが苦笑気味にミリアムに言う。ミリアムはげんなりしながら、
 「認めたくはないですけどね」
 「おっと、あのウド野郎もやる気満々らしいぜお前ら」
 ラナロウは、敵機の腹部砲口が徐々に光を帯び始めたのを見ながら言った。ミリアムが緊張した顔で、
 「ホントに大丈夫なの?」
 「うるせぇな……俺の腕を信用してるんだろ?」
 ミリアムが小さく息を飲み、それから一つ、頷いた。
 「……そうだったわね」
 「だろうが。さって、行くぜお前ら……3、2、1……」
 四機がそれぞれに構えを取る。
 「GO!」
 ラナロウが鋭く叫ぶ。無数のビームをかいくぐるように、Ez-8と百式とジム・カスタム高機動型が突撃を開始した。