第五話 白い悪魔



「ガンダム」という存在が戦場の兵士に与えた心理的影響は、敵味方問わず非常に大きなものだった。
それはこの時代においても例外ではない。白い悪魔、RX-78-2「ガンダム」がジオン公国の宇宙要塞ア・バオア・クーにて撃破されてから
もう十年近い月日が流れているというのに、その名前の持つ影響力は衰えることは無く
それどころかその名にあやかって「ガンダム」の名を持つ後継機が数多く誕生し…
…その名を継ぐモビルスーツ達は新たな「ガンダム神話」を造りだし、さらに「ガンダム」という存在に
畏敬の念を抱く者や、恐怖する者を増やし続けていた。

「畏敬の念」…つまり、乱暴なものいいになるが「憧れ」と言ってもいい。
ガンダムという名に対しそのような念を持つ例は、ニールをはじめとする連邦の将兵、または多数の
ガンダム・タイプのモビルスーツを有したエゥーゴ、カラバらの将兵達だろう。
今となっては連邦もエゥーゴも同じものなので、一括りに「連邦の将兵」と言ってしまってもいい。
一方で、「恐怖」の対象としてガンダムの名を語る者。これに関しては一概には言い切れないが
実際にその恐怖を目の当たりにし、多くの被害を被った連邦らに敵対する勢力の将兵達がそうだろう。
多くの場合が伝え聞きの、数字等の報告などからその存在を「恐怖」するのだろうが
実際にその「ガンダム」という存在に相対し、運良く生き残った……そんな者達の恐怖は、伝え聞きの情報でしか
ガンダムを知らない者とでは、わけが違う。
その染み付いた恐怖は、そうやすやすと離れるものでは無いのだ。

メーインヘイム隊のアル・アルハザットもまた、そのような兵士の一人だった。

アルは、ここ最近で起きた、連邦軍と自分達の戦闘を振り返っていた。
――どれもかなりの窮地に追い込まれた戦いだったが…
 ……あの遭遇に比べれば、安いものだ。――
あの遭遇……そう。白い悪魔、ガンダムとの遭遇だ。

一年戦争最後の総力戦となった、ア・バオア・クー攻防戦。
当時のアルはMS-06Fザクで出撃し、要塞の防衛に加わっていたモビルスーツパイロットの一人であった。
ソーラ・レイの一撃により連邦側の戦力の多くを削り取れはしたものの、決して戦況がジオンの有利に傾いたわけではない。
ア・バオア・クー攻防戦は熾烈を極めた。
その中で既に旧式でありながらも多くの窮地を共にし、深い思い入れのある愛機ザクと共にアルは、果敢に戦った。
ボールのような機体で、兵士を一山いくらの使い捨て品のように扱う連邦軍に憤りを感じ
かつ、自分の機体より性能面では上回る敵の主力モビルスーツ「ジム」らを、自らの経験と技術、そして同胞達との絆…
…つまり連携で、辛くも退けていた。

その絆で結ばれた防衛線も、白い悪魔「ガンダム」の前には…何の意味も為さないものだったのか。
突如現れたその機体によって、彼らの隊の防衛線は瞬時に打ち砕かれた。
一機、また一機と…同胞達を乗せたモビルスーツ達が撃破されていく。
その射撃は全て、的確に機体のコクピットを狙い撃っていた。

アルがその悪魔の攻撃から逃れることができたのは、幸運としか言いようが無かった。
……というより、その悪魔は、自分のザクなどは標的ですらない、倒すだけ弾の無駄だとでも言いたげな態度で…
アルらがそれまで決死の思いで守り抜いてきた防衛線を悠々と、飛び去っていった。
その圧倒的な戦闘力は、アルがこの戦争で幾度も体験した恐怖とは比較にならない恐怖を、その心に刻み付けた。

「……ガンダム、か」
何度、その存在に記憶の中で苦しめられたのだろう。
何故今、その存在を不意に思い出したかは、自分でもわからない。しかし…
「エゥーゴが連邦に下った今、また戦場で相見えることもあるかもしれんな…」
エゥーゴはガンダム・タイプのモビルスーツを多く所有することで有名だった。
ネオ・ジオンの瓦解…そしてハマーン・カーンの戦死すら、エゥーゴのガンダム・タイプで編成された
特殊部隊の暗躍による部分が大きいということは、残党の間では知られたことだった。
残党狩りが加速する今、連邦もガンダムのような高性能機を持ち出してくることもあるだろう。
彼は改めて、気を引き締めた。



一方、その「ガンダム」タイプのモビルスーツを三機も有する連邦軍302部隊…

彼らの現在の作戦行動は名目上は哨戒任務となっているが、実際は討伐作戦のようなものである。
だからといって神出鬼没の残党をそうやすやすと見つけられるものではない。
最近ジオン残党の行動が活発だというこの宙域も、他と比べ特に暗礁地帯の多い一帯であり、さらにその捜索を難しくさせるものだった。
その為、時間に余裕があるパイロット達の練度向上の為の戦闘訓練が、302部隊では数多く行われていた。
これは、元は教導部隊にも属していたグレッグが隊に加わったことが大きい。
何より経験を重視するグレッグは実戦演習を「ごっこ遊び」とバカにしながらも、それにより得られる
ものがシミュレーターなどとは比較にならない程多いことも知っていた。
もしこの付近に残党が潜んでいれば実戦演習の様子そのものが敵にとって刺激になるし
元々ブラッドが自分の部下達の腕をあまり認めていなかったこともあり、実戦演習を増やすというグレッグの申し出は比較的簡単に通った。
そういう数々の要素が重なり、討伐任務中の部隊としては、異例の数の実戦訓練が302部隊で行われていた。
……そして、今も実戦演習が行われている真っ最中だ。
方式はフリーズ・フリートの行った演習と同じく、ペイント弾を使用したものだ。
今行われている訓練では302部隊の「ヌーベルジムL」三機の一小隊と、ビリーら元試験隊の二機のバージムが火花を散らせていた。

「…その程度の腕じゃ長生きはできないぜ!」
そうビリーが言うや否や、バージムの持つ訓練用のライフルから放たれたペイント弾は、ヌーベルジムLの一機に命中していた。
ペイント弾を受けた機体は撃墜扱いである。当然、このヌーベルジムLはここで退場だ。
ビリーがこのヌーベルジムLを撃墜扱いにする前に、ニールもまた一機のヌーベルジムLを仕留めていた。
三対二という数に劣る状態での訓練……ビリーらは本来「仮想敵」役として撃墜される側の役だったのだが
下馬評を覆し、302部隊所属のヌーベルジムL隊に対し、有利に戦闘訓練を進めていた。
もはや、相手側の撃墜扱いでない機体はたった一機。テストパイロットの面目躍如といったところか。
このように優位に模擬戦を戦えている理由は、彼ら自身のパイロットとしての錬度が上がっていたこともあるだろうが
実際の戦闘と違い、演習では敵味方間の通信が容易に行える点が大きかった。
挑発の得意なビリーは相手に挑発的な通信を送り、相手の感情を刺激し……結果的にそれが相手のスキを生むことになった。
先程ニールが撃墜扱いにした一機も、ビリーの挑発によりスキを作ってしまった所をニール機に撃たれたのだ。

「…フン、貴様の教え子か? 思ったよりはやるようだな……」
その様子をブリッジから観察していたブラッドは、彼にしては珍しくその実力を少しは認めたようだ。
といっても、ビリーやニールを認めたというよりは、グレッグの教育を認めたという様子だったが。
「…ヤツらはめきめきと成長していきやがる」
グレッグもまた、珍しく二人の戦闘訓練の様子を評価していた。
というより…面と向かっては言わないものの、グレッグは最初からビリーとニールの素質は見抜いていたし
その実力も認めていた。ただ彼は褒めて伸ばすタイプの教育者では無かったし、ビリーもニールも
褒められて伸びるタイプのパイロットとは、彼には思えなかった。
ただ自分は憎まれ役となって、若いパイロット達にガッツを与え成長を助ける…そんな、不器用な教え方を身上としてきた男なのだ。
実戦経験を経て、ニールは確実に多くのことを学んでいたし、ビリーもかつてのような
協調性の無さという、兵士としての最大の欠陥を無くしつつあった。
…そして、グレッグは先程の自分の言葉に対し、こう続けた。
「オレを超えるのも時間の問題かもな…」
「……百戦錬磨の貴様がか? それは穏やかではないな…」
「オレなんか所詮ロートルだよ。これからの連邦軍を担っていくのはああいう若ぇヤツらだ…」
とグレッグが言った途端…ニールのバージムがコクピットにペイント弾を受けた。
デブリに潜んでいた最後の一機のヌーベルジムLに射撃されたのだ。
「……どうだろうな?」
その様子を見て、ブラッドはそう言った。グレッグのあの言葉の後に、呼応するように撃墜扱い…
…少し、タイミングが悪かった。
「…まぁ、まだまだ先の話だがな。
 ったく、オレもまだまだくたばるわけにはいかねぇみてぇだな…」
グレッグは、訓練の評価をそう締めくくった。
この一連の会話で彼の口から出た言葉は、全て心の底からでた、正直なものだった。

結果を言うと、この演習は結局ビリー機が最後のヌーベルジムLを討ち取り、元試験隊側の勝利に終わった。
この302部隊に編入されてからというもの、数多くの実戦演習が繰り返されていたが
今度の演習は、グレッグ抜きで始めてビリーらが勝利を飾った演習だった。

しかしニールにとってはあまり納得のいく結果ではなかったようだ。
何しろ、演習には勝利扱いになったものの、自機自体は撃墜扱いになってしまったのだ。しかもコクピットに直撃…
実戦なら戦死と同じことだ。当然、演習終了後にグレッグからの叱咤があった。
「性能で向こうに負けてんだよ、やられるのも仕方ないっつーの…」
ニールはモビルスーツデッキにて、演習後の後始末をするライルに対し愚痴をこぼしていた。
自分と違い撃墜扱いになっていない上、自分より多くの敵を撃墜扱いにしたビリーに対し
このような愚痴をこぼすのは彼のプライドが許さなかったのだろうし、機体について詳しいライルになら
性能面での言い訳も否定されないだろうと思ったのだろう。
「まぁ、確かにバージムじゃヌーベルには全体の性能じゃ負けてるかもね…」
「だろ? ジードがありゃ、オレだってあんなヤツらに墜とされることもなかったんだよ」
何かにつけてGDを引き合いに出すニールに対し、ライルは(それでもビリー少尉は二機墜としたんだけどね…)と
内心思いながらも、ニールの機嫌を損ねても何の得も無いことを知っていたので、口には出さなかった。
その代わりに、ニールに対しこう言った。
「ジードは次世代主力機のトライアル機だからね。
 旧式の改修機のバージムとは性能に開きがあるのは、まぁ当然だよ」
「そうだよな……もう旧式は飽き飽きだよ」
尚も、ニールの愚痴は止まらない。
「ガンダムとは言わねぇが、その…次世代量産機か? それぐらいには乗りてぇよな…」
「ジードが正式に採用されれば、また乗る機会もあるんじゃないかな?
 まぁ、あの技術士官さんの話じゃジードよりもアナハイム社製の新型の方が主力機になりそうって話だけどね。」
「アナハイムの新型? 何だそりゃ、ジードよりも性能がいいのか?」
「そこまではわからないけど、確かジェガンとかいう機体で…
 …あ、これは内緒だからね! あの技術士官さんも僕にだけ教えてくれるって言ってたし…」
ニールはライルのその言葉を聞いて、ライルが意外にも口の軽い男だという事を知った。
そして、これからは大事なことをライルに相談するのは絶対に止めよう、と思った。



そんな煮え切らない思いのニールと違い、ビリーは流石に上機嫌だった。
彼は艦内に置いてあるアイソトニック飲料を取りに向かっていた。
喉の渇きを癒す為だ。本当ならニールやライルと酒でも一杯やりたいところなのだが、流石に作戦行動中の戦艦でそんなことは許されない。
普通の飲み物で妥協したビリーは、スポーツドリンクの類のアイソトニック飲料を二個分、つまりニールの分も持って
帰る道中、意外な人物を見つけた。
…オペレーターのアヤカだ。
考えてみれば、アシモフから302部隊に移ってからというもの、直接顔を合わす機会も少なくなっていた。
とりあえず、声をかけてみることにした。
「……よぉ」
「え? …あ、ビリー少尉…」
彼女は、かなり疲れている様子だった。
哨戒、及び討伐任務というのは捜索にかかる手間が大きく、特にオペレーターにかかる負担は相当のものがある。
ただでさえ、アシモフからイーサン、そしてハリオと慣れない環境への移動…それも実戦に携わる艦への移動が続いている。
疲労が溜まるのも無理も無いだろう。それがわかったのか、ビリーは彼らしくもなく、アヤカに労いの言葉をかけてみた。
「…頑張ってるみてぇだな、おい」
「ビリー少尉たちこそ…」
「ビリーでいい。他人行儀になりやがって」
「でも…」
「…そら、飲むか?」
そう言って、ビリーはアヤカにアイソトニック飲料を手渡した。
本当はニールに渡すつもりだったものだが、この際どうだっていい。
「あ、ありがとう…ございます、ビリー少尉」
「…頑固なヤツだな。ちょっとはニールを見習えよ。
 アイツは先輩で年上のオレに、初日からタメ口だったんだぜ?」
ビリーは軍人だというのに、他人行儀というか改まった会話が好きではなかった。
だからニールの態度も逆に有難いものだったし、上官のグレッグにも必要以上に改まった言葉遣いはしないのだ。
「それはニール少尉だからですよ。普通はそうはなりません…」
「…まぁ、そうだよな」
それでもビリーは、アヤカに他人行儀を止めて欲しかった。
そもそもこの二人は、軍ではじめて出会ったという間柄ではない。
とは言っても十年以上前に同じコロニーに住んでいた幼馴染だった、というだけの繋がりだったのだが。
そもそも軍で再会した時には、ビリーは彼女の事を全く覚えておらず、彼女の口からそれを言われてようやく思い出したという始末だったし
別にその事が理由で他人行儀に接されるのが嫌だというわけではなかった。
ただ、この慣れない「302部隊」という空間で、かつての試験隊の仲間とは「仲間意識」で繋がっていたいのだ。
そんな気持ちを知ってか知らずか、アヤカはこの話題を続けてもいいことは無いなと思い
話題を元の方向に戻すことにした。
「…それにしても熱心ですね。二人とも」
「ん…何だ、演習の事か? 別にやりたくてやってるわけじゃねーんだけどな」
「そんな事言わないで下さいよ、グレッグ大尉もせっかく褒めてたのに」
「…褒めてた? あの頑固オヤジがかよ」
「ええ。オレを超えるのも時間の問題だ、って」
ビリーにとって、それは意外な事だった。グレッグといえば顔を合わせればやれここが良くない、やれここをこうしろ等と
注意事や粗探しばかりしてくる、口煩い親父という印象がビリーにとっては強かった。
少なくとも、自分達の事を認めているとは思っていなかった。
「信じられねぇな…」
「面と向かっては言い辛いんでしょ。立場上というか、性格上の理由もあって…」
「性格上だ?」
「素直じゃないんですよ、グレッグ大尉も」
「…ハハ、確かにそういうとこあるよな、あのクソ親父!
 まぁ、あんなヤツに認められたって嬉しくもなんともねぇけどな」
そのビリーの暴言とも思える発言を聞いて、アヤカはビリーはもっと素直じゃない、と思った。

いくらかそんな話が続き、話題は以前ビリーが302部隊内で起こした事件…
…ビリーがバイスを殴り飛ばした、あの事件の話になっていた。
「…本当にビックリしましたよ。
 いくらビリー少尉とはいえ、まさか上官を殴っちゃうなんて…」
「何だよその「とはいえ」ってのは。
 大体わかるけどな…」
「…何で、あんなことしたんですか?」
「…何だよ、せっかくお前が困ってたから助けてやったのによ。
 そんな言い方はねぇだろ?」
「助けてくれたのは…有難いと思ってますし、嬉しかった…ですけど…
 でも上官を殴るのはやりすぎです! 普通は重罪ですよ?」
「…それ言われると弱っちまうけどな。
 正直、オレも何で殴ったか……自分でもよくわからねぇんだ」
「よくわからないって……」
アヤカは唖然とした。当然だろう。
「何だか知らねぇけど、変に頭に血が昇っちまって…
 …怖ぇよな。そういう時、自分でも何するかわかんねぇ時がある」
「はぁ…
 …昔から、そうでしたよね」
「昔から?」
二人が同じコロニーに住んでいた、少年時代…
当時まだやんちゃ坊主でしかなかったビリーにも、そういう所があった。アヤカは、その事を思い出したようだ。
頭に血が昇れば、相手が年上で大人数だったとしても後先考えずにケンカをしたし
結果、やはり負けて大きなケガをしたこともあったし、相手をケガさせたこともあった。そんなやんちゃな少年だった。
そもそも、まだ幼い少女だった頃のアヤカが近所の不良学生に絡まれていた時、助けに入ってきたのもビリーだった。
確か、それが最初の出会いだった気もする。
思えば、あの事件もあの時の状況とほとんど同じだという事にアヤカは気付いた。
「本当に全然変わってないんですね、貴方って…」
「…何だよ、どういう事だよ?
 何なんだよ昔からってのは…」
「…覚えてないんですか!?」
「何のことなんだよ、教えろよ!」
「ダメです、自分で思い出してください!」

…その時、偶然そこに通りがかった男…あのバイス・シュートが、二人に向けて言った。
「お、何だ何だアンタら…青春だねぇ〜♪」
「バ、バイス中尉…」
「ち、違ぇ…じゃなかった、違いますよ中尉!
 そんなんじゃありませんって、なぁ、アヤカ!」
「え…あ、はい! その通りです!」
「…ふーん…なるほどねぇ。
 アンタらできてたのかい、こりゃオレ様は退散すっかな〜…」
「だから違ぇって!!」
あの事件以来、当然ビリーとこのバイスという男の仲は、気まずいものとなっていたのだが
この件以来、少しは良い関係を築けるようになった。
そういう点では、バイスという男は大人だった。
一方その頃ニールはというと、彼はまだライルに愚痴をこぼしていたのだが、それはどうでもいい事である。
ともかく、作戦行動中のハリオの中の、束の間の平和な一時だった。



その翌日。302部隊旗艦ハリオに向けた補給物資を積んだコロンブス改級補給艦「ブラック・キャット」は
302部隊との合流地点へと向かっていた。
その補給物資の中には、ブラッドの言っていた熟練のモビルスーツパイロットとその乗機であるジムLも積まれていた。
「…にしても、まだ討伐任務なんてやっている部隊があるんですね、艦長。
 戦争はもう終わったんじゃなかったんですかね?」
ブラック・キャットの副長である男がのん気に、艦長に語りかける。
もはや彼にとっては、ネオ・ジオンを巡る戦乱も過去のものになっているのだろう。
そんな副長に、艦長にしてはまだ若さの感じられるブラック・キャットの艦長はこう返した。
「……お偉いさん達にとっては、そうだろうな。
 ネオ・ジオンは内乱で潰れちまって、組織は霧散してしまったそうだからな。
 残党も各地に散っている… むしろ連邦軍にとって、本当の戦いはこれからの残党狩りなんじゃないかな。
 オレ達もまだまだ休めそうもないな…」
「ったく、まだ殺し足りないってんでしょうかね。ジオンの連中は…
 ……それにしても災難でしたね艦長。今日はホントは非番だったってのに」
「何、仕事がある内が華ってもんさ」
「…でも、今日は確か娘さんの誕生日でしたよね?」
「ハハハ、よくそんな事を覚えていたな…」
「だって前から、今度の誕生日は盛大に祝ってやるって言ってたじゃないですか。
 そんな日にこんな仕事を回されちまうなんて、ホントにツいてませんね…」
「…また娘を泣かせてしまうよ。
 でもまぁ、そこは軍人の娘に生まれた宿命ってもんだよ」
「そんなもんですかね…」
「そういうものさ。
 ……まぁ、来年は今年の分も盛大なパーティーを開いてやるさ」
「それはいい、家族サービスは大事ですからね」 
そんなのどかとすら思える会話がなされながら、ブラック・キャットは航行していた。
「……にしてもデブリが多いですね。ジャンク屋もしっかり働けっての…」
副長があまりのデブリの多さに辟易していると…
……そこに、閃光が奔った。
メガ粒子砲の光が、船体スレスレを掠めていった。
つい先程まで、娘の誕生日の事を考えていた「父親」だった艦長が、その光を見て
即座に「艦長」に頭を切り替えた。頭からいきなり冷水をかぶせられたような気分だった。
「な…何だ、このビームは! 艦砲射撃か!?」
モビルスーツからの射撃にしては、粒子の束が大きすぎた。
しかし、艦砲射かと問うてはみたものの、いくらコロンブス級とはいえ戦艦、または艦隊の接近をこうも発見できないわけはない。
そして通信兵が、艦長の言葉にこう返した。
「ち、違います! これは…モビルアーマーです!」
その報を受け、艦内はどよめいた。
今回はただの補給任務だったはずだ。それが何故、モビルアーマーになど…

そのメガ粒子砲…正確には「メガカノン砲」を放ったモビルアーマーは、フリーズ・フリートの「ゾディ・アック量産型」だった。
「ハッハァー…ビビってんじゃねぇぇぞぉぉぉ!!」
パイロットは、勿論ドク・ダーム。
第一射のメガカノン砲は、外れたのではない。威嚇のため、わざと外したのだ。
しかも、船体スレスレを掠めるように……ドクの射撃の腕が伺える。
しかしニードルは、ガ・ゾウムのコクピットの中でドクの攻撃を揶揄した。
「おいテメェ! 当たりそうだったじゃねぇかよォ!
 せっかくの獲物が台無しになるところだったじゃねぇかッ!」
「うるせぇなぁぁ! ちゃぁぁんと計算済みだってんだよぉぉぉ!!」
ドクがニードルの言葉に苛立ちながら叫んだ。
当初の予定通り、ガザ隊とゾディ・アック量産型は同小隊での運用が為されていた。
このチームでの訓練も多く行われ、そのチームワークもかなり磐石なものとなっていた。
特に、スタンの予想通りニードルら荒くれ者揃いのガザ隊とドクは中々気が合うようで
この「ゾディアック隊」は、ユリウスらの予想を上回る程の対艦戦のスペシャリストチームへと成長していた。
実際、この部隊はこれまでの間に二隻の連邦軍艦を撃破する戦果を挙げていた。
「…ヒャヒャヒャ、あれで三隻目かァ!?
 いい調子だぜェ…行くぞテメェらッ!」
「おおッ!!」
ガザ隊の、荒くれ者パイロット達が一斉に返事をする。
このニードルらのガザ隊は、ニードルのような元ジオンではない生粋のテロ屋を中心とした部隊である。
その愛機達はニードルのガ・ゾウムを筆頭にガザD、ガザC、或いはガザCの改造機など
同じガザ系列ながらも、バリエーションに富んだ部隊編成がなされており、より一層正規軍ではない部隊独特の
…言ってしまえば「暴走族風」とも思える風情を醸し出していた。

「…モビルアーマーと、随伴する可変機と思われる機体が接近して来ます!」
ブラック・キャットの通信兵は、泣き声にも近い声を張り上げ、艦長に報告した。
「か、回避行動だ!」
「相手が速すぎます、すぐに追いつかれてしまいますよ!」
「クソ…どうすれば…」
固定武装すら有していないコロンブス改には、迎撃すらままならないのだ。
そこに、艦長の耳に整備ドックからの通信が入った。
『艦長! モビルスーツが出せます!』
整備兵の声だ。その報告を聞いた艦長は、この補給でブラック・キャットに積み込まれたモビルスーツの数を思い出した。
……三機。三機のジムLが積み込まれているだけだ。
「しかし、たった三機では…」
『時間稼ぎくらいは出来ます!』
そこに割り込んだ男の声は、302部隊に送られるはずだったこのジムL小隊の小隊長の声だった。
「しかし、それでは…」
『オレ達だってパイロットだ、いつだって覚悟はできてますよ!』
「すまない…」
そして三機のジムLはブラックキャットから発進していった。



ゾディ・アック量産型を中心とするゾディアック隊の機動力は凄まじいものだった。
随伴するガザ隊もまた、ガザシリーズ特有の変形機構によってモビルアーマー並の機動力を持っている。
覚悟を決めて出撃したジムL隊は、その機動性にまず圧倒され、翻弄された。
元々、数で劣っているのだ。所詮、ゾディ・アック隊の敵では無かったのだ。
ジムLを挑発的に機動性の差で翻弄しながら、ニードルがドクに指示を出した。
「…ドクッ! テメェは戦艦だけ狙ってろ!
 爆発させねぇよォになァ!!」
「まっかせぇぇなさぁぁい!!」
と言うや否や、ドクはそれまで狙っていたジムLから照準を外し、ゾディ・アック量産型の向きをコロンブス級戦艦に変え、加速した。
「…やらせるか!」
隊長機のジムLは量産型ゾディ・アックを行かせまいと立ちはだかろうとしたが、それを許すガザ隊ではない。
「ヒャヒャヒャヒャ! こっちの獲物は頂くぜェ!!」
小隊長はガ・ゾウムの接近に気付き、ジムLに盾を構えさせようとするも…
「…もう遅ぇ!!」
ニードルが叫んだ通り、時既に遅かった。
隊長機のジムLはその機体をビームサーベルの刃により二つに裂かれ、爆散した。
「まだまだ物足りねぇぞォ!! 次の獲物はどこだァ!?」
そう叫んだニードルは、ガ・ゾウムをモビルアーマー形態へ変形させその爆発から逃れつつ、次の獲物に狙いを定め
ミサイルポッドを開放した。
ミサイルは一機のジムLの元へ収束し、その数発を被弾させた。
そのジムLは攻撃をシールドで防御し、撃破は免れたもののそのダメージは大きく、すぐに他の隊員のガザDに止めを刺されてしまった。
残る一機もまた、単機ではどうすることも出来ず、ただガザ隊に翻弄され、撃破されるのみであった。

…ブラックキャットとゾディ・アック隊の戦いは、あっけなく幕を閉じた。
対艦戦に特化したモビルアーマーを持つ部隊と輸送艦では、当然の結果とも言える。
結局ブラックキャットは味方に助けを呼ぶことも出来ず、ジムL隊の奮戦も空しくすぐに追いつかれ
ゾディ・アック量産型のそのカノン砲の砲口をブリッジに向けられ、降伏を余儀なくされた。
今回のゾディ・アック隊の任務は補給物資の奪取だったのだ。
ドクはブラック・キャットの乗員達に脱出艇で脱出するように彼なりに親切に諭したのだが、ブラック・キャットの
乗員達は恐れおののいて脱出していった。やはり、彼には親切に諭すというのは無理難題だったのだろう。
ともかく逃げていく脱出艇に向け、ドクが餞の言葉を送った。
「ヒャアーハッハァー! 仲間に拾ってもらえるといいなオマエらぁぁぁ!!
 …じゃなきゃミイラになっちまうぞぉ! ハァーッハッハ!」
ドクにとっては、脱出艇など興味の対象にはならないようだ。
その言葉を聞いた元ブラック・キャットの艦長は、舌打ちをしながらも
ここからなら脱出艇の推力でもなんとか合流地点までは辿り付けることに気付いた。
「…拾ってもらうさ。なんとかな…」
「……ホント、ツいてませんね…」
「命が奪われなかっただけ、有難いさ…」
その脱出艇を…ビームの光が貫いた。
そして脱出艇は、それに乗り込んでいた乗員全ての命を巻き込み爆散した。
ドクは驚愕した。ビームを放った主は、ニードルのガ・ゾウム。
「な、何すんだぁぁぁ!?」
「ケッ、連邦のヤツらなんか殺して何が悪ィんだよッ!?」
ドクが戦いに喜びを見出す人間なら、ニードルは敵をいたぶり、殺すことを楽しみとする
ある意味ドク以上にタチの悪い兵士だった。
無抵抗の敵を撃つことに何も感じていないわけではない。喜びを感じているのだ。

「これが…ジオンの御旗を掲げる軍のやることか!?
 これでは、ただの海賊ではないか…」
この作戦に借り出されたメーインヘイム隊…その新たな母艦、エンドラのブリッジで
その一部始終を見ていたアルは、その蛮行とすら思える行為に憤った。
「こうでもしないと、残党は生き残れませんよ。
 下手に生き残られて報告でもされたら厄介ですしね」
ユリウスは、あくまで冷静にそう言った。
「しかし、これでは…」
「ま……残党の現実なんてこんなもんだ」
そう諌めるスタンにも、その現実は理解できていたものの……今の光景に、何の感情も感じなかったわけではない。
特に、子供であるユリウスが自分達以上にこのようなことに慣れている事実が、何ともやりきれなかった。

メーインヘイム隊も、デニスこそギャン改の調整の為不在なもののゾディ・アック隊に同行していた。
スタンらの部隊は既に母艦はメーインヘイムでは無いが、便宜上こう呼ばれたままである。
「我々が出ていれば、戦闘の意思の無い者まで無慈悲に墜とすような事は…」
「ま、割り切れよ」
まだ納得のいかない様子のアルに、スタンはそう言った。
「ともかく、後始末ですね。連邦の艦隊に見つからないうちに引き上げないと…」
そういうユリウスも、ソニアから艦長代理を任された身である。
デニスの不在も含め、補給艦の確保という任務故の特例の人事なのだが
それにしてもこんな子供が戦艦の艦長席に座っているという光景は、奇妙なものだった。
ともかく、子供が指揮を執る部隊の、物資奪取作戦は成功を収めた。
ブラック・キャットには予めガザ隊らの母艦ティベに乗り込んでいた要因らによって扱われ
エンドラらと共に、拠点への引き上げを開始しようとしていた。
ゾディ・アック量産型はそのサイズ故、エンドラに牽引される形でこの宙域に運ばれた為、引き上げる際も
同じように、ガザ隊のガザCにより牽引ロープに繋がれ、エンドラに牽引される事となった。
これもまた、奇妙な光景だった。
そんな数々の奇妙な光景を見つつ、スタンは今回奪取した物資をブリッジごしに確認して、呟いた
「…にしても、補給艦一隻くらい失ったって連邦軍は痛くも痒くもねぇんだろうな」
「それでも、多少は痛手になったはずです」
「ま……チリも積もれば山となるってか?」
「そういうことです。
 そもそも、今作戦の主任務はあくまで陽動ですからね」
そう、あくまで今回の物資強奪作戦は陽動に過ぎなかった。
ブランドが「祖国再興の鍵となる機体」とすら言う戦略兵器を、とある壊滅寸前の残党仲間から
フリーズ・フリートが受け取る事になっていた。
その受け取りの間、連邦軍の目を引き付ける為…受け取りが行われる地点とは遠く離れたこの付近の宙域で
このような陽動作戦が多く行われていた。
ゾディ・アック隊らが今まで二隻の連邦艦艇を沈めたのも、あくまで陽動の為である。
「…しかし、よくあんなものを今日まで保管してくれていたものですよ、本当に」
ユリウスが感慨深げに呟く。
結局、スタンらにはその受け取る兵器がどのようなものかも知らされなかったし、聞いても適当にはぐらかされるだけなので
ユリウスのこうした発言はもう気にしないようにしていた。
ともかく、引き上げの準備も整おうかとしていた矢先……通信兵が「こちらに接近する機影アリ」と叫んだ。
そう、ここは元々、302部隊とブラック・キャットの接触予定宙域からそうは離れていなかったのだ。
即座にユリウスは通信兵に訊ねた。
「機影!? 規模はどの程度ですか?」
「戦艦です、サラミスでもマゼランでもない…」
ユリウスらが状況を確認する間もなく、ガザ隊は再出撃をしていた。
「ニードル軍曹! まだ出撃命令は…」
『うるせェ!! 先にヤらなきゃこっちがヤられんだよッ!』
続き、ドクのゾディ・アックも牽引ロープを引き千切り再出撃した。



エンドラから確認された戦艦は、補給を受けに合流しに来たハリオだった。
「ガンダムMk.M、二機とも発進準備整いました!」
「よし、発進させい!」
アヤカがデッキの様子を報告し、ハワードが出撃指示を出した。
補給物資を持ってきたブラックキャットが、ジオン残党に奪取されそうになっているのを見て
隊長、ブラッドは当然憤るものの、彼自身の出撃はしなかった。
「本来なら、私自らが出撃したい所だがな…
 …私のMk.Nなら、あの程度の敵なら容易く潰せる」
出撃をしなかった理由は、旧友、グレッグの薦めだった。
「なぁブラッド。やっぱり指揮官ってのはな、前線なんかにゃ出ないで、後方で堂々と振舞うもんだ。
 ガルン艦長みてぇにな。それが、部隊全体の士気向上に繋がるってもんよ…」
ガルン艦長とは、かつてグレッグらが「死神小隊」と呼ばれていた頃の、彼等の母艦の艦長の名だ。
当時のブラッドのいき過ぎた行動を、大きな問題にならない程度に抑制していた男でもある。
程度は違うが、今のビリー、ニールに対するグレッグと立場は近い。
名指揮官にして誰からも慕われる男だったが、ブラッドの残虐な性格の根本を直すことまではできなかった。
「まぁ、どちらにせよ…ガンダムの性能さえ連中が引き出せていれば、あの程度の敵は
 容易く殲滅できる筈だ。できんようなら、ただのゴミだ…」
今回出撃したのは、艦の護衛に残ったヌーベルジムLらと、二機のガンダム。
つまり、実際に前進し、攻撃をかけるのは二機のガンダムだけということだ。
ブラッドはこの戦闘で、バイスとコルトの二人がガンダムのパイロットに本当に相応しいかを見極めるつもりらしい。

出撃を済ませ、コルトのガンダムよりさらに先行したバイスが、ガンダムのコクピットの中で言った。
「さ〜てと……ガンガン行くからなァ!」
「あんまり先行しすぎんなよ、バイス!!」
そのバイスをコルトが諌める。両者は両者ともかなりの撃墜数を稼ぐエースではあったが
その戦闘理念は正反対だった。

そして、ゾディ・アック隊と二機のガンダムとの戦闘が始まった。
バイスのガンダムMk.Mは変形機構を持つガザをも圧倒する機動性でガザ隊を翻弄し、スキを付いての
ビームサーベルでの接近攻撃でガザCの一機を撃破してみせた。
「…しっかりしろよアンタら!」
さらに調子付いたバイスは、機体を縦横無尽に動かしガンダムの機動性をアピールし、挑発しつつ言った。
「これじゃ弱いものいじめに…なっちまうじゃねぇか!」
その挑発にかかったガザDが見せたスキを、今度はコルト機が狙い撃った。
コルト機のガンダムMk.Mのビームライフルの射撃の直撃を受け、バイス機に攻撃しようとしたガザDは撃破された。
高い機動性を活かし突出するバイス機の接近攻撃と、後方支援のコルト機の的確な射撃。
この連携により、ガザ隊は一機、また一機と撃破されていった。
「クソがァ! なんてヤツらだ、アレがガンダムかよッ!」
ガザ隊随一の腕を持つニードルも、思わずその連携攻撃に舌を巻いた。
「ザコを相手にしてもつまんねぇなぁ…コルト、アイツをヤるぜぇ!
 援護は任せたぜ!!」
「…了解!」
そしてバイス機のガンダムMk.Mはゾディ・アック量産型に狙いを定め、突貫した。
「…ぶっつぶすぅぅぅ!!」
そう叫んで迎え撃とうとしたドクだったが、あくまでこのゾディ・アック量産型は対艦戦に狙いを絞って調整された機体。
バイス機の、高い機動性を活かした戦い方には分が悪く、構造上AMBACが使えず小回りのきかない
ゾディ・アック量産型は苦戦を強いられた。
「…ドクが危ねェ! ヤローども、援護だッ!!」
ニードルが叫び、生き残ったガザ隊は援護に向かおうとするが、コルト機のガンダムMk.Mから放たれた射撃がその行く手を阻んだ。
ニードルのガ・ゾウムに随伴していた二機のガザタイプが、コルト機の射撃で撃墜され、二機同時に爆発した。
「…こ、このヤロォ、よくもッ!!」
ニードルは憤った。この短時間で、ゾディ・アック隊はドクのゾディ・アック量産型とニードルのガ・ゾウムを残し
ほぼ全滅してしまった。

その戦闘を有利に進めるガンダムらをブリッジから観察し、ブラッドはこう感想をもらした。
「……ゴミどもが。性能を全く引き出せていない…
 やはり連中では…ガンダムのパイロットには相応しくないか」
その言葉は、グレッグには意外だった。
「性能を引き出せてねぇ?
 アイツらは十分な働きをしていると思うがな…」
「…フン。どうだろうな……
 バイスは機動性にただ頼った、機体に乗せられているだけの戦い方だ。
 あんなものはただ推進剤を無駄にするだけの……バカのする戦いだ。
 コルトも支援射撃の腕は確かに見事だが、それではガンダムに乗る意味がない……」
「そういうもんかよ…
 何だ、ガンダムのパイロットには、何か特殊な何かが必要なのか?」
「……インコム・システムだ。連中はアレを使おうとはせん…
 インコムこそが、ガンダムMk.Mを他の機体とは違う、高性能機たらしめている最大の要素だ」
「…インコムだ?」
グレッグには、はじめて聞く単語だった。
「サイコミュの一種だ。それも、所謂ニュータイプや強化人間でなくとも
 オールレンジ攻撃が行える…… 画期的な兵器だ」
ブラッドの言うように、「インコム・システム」はあくまでニュータイプと呼ばれる人間専用のものだったはずのサイコミュを
最新のテクノロジーにより、常人でも扱う事を可能とした兵器である。
この兵器は精密誘導兵器を封じられている現在、唯一の誘導兵器と呼んでも過言ではない。正に、画期的な兵器だ。
「オールレンジ攻撃なぁ…」
グレッグは、その言葉を聞いて、シュツルム・ディアスでの初出撃の際に遭遇した、機影の無い場所からのビーム攻撃を思い出した。
「確かに、アレができるとなりゃ画期的だな…
 しかし、そんな胡散臭ぇもんより自分の経験で培われた、操縦の腕に頼っちまうのがパイロットのサガなんじゃねぇのか?」
「考えが古いようだな、貴様も…
 ……一度インコム・システムを自ら使い、その素晴らしさを実感してみれば貴様にもわかる。
 それを使える機体に乗っていて、かつ利用しない者がどれだけ愚かに見えるかもな……」
「そうかよ…」
ブラッドは、この艦に配備されているガンダム全てに搭載された「インコム・システム」に絶対の信頼を置いているようだった。
そして、そのインコムを使いこなせる者こそ、ガンダムMk.Mのパイロットに相応しいと考えていた。
その意味では、確かにバイスとコルトの戦い方は性能を引き出せていないと言えた。

一方、フリート側からもアルのグザと、スタンのガザWがゾディ・アック隊の生き残りの撤退支援の為出撃していた。
「やれやれ…… こいつはちょっとばかりヤバそうな相手だぜ!
 …退けニードル!」
「誰がッ! こっちはダチが殺られてんだよッ!!」
駆けつけたスタンからの通信に粗野に返すニードル。だが…
「……うわッ!?」
ニードルのガ・ゾウムは、予期せぬ場所からビーム攻撃を受け、右脚部を損傷した。
そのビームはガンダムMkMのインコム・システム……背中からコードで繋がれた円盤状の物体から放たれたものだ。
インコムを放った主は、バイス機のガンダム。スタンが叫ぶ。
「…ニードル!」
「チッ、わかったっつーの、戻りゃいいんだろッ!?」
そう吐き捨て、ガ・ゾウムは何とか変形し、ティベへ帰艦に向かった。
それを確認し、スタンは今度はドクに言った。
「…ドク、お前もだ! ソイツはモビルアーマーじゃ分が悪い!」
「もう終わりかよぉぉぉ!!」
そう言いつつ、本能で不利を察知していたドクも、素直に応じ
そのスピードでガンダムを振り切り、撤退した。

ガ・ゾウムとゾディ・アック量産型が撤退する様を見て、コルトがもらした。
「おいバイス…お前がデカブツから目を離してる間に逃げられちまったじゃねぇかよ!
 ガザだって最後の一機、仕留められなかったしよ…」
その言いように、バイスは腹を立てたようだ。
「うるせぇな!
 …この、インコムだったか? こういうのってやっぱりノリが合わないんだよな…」
「…ったく、こんな使えねえモン装備させんなよな!」
これが彼らのインコム・システムの総評だった。ブラッドの評価は間違ってはいなかったようだ。
そしてバイスは自らの機体にビームサーベルを構えさせ、言った。
「…モビルスーツ戦ってのは、やっぱこうじゃねぇとな!」



エンドラのブリッジでその様子を見ていたユリウスは驚愕していた。
「アレは、オールレンジ攻撃!? 意外ですね。
 連邦に、あのサイズでの準サイコミュ兵器が実用化できていたなんて…」
驚くユリウスに、通信兵が指示を仰ぐ。
「か、艦長! 指示を!」
「とりあえず、陽動の任は完遂したようですし… 敵のガンダムの性能や、パイロットのクセもある程度わかりました。
 ……この場はとりあえず、コロンブス級については諦めて撤退しましょう。」
「そ、それではコロンブスに乗り組んだ同志は…」
「……作戦に犠牲はつきものです。囮にして、我々は撤退します。
 スタン中尉達にも連絡してください」
「は…ハッ!」

撤退の令は、すぐにスタンらの耳に届いた。だが…
「……アル! どうした!?
 撤退支援は完了したんだ、オレ達も…」
「ガ……ガンダム…」
再びアルの眼前に現れた白い悪魔、ガンダム…
眠っていた恐怖心が呼び覚まされ、アルの手は震え、思考は一時だが中断されてしまい
冷静な判断が出来なくなってしまった。
そのアルのグザに、サーベルを構え突っ込んでくる、バイス機のガンダムMk.M。
「……アルッ!!」
斬りかかられる直前、スタンはガザWの脚部でグザを蹴飛ばした。
「……!」
蹴飛ばされた衝撃で、グザはガンダムMk.Mの斬撃から逃れることに成功し、同時にアルの思考も回復した。
「……スタン中尉、自分は…」
「…いいから撤退だ! 掴まれ!」
グザの高いとは言えない機動性では、ガンダムを振り切るのは難しい。
ガザWはグザの手を掴み、全推力を使ってエンドラへ撤退を開始した。
二基詰まれた熱核ロケットエンジンの推力は伊達ではなく、グザを牽引した状態でも十分な加速を持っていた。

「…逃がすわけねぇよなぁ!!」
尚も追いすがろうとするバイスだったが、それをコルトが止めた。
「……待てよバイス。お前、無茶な動きばっかしてたろ。
 もうそんなに推進剤残ってねぇんじゃねぇか?」
「…チッ!
 クソッタレが……今日はこのぐらいで勘弁しといてやらァ」

辛くも、フリーズ・フリート側は撤退に成功した。
せっかく捕らえたブラック・キャットに詰まれた物資と、その中に乗り込んだ人員を犠牲にして…
その後、ブラック・キャットに残された人員達は見捨てられた事を察し、せめてエンドラ達が撤退する時間を稼ごうと抵抗し
最後はハリオに特攻を試みたが、ブリッジをコルト機に破壊されそれもかなわなかった。



翌日、フリーズ・フリートの拠点であるコロニーは、二つの報せに沸いていた。
一つは、ついに連邦がこの付近にもガンダムタイプのモビルスーツを投入してきたこと。
そしてもう一つは……スタンらの決死の陽動の結果、受け取ることができた戦略兵器「ギガンティック」だ。
このモビルスーツは、ネオ・ジオンの地球侵攻作戦を想定し、核攻撃用モビルスーツとして開発された機体で、
耐衝撃・耐熱処理や核攻撃後の離脱のための大出力スラスターなどが装備されている。
戦後、連邦軍にアクシズ製モビルスーツのデータが流れた際には「ルナツーから核弾頭を奪取できなかった為に実戦では使われなかった」
「その試作機は失われている」と表記されていたが、実際は核バズーカを搭載した機体が残党の手によって隠匿されていたのだ。
使いどころさえ誤らなければ、交渉の武器にもなるし、重要拠点を攻撃できれば連邦に大打撃を与える事も可能だ。
そんな兵器が、今フリーズ・フリートの手元に転がり込んだ。
首領ブランド・フリーズは、この戦略兵器をさらに隠匿し、来るべき新たなジオンの再興を待ち
その時はこのギガンティックを戦力に加えるつもりらしい。
これほどの兵器を、柔軟に運用するほどフリーズ・フリートには戦力が整ってはいないし
ここで下手に核攻撃などを行えば、ただ連邦を刺激し残党狩りを強め、デラーズ・フリートの二の舞になってしまうだけだ。
彼はそう判断したのだろう。
「隠匿するったって… 新たなジオンの決起なんて、本当にあるんですかね」
スタンは、工厳内の一角にてソニアと話していた。
「…あると信じるからやれるんだよ、残党なんてのはさ」
「ま、そりゃそうですがね」
このブランド・フリーズの判断に反対する者も、また少なくは無かった。
ニードルなどは「さっさと連邦の本部を核で潰せばいい」などということを言い出す始末だ。
「…それにしても、これでウチもちょっとはハクが付くってもんですね、少佐」
「……ソニア、でいい。
 どうせ残党なんだ。階級なんて、大して意味なんかありゃしないよ」
「そ、そうですかい…
 …いや、やはりそれはまずいんじゃないですかね」
「デニスだってそうしてる。構いやしないよ」
「そ、それじゃ…
 …ソニア」
と言った直後、スタンは笑った。
「…ハハハ、やっぱり不思議な感じですね。
 ついさっきまで少佐って呼んでたんだ、いきなりは難しいです」
「まぁ、そんなもんだろうね」
続いて、ソニアも少しだが笑った。
気付けば、当初スタンにとってはやりづらい相手だったソニアだったが
今ではフリートの中では数少ない、心を許せる相手の一人になっていた。

そんな会話が為されていた中、急にソニアが切り出した。
「…で、何か言いたいことがあるんだろう?」
「……何で、わかったんですか」
「私にはわかるんだよ。そういうのがさ……」
この人には隠し事はできないな、とスタンは思った。
「こりゃかないませんね…
 …ユリウスのことでちょっとばかし、ひっかかるというか何というか。
 やっぱりあんな子供が、戦場なんてのに駆り出されているの見ると…」
「やりきれない、か?」
「…ご名答」
やはりスタンには、ソニアの瞳には人の心を見透かす力があるように思えた。
「それは、正常な思考だよ。
 戦場なんて狂った所じゃ、無視されがちなね…」
言い終わったソニアは、少し間を置いて…ユリウスについて語り始めた。
「…あの子はね、ネオ・ジオンで造られた強化人間じゃないんだ。
 元々は連邦軍… ティターンズ所属の強化人間だったんだよ」
「ティターンズの…」
ティターンズ。宇宙に住む者なら、誰もが忌み嫌っていた存在だ。
「成る程。ティターンズの連中なら、子供に強化なんてことをして、戦場に送り込むくらいの事は
 やっても不思議じゃないですね」
「…ネオ・ジオンだって似たようなものだったって話だけどね」
「………
 …しかし、ティターンズの強化人間が何でネオ・ジオンに…」
「ネオ・ジオンは連邦正規軍から追われる身になった、ティターンズ残党も吸収していた。
 ……そのティターンズ残党の中に、あの子はいたんだよ」
「…その時、ソニアさんも?」
「まぁね…
 最初に会った頃は… 強化の副作用でね。情緒不安定なんてもんじゃなかったよ。
 アクシズの強化人間技術やらで、少しずつ今みたいに、安定させる事ができたんだよ」
…スタンは絶句した。ソニアは、構わずに続けた。
「……最初はね。誰もあの子を保護したがらなかったよ。
 私も上に随分無理を何度も言ってね… それでやっと、モビルスーツを動かすだけの、生体部品扱いってことで
 ようやくネオ・ジオンに存在する事が許された。そんな子なんだ」
「そんな……」
「そういう事を、あの子は敏感に感じ取ってね。
 自分は戦いに参加することでしか存在を認められないって。そう思ってるんだ。」
「………」
「だから必死に戦果を上げて、軍に自分の存在の価値を認めさせようとした。そして、認めさせたんだ。
 …何度も、戦場から遠ざけようとも思ったさ。でもそれは、今となってはあの子の存在を否定することにだってなりかねない」
スタンは、ソニアは自分なんかよりも、深くユリウスの事を思っているという事を知った。

一方アルは、前回の出撃での、自身の不甲斐無さを悔い、デニスに相談していた。
「何も…何もできませんでした…
 あの白い悪魔を前にして、自分は…」
「…過ぎた事だ。
 恥は濯げばそれでいい。違うか?」
「大尉殿…」
「次、ヤツと当たるとしたら…その時はオレとギャンもいる。
 ガンダムだか何だか知らねぇが、勝てない相手じゃねぇハズだ…」
デニスは唯一、ガンダム出現の報を受けても平静を崩さなかった。
とにかく、新たな愛機ギャン改で自分がどれほどの戦闘能力を発揮できるかを証明したかったし、その為の相手としては
ガンダムは相手にとって不足は無い、と考えているのだ。
デニスとは、やはりそういう男だった。
「次こそは…次はこのような失態は、絶対に致しません!
 かならずやあの白い悪魔、ガンダムを討ち取ってみせます!」
アルもまた、ガンダム討伐を心に燃やしていた。
そんな熱き魂を持ってガンダムに挑む決心を持った男達に
ブランド・フリーズから伝えられた次の任務は想像の遥か斜め上を行くものだった。