【共に鼓動を聞く者たち】 343氏



エレカを運転するスタン。
横にはシェルドが申し訳なさそうに座っている。
「…運転、その足で大丈夫ですか?」
「保護観察中の奴に運転させるわけにはいかねえだろ?」
シェルドは再びうなだれる。
「すいませんでした…。」
「全くだぜ、お前はメカニックだろ?」
スタンは笑いながら言う。
「優秀なメカニックなら、ああいう時はアレックスには乗らねぇ。ハイザックに乗るべきだったな。」
「え?」
シェルドはスタンの意外な言葉に驚き、顔を上げる。
「だってそうだろ?アレックスはNT用だ。そういう調整をしている。ハイザックの方が操作しやすいだろ。」
「…まあ、そうですね。一応、クレア機のプログラムは僕が乗っても大丈夫なようにいじっておいたんですけど。」
「ぶっ!」
「わぁ!」
スタンは驚き、急ブレーキをかける。
シェルドに唾をかけるように怒鳴る。
「な、お前、クレア機にそんなプログラムしてたらアイツがヤバイだろ!」
「だ、大丈夫ですよ!二つのプログラムをすぐに切り替えられるように設定しておいたんです。」
スタンはため息をつく。
「…ったく。お前もめちゃくちゃ野郎だな。」
「周りの影響を受けただけです。」
「………。」
スタンは絶句して、エレカを再び走らせる。
シェルドは少し元気を取り戻す。
リック・ディアスはどんな機体だろうか?
前方にアナハイムの工場地区が見えてきた。

工場内に入ると、兵器工場にはいささか不似合いな少女が出迎える。
オイルまみれの顔で、とたとたとスタンたちの前に走ってきた。
「あ、あの、どちら様でありましょうか?」
「んだぁ?なんで子供がこんなところに?」
「む?自分は見習いではありますが、子供ではありません!」
スタンの言葉にむくれて否定する少女。
シェルドが工場の奥を見る。
黒いMSが見える。
あれが、リック・ディアスだろうか。
「勝手に見ないで欲しいであります!」
「おわ!」
少女がシェルドの前でジャンプして視界をふさごうとしている。
と、奥から大声で女性の声が聞こえた。
声はまだ若い。
「ミンミ〜!何してんだ!油売ってないで手伝え!」
スタンの表情が緩む。
それを見てシェルドは疑問を口にする。
「知り合いがいるんですか?」
「ああ。」
スタンはシェルドに答えると、ミンミと呼ばれた少女の前でしゃがむ。
視線を少女に合わせる。
「恐い奴が呼んでるんじゃねぇか〜?」
「し、師匠は恐くないであります!」
ミンミの主張が一瞬で疑われるような声が響く。
「早く来ないと、ミンミじゃなくてミンチにするよ!」
「ひえ!、師匠、お待ちくださいであります〜!」
ミンミは走って奥に行く。
その後をゆるゆるとスタンたちはついて行く。
金髪の少女がリック・ディアスのコクピッド付近にいた。
スタンは大声で呼びかける。
「うおっす、ケイ!久しぶりだな!」
「げぇ!おっさんが何で!?」
ケイは驚きの声を上げた。
ケイは驚愕の表情の後に、なんともいえない複雑な笑みを浮かべる。
と、タラップを降りてスタンのほうへ向かう。
「アンタがルナ2から来たメカニックか…。やれやれ…。」
スタンはニヤリと笑う。
しかし、ケイの格好を見て口をへの字に曲げる。
「う〜む、キャップにスタジャン…。とてもアナハイムギャルズの一員とは思えんぞ?やっぱりケイにはアナハイムは無理だったんじゃないか?」
「…変ってないようだね、おっさん。」
ケイは肩を震わせると背中からスパナを取り出し、スタンの頭をぶん殴った。
「ってぇ!テメエ!自分の師匠に何しやがる!」
「やかましい!いつまでも師匠面してんじゃねぇ!」
ケイはくるりと後ろを向き、リックディアスに向かっていく。
「…あたしを放り出して、消えたくせに。」
ケイは独り言をつぶやく。
一方でミンミはスタンに敬礼をしていた。
「師匠の師匠でありましたか!先ほどは失礼しました、大師匠!」
「大師匠〜?」
スタンは目を見開いてミンミを見る。
「はい!師匠の師匠は大師匠であります!」
ミンミはいたって真面目な顔だ。
「ぷっ!はは、あははは!」
シェルドは突然笑い出した。
「んだよ〜?」
スタンの質問にシェルドは涙を拭いて答える。
「すいません、なんだか、おもしろくって。これがスタンさんの世界なんだなぁって。」
「はぁ?」
スタンは意味が良く分からず、間抜けな声を出す。
と、ケイの声が響く。
「おまえら!MS見ないのかよ〜!」
シェルドが笑う。
「じゃ、行きましょうか。」
スタン達もケイの後を追う。
「これがRMS-099リックディアスさ。」
ケイは赤と黒の機体を見上げて言う。
「3機用意してある。」
ケイはスタンに向き直り、言う。
スタンは顎をなでながら、思案顔だ。
「連邦のMS系統と違うな。ちょっと勉強しなきゃならねぇか。」
「そうだね。ジオンの技術が混ざってる感じだね。ただ、新しい合金で作られた装甲は一級品だよ。」
ケイは自慢げに言う。
いや、実際のところ自慢なんだろう。
シェルドは感嘆する。
「重モビルスーツかぁ。高そうな機体ですね。3機ももらえるんですか?」
シェルドの疑問にケイは苦笑する。
「実はこれも量産計画があったらしいんだけどさ、別の機体の方を採用されたんだよね。」
「え?なんか問題があったんですか?」
シェルドの続けざまの疑問にスタンが答える。
「ジム乗りメインのエゥーゴパイロットには不慣れな機体だったんだろ?」
「おっさんの言うとおり。」
ケイは肩をすくめた。
「だから、ジムに似た機体、ネモっていうんだけどさ、そっちが採用されたワケ。」
「なるほど。」
スタンはニヤリと笑うと、シェルドに言った。
「お前、ここでよく見て行け。」
「え、あ、はい!ってスタンさんは?」
「俺も後でしっかり見るよ、こいつ、パイロットだからさ、色々教えてやってくれよ、ケイ。」
「え!?」
シェルドが驚いた顔をする。
「若いのにやるんだ。ミンミ!アンタでも解説は色々出来るだろ?コクピッドに一緒に行ってやって、色々教えてやんな。」
ケイの指示にミンミは敬礼する。
「はい、師匠!それでは、行きましょう!え、えっと…。」
シェルドは笑う。
「シェルドだよ、シェルド・フォーリー。」
「はい、シェルドさん、こっちです。」
ミンミがとたとたと歩くのをシェルドは追っていく。
それを見送り、スタンはつぶやく。
「ケイにも弟子がつくとはねぇ…。」
「アンタよりも教えるのはうまいつもりさ。」
ケイが鼻で笑う。
「オメエもかわいくなくなったなぁ。」
スタンは頭を掻いた。
と、何かを思い出したように言う。
「あ、そうだ、これ頼めないか?」
スタンは左足を上げて義足を取る。
「調子悪いんだ、最近。」
その義足を見て、ケイは驚く。
「ば、ばっかじゃないの!?なんでそんなものまだ使ってんのよ!」
「いいじゃねぇか、これ、お前しか直せないんだよ。頼むよ、な?」
「ったく…。」
ケイは義足をスタンから取り上げるとくるりと後ろを向いて別室に向かう。
「これ、アタシが初めて作ったメカじゃん。素人まるだしの回路設計。もっといいもの最近は売ってるでしょ?」
ケイの後を片足で飛びながら追いかけるスタン。
「うっせぇな、気に入ってんだよ、それ。」
ケイはスタンの言葉にビクリとして、部屋のドアの前で止まる。
そして、小さな、誰にも聞こえないような声で言った。
「…ありがと。」
「あ?何か言ったか?」
スタンの声にケイは怒鳴る。
「何でもねえよ!そのかえるみたいに跳ぶの止めやがれ。」
「だって歩けねぇんだよ〜!」
ケイは扉を開け放ち、部屋に入っていく。
スタンも後に続いた。

ミンミはリックディアスのヘッド部分のハッチを開ける。
「ここから入るのであります。」
シェルドは意外そうな顔をしてミンミを見る。
「胸部ハッチじゃないんだね。」
ミンミは微笑むと操作の基本を講釈し始める。
シェルドは一つ一つ頷きながら理解していく。
「コンピューターを起動させることは出来る?」
シェルドが言うとミンミは頷く。
「はい、コクピッドに入って大丈夫でありますよ。」
「…ミンミちゃん、その変な口調は?」
「何か、変でありますか?」
ミンミが真顔で聞くのでシェルドは流すことにした。
コクピッドに入り、コンピューターを起動する。
ブルーバックに数列が走る。
シェルドはしばらくすると、プログラムの大体の特長をつかんでいた。
そして、思わず出るため息。
「やっぱり、アナハイムの人はすごいね。これもミンミちゃんのお師匠さんが組んだの?」
ミンミは首を横に振った。
「プログラムに関しての大部分はキリシマさんが作られたのであります。もちろん、師匠ともたくさん打ち合わせをしていたでありますが。」
「へぇ〜…。」
シェルドはアレックスとのプログラムの差に愕然としていた。
「そういえば、リック・ディアスのシミュレーターとかってあるのかな?」
シェルドの疑問にミンミは答える。
「あるはずであります。もっともキリシマさんが管轄しているので詳しいことは不明でありますが。」
「…ふ〜ん。」
シェルドはしばらく思案して言った。
「ミンミちゃん、やっぱりその口調、変だよ。」

MS格納庫とは別室で、ケイは工具片手にスタンの義足と格闘していた。
「あ〜、も〜、恥ずかしいったらありゃしない!こんなものがこの世に存在してるなんてさ。本当にめちゃくちゃだよね。」
「わずか、三年前の作品じゃないか。」
作業台の向かい側に座ってるスタンが呑気に答える。
「あの時は足失くして帰ってきたおっさんを見てびっくりしたよ。」
「…はは。」
スタンは過去を思い出していた。
一年戦争が終わって軍隊を離れ、ジャンク屋を始めたのが七年前だ。
その時、スラムで11才のケイに会い、機会いじりを教えたこと。
三年前にデラーズフリートの決起に、軍への復帰を決めてケイに泣かれたこと。
それでも軍に復帰して、コロニー落しを防ぐ戦いで左足を失ったこと。
ジャンク屋に戻って、またケイに泣かれたこと。
ティターンズの台頭に対抗すべく、極秘裏にニキに呼ばれたこと。
そして、ケイに泣かれるのが面倒だから黙ってジャンク屋を去ったこと。
そう、昔のことではないが、スタンにはやけに長い年月に感じた。
「ほれ、おっさん、ちょっと足出して。」
ケイがいつの間にか作業を終えていた。
「試してみないと…。」
「おう。」
スタンは先のない左足を出す。
不自然なヒザ。
「…ばっかみたい。」
ケイはスタンに義足を装着しながらつぶやく。
「どう?立ってみて。」
スタンは立ち上がって数歩歩いてみる。
「おうおう、上等上等!」
笑みを浮かべてケイを見る。
ケイはホッと一息吐く。
と、扉が開き優雅な足取りで黒髪の女性が入ってきた。
「あら?ケイさん、お客さんでしたか?」
「あ、キリシマさん、こんにちは。こいつ、アルビオンのメカニックです。」
「…師匠に向かってコイツ呼ばわりかよ。あ、すいません、アルビオンのスタン・ブルーディです。」
黒髪の女性は笑顔でスタンに挨拶した。
「こんにちは、アナハイムのフローレンス・キリシマです。」
「おお、本物のアナハイム・ギャr…ゲフゥ!」
スタンの言葉はケイのスパナアタックで妨害された。
「…も〜、このおっさんはぁ!」
怒りのケイにキリシマは穏やかな笑みだ。
「これが噂のケイさんのお師匠さんですね。」
「…です。すいません、ろくでもない奴で。」
あやまるケイの横で頭を抑えてスタンは再びキリシマを見る。
「…いいっすねぇ。ケイ、本当にお前は何でアナハイムに入れたんだ?アルバイトだ

とお前見たいのでも入れるのか?」
「あのなぁ…。ま、いっか。」
ケイは再び殴ろうかとも考えたが、やめた。
スタンにもそのうち分かるだろう。
彼女の秘密が。
キリシマは穏やかに話す。
「スタンさん、ケイさんは優秀な技術者ですよ。私の机上の空論をカタチにしてくれるのは彼女くらいです。いいお弟子さんですね。」
「はは、それならなにより。」
実際、スタンはケイのことは優秀だと思ってる。
センスもいいし、将来はかなりの腕前になるだろうとは感じている。
「それで、機体の方はご覧になりましたか?」
キリシマの問いに、スタンは苦笑いする。
「それが、ちと、しっかりとは見てないんですよ。アルビオンから連れてきた小僧には見せてますがね。」
「コイツ、怠け者なんですよ。」
ケイの言葉に口をへの字にするスタン。
キリシマは笑って言った。
「では、怠けないように私が色々と説明しましょう。」
「助かります。」
スタンの素直さがケイはちょっと不満だった。
スタンは美人に弱い。
やれやれとケイはキャップをかぶりなおす。
キリシマがドアを開け、スタンが出て行く。
ケイも出て行こうとするときに、キリシマがケイの耳元でつぶやく。
「あれが例の師匠かぁ?ケイが惚れてるっていうから期待してたんだけどよぉ。」
「キリシマさん…、アタシはあんなのに惚れてません!」
ケイの否定にキリシマはクスクスと笑った。

「あ、キリシマさんであります!」
ミンミの声にシェルドはコクピッドから出てくる。
デッキの下にキリシマ、スタン、ケイがいた。
シェルドはキリシマを見る。
「キリシマさんって女の人だったのか。」
「女性蔑視はよくないでありますよ!」
ミンミが過剰反応してシェルドに言う。
「…そんなんじゃないよ、別に。」
シェルドはデッキを降りていく。
「初めまして、シェルド・フォーリーと言います。」
「君がパイロットね?フローレンス・キリシマです。よろしくお願いしますね。」
キリシマは実に丁寧な口調でシェルドに話す。
心の声とは対照的に。
(なぁんだ、ガキじゃねぇか。)
シェルドはやや、緊張気味に話す。
「そ、そのパイロットっていうか。」
「この前もうまくやってましたよ。新米ですがなかなか見込みがある奴です。」
さらりとスタンは言い切った。
「え、あ、いや。」
ケイやキリシマにはシェルドが褒められて照れているようにしか見えない。
ミンミにはシェルドが謙遜しているように見えた。
「へぇ…。若いのに優秀ですのね。今のエゥーゴには貴重な人材ですわ。」
「は、はぁ。ところでリックディアスなんですが。」
穏やかな笑みのキリシマにシェルドは切り出す。
「シミュレーターがあるとミンミちゃんから聞いたんですが?」
「ええ。そうですね。あなたは乗ってみたほうがいいかもしれませんね。」
「え、あ、いいんですか!?」
「いいもなにも…。必要でしょう。」
シェルドはキリシマの言うとおりだと思った。
そう、必要なことなのだ。
ケイがぽんぽんとシェルドの背中を叩く。
「なんだったら相手しようか?」
ニヤリと笑うケイにシェルドはたじろぐ。
「ケイさん、MS乗れるんですか?」
「シミュレーションだけね。」