第一話 最果ての部隊



宇宙世紀0089、末…
……ネオ・ジオンこと、アクシズ軍を筆頭としたジオンの残党達がエゥーゴによって制圧されて、もう半年以上の月日が流れていた。
ダカールを占拠し、罪も無い者達の頭上にコロニーまで落として……最後は内乱により、自壊に近い形で瓦壊したネオ・ジオン。
二つに分かたれた戦力も双方が指導者を失い、残された者の一部はその後も各地に潜伏。
残党として活動を続けていた。
戦後の地球連邦軍による残党狩りの掃討作戦は熾烈を極め、地球上のアフリカ方面に残されたネオ・ジオンの残党などは
この時期にはほぼ壊滅していたという有様だ。
だが、それはあくまで地球上での話。宇宙(そら)は連邦軍も地上ほど熱心な掃討作戦は行っておらず、そのため未だに潜伏及び
ゲリラ活動を続けるネオ・ジオンの残党も少なくなかった。

今、デブリの数多く漂う「暗礁宙域」と呼ばれる宙域を航行している戦艦もまた、ネオ・ジオンの残党の戦艦である。
もはや艦隊行動すらとれていないこの戦艦は、連邦の幾度とない残党狩りから逃れ続け、今日に至った百戦錬磨の兵達の乗る船だ。
しかしその戦艦の外観は、その戦歴に比べあまりにみすぼらしいものだった。
「メーインヘイム」…一年戦争初期に建造された、輸送艦を元に改造を施し造られたという旧ジオン軍の急造戦艦だ。
元は練習艦として作られ、ネオ・ジオン抗争では主に補給艦として運用されていた。
今となっては動いている事自体が奇跡とすら思えるほどの老朽艦…
一見すれば本当にただの民間の輸送船かと見間違えるほど、みすぼらしい艦だった。
しかし彼らが仮の拠点から狩り出された際、出せる船はこの補給艦メーインヘイムしか無かった。
そこに持てる物資とモビルスーツを詰め込んで、何とか脱出…それが彼ら「メーインヘイム隊」の始まりだった。
「こんな調子で…合流時間には間に合うのか!?」
その老朽艦のブリッジで声を張り上げた、屈強な肉体を持つこの大男は…デニス。
この部隊では最強のモビルスーツパイロット件、指揮官だ。
一年戦争からジオン公国軍に所属し、当時の地球上での獅子奮迅の戦いから「ナパーム」という異名で呼ばれるに至った男である。
彼はかのオデッサの激戦を生き延び宇宙へ上がり…ジオン軍の敗戦後は残党として活動し
デラーズ・フリートが決起した際にはその戦列に加わった。
…そして、デラーズ・フリート壊滅後も生き延び、尚残党として活動。
ティターンズによる執拗な残党狩りを生き延び、そして先のネオ・ジオンの決起にも当然加わった。
そして全ての戦いに生き延び続け、今またジオン再起の時を待っている…
…とにかくこの部隊では誰もが認める「強者」だ。
「御安心ください大尉殿。この進行速度でも、約束の時間までには
 間に合うものと思われます。このまま何もなければ…」
そうデニスを宥めるこの男はアル・アルハザット中尉。
デニスのデラーズ紛争時代からの部下で、今では唯一生き残ったデニスの部下だ。
祖国への忠義に厚く、祖国の為なら命など全く惜しまない……典型的なジオン軍人といえる。
このメーインヘイム隊では副官的立場におり、現時点では艦長代理も務めている。
「うぁぁぁぁッ!!」
そんな中、突然叫び出したこの男はドク・ダーム中尉。
着用している自分用に改造された軍服、スキンヘッドの頭に狂気に満ちたその眼…
……その風貌からして、この部隊では明らかに浮いたこの男。
かつてはジオン有数の優秀かつ、冷静沈着なモビルアーマー乗りとして名を馳せた男だ。
…今は見る影も無いが。とある事故に遭ってしまってから…何があったのか、ずっとこの調子らしい。
だがパイロットとしての腕前だけは鈍っていないらしく、今でもこの部隊ではデニスと並ぶエース格である。
「戦いてぇぇ、戦いてぇぇよぉぉぉ!!」
「…うるせぇな。 少し静かにしてくれよ…」
そのドクの叫びに気だるそうにに返すこの男はスタン・ブルーディ中尉。
彼もまたパイロットで、敗残兵の一人だ。
この面々の中ではドクとは違う意味で浮いた、どことなく覇気が感じられない雰囲気…
…何かに絶望したような、諦めたような雰囲気すら漂わせる男だ。

「隊長はおるかのう?」
「ん…何だ爺さん」
ブリッジに上がってきて、スタンに話しかけたこの老人はダイス・ロックリー。
この部隊の整備主任で、一年戦争以前からの古参整備兵だ。
メーインヘイム隊のパイロット達の中では、整備兵上がりという事でいくらか整備の心得があるらしいスタンと特に馬が合うようだ。
そんなダイスとスタンの話が聞こえていたらしく、デニスは大声を張り上げ用件を聞いた。
「どうしたダイス!?」
「いやのう、あのガルスJなんじゃが…とりあえず使えるようにはしといたぞい。
 フィンガーランチャーはどうにもならんかったし、サーベルも無いがのう…」
ダイスの言う「あのガルスJ」とは暗礁宙域に放置されていた、パイロットに乗り捨てられたと思われる機体を回収したものだ。
損傷はそれほど酷くはなく、メーインヘイムの設備でも応急の修理は可能だった。
ダイスからの報告を聞き、デニスは素直に感謝の意を述べる。
「そうか…そりゃ有難い。
 使える機体が一機でも多いとまるで違うからな」
「いやいや、お安い御用じゃて…」
謙遜とも違う、仕事人としての誇りを感じさせる一言を言い、ダイスは戻っていった。
それと前後して、スタンがアルに訊ねていた。
「…あのガルスはオレの機体ってことになるのか?」
「そうなるだろうな」
「そうかい……」
スタンという男には、軍人なら大抵はそうなのだが、特に運を気にするところがあった。
あまり運を運びそうも無い、新しい愛機にあまりいい気はしていないようだ。
……スタンは、ブリッジの窓から、暗礁宙域に漂う無数の残骸を見た。
これまでこの宇宙(そら)で行われた幾度と無い戦いに敗れ、散っていった…
…そんな兵士達のかつての愛機達が、もう動くことも無いただの残骸となって視界の至るところで、何も訴えることもなく…
……ただ漂っていた。
「……………」
彼には、この残骸達が……「お前達も、こちらに来い」と、現世ではない何処かへと、自分達を誘っているかのように見えた。
いずれ遠くない将来、自分達もこの「暗礁宙域」のデブリの中に加わることになるのだろう。



その頃、メーインヘイムが航行中の宙域からそう遠くない地点……
……一筋の光が先行する。それに続く二つの光。
モビルスーツのスラスターの光だ。
先行するモビルスーツのパイロットが、そのモビルスーツの機動性に感嘆しつつ言う。
「ハハハ、凄い機動性じゃないか!
 ハイザックとは大違いだな!」
「あんまり先行しすぎないでよ、こっちはそのハイザックがベースなんだからさ…」
続く、最後尾の光――最も遅れているモビルスーツのパイロットが、そうこぼした。
…この部隊は地球連邦軍のモビルスーツ試験部隊の一つだ。
今は量産試作モビルスーツ「GD(ジード)」ことガン・ディフェンダーのスタンダードタイプ
「GDストライカー」の運用テスト中である。
このGDストライカーはジム系モビルスーツの流れを汲みながらも、四基搭載されたスラスターによる高い機動性に加え
ビームライフル、ビームサーベルといった基本武装の他充実した内蔵武器も持ち、標準的なジムタイプのモビルスーツとは
一線を画す性能を持つ機体である。
GDシリーズは、現時点での連邦軍の主力モビルスーツである「ジムL」に次ぐ
次期主力量産モビルスーツのトライアル機として開発された機体で、データ収集の為試作機が数機生産された。
この試験部隊に配備されたGDらもまたデータ収集が任務である。
先行するGDストライカーを駆る、先程GDの機動性に感想をもらしたパイロットの名はニール・ザム少尉。
実戦経験こそ無いもののシミュレーター及び模擬戦での成績は一流であり
この部隊には「期待の新人」として、最近配属されてきたばかりのパイロットだ。
続くもう一機のGDストライカー、二番機のパイロットはビリー・ブレイズ。
この試験隊ではニールの先輩にあたる、ニールと同階級の少尉である。
この男はニールとは違い、実戦経験もありモビルスーツパイロットとしての腕もかなりのものがあるのだが、その反抗的な態度と
単独行動でのスタンドプレーを連発する協調性の無さとで、上から厄介者扱いをされ続け
最終的にこの試験隊に「厄介払い」されるような形で編入された経緯を持つ。
その性質も、この試験隊に入ってからは隊長である「ある男」の影響で、少しはなりを潜めているようだが…
…本質はそう変わるものではない。
ともかく、共にテストパイロットに選ばれるだけあって腕は一流である。
…だが、その行動からはまだまだ若さを感じざるを得ない。
さらに遅れて続くのはデータ収集用に、多少の改造を施された偵察用モビルスーツ「アイザック」。
パイロットは本来メカマンであるライル・コーンズ。さらにGDに距離を開けられ、思わず呻く。
「まったく、これじゃテストにならないよ…」
そのニールの呻きに、上機嫌のニールはこう返した。
「だがこれでわかったろ?
 このジードのスピードが、ハイザック級なんかじゃ追いつけないくらいには凄いってことがな!」
「そんなのテスト結果にならないって…」
尚も浮かれるニールに、ライルはさらに辟易した。そこへ…
先行していたニール機のすぐ隣に、気がつけばもう一機のモビルスーツが並んでいた。
二番機、ビリーのGDストライカーだ。その姿を確認し、ニールが言う。
「へぇ、やるじゃないか…」
「お前は相変わらずムダが多いんだよ… すぐ追い抜いてやる!」
「言ったな、抜いてみせろよ!」
自分と違い実戦経験があるということもあり、ニールはビリーを一方的にライバル視していた。
それを知っていて、あえてビリーは挑発をするような行動をとった。彼には、そういう所があった。
そんな二人の耳に、厳つい声の通信が入ってきた。



『…お前らはしゃぎ過ぎだぞ! いい加減にしねぇか…』
声の主はこの試験隊の隊長…――それまで誰にも直せなかったビリーの性質を、少しは和らげた男―
…グレッグ・マイン大尉だ。
そのグレッグからの通信に、ビリーはこう返した。
「…隊長。今まで旧式や出来損ないにばっか乗せられてきたオレ達が
 こんないい機体に乗せてもらっちゃあ、調子に乗るなってのが無理な相談ですぜ」
それにニールも続けて、言った。
「それに、今回は推進力のテストなんでしょ?
 それなら競争するのが一番早いってね!」
『黙れヒヨッコ! 実戦もロクに知らねぇ若造が…
 大事な機体にキズでも付けてみろ、ただじゃすまさねぇからな…』
「怖い怖い…自制しますよ。極力ね…」
等と、ニールは全く反省の色も無く言ってのけた。
若さ故か…歴戦のモビルスーツパイロットでもある上官グレッグに対しこの態度である。
特にニールという男は、グレッグに言わせれば…この部隊に配属されてきた当時のビリーと同等か、それ以上の問題児だった。
尚も距離を離され、たまらずライルがまたも愚痴をこぼした。
「…まったく、二人とも飛ばしすぎだよ…
 コイツの推力じゃとても付いてけないや」
『ライル、お前は自分のペースでやれ。
 あのヒヨッコどもに付き合ってやるこたねぇ…』
「わかってますよ」

「…ったく、危なっかしいったらないぜ…」
試験部隊の母艦である、コロンブス改級戦艦「アシモフ」のブリッジでグレッグは大きくため息をついた。
「大変ですね隊長…」
「全くだ。今まで数え切れねぇくらいのヒヨッコを一人前にしてきたオレだがな…
 あんなじゃじゃ馬どもは初めてだぜ」
かつて教導部隊に属していたこともあったグレッグだったが、ここまでの問題児を二人も抱えたことは今まで無かった。
「ビリー少尉、昔からずっとああなんですよ…
 いつになったら落ち着いてくれるんでしょうかね」
ブリッジでグレッグと会話をしているのはオペレーターのアヤカ・ハットリ。
彼女もまた最近配属されたばかりの新人のオペレーターである。
詳しいことはグレッグは知らないが、ビリーとはそれなりに長い付き合いのようだ。
『アヤカ、聞こえてるぞ!』
ビリーが、先程のアヤカの言葉に対し、通信越しに食って掛かった。
「聞こえるように言ったんです!
 本当に自制する気があるんですか? デブリにでもぶつかったら…」
『大きなお世話だ!』
とにかく、新任ばかりの部隊ということだ。
実際に戦うことは無いとはいえ、戦場では経験こそが全てと考えるグレッグにとっては気が重い部隊編成である。



『…あ、隊長! こちらで艦影を確認しました』
ライルがそう報告した。彼の乗るアイザックは元々偵察用モビルスーツであり、こと索敵能力に関しては他のモビルスーツを
遥かに凌駕する性能を持っていた。
それ故、他の二機やアシモフからも確認できない距離にいる艦影を確認できたのだ。
「民間船か? 接触でもしたらことだな…お前ら、一時休止だ!」
そのグレッグの命令に、テンションの高潮しきっていたパイロットらは不平を洩らす。
『民間船かよ、しゃらくさいな…』
『民間船くらい通るものでしょ? いちいち気にしてたら時間がいくつあっても足りませんよ!』
そんな事を言うパイロット達に苛立つグレッグをよそに、アヤカが二人を宥める。
「まぁそう言わないでください。休憩できる時は休憩しないと」
「その通りだ! お前らさっさと母艦に…」
グレッグが続けてそう言った時、そこにライルからさらに通信が入った。
『…た、隊長、これは…』
「ん…どうした!?」
ライルは、アイザックから転送されてきた艦艇の画像をアップにし、さらに確認した。
その艦艇は、軍人にしてかなりの軍事マニアでもあるライルにとっては、見覚えがあるものだった。
『これは…軍艦のようです!』
「軍艦だと!?」
グレッグが聞き返し、さらにライルは報告を続ける。
『しかも…これは、かなり古い型のジオンの艦のようです。民間船がベースのようですが、ジオンの紋章が…』
『ジオンだと!?』
ジオンという単語に即座に反応したのは、ニールだった。
…一年戦争で家族を失ったという彼は、ジオンへの怒りが元で軍に志願したほどのジオン嫌いだ。
『…じゃあ、残党ってわけじゃないですか。
 隊長、せっかく向こうから来てくれたんだ。オレ達で迎え討ってやろうじゃないですか!』
「な…若造が何を言いやがる!!
 お前らごときの腕でジオンとやりあおうなんざ、十年はえぇんだよ!」
『そんなことはないでしょ…
 …隊長、そろそろオレにも実戦ってのを経験させて下さいよ。
 どうせ旧型艦なんだ、戦力もたかが知れてますよ』
実戦を知らないが故の自信である…当然、グレッグはさらに怒りを募らせた。
「若造が調子付きやがって! 自分が何言ってるかわかってんのか!?」
『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差なんでしょ?
 どっちにしろ、残党は狩らなきゃいけないんだ。ボヤボヤ後続に任せてたら逃げられちまいますよ』
そう言って、ニールはさらに捲くし立てた。
『アイツらはコロニーだって平気で落とすような連中なんだ……
 …放っといたら何しやがるかわかったもんじゃねぇ、逃がすわけにはいかないでしょう!』
ニールは自分達地球連邦軍が、ネオ・ジオン抗争時にネオ・ジオンの猛攻に対し実質何もできなかった事への苛立ちすら
その残党と思われる艦艇にぶつけようとしていた。
…かつて乗ったことのないほどの高性能機に乗り、力を得たとでも思ったのか。
そう感じたグレッグはさらに苛立ち、語調を強め、ニールに言った。
「いい加減にしやがれ! んなこたぁお前の心配することじゃねぇんだよ!」
「そうですよ、我々の任務はあくまでも試験なんですから…」
グレッグに続き意見したアヤカをニールは一喝する。
『お前は黙ってろ!
 オレはな、ジオンの連中を一人でも多く地獄に送る為に軍に入ったんだ…
 ボヤボヤしてたら敵がいなくなっちまう!』
彼は、完全に冷静さを失っていた。
『…オレは行きますよ、隊長。
 ジオンじゃないかもしれないんだ、とにかく見て来るだけですよ…』
と言うや否や通信を切り、ニールのGDストライカーは、背部スラスターを吹かし艦艇の見つかったという方向へ向かって行ってしまった。
「…若造が!! ビリー! 止めて来い!」
『チッ、しゃらくせぇ…』
「…何か言ったか」
『…何も。じゃあ行ってきますよ!』
続き、ニール機を追うビリーの二番機。
その光景を見て、ビリーの血気盛んな性格をよく知っているらしいアヤカは不安がった。
「ビリー少尉…ちゃんと止められるのでしょうか?」
「さぁな…」
それはグレッグも同じことだ。だがまさかアイザックにGDストライカーを止めに行かせるわけにもいかない。
ビリーを行かせるしか無かったのだ。
そして、一人残されてしまったライルがグレッグに指示を仰ぐ。
『隊長、僕は…』
「お前は先に帰艦しろ!
 …ったく! ニールめ、どうしようもねぇヤツだ…」
グレッグはそう吐き捨てた。



一方、発見された艦艇―――メーインヘイムからも、近づいてくる機影が確認されていた。
「き、機影を確認! モビルスーツです!」
通信兵が叫び、その言葉に対し即座にアルが確認した。
「何だと…連邦か!?」
「そのようです!」
「チッ、こんなところで見つかっちまうとはな!」
デニスは憤った。あえて時間を犠牲にして発見されづらい暗礁宙域を航行してきたというのに…
「どうする隊長さんよ。対空砲座につけるヤツも満足にいねぇこの有様で…」
スタンは一応聞いてはみたが、答えは聞くまでもなかった。
このような状況下で、デニスのする判断といえば一つだった。
「…モビルスーツ隊出撃準備だ!」
…やっぱりな、とスタンは思った。一方その命令を聞き、ドクが叫び声を上げる。
「ヒャアーハッハァー!! 久々に戦えるぜぇぇぇ!!」
ドクの叫びを尻目に、デニスは既に出撃の準備を始めていた。
「まぁ…今回もオレの出番はありそうもねぇがな」
そそくさと準備をしながら、スタンはそうこぼした。
――大抵、こういう時にゃオレの出番が来る前に片付いちまう。
そう思いながらも、彼も一応出撃準備にかかる。

一方、ニールのGDストライカーはメーインヘイムをセンサー有効範囲に捉えられる程の距離まで接近していた。
その船体のジオンの紋章を確認し、ニールは呟いた。
「見ろ、やっぱりジオンだったじゃないか…」
そこに追いついたビリーの二番機が、強引にニールの一番機に接触し
通信を切ってしまったニール機に対し、物理的な接触による通信…いわゆる「お肌の触れ合い回線」で通信を送った。
『……ニール! テメェいい加減にしやがれ!』
「ハッ! あんなボロ艦、先手を撃てばすぐに落とせる!
 ここまで来たんだ、どうせ向こうにもバレてる…行くしかねぇだろ!」
『チッ…』
舌打ちこそしたが、実際の所はビリーも乗り気だった。
元々、ニールよりもビリーの方が血気盛んで好戦的な性格なのだ。
ビリーは彼自身の経験から、この程度の戦艦ならGDの性能があれば苦も無く沈められると直感した。
『しかたねぇな……さっさと片付けようぜ!』
「よし、決まりだ!」
…グレッグ達の予感は的中した。
スラスターを吹き上げ、二機のGDストライカーはメーインヘイムに迫っていく。



そして、ついにニールが射程範囲にメーインヘイムを捉え、言った。
「…このオレに出会ったのが運のつきなのさ!!」
今まさに射撃せんという時に、その耳にビリーからの通信が入った。
『気をつけろニール! モビルスーツが来るぞ!』
「何だと? モビルスーツなんか積んでやがったか…生意気な!」
『ニール! 死にたくなかったら一人で前に出すぎるな!』
「わかってる! ジオンめ、オレ達の力を見せてやる…」
…その時、メーインヘイムから出撃してきたモビルスーツの外観を確認したビリーは驚愕した。
あの特徴的な顔つきに、黒い機体色…
『ありゃあ…ドムじゃねぇか!!』
「…ドムだと?」
それを聞いてニールは失笑し、言った。
「ハハハ、旧型もいいところじゃないか!!
 ますます相手じゃないな!」
『甘く見るなニール! あのドム普通じゃねぇ…』
「何…」
次の瞬間、ニールは驚愕した。ドムが…十年前の、一年戦争時代の旧式機とは思えないほどの瞬発性と機動性…
…つまりスピードで動き出したのだ。
「ア…アイツ!」
遠目からでもわかった。あのスピードは…もしかしなくても、彼のGDストライカーを超えていた。
「な、何なんだよコイツは!!」
その敵機に向け、ビームライフルを連射するニール機。だが照準が甘かったのか、相手が速すぎるからか…一発も当たらない。
「そ、そんな…」
そこに、回線が回復したのか、ビリーではない声の通信がニールの耳に入った。
『若造が…だから言ったんだよ!』
「グ、グレッグ…隊長…」
先程の気迫はどこへやら、一転して弱気な態度になってしまったニール。
そんなニールにグレッグは喝を入れるつもりで言った。
『もうこうなっちまったら後には引けねぇ…
 気を引き締めろ、死にたくなかったらな…」
「ク…クソ! やってやる!」
『落ち着けニール! 二機がかりなら倒せない相手じゃねぇ…』
ビリーも叱咤する。そこに…
「……!
 もう一機出て来たぜ! あいつもドムみてぇだが…」
ビリーが更に現れたもう一機のモビルスーツに気付いた。
ニールは焦るが、もう後には引けない…元々承知の上での行動だ。
「…ドムごとき…ドムごとき!
 このジードの敵じゃないんだよ!」
さらにビームライフルを乱射するニール機。

「ヒャアーッハッハー!!
 無駄、無駄、無駄ぁぁぁぁッ!!」
異常な機動性を見せるドム―――ドム・バインニヒツを駆るのはドク・ダーム。
「足無し」の名を持つこのドムはその名の通り、リックドムの脚部を廃し高機動スラスターと換装することで
モビルアーマーに匹敵する機動性を持たせたモビルスーツである。
元モビルアーマー乗りだったこの男は、このような機体の扱いには誰よりも長けていた。
その常軌を逸した性格通り、全く予想のつかない動きで敵機に射撃の狙いを絞らせない。
『待たせたな、ドク!』
「デニスかぁぁぁ!!」
続いて到着したのは、またしてもドム―――ドム・グロウスバイルだ。
「大鉈」の名を持つこちらのドムは、その名の通り巨大なヒートサーベルを装備した格闘戦特化型のモビルスーツである。
その大型ヒートサーベルは機体本体に匹敵するほどのサイズであり、そのため機動性に支障をきたさぬよう
サーベル本体にスラスターまで装着されている。
他の武装は小型のヒートナイフのみという完全なる接近戦用モビルスーツであり
先のドム・バインニヒツとのセットでの運用を前提として開発された機体だ。
……もっともこの二機は元々一年戦争時代に設計段階で終戦を迎えた機体であり
その開発計画をアクシズが引き継ぎ、ネオ・ジオン抗争が始まるずっと以前の、潜伏中の期間に完成させたものだ。
信じられない話だが、ネオ・ジオンが瓦壊してから今日までデニスらはこの旧型機で戦い抜いてきたのだ。
とはいえ旧式ながらも、ある一点だけに絞って徹底的に強化したこの二機は、その一点においては
新型のモビルスーツにすら引けを取らない性能を有していた。
ただし、その性能は一流のパイロットの操縦があって、はじめて引き出される性質のものだが。
『大尉殿! 威嚇し、撤退させるだけでいいのです!
 くれぐれも無理はなさらないように!』
「わかっている!」
アルからの通信に、デニスは短く答えた。そしてその耳に、興奮の絶頂にいるであろうドクからの通信が入った。
『ハァーハッハ! デニスぅ!
 どいつからやっちまうんだぁぁぁ!?』
「決まってる…あの見るからに散漫なヤツだ!」
見るからに散漫なヤツ―――当然、ニール機のことだ。
「了解だぁぁぁ!!
 …いぃぃぃくぞぉぉぉ!!」



二機で固まっていたGDストライカーの元に、猛スピードでドム・バインニヒツが迫る。
「…きやがったな!」
「クソ、墜ちやがれ!」
二機同時にビームライフルを撃つGDストライカー。しかし…
ドム・バインニヒツはその脅威的な俊敏性で両方の射撃を避けてみせた。
「あ、ありえねぇ…」
ニールがまたも弱音を吐く。
『馬鹿野郎、気合を入れんか!』
そこにグレッグから通信が入る。しかし耳に届きはしない。それどころではなかった。
ドム・バインニヒツがさらに接近する。
「…旧型ごときに梃子摺ってたまるかよ!!
 ぶっ壊してやる…!」
とっさに接近戦用のビームサーベルを構えるビリーの二番機。だが…
「ハッハァー…」
その行為すら嘲笑うかのように…ドム・バインニヒツは、ビリーらの予想を裏切る行動をした。
「な、何だ!?」
胸部に取り付けられた拡散メガ粒子砲を…かつて、黒い三連星と呼ばれた部隊がそう使ったように
目眩しとして使用したのだ。
「な…なんだよこりゃあ!?」
「…目眩ましか!?」
GDは両機とも目眩しを正面から受け、メインカメラはホワイトアウトしてしまっていた。
「…チッ!」
ビリーは舌打ちをした。このスキを敵が見逃してくれるわけがない…
…GDストライカーの視界が戻った時、二人は絶望した。
目くらましをしたドム・バインニヒツはすでに後方に下がり
代わりに…もう一機のドム―――巨大なヒートサーベルを構えた、ドム・グロウスバイルが
すぐそこまで接近していたのだ。
「ち……散れ!」
咄嗟にビリーが叫んだ。
瞬間、二機のGDストライカーは別方向に散った。
だが…ニールの一番機は避け切れなかった。
モビルスーツの身長ほどもある大型ヒートサーベルの一薙ぎで、ニールのGDストライカーは右腕を持っていかれてしまった。
「…コッ………コイツ!」
ニール機は中破。その上…分散してしまった。
これでは、各個撃破を待つのみ…
『………』
グレッグは歯噛みした。
――オレがいながらこんな事態になるとは…
 ニール達の様子からだけでも、相手が相当の手練だということがわかる。
 ヒヨッコどもに勝ち目はねぇ…――
そう感じ、たまらず叫んだ。
『…もういい、お前ら! 撤退しろ!』
「で…でも、こんなヤツらから逃げ切れるわけ…」
咄嗟に返したニールの声は、敵艦艇に向かっていった時とは別人のように弱気な声だった。
『ソイツの機動力で全力で逃げれば逃げ切れる!! ヤツらも深追いはしてこれねぇはずだ!
 さっさと逃げろ、手遅れになるぞ…』
「聞いただろニール! ここは退くぞ!」
ビリーも叫んだ。そして…
「…ク、クソ! このカリは返してやるぞ…」
捨てゼリフを吐いて逃げようとする二機のGDストライカー。しかし、それを許す敵では無い。
「ヒャアァーッハァー!! 逃がすかよぉぉぉ!!」
ドム・バインニヒツが追いすがる。GDストライカーの、四基のスラスターをフルに使った加速を持ってしても
振り切ることができない。
「…クソ! 墜ちろよ!」
ニールの一番機が、逃げながらも残った左腕に取り付けられた内蔵武器、シールドマシンガンで、追いすがる「足無し」ドムを牽制する。
「やめろ、今は逃げることだけに専念…」
ビリーが言うも、時既に遅かった。
ドム・バインニヒツを迎え撃つために姿勢を変えてしまったニールの機体は大きく減速してしまう。
―――その機体に、ドム・バインニヒツが迫る。
「そ、そんな…」
ニールは絶望した。死の覚悟をするには、あまりに時間が短すぎた。



「…ドク、そこまでだ!」
その時、デニスがドクを制止した。
「あぁぁ!?」
返事をしながら、ドクは反射的にドム・バインニヒツの速度を下げた。
「……何だよ、もう終わりかよぉ!?
 つまんねぇぞぉぉぉ!」
もう少しで獲物を仕留められたところを止められ、ドクは憤怒した。
その怒りの声に対しデニスはあくまで冷静に返した。
「忘れたのか? 撤退させるだけで十分だと言っただろうが!
 もうヤツらに向かってくるような気力はねぇ、弾と推進剤をこれ以上無駄遣いするんじゃねぇ…」
「わ…わかったよぉぉぉ…」
渋々、ドクは承諾した。
満足な補給など受けられるはずも無い残党にとって、これ以上の撤退の理由は無かった。
ともかく、実弾は一発も消費しないうちに敵を撃退することができたのだ。
「わかったらこっちも撤退だ!
 余計な時間を喰わせやがって…アマチュアどもが!」
長年戦場で戦ってきた、プロ意識の高いデニスにとっては、連邦軍の経験の久しいパイロットなど、文字通りアマチュアに過ぎないのだ。
この少しの時間のうちに、二機の残党にとっての未確認機は遥か彼方まで後退していた。

…撤退中の二機のGDストライカーに通信が入った。
『…二人とも、無事ですか!?』
アヤカの声だ。
とても返事ができる状況ではないニールに代わり、ビリーが返答する。
「オレの方は何とかな…だがニールの機体が」
そこに割り込んでくる、ブリッジに上がってきていたらしいライルの声。
『撃破されてしまったのかい!?
 なんてことだ、貴重な機体がぁ…』
「…撃破なんてされてたまるか! 生きてるよ!」
ライルが自分の命よりも機体の心配をしていた、と感じたニールは苛立ち、そう言った。
その会話を聞いて、ビリーは言った。
「…一番機の右腕をやられちまったがな。ニールはこの通りピンピンしてやがる」
『そうですか…とにかく二人とも無事で良かっ』
そうアヤカが安堵していた時…そこに、ビリーとニールが恐れていた声、グレッグからの通信が割り込んだ。
『大事な機体を!! お前らよくもやってくれたな!!』
「グ…グレッグ…」
力無くニールが呟いた。こんなビビるくらいならハナから突撃するな、とビリーは心底思った。
『戻って来たらわかってんだろうな…』
「………」
無言の返事をする二人。鉄拳制裁で済めばいいがな…ビリーはそう思った。
『…これが実戦ってモンだ! お前がやってきたごっこ遊びとはわけが違うんだよ…
 ちったぁ理解できたか!?
 二度とこんな真似するんじゃねぇぞ! わかったか…』
「りょ、了解…」
力無く返事をするニール。とんだ初陣となってしまった。



一方メーインヘイム隊は、出撃した二機のドムも帰還し一安心といったところか。
「やれやれ…やっぱりオレの出番は無かったか。」
そう言うのはスタン。出撃の準備こそしていたが、どうせ出る必要は無いだろうと
出撃はしなかったのだ。
「ハッハァー、すまねぇなぁ!」
ドクが心底楽しそうに言う。この男は、もはや戦いだけが生き甲斐なのだ。
一方、アルは帰還したばかりのデニスを労っていた。
「見事でした、大尉殿」
「…追っ払うだけで時間を取られたな。
 オレもヤキが回ったか?」
その会話にスタンが割り込んだ。
「ちっともそんなもん回っちゃいませんよ…
 …隊長達が本気でかかってりゃ、アイツら今ごろあの世行きですぜ」
「世辞なんか聞き飽きてんだよ…」
スタンは世辞のつもりじゃなかったんだがな…と思いつつも、流石に口にはしなかった。
その代わりに、勝戦ムードすら漂う中、こう言った。
「しかし…こりゃよくありませんぜ。
 連邦に我々の存在が知られてしまったわけですからね」
「全くだ…こりゃ、一刻もはやく例の部隊と合流せんとな…」
例の部隊―――航行中、運良くコンタクトできた残党仲間の艦と合流できた際
その戦艦が合流しようとしていた部隊だ。
…もっとも、その際合流した残党仲間の部隊は追撃の連邦軍との戦いで失われてしまったのだが。
とにかく行く当てすら無かったメーインヘイム隊は、その部隊が合流予定だった部隊と合流し
あわよくば束の間の拠点を得ようとしていたのだ。
「さて…次のアジトはどんなとこかな」
スタンが不安まじりにこぼす。
「前のアジトよかマシだといいんだがな…」

そしてメーインヘイムは、再び航行を開始した。
自分達の他には…かつての同胞、そして敵だった者達の残骸だけが漂う「暗礁宙域」を…