【G Generation's A-B-C】172氏
Beddable girl −パティ・ソープ−




 尻の軽い女だと周囲に思われているのを、彼女は自覚している。
 彼女自身にそれを否定する気持ちはないが、自身が悪いという考え方もない。
「だって、その方が楽しいじゃない」
 恋は遊び愉しむもの、というパティ・ソープの根本を成す価値観がそう言わせるのだ。
 結果として彼女は数多くの男と懇ろになり、それが悪評へと繋がる。
 まあ、悪評が流れることは彼女が気にしているわけではないので、よかろう。
 それよりも問題は――-
「おい、バーツのおっさん。その手、何だ?」
「プレイボーイこそ、その馴れ馴れしいお手手をどけてもらいたいもんだな?」
 Gジェネレーション隊は設立者のユリウスと責任者のガルンとその部下達を筆頭に、様々な人材が揃っている。その大半は本拠地のスタッフとして働いている者であり、その数は本拠地内に都市空間を形成するほどである。それだけの大所帯であれば、例えばパティがあっちとこっちで男を作ってもお互いがかち合うなどということは皆無と言っていい。
 とはいえパイロットやクルーとして前線に出るのは様々な時代から集められた60人余りだけであり、決して多い数ではない。そんな中でパティがあっちで媚びを売りこっちでしなを作っていたとしたら?
「っちゃ〜……マズったなぁ」
 果たして困ったように天を仰ぐパティのそれぞれの腕を掴んでいるのは、Gジェネレーション隊一の色男と陽気で呑気なアメリカンであった。
「俺はパティに似合う服を見繕ってやる約束をしてるんだよ」
「おいおい、セクシーガールは俺とたんまりステーキを食いたいって言ってたぜ」
 白いスラックスに派手なジャンパーというカジュアルな服装でパティの右手を握っているのが、サエン・コジマ。
 いつものオーバーオールで葉巻を燻らせながらパティの左腕を掴んでいるのが、バーツ・ロバーツである。
「いや、ほら、ふたりとも、まぁまぁ……」
 元凶たるパティは愛想笑いを浮かべて双方を宥めようとしているが、男達はそれどころではないらしい。
 彼女の頭越しに上辺だけの微笑を見せながら、サエンとバーツは視線を戦わせている。
 もうこうなってはどっちがパティがどうこうするのかという問題ではない。男のプライドに関わるのだ。
「おっさんは引っ込んでなよ。若いレディをエスコートするのは、俺の役目だ」
「お前こそ背伸びすんなよ、ボーイ。ガキはガキらしく発育途上のお嬢さんと遊んでな」
 決して小柄ではないサエンがやや見上げて言えば、バーツは傲然と見下ろして答える。
 まさに一触即発である。
 すぐ脇のパティは黒目がちな瞳を右往左往させ、どちらにつくことも出来ずおろおろしている。
「や、サエンも、バーツも、そんなカリカリしないでさ。ほら、スマイルスマイル」
 冗談めかしてそんなことを言ってみても、ふたりの男は聞いていない。
「あんたみたいな酒くさいおっさんに絡まれたら、パティだって迷惑するじゃないか」
「ボーイみたいな軟弱な野郎じゃ、安心して頼れないって言ってるぜ」
「……平行線だな」
「まったくだ」
 サエンとバーツが空いている方の拳を固く握る。いつそれが相手へ向けて飛んでもおかしくない空気が流れていた。
 やめて、私のために争わないで――-なんていうお姫様気分に浸っている場合ではない。
 いくら恋を愉しむのが趣味のパティとはいえ、目の前で暴力沙汰になっては気分が悪いものだ。
 それならばこういう状況にならないよう注意を払うべきなのだが、そこはそれ、そんなことをパティに望んでも無駄というものである。
「ほんとに、やめなってば。ほら、ふたりともまた別の日に付き合うからさ。今日のところはバイバイ。ね?」
「「……」」
 パティのすこぶる平和的な提案をまるっきり黙殺して、男ふたりは睨み合いを続けている。
 お互いが権利を主張する対象であるところのパティの両腕に加わる力も刻一刻と強くなっているのだが、パティはそれに耐えながらさらに言を重ねる。
「喧嘩はよくないっしょ。ほら、アタイだって困るしさ、ね?」
 しかしそんな懇願を聞いた風もないバーツが、煙を吐き出しながら言う。
「お前とは決着をつけなきゃならねえと思ってたんだ」
「奇遇だな、おっさん。俺もだよ」
 不敵な笑みで応えるサエンが、握っていたパティの腕を放した。バーツもそれに倣う。
「シミュレータでどうだ?」
「いいだろう。年季の違いってやつを見せてやるぜ」
 視線を戦わせながら歩き出すふたり。その向かう先はモビルスーツ・シミュレータがある部屋だ。
「ちょっと、アンタら、待ちなって!」
 面白くないのは、無視どころか置いてけぼりを食ったパティである。
 確かサエンとバーツは自分を巡って争っていたはずなのだが、今のふたりはどう見てもパティのことなど眼中にない。
 げに悲しきは男の性よ、張り合う相手を見つけてしまうと他の事そっちのけで対決を始めてしまう。
 目覚めた闘争本能の前にはパティがささやかながらに刺激するナンパ心など何の障害にもならないのである。
「今日こそはコテンパンにしてやるからな」
「こっちの台詞だよ、おっさん」
「ちょっと、サエン! バーツ! 待ってってば、ねえ!」
 本気で立ち去っていくふたりの背中に声を張り上げてみても、振り返る素振りすらない。
 完全にアウト・オブ・眼中となったパティは独り、がっくりと肩を落とす。
「あぁ……お洋服……ステーキ……」
 未練がましく呟くパティは、とりあえず諦めはしたのか男達とは逆の方へとぼとぼ歩き出した。
 そもそもは彼女の自業自得とは言え、同情できる部分がないでもない。
 とはいえやっぱり自業自得なので、パティもさすがに反省する。
 自分の近場で遊ぶのはやめようか――-そんな風なことを考えながら廊下を進んでいると。
「あれ……パティさん」
「あ……シェルド」
 GパンにTシャツ、着古した青いブルゾンというお決まりの格好をしたシェルド・フォーリーが、パティの顔をまじまじと見つめていた。
「どしたの?」
「あ、いや、その……元気なさそうだから、どうしたのかなって」
「元気……なさそうだった?」
 首を傾げるパティにシェルドは軽く頷き、パティさんらしくないけど、どうしたのと問い返す。
 しばらくきょとんとしていたパティだが、やがてシェルドに負けないくらいその顔をまじまじと見つめ、尋ねた。
「シェルド、心配してくれたの?」
「そりゃ……仲間が暗い顔してたら、気になるに決まってるじゃないか」
 照れているのか、彼らしくないほどぶっきらぼうに返事をするシェルド。
 まだ幼さを残す彼の面差しに浮かんだ真摯な表情に、パティの胸のどこかが“きゅん”と鳴った。
「……シェルド、ありがと。今このあとヒマ?」
 感謝の言葉と同時に向けられた何の脈絡もない質問に面食らうシェルドの手を、パティが素早く握る。
「アタイはヒマなんだけど。どっかでお茶しない?」
 と、シェルドの返事を聞く間もなく握った手をぐいぐい引いていくパティ。
 断ることも出来ず振りほどくことも出来ないシェルドは積極的過ぎるパティの行動にほんのり顔を赤くしつつ、彼女に引きずられていく。
 そんなパティの心からは、つい先ほどの反省なんかどこかに消えてなくなってしまったようだ。
 詰まるところ、パティはこういう言葉で表される人間なのである。

 「命短し、恋せよ乙女」