「共に鼓動を聞く者たち」 343氏




ルナ2でのソニアの調査は続いた。
正確には調査しているのはフレイであったが…。
極秘扱いのデータをどんどんと収集してくるフレイを見ているとラナロウは不思議に思える。
「ニキ・テイラーはティターンズじゃないんだろ?」
ソニアはだるそうに話す。
一同はソニアの部屋に集合しては意見交換する。
もっとも、ソニアはニキが首謀者と決め付けていた。
それを裏付けない資料を持ってくるフレイが、否定しつつも結論が出せない。
そんな話し合いばかりだった。
「確かに、ニキはティターンズのメンバーではありませんが、似たようなものなんですよ。バスク大佐がグリーンノアで指揮する一方で、ルナ2にニキ大佐を置くことで実質上のティターンズ傘下にしようというのが…。これも何回も説明してるじゃないですか!」
フレイが思わず声を荒げる。
「まあ、落ち着きなよ。」
落ち着きすぎてるとも言えるソニア。
ラナロウはニヤつきながらそれを眺めていった。
「俺も、隊長の言うとおりだと思うぜ。」
フレイが睨む。
「勘?」
「勘、プラス経験。」
ラナロウは自慢げに話す。
「ま、俺は昔のニキも知ってるからね、あのクソアマ、なんか企むのが好きなんだよ。必ず、何かに見せかけて裏をかくっていう性格なのさ。で、ニキは今、ティターンズ側ってことになってるんだろ?ってことはきっと…、本当のところはエゥーゴ側なんじゃねぇの?」
ラナロウの言葉を聞き、ソニアが笑う。
「ラナロウ、正解!」
ラナロウは満面の笑み。
フレイは憮然としている。
グレッグがため息をつく。
「あまり、小僧を勢いづかちゃいけませんぜ」
ソニアは薄く笑ったまま、フレイに話す。
「…とりあえず、ハワードとニキの関係を突き詰めてみな。そこからなにか出てくるかも知れないよ。あとは…」
フレイが「まだあるのか」とばかり、口を曲げる。
「あとは、フレイ以外にアルビオンのクルーのデータを誰が調べてたのか、履歴を当たってみなよ。ブランド・フリーズ、アヤカ・ハットリ、ミリアム・エリン、ウッヒ・ミュラー…きっと調べてるのはあたしらが最初じゃないはずさ。」
グレッグが歯をむき出して笑う。
「スタン・ブルーディもか!」
フレイがそれに応えて笑う。
「そうだね、それにスタン・ブルーディも誰かが調べてなかったか、チェックしてみておくれよ。」
フレイは疲れた表情で首を廻して肩をもむ。
やれやれ、仕事は全部私がやるのか。


フレイはモニターの前で検索履歴を見続ける。
やや、ぼやけた頭で「なぜ、こんなことをしてるのだろう?」と考える。
モニターに映るのが色男なら少しはやる気が出るだろうか?
「…関係ないか」
作業を中断する。
コーヒーでも飲もうと思う。
自室でも飲むことは出来るが、気分転換もかねてロビーに出ることにする。
ジャブローとは違う、見慣れない基地を徘徊する。
マシンからコーヒーを受け取り、ソファに座る。
と、向かいに座る褐色の男。
「ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」
「…どうぞ」
同年代だろうか?
なかなか精悍な顔をしている。
階級章を見る。
中尉、フレイより下だ。
男が口を開く。
「…失礼ですが、リーゼンシュタイン大尉ですね?」
「そうだが、あなたは?」
「エイブラム・ラムザット中尉であります。ルナ2で、未だにひとつの艦も任されてない落ちこぼれ士官です。」
自嘲気味な自己紹介に、フレイはフムと頷く。
そういえば、先ほどのモニターで見たような名前だ。
エイブラムは続けた。
「ジャブローから来たエリートとお会いできるなんて光栄です。ここでの滞在は長くはないと思いますが、色々ご教授をお願いしたいと思いまして…。」
エリート、フレイにはどうでもいい言葉だ。
自分がただのエリートなら、ソニア率いる『仕事屋』の部隊などにはいない。
フレイは首を振る。
「教えを請うならば、もっと適した人物がいるだろう。ニキ大佐の方がよほどのエリートだと思うが?」
エイブラムは苦笑する。
「…なるほど。ですが、大佐とは仕事以外のことで中々話す機会がなくてですね、こう、戦術論、部隊管理の話などをお聞きする機会は少なくてですね。」
フレイはエイブラムの顔を見る。
コイツは何のデータの閲覧履歴にでてったんだっけ?
ああ、そうだ、少年兵だ。
ジュナス・リアムとか言ったか?
「…戦術論、か。中尉はニュータイプを信じるか?」
フレイはコーヒーをすする。
「ニュータイプ、ですか?」
フレイは考える。
さて、どう話すか?
こういう探りあいはソニア少佐の方が得意なんだが。
「一年戦争時の第13独立部隊…、彼らの戦果を証明するためにはニュータイプという言葉を使うしかない。で、その部隊は架空でもなんでもない。」
「大尉はニュータイプは実在するとお考えなのですね。」
エイブラムは頷く。
「私もです。」
フレイは微笑する。
「ニュータイプ部隊はめちゃくちゃだ。私の習った戦術など何の役にも立たないだろう。戦いは根本的に変わった。MSの出現も含めて。つまり教えを請うのではなく、自分で新しく戦術を考えるべきだということだな。以上。」
エイブラムは再び苦笑する。
「大尉は新しい戦術を何か考えたのですか?」
「ニュータイプ部隊を作る。それを指揮下に置く。」
フレイは端的に応える。
「中尉もすでに思いついていることかもしれませんね?」
さて、エイブラムは間抜けだろうか?
賢いだろうか?
「…なぜ、そう思われますか?」
答え、間抜け。
フレイは落胆する。
その精悍な顔つきから、いい男かもしれないと期待した自分がバカだった。
「アルビオンはペガサス級で、ガンダムも積んでいた。そのような部隊編成を進言したのは、中尉なのではないですか?」
認めるだろうな、ソニア少佐の勘が正しければ。
そして、フレイはソニアと一緒になってから彼女の勘が外れたところを見たことがない。
「…よくお分かりですね。」
「さらにニュータイプ候補と思われるパイロット、主にスペースノイドの少年を中心とした編成も中尉がお考えになって上層部に進言したのでしょう?」
エイブラムはため息をつく。
臭い芝居だとフレイは思った。
「まったく、その通りです。でも彼らが裏切るなどとは思っても見なかったのですよ。」
「ご愁傷様。」
エイブラムは三度目の苦笑をフレイに見せると、席を立ち去っていった。
エイブラムの姿が見えなくなると同時に、フレイは通信機に急いでつなぐ。
「…ラナロウ?寝てるんじゃないよ!急いで、ニキの部屋の前に張りな!そして、誰か人が入ったら、その部屋の会話を記録しな。」
フレイはソニアの部屋に向かう。
「…フレイ、何か分かったのかい?」
フレイはそれに応えない。
「グレッグも呼んでください。ラナロウはもう、呼んでおきました。少し遅れてきます。」
頭もかいて「なんだぁ」と呟きつつグレッグが入ってくる。
しばらくして、ラナロウは慌てて走りこんでくる。
エイブラムは間抜けだ。
ラナロウの慌てようから上首尾だったのだろう。
ラナロウは興奮して話す。
「すげぇ!こりゃ証拠になるんじゃねぇ?」
ラナロウが再生した音声記録にはエイブラムの声で、『連中は今のところ、アルビオンの編成は大佐ではなく、自分だと思っている』といった旨の報告が入っていた。
フレイはソニアに微笑する。
「仕事、しましたよ。」
ソニアが満面の笑みで応える。
「期待以上。」


ラナロウの記録した音声記録を片手にソニア一行はニキの部屋に向かう。
「直接対決かぁ!」
ラナロウがはしゃぐ。
「アホが、静かにしてろ!」
叱るグレッグもにやけ顔である。
ドアの前でソニアはいつもの調子で「入るよ」とだけ言うと、さっさと入室する。
ニキは腕組みして、デスクに座っていた。
「行動が早いですね、ソニア少佐。」
フレイは疑問に思う。
もう、観念しているのだろうか?
ソニアが口を開く。
「話があってきた。」
「どうぞ」
ニキは落ち着き払って話す。
「重要な話なんでしょう?」
ニキの反応にソニアは淡々と、ラナロウの録音したテープを再生した。
黙って聞く、ニキ。
エイブラムがアルビオンの編成をニキが行った事を間接的に述べている。
再生が終わると、ソニアはテープの内容には触れず、持っていた書類を見ながら話す。
「ニキ大佐は0079…一年戦争の頃はまだ士官学校にいたんだね。女性だから、早期卒業を免れたのかね?そこで、ハワード・レクスラーの講義を受けている。当時の彼はソロモンでの戦闘で自分の艦を沈めていた。で、次の任務を待つ間に特別講師として士官学校で教鞭をとった。」
ニキは無表情で頷く。
「そうですね。」
ソニアが鼻で笑う。
「ふざけたオヤジだ。講義のタイトルは『敗戦の将、兵を語る』か。で、大佐はその後も、ちょくちょく、彼の教えを請うことがあったと。…大佐は1年ほど前にルナ2基地にハワードを呼んでいる。」
ニキは黙ったままだ。
ラナロウがちゃかす。
「やい!何か言ったらどうなんだ!」
グレッグが拳骨を落とす。
「三下悪役みたいなセリフをはくんじゃねぇ」
ソニアは続ける。
「大佐はNT部隊の研究をして論文も書いてるね。機関紙にも掲載されている。その戦闘力の凄まじさの要因、NTを生かす戦隊の編成について…。」
「もういいですよ。」
ニキが遮る。
「アルビオンの編成は私がやりました。これで満足ですか?」
ソニアがため息をつく。
「簡単に認めないでおくれよ、せっかくフレイが集めた書類が無駄になっちまう。」
ソニアの冗談にもニキは真面目に返す。
「連邦軍に起訴する際にそれらの書類は役に立つでしょう。」
ソニアはつまらなそうにニキを見る。
「じゃ、とっ捕まってもらおうか?」
ニキ・テイラーはルナ2の独房に連れて行かれた。