【G Generation's A-B-C】172氏
Aged warrior −エルンスト・イェーガー−




「もらったぜ!」
「チィッ……」
 若々しい快哉の声を絶望的な心持ちで聞くのと同時に、彼の身体は激しい振動に見舞われた――-。

「どうだよ、見たか、おっさん!」
 シミュレータのハッチを開いたエルンスト・イェーガーはいきなり、バンダナを巻いた青年の自慢げで不敵な笑顔と遭遇した。
 Gジェネレーション隊の本拠地には、あらゆる黒歴史の機体を再現・操縦できるシミュレータが存在する。本来はメカニック班が研究用に開発したものであったが、その高い再現性から現在ではパイロット達にも愛用されている。イェーガーも類に漏れず、部下を引き連れてシミュレータ室を訪れていた。
 くどいほどエネルギッシュなラナロウ・シェイドのその表情を押し退けながら這い出し、感情を殺した口調で応じる。
「まあ――-なかなかだったな」
「へっ、それが負けた野郎の言い草かよ」
「……強くなったよ、お前さんはな」
 吐き捨てるように言い置いて、イェーガーは荒っぽい手つきでハッチを閉める。
「もう完全におっさんを超えたな」
「そうかい」
「このまま行けば、マークやオグマだって目じゃねえぜ」
「そうかもな」
「ちょっと、調子に乗りすぎよ、ラナロウ」
 ふたりの会話、といってもラナロウが一方的に喋っているだけのところに割り込む少女。小柄な身体だが、大の男ふたりの間に入っても物怖じしている様子はない。
 色の濃い肌の中に目立つ鮮やかなルージュを尖らせて、レイチェル・ランサムは小生意気なバンダナの方へ向いた。
「見てなかったのかよ、レイチェル。俺は今勝ったんだぜ」
「今まであんたアーニーと67戦やって、今ので1勝66敗なのよ?」
「うるっせえな。勝ちは勝ちだろ」
「物事は全体で見なさいよ。 まったく、短絡思考なんだから……」
「何ぃ? テメエこそぐちぐちぐちぐち文句垂れて、イイコブリッコしやがってよ」
「……ちょっと、言ってくれるじゃない?」
「言ったがどうした?」
 仲裁に入ったはずがいつの間にか喧嘩を始めそうになっている少女に額を押さえつつ、イェーガーが面倒くさそうに口を開く。
「お前ら、その辺にしとけ。ガキみたいな言い争い始めやがって」
「っ……ともかく、アーニーもアーニーよ」
 我に返ったレイチェルが、いきり立ったままのラナロウをほったらかしにして振り返る。
「ちょーっと調子が悪かったくらいでラナロウにこんなに言われて、言い返さないの?」
 急に矛先を向けられたイェーガーが半歩引くより早く、レイチェルの舌は回り出す。
「まぐれはまぐれだってはっきり言ってあげなきゃ、こいつ勘違いしちゃうわよ。バカだから」
「何だとコラ!」
 背後から飛んできたラナロウの罵声にいちいち振り返り、レイチェルはそのくりくりと円い目を下目遣いに向ける。
「何よ。ラッキーヒットで勝ったくせに、大きいこと言わないの」
「よせよ、レイ。まぐれだろうがラッキーだろうが勝ちは勝ちだ。認めてやれ」
「な……ちょっとアーニー!?」
 ほら見ろ、とばかりにいやったらしい笑みを見せるラナロウをひと睨みしてから、レイチェルは再びイェーガーに向き直った。
 イェーガーは反論を口に出そうとしたレイチェルを手で制し、彼女の頭越しにラナロウを見る。
「実力がなければ、まぐれやラッキーのチャンスだって掴めねえもんだ。そのくらいの実力は、ラナロウにもあるってことだ」
「……引っかかる言い方をしやがる」
「手放しで褒めてほしけりゃ、もっと精進するんだな。お前さんにゃあまだ伸びしろがあると思うぜ」
「アーニー、そんなこと言ったらラナロウの奴また調子に乗って……」
「レイ……」
 鼻高々のラナロウを余所に、イェーガーはサイドポニーの頭をわしわしと撫で、諭すように微笑む。
「お前も知ってると思ったがな、俺は褒めて伸ばすタイプなんだ」
「それは……そりゃ知ってるけどぉ……」
 我が身を振り返って納得しつつも、釈然としない様子のレイチェル。
 甘えた感じになった語尾に目を細めつつ、イェーガーはラナロウを顎で示して、
「悪いパイロットじゃないのは確かだ。お前だってわかるだろ?」
「そりゃあ……」
「わかってねえわけねえよ、おっさん。そいつ、このところ俺にさっぱり勝てねえんだからな」
 そうなのか? と目で問うイェーガーに、レイチェルは目を逸らしながら小さく頷く。
「ちょっと、調子が悪いだけよ」
「へっ、口の減らねえ奴だ」
 放っておけばまた口論を始めそうなふたりに軽く嘆息して、イェーガーは両者の肩を叩く。
「お前らは本当に仲が良いな」
「「誰がっ!」」
 イェーガーは見事なユニゾンで返ってきた怒声に両耳を塞いでみせる。
「あー、わかったわかった。だったらこんなとこでじゃれあってないで戻ってろ」
「「っ……」」
 揃って言葉に詰まり、互いに顔を見合わせるふたり。すぐにツンと背けて、忌々しそうな表情を見せる。
「ほら、帰った帰った」
 イェーガーの言に促されるようにシミュレータルームの外へ足を向けたふたりは、ドアのところでもう一度睨み合って、左右に分かれていった。
 それを見送ったイェーガーは、結局息は合うんだよな、と苦笑を浮かべる。
「さて……」
 深く息を吐き、強化プラスチック製ののハッチを開ける。それを感知したシミュレータに、再び明りが灯る。
 起動前のデモンストレーション画面に流れるのは、最近の使用歴。勝者を示す赤文字で、ラナロウ・シェイドの名が流れていく。
 画面が切り替わり、個人使用の戦績が表示され始める。Gジェネレーション隊のトップエース、マーク・ギルダーの名前が真っ先に現れた。そして彼と双璧を成すオグマ・フレイブが続く。
 ぎり。
 自分の名前が画面に現れるのを待つうちに、きつく噛み締められたイェーガーの歯が軋んだ。
 やがて、昨日まで下にあった名前と位置を交換している自分の名前を見つけてから、イェーガーはシミュレータを起動した。
 衰えを感じたことはない。しかし、若者達が一歩また一歩と自分に追いすがっているのに気付かないほど愚かでもない。
「俺だって、乗り越えるべき壁ってのをやってみせるさ」
 己に言い聞かせるように独りごちて、イェーガーは仮想の宇宙へと飛び出した。
 四十が見えてくる年齢になってなお、彼はロートルと呼ばれるには若過ぎるのだ。