第三話 フリーズ・フリート



暗礁宙域を進み、連邦の目を逃れながらメーインヘイム隊らを含むジオン残党軍は前進していた。
「…随分遠いんだな」
デニスがもらした。長い航海が終わったと思ったら、またも同じような景色を延々と見ているのだ。
多少苛立っている部分もあるのだろう。
「場所を割り出されるわけにはいきませんからね。
 集合地点を拠点の近くに設定などしませんよ」
苛立つデニスに対し冷静にそう返すユリウス。
ユリウスはどうやらメーインヘイム隊の相手役も任されているらしい。
子供に相手をさせられているというのも、デニスの苛立ちに一役買っているのかもしれない。
「こうしてる間に連邦に見つかりでもしたら…」
アルも心配する。この数日だけで二度も連邦との戦闘が起きているだけあって、嫌な予感が拭えない。
何せ、現状ではメーインヘイム側からは出せるモビルスーツが一機も無いのだ。
その時は、ユリウスの量産型ハンマ・ハンマが単機、敵部隊に挑むということになってしまう。
「そんときゃぁぁぁ…
 おめでとってとこだなぁぁぁ!! ヒャアーハッハァー!!」
…ドクなりの冗談のつもりだろう。誰も笑いを返す者はいなかったが。
「……不謹慎な方ですね」
「なぁぁんだよぉぉぉ!! 冗談もつうじねぇぇのかよ!
 所詮ガキだなぁ!!」
「…はいはい、ガキで悪かったですね」
そのやり取りを見てスタンは、少なくともユリウスとドクは仲良くなれないだろうなと思った。

……彼らが何とかたどり着いた先は、外から見る分には廃コロニーと見間違えそうな風貌のコロニーだった。
ともかく、メーインヘイム隊の面々は拠点であるコロニーに辿り着いた。
長い航海を経て、久しぶりに踏むコロニーの大地、そして吸う空気…
だがメーインヘイム隊はその感慨に浸るより先に、そのコロニーの状況に各々の感情を抱くこととなった。
「スラム街ならぬ、スラムコロニーだな…」
コロニーの地を踏み、アルが最初に口にした言葉だ。
「…ま、珍しいモンでもねぇさ」
そう返すのはスタン。このコロニーはいわゆる「空きコロニー」の一つ。
この時期には地球連邦の傲慢に対するスペースノイドの反感は危険水準まで高まっており、各地で反連邦テロ組織が誕生するに至っていた。
その手の組織やジオン残党はこのような空きコロニーを拠点としていることが多く、ジオン残党の拠点としては確かに珍しいものではなかった。
もっとも、この時期には地球連邦の主導で本格的なコロニー再建計画がコロニー公社を中心に進められてはいたが
空きコロニーは前述の通り、ジオン残党やテロリストの拠点となっている場合が多い為、それは連邦軍の護衛付きの危険な仕事
であり、その進みは決して早いものではなかった。
その上、スペースノイドの有力者の中には未だにジオンに類する軍を支持する者も多く
そのような人間たちの中には残党の味方につき、残党の存在の隠匿の協力や各種支援などを行うことで、空きコロニー等に潜伏する
ネオ・ジオン残党を連邦軍から保護しているような者すらいた。
そのような事情もあり、結果少なくない数の残党の巣となったコロニーを現存させていたのである。
「…ここがお前らジオン残党の拠点ってわけか?」
「正式には違いますね」
デニスからの質問…というより確認に案内役としてユリウスが答えた。
「どういう意味かな? 違うとは……」
「…行ってみればわかります」
アルの質問にも明確には答えないユリウス。その様子に苛立ち、ドクが叫ぶ。
「ぬぅぁぁぁッ! はっきりしねぇぇヤツだなぁぁぁ!! ハッキリ言えハッキリぃ!」
「だから行けばわかると言っているでしょう!」
ユリウスが口にしている「行く」という場所…メーインヘイム隊らが向かっているのはこのコロニーに潜伏している
ジオン残党軍の責任者、つまり首領のいるいわゆる参謀本部だ。



「……ようこそ、フリーズ・フリートへ」
メーインヘイム隊は絶句した。
拠点であるコロニーに辿りつき、本部として案内された先が…よりによって、どう見ても場末の酒場にしか見えない建物。
その酒場の主人と思われた男……といっていいのかもわからないこのブランド・フリーズという人間がこの組織のリーダーだという。
「…なんの冗談だ、こりゃあ」
デニスが問う。
「こんな酒場が本部だ、そしてこのカマ野郎がリーダーだ……そして言うに事欠いて
 フリーズ・フリートだと! どういう事だ!」
ガン、と拳を机に叩きつける。机が壊れかねないほどの勢いだ。
「……落ち着いて下さい大尉。今説明します」
怒るデニスを前にしても、あくまで冷静な態度でユリウスが諌める。
説明の内容はこうだ。
元々はジャンク屋を営む陰で活動していた、小さい反連邦テロ組織の一つだったフリーズ・フリートという組織。
その組織が他の反連邦組織との合併やジオン残党やネオ・ジオン残党の受け入れ、さらに連邦に帰属することを嫌った
元エゥーゴらの人間も受け入れたことによって、現在のような大規模な反連邦組織になるに至ったという。
そのため格地下組織への人脈、パイプも太い。前作戦で使用したパブリクのような兵器を所有していたのもその為だ。
しかし、ただ「反連邦」の元に集ったという共通点しか持たない、元々質の違う者たちが集まった軍である。
ネオ・ジオンだけでも派閥は分かれたのだ。当然、普通に考えて簡単に組織としてまとまる筈は無い。
そのため、統治者として…もっとも古くからこのコロニーを拠点としていたテロ組織のリーダー、ブランド・フリーズを立て
組織名も、その頃の名を便宜上使っているという。
「まぁ、アタシの名前を使ってるって言っても、今の主流はやっぱりアンタらジオンでねェ…
 待遇は期待してくれていいわよ。何せ、パイロット不足でねぇ」
「そういうことです。モビルスーツもここにある中では高性能機が支給されるでしょう」
そう説明を締めたブランドとユリウス。
その説明を聞いても、尚納得はできない様子なのはやはりデニスだ。
「ソイツは分かった。だがな……
 エゥーゴの連中もいると言ったか? エゥーゴといえば、オレ達ネオジオンを潰した張本人じゃねぇか!
 オレたちにそんな連中と共闘しろっていうのか? …あぁ!?」
言い終わると同時に、デニスはまたもその拳で机を叩き、机はバキッ、という乾いた音を立てて本当に壊れてしまった。
しかしブランドは少しも臆した様子も無く、ユリウスに至ってはいかにも「やれやれ」とでも言いたげな表情をしている。
その表情はさらにデニスを苛立たせることになった。
「貴様ら…オレ達を少し舐めすぎちゃいねぇか?」
「落ち着いてください大尉殿…」
アルが宥めに入る。古くからのデニスの副官である彼にとっては慣れたことだ。
「昨日の敵は今日の友、という言葉もあります。
 我々ネオ・ジオンとて前の戦では分裂し、敵対したこともありました。ですが今ではこうして
 同志としてまた今日まで戦い抜いてこれたではありませんか」
ネオ・ジオンがハマーン派とグレミー派に内部分裂した際、当時のメーインヘイム隊の面々は各々が別の勢力に属していた。
デニスとアルはグレミーら旧ジオン派閥、ドクとスタンはハマーンの派閥といった具合だ。
しかしその戦乱が終わった後残党として活動していくうちに、生き残るために派閥ごとの対立は自然と少なくなり
メーインヘイム隊のような、かつては敵対していた者同士が共闘するような残党も少なくなかった。
「それはオレ達が元々ジオンの同志だったからできたことだ!
 だがエゥーゴの連中は違う! 連中は反連邦の名を謳いながら、最後は連邦の犬に成り下がって
 オレ達を叩いたようなヤツらだぞ!」
怒りの収まらないデニス。そこにブランドが反論する。
「だから言ってるじゃないのさ。ここの元エゥーゴの人間はその「連邦の犬」になるのを嫌って
 わざわざこんな辺鄙な組織に入ってまで反連邦運動をしようって、心意気のある男たちよ。
 本来なら連邦の傘下に入って、いい暮らしだって出来ただろうにねぇ…」
「そうは言うがな…」
尚も納得のいかないデニスを、アルがさらに宥めた。
「どの道、ジオンの志を絶やさない為の戦いを続ける為には、基盤が無ければどうにもなりません。
 …心中はお察しします。自分とて同じ思いです。ですが……」
「……オレだって頭じゃわかっちゃいるんだよ!
 それでもなぁ、すぐに納得できるような事じゃあねぇだろう…」
「すぐに慣れることはありません。少しずつ慣れていけばいいのですよ。
 僕達だって最初はそうでした」
そう言ったユリウスを睨み付けながらも、デニスも自分らの置かれた立場をわかっていないわけではない。
最終的にはフリートとの共闘を約束することとなった。
このような激論が繰り広げていた中、ドクだけは全く興味が無いようだった。
この男は、戦いさえできればそれでいいのだ。



「少しずつ慣れていけばいい、か……」
首領ブランドとの顔合わせも終わり、酒場の息苦しい空気から開放され、とりあえず散歩がてら一人コロニーの中を
うろついていたスタンが、不意にユリウスの言葉を反復していた。こうして一人の時間を過ごすのは、かなり久々の事だった。
「…っていうより、慣れていくしかねぇんだよな。オレたちはよ…」
全くその通りだった。メーインへイム隊のような小規模の残党は、どこか大規模の組織に吸収されるか、死しか道はないのだ。
「その通りだね。慣れていくしかない」
不意に、女の声が聞こえた。エンドラの艦長、ソニア・ヘイン少佐だ。
思えば、かなり長時間あの酒場で話し合っていた。エンドラ艦長の彼女もすでにコロニー内に降りていたのだ。
「おっと…ソニア少佐じゃないですか」
驚いた。あんな独り言を、よりにもよって佐官レベルの上官に聞かれていたとは。
それに、女性士官を上官扱いするのはあまり慣れていなかった。
とにかくスタンは、会いたくないヤツに会っちまったな、と心の中で思った。そんなスタンに、ソニアは言った。
「何、じきに慣れる…アタシ達だってそうだった」
「…同じことをユリウスにも言われましたよ。ま、慣れていくでしょうぜ」
「そうか、ユリウスも……」
「小さい子供なのに、本当にしっかりしたもんですね」
「……気味が悪い、か?」
スタンは世辞のつもりで言ったのだが、その言い方はソニアに、ドクがユリウスにした発言を思い出させてしまったようだ。
どうやら彼女も気にしていたらしい。
スタンはユリウスの事を気味が悪い、などとは思ってはいなかったつもりだったが、心のどこかでは思っていたのかもしれない。
ソニアにそのことを見抜かれたような気がした。
そうでなくても、このソニアという女は人の心を見透かすような、不思議な瞳をしていた。
スタンは正直、その瞳に居心地の悪いものを感じていた。
「いや、そんなことは思ってはいませんがね……何しろ不思議で。
 オレんとこのガキも…まぁもう死んじまったんですがね。アイツと同じくらいの年だったんですよ。
 アイツはユリウスみたいにしっかりしてなかったもんで」
まだ会って間もない上官相手にこんな辛気臭い話をするつもりは無かったのだが、言い訳をしているうちについ口から出てしまった。
「そうだったのか。それは…気の毒にな…」
「なぁに、昔の話ですよ。そんなことより…」
別に上官に気を使わせるつもりは無かった。とりあえず話を別の方向に持っていこうとするスタンだったが
そこに、別の男の声が割り込んできた。
「オイ! そこのオッサン!」
いかにもチンピラといった風の声。声の先を見てみると、そこには頭に被ったバンダナに耳に数多く付けられたピアス…
…そして全体から醸し出す雰囲気自体が正に「チンピラ」と呼ぶに相応しい男だった。
さらに男はスタンに歩み寄りながら、続けて捲くし立てた。
「なぁに気安くソニア少佐に話しかけてやがんだ! あァ!?
 テメェ何モンだッ!」
いきなりこのような「輩」に話しかけられ、面食らいながらもスタンは聞かれたままに答えた。
「……スタン・ブルーディ。今日からここに入ってきた新参者だ」
「ケッ、誰かと思ったら新入りかよ!
 新入りのくせにいきなりソニア少佐を誘惑たぁな! いい度胸だなァ!」
「…バカ言うなって、んなつもりはねぇよ」
と言うや否や、パン、と乾いた音がした。
男の頬を、ソニアが叩いた音だった。
「…そこまでにしておくんだね、ニードル」
「しょ…少佐ァ……」
ソニアを怒らせた際の怖さを知っているらしいニードルという男は、ここは引き下がることにした。
「…チッ、わかりましたよッ! おいオッサン! このオトシマエは必ずつけてやるからなァ!」
何の落とし前だよ…とスタンは思った。
そんなスタンをよそに去ろうとする男を、ソニアが引き止めた。
「…待ちな、ニードル。相手に名を尋ねたなら自分も名乗るのが礼儀だろ?」
スタンは特に知りたくもなかったし、そもそも名前ももう聞いていたのだが男は言われた通りに名乗った。
「ケッ……オレはガザ隊のニードルだ! 覚えとけッ!」
そうぶっきらぼうに自己紹介を終わらせると「気に入らねェ…」と吐き捨て、ニードルは去っていった。
「……何だ、アレもここのパイロットなんですかい?」
「…性格は見ての通りだが、腕は確かだよ。
 モビルスーツでの戦闘技術だけならガザ隊では随一の腕を持っている」
「へぇ……」
「そちらの部隊のドク・ダームという男と似たようなものだと思ってくれ。
 …まぁ、ああいう輩の存在も含めて……慣れてくれ」
「…努力しますよ」
あのニードルってヤツは、ドクと仲良くやれそうだな……
と、スタンは心から思った。



それから数日、ついにメーインヘイム隊の新たな「愛機」となるモビルスーツが決定した。
ネオ・ジオン残党を多く受け入れていたフリーズ・フリートはネオ・ジオンの実験部隊も多く保護しており様々な機体を所有していた。
元はソニアやユリウスが所属していた部隊もネオ・ジオンのモビルスーツ試験隊の一つで、ユリウスらはそこで
主にいわゆる「サイコミュ」を搭載したモビルスーツなどの試験をしていたという。
短期間に多くの新型モビルスーツの開発がなされたネオ・ジオンゆえ、このようなモビルスーツ実験部隊も数多く存在した。
今回メーインヘイム隊に与えられる機体も、試験段階で終戦を迎えてしまった等の理由で
ネオ・ジオン抗争では日の目を見なかった試作機も含まれているという。

コロニー内に設けられた工厳に、メーインヘイムのパイロットらは集められていた。
そこで新たな愛機の説明を受けるためだ。
工厳の技術官が最初に案内したのは、デニスのドム・グロウスバイルに代わる新たな愛機だ。
「貴官の今までの戦闘、乗機の経歴からこのモビルスーツこそデニス大尉には適当と思い
 この機体を任せることとなりました」
「わかってんじゃねぇか……」
デニスは心からそう思ったようだ。
その機体とは、MS-15K、「ギャン改」というモビルスーツ。
騎士の甲冑の姿を模したギャン改は一年戦争の試作機「ギャン」の発展型であり
ネオ・ジオン抗争で実戦投入された「R・ジャジャ」のプロトタイプとなった機体でもある。
運動性が高く、全体的な性能は同時期に開発されていたバウをも上回っていたが、汎用性が低かった為に量産化は見送られた。
ドム・グロウスバイルの大型ヒートサーベルに負けずとも劣らないサイズの大型ビームサーベルを持ち、それ以外の武装は
シールドに備え付けられた牽制用の小型ミサイルだけという、完全なる接近戦仕様のモビルスーツである。
他の隊員も、あらかじめ用意されていたかのようにデニスの戦闘スタイルに合致したモビルスーツを見て各々の感想を言った。
「騎士のイメージにゃ合わねぇが…デニス隊長にこれほどピッタリなモビルスーツもねぇよな」
「全くその通りだ。大尉殿の格闘戦技量があれば、まさに一騎当千の力を持ったモビルスーツとなることだろう」
「ホントだなぁ! コイツぁ頼りになりそうだぜぇぇぇ!!」
今の三人の言葉は、決して世辞などでは無かった。
このモビルスーツとデニスの組み合わせは、彼らにとってかなりの可能性を感じさせるものだった。

ギャン改の隣に並んでいる二機のモビルスーツ、それがアルとスタンの新たな愛機だと技術官はいう。
「手前の機体は「グザ」。アクシズ工厳にて汎用モビルスーツとして開発が進められていた機体です」
「この機体……流石は次期汎用機か、ザクの意匠を色濃く受け継いでいるようですな」
そのグザと呼ばれた機体の、その意匠にまず反応したのはアル。
「わかりますか。やはりネオ・ジオンでもかつての名機、ザクのような汎用性と生産性、何より意匠を継いだモビルスーツが
 日々求められていましてね。本機はその現場の声も反映されて設計されたモビルスーツなのです」
「成る程… やはり自分もザクこそ、我がジオンを象徴する機体という想いがあります。
 この機体の量産が間に合っていれば、将兵の士気も上がったでしょうに…」
「全く同感ですな。
 やはり、この機体を貴官に任せるという判断は間違っていなかったようですな」
「このグザを自分が…… 絶対に使いこなして見せます!」
「期待していますよ」
アルと技師官の会話に、デニスも入る。
「やはり貴様にはその手の機体がよく似合うな、アル!
 オレも期待しといてやる!」
「大尉殿……光栄であります!」
かつて、デラーズ紛争ではデニスの駆るリック・ドムKをアルのF2型ザクが援護していた。
彼らにとっては、特別な思いがあるのだろう。
だがスタンは、その思い入れどうこうはともかく、このグザというモビルスーツがそこまでザクに似ているとは思えなかった。
(ま、化け物揃いのネオ・ジオンのモビルスーツの中じゃ似てる方だとは思うがな…)
と思ったものの、やはり口には出さず技術官に質問をした。
「……で、技術屋さんよ。じゃあオレの機体はその奥のヤツですか?」
「そうです。貴官の愛機となるのはあの「ガザW(ウィラ)」です」
「「ウィラ」ねぇ……ガザでもCやDなら乗った事はありますがね。
 …コイツは見たこともありませんぜ。見た目も他のガザと随分違いますが…」
「このガザWはガザシリーズの最終発展型です。
 ご覧の通り、大型のシールドバインダーにより他のガザ系列より一段上の防御力を持ち
 かつこのシールドバインダーは熱核ロケットエンジンを装備しており、機動の要にもなっております」
熱核ロケットエンジン…… リック・ドムの動力源であるエンジンと同じ名前のエンジンだ。
スタンは元々は整備兵上がり、元は一年戦争時にパイロット不足で仕方なく出撃したのがパイロットへ転向したきっかけだったような男だ。
ダイスには及ばないが、整備や機体についての知識はそれなりにあり、その程度の事ならばわかった。
シールドバインダーは両肩に一つずつ、つまり単純にこのガザW一機でリックドム二機分くらいの出力はあるのだろうとスタンは想像した。
そして、そんなものを積んでいるならそのシールドバインダーは、盾としては全く役に立たない
姿勢制御専用のものなのだろうとも直感していた。
スタンがそんな事を思っている間にも、技術官は説明を続けていた。
「……二基の熱核ロケットエンジンにより、変形機構こそ無いものの機動性は、他の変形機構持ちの
 ガザシリーズと比べても高いものです。
 全体的な性能自体も、ガザシリーズで最高峰と言ってもいいでしょう」
技術官はそう言ったが、やはりスタンは変形機構はあって欲しかったし
そもそもガザシリーズで最高、と言われても今一つピンと来るものが無かった。
ともかくスタンはガザWの機体性能のことはさておき、自分とその愛機の戦場における役割を確認することにした。
「……性能は大体わかりました。
 とにかくコイツとアルのグザは、デニス隊長の機体の支援役ってことですかね」
「察しがいいですな。その通りです。支援が無ければいくら優秀なパイロットの乗る格闘戦用モビルスーツとて
 性能を発揮することはできませんからね」
スタンはまた裏方かと思いながらも、やはり自分は裏方が丁度いいとも思った。
「なるほど…… まぁ、ガザなら乗り慣れたもんです。
 三日もあれば、自分の手足にできるんじゃないですかね」
「それは頼もしい……」
と、そこでここまで基本的に沈黙していたドクが、耐え切れなくなったのか、急に叫び声をあげた。
「うぁぁぁぁぁッ!!
 オレのモビルスゥゥツがねぇぇぇぞぉぉぉ!!」
「まぁそう焦らずに……貴官の新たな愛機は別の区画にあります」
「そぉぉなら最初に言ってくれよなぁぁぁ!」
「すいません、何分特殊な機体なもので…」
「特殊だぁ……?」
デニスにギャン改を用意するほどの見る目のあるスタッフ達だ。
ドクのような特殊な人間が任される機体が特殊なのも当たり前だろう、とスタンは勝手に納得した。
と同時に、自分の新たな愛機ガザWの風貌もかなり特殊なものだったことを思い出し
自分も他人から見ればドクほどではないにしても特殊な人間なのではないか、と余計な心配をした。



「こいつぁぁぁ…… モビルアーマーかぁぁぁッ!!」
その区画に案内され、自らの新たな愛機として紹介された機体を見て、ドクは思わず叫んだ。
「貴官は優秀なモビルアーマー乗りだと聞いております…
 今まで我が方は、これほど優秀なモビルアーマーを所有しているにも関わらず、この機体を活かすほどの
 操縦技量のあるパイロットがいなかったが故に、埋もれさせることとなってしまっておりました。
 ギャン改にしても、この機体にしても…これまでの我々には性能を十分に引き出せるパイロットがいなかったのです。
 ドク・ダーム中尉ならば、この機体、「ゾディ・アック」を任せられると思い…」
技術官が「ゾディ・アック」と呼んだこのモビルアーマーは、「ペズンの反乱」の際にニュー・ディサイズを名乗った反乱勢力に
アクシズから譲渡されたゾディ・アックとは根本的に別のモビルアーマーである。
その性能こそ他の比較すら許さないほどのものを持っていた試作型ゾディ・アックだったが、それと同時に様々な
構造的欠陥を抱えたモビルアーマーでもあり、実戦投入は見送られ、一度は廃棄すら決定するような機体だった。
このドクらの目の前にあるモビルアーマーは、正式にはゾディ・アック量産型というモビルアーマーであり
試作機の抱えていた数々の欠点を改良した上で、生産性を重視して機体をコンパクト化し、操縦者も一人となっている。
メガ・カノン砲の威力こそ初期型に劣るものの、信頼性とコストパフォーマンスは飛躍的に向上しており
ネオ・ジオンの地球侵攻作戦の主力部隊へ配備される予定だったモビルアーマーだ。
実際に量産されていれば、ネオ・ジオン抗争の戦局はまた違ったものとなっていたかもしれない。
「ついに「モビルアーマー乗りのドク」が復活か…」
デニスが呟いた。デニスが格闘戦用のモビルスーツでその真価を発揮するのと同様に、ドクもまたモビルアーマーでその真価を発揮する
パイロットだった。
「…ヒャアーハッハァー!!」
ドクは笑いが止まらなかった。
これほどまでに自分に合った機体と、こんな状況で巡り合えるとは。パイロットにとって、こんな幸運は無いだろう。
浮かれるドクに、技術官は続けた。
「この機体は機動性と火力は高いものの……モビルアーマーの宿命とでも言いましょうか。小回りはあまりきかないので
 艦隊との戦闘ならともかく、高機動のモビルスーツの編隊などとの戦闘では、その真価を発揮できないこともあります。
 それ故この機体は、護衛として我が方の高機動モビルスーツ隊「ガザ隊」とのセットでの運用が考えられております」
「そぉうかぁぁぁ!!」
状況をよく把握していない様子のドクに代わり、デニスが技術官に尋ねた。
「……ということは、ドクはオレ達の隊とは別の隊に異動になる…ってことか。」
「…その通りです。個々の機体の特性をそれぞれ活かす為には、致し方ないことでして…」
「なんだよぉぉそりゃぁぁぁ!?」
「で、ですがご安心下さい。ギャン改のデニス大尉の小隊と、ゾディ・アック隊もまたセットでの運用が考えられておりまして
 戦闘するにあたっては、それまでと変わりなく共同戦線が張れるものと…」
「なんだよ、そうならそうと先に言っとけよなぁぁぁ!!」
とりあえず、苦楽を共にした仲間と別れ別れにならずに済んで一安心といったところだろう。
ドクにもそんな感情があったんだな、と思いつつ、スタンは「ガザ隊」という単語を聞いてあの男…ニードルの顔を思い出した。
(ガザ隊っていうと…アイツがいる部隊か)
ドクと、あのニードルという男。まさか本当に同じ部隊になるとは…
そして、自分とガザWがニードルらのガザ隊に編入されなかったことを、心から有難く思った。



ともかく、メーインヘイム隊らの新しい愛機の簡単な紹介はなされ、それからは各機のさらに詳しい説明や
慣熟訓練、個々の調整などに時間が使われることとなった。
デニスもアルもドクも、それぞれ自分に合った新しい愛機に対するそれらの作業は苦にはならないようで
作業中の彼らの表情は、とても充実したものだった。
ただしスタンだけは、相変わらずの、覇気の感じられない表情のままだった。
決して新しい愛機に不満があるわけではない。前の愛機だった壊れかけのガルスJに比べれば、上等すぎるくらいだ。
ただ、自分達の置かれている……残党という立場を冷静に考えれば、どうしても他の皆のように浮かれることができないのだ。
例えどんな高性能なモビルスーツを持っていても、かつてのネオ・ジオンのような軍事力や、政治的力があるわけでもない。
まして地球連邦軍に対し対等に渡り合うなど、到底無理な話だ。

戦力を可能な限り温存し、また何時の日か「ジオン」の名を持つ軍隊が決起するまで、機が熟すのを待つ…という考えもある。
というより、ほとんどの残党にとってはそれだけが唯一の希望だ。
現に一年戦争終戦から数年後、アクシズを含む各地に潜伏していたジオン残党が一同に集結し、ネオ・ジオンとして再び世に復活した……
この現実が残党達にとって希望となり、また再び新たなジオンの決起があるのではないかという、少ない可能性に彼らを縋らせていた。
しかし……新たなジオンの決起というのも、とても期待できたものではない。
アクシズを筆頭とする、長い期間戦力を蓄え続けてきたジオンの残党達も先の戦争で大半が消失してしまった。
これからいかに戦力を貯蓄、または温存し続けたにしても、とても地球連邦に対抗し得る程の戦力になるとは思えないのだ。
まして連邦の残党狩りは日々熾烈を極めている。温存すら、とても満足にできるとは思えない。
これはスタン自身の経験から出た結論だ。

現実的な問題以外にも、思想のこともある。
共に結束して戦うための、「象徴」すら残党達には残されてはいない。
ネオ・ジオンが象徴としてしたドズル・ザビの遺児ミネバ・ザビすら、今となっては行方…いや、生死すら誰も把握してはいない。
新たな象徴となるような当ても……残念ながら無い。
ハマーン・カーンやグレミー・トトのような……例えばシャア・アズナブルのような求心力のある人物が
またジオンの再興を呼びかけるようなことがあれば別だが……そんなことは有り得ない。
一部の、ザビ家を崇拝するネオ・ジオン残党以外の……ネオ・ジオンの決起にも参加しなかった所謂「ダイクン派」の
ジオン残党は、ジオン・ダイクンの遺児でもある彼による「真のジオン軍」の決起を、健気にも心待ちにしているという噂もあるが……
…バカげた話だ、とスタンは思う。
彼はエゥーゴに所属していた……つまり今では連邦側の人間のハズだ。
このフリーズ・フリートに所属する元エゥーゴの人間のように、シャアもまたエゥーゴ…つまり連邦そのものを見限って
どこかに潜伏しているという説を唱える者もいるが、怪しい話だ。
第一シャアは、グリプス戦争終結と同時に行方を眩ませている。死んでしまった、と考えるのが大方の見解のようだ。
どの道、期待するだけ無駄なのだ、とスタンは思う。
かつてはその「赤い彗星」の雄姿に憧れたこともあったが、赤い彗星とてスーパーマンではないのだ。
年を重ねていくうちに、スタンは気付いてしまった。「超人」の幻想など、持てなくなってしまっていたのだ。

どの道、ジオンという存在は、このままじわじわと地球連邦という圧倒的力に削られ
消滅していくだけではないか…… そんな気持ちが、とても拭いきれない。
決して降りることの出来ない泥舟に、沈むとわかっていて乗っている……そんな感覚だった。

そういうことを、デニス達も考えていないわけではないだろう。
ドクはともかくとしても……特にアルは、スタン以上にこの問題を日頃から深く考えているはずだ。
…この事を一度、スタンはアルに相談したことがある。その時、アルはこう言った。
「もし、このままネオ・ジオンが消滅してしまうとすれば、宇宙移民の独立という御旗を掲げた……
 宇宙民全ての希望となるべきこの戦は、何の結果も出ないまま、無為に血だけが流れたことになる。
 仮に、もしそうだとすれば…
 …我々は、せめて最期までその御旗に殉じる、義務があるのではないかな。」
ネオ・ジオン残党に未来などは無いと、アルにはわかっているのだろう。
ジオンの旗を背負い、アルは抗戦を続け、最期は玉砕するつもりなのだろう。
言い方は悪いが、死に場所を常に探し続けているようなものだ、とスタンは思う。
正直、それは彼自身も同じようなものなのだが……それはとても救いの無い、無為な死のように思えた。

…デニスに至っては、もはや慣れっこなのかもしれない。
デラーズ・フリートの決起に、ネオ・ジオンことアクシズの決起……彼にとっては、連続したことなのだろう。
それが根拠となっているのだろうか。ジオンはまた再び絶対に立ち上がる…
…そしてその時は自分の力が絶対に必要になると、盲目的に信じている。
スタンには、デニスはそういう人間に見えていた。

ネオ・ジオン抗争が終結し、ここまで落ち延びるまでは…
思えば生き残ることに必死で、先のことなど考えている余裕はあまり無かった。
こうして余裕が出てくると、そういった不安要素の数々にスタンは押し潰されそうになる。

不意に……ユリウスの事が頭に浮かんだ。
自分の息子の享年とさして変わらない年齢の子供…… それがこの「ネオ・ジオン残党」という
沈むと決まっている泥舟に乗っている… いや、乗せられていると考えると、心が痛んだ。
自分のような一兵士がどう思ったとてどうなることではないが、戦う為に「強化」などという処置を受けさせられ
そして自分を強化したその軍をも失い、その軍の生き残りの勝手な大人達のセンチメンタルな、小さな希望に縋る残党としての活動に
付き合わされ、最期はその大人達と共に消え行く運命にある、自分の息子と同じ名前の少年……
なんて悲しい存在なのだろう。スタンは心底思った。

思えば、あの戦争…ネオ・ジオンを中心とする戦いは多くの人を巻き込み、犠牲にしていった戦いだった。
ユリウスのような、生き方を選べない強化人間たちや、殆ど洗脳され、戦いに駆り出されたに等しい新兵達…
…そんなものは序の口で、もっと無関係な民間人… 例えばネオ・ジオンの力を示すためだけにコロニーを落とされた
ダブリンの、何の罪も無い市民達をはじめとした、無為な死人達。
かつてスタンも、連邦の宇宙民を省みない圧制により発生した、自身の妻と息子が辿ったような「無為な死」に怒りを感じ
スペースノイドの独立を掲げたジオン公国軍に参加した。
しかし、気付けば自分もそういった死を生み出す側の人間に廻ってしまっていた……
……殉じる、とアルは言った。
その言葉は、ジオンを巡る戦争に巻き込まれ死んでいった、罪無き者達への思いも含まれているのだろう。
「…………」
何でこんな時に、こんな事を考えちまってるんだろうな、とスタンは自嘲した。
――とにかく、オレもアイツらみたいに、少し無理してでも浮かれねぇとな。
色々な雑念を振り払い、新たな愛機ガザWを見上げ、スタンは誰に言うでもなく言った。
「このオレがこんな高級機にねぇ………ありがたいこった!」



作業は、翌日も続いた。
モビルスーツを自分の手足にする……言うのは簡単だが、実際はそう簡単なことではない。
思った以上にかつて乗機としていたガザタイプと操縦感覚の異なるガザWにそろそろ嫌気すら感じていたスタンに
不意に大声で話しかける者がいた。
「おいオッサン!! テメェ新入りのクセにウィラ持ってこうってかァ!!」
ニードルだ。あの一件以来、この男はよくスタンに絡んでくるようになった。
「……お上の決めたことだ。オレにとやかく言ったって始まらねぇぞ…」
スタンは、あくまで冷静に返した。
「ケッ、どいつもこいつもジオンジオン!! ざけんなァ!!
 ここはオレらの軍隊なんだよ! なのにテメェらばっかり贔屓されやがって……気に入らねェ!」
ニードルという男……ソニアから聞かされた話だが、彼は今では数少ない元ジオンでもエゥーゴでもない
純粋なフリーズ・フリート出身の、ジャンク屋あがりの生粋のテロ屋だという。
その立場からガザ隊随一のパイロットと呼ばれるまでに上り詰めた事は評価に値するだろう。
だからといって、ジオン残党出身者ばかりが優遇され、フリート出身者が冷遇されているフリーズ・フリートの現状への
怒りをスタンにぶつけるのは、筋違いというものだ。
「テメェらジオンは口を開きゃあ「大義」やら「忠誠」やら、わけわかんねぇことばっか言いやがるよなァ!
 ホンット馬鹿馬鹿しいぜ! あァ!?」
「あぁ、その通りだな。確かに実体もねぇそんなもんに命を賭けるなんて、馬鹿らしいぜ」
「な…何だテメェ!」
いつもなら、ニードルの先程の言葉は元ジオンの兵士を怒らせるのに最適の「殺し文句」だった。
気に入らないジオン出身者にはともかくその文句を浴びせ、ケンカに発展させ、とにかく打ちのめす……
それがニードルにとって快感だったし、罰せられるにしてもケンカを買った相手を道連れに同罪にさせられるということで
ニードルがよく使う常套手段だった。
「な、何だよテメェ! テメェにゃ祖国ってヤツへの忠義心ってのはねぇのかよッ!
 それでもホントに元ジオンかァ?」
ニードルはあの文句に怒るどころか、まさか同意する元ジオン兵がいるなどとは思っていなかった。
ケンカ用に上げてきたテンションも、振り下ろしどころがない。
「…一応な。それで、何か用でもあるのか?
 こっちも忙しいんだがな…」
その言葉に、バカにされたと感じたのか……ニードルは大声を張り上げた。
「このクソ野郎…テメェ、オレの言いてぇことがひとっつもわかってねぇみてぇだなァ…!
 オレはな、テメェにウィラみてぇな高級機に乗れる資格があんのかって聞いてんだよッ!!」
「だから、それはオレに聞かれてもな…」
「オレだってガ・ゾウム止まりなのによ……ムカつくぜェ!!」
スタンはニードルがガザWを羨ましがるのを見て、ようやくガザWが本当に高級機であることを実感した。

このような無為なやりとりが数分続き、スタンの貴重な時間を無為に奪っていく。そこに、救いの声が入った。
「……ニードル、いい加減にしな!」
ニードルの弱点、ソニア・ヘインが偶然か、通りかかったようだ。
「しょ、少佐ァ……」
「何の騒ぎだ、スタン」
「いやですね……コイツがですね、何か変なことで突っかかって来ましてね…」
「何だとォ!?」
「落ち着け、ニードル……
 ……どういう事だ、説明しな」
「どーもこーもねぇーっスよ!
 少佐ァ、何だってジオンの連中ばっかり贔屓するんですかい! ジオンだからって、いきなりウィラ
 みてぇな高級機が貰えるってのは、おかしいんですよッ!」
「それは上が決めることだ。私に言われても知るか」
「ケッ……」
スタンと全く同じ返答をされ、さらに気を悪くするニードル。
「…つまりだッ! オレだってなァ、コイツらにそんだけの贔屓をする価値があんのか、わかりゃこんなこと言わねぇんですよ!」
「彼らは歴戦の戦士だぞ。価値ならあるに決まっている」
「決まっちゃいねーでしょォ……
 少佐はコイツらを随分と買いかぶってるみてぇですがね…
 ……それが見当違いだって事を、教えてやりまさァ!!」
と、ニードルはスタンを指差しながら、大声で怒鳴った。
スタンはニードルの言っている意味がよく分からなかったので、尋ねてみた。
「…何だ、どういう事だよニードル君」
「誰がニードル君だッ!
 ……少佐ァ! オレとコイツで実戦演習をやらせてくだせェ!
 そうすりゃ、どっちが上かわかるってもんですぜェ!!」
……実戦演習? こんな所で、そんなことができるのかね…とスタンは思った。
「……成る程な。それが望みか、ニードル」
「そういうことでさァ!!」



…実戦演習の段取りは、驚くほどの速さで、それこそトントン拍子で決まった。
このフリーズ・フリート内で実戦演習が行われるのは、かなり久々の事らしい。

フリートのコロニーからそうも離れない地点、デブリの浮かぶ暗礁宙域にて、スタンとニードルの実戦演習は行われることになった。
メーインヘイムに乗せられた二機のモビルスーツ。
この「ガザB」というモビルスーツは、グリプス戦役の時点で性能的には既に旧式化していた「ガザC」の
さらに前段階にあたる機体である。
作業用モビルスーツだったガザAを様々な面で強化したものの、軍用モビルスーツとしては性能的に全く不足しており
ネオ・ジオンでも作業用程度にしか扱われていなかった機体だ。ガザシリーズ特有の変形機構すら搭載されていない。
フリーズ・フリートでもこの機体は作業用、もしくは演習用としてしか使われておらず
肩に付けられた射撃兵装「ショルダーバスター」はペイント弾に換装され
ビームサーベルすら撤去されている。完全な演習、及び作業用仕様のモビルスーツだ。

ガザBのコクピットの中で、スタンは溜息をついた。
「…ったく、ウィラの慣熟もまだだってのに…」
そこに通信が入る。
『スタン中尉! 全力を尽くし、必ずや勝利を手にするのだ!』
「アルかよ…」
『オレもいるぜ、スタンよ…… いいか? こんなところであんなチンピラ野郎に負けやがったら
 オレは貴様を見損なうぞ』
『ヒャアーハッハァー!! 頑張れよなぁぁぁ!!』
……メーインヘイム隊の面々も、この演習の見物に来ているらしい。
(あんたらだって、ヒマじゃねぇだろうに……)
そう思いながらも仲間達に適当な返事を返し、通信を終わらせる。
…や否や、今度はソニア・ヘインから通信が入ってきた。
『…すまなかったね、中尉』
「本当ですよ……こんな暇は無いんですがね」
ここ数日で、正直当初は対応しづらかったソニアとも、スタンはそれなりに円滑に話すことができるようになっていた。
『まぁそう言うな、こうでもしなきゃニードルは納得しないよ。
 ただ、絶対に勝ってくれ。もしニードルが勝つような事があれば、ヤツはまた調子付いて増長するだけだ』
「その上でプレッシャーまでかけますかい……」
ジョーク混じりでそう返したスタンに、ソニアとは違う声が話しかけた。
『大丈夫です。スタン中尉なら、勝てますよ』
ユリウスだ。ソニアの座る椅子の隣から、通信機に話しかけている。
「お……ユリウス、か」
『何ですか、そんな顔をして。僕の顔に何か付いていますか?』
「いや、何にも付いちゃいねぇさ……」
スタンは、数日前の考えが頭をよぎり、ユリウスの顔をまともに見れなかった。
そんなスタンに、構わずユリウスは自分の分析を、自信満々に語った。
『ガザ系モビルスーツなら恐らくニードル軍曹の方が乗り慣れていますが、ガザ系といっても
 ガザC以降とB以前では全く別物です。ガザBと同じく変形機構を持たないウィラの練習中のスタン中尉には
 むしろ、有利なくらいだと思いますよ。僕は』
「そんなことまで知ってるのかい」
『当然。まぁ、ともかく条件は五分と言って良いでしょう』
そこに、ユリウスの隣でしばし沈黙していたソニアが割り込む。
『あとは腕次第、といったところだね。
 いい機会だ。お前の実力、確かめさせてもらうよ』
「……了解です」
それからいくらかの会話を交わして、ソニア達との通信も終わらせた。
「……ったく、どいつもこいつもプレッシャーをかけるのがお上手で…」
心底、スタンはうんざりしていた。

出撃した二機のガザBは所定位置まで移動し、演習開始の合図を待った。
そこでスタンのガザBに、またしても通信が入る。……ニードルのガザBからだ。
『ヒャッヒャヒャヒャ…』
そのいかにも小悪党のような、下劣な笑い声にスタンは思わず眉をしかめた。
『…オッサン! こないだのオトシマエをつけさせてもらうぜェ!!』
「……だから、何の落とし前だよ…」
返事もせずに、ニードルは乱暴に通信を一方的に切った。
「……ったく、若いねぇ…」
もはや、スタンにはそれしかコメントのしようが無かった。

………そして、実戦演習は始まった。
開始の合図が出るや否や、ニードルの乗るガザBはペイント弾を乱射した。
数撃ちゃあたる、といった具合だ。
元々、連装ミサイルポッドを搭載した「ガ・ゾウム」を愛機としているニードルは、ミサイルを使っての
面攻撃が習慣として身に付いていた。このペイント弾の乱射は、ミサイルの代用のつもりだろう。
スタンは冷静に、ガザBをジグザグに移動させてペイント弾を避ける。
「ヒャヒャヒャヒャヒャッ! もがけ!……あがけ!
 その方が楽しめるぜェ!」
ニードルは、その一連の流れで自分が押している、と勘違いしたようだ。
一方スタンはデブリを利用するため、一旦距離を開けることにした。
すかさず追ってくる、ニードルのガザB。
「ヒャヒャヒャヒャ! 逃がしゃしねえよッ!」
さらに数発、ペイント弾を発射する。だがそのペイント弾は命中することはなく、方々で弾けたペイント弾が花を咲かせ
やがて小さな円に落ち着くだけだった。
「チッ……うぜぇハエがァ!!
 逃げ回ってるだけじゃ、いつまで経っても勝てねぇぞッ!
 ビビってんのかァ!? ヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
ペイント弾がなかなか当たらないのは、決してニードルの射撃精度が低いからではない。
ガザBのショルダーバスターは、構造上命中精度が低く、一対一で敵味方両方が動き回るこのような状況では敵機に当てるのは至難の業なのだ。
このガザBのショルダーバスターの反省を活かしてか、ガザC以降の機体では射撃武装を手持ち式の「ナックルバスター」に変更されている。
ガザ系含め多くのモビルスーツを操縦してきたスタンは、ガザBのこの欠点を既に見抜いていた。
その為、デブリ地帯に誘い込み一度機体を相手にロストさせ、相手がこちらを探知するまでのスキを狙い撃とうと考えたのだ。
デブリを利用して相手に自機をロストさせる戦法は、本来デニスが得意とする戦法である。
これはスタンなりに、デニスの戦い方を模倣した戦法だ。
「悪いが、こっちも後には引けないもんでね……」
さらにニードルのガザBとの距離を開け、特にデブリの多く密集する地帯に紛れ込み…
…思惑通り、ニードル機に自分をロストさせることに成功する。



「……ヒャヒャヒャッ! そうかよ、そういう作戦かよ!
 …いいぜェ!もっと楽しませてくれよ!」
流石にニードルもスタンの思惑に気付いたようだ。ニードルは腰を据えて見失った敵機を探すような真似はせず
機体を縦横無尽に動き回らせ、できるだけスキを作らないような回避重視の戦法に出た。
「どうせ、テメェから仕掛けて来んだろォ!?
 オラオラァ! さっさときやがれェ!!」
デブリが多く浮遊するこの宙域で、スピードを殺さずに、かつ危なげなくデブリをスイスイと避けていくその動きは
流石、ガザ隊随一の腕を持っている、と評されるだけのことはある。
…そのニードルの視界に、一瞬、動く緑色の影が見えた。
動物的勘の鋭いこのニードルというパイロットはそれを見逃さなかった。
「ヒャッヒャッヒャ!! 見つけたぜェ!!」
影は右側に移動していた。ニードルは影を見つけた位置から右に射角を調整しつつ、ペイント弾を放った。
「………チッ!」
その影は、やはりスタンのガザBの影だった。すんでで避けたものの、ペイント弾は機体のかなり近くを掠めていた。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ!! テメェの恐怖をビリビリ感じるぜェ!」
しかしニードルというパイロットは、腕は確かなのだがその調子に乗りやすい性格が、パイロットとしては致命的だった。
それに気を良くして足を止めていたニードルのガザBは、そのスキをスタンのガザBに付かれる形で、数発のペイント弾を放たれていた。
「ケッ! 当たるかよォ…!」
と言いつつも、ニードルのガザBもまた、ギリギリのタイミングでそのペイント弾を避けた。
「……やってくれるぜ! 256倍にして返さねえとなァ…!」
ニードルは、今やられた作戦をそのまま相手にやり返し、自分がその方法で勝つことができれば、相手により
恥をかかせられると思った。
こういう時の頭の回転は速いニードル。咄嗟に機体を後退させ、デブリの中に逃げ込む。
そして、一際大きな、元はサラミス級戦艦だったと思われる残骸に隠れ、スタンのガザBを観察した。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ……こっちを探してやがるぜェ!!」
スタンのガザBの周りを見回す動作を見て、ニードルはそう判断した。バレないうちに奇襲をかけ、一気にケリをつけるべきだとも
判断した彼は、一気にサラミスの残骸から離れ、距離を詰め、スタンのガザBにペイント弾を放つ。
が…… スタンのガザBは、そこから攻撃が来るのを知っていたかのように、その攻撃を難なく回避した。
「な、何だとォ! アイツ…ニュータイプかッ!?」
無論、そんなわけはない。スタンはニードルのガザBを見失った振りをしながらも実際はその位置を把握しており
見失った振りをして、ニードルの攻撃を誘っていたのだ。
外した悔しさを噛み締めているニードルに、通信が入った。スタンからだ。
『当たるも八卦、当らぬも八卦ってな! ま…気にすんなや!』
「テッ……テメェェェ! ぜってぇ許さねえェ! ブッ殺してやるゥゥゥゥ!」
頭に血が昇ったニードルは、とにかくペイント弾を乱射した。
そろそろ弾が切れるということに気付いてはいないようだ。
「ク…クッソォォォ!! また逃げやがったのかよ!
 この臆病者がァ! 出てきやがれェ!!」
ペイント弾は底を尽き、またもスタンのガザBを見失ってしまった……もうボロボロである。
ニードルのガザBは足を止め、周りを見回し、スタンのガザBを探す。
「あ……あの野郎! どこだッ! どこにいやがるッ!!」
そういった矢先、またも通信が入った。
『……オレなんかが言うのも何だが、一つだけ教えておいてやるぜ。
 戦場では……迂闊なヤツから死んでいくもんだぜ』
「何だとォ!?」
挑発的な通信に怒鳴り返した直後、今度は違う声の通信…ユリウスからの通信がニードルの耳に入った。
『……はい。お疲れ様ですニードル軍曹。演習は終わりです』
「……あァ!? 何言ってやがんだこのクソガキ! 何が終わったってんだよッ!!」
『…だから、軍曹……あなたの負けですよ。気付かなかったんですか?
 あなたのガザB、もう後ろからペイント弾を被弾してますよ。三発も』
「な……何ィ!!」
何と、見失ったと思ったスタンのガザBは…ニードル機のすぐ後ろにいたのだ。
そこから、ニードルのガザBの無防備な後姿にペイント弾を撃ち込み……
……勝負は、撃たれたニードル本人すら気付かないほど、あっけなく付いたのだった。

「ク……クソがぁぁ! クソがぁぁぁ!!」
そんな決着の付き方に、やはり納得がいかないのか…ニードルは叫び声を上げ、最早演習は終了したというのに
全速力でスタンのガザBに向かい突進した。
『何をしてるニードル! 往生際が悪いよ!』
「うるせェ!!」
最も恐れている相手であるソニアに乱暴な口を効いたことも気にせず、ニードルのガザBは突進した。
「オッサン!! テメェなんかァ! ズタズタのバラバラにしてやるよォッ!!」
そのガザBの全力の突進…といっても、ガザBの推力はたかが知れている。避けることは、スタンにも簡単だった。
「うぉ、テメェ…」
『お前、ちょっと高機動機に乗り慣れすぎてたみてぇだな……』
そう言いつつ、スタンのガザBは通り過ぎていくニードルのガザBに、とどめと言わんばかりにペイント弾を打ち込んだ。
そのペイント弾はガザBのコクピット部分に直撃した。誰の目にもわかる、勝利の形だった。
「まぁ………ざっとこんなもんだ」
そしてスタンは、そう呟いた。

二機のガザB…一機は無傷、もう一機はしこたまペイント弾を喰らった無様な姿だった。
ともかくガザBはメーインヘイムに帰還し、演習は無事幕を閉じた。
そこでまたも溜息をついていたスタンに、ソニア・ヘインから労いの通信が入った。
『……完全勝利だな、スタン中尉。見事だったよ』
「完全勝利? そんな大層なもんじゃありませんよ、少佐…結構危なかったですね。
 単純に腕前だけなら、正直こっちが負けてましたよ。こっちで勝ってたのは、経験だけでしたぜ」
『謙遜するな。経験こそが、戦場では最も重視されるべきことだ。』
続き、相変わらずソニアの隣にいたユリウスがスタンに尋ねた。
『本当に素晴らしかったですよ、スタン中尉。正直見直しましたよ…
 ……こんなことを聞くのは無粋というものですが、あえて聞かせて下さい!』
「…何だ?」
『ズバリ、今回の勝因は?』
「勝因? 勝因なぁ……
 ……あえて言うなら……今回はオレの方が運が良かった」
『う、運…ですか?』
「………それだけだな」

ともかく、スタンを襲った一連の実戦演習騒ぎは、幕を下ろした。
ソニア達との通信が終わった後、メーインヘイム隊の男達の暑い…いや、熱い祝福の通信があったのは、言うまでも無いだろう。
この一連の騒ぎでスタンにとって良い事があったとすれば、それは
この日以降、ニードルがスタンに絡んでくることは無くなったことと、それまで抱えていたどうしようもないモヤモヤした気持ちを
少しの間、忘れることができたという事、この二点だろうか。