「共に鼓動を聞く者たち」 343氏
グラナダの小さな居酒屋で、ジュナスとドクは夕飯を食べていた。
もっとも、ドクの方は晩酌と言った方が適切だが。
「…痛っ!」
オレンジジュースを飲んでいるジュナスが悲鳴を上げる。
口の中を切って、ご飯もおいしくは食べられない。
その様子を見たドクが呟く。
「あ〜、ブラッドも結構強く殴ったからなぁ。」
あんたが最初に殴ったんだろ、とはジュナスは言わなかった。
抗議するのも面倒なほどに口の中が染みる。
ドクがジョッキの酒を飲み干す。
ホッピーとかいうヤツだ。
少し飲ませてもらったが、ジュナスには何がおいしいのか分からない。
ドクは「プハァ!」と息を吐く。
肴に頼んだ「タコワサ」なるものを口に入れる。
これもジュナスには何が旨いか分からない。
ドクが話す。
「…で、どうにもフェアじゃないよな。」
ジュナスは驚いた表情をドクに返す。
ドクはジュナスを睨む。
「なんだよ、その顔。」
「いや、少尉からフェアなんて言葉が聞けるとは思いませんでした。」
ドクは黙ってテーブルを叩く。
「冗談ですよ…、で、何がフェアじゃないんですか?」
ジュナスの言葉にドクは身を乗り出した。
「俺は自分の過去を話した、お前も話せ。」
「髪はカツラじゃないですよ。」
「テメェ…。」
「冗談ですよ…、で、ボクの過去ですか?」
ドクはケッっと吐き捨てると、再びジョッキを煽る。
「興味があるわけじゃねぇえが、殺したくねぇとかいってるヤツが軍隊にいる理由が分からねぇ。」
ドクの言葉にジュナスは真剣なまなざしになる。
「…知りたいですか?」
ドクは乗り出していた身を引く。
「興味はないといっただろう、ただ、フェアじゃねぇ。」
ジュナスはため息をつく。
「…いいですよ、話しますよ。」
宇宙遊覧用のシャトルが戦艦に向かっている。
クレアは笑顔のまま汗がたらりと。
「え?何アレ?」
震えていたジュナスも、もみ合っていたシェルドとダイスも、フロントウィンドウに注目する。
シェルドは社会科の教科書に載っていた一年戦争時の写真を思い出す。
「あれ、連邦のサラミス級だよ。」
ダイスも頷く。
「そうじゃ、間違いない…、サラミスじゃな。」
「なんで、こんなところに?」
クレアが呆然と疑問を口にする。
「ああ、今日は中央広場から反連邦デモが行われるとか…。警備の増援かもしれんな。」
シェルドが頷く。
「なるほど…、って!クレア、前!」
「え?うあ!」
クレアは慌てて旋回する。
危うくサラミスに突っ込むところであった。
「ふう、やれやれ、それにしても、軍隊が国民を見張るなんておそろしいことじゃわい。」
ダイスの言葉に呑気にクレアは返す。
「本当ですね〜。」
「うんうん。」
シェルドも腕を組み頷く。
ダイスはゆっくりと操縦席に歩いていき、クレアの肩を掴む。
「…まあ!勝手にシップで出港するお前らも恐ろしいがな!」
「ひぃ!ダイスさんの方が恐ろしいですよぉ!」
クレアは悲鳴を上げて操縦席から離れる。
ダイスが操縦席に座り、シップを反転させようとする。
「さ、戻るぞ、お前らまた停学じゃな。」
シェルドが嘆く。
「あぁ〜、そんなぁ!」
「戻っちゃダメだ!」
声が響く。
ジュナスの叫びだった。
「はぁ、何を言っていってんだ?」
ダイスが聞き分けのない子供をしかるように話したとき、皆の視界に緑色のMSが入ってきた。
ティターンズカラーのハイザックであった。
「おいおい、MSまで展開しておるのか?」
ダイスが声を上げたとき、シップに回線が入る。
「そこのシップ、止まれ!」
突然の声に驚く一同。
ウィンドウから、明らかにこちらに向けられたハイザックのマシンガンの銃口が見えた。
「止まる!止まるわい!全く、乱暴な…。」
ダイスがバーニアをふかし、シップを宙空に止める。
ハイザックがシップに近づく。
「貴様ら、何者だ?何処に行こうとしていた?」
ハイザックからの回線がうるさい。
「そこから出て来い。」
その声を聞き、一同は顔を見合わせる。
「早くしないと打ち落とすぞ!」
「ま、待て!今、ノーマルスーツに着替える!」
ダイスが慌てて答える。
一同はシップに用意されていたノーマルスーツを着込む。
クレアが呟く。
「も〜、一体なんなのよぉ!」
「分からない、でも…」
ジュナスは途中で言葉を切る。
「でも、何?」
シェルドが続きを訊ねる。
「震えが止まらないんだ。」
ジュナスはそれだけ応えると、ウィンドウに見えるコロニーを見た。
シップの後部ハッチを空けると、ハイザックの巨大な手がやってきた。
どうやら、それに乗れということらしい。
シップ前方より回線の声が聞こえる。
「四人もいるのかよ。」
一同はしっかりとハイザックの手にしがみつく。
ジュナスたちを運ぶハイザックとは別にもう一体、ハイザックがやってくる。
そいつはシップをコロニーへと戻そうとする。
ジュナスにはダイスの狼狽した顔が見えた。
ジュナスたちはサラミスに運ばれた。
MSのドックにハイザックが入って行く。
その珍しさにシェルドがきょろきょろと見回す。
ハイザックの手から下ろされる一同をすぐに銃を構えた兵士たちが囲む。
なんとなしにダイスが両手を挙げると、ジュナスたちもそれに習う。
そのまま、兵士たちに促されるままに進む。
MSデッキを抜けてスーツを脱いでも呼吸が出来るようになる。
メットをはずすように指示され、一同は脱ぎ始める。
皆、無言だった。
通路を歩く。
以前、両手を上げたままだ。
後方より声が聞こえる。
「お前ら、ご苦労。」
「コルト中尉!」
コルトと呼ばれた男は黒いノーマルスーツを着ていた。
声から言って先ほどのハイザックのパイロットらしい。
コルトも銃を抜く。
「こっちだ」
ジュナスたちは促されるままだ。
クレアが不安そうにジュナス、シェルドを見る。
二人は首を振るだけだ。
「大丈夫じゃ。」
ダイスがクレアに話すと、銃を突きつけられる。
「話すな。」
ジュナスたちは余計に不安に駆られる。
一同はある一室に通される。
そこには明らかに他の兵隊たちとは違う男がいた。
間違いなく、ここの艦の責任者だろう。
「ガイ艦長、こいつらです。」
コルトが話す。
ガイはその長髪を払いながら、ジュナスたちを見る。
「ごくろうだった、コルト。…で、キミたちは宇宙遊覧船で何をしていたのだね?」
その冷たい観察眼に、一同は身をこわばらせた。