【共に鼓動を聞く者たち】 343氏



アヤカ、クレア、ブランドが談笑しながら出かけようとする。
後ろからトボトボと歩くウッヒとルロイ。
「そういえばジュナスは何処行ったんだろ…。」
ルロイの言葉に反応するクレア。
「そぉ〜だ!大事な戦力を忘れてたじゃん!」
大げさなクレアににやりと笑うアヤカ。
「そりゃあ、大事でしょうねぇ…。」
「アヤカさん、その顔は止めてください…。」
クレアは思わず、後ろに引く。
「え〜、なんなのよ〜?」
ブランドが興味津々な顔でアヤカに聞く。
「それはですねぇ…。」
アヤカが何事か言おうとしたとき、通り過ぎる人影。
「うぉ〜っと!艦長!」
クレアは大声で呼び止め、アヤカのセリフを阻止する。
「うむ?おお、みんなでお出かけか?」
ハワードはミリアムを連れていた。
ミリアムがなぜか、俯き顔が赤くなっている。
「私もこれから出るところでな。」
ハワードはお構いなしにクルーと話す。
「へぇ、ミリアムさんとですか?」
クレアはなんとか会話をして、先ほどの話題を回避しようと必死だった。
「うむ、『久々の休日、お父さんに日ごろの感謝を込めて』とシチュエーションでデートだ。」
「「「な、なんですとー!?」」」
皆が声を揃えて驚く。
「いや、冗談だ…。」
あまりの反応にハワードも気まずくなる。
「でも、デートはデートですよね!」
クレアが断定する。
アヤカも続く。
「艦長、それはパワーハラスメントとセクシャルハラスメントのコンボです!」
ブランドも続く。
「明らかにエリン大尉が嫌がってますよ!」
ハワードがこれが噂のジェットストリームアタックかとたじろいでいると、ミリアムがつぶやく。
「…別に、嫌がってはいませんよ。」
再び、衝撃が走った。
「あの?どうしたんです?」
ルロイ以外は固まる一同。
「では、私たちは行くぞ…。」
今のうちにと言わんばかりにハワードはミリアムを連れてその場を去る。
「あ、ど〜も。ってみなさん、本当にどうしたんです?」
ルロイは艦長とミリアムさんは仲が良くていいな〜とだけ思っていた。
と、ルロイの横でドサリと音がする。
ウッヒ・ミュラーが挫折ポーズを取っていた。
「そんな、ミリアムさん…、ミリアムさぁ〜ん!」
ウッヒの叫びはアムロ・レイの再来を感じさせるものだったと言う。

ジュナスはスタンと別れ、医務室に行って治療してもらう。
「お前、根性あるんだってな。評判だぜ。」
アキラは治療し終わったジュナスの頭をポンポンと叩く。
「あは。ありがとうございます。」
ジュナスは嬉しかった。
自分のやっていることを認められるのは悪くない。
「しかし、ドクってのはしょうもない奴だな。根性入れなおしたほうがいいな。」
アキラの言葉にジュナスは軽く笑うと、礼を言って医務室を出る。

みんなはどこかに行ってしまったのかと思案しながら通路を歩くと再びドクを見かける。
ジュナスには気付いていないようだ。
なにやら挙動不審に周りを見回し、艦を出て行く。
ジュナスは思い切って尾行してみることにした。
港に降り立ったドクは街に出ない。
軍港エリアから民間のシャトルの発着場に向かう。
「ん?アンマンから出るのか?」
ジュナスもその後を追う。
ドクはチケットを購入している。
「困ったなぁ、何処に行く気なんだろう。」
その時、ジュナスに一つ浮かんだ仮説。
「もしかして…。少尉は…スパイ!?どっかで落ち合う気なのかな…。」
今から艦に戻り、報告してはドクを見失うと判断したジュナスはチケット窓口に向かう。
「ドクが…、今の人が買ったチケットと同じものを下さい。」
戸惑う販売員。
「早く!」
ジュナスに促され、販売員はチケットを用意する。
「…グラナダ行き?」
急いで辺りを見回すジュナス。
ドクはシャトル搭乗口にいる。
ジュナスも慌てて後を追っていった。

グラナダに降り立ったドク・ダームはニヤケ顔だ。
「ここまで来ねぇとシャバに戻った気がしねえな。」
繁華街の方に足を向ける。
売店で缶ビールのパック、バーボンのボトルを購入する。
飲み屋に入る気配はない。
パックのビールを一つ取り出し、飲みながら街を徘徊する。
やがて、人通りの少ないほう、スラム街に入る。
グラナダはもともとは軍事基地の側面が大きく、現在もアナハイムの影響で軍事産業の街である。
失業者は少ないほうだが、どんな場所でも貧困層は存在するものだ。
または、それを利用した犯罪者たちの巣窟。
「…久々だな。」
ドクも決して立派な身なりではないが、それでもここでは少し目立つ。
萎びた連邦の制服。
と、一つの小屋の前で止まる。
いや、テントだろうか?
それは廃材とメタルシートで出来た小屋だった。
ドクが乱暴にドアを叩く。
「俺だよ!入るぜ!」
雑にドアを開ける。
「ヒャヒャヒャヒャ!久しぶりだなァア!」
中にいたバンダナをした男が奇声にも似た笑い声を上げて歓迎する。
「ケェーケッケケ!テメエも元気そうじゃぁねぇかよォオ!ニードルよォオ!」
ドクはニードルと呼んだその男に、買ってきた酒を渡す。
「土産だ。金はもらってっからなぁ。」
「ありがてぇ〜。殺しの方は出来てんのか?ヒャヒャヒャ!」
ニードルはゆっくりと立ち上がり、グラスの準備をする。
「殺しか…。こいつがとんだ災難でよぉ。」
ドクはぶつくさと愚痴を吐く。
ニードルはそれを笑いながら聞く。
「ヒャヒャヒャ!それじゃあ、ガキのお守りじゃねえかよ!ヒャヒャ!」
ドクは舌打ちしてグラスのバーボンを煽る。
「それよりもよぉ、例のものはあるのかよ?」
ドクの言葉にニードルは鋭い目になる。
「ヤクはそろってるぜぇ。金次第だ。」
「用意してるぜ…。」
ドクは懐に手を入れる。
うなづくニードル。

物陰に隠れ、ジュナスはやり取りを聞いていた。
「…スパイって訳ではなさそうだなぁ。でもヤクってやっぱり、アレかな?」
瞬間、殺気がしてその場を離れるジュナス。
しかし、それよりも早く回り込む影!
その人影はジュナスの襟首をつかんで顔をしたたかに打ち付ける!
手当てしてもらった箇所が再び痛む。
「何の騒ぎだ!?」
あわててドアから出てきたドクとニードル。
「テメエら無用心だぜ。」
人相の悪い男がドクたちに親しげに話す。
「ブラッドか…。そのガキは?」
ニードルが訊ねる。
弱々しくうめき声を上げるジュナスを見やり、ドクは舌打ちをした。
「やべえ。ニードル、コイツが例のガキなんだよ。つけてきてやがったか。」
「ドク、相変わらず、オメエは甘いんだよ。」
ブラッドと呼ばれた男はくたびれた連邦の服を着ていた。
元軍人らしい。
「クククク!もっと痛めつけてやろうか…。」
ジュナスを放り投げ、踏みつけようとする。
が、ドクがブラッドの肩を抑える。
「やめといてくれ。」
ブラッドはドクを睨むが、その後、嘲笑を浴びせる。
「ククク!お前もゴミの仲間入りか!おめでてえな、おい!」
「…うるせえ。」
ドクはニードルに向き直り、忌々しげに言う。
「早くブツをよこせ!」
ニードルは急いで小屋に戻り、なにやら液体の入ったビンを持ってくる。
ドクはそれを引ったくり、ニードルに札束を放り投げる。
(…あんな大金を。)
ジュナスは倒れたままそのやり取りを見ていた。
ドクはその前に立って、ジュナスに手を差し出す。
「え!?」
ジュナスが驚いていると、ドクが怒りだす。
「さっさと起きやがれ、ガキが!」
ジュナスはドクの手を借りて起き上がる。
「またな…。」
ドクは軽く手を振り、ブラッドとニードルに別れを告げる。
「お、おう。」
ニードルは軽く返事をする。
ブラッドは唾を吐いて、小屋に戻っていった。
「ゴミが…。」
「な、なにやってたんですか?少尉…。」
ジュナスは傷めた場所を気にしながら、ドクに聞く。
「何も出来なかったよ、てめえのせいでな!」
ドクは不機嫌に応える。
「でも…。」
尚も詮索しようとするジュナスにドクは話し出す。
「あいつらはな、昔の同僚なんだよ。一年戦争のときはあいつらとオデッサにいたよ。」
「…じゃあ、あの人たちは!」
「二人とも元軍人だな。俺も一時は軍をやめてた。戦争もなかったから、人殺しもどっちにしろ罪になるしな。」
「あ、あなたは!」
ジュナスが激昂するのを見て笑い出すドク。
「ケーッケッケ!事実だろうがよ!まあ、戦争もないのに軍にいてもしょうがないってところだったんだが。ティターンズとか胡散臭い雰囲気が流れたときに、ひと悶着あるかもしれないと思ってよぉ、一年ほど前から軍に復帰したわけだ。」
ドクは自分でもよく分からずにいた。
なぜ、こんなガキに自分の過去を話してるのだろうか?
ジュナスはため息をつく。
「…少尉はティターンズもエゥーゴも関係ないんですね。」
「…正義面はゴメンだ。エリート面はもっとゴメンだがな。」
ジュナスは納得した。
「…ところで、そのビンは何ですか?麻薬ですか?」
ジュナスは一番気になってる事を聞いた。
大麻、ヘロイン、アヘン…、種類を問わず麻薬は違法である。
そんな犯罪者が仲間にいるのはイヤだったし、麻薬中毒者と戦うのも恐かった。
「…ま、麻薬じゃねえよ。」
ドクは冷や汗かきながら答える。
怪しい。
「じゃあ、何なんですか!あんなにこそこそと!言いますよ、艦に帰ったら報告しますよ!」
ジュナスは強気に言う。
「わ、わかった、分かったから!本当のことを言うよぉ。ただ、誰にも言うなよ…。」
ドクは小声で言った。
「毛生え薬だよ…。」
「え、えぇ!?」
ジュナスは驚きの後、爆笑した。
「てめえ!笑うんじゃねぇ!ぶん殴る!、こ、こら!逃げんじゃねえ!」
ジュナスは笑いすぎで痛む傷口を押さえながら、追ってくるドクから逃げ始めた。