第二話 合流




グレッグらの試験隊は暗かった。
貴重な試験用モビルスーツを傷つけてしまった……それもある。
しかし、この暗い雰囲気を形成する理由はそんな軽いものではなかった。
「オレ達が…まさか追撃に加わるハメになるとはな」
グレッグは思わずそうもらした。
あの戦闘後、当然彼等は残党の存在を上に報告した。
ニールらの暴走の件は伏せられ、ネオ・ジオン残党に襲撃されたという形での報告だ。
あとは後続に任せればいい……そう思っていたグレッグに、上からの命令は予想外なものだった。
「残党討伐部隊と合流し、共に残党を殲滅せよ」
…こんなヒヨッコ集団で実戦。経験を重んじるグレッグにとっては考えただけで背筋が凍るような事態だ。
一方で、この命令に喜ぶのはニール。
「ジオンのザコどもに…カリを返す機会がこうも早くやってくるとはな!」
つい最近まで独房に入れられていたとは思えない元気さだ。
そんなニールに、前回の出撃で散々手を焼かされたビリーが言う。
「粋がるのはいいがな…前みたいな調子じゃ死ぬだけだぜ?」
「わかってる! あんな醜態二度と晒すかよ…」
…グレッグは頭が痛くなるのを感じた。
今最も命令に衝撃を受けているこの時期に…何もブリッジでこんな会話をしなくてもいいだろうに。
「今度は残党狩り専門の部隊も一緒なんだろ?」
「ああ、302部隊とか言ったっけな…」
「ハッ、負ける要素が見つからないな!」
…前回の戦闘から、全く懲りた様子も感じられないニール。
その様子に耐えかねてか、オペレーターのアヤカが口を開いた。
「あなたたち…本当にこの状況がどういうことか、わかっているんですか!?
 前の戦闘だって死に掛けたくらいなのに…」
「しゃらくさいんだよ! 何もわかってねぇヤツは黙ってろ…」
「な…」
予想していたニールからではなく、ビリーからの辛辣な言葉に閉口してしまった。
ビリーにとってはニールをフォローする為の一言だったのだろうが、持ち前の口の悪さの所為か必要以上に辛辣な一言になってしまった。
「まぁまぁ落ち着きなって…」
そこにライルが仲裁に入った。彼にとっては仲裁役はもう慣れたものだ。
…一方もはや怒る気も失せた様子のグレッグは、今日何度目かわからない溜め息をまたついた。
「せめて、オレが出れりゃあな…」
そして、そうもらした。心からの言葉だった。

数時間後、例の「302部隊」の一隊がグレッグらの試験隊と合流する。
彼らの母艦だったコロンブス改級「アシモフ」は中破したGDストライカー一番機とそのデータと共に引き取られ
302部隊所属のサラミス改級戦艦「イーサン」に試験隊の人員は移された。
「ああ…さようなら、僕達のアシモフ…」
感慨深げに、それなりの時間を共に過ごしたアシモフを見送るライル。
もっとも、試験隊の人員の中でアシモフへの郷愁などに浸っているのは彼だけだったのだが…
他の者はとてもそんなことに構っている余裕は無かった。
血気にはやる二人のパイロットに、初めての実戦に不安を隠しきれないオペレーター…
そして、もっとも余裕など持っていられない隊長…
…元隊長のグレッグは「イーサン」のブリッジにいた。
「しかし「302」か…聞き覚えがあるな」
「…グレッグ大尉ですか。」
「…ん、何だ。」
302部隊所属の技術士官らしき男が、グレッグに話しかけてきた。
「…少々、時間を取らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「何だよ、前置きはいいからさっさと要件を言いやがれ」
「……我が隊の上の者から、貴官にモビルスーツが与えられます。
 次の残党との戦闘では、貴官もそれに搭乗して出撃していただきたいと…」
「……モビルスーツだと?」
グレッグにとっては、願ってもいないことだった。
――しかし、ただの実験部隊の隊長でしかないオレにモビルスーツだと?
聞き覚えがある部隊名と共に、グレッグは何かキナ臭いものを感じた。



…イーサンのモビルスーツデッキ。そこに、グレッグと技術士官は来ていた。
「シュツルム・ディアス。これが、貴官の愛機となるモビルスーツです」
その赤く塗装された、武骨な、一見連邦軍所属のモビルスーツとも思えないような
独特の風貌をしたモビルスーツの前で、技術士官は言った。
「ディアスとはな…
 …コイツは確か、エゥーゴの機体じゃなかったか?」
「これは元々、エゥーゴ向けに開発されたモビルスーツです。
 彼らが連邦に帰属した結果、こうして我々の元に配備されているわけですな」
「なるほどな……しかし、こんなもんまで持ち出すたぁ
 天下の地球連邦軍の台所事情も、あんまりいいとは言えねぇみてぇだな?」
「仰るとおりで…」
技術士官は説明を続ける。
「本機はリック・ディアスというモビルスーツの火力増強型です。
 背部バインダーを、メガ粒子砲を内蔵したグライバインダーに換装してありまして…」
「背中にキャノンを背負ってるってわけか……色も赤とくりゃ、まるでガンキャノンだな」
グレッグが唐突に持ち出した「ガンキャノン」というモビルスーツの名前……
グレッグがこの機体を見て、一見とても似ているとは思えないガンキャノンを連想したのは
一年戦争時の彼のかつての愛機が、ガンキャノンの量産仕様のモビルスーツだったからかもしれない。
「この機体がガンキャノンに似ている……なるほど。言われてみれば。
 このシュツルム・ディアスからガンキャノンを連想するとは、流石は元ガンキャノンのパイロットですな」
「ん……お前、何でオレが元ガンキャノン乗りだってわかった?」
「事前に聞かされておりました。隊長から…
 …この機体が貴官に与えられるのは、我が部隊の隊長のはからいです。
 ……ブラッド中佐、という名前に聞き覚えはありませんか?」
「……ブラッドだと?」
聞き覚えがあるどころではない。かつて、一年戦争をグレッグとともに戦い抜いた男の名だ。
時には命を助けられたこともあり、助けたこともあった。そんな間柄だった。
「あいつがまさか佐官とはな…わからねぇもんだぜ。
 それで、あのブラッドがお前ら「302」の隊長ってわけか?」
「その通りです。
 …しかし、隊長が選んだこの機体がガンキャノンに似ているのも、偶然ではないのかもしれませんな」
「ったく、ブラッドめ…粋なことをしてくれるぜ!」
かつての愛機と同じ、赤い色で塗られた砲担ぎモビルスーツを見…グレッグは言った。
「こりゃあ…オレもまた昔の血がたぎってきたぜ!」

一方、イーサンのパイロット・ピットでビリーとニールは待機していた。
「よう、お前らか?」
そこに話しかけてきたのは、パイロットスーツを来た男。
302部隊に所属するモビルスーツパイロットらしい。年齢はビリーとニールの丁度中間くらいだろうか。男は続けた。
「…ピカピカの新型に乗って、ジオンの残党に手も足も出なかったってのは!」
同時に、そこにいた302所属の若いパイロット達が一斉に笑い出した。
「コ…コイツら!」
怒りを露にするニール。それをビリーが止めた。
「落ち着けニール。仲間割れしてる場合かよ…」
「…でもコイツら!」
おお怖いとオーバーリアクションで言う先程のパイロットは、さらにこう続けた。
「まぁ、今度の出撃はオレらに任せとけ。
 オレ達はお前らテストパイロットと違って、実戦のプロだからな。せいぜい見学でもしててくれや!」
「クソ…」
ニールのプライドはさらに傷つけられた。
「そうさせてもらうぜ…」
だがビリーはこれ以上の面倒ごとは御免だと、短く切り上げてしまう。
そう言いつつも、そのつもりはさらさら無かったのだが…



翌日、メーインヘイム隊…
「発光信号を確認!
 合流先の艦艇はエンドラ級一隻にティベ級一隻!」
通信兵が興奮気味に叫んだ。
「やっとか…」
さしものデニスも、思わず顔を綻ばせた。
「しかしエンドラ級か。ちったぁ期待できそうな戦力はあるようだな…」
「ま、少なくてもウチよりはいいでしょうぜ」
スタンが皮肉混じりに口を挟んだ。そして、通信兵の声が再びブリッジに響き渡った。
「…合流先の艦隊から通信を入電! 繋ぎます!」
「よし…」
通信兵の報告を聞き、デニスは気を引き締めた。

『随分遅かったね…』
「悪ぃな…」
画面に映された、合流先の部隊のエンドラ級の艦長と思われる軍人は……意外にも、女だった。
それを確認してドクが叫んだ。
「何だよ女かよぉぉぉ!!」
『…女だと何か不都合があるのか?』
明らかに気を悪くしたであろう女艦長が言う。
ヘソを曲げられてはたまらないと、スタンが即座にフォローした。
「いえ、何も。ネオ・ジオンの大将だって女だったんですぜ。
 女も男も関係ありませんって」
「そういうことだ!」
デニスも続く。彼は今までジオン残党として長く活動していく中で、優秀な女指揮官を数多く見てきた。
この女からは、その歴戦の女指揮官と同じものをデニスには感じ取れたのだ。
というよりは…その艦長は女だてらにデニスがこれまで会った艦長の中でも有数の「風格」をも持っていた。
そして、女艦長が再び口を開いた。
『…ソニア・ヘイン少佐だ』
「こちらはこの隊の隊長デニス大尉だ!
 部下ともどもよろしく頼むぜ…」
相手が立場では自分より上だとわかっても尚、態度を変えないデニス。
デニスとはそういう男なのだ。
というより、ネオ・ジオンという軍隊そのものがそういう側面を持った軍だったし、残党という立場では
階級も、さして大きな意味を持たないという理由もあるのだろう。そして、全く媚びぬ口調のまま、デニスは続けた。
「先に言っておく。本来貴艦隊と合流予定だった部隊は既に壊滅した。
 連邦との戦闘でな…それでその部隊と行動を共にしていたオレ達だけが合流できたってわけだ」
『そうかい…それで、予定より小規模だったんだね』
ソニアはそう返した。ムサイ級三隻との合流の予定が、来たのがメーインヘイムのような
旧式艦一隻だけだったことに…皮肉も混じっているのだろう。
その様子を見て、沈黙していたアルが口を開いた。
「母艦はこのようにみすぼらしいものですが、戦闘力はデニス隊長を筆頭に一線級であります。
 期待していただいて構いません」
『期待…か。
 ともかく、ここまでにかなり消耗しているようだ。心ばかりだが補給をさせる』
こりゃ、ダイス爺さんが喜ぶだろうな…とスタンは思った。
「そりゃありがてぇ。何より物資が足りなくてな…」
感謝するデニスに、ソニアは続ける。
『補給が終わり次第本拠地まで戻る。
 仲間達にお前達の紹介もしなきゃならないからな…忙しくなるよ』
「覚悟しておくぜ…」
そして、通信は切れた。
「まったく手短なこって…」
スタンがこぼした。その言葉に、デニスはこう返した。
「長話してる時間なんざねぇからな。 ともかく補給だ!
 ダイスに知らせてやれ、喜ぶぞ…」
ともかく、長い航海だったがこれでとりあえず一休みできる。
メーインヘイム隊は、静かながら喜びに満ちていた。



「……艦艇を確認! ジオンです!」
「イーサン」に緊張が走る。
タイミング悪く……先行させて索敵を行っていたアイザック隊が合流中の残党部隊を発見してしまったのだ。
「戦力は報告よりも強大! エンドラ級、ティベ級各一隻!
 そして未確認の戦艦が一隻! 補給艦と思われます!」
通信兵からの報告を聞き、イーサンの艦長――302から送られた、新任の艦長らしい―――が大声を張り上げる。
「よーし! ついにネズミどもを発見したか!
 さっそく狩りにでかけるぞ! 艦隊、最大船速!」
はじめての実戦の艦隊指揮に意気揚々といったところだ。
――…コイツらもヒヨッコぞろいってわけか…。
その様子を見てグレッグは落胆した。
あの技術士官から聞いたが、どうやら302は敵が少数と聞いて
実戦経験の少ない士官やパイロットを中心とした部隊を送ったという。
「練習相手としちゃ、相応しい敵とは思えねぇがな…」
つい口に出てしまった。艦長には聞こえていなかったらしく特に何も言われることは無かったが。
そこに、近くの通信席からアヤカが話しかけてきた。
「グレッグ隊長…いえ、大尉。出撃の準備を…」
「わかってるぜ…久々の実戦だ。腕が鳴るぜ…」
その様子に、アヤカは一抹の不安を感じた。
かつての歴戦のパイロットであることは知っているが、ブランクがあって大丈夫なのだろうか…と。
ともかく不安を無理矢理心の中から振り払い、ビリーらも含めた待機中のパイロット達にも出撃命令を伝える。
先の遭遇戦とは比べ物にならない戦力同士の戦いが、はじまろうとしていた。

一方、補給作業中のネオ・ジオン残党部隊…
『…報告します! たった今、我が艦隊に接近中の連邦の艦隊を、エンドラがキャッチしました!』
「何だと!?」
補給をしてくれていたティベ級の通信兵からの報告に、デニスは歯噛みした。
「チッ…なんて時に来るんだ」
スタンも思わず舌打ちする。同時にアルが画面の先の通信兵に問う。
「戦力はどの程度かッ!」
『確認されているのはサラミス級が三隻!
 かなりの量の艦載モビルスーツも存在するものと思われます!
 …ともかく補給は一旦中断! 貴艦も一刻も早く迎撃準備を!』
聞くや否や、デニスは叫ぶ。
「総員出撃準備だ!
 ちょうどいい、あの女艦長に紹介がてら…オレ達の戦闘力を見せてやろうじゃねぇか!!」
「おぉぉぉ!!」
「了解ッ!」
勢いよく返事をしたのはドクとアル。スタンも遅れて返事をする。
「……了解」
――まったくわかってんのかねコイツらは…
と、心の中で思いながら。



『ジムは全て出すぞ! 数が多ければそれだけ有利になる!
 ……いや、艦の護衛に一小隊はつかせろ! 万一のことがあるかもしれないからな!』
さらに大声を張り上げるイーサンの艦長
「…たく、ブラッドのヤツめ。
 あんなヒヨッコ艦長よこしやがって…」
出撃待ちのシュツルム・ディアスのコクピットの中で愚痴をこぼすグレッグに、ビリーは尋ねた。
「…隊長、知り合いでもいるんですか?」
「ああ…この302の隊長とは昔からの仲だ。
 あの野郎練習のつもりか知らねぇが、ヒヨッコばかりの艦隊をよこしやがったぜ」
そこにニールが口を挟んだ。
「何だよ、アイツらもヒヨッコのくせにオレらに威張ってやがったのか…」
「お前よりはマシだろうぜ!」
グレッグに一喝され、ニールは黙った。
…グレッグの小隊は、グレッグ本人の希望もあり元試験隊のパイロット二人とグレッグの
三機一小隊編成となっていた。
引き取られたGDストライカー一番機に代わり、ニールはアシモフに搭載されていた、既に試験の終わっていた
GDの支援タイプ「GDキャノン」に搭乗し、ビリーは引き続きGDストライカー二番機での出撃となった。
そして隊長機はグレッグのシュツルム・ディアス。
グレッグ小隊は、全てジムLで纏められたこの艦隊のモビルスーツ隊の中で浮いていた。
浮いていたのは機体だけでなく、立場的にもイレギュラーとしてブラッドから単独の行動が
許されている……と、あの技術士官は言っていた。
あの男……ただの技術士官ではないと、グレッグは直感していた。
「しかし隊長…変わったモビルスーツですね、それ。
 コクピットが頭にあるなんて、見たことありませんぜ」
ビリーが、先程から気になっていたことをグレッグに言った。
テストパイロットとして多くの機体に乗ってきた彼でも、シュツルム・ディアスの構造は物珍しいようだった。
「全くだ。脱出装置と兼用だっていうが、こんなので生存率が上がりゃ世話はねぇ…」
シュツルム・ディアスはグレッグらの言うようにコクピットが頭部に内蔵されており
コクピット部分は有事の際に脱出ポッドとして切り離せるようにもなっていた。
「…………」
ニールは、グレッグに渡されたこのモビルスーツが気に入らないようだ。
隊長だけ脱出機能の優れた機体に乗っているということがまず嫌だったのだろうし
何よりシュツルム・ディアスのそのドムにも似た風貌が、ジオン嫌いの彼にとっては許せないのだろう。
何せ、そのドムとの戦闘で惨敗したばかりなのだ。いい気がしないのも当然かもしれない。
それらの苛立ちもあり、ニールはグレッグに急かすように言った。
「…出撃はまだなんですかね隊長!」
一刻もはやく仕掛けたいという気持ちを抑えられない様子のニールに対し、グレッグはこう返した。
「…オレ達はまだまだ待機だ」
「オレ達は単独行動が許されてんでしょ? なら先手をうって…」
「黙ってろ! お前全く懲りてやがらねぇな…
 …手柄が無いのを焦ることはねぇ、今度の作戦は302の作戦だ。オレらは裏方だ…」
「わかりましたよ…」
「チッ…」
ビリーはまたも舌打ちをした。



『サラミス級、さらに接近!』
すでにモビルスーツの出撃を終えたメーインヘイムらジオン残党側…
メーインヘイム隊からはデニスのドム・グロウスバイルとドクのドム・バインニヒツに加え
修繕が終わったばかりのガルスJ、弾数の限られるミサイル攻撃をメインとする機体ゆえ
今日まで温存されていたズサも出撃していた。
パイロットはそれぞれズサにアル、ガルスJにはスタンが搭乗していた。
この窮地に、アルはメーインヘイムの指揮を予備員に任せ、自ら出撃したのだ。
彼も元々モビルスーツパイロット。腕も人並み以上にあり、このような状況下でその腕を遊ばせておくわけにはいかなかった。

スタンはガルスJのコクピットの中で、その計器まわりを見回した。
ジャンクも使って無理に修繕したからか、ところどころ違和感のある部分が目立つ。
「命を預けるには…心もとない機体だな」
そう言いつつ、操縦に支障をきたさない部分に写真を一枚貼り付ける。
…子供の写真だ。
「…ま、今度も守ってくれや」
その写真はかつて亡くしたスタン自身の息子の、唯一残った写真だった。
その息子の写真をコクピットのどこかに貼り付けるのは、スタンにとっては儀式とまではいかないが、習慣のようなものだった。
「やれやれ…こんな戦力で連邦とやり合おうとはな。
 今更ながら、ムチャなことしてるよな…」
こぼすスタンを、アルがズサのコクピットから通信越しに叱咤する。
『ムチャでも何でもやらねばならないのが我々だ。
 ここでやられるわけにも、本拠地まで案内してやるわけにもいかん』
「わかってるよ…」
と、スタンはとりあえずわかったふりをしておいたが、戦力差による不安はそう拭いきれるものではない。
「…向こうの戦力も思ったよか大したことないな」
スタンの言う「向こう」とは連邦艦隊のことではなく、合流した残党仲間の部隊のことだ。
「ガザはまだわかるが…何だあの黄色いのは?」
誰に聞いたわけでもないスタンの質問にアルが答えた。
『あれは…忘れもしない。ソロモン攻略戦にて連邦が大量投入してきた突撃艇ではないか』
パブリクと呼ばれた機体だ。ガザC隊より遥かに先行している。
「あんなもん、どっから見つけてきたんだか…」
とスタンが言うや否や、通信が入る。デニスからだ。
『アルとスタンはメーインヘイムの護衛に専念しろ!
 オレたちは先行する、取りこぼした敵機は任せるぜ…』
『了解であります!』
アルが勢い良く返事をする。
「先行かい…相変わらずムチャしやがる」
前のような小規模な敵ならともかく…大部隊に対してたった二機で先行するつもりらしい。
あの二人にしかできないことだ。



……そして、戦闘が始まった。
例の黄色い突撃艇、パブリクの奇襲は連邦艦隊にとっても意外だったようだ。
そのパブリクのM弾頭ミサイルは対空砲火で撃ち落とされてしまったが、その弾頭から放たれた
ビーム撹乱幕はサラミス改級の遠距離ビーム射撃を無効化した。
アルとスタンはパブリクの意外な活躍にこう感想をもらした。
「…あいつ、結構使えるじゃねぇか」
「敵としては厄介だったが…味方とするならあれほど頼もしいものも無いかもしれんな。
 しかし、M弾頭の使用はグラナダ条約で禁じられていた筈…」
「一々気にするなって。連邦だって何回も使ってきただろ?」
しかし、連邦も黙ってはいない。
サラミス改はビームがダメならと、ミサイルを掃射してきたのだ。
しかし、ジオン残党はあくまでも冷静だった。デニスが吼える。
「この程度でビビるのは甘ちゃんだけだッ!!」
「…我、ミサイルを捕捉せり! これより迎撃に移る!」
続き叫んだのはアル。ズサの機体に無数に搭載されたミサイルを小出しに撃ち、迫り来るミサイルを着実に撃破する。
「ヒャアーハッハー!!
 ぶっ壊してやるよぉぉぉ!!」
それに負けじと、バインニヒツの胸部拡散メガ粒子砲でミサイルを次々打ち落としていくドク。
「やれやれ…オレも働かないわけにはいかないよな!」
スタンもミサイル迎撃にまわる。
エネルギーガン――ビームライフルとほぼ同じ装備である。
の照準をミサイルの一つに慎重に合わせ、引き金を撃つ。
「…これでもくらいな!」
瞬間、爆発するミサイル。見事撃墜して見せた。
「……まぁ、オレにだってこれくらいはな」
とりあえず、メーインヘイムに迫る分のミサイルは全て撃墜できたようだ。
「気を引き締めろ、モビルスーツ隊が出てくるぞ!」
デニスが叫んだ。ついにモビルスーツ戦が始まろうとしていた。


数こそ少ないものの…技量の面で敵モビルスーツ隊を圧倒するデニスらは
圧倒的に経験の少ない連邦のジムL隊に対し、数の差をものともせず有利に戦闘を進めていた。
「な…なんてスピードなんだ!」
「気をつけろ、もう一機のドムが…」
「うわぁぁぁ!!」
あまりにも強すぎる二機のドムに対し先の戦闘でのニールらと同じく、驚愕するジムLのパイロットたち。
経験不足のパイロット達は死の覚悟をする暇さえなく、ジムLは着実に撃破されていく。
「ヒャアァーハッハァー!! みんな壊しちまえぇぇぇ!!」
ドクが、ドム・バインニヒツの全天周型への改修すら為されていない、旧型そのもののようなコクピットの中で
心の奥底から楽しそうに叫んだ。
「…やってやる、やってやるぞ!!」
一機のジムL――ニールらをバカにしていたあのパイロットが搭乗する機体だ――
がビームサーベルを抜き、ドム・バインニヒツに挑む。が…
「…甘いんだよ!」
後ろからドム・グロウスバイルのヒートサーベルに機体を真っ二つにされ、その命を散らした。
「アマチュアどもが! 相手を見て戦闘を仕掛けやがれ!」
デニスが叫んだ。自分の敵――連邦の不甲斐無さに改めて腹が立ったようだ。
こんな連中に…十年も煮え湯を飲まされ続けているのか、と。

「…なるほど、大口を叩くだけあって思ったよりはやるじゃないか」
そうエンドラのブリッジで呟くのは、艦長のソニア・ヘイン。
「とは言っても、この数の差が覆せるほどのものとは思えませんけどね。
 少佐、本当に僕は出撃しなくていいんですか?」
その戦場に似つかわしくない子供の声に…ソニアが返す。
「いざ…という時はその手を借りなければならなくなるかもしれないね。
 …でも今出ることは無い。お前の機体も調整が万全じゃないからね…」
「はぁ… 出し惜しみして、貴重な戦力を失ってしまってからでは遅いのですよ?」
「生意気なことを言うんじゃないよ。
 …とりあえず、いつでも出撃できるように待機だけはしておきな」
「…了解です」
どう見ても子供なのだが…その口のきき方はそれに似合わないものだった。



デニスとドクは、合流先の部隊所属のガザC隊の援護もあり
数で上回る連邦軍のモビルスーツ隊を圧倒していた。その様子はまるで、一年戦争開戦直後のジオン公国軍の勢いそのもののようだった。
しかしデニスらはともかく、最も危険なのはメーインヘイムだ。
その為、敵のまっただなかにデニスらを突出させてでもその他の二機…ズサとガルスJを護衛に付かせざるを得なかった。
デニスらを味方に引き付けさせておいて、戦艦を叩きに来たジムL小隊をアルとスタンが迎撃する。
「敵を正面に捕捉せり!ミサイル発射ッ!」
とアルが叫んだのも束の間、爆発が生ずる。
「………報告ッ!我敵二機を撃破せり!
 残り一機は損傷を負っているものの未だ健在! 注意されたし!」
「…次からはそんな詳しく報告しなくていいぞ」
そう言い、スタンはその撃ちもらしたであろう一機に照準を定めた。
「……こっちも命懸けだ、悪いがやらせてもらうぜ!」
そして、そのジムLをエネルギーガンから放たれた一条の光が貫き、爆発させた。
「ま…オレにゃ裏方がお似合いってか」
敵の規模こそ大きいものの、結局は大した活躍もない現状に思わずこぼすスタンだった。

「残党ごときに…モビルスーツ隊は何をやっているんだ!」
予想もしなかった大苦戦…イーサンの艦長は焦る。
「敵モビルスーツ隊、尚も健在! 接近される恐れが…」
「ええい、残党どもめ!
 こんな結果を…中佐にどう報告すれば…」
艦長がこれでは、当然士気は下がる。
「グレッグ小隊、出ます!」
そこに、アヤカの報告が艦長の耳に入る。
この状況でもまだグレッグの小隊は出撃すらしていなかったのだ。
「ま、まだ出撃していない小隊があったのか!? 何をしていた!」
当然怒る艦長。だがグレッグは考えも無しに出撃を遅らせていたわけでは無かった。

「くぅあぁぁぁ!! 弾切れかよぉぉぉ!!」
一方、ドクのドム・バインニヒツは弾切れに陥っていた。
…二機のドムには弱点があった。旧式であるリック・ドムをベースに強引に強化しているが故に
稼働限界時間はこの時代の平均的なモビルスーツに比べ、かなり短いものだった。
それ故、前回の遭遇戦のような短期戦ならともかく、今回のように多数の敵を相手するには限界があるモビルスーツなのだ。
「チッ…まだ出てきやがるか!
 キリがねぇな…」
それはグロウスバイルとて例外ではなく、バインニヒツには及ばないものの
リック・ドムの限界を超えた機動力を持つグロウスバイルもまた、稼動限界を迎えようとしていた。
その二機のドムを含めたモビルスーツ隊を、遠距離からの砲撃が襲った。
「…支援機か!」
デニスはその攻撃をかわしながらも、その砲撃が支援用モビルスーツの攻撃であると見抜いた。
「……ドク! 戻るか!?」
「まだだぁ、サーベルが使えるぜぇぇぇ!!」
どうせ戻っても弾薬の換えも、丁寧にメンテナンスしてやる時間もあるわけが無い。
「…しょうがねぇな! お前も格闘戦メインでいけ!
 プロの戦い方を見せてやろうじゃねぇか…!」
「おぉぉぉ!!」
支援用モビルスーツに対して、中距離からの接近しての格闘戦…普通なら考えられない作戦だが
この二人に関してはその限りではなかった。



出撃したグレッグ小隊…第一撃を放ったのはニールのGDキャノンの肩部ライフル砲。
攻撃を外したニールにグレッグが言う。
「ヘッヘッへ! ボクちゃんはどこを狙っているのかな?」
「クソ…」
「…こうやるんだよ!! よく見とけ!」
言うや否やグレッグは、シュツルム・ディアスのグライバインダーを敵機に向け、二門のビームキャノンを発射させる。
そのビームの光は回避した直後でバランスを崩していたガザCに直撃し、撃破して見せた。
「トロトロしてると………ああなるんだよ!」
「流石ですね隊長…」
思わずビリーが唸る。
「感心してる場合じゃねぇ…ドムが来るぞ!
 連中かなり消耗してるハズだ、一気に叩く!」
「了解!」
ビリーとニールが同時に言う。
グレッグ小隊は出撃を遅らせ、相手の消耗を待っていたのだ。
…連邦の反撃が始まった。
グレッグ小隊の支援射撃を受け、押されるだけだったジムL隊も冷静さを取り戻した。
ジムL隊の攻勢とグレッグ小隊の援護射撃の前に、ガザC隊は一機、また一機と撃破されていく。
その様子を見て、さしものデニスらにも焦りが色濃くなってきた。
「…チッ、ジリ貧じゃねえか!!
 ドク! さっさと接近してあのキャノン付きどもを黙らせてやれ! オレも続く!」
「ヒャアーハッハァー!!
 ズタズタにしてやぁるぅぅぅ!!」
スラスターを吹かし、グレッグ小隊の方向に向かって前進するドム・バインニヒツ。
「その間…残りの連中はアル! スタン!
 お前らで相手しろ!!」
『了解であります!!』
『…了解!』
返事を確認し、デニスも続く。

グレッグ小隊に迫る、二機のドム。
因縁の相手に、ニールはいきり立った。
「き…きやがったな!!」
「オレが牽制してやる! キッチリ仕留めろよ!」
ニールより先にグレッグはビームピストルの銃口をドム・バインニヒツに向け、発射した。
「………おおッ!?」
すんででかわしたドム・バインニヒツだったが、そこに…
「かかりやがったな! お前ら、続け!!」
「了解ッ!!」
「避けられるものかよ!」
回避直後にできたスキを、GDストライカーのシールド・マシンガンとGDキャノンのマシンガンから発射される銃弾が同時に狙った。
「………ッ!!」
避けきれず、ドム・バインニヒツはマシンガンの銃撃をまともに被弾してしまった。
「…大当たりってか!」
手応えを感じ、ビリーが叫ぶ。同時に、ドム・バインニヒツの中のドクもまた叫んでいた。
「何すんだよぉ、いてぇじゃねぇぇかよぉぉぉ!!」
勿論、ドク本人が痛みを感じたわけではないが、本能的な言葉だった。
…一年戦争当時は重装甲モビルスーツとして名を馳せたドムであったが
その装甲も技術の向上により、この時代のモビルスーツとしては並の装甲でしかない。
特に大量の火薬と推進剤を有するドム・バインニヒツにとっては、今の攻撃では貫通には至らなかったものの、マシンガンの弾とて痛手である。
「よし、やれるぞビリー!」
一度は圧倒され、何もできずに逃げ帰らざるを得なかった相手を…今、追い詰めている。
その事実に、ニールは興奮が隠せなかった。
「わかってる! 一気に仕留めるぞ!!」
ビリーも同じだった。そしてグレッグは、そんな二人に渇を入れた。
「油断すんじゃねぇ、もう一機がくるぞ!
 戦場ではな、一瞬の油断が命取りになるんだ!」
それは、彼自身の経験から出た言葉だった。有利な状況から、一瞬の油断により死んでいった仲間を、彼は数多く見てきた。
「ドクのヤツ、動きが鈍くなってやがる…」
一方、ドクのドム・バインニヒツから少し離れた地点で、接近しつつ一連の戦闘を眺めていたデニスは思わず歯噛みした。
「…少しは骨のありそうヤツがいたようだな!」
…歯噛みしたのも束の間、二機のジードを従えるシュツルム・ディアスの姿を見て、久々にまともな敵と戦える……と、喜ぶデニス。
デニスとは、そういう男なのだ。
一方、生き残ったジムL隊は厄介な二機のドムをグレッグ小隊に任せ、メーインヘイムら戦艦に接近する。
既にガザC部隊は、性能も数も上回るジムL隊によって、ほとんどの機体が撃破されてしまっていた。
メーインヘイムら戦艦も迎撃射撃を行うも、機動力に優れたモビルスーツにはそうそう当たるものではない。
「…我、敵を捕捉せり!」
「……チッ。そりゃこういうチャンスは見逃しちゃくれねぇよな」
ジムL隊の迎撃にあたるのは、アルとスタン。
「……アル、ズサのミサイルはあとどんだけ残ってる?」
「…我、半数以上を消費せり…」
「……コイツは少しばかりヤバそうだぜ」
これだけの戦力であの数のジム部隊を迎撃…少しばかりではなく良くない状況だった。



二機のドムもまた、グレッグ小隊の陣形を崩せずにいた。
「……ドムが、悲鳴を上げてやがる…」
既に稼動限界を越えていた二機のドム。本来なら早急に冷却が必要だ。
特にバインニヒツは被弾した影響もあり、挙動は明らかに不安定になっていた。
「なぁぁぁんだかぁぁぁ! とっても嫌な感じぃぃいぃぃ!!」
率直に現状への感想をもらすドク。
尚も攻撃は続く。
「…コイツでとどめにしてやる!」
グレッグのシュツルム・ディアスがグライバインダーのビームキャノンを、バインニヒツに放つ。
…二発のうち一発が、当たってしまった。その一撃はバインニヒツの右腕を吹き飛ばし、挙動をさらに不安定なものにさせた。
「うひぃぃぃッ!! なんだかピンチみたいなこのオレさまぁぁぁッ!!」
「…チッ!」
二機の形の違うGDらのマシンガンの弾をなんとか避けつつ、デニスは舌打ちした。
ドクはもう撃破寸前、自分のドムもまた限界を越え、敵の攻撃を避けるのがやっとだ。
接近戦にのみ主眼を置いて強化されているこのドムは、このような状況では反撃の術が無いのだ。
……アル達も苦戦を強いられているようだ。
しかしデニスはこの程度で諦めるような男ではない。
「ここまで来て…終われるかよ!」
意を決し、GDに距離を詰めにかかる。
「…望むところだよ! くたばりやがれッ!」
とっさにビームサーベルを抜き、構えるビリーのGDストライカー。
命中率を重視し主にシールドマシンガンで攻撃をしていた為、ビームサーベルを抜刀するまで時間はかからなかった。
次の瞬間、ヒートサーベルとビームサーベルがぶつかり合い、「バチィ!」という音とともに互いの機体を弾いた。
そこにできたスキを……ニールのGDキャノンが狙う。
GDキャノンの肩部ライフル砲を、ニールはドム・グロウスバイルに向けた。
「スキだらけだな!」
だが、次の瞬間…
「な…」
何かがGDキャノンに投げつけられた。
ドム・グロウスバイルのヒートナイフだ。胸部に突き刺さっている。
…少し逸れていれば、コクピットに当たっていた…
「ニール!」
思わず、ビリーが叫ぶ。そこにできたスキを、今度はデニスが突く。
「戦場で気をとられるなど! 迂闊なんだよ!」
GDストライカーに向け、大型ヒートサーベルを横薙ぎに振りかぶるドム・グロウスバイル。
「しゃらくせぇ…!」
上方に回避しようとするも間に合わず、GDストライカーはその斬撃で両足を絶ち斬られた。
「…ビリー!」
その様子を見てグレッグが叫ぶ。足無しドムに気を取られているスキに…
脚部が無くなっては、自慢の機動力もガタ落ちだ。誘爆の危険もある。
――ともかく、あのドムを引き離さなければ!
「残党が調子に乗りやがって!!」
グロウスバイルにビームキャノンの狙いを定め、発射する。
直撃は避けたものの、そのビームはグロウスバイルの右腕に命中し、大型ヒートサーベルごと右腕は爆発した。
「……ケッ!」
これで有効な攻撃手段は失われた。万事休すか…



一方、メーインヘイムの護衛にあたっていたスタンらも窮地に陥っていた。
元々彼らはデニスらほどの戦闘能力があるわけではない。
数でこうも上回られては、こうなるのは時間の問題だったのだ。
「……アル! 調子はどうだ!?」
「…我、機体左脚部を損傷…そして全弾薬を消費せり!
 これより…接近戦に移る!!」
「…お、お前あんまり無茶はすんなよ…」
…と言っても、無茶でもしなければ生き延びられない状況なのだが。
ガルスJも、先程ジムLのミサイルを被弾してしまい…長くは持ちそうもない。
「こりゃ……いよいよオレもヤバいかな?」
……その刹那、ビームの光がジムLの一機を貫き、爆発させた。
「な…どこからだ!?」
そんな方向に味方はいなかった、誰が…
「わ…我、友軍機と思われる機体を発見せり!」
「何だと…?」
そのビームが発射された地点とは別方向に…見慣れない、緑色のモビルスーツがいた。
「何だありゃ…」
状況を飲み込めていない二人の耳に、そのモビルスーツからと思われる通信が入る。
『苦戦しているようですね。支援しますよ!』
……子供の声?
アレは一体…そのスタンの疑問に答えたのは、エンドラからの通信だった。
『…うちの切り札だ』
「ソニア少佐ですかい…ありゃあ何なんです?」
『ハンマ・ハンマというモビルスーツの量産試作タイプだ…
 有線ながらもオールレンジ攻撃を可能としている』
「オールレンジ攻撃ねぇ…」
『ともかく、ここはあれに任せていい。お前達は損傷がひどい。
 戻れるうちに帰艦するんだね…』
「了解ッ!」
アルが勢い良く返事する。
ジムLの部隊も、あの緑色のモビルスーツに圧倒され散り散りになっていた。
「…ようやく散り際だと思ったんだがな」
スタンも、皮肉を言いつつ撤退した。

一方、GDらに一矢報いながらも、窮地に追い込まれていることに変わりは無い二機のドムも撤退を始めていた。
ここまで追い詰めたのに、このままでは取り逃がしてしまう…ビリーが叫ぶ。
「隊長、今です! オレ達に構ってねぇでドムにトドメを…」
「お前らは先に撤退しろ! できるか…?」
「…背中のスラスターは生きてます、何とか…ニール、来れるか?」
「余裕だよ…」
本当は全く余裕などあるはずが無いのだが、ニールはそう答えた。
撤退する二機のGDを確認しつつ、グレッグは逃げていくドムに照準を合わせる。
「さて…連中を逃がさねぇうちに仕留めねぇとな!」
そこに…ビームが奔った。グレッグはすんでの所でそのビームを回避したが…
「……どこからだ!?」
射撃された方向を確認しても、機影どころか気配すら感じられない…グレッグにとっても初めての体験だった。
「こりゃあ…どうなってやがる!?」
さらに、別方向からビームが。これも機影の無い位置からだ。
「チッ…」
そこにアヤカから通信が入った。
『グレッグ大尉! 撤退命令が出ています! 帰還を!』
「撤退だぁ…? 何故だ!! あと一歩で倒せるところを…」
『艦長が、これ以上被害を被るわけにはいかないと…』
「……チッ!!」
舌打ちをするグレッグ。だが命令なら仕方が無い…
今、ここに存在する謎の機体を警戒しつつ…シュツルム・ディアスは撤退した。



…戦いは終わった。
「……大尉殿、よくぞ御無事で…」
先に帰還し、メーインヘイムの指揮に戻っていたアルからの言葉に、デニスが不機嫌そうに返す。
『どこが無事なもんかよ…』
『オレはもっと無事じゃねぇぇ…』
ドクも続く。ドム・グロウスバイルは右腕を失い、稼動限界を超えて動き続けた結果
各部の損傷が著しい。だがそれもバインニヒツに比べれば安いものだった。
…結局、いつ爆発するかわからないドム・バインニヒツを捨て、ドクは脱出。
デニスに回収され、共に帰還したのだ。
バインニヒツ自体は爆発したか、敵に回収されたか、デブリにでもぶつかったのか…その後見つかることはなかった。
連邦を恐怖に陥れた「足無しドム」も、暗礁宙域に漂うデブリの仲間入りだ。
グロウスバイルもまた、デニスとドクを降ろした瞬間、機体各部が小爆発を起こし、機能を停止してしまったそうだ。
ドムだけでなく、他の艦載機…ガルスJとズサもまた、かなりの損害を受けていた。
「ダイス爺さん、今ごろ泣いてんじゃねぇかな…」
スタンは呟いた。修理したばかりのガルスJに、付き合いの長かった二機のドム…
…ダイスにとっては、戦友を失うのと同じくらい悲しいことだろう。
…ともかく、メーインヘイム隊からの戦死者はゼロだった。
「ホント…悪運だけは強いよな、オレら」
もっとも、だからこそ今日まで生き延びられたのだが…
「スタン少尉の息子さんが、今回も守ってくれたのではないかな」
「へっ、よせやい…」
アルからの本気とも冗談ともつかない言葉に、スタンは笑い混じりで返し、さらに言った。
「むこうも結構やられちまってたな」
むこう、とは当然エンドラ側の事だ。
「ガザ隊は全滅だそうだ。突撃艇もついに帰ってはこなかったとか…
 …しかし、あの機体…」
「緑色のヤツか。何だったんだろうな。ありゃ」
―――ハンマ・ハンマとかいったか。
オールレンジ攻撃と…それより気になったのが、あの子供の声だ。
「あの声……ユリウスに似てたな」
「…息子さんにか?」
ユリウス…とは、スタンがかつて亡くした息子の名だ。

一方、連邦もサラミス改搭載のジムL部隊は半数以上が撃墜。グレッグ小隊も
GDシリーズは二機ともに中破、データは持ち帰れたものの戦闘継続は不可能となるという
痛み分けの結果に終わった。
(とにかく…みんな無事でよかった)
アヤカは心からそう思ったが、口には出さなかった。
……ここにいるのは、無事では済まなかった者たちの戦友達だからだ。
当然雰囲気は暗い。
「何てことだ……こんな失態を、中佐にどう報告すれば…」
…相変わらず自己保身のことしか考えていない新任艦長もまた、この暗い雰囲気造りに一役買っていた。



生き残ったジオン残党部隊にも、安堵しているような時間は無かった。
メーインヘイム隊は本拠地の場所など知る由も無い故エンドラ達の後を追う形で前進していた。
…デニスらパイロット達は、エンドラに移動していた。
「……助かったぜ。あの…ハンマ・ハンマだったか?
 オレ達の力を見せ付けるつもりが、逆に助けられちまったな」
「何、お前達だってあの数を相手にして…正に獅子奮迅の闘いぶりだったじゃないか。
 流石は、ナパームの異名を持つだけのことはある…」
(ウチの隊長は世辞なんか聞き飽きてんだけどな…)
スタンはソニアの言葉を聞き、前の戦闘後、デニスに世辞を言って一蹴されたことを思い出しそう思った。
だがそれは流石に口にせず、ソニアにある問いかけをしてみた。
「しかしあの機体…どんなヤツが乗っていたんですかね?
 一目会ってみたいもんですが」
と言った後…後ろから声がした。
「あなたがたのような歴戦の戦士に会いたいと言っていただけるとは。
 光栄ですね…」
…さっきの子供の声だ。思わず振り返る。
「量産型ハンマ・ハンマのパイロット、ユリウス・フォン・ギュンター少尉です。
 以降お見知りおきを」
「ユリウス…」
――…息子と同じ名だ。しかも、見るからに子供…
 それがパイロットだと…?――
当然、他の皆も同じ事を思ったようだ。ドクが最初に口を開いた。
「何ぃぃぃ!? 子供だったのかよぉぉぉ!!」
その様子に少し苛立ったのか…少し強い口調で子供は言った。
「子供だと思って、甘く見ないで欲しいですね」
その言葉にデニスが返す。
「いや…意外だったがな、甘く見ちゃいねぇ…
 …戦力としちゃ、明らかにオレ達より上だったからな」
「いえ、それほどのものではありませんよ」
謙遜のつもりか、ユリウスという名の子供はそう言った。続けてソニアも言う。
「…切り札がこんな子供で驚いただろう」
「本当にな…コイツはまさか、強化人間ってヤツか?」
そのデニスの問いに、ユリウスとソニアは特に答えはしなかったが、その沈黙と微妙な表情は肯定を示していた。
「強化人間…?」
スタンは驚愕した。
――…噂には聞いていたが、実在していたのか。しかも、こんな子供が…――
「成る程。それならば先のあの巧みなオールレンジ攻撃とやらも
 納得がいくというもの」
アルが心底納得したような口調で言う。
その言葉にも苛立ったのか、ユリウスはまたも少し強い口調で言った。
「強化人間である前に、一人の天才ですよ」
「天才ねぇ…」
思わずこぼしたスタンに、ユリウスは突っかかった。
「…信用していませんね」
「いや、そういうわけじゃないんだが…」
「…天才であるというのも事実だ。
 並の技術士官よりモビルスーツなどの機械への知識も豊富だし、作戦立案能力も高い。
 先の戦闘でのパブリクでの奇襲も…パブリクを艦に持ち込むことを提案したのもユリウスだ」
ソニアがそう説明した。
「なるほど。それは本物の天才ですな」
アルは思わず感嘆した。一方、スタンはそれも強化の賜物なんじゃないか…と邪推した。
スタンがそう思うや否や、ドクが口を開いた。
「何だよそりゃぁぁぁ!!
 気味の悪ぃぃガキだなぁぁぁ…」
「な…貴方には言われたくはありません!」
見るからに気味の悪いドクに気味が悪いと言われ、当然怒るユリウス。
「何だよぉぉ!? どういうことだよぉぉぉ!!」
「それは自分でお考え下さい!」
その様子を見て、スタンは思った。
――中身はまだまだ子供だな。だが才能も顔も何もかも、オレの息子には似ちゃいねぇ――
そして……何か怒りにも悲しみにも似た感情がスタンの中で芽生えていた。
この強化人間の少年を造り出した、祖国への……やり場の無い感情が…