「共に鼓動を聞く者たち」 343氏




スタンはデッキに乗ってリックディアスを検分していた。
手元の資料と比べながら、細部を確認する。
側にいるキリシマから、コメントをもらう。
資料の欄外に逐一メモする。
その様子を見てミンミは好感が持てた。
この人は職人肌だ。
資料に自分なりのメモ書きをすることで、自分の資料にしていってるのだと。
キリシマにはいささか不満に思えた。
職人を気取るヤツはいつもそうだ。
完璧な資料に余計な蛇足をくわえる。
必要なことは全て書いて、効率よくまとめた資料なのに。
「いやぁ、大分分かってきました。」
スタンは頭をかきながら、話す。
「ちょっとクセの強い機体ですね。」
キリシマは思う。
クセなんてねぇよ、洗練されてんだよボケが。
「こういう機体はお嫌いですか?」
「いや、アルビオンのガンダムでなれました。それに人間もMSもクセのある期待のほうがイジリがいもあって好きなくらいですよ、はっはっは。」
スタンの笑いにキリシマの不快感は募る。
テメエにだけは好かれたかねぇよ。
「ホホホ、嫌ですわスタンさんたら。」
あわせて何となくミンミも笑う。
「あははであります。」
遥か階下でドアの閉まる音がする。
シェルドとケイがシミュレーションルームから戻ってきたようだ。
「おっさん、腹減ったんですけど?」
ケイの声にスタンが怒鳴り返す。
「だから、なんだよ?」
「ご飯食べたいんですけど?」
ケイもすぐさま返す。
「だから、なんだよ?」
スタンも懲りずに返す。
「キリシマさんはケチな人が嫌いらしいんですけど?」
「飯にするぞ!もちろん俺のおごりだ!」
スタンの言葉にキリシマはホホホと笑う。
バカな男は嫌いだが、扱いが楽でいい。




シェルドとスタン、そしてついてきたミンミは、
エレカに乗って、アンマンの市街地に向かう。
スタンはミンミに訊く。
「なにか、テイクアウトでもウマイところとか知ってるか?」
ミンミは応える。
「カレー粉をふんだんに使った軍隊料理専門店が…」
「却下」
「残念であります、ご飯も飯ごうで炊く本格仕込みでありましたのに…」
そのやり取りを聞いて、シェルドは苦笑いする。
月の食事ならなんでも、艦の食事よりは断然おいしい気がする。
アルビオンでの食事が悪いわけではないが、それでも保存食中心だ。
しっかり料理したものを食べれるなら、何でもよかった。
シェルドがスタンに聞く。
「ケイさんは何が好物なんですか?」
「んあ〜、そうだなぁ、昔は自炊中心だったからなぁ、適当にシチューとかパスタとか、なんか作ってたよ。」
スタンは口をへの字に曲げて言う。
シェルドは感心する。
「へぇ〜、スタンさんが作ってたんですか?」
「んなわけない。ケイが作ってた。」
「…それ、何年位前ですか?」
「七年前から、会ったときからだな〜。」
シェルドは感心から一気に呆れる。
子供に食わされてたとは。
ミンミが驚いている。
「師匠が料理作ってたなんて、初耳であります。」
スタンは懐かしそうに話す。
「結構、旨かったぜ、アイツの作ったもの。」
そしてため息。
「本当はMSのメカニックなんかより、コックにでもなったほうがいいのさ。一体何考えてるんだか…」
市街中心部に近づいた。
スタンはエレカを脇に寄せて駐車させる。




街中を歩く三人。
スタンがある看板に目をつける。
「…本格中華、か。テイクアウトもあるならあれでいいかな。」
シェルドも頷く。
「ちゃんとした炒め物は宇宙じゃ食べられませんからね。」
「中華料理フェイ・シーファンなら味もいいと評判でありますよ。」
ミンミも同調する。
「んじゃ決めるか。」
三人が店に向かうとき、シェルドが男にぶつかる。
「あ、すいません」
シェルドが謝るも、男は無言で去って行く。
「なんだよ…。」
呟きつつ、先に行ったスタンたちに追いつこうとしたとき、肩を叩かれる。
「ねぇ、あなた、財布掏られてない?」
話しかけてきたのは金髪で青い目をした少女だった。
可愛かった。
なのでシェルドは一瞬、返事をするのを忘れて少女のほうを見る。
「ね?財布は大丈夫?」
もう一度少女に尋ねられて、慌ててポケットを探るシェルド。
「あ、ない!」
「やっぱり、あの男よ!」
シェルドにさっきぶつかった男が、こちらを振り向くと慌てて走り出す。
「逃げられちゃう!待ちなさい!」
少女が男を追いかける。
シェルドも慌てて駆け出す。
「え、あ、ちょっと!」
男は小さな路地に入り込む。
少女とシェルドが路地に入り込む。
そこは迷路のように入り組んでいた。
都市計画で作られた道ではなく、建物の隙間に出来たような道。
しかし、少女は迷うことなく走って行く。
「こっちよ!」
男の姿はすでに見えない。
シェルドは聞く。
「なんで、そっちなの?」
「なんでもなにも、こっちじゃない!」
二人は狭い路地を走りぬけて行く。
すると行き止まりに辿り着く。
ビルに囲まれた路地には分解されたエレカのボディ、廃材、メタルシートなどのガラクタが散乱している。
シェルドは少女に話す。
「すっかり巻かれちゃったね…。」
少女は黙ってメタルシートのあるところに足を向けると、一気に引っ張る。
男が悲鳴をあげて出てくる。
シェルドは驚く。
「そんなところに隠れてたんだ…。」
「さ、この人から取ったものを返しなさい!」
少女が男に詰め寄る。
「わかったよ、クソ!」
男は財布を少女に渡す。
と、少女が受け取った瞬間に突き飛ばす。
「きゃっ!」
少女が倒れこむ間にシェルドの脇を抜けて、男は去っていった。
シェルドは少女に駆け寄る。
「大丈夫?」
「いったぁ〜い、でもこれ、ハイ」
「あ…。」
少女に財布を渡される。
中身を確認すると空っぽだった。
苦笑いするシェルド。
少女は呆然とするがだんだんと顔が紅潮してくる。
「もう、許せない!」
シェルドが少女をなだめる。
「いいよ、元からそんなに入ってなかったし…、それより、ありがとう」
礼を言うシェルドに、首を振る少女。
「ううん、全然、役に立たなくてごめんね」
シェルドは再び、ぺたんとしゃがみ込んでいる少女を見る。
やはりかわいい。
シェルドはMS戦の時並に、勇気を出した。
「あの、名前聞いていい?」
「ん?私?えっと、人に名前を聞くときは…」
「ごめん、僕の名前はシェルド。シェルド・フォーリー。」
シェルドは少女に手を差し伸べる。
少女はその手を握り、立ち上がる。
シェルドはそのやわらかい感覚に、ドキドキする。
少女は舌を出す。
「えへへ、ごめんね、生意気言って。私はエリス、エリス・クロード。」
シェルドはもう一度、感謝する。
「ありがとう、エリス。」