【黄昏に吹くオデッサの風】古参兵氏




荒野に一陣の風が吹く。大きく広がった大地に点在している大小様々な形をした岩山にあたると風は変化をとげ、悲しげな音を辺りに響かせる。
風は時折うめき声にも悲鳴にも似た音を出す。
その音は岩山に当たると発生する音とは違い、大地にある造形物に当たると生じているようだ。
造形物というにはあまりにも巨大なそれは人型をしていた。
人型は腹を引き裂かれ、腕を奇妙な角度でねじ曲げられており、片方の脚が失われ大地に仰向けになって倒れ込んでいる。
特徴的な一つ目には大きく広がる青い空が写り込んでいるが、その瞳に光が宿る事はもうない。
人型は一つだけでなく、広がった大地にいくつも無残な屍を晒しており、周囲には寂寥感が蔓延していた。
その人型達の墓場と化した大地の上を大型の飛行機が通り過ぎて行く。
長大な尾翼に加えて着陸脚にあたる箇所に大型のダクトファンを備えているその姿は飛行機というにはそぐわない形状をしている。
それは地球連邦軍が輸送機として採用しているミデアと呼ばれる機種だった。
『今日という日は後世にまで永くに渡って伝えられるであると私は考える。
ジオン公国によって制圧されていたこのオデッサ周辺の奪回作戦の成功は地上におけるミリタリーバランスを一変させ、
我が地球連邦軍の反抗の狼煙が灯った事を如実に示していると言える!』
モニタは白髪の男性が声高らかに勝利を伝える演説を映し出していた。
ミデアの指揮全般を行う発令所にはその映像を黙って見つめる女性の姿があった。
彼女は発令所の中で中央に置かれているシートに座っていた。年の頃は30代前半だろうか、ロングにした艶やかな頭髪にやや切れ長な瞳。
連邦軍の制服を身につけていなければモデルと言われても何ら遜色ないその姿はただ、黙ってモニタを見つめていた。



『……ジオン公国における地球上での軍事力は形骸化したといっても過言ではない。地球圏の安寧と秩序を保つべく我々地球連邦軍は戦い続けるであろう!』
演説の会場が歓声に湧き立ち、画面の向こう側のテンションは最高潮に達した。
それとほぼ同時に発令所内に無線の呼び出し音が響き、画面が切り替わる。画面には長身の男性の姿が映し出されていた。
髪の毛を上に上げる形にセットし、身につけている制服の詰め襟は外して着くずしている。
縦割り組織である軍隊においては珍しい姿ともいえるが、発令所には制服を着用しない者もいる事から少なくとも彼等は正規の軍人ではないという事が垣間見えた。
『演説を見たよ。作戦は成功したようだな。』
「はい。滞りなく。」
『……ジオンの残存兵力はヨーロッパや中近東に敗走しつつある。レビルも言っているようにしばらくは静かになるだろうな。』
上官と見られる男性は挨拶もせずに話しはじめた。
「……そうですね。これからは宇宙が主だった戦場になるでしょう。」
『ウム……。そちらの詳しい報告は本部で聞こう。ではな。』
「はい。」
モニタの画面は途切れ、発令所内に静かな空気が満たされていく。
「長いようで、短い一週間でしたね、ニキさん。」
先程までモニタで会話していた女性にヘッドセットを頭にかぶった少女がコンソールのおかれているパネルから視線をずらして話しかける。
「……そうですね。ですがまだ本作戦が終わったわけではありません。周囲の哨戒は厳密に、いいですね?リコル。」
ニキの口調は穏やかではあるが一瞬でも手元にあるコンソールから視線をずらした少女を諌めるようだった。
「ハッ、ハイッ!」
それを悟ったリコルと呼ばれた少女は素早く振り返ると輸送機周辺の地形確認と現在位置の詳細を再確認する。



「高度は現在位置のまま固定。当機はウクライナの国境を越えた後に海岸線に沿って黒海に出ます。」
「よし。了解した。」
輸送機の機長であるニキの指示を聞くと操舵手を務めるわし鼻の男が的確な動きでコンソールから生えている操縦桿を操作し、リコルが用意した航路に機体を向けた。
「……山脈地帯を抜けて海に出ればあとは安全だろうが、気を緩めるなよ。」
「ハッ…ハイッ!大丈夫です。」
操舵手の男、ウッヒ=ミュラーは側にいるリコルを横目で見ながら気遣う態度を忘れなかった。
それは優しさからくるものではなく、早く一人前になって欲しいという彼の考えからきているものだ。
後に1年戦争と呼ばれる地球連邦軍とジオン公国との戦争は開戦当初の1週間で人類の約半数以上の55億もの人命が失われたのだ。
そのためか、どこもかしこも人手不足でジオンも地球連邦も女性兵士の姿が目立つようになっている。
しかし頭数は揃っていても、肝心となるのは練度の問題となる。
基本というものは教育や実戦を想定した訓練によってある程度までは鍛え上げる事は出来る。
しかし、本当の実戦でなければ経験を積む事は出来ない。
そういった事からも1日も早く一人前になってもらわなければならないのだ。
(しかし……若すぎる。)
そう思いつつ、彼は自分がいる組織の事にふと想いを馳せつつ自らの与えられた職務を全うする事に神経を注ぐ事にした。

  ミデア輸送機の中央には大型のコンテナベイが設置されていて、ちょうどミデアの腹にあたる箇所にコンテナを抱きかかえるようにしていた。



コンテナの内部には先程荒野にあった巨大な人型三体が仰向けになって格納されていた。
先程の骸と化したものとは違い、いずれも外見から激しく破損した箇所は確認出来ない。
それでも人型達には戦をくぐり抜けた事をうかがわせる弾痕やへこみなどが散逸しており、最近まで何らかの戦闘に従事した事を見る者に印象づけた。
人型の名はモビルスーツと呼称され、主に戦闘に用いられる兵器だった。
ジオン公国によるモビルスーツ投入はこの時代、宇宙世紀における大事件と後に称されるほどの衝撃をもって伝えられた。
スペースコロニーにあるジオン公国の国力は地球連邦軍と比較しても30分の1の開きがある。
にも関わらずジオンは地球連邦軍に対して独立を戦争を挑んできたのだ。
当初は地球連邦軍艦隊による勝利という見方があったが、その予想は大きく覆される事になる。
ミノフスキー粒子と呼ばれる電波障害を発生させる粒子を軍事的作戦に投入する事によって、あらゆるレーダーが使用不能に陥った。
そうした状況下では旧世紀の思想ともいえる大艦巨砲主義によって運営されていた艦隊は目を失ったも同然といえた。
それはモビルスーツによる接近を容易なものとし、開戦時の艦隊戦で地球連邦軍はジオン公国のモビルスーツとミノフスキー粒子に惨敗したのである。
その横たわる一機の側にはプラチナブロンドヘアーが特徴的な少年が一人佇み、機体を見上げていた。
連邦軍の制服を身につけ、リコルと同じくらいの年齢である少年の表情は沈痛な面持ちに包まれており、暗い雰囲気を漂わせている。
周囲には音一つ無い静寂な時が流れていた。



「ここにいたか。」
声がした先を振り返るとそこには少年と同じ制服に身を包んだ青年の姿があった。
姿こそ同じではあったが、青年は制服の袖をまくり上げ上着のボタンは外しており、裾をズボンに入れてはいなかった。
規律とは無縁な立場だと言わんばかりの姿と言える。
赤毛の髪に鋭い視線が特徴的な青年で、前述した少年とは全く正反対である。
「……ビリーさん。」
閉ざした口を少年は重く開いて赤毛の青年の名を読んだ。
「いつまで引きずってんだ?お前は……?」
呆れたようにビリーは少年に話しかけた。
「…………。」
「だんまりかよ?」
少年はビリーに背を向けて頭をぐっと下げた。
「落ち込んでどうにかなるわけじゃねえだろ。過ぎた事はとっとと忘れちまえよ。」
「!」
その言葉を聞いた少年がビリーに向き合った。
「……助けられたかもしれなかったのに……!どうしてそんな簡単な事が言えるんですか!?」
彼は歯を食いしばり、表情は紅潮させて言い返した。
「……あのなあ。」
「僕達はモビルスーツを動かせるだけの技量を持っているんですよ!?武器を持てば兵器になるかもしれない……でもっ!使い方次第でその倍近い人を助けられたかもしれなかったのに……!」
ビリーは必死な少年の形相にただ、黙って耳を傾けていた。



「どうして……。」そこで少年の言葉は途絶えた。
「……言いたい事はそれだけかよ?ジュナス?」
「………。」
ビリーは語気を強めて語り始めた。
「……俺達にはジオンと連邦の戦争なんか関係ない。ただ、必要なミッションをこなしていけばいいだけの話なんだよ。」
「………っ!」
「無駄な考えは捨てろよ。いつまでも死んだ奴らの事考えてたらそいつらに魂引きずられて自分が死んじまう。」
そう言い残すとビリーはジュナスに背を向けてコンテナから出ていった。
1人残されたジュナスは唇を噛み締め、ただ立ちつくすしかなかった。
輸送機の内部には兵員達が任務に従事する際のケアとして簡易な休憩所が設けられていた。
そこには先程ジュナスといた赤毛の青年、ビリーの姿があった。
彼は紫煙をくゆらせながら、その行方を視線で追いつつ、外に流れている景色に目をやった。
眼下には山脈が暮れていく太陽の光にさらされて深く入り組んだ形をさらに濃密に見せている。
「ビリー、奴はどうした。」
野太い声が彼を呼んだ。
振り返るとそこには褐色の肌の色をしたがっしりした体型の男がいた。
「コンテナさ。まだ落ち込んでやがる。」
「そうか。」
男からは年月を経ている歴戦の勇士の雰囲気が発散されているようだった。
短く揃えられた頭髪に顎にたくわえている髭がそれをよりいっそう際立たせた。



「………そうか、ってそれだけかよ?」
「ああ。」
「ったくよ。ずいぶんとドライじゃねーか。」
「………そうか?」
「まあ、初陣であれはキツいぜ。少しぐらい心配したらどうなんだよ。」
「それはどうかな。」
「?」
ビリーは少し当惑した表情を見せた。それを見た男は続けざまに語り始めた。
「……兵士として生きていくならばいつかは立ちはだかる試練のようなものだ。ましてや男としてならば尚の事。自らの力で越えなければなんの意味もない。」
「………………。」
「助言は必要だが、手を貸す事はするな。」
そう言い残すと男はその場を立ち去ろうとした。
「待てよ。エイブラム。」男は自分の名前を呼ばれ立ち止まる。
「もし、ジュナスがその試練とやらを乗り越える事ができなかったら……そんときゃどうするんだ?」
ビリーはくわえていた煙草を灰皿に押し付けながら背を向けて話していた。
「……その時は素質がなかったとして組織から切り捨てる。」
「ハッ!だろうな。」
予想していた通りの答えにビリーは灰皿の縁を軽く叩いた。

まるでそれを合図にするかの如く、ミデアが大きく横方向にぐらりと揺れ動いた。
天井からは重厚な振動音が壁面を通じて伝わってくる。
「なっ……!?」
予想外の出来事にそこにいた二人は思わず声をあげた。
「敵襲!?」



発令所内は予期せぬ奇襲を受けて対応に忙殺されていた。
「上部エンジンの1番と二番、被弾しました!炎上しています!」
「同エンジンを緊急停止。破損個所の区画を閉鎖してください。敵の位置特定急ぐように。」
「一番、二番機関停止………よし。だが、出力30パーセントダウンした。現在の高度は維持できなくなるな。」
ミデア輸送機はゆっくりとではあるが渓谷の中へと高度を下げつつ移動していた。
輸送機上部にある4基のエンジンのうち、左弦よりの2基からは炎が立ち上がっている。
発令所に機内通話の呼び出し音が響き、ニキがそれに出るとエイブラムの声がした。
『ニキ、状況は?』
「被弾しました。使われたのはおそらくAPFSDSかと。出力がダウンしたため高度を下げる事になります。出撃していただきますね?」
『了解した。』
「付近には輸送機を着陸させるだけの平坦部はありません。機外へと直接放出し……!」
そこで会話は途切れた。
三度目の攻撃がなされたのだ。
輸送機のバランスは大きく歪み、操舵を行う舵が制御不能に陥っている事にウッヒは気づいた。
「ニキ!舵をやられた!機体の制御ができないっ!」
「なんですって!」
制御不能に陥ったミデアの右翼に切り立った山脈が迫り、ほどなくしてその先端が激しく衝突した。
機内には大人が立っていられない程の揺れが響き渡り、ニキはシートから放り出されないように両手で手すりをしっかりと握っていたが、それでも彼女の体は振動でシートの中を暴れ回っていた。
ウッヒは歯を食いしばりながらも決して操縦桿からは手を離さなかった。
高度計を確認すると地面までの距離が200メートルにまで迫っていた。



目を見開き、眼前に開けた大地が視線に入るととっさの判断でミデアの着陸脚に装備されているファンを起動した。
「不時着するぞっ!!何かにつかまれーっ!!」
何かリコルが叫んだような気がしたが、かまってなどいられない。
起動したファンによるほんのわずかばかりの浮力と、フラップを下げた事によって発生した抵抗による力が作用したのか、ミデアは大地を削り、岩を砕いて地面を滑っていく。
発令所にいる面々はその間必死な思いで体を固定して発生する激しい揺れに耐えるしかほかなかった。奇跡的にもミデアは開けた場所のほぼ中央に来た付近で機体を止めた。「……っ……状況は……?」
腰にしていたシートベルトが衝撃によって腹に食い込み、痛みに思わず顔を歪めながらもニキは顔にかかった髪の毛を整えていた。
「う〜………。」
リコルは額をコンソールパネルにぶつけたのか顔を真っ赤にしてぶつけた辺りをさすっている。
「やれやれ、無事故記録が止まっちまったよ……。」
ウッヒは溜め息混じりに愚痴をこぼしつつも被害箇所の確認を始めた。そこに甲高い電子音が機内に響き渡った。
「!!てっ、敵ですっ!機種識別……ジオンのザクですっ!」
リコルの声に戦慄が走る。
「本機との距離は!?それと位置の確認を!」
ニキは指示をだしながらも通信機を手にしていた。
「一機は正面だ!目視できる位置にいる!山を滑って来るぞ!」
ウッヒの必死な声がする。ニキもそれを確認していた。
距離にして800というところだろう。
MSによる戦闘では至近距離に近い位置だ。
「エイブラム。急ぎ出撃を!敵ですっ!」
ニキは通信機に向かって声をあげていた。
『もう出てるぜ!』
正面にビリーが搭乗するモビルスーツ、ジムの姿が視界に入って来た。
「ったくよ。どこのどいつかは知らねえが邪魔しやがった以上、覚悟しやがれ!」



ビリーは操縦席の中で悪態をつきながらも敵機を確認しつつ、モビルスーツに装備させている火器の安全装置を解除した。
「正面と右弦、左弦にもザクを確認!」
「こりゃ、最初っから俺達をここに導くために狙撃したんだな。」
ウッヒはビリーのモビルスーツの後ろ姿を見ながら呟いていた。
左肩にあるスパイクアーマーを突き出すようにしてこちらに接近してくるザクを一瞥すると、エイブラムはフットペダルを踏みしめる。
すると、機体の背部に装備されているバーニアが噴射してモビルスーツの巨体が大地を蹴って飛び上がった。
軽いGがエイブラムの体に覆い被さりながらも彼の鋭い視線は目標を射抜いていた。
跳躍する事によって一気に間合いを詰めた機体はザクの懐へとその身を素早くもぐり込ませ、腰に装備されている白兵戦用の武装であるビームダガーを引き抜き、ザクの胸部にビームの刃を押し当てていた。
超鋼スチール製の鎧に身を包まれているザクの分厚い装甲といえど、メガ粒子による高温の刃には太刀打ち出来ない。ザクは特徴的なモノアイの輝きをゆっくりと失うとその場に膝をついて完全に機能を停止した。
「……目標の機能停止を確認した。ビリー、ジュナス。そちらはどうなっている。」
エイブラムは機体を戦闘中と思われる地域へと向ける。
彼の機体はジオンのザクとは違い頭部には人間の顔を思わせる双眸が存在しており、額にはV字形の飾りがなされていた。



モニターに爆発した光を確認したエイブラムはその方向へと機体を向けていた。
ミデアの前方、距離にして500の位置でザクはビリーの機体が装備していたマシンガンによって蜂の巣にされ、貫通した弾が背部にあるランドセルの推進剤に引火して爆発し、上半身が吹き飛んでいた。
先程エイブラムが確認した光はザクの爆発によるものだった。
「わかったか?こっちは今終わったぜ。」
『よし、奴は?』
『や、やめろーっ!。これ以上来るなあーっ!!』
ジュナスの悲鳴にも似た痛切な叫び声が操縦席内に響き渡るとビリーは歯噛みした。
「あんのバカ野郎っ!!」
ジュナスが交戦している位置は不時着したミデアの右弦、エイブラムが倒したザクが現れた位置の正反対だった。
機体を右手に振り、前進させると進行方向の正面にヒートホークを上段に構えてジュナスの搭乗するジムに突撃しているザクの姿が彼の視界に飛び込んできた。
「何してやがるっ!!撃てよっ!!手前っ!」
ビリーは叫んでいた。

「……!」
ジュナスは自分の正面にあるモニタに迫るザクの姿を確認していた。
相対距離を示す表示がグリーンからイエローへと変化を遂げ、目標が接近しつつある事を彼に教えている。
にもかかわらず、彼のコントロールスティックを握る手は硬直し、指先は震えていた。
彼の初陣はこの戦闘よりも数時間前に遡る。



オデッサにて行われた地球連邦軍による一大反抗作戦に乗じる形で彼等は戦闘行動を開始した。
その際における戦闘の最中に敗走しているジオン軍のある部隊を確認した。
必要以上の戦闘行動は身元を知らしめる事になる恐れがあったために小隊長を務めるエイブラムはそれを見逃す事を選択した。
しかし、不幸はその直後に発生した。
追撃していた連邦軍の部隊に発見された彼等はなす術もなく蹂躙され、徹底的なまでに破壊しつくされたのだ。
武器を捨て、両手をあげている兵士であっても容赦なく攻撃は行われた。
さらに不運だったのは、試験的に先行量産が行われた陸戦型ジムを配備していた部隊だった事だった。
人間に対して使用する武器ではないはずの100mmマシンガンによる地上掃射は文字通り跡形も無く人間を消し飛ばした。
あまりにも一方的な戦闘行動にジュナスはそれを食い止めんとしたが、僚機によってその行動を咎められたのだ。
その時に彼は見ていた。
年端もいかぬ少女の兵士が倒れ込んだ場所にジムの巨大な足が覆い被さっていくのを。
全てが終わった場所には死臭が蔓延し、人間だった事を示す部位のみを残したモノが散乱した地獄絵図のような光景のみが残された。
ジュナスは恐れながらも少女がいた場所に機体を向けると、そこにはジムの足跡があった。
地面には巨大なプレス機によって潰され、すでに人間としての形をとどめていない肉片としか形容できないモノのみが存在していた。
ジュナスはそれを見た瞬間に操縦席の中で胃の中の内容的を全て吐き出していた。
死という戦争にあって当然の出来事。
それを彼は目撃したのである。
そしてそれが彼を恐怖に染め上げていたのだ。
「あっ……ああっ!」
ザクの姿が正面にあるモニタいっぱいに表示され、手を伸ばせば届くような至近距離の位置にまで迫っていた。



その直後。
『このバカ野郎がぁ!!』
通信機を通じてビリーの激怒する声と共にザク目掛けて彼の搭乗するジムが装備する100mmマシンガンの攻撃が加えられた。
不意をつかれたザクはビリー機のジムによる攻撃をまともに被弾し、上半身を吹き飛ばした後に爆発した。
爆発の衝撃で至近距離にあったジュナスの搭乗するジムは足をよろめかせてその場に倒れ込んだ。
『お前ッ!!そんなに死にてえのかッ!!』
ビリーの罵声が機体を震わせて伝わってくる。
謝罪の言葉を述べようとした瞬間に、ビリー機の膝が不自然な形で折れ曲がり大腿部から火花が飛び散る。
『があっ!』
「ビリーさん!?」
脚部が爆発音と共に吹き飛ばされ、ビリーの機体はうつぶせになって倒れていく。
「そっ……狙撃っ!?」
山脈の中腹辺りには隊長機である事を示す飾り角を頭部につけたザクの姿があった。
機体は長大な砲を装備していた。175ミリ無反動砲と呼ばれる武器で、マゼラアタックの主兵装でもある武器だった。
しかしながらここにいる彼等には状況を把握できる者はいなかった。
ただ一人を除いては。
『ビリーッ!!機体から脱出しろッ!!』
エイブラムの叫ぶ声がするのと同時に倒れているビリー機の胸部が吹き飛ぶ。
操縦席からはビリーが這い出し、機外へと駆け出していた。
砲声が轟きジムの背中にあるランドセルに砲弾が着弾し、爆発する。
ビリーは爆風を背に受ける形で吹き飛ばされ、倒れ込んだ。



「ビッ!ビリーさん!」
『小僧!山だ!』
「?」
エイブラムの声がして、ジムの視線を山へと向ける。
センサーがモビルスーツのものを示す金属反応と熱源を探知してシグナルが灯った。
「あ、あそこから!?」シグナルは距離にして約1kmはあろうかという位置を示していた。
その位置が一瞬光を放つと砲弾が迫る甲高い音が耳に入る。
『いかんッ!』
エイブラムはモニタに表示される目標の距離と高度から逆算した着弾地点を見極めると、機体を飛び上がらせていた。
砲弾は彼の駆るモビルスーツの肩装甲を弾け飛ばした。
振動が彼の体を大きく揺さぶる。
「エイブラムさん!」
『……こちらは問題ない!ガンダムの装甲ならあと少しは耐えられる……。』
『お前がやれッ!ジュナスッ!』
ビリーの声が通信機から聞こえてきた。

「えっ……!」
ビリーは全身を強く打ちながらもミデアの中に逃げ込んで、発令所へと身を移していた。
リコルが身につけているヘッドセットを乱暴に取り上げると、周波数を合わせてジュナスに語りかけてきたのだ。
『お前は言ったよな……モビルスーツは扱い方次第で人の命を救う事が出来るってよ……!』
通信機を通して聞こえる彼の声はたどたどしく、息切れしているようにもとれた。
「ビリーさん、体は……!」
『うるせえっ!俺が話してるんだ……最後まで聞けッ!』
「!」
『……いいか!俺が気にいらねえのは自分で言った事を実行しない野郎だ!今はその時だろうがッ!やれッ!……あ、こら、』
ビリーの声が遠ざかるとニキの声に変わった。



『……私からも言わせてもらいます。あなたの搭乗する機体には試作品のビームライフルが装備されているはずですね。エイブラムが搭乗するピクシーには遠距離の攻撃に適した武装がなされていません。長距離射程可能な武器を持ち、なおかつこの状況を打破出来るのはあなただけです。』
「……!」
『もういい!ニキ!』
ライフルをよこせ!とエイブラムが声をあげようとした時にジュナスの吠える声がした。
『うあああーッ!や、やってやるーッ!やってやるぞーッ!!』
彼を突き動かしたのは死への恐怖からきた衝動的なものだった。
生への渇望とも取れる行動は彼の駆る機体を目標がいる方向へと駆け出させていた。
相対距離を示すゲージが縮まっていく。
火器管制の安全装置を解除して目標を完全に捉えるとジュナスは操縦桿の発射スイッチを押した。
ジムの右手に持つライフルからメガ粒子のエネルギーが一本の光条となって放たれるも、モニタにはなんら変化が無かった。
「は、外れた!?」
歩行中の射撃はバランスをつかみにくいものだが、モビルスーツにはある程度の歩行速度でも地面の傾斜などから判断して最も最適な射撃パターンを導き出すシステムが内包されている。
しかしながら正確無比な攻撃ほど容易に分析されてしまう傾向が見られ、熟練者であれば回避される事もしばしばあった。
それが半ば自棄になっていた彼の思考を一時的に停止させた。
その一瞬の隙をつくかのようにザクは背中のランドセルに架けていた何かを取り出すとその切っ先を向け、攻撃を仕掛けていた。
先端部が切り離されるとそれは真っ先にジュナスのジムめがけて直進していた。
取り出した物はシュツルムファウストと呼ばれる対モビルスーツ用の武器で、中世期の時代におけるパンツァーファウストと全く同様の兵器だった。



違う点があるとすれば装甲越しにいる対象を殺傷するのが目的とされる後者とは異なり、接触した時点で爆発する事ぐらいだったが、直撃ともなればモビルスーツの一機など容易く葬る事が出来る程の威力を秘めていた。
ただし、この兵器は初速が遅い。
それさえ掴めてしまえば回避するのは簡単だった。
動く標的に命中させるのはあらかじめ相手の行動を予測しなければならないのである。
しかし、ジュナスは機体を動かす事はしなかった。
正確に言えば動けなかったのだ。
後方には不時着したミデアがいるのだ。
「避ければ当たる……ならッ!」ジュナスは迷う事なく機体を前進させ、シュツルムファウストの飛んでくる弾頭と向き合い、機体の左肩にぶつけたのだ。
機体の左腕が爆発の衝撃で落下し、ジムは片腕となった。
爆発の衝撃が彼の体を大きく揺さぶり、体を固定するシートベルトに全身が悲鳴をあげる。
歯を食いしばりその痛みに耐えるもその影響で体勢を崩した機体が大きく後方へとのけぞっていた。モニタの映像が大きく広がる赤い空を映し出す。
フットペダルを力いっぱいに踏みつけ、ランドセルのバーニアを噴射させるとジムは大地を蹴飛ばし、高く舞い上がっていた。



一連の動作で相手との距離を一気に詰める。
山の中腹、ほぼ同じ高さにある崖にザクの姿を確認する。
狙いを定める必要もないくらいの至近距離にまで迫っていた。
ザクはマゼラトップ砲の砲身をジムに向け、全く同じタイミングで両者は引き金を引いていた。
ジムの頭部が砲弾の直撃を受けて完全に吹き飛ぶと、高度にして約50メートルほどの高さから仰向けになって落下していく。
その間メインカメラを成す頭部が失われ、爆風でジムの操縦席を保護する搭乗ハッチが吹き飛ばされると機体は背中から地面へと激突する。
鈍い音と共にジュナスの全身が軋み、内臓が口からこぼれ落ちそうな勢いで胸部が圧迫される。
息が出来ないほどの痛みに額から脂汗が滝のように流れ出ていた。
制御コンピューターが機体を正常に立たせるための動作をはじめ、機体がゆっくりと立ち上がった。
「………!」
距離にしてわずか数十メートルの位置に先程のザクが右腕を失った状態で立ちはだかっていた。
彼の渾身の一撃はザクを打ち倒すまでには至らなかった。
しかしながら、山から転げ落ちた影響からかザクの全身は満身創痍といえた。
ザクは腰からヒートホークを取り出すとザクの特徴的な丸い形をした頭部から突き出ている口から居丈高に煙を吹き出した。
それを合図にするかのようにジュナスはジムの脚部に装備されているビームサーベルを取り出してジムの右手に持たせていた。
夕闇迫る渓谷の中に一瞬だけの静寂が支配する。



そして、ヒートホークの刃が熱を帯びて赤熱化するのと同時にザクは左腕を振りかざして迫ってきた。
ジュナスは全身を走る痛みをこらえてジムにビームサーベルを構えさせる。2機が互いの刃を斬りつけるのはほぼ同時だった。
ヒートホークが突き立てられ、ジムの右肩から胸部の側面にかけて装甲を溶解させる。
電気系統の回路が激しい火花をあげ、操縦席を照らし出す。
だが、ジュナスの繰り出した攻撃は右側からザクの胴体側面、つまりは操縦席の真横の位置に接していた。
『……勝った……!』
「!?」
ザクのパイロットの声が雑音混じりに耳に入る。
『これで……ジオンは……!』
それが最後の言葉だった。
ジムのビームサーベルがそのまま右へとザクを横薙ぎに斬り裂き、操縦席も含めてビームサーベルの熱で下半身と別れ地面へと落下し、爆発する。
その爆風を受けてジムは、またも仰向けになって倒れ込んだ。
静かに沈みゆく太陽の光は死力を尽くして屍と化した2機のモビルスーツの姿を照らし、渓谷を抜ける一陣の風が闘いの終わりを告げていた。