第11話「戦士の誓い! 将軍の悔恨!」



「クソォぁぁぁぁぁ──────!!」
アキラは倒れ伏しながら、慟哭していた。
「くそ……何で俺は……奴に情けなんか……」
何度も何度も地面に拳を叩きつける。惨めだった。どこまでも惨めだった。
あとからあとから涙が流れ出てくる。アキラの胸中を、後悔の渦が支配していた。同時に、これまでとは無縁だったどす黒いものが生まれるのを、止めることができなかった。
「殺す……絶対にぶち殺してやるぞ……ギルダァ──────ッ!!」
再び大の字になって絶叫する。すでに空は赤々と燃えていた。
「何だ、あれは?」
空の一点に、一際目立つ点があった。その点は次第に大きくなり、徐々に近づいてきた。チューリップの形をしたその物体は、ゆっくりと降下しながら、やがてアキラの近くへ静かに着陸した。
「これは……確か、ブットキャリアーじゃないか」
モビルファイターを大気圏降下させるカプセルだ。師匠の使っていたゴッドガンダムも、これに保管されていた。
やがて、つぼみが開くようにカプセルが展開した。
「これは……ガンダム!!」
その中には、やはりというか、MFが入っていた。
「なぜ、ガンダムが降下してくるんだ?」
アキラは、全身の力を振り絞って立ち上がった。身体を起こしたときに、胸に痛みがはしった。そこには、敗北の証である石破天驚拳の跡が残っていた。
弱々しい足取りで、一歩、また一歩と進み、片膝を突いたガンダムのコックピットへと乗り込んだ。

コックピットは、ゴッドガンダムとまったく同じ内装になっていた。
やがて、空間表示スクリーンが映し出された。アキラが驚いて画面を視ると、そこにはアキラの知らない、壮年の男が映っていた。
『ここは初めまして、というべきかな。アキラくん』
画面の男は、語りかけてきた。
「あんたは、いったい……?」
『私の名は、ゼノン・ティーゲル。コロニー連合DG対策委員会……まあ、早い話がDG細胞の対策を担当する者だ』
「それで……その委員会とやらの人間が、俺に何の用だ? このガンダムは何なんだ?」
アキラは気が立っていた。言葉の節々に棘があった。
『これは、手厳しいな。だが、私に八つ当たりしても、何の意味もないぞ』
「うるさい! さっさと用件を言え!」
『君は、ダイスに何を教わったんだ? そんなことでは、流派”北方不敗”の名を汚すだけだぞ』
師匠の名を耳にして、アキラは面食らった。同時に、少し落着きを取り戻した。
「師匠を知っているのか?」
『うむ、知り合いだ。何しろ、君の師匠にゴッドガンダムを渡したのは、我々なのだからね』
「何だって!?」
師匠のダイスは、アキラに何も教えてはくれなかった。だからゴッドガンダムも、師匠の元々使っていた機体だと思っていたのだ。
『そうだな、少し話が長くなるが話しておこう。我々は、DG細胞の侵食を呆然と見送っていたわけではない。一度は地球を救おうと、GFや軍を派遣したのだが、返り討ちにされてしまったのだ。おかげでコロニー連合は、地球への不干渉政策を決定したほどだ』
ゼノンは、顔を伏せた。何かを考えていたようだが、更に話を続ける。
『だが、その後も地球の監視は続けられた。ガンダムファイト監視用の偵察衛星は生きていたのでね。そして、ついに、デビルガンダムジュニアという、今回の事件の核の存在する場所を突き止めた。だが、我々は基本的に直接介入はできない。そこで、地球に生き残っている武闘家達に接触することにしたのだ。君の師匠であるダイスもその一人だ。結果は、君も知っているだろうが、君の師匠だけが生き残り、その他の武闘家達の犠牲によって、地球は救われた……そう思っていた』
ゼノンは苦々しげに顔をしかめる。
『だが、デビルガンダムジュニアは、破壊される間際に胞子をばらまいた』
「胞子?」
『そうだ。我々は、”悪魔の種”と呼んでいる。すべてが解明されたわけではないが、その種に感染した者は、絶大な力を得ると同時に、精神を蝕まれるようだ。おそらく、君が敗れたあの男も、感染しているな』
ギルダーの事を言われたとき、アキラの表情が再び強張った。
「それがどうした。感染していようが、いまいが、奴をぶち殺すだけだ」
画面のゼノンは、軽く微笑んだ。
『怖いな……気持ちはわかるが、少し考えた方がいい。あの男は、すでに同じく悪魔の種に感染した者を集め、かなりの地域を支配しているようだ。奴を殺すということは、つまり、他の感染者を野に解き放つということになるのだよ。すでに荒廃した地球を更に荒らすつもりかね? それはつまり、今の君のように、力によって虐げられた境遇の人を増やすということになるのだぞ。君は、そんなに偉いのかね?』
アキラは唸った。
「悪魔の種とやらは、根絶できないのか? あんたたちなら、対策を考えているんだろう?」
今度は、ゼノンが顔をしかめた。
『残念ながら、根本的な治療方法はない。感染者は破壊するしかない。それが今のところ、唯一の対処方法だ』
「そんな! あんたたちは地球を救うつもりがあるのか?」
アキラはゼノンを睨みつける。
『それを言われると、こちらも苦しいな。すでに、コロニー住民は関心を失っている。皆、我が身の方がかわいいものだ。自分に被害が及ぶまでは、知らぬ存ぜぬを貫くだろうな。我々が活動しているのは、悪魔の種によって、こちらに被害が及ばないように、という理由が大きいのだ。我々も、コロニーの利益を第一に考えねばならん』
ゼノンは、どこか軽蔑したような眼だった。だが、その瞳はアキラを映しているわけではなかった。
「ふざけるな! あんたらには、地球に住む人間の苦しみがわからないのか!」
『そうだ、わからない。だからこそ、こうして間接的に協力しているのだ。地球のことは、地球に住む人間が何とかしなければならない。地球で生き、地球で生活し、地球で同じ苦しみを味わった人間でなければならないのだ』
それを聞いたアキラは、しばし目を伏せた。そのまま黙祷する。すでに、先刻まで胸中を支配していた憎しみは和らいでいた。代わりに、新たな覚悟が湧き出ていた。
アキラは開眼した。
「ならば、俺は悪魔の種に感染した人間を狩り続ける。ひとり残らず、根絶するまでな」
『それは不可能だ。弱い人間にとって悪魔の種は魅力的なのだ。感染者は無限に増殖する。君の言っていることは、夢物語だ』
「結構だ。手始めにギルダーを狩る。感染者が逃げ出すなら、そいつらもすべて見つけ出して、片っ端から皆殺しにする」
『終わりのない戦いになるぞ……』
「覚悟の上だ。生きている限り、戦い続けることをここに誓う」
愛する人には裏切られた。どうせ自分には、もはや何も残っていない。ならばせめて、力を悪用する者どもを狩り続けることで、人々の役にたつべきだろう。それが唯一、自分にできることだった。
ゼノンは、満足そうに頷いた。
『君の覚悟は理解した。それならば、我々も協力しよう。君が乗っているシャイニングガンダムを贈る』
「シャイニングガンダム?」
『そうだ。旧式の機体だが、科学班の開発したU細胞によって、自己修復機能を備えている。また、DG細胞に対抗するためのアンチナノマシンを生み出すことが出来る。直接注入しなければいけないところが弱点だが、武闘家の君なら、使いこなせるだろう。本当は新型の兵器を贈りたいところなのだがね、DG細胞は機体をコピーする機能があるから、おいそれとは送れないのだ』
「充分すぎるほどだ。後は俺の力で戦うまでだ」
『それでは、そろそろお別れだ。私も忙しいのでね。世界中に残っている武闘家を捜さなければならない。もう、二度と話すことはないだろう。一人でも多くの感染者を狩ってくれ。では、健闘を祈る』
それきり、画面がぷつんと途絶えた

「お疲れ様です。ゼノン将軍」
通信を終わると、部下のライル・コーンズが話しかけてきた。
「その、将軍はやめろと言っているだろう」
「すみません。どうしても昔の癖で……気をつけてはいるんですが」
「まあ、いい。次の候補者を見つけねばならん。リストはできているか?」
「はい。それでは、すぐにお持ちします」
休む間もなく、ゼノンは次の仕事に取りかかろうとしていた。
ゼノンは思う。これが自分の罪滅ぼしだ。政府の意見に屈して、部下達を見捨てた自分の罪は、まだまだ消えることはない。
「つらいものだな……」
たとえ、どんなに愚かな政府でも、絶対に従わなくてはならなかった。それを逸脱すれば、更なる悲劇が待っている。有能な軍人にとって、忠誠を尽くすべき理想の政治家も、それを選ぶ賢明なる国民も、現実には存在しないのだ。
ゼノンは、最も信頼していた腹心の部下だった、片眼の眼帯をした男の事を思い出していた。