【デザートフォックス外伝「エゥーゴ活性」】Fire氏



宇宙世紀0085年7月31日 サイド1 30バンチ絶滅後


ラナロウ・シェイドは一年戦争で両親を失った。両親が死ぬ間際は亡骸を抱き起こしながら息を引き取るのを見届けるような、よくある感動的な場面ではなかった。避難する途中で、他の市民もろともあっさりと流れ弾に吹き飛ばされたのである。肉片も残さず木っ端微塵だった。ちぎれた腕や足は散らばっていたのかもしれないが、誰の者かも判別はつかないし、その時のラナロウに何かを考えることなど、できなかった。
そして、その一年戦争では、志願して一兵卒として戦った。復讐に燃えていたわけではない、少年のラナロウは、そうしなければ真っ当に自分の力で生きていくことができなかったからだ。何もできずに難民として暮らすなど、ラナロウには耐えられなかった。幸い、連邦軍は食うことにはそれほど、不自由はしなかった。
半ば自棄になっていたラナロウは自分の死に対しても淡白だった。自分の命すら惜しくないラナロウは、苦しい訓練にも規律にも耐えることができた。人を殺すのも別に躊躇しなかった。武器を人に向けた瞬間、そいつは殺されても文句は言えないのだ。人の死ばかり見続けてきたラナロウには、そのような割り切りがいつのまにかできていた。同時に喜んで人を殺す外道もたくさん見てきた。死ぬのは怖くなかったが、自分が次第にそのような連中と同じようになってしまうのではないかと思うのは、とてもつらかった。それでは優しかった両親に死んだ後も顔向けできない。
やがて戦争が終わった。平和が訪れて、人々の嬉しそうな笑顔を見たとき、ラナロウは何か許しを得たような気がした。自分が戦ってきたすべてはこの時のためにあったのだと。
だから戦争が終わっても、ラナロウは軍に残ることを望んだ。だが、時代は歩兵をあまり必要としない方向へ進んでいた。MSの凄さを遠目で感じていたラナロウは、これからも食いっぱぐれのなさそうなMSパイロットになることを望み、MSパイロット養成校へ進んだ。自分には適正があったらしく、上々の成績を残すことができた。おかげでラナロウは少し天狗になっていた。
ジオンの残党は相変わらず平和を乱していた。奴らがいる限り、紛争は終わらない。だからティターンズに入った。
ティターンズへの参加はラナロウの自尊心を満足させてくれるには充分だった。両親を殺したスペースノイドは大嫌いだったし、自分にはエリート集団に入るだけの腕があった。
だが、ティターンズのやり方は、それまでラナロウが思い描いていた、市民に尊敬されるエリート像には程遠かった。同じ地球人である連邦軍を見下し、人の弱みを握ることばかり長けた人間を増殖させていた。確かに反乱分子の摘出には、情が入っては難しい。だが、ティターンズの人を人とも思わないやり方は、何かが違うのではないかと疑問が消えることはなかった。
そして、密告を奨励していた。仲間の中に密告者がいるかもしれない疑心暗鬼の日々。心が安まる暇はなかった。兵士を生き残らせるために厳しく鍛えるのではなく、一片の情もない拷問だった。こんなことで、いざ戦いになったときに、仲間に命を預けて戦えるとは到底思えなかった。

そして今、ラナロウ・シェイドは、眼前で繰り広げられる光景に打ちのめされていた。デモを起こした反連邦政府主義者どもをおとなしくさせる。それが、全宙域に渡って植民コロニーの治安警備を担当するティターンズが、今回要請を受けた任務だった。
だが、ラナロウの凝視するスクリーンの映像は、本人が思っていた以上のものだった。先程まで我がもの顔で破壊の限りを尽くしていた暴徒どもが、苦しみにのた打ち回って死んでいた。だが、それはいい。スクリーンには、単に広場で抗議の集会をしていただけの者たち、おそらくは、単に連邦に対する不満を表明していただけの者、必死に改善要求をしていた者も一緒くたに殲滅していた。
そして、更には親子連れの者たちまでいた。政治の事など一切わからない子供を利用すれば、連邦政府の同情を引き出せると考える、浅ましいというか、自分勝手な母親でもいたのだろう。そのような事に利用された、罪のない子供までが、母親の助けを呼びながら泣きじゃくり、ついには静かになった。
各地でテロが起こっていた。中には同じスペースノイドであるにも係わらず、一緒くたに始末する破壊主義者もいた。連中にとって、スペースノイドとアースノイドの対立など、どうでも良くて、自らが思うように破壊の限りを尽くしているのだろう。かと思えば、極めて少数ではあるが、老人や幼子の手を引きながら必死になって有色のガスから逃げる人々もいた。政治とは何の関係もない人々である。無関心とはそれほどまでに罪なことなのだろうか。それらの人々の一切合切が雲霧に包まれて息絶えた。
ラナロウは急に吐き気を催した。人々の呻きや、苦しんでのたうち回る声が、自分を打ち据えるようだった。
だが、それもしばらくすると治まった。つまりは、動く者がいなくなって静寂が戻ったということである。
吐き気が治まると、ラナロウは何度も荒い呼吸を繰り返し、スイッチを操作して近距離限定の隊内回線を開いた。
「隊長!これは一体どういうことだ?今回の任務で使用するのは催涙ガス、しかも鎮静用の軽いやつだったはずだ!」
しばらくの間、何の応答もなかったが、やがてブラッドから通信が返ってきた。
「おうよ、立派な催涙ガスだぜ。ただ、ちょっとスペースノイドのゴミには毒性が強すぎたみたいだな。まあ、貧弱な温室のコロニー育ちには耐えられなかったんだろ。つまり、奴らは要らない遺伝子だったってことだ・・・・・・クククク」
ブラッドは当然のように答える。ラナロウは怒りで爆発しそうだった。
「ふざけるな!あんたは知ってたんだろう!何故俺に言わなかった?」
そこへ、隊員のニードルが回線に割り込んできた。代わりに答える。
「そりゃ、おまえに言ったら、ブルって反対するからに決まってるじゃねぇか。ええ?上官への口答えばっかり達者なラナロウくんよ」
「ラナロウちゃんたら、ダメねぇぇぇぇぇん。また撲たれたいのぉん?」
更にドク・ダームが喋る。ムラサメ研で強化されて以来、何故かオカマになっていた。
「俺以外は全員承知済みってわけかよ。てことは、上からの命令だな」
そう、組織的に計画しなければ、こんな化学兵器などを使えるはずがなかった。
「そーいうこと。わかったら、さっさと証拠隠滅して帰るわよ。あ〜あ、本当はまとめて全部灰にしたかったんだけど、今回はこれでいいわね」
ドク・ダームは設置した毒ガスのタンクを切り離し、蹴飛ばした。時限信管の爆薬をセットしたから、適当なところで爆発するはずだった。
あとは、本隊に任せればいい。ガスが拡散した後で、適当に証拠隠滅の手段を講じてくれるはずだった。
「・・・・・・待てよ、俺は帰らない」
ラナロウは、はっきりと告げた。訝しげにブラッドが訊ねる。
「どういうことだ、まさかこれくらいで嫌気が差したんじゃないだろうな?」
「そのまさかさ。ティターンズのやり方にはもう付いて行けない。俺は抜けさせてもらう」
ラナロウは自分の意志を表明した。ティターンズを抜けるのに不思議と何の抵抗もなかった。
事ここに至り、ティターンズへの不信感は完全に頂点に達していた。今は戦争をしているのではない。微塵の躊躇もなく抹殺するべきはテロリストであって、治安維持に致死性の毒ガスで皆殺しなど、およそ軍隊のやることではない。スペースノイドは嫌いだったが、これは明らかにやり過ぎだった。
「ふーん、辞めるってか。じゃあ、とりあえず一緒に戻ろうかねえ」
「それも断る」
ラナロウは即座に答えた。
「戻っても、どうせ懲罰室で修正、いや洗脳されるんだろう?てめぇらのやり方はよくわかってるんだよ」
「カカカ・・・・・・そりゃそうだよなあ。それじゃ仕方ない。ここでお灸を据えてやるとしようか。抗命の罪で処罰だな」
ブラッドの口調は嬉しそうだった。だが、ラナロウも負けてはいない。
「それは俺の台詞だ。おまえら全員、虐殺の現行犯で銃殺だ」
戦いが始まった。

ラナロウは努めて冷静に戦況を分析した。頭は常にクールに、心は熱く。口で言うのは簡単だが、命懸けの最前線で咄嗟にそんな反応ができる人間など、それこそ物語の英雄くらいのものだ。指揮官や参謀が常に後方にいるのは、それなりの理由があるのである。
こんな時、危機に陥ったところで、突如ニュータイプ能力に目覚めてくれたら楽なんだけどな、とラナロウは内心で軽口を叩いた。何の準備も努力もなく、目覚めた才能で一発逆転やら人体改造で何でもできるなんて、それこそガキの妄想だ。
戦力は1対3。機体は全員ハイザック、武器はザクマシンガン改とヒートホーク。技量や戦法次第で何とかなるレベルである。そして、このような状況は以前から何度も想定し、シミュレートしてきた。ラナロウは、ブラッドの小隊に入った時から、3人の性格を思い知ったその時から、本日このような事態を想定してきたのである。
だから、待ちに待った瞬間であり、何ら恐れることなく冷静に対処できた。
ブラッド、ニードル、ドク・ダーム。3人の中で最も厄介なのは強化人間のドク・ダームだ。こいつは、人の殺意や感情を読めるらしい。ラナロウも最初にそれを知ったとき、超能力者なのかと思ったが、細かい思考の内容を読むわけではないらしかった。
だが、こちらの攻撃する瞬間を読まれるのは、それだけで驚異である。
次に厄介なのは、3人の中で最も腕の立つブラッドだ。今まで行った1対1の模擬訓練の記録では、全敗が記録されている。
となれば――
「いくぜ!」
スラスターを吹かし、全速で3方に散開した中の1機に狙いを絞る。
「舐めんじゃねぇ!」
ニードルがそれに反応した。ニードルの銃撃を最小限の運動で避けつつ、ラナロウは周囲の警戒に集中した。ブラッドの機体は遠い。気をつけるべきはドク・ダームの機体である。ドク・ダームのザクの銃口がこちらに向いた瞬間、ラナロウは秘かに対強化人間用にカスタマイズしておいた戦術プログラムを起動させた。各部のバーニアが吹き、ラナロウが意識しない方向へ自機が回避した。
ニュータイプだろうが強化人間だろうが、機械がランダムに反応した回避方向を読むことはできない。自機が進む方向から計算して、適した回避方向をいくつか選び、ランダムにその方向へ回避するようにプログラムしておいたのだ。オールドタイプが回避方向を先読みする強化人間の攻撃を避けるにはこれしかなかった。所詮は機械が選ぶ回避方向のため、効率的すぎてベテランパイロットには、あっさり読まれるのが欠点だが、短時間の戦闘なら大丈夫だろう。ましてや、強化されて以来、先読み能力に頼りきり、努力を怠ったドク・ダームが相手ならまったく問題ない。
ニードルは動きを止めていた。常人が動きながら攻撃しても、広い宇宙空間でそれほど当たるものではない。だから、ラナロウは接近戦に持ち込むことができた。
すでにヒートホークは抜いてある。
「ひゃあっ!」
「遅いっ!」
逃げようとしたニードルのハイザックを間一髪のところで捉えた。最初からコックピット狙いである。これだけは、絶対に成功させなければならなかった。
ヒートホークの刃がコックピットにめりこんだ。ニードルの呆気ない最後だった。人を殺すときはあれほど饒舌だったニードルが、自分が死ぬ間際には一言も発することができなかった。
「ちょっとぉ!やってくれたわね〜!」
逆上したドク・ダームが接近してきた。目論見通りだった。強化人間といえども、頭が良くなるわけではない。
「待て!早まるな!ゆっくりと囲むんだ!」
その後方からブラッドもそれに続く。だが、ドク・ダームはブラッドの制止を無視して突っ込んだ。
ラナロウはヒートホークを抜いて対峙しようとしたが、突き刺さったまま動かなかった。
「くそっ!抜けないぜ!」
「ひゃはははは!お間抜けさん。さぁ〜、さっさと死になさいィィィ!」
これ幸いとドク・ダームはヒートホークで挑みかかった。敵は接近戦に使える武器を失った。これで簡単に料理できる。
「なんてね」
ラナロウはヒートホークをあっさり引き抜くと、油断して一直線に突っ込んでくるドク・ダームへ向けて、ニードル機を蹴り飛ばした。攻撃がくる事――マシンガンだろうと思っていた――は先読みできていたドク・ダームは、急制動をかけ、回避しようとしたが、次の手までは読めなかった。ラナロウがニードル機の背部を撃ち抜き、爆発させたのである。
近距離で爆発に巻き込まれたドク・ダームは一瞬だが、意識が途切れた。
「死ぬのはてめぇなんだよ!」
蹴り飛ばした後を追うように近づいたラナロウは、動きを止めたドク・ダームへ渾身の一撃を見舞った。ハイザックの頭部から胴体までを脳天唐竹割の要領で完璧に断ち割っていた。
「これで、あと1機!・・・・・・ぐッ!」
ラナロウのハイザックにマシンガンの曳光弾が何発も命中した。すぐにその場を待避すると、前方からブラッドが近づいてきていた。幸い、まだ距離が遠く、正面の攻撃だったので致命的なダメージはなかったが、これ以上喰らうのは、かなりまずい。
「なかなかよくやったと褒めてやるよ、坊主」
「それだけか、仲間が死んだのに何とも思わないのかよ」
「ああ、思わないね。あいつらとは一年戦争からの付き合いだが、一緒に殺しをするのが楽しかっただけだ。死んだらただのゴミだ。それより、おまえこそ先刻までの仲間を殺して何とも思わないのかよ」
「おまえらを・・・・・・ティターンズを仲間だと思ったことは一度もない!」
ラナロウはぴしゃりと言い放った。
あの集団の中で、気を許せる仲間など、1人もいなかった。いや、いるにはいたが、そのようなまともな感性の人物は、密告者によって反乱分子の疑いを掛けられ、銃殺になった。
「そうかい、そうかい。まぁ、いいけどな。ほんの数百万ばかり虫ケラを殺したくらいでティターンズに盾突くとは馬鹿な野郎だぜ」
「物事には限度ってもんがあるんだよ。てめぇに言ってもわからないんだろうけどな」
「弱いくせに正義面すると死ぬほど後悔するぜ。いや、死ぬことになるぜ」
「やれるものなら、やってみやがれ」
2機は同時に動いた。

宇宙空間の戦闘も、基本的には地上と変わらない。2次元か3次元かの違いがあるだけである。だが、どちらかというと、空中戦に近いものがあった。お互いが高速で移動するため、射撃はなかなか当たらない。そして、腕の良いパイロットほど、敵を倒すことよりもまず、自分が生き残ることを考える。だから、攻撃のために動きを止めることは、ほとんどない。上級者同士の戦いでは、射撃だけで決着がつくことは、極めて稀であった。更に、ザクマシンガンでは少々の弾が命中しても致命傷は望めない。両者ともに、すぐに弾切れを起こし、予備の弾倉も使い果たしてしまった。
戦いはヒートホークによる接近戦に移行していた。ブラッドは嬉しそうに呟いた。
「今までの模擬戦を覚えているか?」
ブラッドの攻撃をガッチリと刃で受け止め、ラナロウが応えた。
「ああ」
「いつも接近戦で勝負がついてたな。で、てめえは毎回やられてたわけだ」
「その通りだ」
ブラッドの攻撃が一層激しくなった。ラナロウは必死で防ぐ。
「練習で負けてた野郎が、実戦で勝てるわけねえだろう。さっさと降伏しな。たっぷりと可愛がってやるからよ!」
「クッ・・・!」
ブラッド怒濤のラッシュが始まった。ヒートホークが鮮やかに放物線を描き、ラナロウに襲いかかる。
隙のない攻撃にラナロウが押され始めた。刃がぶつかる毎に火花が飛び散り、その火花が烈火となって機体を擦り、各所を薙いでいった。
「ひとつ教えてやる――」
ブラッドの猛襲に晒されながらも、ラナロウは応えた。
「てめぇらとの戦いでな――」
ブラッドがヒートホークを振りかぶった。そのまま大上段に振り下ろす。ラナロウは柄の部分を左掌で受け止めた。そのまま右手に持ったヒートホークで胴体を切断にかかる。
「なんの!」
今度はブラッドがその柄を掴んだ。だが、ラナロウはそれも予期していたのか、背部のスラスターを吹かした。頭突きがブラッドのザクの顔面にぶち当たり、モノアイを破壊する。
「クソッ!前が見えねえ」
今度はコックピットに衝撃がきた。ラナロウの正面蹴りがぶち当たったのである。
まずい、と思った瞬間、ブラッドの意識は消失していた。ラナロウのとどめの一撃で完全に一刀両断されたのである。
最後の1機の爆発を確認しながら、ラナロウは続きの台詞を吐いていた。
「今まで本気を出したことなんかねぇんだよ・・・」

爆発が収まると、ラナロウは現実に引き戻された。これからの事を考えなければいけない。
虐殺の映像はしっかりメモリーに記録されている。だが、公共のマスメディアに渡しても無駄だとわかっていた。強い奴に媚びることしか能のない連中だ。おそらく、この虐殺も報道管制が敷かれるだろう。となれば、ティターンズに反抗する組織に渡した方がいい。この映像を見れば、立ち上がる人間が増え、勢力拡大に役立つはずだ。
「エゥーゴだな・・・」
幸い、ティターンズにいたおかげで、どこが活動の活発な宙域かはわかってる。MSの噴進剤が保つかどうか心配だったが、幸か不幸か、すぐそこに補給物資が一杯の無人コロニーができあがっていた。移動用のシャトルでもあれば、しめたものだ。
本隊が来る前に脱出しなければならない。ラナロウは30バンチコロニーへ向かった。


ゼノン・ティーゲルは自宅の私室でそのニュースを聴いていた。30バンチで強力な伝染病が発症し、住民に甚大な被害が出たというのだ。
「やりおったな」
ゼノンは確信していた。30バンチは最も反連邦政府運動のさかんな区域だった。あまりの激しさに市長も手を焼いていたという噂はよく知っていた。よりによって、そこで住民多数が死亡するなど、都合の良い不自然な部分が目立った。生物兵器で反乱を鎮圧したに違いない(実際は化学兵器だが、さすがのゼノンもそこまで完璧に予測することはできない)。
現在は病気の感染を防ぐため、封鎖しているらしい。各コロニーは渡航履歴のある者の洗い出しに四苦八苦している。これなら、旅行者の往来もできない。事件の秘匿には実に都合が良い。
そして、これはおそらく「抵抗すれば、このように消される」という無言の脅しも兼ねている。少し勘の良い人間なら、すぐに気づくだろう。病気の感染経路を適当にでっちあげれば、コロニーをいくつでも消すことができる。
ゼノンは席を立った。通信端末へ向かう。回線を開き、ある人物へ連絡をした。
「久しぶりだな、ニキ。いや、イェーガー夫人と呼ぶべきかな。エルンストの奴は元気かな・・・・・・メイド服を着せようとしたから半殺しにした?それは何というか・・・・・・御愁傷様というべきか。ところで、例の件だが、受けることにするよ。ああ、近いうちにそちらへ行く。・・・・・・うん、それではくれぐれも夫婦仲良くな。また会おう」
回線を切ると、さっそくゼノンは準備を始めることにした。これから再び忙しくなる。軍人が政治に関わるべきではない。だから、退役した後もエゥーゴの参加を迷っていたわけだが、そうも言っていられないようだ。今回のニュースで気持ちが固まった。このままティターンズを放っておけば、取り返しのつかないことになる。
今回は国家同士の戦争ではない。このように、卑劣な搦め手を使ってくる相手には軍人としてではなく、民間人として戦わねばならない。どうやら、自分はつくづく戦いと縁が切れない性分らしい。
ティターンズが結成されたとき、そしてその指導者の名前を知ったとき、ゼノンは仰天した。それは、あの時アフリカで出会った司令官だったのである。ティターンズはスペースノイドへの偏見に満ちた排他的な集団だった。それ以来、ゼノンは心のどこかにしこりを残していた。もしもあの時、きちんとあの男と話していれば・・・おそらくは何も変わらなかったであろうが、とにかく、ジャミトフ・ハイマンに関わったスペースノイドの1人として、これがゼノンなりのけじめのつけ方だった。




この後のティターンズとエゥーゴの戦いの経過は、承知の通りである。ジャミトフ・ハイマンという男が何を考え、どういう経緯でティターンズを結成したかは、わずかにこれまでの周囲の話から読み取れるが、その大部分は未だ謎のままである。だが、今回の物語はここで終わる。世の中には、そのままにしておいた方が良いこともある。いたずらに真実を追って、それまでの価値観を根底から覆すような真似を、この世界を愛する者の1人として、望まないからである。