「共に鼓動を聞く者たち」 343氏



グラナダの空港には、地球圏に帰ってきた男が二人いた。
そう、『帰ってきた』のだ。
若作りの男と、明らかな中年の男。
二人は連邦軍の制服を着ていた。
若作りの男が話す。
「イワンさん、ちょっと、アンマンに寄って行きたいんだ。」
「アンマン?それはまたどうして?」
イワンと呼ばれた男はそのまま問い返す。
「なんでもアーガマが寄ったのはそっちらしいんだ。」
「ほう、マーク君はエゥーゴに興味が?」
マークは微笑む。
「そうだね、興味はあるね。」
「シロッコはどうする気なのかのう?」
「関係ないよ。」
二人はシャトルのゲートに向かう。
「まあ、次のリーダーが女性ってのはある意味で同意できるけどね。」
「美人だといいのう」
イワンの能天気な言葉にマークは屈託無く笑う。
マークはイワンのこういうところが好きだった。
この性格は厳しい木星の環境でも変わることは無かった。
自分の心はどれだけ、この人に救われただろう。
チケットをポケットにしまいながらイワンは話す。
「世俗の生き方を忘れてそうだわい。」
二人の木星帰りの男は、機上の人となった。

エリスは今日も街を回っていた。
パトロールのつもりである。
連邦軍と反連邦軍の戦闘が起きているらしい。
軍需産業の多いアンマンではまもなく好景気となるだろう。
「悪いことする人も減ればいいのだけれど。」
エリスは思う。
心は大きく持たないといけないなぁと。
余裕が無いから、人は罪を犯すのだ。
シェルドの財布をスッた男も見かけない。
思考が続く。
でも戦闘が起きて犯罪が減るというのはどうなんだろう?
どこかで誰かが死んで、そのかわりアンマンでは犯罪が減る。
…あまり意味ないかもしれない。
ドンっ!
「あ、ごめんなさい!」
考え事をしていたら人とぶつかってしまったらしい。
長身、と言うわけではないがエリスよりはかなり背が高い。
その男はエリスを驚いた顔で凝視していた。
「え、何?何ですか?」
「ん、ああ、すまない、大丈夫だったかい?」
「あ、はい。というかこちらからぶつかったんで、スイマセンでした。」
エリスはぺこりと頭を下げる。
その後ろから声が聞こえる。
「お〜い、マーク、こっちの道であってるみたいだぞ。」
エリスとぶつかってしまった男、マークは「分かった」と返事をすると、エリスに微笑む。
「それじゃあ。」
マークはエリスを少し見つめると、イワンと合流した。


「やはり、月でも天然物は高いんだな。」
レストランで食事を終えたマークは呟く。
「だが、美味かった!人間の食事だわい。」
イワンは嬉しそうだ。
木星では栄養価だけで出来たような食料が多かった。
食料であって料理ではない。
空気も、まだ月の方がマシに思える。
「恵まれてるな、地球圏は。」
「いや、まったく、ガハハ。」
マークはイワンのように能天気にはなれない。
「こんなに恵まれてても、争いは起きる…。」
マークの言葉にイワンの笑顔が止む。
「どうなのかのう…。ティターンズとエゥーゴか。」
マークは薄く笑い、首を振る。
「それだけじゃないんだ、イワンさん。」
「ん?」
「ジオン残党が巣食う移動要塞アクシズ、こいつがこっちに向かってる。」
ふむ、とイワンは頷く。
「帰ってきたのはワシらだけではないということか。」
「そう、そして帰ってくるってことは、大抵は目的があるもの。」
目を閉じ思索するマークをイワンは見る。
「おぬしにも目的があると?」
「当然。」
マークの表情が微笑に変わる。

エリスは孤児院で夕食の準備をしていた。
寮母の年配の女性に混ざり、手際よく調理する。
一年戦争は多くの戦災孤児を出した。
その時赤ん坊だった子供も7歳になる。
子供のほとんどは食べ盛りだ。
大量のシチューをかき混ぜてると、泣き声が聞こえる。
また、誰かがケンカしたらしい。
「こらぁ!仲良くしてなきゃダメでしょ!」
エリスの叫びも虚しく、泣き叫ぶ声は大きくなる。
「も〜!」
作業を止め、厨房から大部屋に向かう。
「静かにしてなさいっ!」
エリスの大声に静かになる子供たち。
いや、静かになったのは子供だけではなかった。
マーク・ギルダー、イワン・イワノフの二人も思わず直立姿勢をとっていた。
「え、あ、やだ、お客さん?」
「いや、凄い声だな。」
マークの呟きにエリスはハッとする。
「あれ、あなたは?」
マークもエリスに気付く。
「君は、そう、昼間は失礼したね。」
「あ、はい、スイマセンでした。…で、何か御用でしょうか?」
その時、厨房からエリスを呼ぶ声。
「あ、いけない!お鍋!」
あわてて奥に引っ込むエリスを見て、イワンは呟く。
「ふ〜む、なるほど。」
マークはイワンを見る。
イワンは笑顔で応える。
「おぬしの目的が分かってきた気がするぞ。」

孤児院の子供たちが飯をかきこむ横で、マークとイワンはエリスを待つ。
エリスはコーヒーを二つ持ってくると、片方にふんだんにミルクをいれ、砂糖も加える。
それをイワンに手渡すと、もう一つには砂糖を一さじだけ入れて渡す。
「どうぞ。」
イワンは早速すする。
マークは少し驚いてエリスに聞く。
「なんで、砂糖を一さじ入れたんだ?」
「え、でも、いつもコーヒーは砂糖一さじですよね?」
「それは、そうなんだが…」
何故分かったんだ?
そう聞けないくらい、エリスの顔はさも当然と言った表情だった。
「エリス・クロードさん、か。改めて自己紹介すると、私はマーク・ギルダー。で、こちらが…。」
「イワン・イワノフだ。美味いコーヒーをありがとう、お嬢さん。」
エリスはやや恥ずかしげな表情を見せると、マークを見る。
「で、御用というのは?」
「スカウト、だな。」
「え?」
エリスはあっけに取られる。
が、すぐに赤面する。
「え〜、あ〜、芸能人とか、アイドルっていうのですか?で、でも私そんなかわいくないし、歌もオンチだし、それから…。」
マークは笑顔で首を振る。
「歌って踊るのだけがアイドルじゃない。」
「へ?」
エリスだけでなく、イワンもマークの言葉に注目する。
「エリスさんのこと、失礼だと思うが少し調べさせてもらっててね。正義感も強くて、心優しい。アンマンでは凄く評判に良いみたいだね。素晴らしいことだよ。」
エリスは照れる。
人から行いを感謝されたことはある。
でも、褒められたのは初めてかもしれない。
マークは笑顔を崩さない。
「そういう女の子がいると、みんな元気になる。そういうアイドルがいてもいい。」
エリスは首を振る。
顔は赤くなりっぱなしだ。
「でも、私なんか。」
「君には力がある。」
マークはエリスの目を見据えて言った。
エリスは不思議な感覚に襲われる。
なんだろう!この人の瞳の奥に広がる宇宙は!
「…君も嫌になってるんだろう?この世界。貧しい者はその貧しさを理由に人々は犯罪にはしり、富める者はその富をさらに増やすために争いを起こす。人の力の優劣の差が、人の幸せの差も生んでしまう。」
マークは一息入れて続ける。
「君にはこの世界を変える力がある。」
エリスは心の中で何かが動いたのを感じた。