第四話 302部隊




少年は必死に逃げていた。家族――両親と共に。
ただ逃げていた。一つ目の、緑色の巨人から。
突如街に現れた、三人の鈍色の一つ目巨人――モビルスーツ、ザクの小隊。
彼らは連邦の追撃を受け、それから逃れる為に市街地に逃げ込んだものの、彼らの予想に反し連邦軍は追撃の手を緩めず
そのまま市街地での戦闘に突入してしまったのだ。
見れば市内は少年らと同じく、逃げ惑う人々で溢れていた。
「…父さんは? 母さんは!?」
巨人から逃れようとする人波の中、必死に逃げていた少年は気がつけば両親とはぐれてしまっていた。
「そんな……母さぁん!!」
その叫び声は、群集の声に紛れ届くはずも無い。瞬間、上空で爆発が生じた。
巨人の持っていた銃――ザク・マシンガンが放った攻撃だ。その銃弾は空からザクを攻撃していた、連邦軍の
戦闘機「フライ・マンタ」の一機に直撃。燃え盛る火の塊となった戦闘機は、そのまま市街地に落下し、逃げ惑う市民とともに
街の一部を、爆発をもって焼き払った。
「連邦軍め、戦場を広げてやがる!!」
逃げる市民の一人が大声で叫んだ。この市街地は本来、中立地帯だったハズだ。
三機のザクに対し、連邦軍のフライ・マンタ隊は数で優位に立っている上に、上空から攻撃できるという有利な立場にいる
にも関わらず、モビルスーツへの恐怖心からか、市街地のことなど考える余裕は無いかのようにミサイルや
爆弾を次々と投下し、一刻も早くザクを撃破しようとしていた。
しかし、ザク小隊も黙ってやられるのをよしとはしない。ザク・マシンガンが火を噴き、動きの自由度の低いフライ・マンタは
進行方向を簡単に予測され、次々と撃墜されていく。
ある機体は空中で爆発し、その破片を人々の頭上に降り注がせ……ある機体は最初に撃墜されたものと同じように市街地へと落ち
またも被害を拡大させた。
その様子を見てさらに恐怖心に駆られたフライ・マンタのパイロット達は、更に攻撃を強め、街を破壊していく。
一方、敵戦闘機を二機撃破し調子付いたのか…一機のザクが、他の二機のザクから離れ先行する。
足元の自動車や、小さな建造物を踏み潰しながら先行したその機体は、生き残りのフライ・マンタの総攻撃に遭い、その機体を爆発させた。
核融合炉をもって動くザクの爆発は、フライ・マンタなどの爆発とは比べ物にならないほどの被害を街に与えた。
爆風で人や自動車、街路樹が埃か何かのように吹き飛び、建物や地面のコンクリートは崩れ、破片となって人々を襲った。

……宇宙世紀0079、三月。ジオン公国軍による『第二次降下作戦』の影で行われた、歴史的に見れば取るに足らない戦闘…
それも、それまで平和に暮らしてきた市民にとってはまさに地獄…悪夢以外の何者でもなかった。

実際の戦闘が行われた時間は長くはなかったが、少年にとっては何時間、いや、何日にも匹敵する時間が流れたように思えた。
少年はザクの爆発源からは離れた位置にいたものの、その爆発は凄まじく、爆風で少年の体は宙を舞い、落下の衝撃で左足は
脆くも骨折してしまっていた。
これまで両親に大切に育てられてきた少年は、生まれて初めて感じる大怪我の痛みに、涙も出なかった。
それから先の事は…彼自身よく覚えていなかった。
覚えているのは、その後難民キャンプに収容され……
そこで見た運ばれる死体の一つに、自分の母親とそっくりな顔をしたものがあったということだけだった。
「そっくりな顔」と記憶していたのは、心のどこかで、それが自分の母親…母さんであると、認めたくなかったからなのだろう。
少年は、苦痛と恐怖に歪んだ表情のまま死んでいった……焼け爛れた母親の顔を前に、現実を受け止められないでいた。
――これは夢か? 夢だろ…?
少年は、誰に尋ねるでもなく、そう呟き続けた。何度も、何度も……

ピリリリ、ピリリリ……
無機質な音が、ニールの目を覚ます。
「………またかよ」
そう言うと、ニールはボサボサになった髪の毛を乱暴に手でなでつけ、ベッドの固定ベルトを外し、かったるそうに起き上がった。
「また…また、あの夢かよ…」
ニールはまた呟いた。
さっきまでの光景はやはり夢であり、ある意味では夢ではなかった。
一年戦争での忌まわしき記憶は、軍人となった今でもニールの記憶から消えることは無く、今もこうして夢となってあらわれ
彼を苦しめていた。

…メーインヘイム隊らがフリーズ・フリートのコロニーへ到着し、正式に編入されたのと同時期…
「……アイツ、死んだのか…」
イーサンのパイロット・ピットでニールが呟いた。アイツとは、出撃前に自分をバカにしていたあのジムLのパイロットだ。
つい最近まで話していた人間の死。戦場では特に珍しいものではないが、実戦経験の乏しいニールには
少なからずショックを与えるものだったようだ。
「いちいち気にしてられるかよ。そんな調子じゃ次死ぬのはお前だぞ」
「…わかってる! 気にしてもいない!」
ビリーからの叱咤に、気丈に振舞って見せるニール。
ただ、その脳裏では死ぬ直前のあのパイロットの顔を想像し、やはり動揺していた。
(次死ぬのはオレ、か…)
ビリーの言葉を、心の中で反復するニール。
(ジオンごときに…殺されてたまるかよ!)
ニールはやはり心の中で、決意をさらに新たにした。
――ジオンの兵士を、一人でも多く地獄に送ってやる……
軍に志願した時、ニールが心に決めたことだ。彼は、その言葉を再び心の中で噛み締めた。



イーサンの艦隊が敗北したとの報告を受けついに「302部隊」の本隊が動く。
……本当はそれは予定調和として計画されていたものだったのだが、グレッグら元試験隊の人員はそんな事を知る由もない。
ともかく、イーサン艦隊が敗北するほどの勢力と二度戦い、全員が生き残った…
…隊長ブラッドが直々に召集したという噂も流れる元試験隊はその実力はともかく名前だけは、302部隊の中で有名になっていた。

302部隊の本隊と合流するイーサン艦隊。
イーサン艦長は、恐れていた「中佐」との再会にどう言い訳すべきか、ずっと頭を抱えていた。
オペレーターのアヤカは、できるなら今度はこのイーサンではない戦艦に自分達が編入されることを心から願った。
またそれは、イーサンの乗組員のほぼ全員が思ったことでもあった。
…302部隊の旗艦、アレキサンドリア級戦艦「ハリオ」は、その周りを航行するサラミス改級戦艦とは一線を画す、独特な形をした戦艦だった。
このハリオ、かつてはかのパプテマス・シロッコが一時乗艦したことで有名な巡洋艦だ。
それがどういう経緯か、今は多少の改修を施され、残党討伐部隊の旗艦となっていた。
ともかく、グレッグら元試験隊の人員はイーサンからハリオへの転属の辞令が出ていた。
本来、このような人事は珍しい。アヤカは不思議がるが、グレッグには大体の察しが付いていた。
かつての戦友……今では中佐となってこの艦隊を指揮しているというブラッドが、自分達を招待しているのだと。

旗艦ハリオには、示し合わせていたかのようにグレッグ達の居場所が用意されていた。
パイロットも丁度三人、つまり一小隊分の欠員があり、オペレーター、整備兵もそれぞれ、試験隊の人数分の席が空けられていた。
「ブラッドの野郎……ここまでするかよ」
グレッグは心底思った。今にして思えば、わざわざ自分にシュツルム・ディアスをよこした時点で
あの男はここまで準備をしていたのではないかと、そう思えた。

一通りの手続きを終えた元試験隊の人員達は、各員がそれぞれ、決められた場所で待機していた。
「…君が、グレッグ大尉かね」
ハリオの士官だろう。年を重ねた、老兵の域に達するであろう年の士官が、待機中のグレッグに話しかけてきた。
全て白髪になった髪と、立派に蓄えられた髭…そしてその目つきが
彼が歴戦の軍人であることを物語っているかのようにグレッグには見えた。
「艦長のハワード・レクスラー少佐だ」
男はそう言い、グレッグに握手を求めてきた。
それに応え、グレッグはハワードの手を握り、挨拶を返した。
「まさか、艦長直々のお出向きとは…
 …グレッグ大尉であります。ケチな試験隊の隊長をやってました」
「全て、中佐から聞いているよ」
形式的な挨拶を済ませた後、ハワードはグレッグに聞いた。
「…どうだね。良い船だろう、ハリオは…」
「…いや、自分には船のことはよくわかりませんね。
 まぁ、いい艦なのは間違いは無いんでしょうが……自分にゃあ、サラミスの方が落ち着けますぜ」
「ハハハ…確かにサラミスという戦艦は、他の艦艇とは比較にならない程の信頼性は、持っているからな」
「…信頼性と性能ってのは、吊りあうもんじゃないんですがね。
 試験隊なんて仕事をしてると、嫌でもわかるってもんなんですが。
 自分だって、この艦がサラミスなんかとは比べられねぇくらいの性能はあるってのは、わかってるつもりです」
「…成る程。それでも、やはりサラミスの方が落ち着く、と?」
「古い人間だと思いますかね? その通りですよ…」
「いや、私もわかるよ…」
そんなとりとめの無い会話が為された後、ハワードは本当に伝えたかったことを、グレッグに伝えた。
「……ブラッド中佐がお呼びだよ」
「ブラッドが…しかも、中佐っていうと」
「私の上官でもある、この302の隊長だよ」
…ブラッド。会うのは何年ぶりになるのだろうか。
久々の、戦友との再会……それにしては、グレッグは心躍らなかった。
再会の相手があのブラッドだからだ。それも、階級はかなり離されてしまっていたのだから。



……普通の戦艦なら艦長室、にあたる部屋なのだろう。
戦艦の中にこんな部屋が用意されるほど、かつての戦友は出世していた。
「久しいな、グレッグ………」
「お久しぶりです……ブラッド、中佐」
ガラにもなく改まった挨拶をしたグレッグの姿を見て、その男……302部隊の隊長、ブラッドは…笑った。
「ククク…まぁ、そう改まるな。昔と同じように振舞ってくれて構わんよ……
 …こちらとて、貴様が思っているほど変わってはおらんのだからな」
「…へっへっへ、相変わらずみてぇだな、ブラッド!」
そう言われ……グレッグは本当に、かつて同じ小隊で戦っていた、二人が同じ階級だった頃と同じ話し方になった。
あの特徴的な喉を鳴らす笑い方が、昔と何も変わっていなかったのが、グレッグを安心させたのか。
用意されていた椅子に、グレッグは遠慮なく座り込んだ。
「まさか、お前が中佐様になっちまうたぁな! 世の中わからねぇもんだぜ…」
「全くな…… しかし、私は他の佐官連中のように、後方でふんぞり返っているだけの男になったつもりはない。
 ……あの青いモビルスーツを見たかね? あれは私の愛機だ……」
青いモビルスーツ? グレッグは手続きに忙しくモビルスーツデッキを見る暇は、残念ながら無かった。
…それより気になったのが「愛機」という言葉。
「愛機だ……お前、まさか…」
呆れた。この男は、佐官という…本来艦隊指揮を任される立場であるというのに、まだ一兵士として
モビルスーツに乗り込んで、戦っているというのだ。
「…ハハハハハ!! まったく、お前ってやつぁ…本当に変わってやがらねぇな!」
「……ククク、どうも……肝心の戦闘を人任せにするのは、性に合わなくてな……」
そうして、しばしの時間を、かつての戦友同士である人間特有の、積もる話で盛り上がった。
そして、話が前の戦闘……イーサン率いる部隊とネオジオン残党との戦闘の話になり、その話の中で…
……ブラッドは、イーサンらを指してこう言った。
「所詮、ゴミはいくら集まった所でゴミか…」
このブラッドという男の口癖である「ゴミ」という言葉……この口癖を、グレッグは嫌いだった。
一年戦争を戦っていたころ…グレッグのような男にも戦いに対する「迷い」があった時期があった。
その時にブラッドが敵に言う、この「ゴミ」という言葉は、酷くグレッグの心を乱すものだった。
言葉に限らず、ものを嫌いになる原因というのはえてして下らない理由である事が多いが、グレッグがこの口癖を
気に入らないのはそれが原因だった。
「なぁ……ブラッド。
 何であの戦闘の時に……経験不足の、ヒヨッコばかりの部隊を送り込んできやがったんだ?
 まさか、練習のつもりだったなんて言わねぇだろうな…」
「……気になるかね?」
不適に、そう言うブラッド。
そういう、グレッグがブラッドを気に入らなかった部分まで、ブラッドは変わっていなかった。

「…あの残党の戦艦は我々も知らなかったわけではない。
 一騎当千の旧型機を有する、ゲリラ専門の残党集団…
 …はじめはただの下らん噂程度にしか思ってはいなかったがな。
 その噂の残党集団から受けたと言う友軍の被害の数も、日々バカにできんようになってきていたらしくてな……」
グレッグは、黙って聞いていた。
「今まで数多くの友軍が……その残党部隊に散々手を焼かされ、取り逃してきたと聞く…
 ……上の連中に本腰を挙げさせる為には、敵がただの残党ではないと数字で証明せねばならん」
「…それで、ヒヨッコばかりの部隊をぶつけて被害を出させたってわけか」
グレッグは核心を突く質問をした。
「フン…そんなところだ。
 正直…今更経験不足の新兵どもなど、邪魔でしかなかったからな」
……この男は、将来のある若い将兵の命など、なんとも思っていないのだ。
グレッグは、ビリーやニールがブラッドの部下でなくて良かった、と内心思ったが…
……これからは自分も含め、この男の指揮下で戦うことになることを思い出すと……背筋が凍った。
「次の補給では……死んだゴミどもに代わり、熟練兵のパイロットが送られてくるそうだ……
 ゴミを片付け、敵の強大さを現実以上に示すことでこちらも戦力を充実させられる……正に、一石二鳥ではないか」
……この男の「ゴミ」という口癖。共に戦っていたころは、彼はその言葉を味方に言う事は無かった。
しかし今、ブラッドは死んでいった自分の部下を「ゴミ」と言った。
…変わっていないようで、かつての戦友は、確実に変わってしまっていた。
「変わっちまったな。お前も…」
「ククク…小うるさいハエどもは早めに駆除せねばならんのでな…」

昔…グレッグとブラッドが同じ部隊で戦っていた一年戦争の頃から、ブラッドにはそういう部分はあった。
敵にしろ仲間にしろ…命を軽んじる戦いを当時からブラッドは好んだ。
戦闘の意思の無い、投降してきた敵や脱出ポッドを躊躇なく撃墜したり、別の隊の味方を盾にすることもあった。
南極条約を違反するような尋問なども、進んでやらせていた。
……それでもブラッドが処罰されることが無かったのは、それ以上の戦果を挙げていたからであり
上の人間に取り入るのが上手かったからだ。
…そういう事情もあり、若き日の彼の駆る、当時の最高性能量産機「ジムスナイパーK」は敵からも味方からも恐れられる存在であり
彼の所属する小隊は「死神小隊」の通り名で知られていた。
量産型ガンキャノンのパイロットとしてその小隊に所属していたグレッグもまた、死神小隊の一員として戦後間もなくは
肩身の狭い思いをしたこともあった。
その裏で、「死神小隊」の名の由来となったブラッドは、上に取り入り、順調に出世していたのだ。
「…………」
噂では302部隊というのは、かつて家族を一年戦争で失い、ジオンに深い恨みを持つある連邦軍高官の、私兵的な部隊であり
装備、扱いなど他の部隊に比べ非常に優遇されているのは、その高官に寄る部分が大きいということだ。
どんな手を使ったのか知らないが、ブラッドはその高官に随分と気に入られたらしい。
敵への情け容赦の無さが、ジオンを恨むその高官にとって爽快なものだったからかもしれない。
――そうして手に入れていった地位が、高官直属のネオ・ジオン残党討伐専門部隊の隊長ってわけか。
この302部隊、どうやら表には出せないような汚れ仕事も担当しているという噂だ。上の連中に贔屓されているのも頷ける。
本来、自軍を増強するために末端の部隊を撃破させる、というのは有り得ない話だ。
それができるのも、裏に高官の「力」があるからだろう。
……かつての戦友は、いまやとてつもない「怪物」となっていた。
グレッグは、そう感じた。



一方ビリー、ニールのパイロット二人は、自分の任されるモビルスーツを確認すべく
待機命令を無視して、呼ばれてもいないモビルスーツデッキに足を運んでいた。
イーサン艦隊とエンドラ級らネオ・ジオン残党の衝突後、損傷を受けた二機のジードはやはりデータと共に回収され
ビリーらの元に残ることは無かった。グレッグのシュツルム・ディアスだけはほぼ無傷だった為に
このハリオにも積み込まれ、引き続きビリー、ニールら元試験隊パイロットと小隊編成がなされることに決まっていた。
しかし、隊長機だけわかっていても、肝心の自分達の乗る機体が分からなければ、パイロットとしては落ち着けたものではない。
それ故に、二人は呼ばれてもいないモビルスーツデッキにやってきたのだ。
ライルは既にハリオの整備班の一員として働いているという。ライルから聞き出すことも可能だと考えたのだろう。
グレッグが何処かに呼ばれて不在ということも知っている。鬼の居ぬ間に、ということだ。

…そこで彼らが見たモビルスーツは、予想を遥かに超えるものだった。
その特徴的な、ジム系モビルスーツと一線を画すデザインの頭部。二本のアンテナがあり、ジム系では
ゴーグルタイプとなっているツイン・アイは本当に二つの目を持っていた。
そして、何より白を基調に青、赤、黄色などの派手な原色で塗られたその装甲……
…いわゆる「トリコロールカラー」と呼ばれる配色だ。
そのモビルスーツの外観は、まさに「ガンダム」そのものだった。
……302部隊に二機配備されているこのガンダムタイプのモビルスーツは、正確には「ガンダムMk.M(マーク・フォー)」というモビルスーツだ。
このガンダムは「オーガスタ研究所」にて開発された、遠隔誘導端末「インコム」を装備した試作モビルスーツである。
元はティターンズが開発した機体だが、ティターンズはこの機体を実戦投入することなく瓦壊し
その後、この機体は試作された全てが連邦正規軍に接収されていた。
その際、元はティターンズを象徴する濃紺のカラーリングだったものを連邦軍、及び連邦に組み込まれたエゥーゴの
ガンダムの象徴であるトリコロールカラーに塗りなおされた。それがこの二機のガンダムだ。
そして、この二機のガンダムの他にもう一機配備されているガンダムタイプのモビルスーツ…「ガンダムMk.N(マーク・ファイブ)」は
その名の通り、Mk.Mの発展型にあたるモビルスーツである。
先程、ブラッドがグレッグに言っていた「青いモビルスーツ」とは、この機体のことだ。
派手な二機のガンダムと違い、青く塗装された無骨なその機体は、他のガンダムタイプのともすれば「親しみ」すら覚えかねない
顔とは違い、どこか無機質で、それでいて威圧的な顔をしていた。
Mk.Mでは一基しか搭載されていないインコムをこちらは二基搭載しており、その性能自体もまた、Mk.Mに搭載されているものとは
比較にならない程、性能は向上している。
試作機のうち一機は「ペズンの反乱」を起こしたニュー・ディサイズの首領、ブレイブ・コッドの手に渡り、その性能を遺憾なく発揮し
連邦軍の討伐艦隊を恐怖に陥れた。
さらに他の試作機のうちの一機は、あろうことかアクシズの手にわたり、ネオ・ジオンの新型モビルスーツの礎になったという。
そのようないわく付きのモビルスーツであるガンダムMk.Nだが、その性能は皮肉にも連邦軍に敵対した各々の勢力が証明しており
その性能に着目した連邦軍上層部は極秘裏に増加試作を名目に数機を再生産した。
……というより、302部隊を実質「所有」している高官が、302部隊の戦力増強の為に無理に増加生産をさせた、というのが実際の所だ。
ともかく、そのうちの一機がこの302部隊の「隊長機」として配備されたこのガンダムMk.Nなのである。

モビルスーツの並べられたデッキの、その一際目立つ三機のモビルスーツを見て、ニールは無邪気な子供のように喜んだ。
「すげぇ……見ろよ、ビリー! ガンダムだ!
 ガンダムだぜ!!」
「…あぁ、見りゃわかるっての。
 あれがガンダムかよ。すげぇ色してるな……本物見たのは初めてだな」
「そりゃそうだろ! ガンダムだぞ…
 見ろよ、あのトリコロールカラーに、あの顔! あれこそまさしくガンダムだ!!
 あっちの青いのも見ろよあの重装甲! ただもんじゃないぜ!
 ……本物のガンダムタイプをこの目で見れるなんて、思わなかった……」
「何興奮してやがんだよ、ガラにもなく…」
「な…ビリー!! ガンダムだぞ!!
 あのガンダムが目の前にあるってのに、お前何も感じねぇのかよ!」
「………そうだよ、ガンダムだよ!」
と、不意に聞き覚えのある声が会話に割り込んできた。
その肥え気味の体型でビリーにはそれが誰だか一目でわかった。ライルだ。
「…よぉライル。どうだ調子は?」
「忙しいったらないよ……そんな事よりビリー少尉!
 連邦軍人でガンダムを見て何の感動もしないなんて、どうかしてるよ…」
「ホントだよ! ビリーのヤツ、どっかズレてやがる…」
ビリーは、ズレているのはお前らだ、と心の底から思った。
「ニール少尉も、ガンダムへの思い入れは強いみたいだね」
「強いなんてもんじゃねぇよ…」

――少年時代のニールを襲った、あの悪夢のような戦闘の後…
…難民キャンプに収容された、ニールの精神は非常に不安定になっていた。
多感な少年時代に、平和な暮らしから一転、故郷と家族をあのような形で失えば、誰だってそうなるだろう。
元々彼は、あまり打たれ強い性格ではなかった。
協調性もあまりある方では無かった彼は孤児収容施設でも孤立し、当時の彼に居場所はどこにも無かった。
いっそ、自分も死んで母さん達のところに行きたいなどと考えるほど、彼は追い詰められていた。
そんな彼を救ったのは、孤児収容施設に収容されて数ヶ月が経ったある日、保護官らに見せられた連邦軍のプロパガンダ映像…
…戦場を縦横無尽に駆け回り、圧倒的な力で憎きザクを次々と葬り去る、連邦の白いモビルスーツ……「ガンダム」の雄姿だった。
その雄姿はニールに悲しみを忘れさせ、いつか自分もガンダムに乗って、あのようにジオンのロボットをやっつけたいと…
生きる希望を失った少年に「憧れ」という、何よりの希望を与えることとなった。
保護官から聞いた「あのモビルスーツのパイロットは20歳にもなっていない少年」という話も
ニールの「憧れ」をさらに強めるものとなった。
……少年時代、誰もが一度は憧れる「ヒーロー」の偶像。
それは人によってはテレビやコミックに登場する超人に見るものだろうし
人によっては、頼りがいのある、強い父親にそのヒーロー像を見るのだろう。
そのヒーロー像を見たものが、ニールにとってはガンダムだったのだ。
不幸にも、人殺しの為に作られた兵器に人生の基準ともなりかねない「ヒーロー像」を見てしまった少年は、ともすれば
ジオンと同じ程に、両親を死なせた戦いを引き起こした一端を担っていた地球連邦軍も、ジオン同様憎悪しても良さそうな所を
「ガンダム」という存在に傾倒したことにより、ガンダムの所属する連邦軍を贔屓目で見るようになり…
…結果的に「ジオンのみが悪」という歪んだ理念を抱くに至った。
もっともニールがそのような思考を持つに至ったのは、それ以上に彼が収容された孤児収容施設が連邦軍により運営されていた為に
日々連邦軍所属の保護官らに「ジオンこそが悪、地球連邦軍は君達を守ってくれる正義の軍隊だ」という「洗脳」を
受けて育ったという事が大きかったのだが。
そうでなくとも、両親を失った自分を保護してくれたというだけで、連邦に恩義を感じるのは当然ではある。
そんな少年が成長し、連邦軍に志願しモビルスーツパイロットを志すというのは、自然な流れだったのかもしれない。
彼のガンダムへの想いは時を経て夢を叶え、パイロットとなった今も枯れることは無く、今こうしてその「ガンダム」の後継機を前にした
ニールを少年時代と同じ目にさせていた。



「……そうさ、強いなんてもんじゃねぇ…」
ガンダムの顔を見上げ、感慨深げにニールは呟いた。
「そうだよね! やっぱりガンダムは特別だよ!」
そう言うライルの場合はニールと違い、ただ単純にメカニックとしての「ガンダム」が好きなだけで
ニールの言う思い入れとは根本的に違うものなのだが、どちらもそんなことに気付くことは無かった。
「おいおい…… こいつら、どうかしちまったぜ」
そんな二人の様子を見て、呆れたビリーは皮肉混じりにそうこぼした。
彼にとってはモビルスーツなどは、ただの仕事道具でしかない。性能はいいにこしたことはないが
特に見た目や意匠には拘らないタイプのパイロットだった。
ビリーにとっては、ニールにとってこの上ない感動を呼ぶガンダムの姿を見ても
GDストライカーの方が機動性も、カメラ周りの性能も良さそうだ、とぐらいにしか思えなかった。
正直ビリーは、テストパイロットを続けているうちに、一部の性能に特化しただけで信頼性の低い試作モビルスーツなどより
特徴は無くとも信頼性の高い、ジムタイプのようなモビルスーツの方が、命を預けるにはいいとすら思っていた。
そんなビリーの皮肉に苛立ちながらも、ニールは言った。
「へっ、何とでも言いやがれ……
 ガンダムはなぁ、連邦のパイロットみんなの夢なんだよ!」
ニールのような境遇で育ち、ガンダムに希望を見てパイロットを志した者も、決して少なくない。
そういう意味では、ニールの言葉は間違ってはいなかった。さらにニールは続ける。
「オレもいつか乗ってみてぇな……ガンダムに…
 …まさか、オレ達の新しいモビルスーツってこの……」
そこまで言った時、聞き覚えのある太い声…グレッグの声が、ニールの言葉を遮った。
「お前らにガンダムなんざ十年はえぇ!!」
ブラッドとの積もる話を終えたグレッグは、真っ先にモビルスーツデッキに向かっていた。
ブラッドの愛機だという青いモビルスーツを見たかった…というのも少しはあるが、実際は
ビリーとニールが大人しく待機しているわけがない、アイツらが行くとしたらモビルスーツデッキ以外には無いだろう
と推理してのことだった。
「グレッグ…隊長…」
グレッグの一言に、何故か自分のガンダム信仰そのものを否定されたような気すらして、ニールは意気消沈してしまった。
「お前らこんな所で何してやがる? 待機命令がでてなかったか?
 パイロットはなぁ、休むのも仕事のうちなんだぞ! 若造どもが……」
最近、グレッグに会う時は常に自分達は怒鳴られている気がする…
などという事も思いながら、ビリーはグレッグに言い訳…ではなく、説明をした。
「いえ、自分達の新しい愛機がどんなものなのか気になりましてね。
 パイロットたるもの、自分の命を預ける機体すらわからないままでは、ろくに休むこともできませんぜ…
 そうだろ、ニール?」
「あ、あぁ…」
「…そりゃわからなくはねぇがな。
 こういうこたぁ上から言われるまで、パイロットはただただ我慢するもんだ。命令は休めと言っとるんだからな!」
相変わらず堅ぇオッサンだ、とビリーは思った。しかしこのまま帰ったら、何をしにデッキまで来たかわからない。
「そう言わないで教えてくださいよ隊長。
 隊長は機体がわかってるからいいでしょうが、オレらはそうはいかないんですよ。知ってるんでしょう?」
…その気持ちを、グレッグは本当にわからないわけではなかった。
無論、ビリーらの新しい乗機の事も知っていた。そんなものは、手続きの段階で知らされていた。
「チッ……しょーがねぇヤツらだな、お前らは!
 お前らのモビルスーツはアレだよ…」
と、グレッグはデッキの後方で地味に整備されていたモビルスーツを指差した。
そのモビルスーツの、まず顔を見て……ニールは小声で呟いた。
「なんだよ、またジムかよ……」
ジムという機体は、ニールにとってガンダムほどの憧れを持たせる存在では無かった。
何しろジム系のモビルスーツにはパイロット候補生の頃から乗り慣れていたし、何より少年時代のプロパガンダ映像でも
常にヒーローと呼ぶに相応しい活躍をしていたガンダムに比べ、ジムはやられてばかりで大して活躍はしていなかったという
印象が強かったのが大きいのかもしれない。
それでも、連邦製でありながらジオンのザクの意匠を引き継いだ「ハイザック」のようなモビルスーツとは違い、ニールに
不快感を覚えさせるほどのものでは無かったが、今更憧れを抱かせるようなものでも決して無かった。
その憧れの「ガンダム」を目の前にしていただけに、その思いも一塩である。
そのニールの呟きはライルには聞こえていたようだ。
「いや、アレは…ジムかな。バーザムみたいにも見えるけど…」
「…それはバーザムにジムとの互換性を持たせた機体だ」
そこに、ニール達にとっては初めて聞く声……グレッグにとっては聞き覚えのある声がした。
「…お前、こないだの…」
「お久しぶり…というには近い再会ですかな、グレッグ大尉。
 どうです? ディアスの調子は……」
「悪かねぇよ。いい調整してやがるぜ…」
「それは光栄ですな。
 いやしかし、前回の戦闘では大活躍だったようですな?」
「世辞はいらねぇよ…」
そう。この男は、グレッグらがイーサンに乗艦していた時、グレッグに302部隊から送られたシュツルム・ディアスの
説明をした、302部隊所属のあの技術士官だ。
二人の会話からこの男が技術士官だと察したライルは、これでもかというほど元気良く敬礼をした
ライルに続き、ビリーとニールもまた、少しけだるそうに敬礼をした。
「新たに整備班に配属となりました、ライル・コーンズであります! 以後お見知りおきを!」
「ほう、君か……期待しているよ」
「あの、お会いしたばかりで失礼なのですが、あのモビルスーツのことをもう少し詳しく教えてはもらえないでしょうか!?」
「……フム、いいだろう…」
そのもったいぶった態度を見て、グレッグはこの士官はブラッドの近くに居すぎてアイツの悪い癖が移ったな、と思った。
…この「バージム」はグリプス戦役後にエゥーゴ主導の連邦軍になった際、余剰となったバーザムを連邦正規軍向けに改修した機体だ。
バーザムはガンダムMk.Kの流れを汲む優秀な機体ではあったが、その存在はティターンズの印象を色濃く残していた
ため当初は全機退役予定であった。
だが、ジム系よりも優秀なその性能を惜しむ声が多く、また次期主力機ジムLの生産が遅れていたため
連邦軍は当面のつなぎとしてバーザムを存続させることとした。
その際、エゥーゴ系在来機やジム系のモビルスーツとの部品の互換を持たせるために各部を改修したのがこのバージムである。
…とはいえ、もはやジムLの本格配備が始まってからそれなりの月日が流れている。
今となっては、性能的には特筆すべきものは特に無い機体だった。
特別欠点は無いが、見た目以外は特徴が無いのが特徴、といったところか。
「……おいビリー、また出来損ないなんじゃねぇのか、これ」
ニールが技術士官やライル、グレッグに聞こえないように、小声でビリーに言った。
「ったく、ジードが恋しいぜ…」
ビリーも同じく、小声で言った。
そんな二人を尻目に、ライルの質問攻めと、その質問に笑顔で答える技術士官…
……ニールらに言わせると「技術バカ」の問答は、終わることが無いかのように続けられていた。
「あのジムLも一般的なものとは違いますよね!」
「ん……あぁ、あれはジムKからの改修型ではなく、新規に作られたジムLだよ…我々は「ヌーベルジムL」と呼んでいるがね。
 性能面ではあらゆる面でジムKからの改修型のジムLを上回っている…」
そんな様子を見て、ビリーとニールは……もう帰ろう、と思った。
あの会話に入っていく気も無かったし、自分達の乗る機体がわかった以上、雷親父グレッグの目も気になる。
そうして二人は、もといた待機場所へと戻ることにした。

その二人を呼び止めたのは…あの技術士官だった。
「…待ちたまえ、グレッグ大尉の部下の……」
「ビリー少尉です」
「……同じくニール少尉」
「そうだったね。ビリー少尉にニール少尉。君達も、ガンダムの姿に感動していたようだったね」
「そ、そこまで見られてましたか……」
ニールは少し照れたような表情をして言った。
一方、ビリーは、コイツらと一緒にするな、と思いながらも流石に口には出さなかった。
「君達……ガンダムのパイロットに、会いたくはないかね?」
「パイロットに!? それは……是非!」
技術士官の言葉に、ニールが興奮気味に答えた。



ハリオのパイロット・ピットに、ニールとビリーは来ていた。
そこに行けばガンダムのパイロットに会える、挨拶がてら寄ってみるといいと技術士官に言われ
ニールに連れられるまま、ビリーも共にパイロット・ピットに行くことになった。
ニールはライルも誘ったのだが、ライルは「僕はもう会ったからいいや」と断ったので、無理に連れて行くことはしなかった。
その時のライルの微妙な表情…暗に「あまり期待しない方がいい」と言っていたその表情に、ニールは気付くことは無かった。
そして、彼はそこでガンダムのパイロットと対面し……ライルの予想通り、落胆することになった。

ガンダムのパイロットに、伝説のパイロット「アムロ・レイ」のようなイメージを、ニールは持っていたのだろう。
……といっても、そのイメージ自体も、伝え聞きの断片的な知識からニールが勝手に想像した、かなり美化されたものだったのだが。
実際に会ってみたガンダムのパイロットは、そのイメージとは程遠い存在だった。

「よ、アンタらが噂のルーキーちゃん達かい!」
開口一番、軽いノリでニールらに話しかけてきた、サングラスの男…バイス・シュート中尉が、ガンダムMk.M一番機のパイロットだ。
「あのウワサの残党とやりあって、二度も生き延びたってな〜。有名なんだぜ、ア・ン・タ・ら!」
「あ、は……はじめまして」
そのノリに気圧され、ガラにもなく気の抜けた挨拶をしてしまったニール。
そんなニールを見て冷静になれたのか、ビリーは背筋を正して、彼にしては礼儀正しく挨拶をした。
「ビリー・ブレイズ少尉であります!」
その様子を見て、少し焦りながらニールも同様に挨拶した。
「あ……同じく、ニール・ザム少尉です!」
「お、お〜、元気いいねぇ。この新人特有の、フレッシュな感じ! 悪くねぇなぁ。なぁコルト!」
「……んだよ、うざってぇな…」
バイスの隣にいた男は、コルト中尉。「ロングショット」の異名を持つ、遠、中距離支援のスペシャリストだ。
彼もまた、ガンダムMk.M二番機のパイロットである。
コルトの顔をニール達が確認する暇もなく、バイスはマイペースに自己紹介をはじめた。
「…おっと、申し遅れちまったかな! このオレ様は…この302部隊きってのエースパイロットで
 ガンダムちゃんのパイロット、バイス・シュート様よッ!」
それを聞いて、ニールは愕然とした。
「あ…あなたがガンダムの、パイロット……!?」
認めたくない、という気持ちがありありの表情だった。少なくとも、隣のビリーにはそう見えた。
「そ〜そ〜。オレ様のオーラに、ビビらないでくれよなぁ。
 で、隣のコイツもガンダムのパイロット!」
「……コルトだ。よろしくな」
「ど、どうも……」
またもニールは気の抜けた返事をした。相手がグレッグなら、怒鳴られているところだ。
「ま、コイツは「ロングショット」って呼ばれてる。よーは後ろからチマチマと攻撃するのが得意な、みみっちぃヤローなのよ」
「……うるせぇな!」
「お〜怖ぇ、何だよジョークじゃねぇかよ!」
「…チッ、まぁオレは元は後方支援専門のパイロットだよ。
 下手にそれで撃墜数稼いだせいで、あのガンダムとかいうわけのわからねぇ機体に乗せられるハメになっちまったけどな」
「それは災難でしたね…」
ビリーは冗談混じりでそう言ったのだが、コルトは「本当だよ…」と返してきた。
どうやら、本当にガンダムのパイロットを任された事が不本意らしい。
「…………」
その二人のガンダムのパイロットを見て、ニールは何だかやるせない気持ちになった。
そして、心の中でこう呟いた。
(こんなのがガンダムのパイロットかよ……)

軽い挨拶も済ませ、所定の待機場所へ戻る際、ニールがビリーに言った。
「ガンダムは若くて才能があるパイロットが乗ってこそだろ……何であんなヤツらに!」
理不尽なことを言うニールを、ビリーは茶化した。
「あぁ? 誰だ、その若くて才能があるっつーのは。まさかテメェか?」
「ち、違ぇよ! アムロ・レイの事だよ! まさか、知らねぇなんて言うんじゃねぇだろうな!」
「…アムロ? 知らねーなー」
「お…お前! それぐらい士官学校でも習っただろ!!」
ビリーは、ガンダムのこととなるとすぐムキになるニールをからかうのが、段々楽しくなってきた。
同時にニールがその内、あのガンダムのパイロットに殴りかかりでもしないか心配になった。


翌日、問題は別の形で起きた。
ニールではなくビリーが、ガンダムのパイロットに殴りかかったのだ。
正確に言うと、女好きで部隊内で知られるバイスが、さっそく新入りで容姿端麗なアヤカに手を出そうとし、その様子を見たビリーが怒り
いきなりバイスの顔面を殴りつけたのだ。
当然、上官を殴ったビリーは厳しく罰せられる…と元試験隊の面々は思ったが、実際は大した罰則も与えられることはなかった。

この事をグレッグがブラッドに問いただすと、彼は「ただのレクリエーションだろう」などと言って、とりあいすらしなかった。
ブラッド自身、一年戦争時代は血気盛んで、このような問題を数多く起こしていた。
故に、ビリーの処罰も甘くなってしまったのだろう。
…グレッグの予想に反し、「302部隊」は変な所で寛大な部隊だった。何にしても、あの二人にとっては良くないな…と
グレッグは、ハリオに入ってからも、また溜息を洩らすハメになった。