【1000だったからSSうp】朔氏
0.プロローグ
「この一撃で!」
機体が悲鳴を上げた、そう思う。
「決めてみせる!」
スラスター制御で、強引に急制動をかけると、機体の変形機構を発動する。
一旦シートに押し付けられ、すぐさま前につんのめりそうになるが、シートにロックされたパイロットスーツとエアクッションがそれを抑えた。
それは本当に無茶な機動だった。
変形するタイミングでサーベルを抜き放ち、目標を一閃。バックパック部分を切り抜けられた敵機は、推進剤を無茶苦茶に放ち、まるで穴の開いた風船のように飛んで、そして爆ぜた。
このような無茶をしても、彼の駆る機体は問題なく稼動している。逆にこういった機動をしなければ、生き残ることなど叶わないだろうと彼は考えている。何故ならば、自機も敵機も同機種であり、勝敗を決するのはパイロットの腕に他ならないからだ。
ライフルは失っていたし、アポジの残量も心もとない。キャノンに損傷はないものの、あれは縮退炉への負荷が無視できず、連射性能は好ましくない。そもそも威力がありすぎて、味方を掠めかねない。つまり、現状の白兵戦模様には不向きなのだ。
帰還も考えた。
しかし、それが許される状況でないことは、勢力図を見れば明らかだ。
ミノフスキー物理学が衰退して久しい現在、敵味方を識別するのは、このような宇宙空間での白兵戦においてもたやすい。
そして、それは敵にも言えることだ。
7th-GMPT対応の遠隔操作兵器たちによって、戦場はMSという機動兵器以外の立ち入りを拒んでいる。それ故、母艦へ帰還するというのは、戦場から背を向けて撤退するということになる。それも、かなりの距離を。そんな距離を移動していては敵のファンネルの餌食になるに違いない。
「その感触……そこにいるのか!」
彼、シェルドはスロットルを限界近くまで引き上げた。バード形態でのそれは、脾臓を潰しかねない加速を意味する。しかしそんなことに構う余裕などない。
シェルドが見つけたのは、"彼女"だった。名前も知らない、けれど幾度となく呼びかけてくる"彼女"。戦場でそんな呼びかけは無為なだけでなく、邪魔以外の何者でもない。つまり、それを敵意だと認識しているのだ。
だから、壊す。
「そっちが来なきゃ、コッチだって墜とそうって思わないんだよ!」
小型の光点がいくつも散っていく。背面の格納スペースからフェザーファンネルが飛び出した。これで打ち止めになったが、構いはしなかった。
『……おやめなさい!』
「そうやって……出てこなければ!」
通信ではない。
言葉でもない。
意思そのものが響くのだ。
シェルドは機体を、フェニックスを捻る。もと居た場所を、光の本流が流れさる。
「……当たった!? けど……この程度なら!」
機体こそ振動したが、エラーは一つもない。掠めただけ。そもそも、かなりの距離をバーニアの噴射によって稼いでいた。何の問題もない。それに外殻の装甲が焼けた程度ならナノスキンが治してくれるはずだ。
それで、まだ戦える。
まだまだ戦える。
いつまででも。
いつまででも?
フェザーファンネルはフェニックスガンダム特有の兵器だ。しかし、敵も味方も、どのMSもフェニックス。最多量産されたこの機種は、細部に変更点こそ見られるものの、識別信号以外では上手く見分けることなど出来はしない。それでも、味方の放ったフェザーファンネルは敵を、敵の放ったフェザーファンネルはこちらを狙ってくる。パイロットが皆、感じることで戦っているのだ。だから、敵の意思も味方の意思も入り乱れ、特にファンネルのターゲットとした相手の意思には直に触れることになる。
『そうやって前に来るからこっちも相手にしなきゃならないんだ!』
『やり方を選んでは、いられないんです!』
その声は先ほどから回避に徹していたあれの声だ。シェルドの頭に響いたそれは、今度は攻撃の意志を孕んでいる。
『迂闊なんだよ!』
意思の応酬。
全天周のモニターに輝く光点が激しく動く。搭載されているオペレーティングシステムがそれを追い続けるが、ロックできるのは稀でしかない。それは自機が目まぐるしい機動を繰り返しているせいでもある。身を翻し、ファンネルの放つビームを回避、その中で感性だけで敵の位置、そして自分の位置を把握し続ける。
それは並大抵のことではない。
しかし、今のシェルドには、ファンネルの飛び交う先、そこにある敵機の様子も手に取るようにわかった。だから、センサモジュールが感知する以前に敵がビームを放ったのも感じ取れた。
翼を模したメガビームキャノンから放たれたそいつは艦船すらも一撃で落としかねないエネルギーを持つ。先ほど、かなりの距離を保って掠めただけで装甲が焼かれたばかりだ。
だが、今度は"撃つ"という敵意そのものを感知した。
だから避けられる。
『そうやって戦い続けて! 何を得ようというのですか!』
何を得る?
そんなもの生き残る、ただそれだけだ。
もう、いつから戦っていたのかすら分からない。忘れてしまった。
いつになれば終わりが来るのか、それも分からない。
それはつまり、迷いだった。
『……いい加減に! 戻りなさい!』
ビームライフルから放たれた輝き、そいつを認識した瞬間、シェルドのフェニックスが激しい振動に包まれた。
それは狙撃による直撃だった。
ファンネルの機動や、翼部分から放たれる光の本流、そして、敵との感応に気を取られすぎたのだ。
敵の射撃は、シェルドのコクピットを貫いた。見事な狙撃だった。
その瞬間、シェルドは見た。
銀の髪の麗しい女性の姿。
それが今まで幾度となく対峙し続けていた相手、エターナ・フレイルだと悟ったとき、その世界でのシェルドは霧散した。
機体が爆散したのと、ほぼ同時、あるいはその間際だったのかもしれない。
消えゆくシェルドは、一つの声を聞いた。
『おかえりなさい。シェルド・フォーリー』
暖かい。
そう、思った。