【共に鼓動を聞く者たち】 343氏



結果として、酒を飲まなかった判断は正解だった。
しばらくしてブランドからの報告で連邦のサラミス級の接近を確認したからだ。
「も〜、あと少しで私が休む番だったのに!」
ブランドの愚痴をアヤカが受ける。
「まぁまぁ、この戦闘の後に休んでください。」
「戦闘が長引いたらどうするのよ!寝不足はお肌の敵なのよ!」
アヤカはブランドの勢いに押される。
「おしゃべりはそこまで!報告を!」
ミリアムの声に内心助かったと思うアヤカ。
「敵艦サラミス級、MSはまだ展開してませんが急速接近中。」
「こちらもMS隊の準備を!」
ミリアムの指示にMS格納庫のスタンが応える。
「了解!なんとかなるぜ。」
ハワードが首をかしげる。
「妙だな、先ほどの戦闘からしてサラミス級一隻でワシらを落とせると思っているのか?」
ハワードを見るミリアム。
「…なにか罠でもあると?」
「または相当な自信家かもしれんな。」
微妙な間合いのにらめっこが続く。

MS格納庫にてシェルドはクレアのコクピッドでコンピューターの調整をしていた。
すでにクレアはシートに座って準備万全である。
「シェルド、そんなの適当で大丈夫じゃない?」
「…こういうのは適当じゃダメなんだよ。」
クレアには見慣れない言語、数列がモニタを走っていく。
シェルドはキーを叩きながら、クレアを少し見る。
「クレアは恐くないの?」
「…へ?」
クレアはきょとんとした表情で作業をするシェルドを見る。
「さっきの戦闘も、これからの戦闘も一つ間違えば命取りだし。」
クレアは屈託のない笑顔を返す。
「にゃはは、心配してくれてるの〜?ありがと!」
そんなクレアの表情とは対照的にシェルドは少し沈んだ表情で話す。
「そりゃ、心配はするよ…。本来なら僕が戦いたいのに。」
シェルドは今度はクレアを見ず、モニターを確認しながらキーを打ち続ける。
「…なんで、僕じゃないんだ。」
クレアは宙を見上げる。
(んも〜、ウジウジした男ばっかなんだから!)
「…あのさシェルド、最近、男の間で落ち込むのが流行ってるの?」
「はぁ?」
間抜けな声を出して思わず作業を止めるシェルド。
「ジュナスもへたれてたんだよねぇ〜。」
クレアは宙を見たまま話す。
少し、自分のしたことを思い出し顔が赤くなる。
「…どうして、ジュナスが?あいつはしっかりやってたじゃないか!」
シェルドは思わず声が大きくなり、はっとして作業を再開する。
クレアはそれに少し笑う。
「へへ、ジュナスにもそう言ってやってよ!」
シェルドは無言だ。
モニタのスクロールが止まる。
「…よし、これで大丈夫。」
「ありがと。」
シェルドがコクピッドを離れようとするとき、クレアを見ながらポツリともらす。
「僕が代わりに戦いたいよ…。」
「え?」
ハッチが閉まる。
シェルドの目が本気だったような気がして、クレアは心配した。
(変なこと考えなきゃいいけど…)
そうするうちに通信が入る。
アヤカの声だ。
「MS隊は発進準備を。敵艦サラミスを中心に攻撃してください。」
「りょ〜かい!」
「あ、ダーム少尉は援護ですよ〜。」
アヤカの付け足しにコクピッドのドクの声が響く。
「また、俺は援護かよ!」
「そうです。あと艦長命令で今度は捕虜を殺さないようにとのことです。」
「ヤロォ…」
クレアはジュナスと回線を開く。
「良かったね。」
「…ああ。ま、当然だけどね。」
ジュナスの声に少し覇気が戻ったのを確認してクレアは満足した。
再びアヤカの通信が入る。
「…!敵艦MSを展開しました。…3機ですが…ハイザックじゃない!?ガルバルディ隊です!」
「がるがるでぃ?」
クレアの間抜けな声にジュナスが呆れて言う。
「ガルバルディだよ…。」
「ジュナス、知ってるの?」
「…いんや!」
クレアがずっこけそうになる。
「知ってるみたいなこと言わないでよ〜。」
そこでルロイから通信が入る。
「ガルバルディは…、ハイザックなんかよりよっぽど高級なエース機だよ。」
「へぇ、強いんだ。」
「たぶん、それにそんなMSを任されているってことは…。」
「腕もいいってこったな。」
スタンが通信に割り込む。
「気をつけろよ。」
「了解!」
少年少女の元気な声がそろう。
が、ドクだけは珍しく神妙な顔をしている。

「MSを展開してきたか…!」
ブリッジも緊迫する。
ブランドの報告が入る。
「サラミスより通信です。」
「開いて!」
ミリアムの指示にモニタにレッドベレーの女性士官が映る。
「こちらは連邦軍のリーゼンシュタイン大尉だ。ハワード・レクスター及びアルビオンクルーは今すぐ船を下りろ。さもなくば攻撃を開始する。」
ハワードが返す。
「それはお断りする。」
「無謀だな。」
「戦艦を盗んだ時点で無謀な人物だと思わんかね。」
「そうだった、それに阿呆のようだ。攻撃を開始する。」
回線はあっさり切れる。
ミリアムが話し始める。
「…ティターンズではなく連邦正規軍みたいですね。フレイ・リーゼンシュタインの艦のMSパイロットはかなりのやり手のはずですよ。」
ハワードがミリアムに聞く。
「大尉は知っているのか?」
「ソニア・ヘイン…。多分、私よりもよく知ってる人がいますよ。」
「む?」
「スタン・ブルーディ中尉です。元同僚のはずですよ。」
ハワードはブランドに命令する。
「MS隊を発進させろ!」

宙空にアレックス3機、ハイザック1機が飛び出す。
途端、スタンからの通信が各機に入る。
「…相手は相当にやるはずだ。さっき、ミリアム…と、エリン大尉から聞いたところによると、隊長はソニア・ヘイン少佐。部下にはグレッグ・マインっつーベテランもいる。」
説明を聞き、思わずルロイが聞く。
「なんでスタンさんがそんなことを知ってるんですか?有名人なんですか?」
応えたのはドクだ。
「俺とは戦場は違ったがな、ソニア、グレッグ、スタンのMS小隊ってのは一年戦争時はそこそこ名が知られてた。」
「!!」
ルロイ、ジュナス、クレアは驚きを隠せない。
「ありがとよ。」
スタンは軽く応える。
「全力でやれよ、死ぬぜ?」
スタンの言葉にジュナスは複雑な表情で話す。
「…昔の仲間ですよね、説得とかは?」
「無理だな。」
即答するスタン。
「奴らはそんな融通の利く人間じゃないのさ。根っからの職業軍人なんだよ。」
沈黙する一同に別の通信が入る。
ミリアムからだ。
「敵機はそうとうなベテランです。敵艦を落とすのは難しいかもしれませんが、やるしかないとも言えます。無責任なことを言うようですが、頑張ってください…。」
「了解!」
少年少女の声が響く。
「やってらんねぇぜ!」
ドクの愚痴が響く。
動く3機のガルバルディ!
「油断すんじゃないよ、グレッグ!ラナロウのお守りをしてやんな!」
「本気でいってんのかよ、少佐!」
ソニアの命令に不服を唱えるグレッグ。
しかし、もっと不服そうなのがラナロウだ。
「俺はもう新兵じゃないぜ、隊長!」
ソニアは鼻で笑う。
「ガキが生意気言うね!だが、相手が戦艦一隻沈めてること、曲がりなりにもガンダムであること、この二つを忘れんじゃないよ!」
「分かってるぜ!」
グレッグが吼えて、ライフルを発射する。
クレア機が慌てて回避する。
「先制攻撃?ひきょ〜もの〜!」
接近する両軍MS。
グレッグ機の動きを止めようと、ドクのハイザックがマシンガンを連射する。
グレッグはバーニアを激しくふかして止まる。
その上を全速移動するラナロウ機!
ルロイ機が迎撃に向かうが、ラナロウ機は体当たり気味に吹っ飛ばす。
「…うぅ!」
バランスを崩すアレックスにビームを打ち込むソニア機。
そこを回り込んで接近したジュナス機がサーベルで切り込む!
「オマエたちなんかぁー!」
「くっ!」
ソニアは間一髪交わす。
「やるね!何者なんだい?」
ソニアは舌打ちする。
グレッグ機は再び速度を上げてアルビオンに接近する。
ドクのけん制攻撃も、難なくかわす。
「くそったれ!」
ドクの悪態にクレアの通信がかぶる。
「そのまま続けて、ハゲ!」
「やかましいぃ!」
さらにマシンガンを連発するハイザック。
「まかせなさいって、仕留めて見せるんだから!」
クレアのアレックスがグレッグ機にビームを撃つ!
グレッグ機の横をビームが掠める。
「な!?アルビオンに近づけねぇぜ。」
方向転換し、クレア機に砲身を合わせるグレッグ機。
「俺も手伝ってやる!」
ラナロウがクレアにけん制する一撃を放つ。
そしてグレッグも打ち込む。
その全てを紙一重で交わすアレックス!
「…当たらないよ!」
さらにラナロウ機の背後より体勢を立て直したルロイ機がサーベルで切りかかる!
ラナロウは慌てて回避するが装甲に傷が入る!
「ふざけた真似を!」
一方、ソニア機はジュナス機を簡単にあしらう。
「間合いが甘いんだよ!」
サーベルで薙ぐガルバルディ!
アレックスは避けきれず盾で受け止める。
「…甘く見るなよ!」
そのまま、ガルバルディに蹴りを入れるアレックス!
「ち!思ってたよりやる!一度退くよ、ラナロウ!」
「ふざけんな!」
「命令は聞け!ラナロウ!」
「くっ!」
グレッグに強く言われ、ソニアの命令を聞くラナロウ。
「逃がすかぁ!」
ドクがハイザックのミサイルを発射するが、3機とも悠々とかわし、サラミスに戻っていく。
アルビオンのMS隊にも通信が入る。
「全機、帰還してください!」
アヤカの声を聞きながら、ジュナスは呟く。
「…接近戦でも勝てないなんて。」