第5話「デビルの手配書! デスアーミーを討て!」



永い夢を見ていたようだ。アキラは寝袋から身を起こした。最愛の人はもういない。今一緒にいるのはラナロウとレイチェル、どんな理由かはわからないが、アキラの旅に付いてきている二人だ。
キング・オブ・ハートのイワノフを打ち破った後、アキラはこの街にしばらく滞在していた。人が集まるところには情報が集まる。キングの居場所について、知っている人間を捜すためだった。モヒカンが根城にしていた酒場で、主のいない店を引き継ぎながら、日々を過ごしていた。
「ダメだよなぁ・・・・・・」
カウンターにいるラナロウがぼやいていた。ラナロウはバーテン、レイチェルはウェイトレスの仕事をしていた。
「俺の情報収集能力を持ってしても、キングの居場所がわからねぇ。よっぽどわかりにくい場所にいるんだろうな」
「そうか、引き続き情報を待ってる」
アキラはカウンターで座りながら、水を飲み干した。この街にはオアシスがあるため、水には困らない。活気があるのは、そのためだった。
酒場の評判も上々だ。ラナロウには商才があるのだろう。人の心を掴むことに長けていた。レイチェルも、その美しい容姿で客に気に入られていた。
アキラが付近の治安を守るおかげで、更に人々に安心感を与えていた。
そう、これが本来の人のあるべき姿だ。人の幸せとは、このような世界なのだろう。ずっと山奥に住み、DG細胞に侵される前の人々の世界を知らなかったアキラだが、この数日の生活で、そのことを確信できたような気がした。
幸せな静寂を破るように突如、爆音が響いた。
「なんだ、この音は?」
アキラが尋ねると、ラナロウはあっさり答えた。
「ああ、たぶんデスアーミーの連中じゃねぇかな。近くの村を狩りまわった帰りじゃないか?」
「狩り?」
「ああ、あいつらはカルト集団なんだ。自分たちだけが神に選ばれた人間だと信じてる。そのうえ、選ばれた人間だけの国を造ろうとしてるんだ。優秀な子孫を残すために、器量の良い女ばかりさらってるんだ。年端のいかない幼女をさらって、鍛え上げて戦士を養成してるって話もある。女は強ければ戦士に、弱ければ将来の兵士生産工場にされるってわけだ」
「選ばれた人間? 女をさらうだと?」
アキラの顔に凄味が増した。
「そいつらはどこへ行くんだ?」
「ここから、南に10キロの場所にある奴らの街だ。まさか、そこへ行くつもりなのか?」
「ああ、放ってはおけない」
「まったく、何でそうもお節介なのかねぇ。自分さえ良けりゃ、それでいいじゃねぇか。まあ、止めやしねぇよ。いい加減、あんたの事はわかってきたからさ」
アキラは身を翻すと、一目散に駆けていった。
「まあ、こっちはこっちでしっかりと情報を集めといてやるよ」
ラナロウは、アキラの姿が消えてから呟いた。

鉄格子で覆われたトラックの荷台に、女達が捕まっていた。軍服姿の男達(面倒なので、これからは制服と呼ぶ)がバイクでトラックを先導している。
制服が運転する護送隊の前方に、武器を持った男達が集まっていた。
「おれの妻をかえせ――っ!」
「おれの恋人もだ――!」
「娘をかえせ――っ!!」
護送隊の隊長、ビリー・ブレイズはバイクを停車した。
「フッ・・・ゲスどもが」
「どうなさいますか?」
「決まってるだろう。奴らに身の程というものを教えてやる。選ばれた人類との、格の違いをなあ!」
ビリーが前に出た。武器を持った男達が襲いかかってくる。数人がボウガンを射った。ビリーは、飛んでくる矢をあっさりと叩き落とし、鉄棒で殴りかかってくる男達を殴り、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、打ち倒していった。
「さて、うるさいハエは叩き落としたな」
ビリーは、ひとりの男を鉄格子の前まで連れて行った。
「こいつの娘というのは誰だ?」
年端のいかない少女が答えた。
「わ・・・わたしです。おねがい、パパを殺さないで!」
「そうはいかん。おまえたちは今日から、選ばれた民。友、恋人、家族、過去の関係はすべてリセットするのだ。このようにな・・・」
ビリーは細長いワイヤーを取り出すと、父親の首に巻き付け、少女の目の前でその首を刎ねた。切断口から噴出した血液が少女を真っ赤に染めた。
「パ・・・パ・・・」
「これでこの世のしがらみは断ち切れた。今日から神にお仕えし、いずれ有能な戦士の子を産むのだ」
満足したビリーがバイクに戻ろうとすると、飛来した矢が頬を掠めた。
「くそっ!はずしたか」
「貴様!」
ビリーはボウガンを持った男を即座に殴り倒した。
「あなた――!」
「なるほど、おまえがこいつの妻か」
「お願いです!その人を殺さないで!」
「フ・・・いい女だ。亭主が取り戻したくなるのもわかる。ようし、今日からおまえは俺の妻だ!」
「な!?」
「亭主の前でたっぷりと可愛がってやる・・・連れて行け!」
カルト集団による理想郷が演じられる中、それを邪魔する赤毛の男がいた。
アキラは、ゆっくりとトラックに近づいた。
「なんだ貴様は? 貴様も殺されたいのか?」
「隊長、こいつは手配書の男です。胸に手形の男ですよ!」
アキラの正体に気がついた制服が叫ぶ。アキラはパキポキと拳で指を鳴らした。
「殺されるのはおまえ達の方だ」
「そうか、貴様が手形の男か。ならば、こちらも本気を出さねばなるまい。行くぞ!」
突如、どこからともなくデスアーミーが出現した。制服がデスアーミーに乗り込み、ビリーは青いMSに乗った。
RXー139「ハンブラビ」だった。尖った頭部に、上下二つと肩部にもある複数のモノアイが不気味に光る。
「ならばこちらも! でろぉぉぉ――! ガンダァ――ム!!」
アキラが高々と右手を掲げ、指を弾くと、地面より土埃を巻き起こしながらシャイニング・ガンダムが出現した。
コックピットに乗り込むと、モビル・トレースシステムが起動し、ナノマシン製のファイティング・スーツが肉体を覆う。
「ふんッ! ハァッ! とりゃぁ!」
いつものように、マニピュレータ、関節部の状態を確認し、ファイティングポーズをとる。アルティメット細胞に感染したシャイニングガンダムは、故障することなど、あり得ないのだが、あの日以来、アキラは戦闘の前には、欠かさずに万全の状態であることを確認するようになった。
「超級! 覇王! 電影弾!!」
高速回転による必殺の弾丸がデスアーミーを蹴散らす。生き残ったのは、変形して空へと回避したハンブラビだけだった。
「フッ、なかなかの拳法だな。久しぶりに骨のある奴に出会えたようだ」
着地したハンブラビは両方のアームからショックワイヤーを射出した。
「さあ、おまえの必殺技、シャイニングフィンガーとやらを撃ってこい。撃った瞬間、このワイヤーで手首が飛ぶことになる」
完全な挑発だった。だが、アキラは躊躇しなかった。
「おもしろい。ならば、喰らうがいい!」
シャイニングガンダムのフェイスマスクがオープンし、右マニピュレータが液体金属で満たされる。
「俺のこの手が光って唸る! おまえを倒せと輝き叫ぶ!」
「さあ、来い!」
「砕け! ひぃぃぃッ殺! シャァァァイニング! フィンガァァ――!!」
シャイニングフィンガーがハンブラビへ一直線に繰り出された。
「バカめッ!!」
ワイヤーがシャイニングガンダムの手首に巻き付き、根元から寸断した。
「まだまだァァ!!」
今度は左のシャイニングフィンガーが襲う。だが、これも巻き取られた。二本の手首が宙に舞った。
「フッ・・・こんなものか」
「安心するのは、俺を倒してからにするんだな・・・・・・ハァァァァァ!」
「なにィ!?」
シャイニングガンダムの両腕が瞬時に再生した。三度目のシャイニングフィンガーを繰り出し、すっかり安心しきっていたハンブラビの頭部を掴む。
「ぐわぁぁ〜!」
「さあ、これで終わりだ」
「待ってくれ! 俺はただ、上の奴らに命令されただけなんだ! 軍人が上の命令に逆らえないことくらいわかるだろう? 頼む、見逃してくれ!」
「軍人なら、敵に負ければ殺されるのは当然だな。さっさと死ね」
シャイニングガンダムのマニピュレータから、アンチDGナノマシンが流し込まれた。
「おまえは、もう・・・死んでいる」
「た、たすけ・・・たわばァっ!!」
ハンブラビが爆散した。
アキラは、コックピットから降りると、鉄格子を破壊した。助け出された女たちが、家族の元へ駆けていった。
「あなた――!」
「良かった、本当に良かった!」
夫婦らしき男女が涙を流して抱き合っていた。アキラはその光景を見て満足すると、次の戦いへ向かうため、すぐに立ち去った。
歩きながらふと、愛しい人の名前が声に出た。
「エターナ・・・・・・これで良いんだろう?」
自らの甘さのために、すべてを失ったあの日・・・愛しい人と最後に交わした約束を、アキラは今も律儀に守り続けている。
裏切られる前のエターナ――アキラが好きだったエターナとの最後の約束だったから。最愛の人に裏切られた今、自分には、あの約束しか残ってはいなかったから。そして何より、暴力で大切なものを奪われた苦しみを知っているから。
自分には、そのような人々を助ける力がある。ならば、力を悪用する者どもを討つのに、何の躊躇があろうか。
アキラは次なる敵の本拠地へと向かった。