【1000だったからSSうp】朔氏
3.【アルメリア】
ソラ。
其処は広大すぎる。
パイロットスーツのバイザーごしに見たソラを見ながら、彼女は思った。
深く深呼吸。
自分の呼吸の音、それから心音。それらを耳にし、心を静めさせる。
あまり感覚がシャープになりすぎても、逆にナイーブでありすぎても、辛いだけだ。それを調節してみせるのも、自分で自分をコントロールし、ひいては上手に能力を扱うことに繋がってゆく。
何度かのまばたき。
それから、開放していたハッチを閉じた。
ソラと違って、閉じてしまったコクピットは闇に閉ざされる。
正しい意味では、起きているコンソールは光っているし、薄い明かりも点灯している。
しかし、ハッチごしではソラの輝きは急に遠く感じられるのだ。
それは、シミュレーターでの出来事にもよく似ていた。
非現実の仮想空間。カオス領域に接触し、能力の疑似体験をさせる。
そこはソラとも違う、別の海だ。そこで溺れたら、助けなしでは脱出できない。そもそも、助ける前に精神に異常を来たすのが落ちだ。
そういう点では、ソラとは良く似ている。
宇宙服ごしであっても、肌で感じるソラは危険すぎる。
やはり、心が溺れてしまう。
「エターナさん。お時間です」
「ありがとう、ミラ」
それが仕事、そうであっても彼女は礼を述べる。いつものことだ。
「いよいよですね」
だから、ラ・ミラ・ルナも何事もなく続ける。
「そう……いよいよ」
思うところがあるのか、瞑想するように目を閉じる。
そうしたところで、通信画面のミラに尋ねた。
「シャロンは?」
「問題なくステージは始まりそうです。軍が警備の手を裂くほどの人気、嫉妬しちゃいますね」
「元々、キャンベル家の力がそれほどだからですよ」
エターナは、シャロンの事を思った。
キャンベル家の敷地で、跳ね回るようにして遊んだ遠い日。懐かしい思い出としてだけ思い出されるのは、月日が経ちすぎてしまったのだろうか。あるいは、立場、居場所の違いからなのだろうか。
立ち上がった全周囲モニターがコンピュータグラフィックで描き出された宇宙を映す。パイロットスーツをシートに固定し、キーを操作する。グリップを握り、ペダルを確認し、OSに異常が無いかと問う。問題なく目覚めた不死鳥は、エターナの感性とシンクロしてみせた。
システムが全て立ち上がると、音声のみだったミラに映像がつく。ヘッドフォンとマイクをした、いつもの彼女を画面で見ると、出撃なのだという実感が生まれた。
エターナが深く深呼吸をしたタイミングで、映像のミラが言う。
「例の選抜試験を控え、減速しているとは言え、Arkは未だ高速で移動中です。レーザー発信は常にご確認を」
Arkは減速している。それは"最後の"選抜試験、実際の宇宙空間で行なわれる試験のためだ。最後の、という部分を思い返し、エターナは改めて気を引き締めた。この期を逃せば、次は無い。今にも、プロジェクトが始まってしまう。
「お気をつけて」
「了解しています」
そちらも、と言いかけて、続く言葉を伏せた。ミラの乗った船は、エターナの自機を係留していただけで、すぐに母艦たる"パンドラ"へ戻る。そこで再び会えるかどうかは、エターナ自身が上手くやれるかどうかだ。
「エターナ・フレイル! ジュピターワン、フェニックスガンダム、行きます!」
腹部に力をこめて、エターナは言った。
係留索が切り離され、エターナは宙へと舞う。フットペダルを踏み込んだ加速は、エターナをArkへと導いていった。