第八話 希望と絶望



…フリーズ・フリート、本拠地コロニー。
アルの戦死を悼む空砲がデニスにより撃たれた。
「……やっとゆっくり休めるってもんだ。なぁ…」
スタンが、もうこの世にはいない戦友に向け言った。
「ま…先に逝った連中と、楽しくやっててくれや。
 オレらの居場所も残しといてくれよ」
……デニスは、何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
多くの苦楽を共にした、戦友の死に……
ドクですら、悲しみに沈んでいた。
新たな仲間、ガザ隊をあのような形で失ったことも、彼の悲しみをより深くさせた。
……残党には墓も、慰霊碑も、何も用意されない。
墓標代わりになるとすれば、それは自分と運命を共にした……デブリとなった、愛機の残骸だけである。
その「墓標」は、暗礁宙域に漂うそれ以前からの戦死者の他の「墓標」と混ざり合い、誰の目にも留まることなく
ただ、宇宙に漂い続けるのみである。
――なぁ、アルよ…
 お前は、祖国に殉じれたのかよ…?―――
スタンの質問に答えを返す者はもう居ない。

連邦に、本拠地が割れた。
ユリウスからの報告により、その事実はフリーズ・フリート内に知れ渡ることとなった。
つい数日前までの熱気から一転、フリーズ・フリート内部は混乱に満ちていた。
来るべき本拠地での総力戦に備える者、恐怖に打ち震える者、逃げ出す算段を始める者…
実際に逃げ出す者達もいたが、それらの艦艇は全て連邦軍の包囲網にかかり、殲滅されていた。
302部隊のブラッドは、この残党としては大きい勢力を誇る「獲物」に対し、近隣コロニーの駐留部隊に派遣を要請。
残党を一網打尽にすべく、このコロニーに対し包囲網を敷いていた。
これも、302部隊の裏に存在する高官の権力があってこそできたことだ。

…その302部隊旗艦ハリオは、二隻のサラミス改級を引き連れ航行していた。
「完璧な包囲網ですな、中佐」
そのブリッジで、包囲網の展開の様子の報告を受けたハワードは、そう感嘆した。
「…確実すぎて面白みには欠けるがな。
 まぁ、嬲り殺しというのも一興というものだ……」
そしてブラッドはまた喉を鳴らし、彼独特のあの笑い方をした。
そのククク、という音が聞こえる度にブリッジクルーは恐怖すら覚えた。

……戦力再編成により、302部隊の編成は大きく変わっていた。
イーサンら302部隊所属艦も総動員された。
モビルスーツ部隊の配置もまた様変わりしており、その中でビリーとガンダムMk.Mはハリオに残り…
ニールとライルはイーサンに移動になっていた。

…ハリオの後につくように航行する、サラミス改級戦艦、イーサンのモビルスーツデッキ。
この艦には、正式採用が決まったばかりの最新鋭モビルスーツ「ジェガン」が配備されていた。
302部隊を実質所有する高官の権力により、回されてきた最新型のモビルスーツであり
以前ライルが言っていた「アナハイムの新型」とはこのジェガンの事だ。
「……ジムに比べりゃ結構ハンサムだな。コイツ」
モビルスーツデッキにて…まずジェガンのその顔を見て、ニールはそうコメントした。
そんなニールの言葉に、律儀にライルは答えた。
「そうだね。大分凛々しいというか…」
「いくらかジードにも似てるよな。まぁ、ガンダムには負けるけどな…
 ……これか? オレの新しい愛機ってのは」
彼の新たな乗機については、イーサンへの異動が完了してから知らされることになっていた。
その質問を遮ったのは…シュツルム・ディアスをグレッグの元に持ってきた、あの302の技術士官。
「……ニール少尉。いや、これからは中尉相当官、と呼ぶべきかな」
その姿を確認し、ニールとライルは敬礼した。
そして、その言葉に驚いた。当然、ニールは質問した。
「え、中尉相当官、というと…?」
「そうか、まだ聞いていなかったのか。
 君はその生存率と実戦経験、そして模擬戦での成績を評価されて…このイーサンの新鋭モビルスーツ部隊「ジェガン隊」の
 リーダー、つまり隊長を任されることになっているんだよ」
「お、オレが…隊長!?」
二人は唖然とした。あのニールが、隊長…
ライルは物凄く心配になった。あのニールに、隊長なんてやれるのか…
そんなことには気付かずに、ニールは喜びに満ちた顔で、敬礼し直し言った。
「…こ、光栄であります!!」
「まぁ、このジェガン隊はジェガンの性能テストを兼ねた部隊なのでね。
 君以外のパイロットは、まだ実戦経験の無い新米だ。上手くサポートしてやってくれ」
「任せてください! ビシバシ鍛えてやります!」
そう元気よく答えたニールを見て、ニール自身もまたついこの間までは実戦経験の無い新米だった事を忘れているようにライルには見えた。
もしグレッグがこの場にいたら怒鳴られてただろうな、とライルは心底思った。
ライルがそんな事を思っている間にも、技術士官はテンポ良くニールに説明を続けていた。
「期待しているよ、ニール中尉相当官。
 ……このジェガンという機体はな、本当に素晴らしい機体だよ」
ニールは一瞬、雲行きが悪くなったと思った。隣のライルが目を輝かせていたからだ。
ここからの話の流れは、ニールからすれば技術バカらの終わりの無い機体談義に移行すると思われた。
「…その生産性の高さは勿論、その基本性能…
 スペック上はあのガンダムMk.Kと同等以上の数値を叩き出している」
「あ、あのガンダムマークKと!?」
意外にも、技術士官のその言葉に喰い付いたのはライルではなくニールの方だった。
ニールはガンダムという言葉にとにかく弱かった。
「そうだ、ジムLとは比較にならんよ。
 君たちがテストした「ジード」に比べても、バランスの面ではこのジェガンが勝っている。
 この機体は量産機の革命だよ……今後も長く使われることとなるだろう」
「そうですか、すっげぇ…」
ニールは、彼らしくもなく素直に感嘆した。
ライルはその様子を微笑ましげに見ていた。彼が技術士官のこの語りにそれほど興味を示さなかったのは
彼が既に、イーサンに異動になった時点でジェガンに関して、この技術士官から同様の説明を受けていたからである。
(ガンダムマークK並か…)
ニールは素直に感動していたが…
…不意に、Mk.K並の性能といっても、ビリーはそのMk.Kの二代先のガンダムMk.Mを任されていた事を思い出して
その表情は少し曇った。しかし気を取り直して、当初知りたかった質問を技術士官にぶつけた。
「…それじゃ、オレの愛機もその…ジェガンってヤツですか?」
その質問を聞き、技術士官は少し不適な笑みを浮かべ答えた。
「…正式には、少し違うな。
 君には、あの機体の改良機…いわば、スペシャルな仕様の機体に乗ってもらう」
「スペシャル!?」
「……あの機体だよ。我々は「ジェガン改」と…呼んでいるがね」
技術士官が指差した先には、他のジェガンとは外観の違う…グレーで塗られた、いかにも普通とは違う
高級量産機然としたモビルスーツが整備を受けていた。
「アレですか!? すっげぇ…」
「…このジェガン改は、ジェガンに百式というモビルスーツの技術を使って強化したものだよ。
 配備間もない新型の、それも改良試作機を投入してくるあたり…上の人間の掃討戦への本気さが伺えるというものだな。
 …ポテンシャルは未知数だが、君になら使いこなせるはずだ」
「……はい! その性能、存分に引き出して見せます!
 そしてグレッグ隊長の…コルト中尉の、仇を!」
ニールは、さらに元気よく言った。
ニールのパイロット人生に、ようやく後光が差してきたようだった。



…一方、302部隊旗艦、ハリオ。
ビリーのガンダムMk.Mでの初戦の評価は非常に高かった。
こう言っては故人に悪いが、初陣にして熟練兵だったバイスやコルト以上にガンダムの性能を引き出していた、と評価され
302部隊内のビリーの株は上がっていった。
しかし、ビリーにとってはそんなことはどうでもいい事だった。
――ついに、ヤツらのアジトを見つけた。
 これで仇が討てる――
ビリーの思考は、その一点に支配されているようだった。
グレッグが戦死して以来…ひたすらシミュレーションに没頭する日々が続く。
戦力再編成が行われた事で、気の置ける仲間だったニールやライルがハリオからいなくなったことも、彼を没頭させる要因の一つだった。
それに刺激され、ハリオ所属のパイロット達も同じようにシミュレーション等の鍛錬に励んだ。
その中でも、ビリーの自らの戦闘能力向上への…強さへの執着は、抜きん出たものがあった。

しかし、体力の限界はある。ビリーは、まだ開いていない食堂の机で、束の間の休息をとっていた。
しばしの休息を終えたら、またシミュレーションを行うつもりだ。
……少し、喉が渇いた。アイソトニック飲料でも取りに行くか…
とも思ったが、大分疲れていた。その手間も煩わしい…
席を立つか、このままいるか…少しの間迷っていたビリーの机に、何かが置かれる音がした。
その先を見てみると…… 少し、懐かしい顔が見えた。
「…喉、渇いてるんでしょ?」
アヤカだった。アヤカがビリーに、アイソトニック飲料を渡す…
…かつてと逆のシチュエーションだ。
「…何だ、お前かよ」
ビリーは素っ気無く言った。
…あの、ビリーがアヤカを突き飛ばした一件以来…気まずさからか、罪の意識からか
ビリーはアヤカを避けるようになっていた。
「……あん時は、悪かったな」
「いいんですよ、そんなこと…
 戦場なんですから。精神的に不安定になることだってありますよ」
そう言いつつ、アヤカはビリーの隣の椅子に座った。
「…大人なんだな、お前」
そう言って…ビリーは自分自身の大人気なさを、少し振り返った。
そのビリーの言葉に、アヤカが少し笑いながら返した。
「そりゃ、ビリーさんよりは大人でしょうね」
「何だと、聞き捨てならねーな」
ビリーも、少し笑ってそう言った。
「…やっと、笑ってくれましたね」
「……あ?」
「いえ…最近、ビリーさんはいつも、怖い表情ばかりしてたもので…」
「…………」
「なんていうんですかね、危なっかしいというか…
 …まるで、復讐だけに生きているみたい」
図星だったのか。ビリーはガラにもなくアヤカの言葉を聞いて、何も言い返すでもなく黙っていた。
…その様子を見てアヤカは、数刻置いてから…こう言った。
「……私は、さっきみたいに笑ってるビリーさんの方が……好きです」
「………何だ? 何が好きだって?」
「な、何度も言わせないで下さい!」
すこし頬を赤らめつつ、アヤカは言った。
「……お前、ちょっとは可愛いとこあるじゃねーか」
と、ビリーは笑いながら…人差し指でアヤカのおでこをコツン、とつついた。
アヤカは少し驚いた様子で…しかし、少し嬉しそうな表情で笑いを返した。
一度深まった溝は、埋まった。少なくとも、アヤカにはそう思えた。



数時間の時が流れ、イーサンがジオン残党…フリーズ・フリートのコロニーから逃げ出した艦艇を発見した。
当然、包囲網を敷いた連邦側がこれを見逃すはずもない。
イーサンの新型モビルスーツ部隊、「ジェガン隊」に出撃の命が下り、データ収集を兼ねた初の実戦が行われようとしていた。
出撃直前のジェガン改のコクピットで、ニールははじめて持った自分の部下に対して言った。
「よーし! お前らははじめての実戦だったな!?」
『はい!』
パイロットとしてはまだ若すぎる部類に入るニールよりも、さらに年下と思われるパイロット達から一斉に返事が届いた。
ニールはいい気分だった。そして、自分の部下達に…かつて自分が、今は亡きグレッグから教わった事を伝えた。
「いいか! 実戦は甘くねぇぞ!
 お前達が今までやってきたごっこ遊びとはわけが違うんだ! 気を引き締めてかかるようにな!
 …絶対に、油断なんかするんじゃねぇぞ! 戦場じゃ、一瞬の油断が命取りだからな!」
『はい!!』
返事を確認し、ニールのジェガン改はカタパルトに付いた。
「…隊長機、出ます!」
ニールは、一度言ってみたかったセリフを大声で言った。上機嫌だった。
ニールのジェガン改に続き、ジェガン隊の面々が次々と出撃する。目標は、残党のムサイ級。

「か、艦長! 連邦です!」
「おのれぇ、こんな所にまで…」
そのムサイ級の艦長は、この航路なら連邦に気取られずに脱出できると信じていた。
しかし、その期待は脆くも崩れ去った。
積んでいた…というより、目を盗んで運び出した四機の虎の子のモビルスーツ隊を発進させ迎撃させるも
旧型のそのモビルスーツ隊は、最新鋭機ジェガン隊に全く歯が立たなかった。
特に、ニール駆るジェガン改は水を得た魚のように縦横無尽に敵モビルスーツらを圧倒した。
「…ハハハッ!! 死ぬ準備は出来てるか!?」
ジェガン改は敵機の内、二機を瞬く間に撃破した。その動きに、ジェガン隊の新米パイロット達は舌を巻いた。
その新米パイロットの中で唯一の女性パイロットが、ニールのジェガン改の動きに感嘆し、言った。
『さすがは実戦経験者ですね、ニール隊長!』
「お前等だって、これで実戦経験者だ!
 ……残りの敵機はお前等に任せた!」
『は、はい!』
「一匹残らず叩き潰してやれ!」
その残された二機も…新米のジェガン隊の前に、為す術も無く撃破された。

一方、イーサンと共に動いていたハリオのブリッジ。
「…何故ですか隊長!?
 なんでハリオからは、一機も出撃しないんですか!」
ブリッジまで上がってきたビリーが、荒々しくブラッドに訊ねた。
あの中に、グレッグを殺した敵がいるかもしれない……そう考えたからだ。
ブラッドに歯向かわないように生きてきたブリッジクルーらからすれば、それは信じられない行為だったが
ブラッドは特に気にするでもなく…そして本気でとりあう気もなく、こう返した。
「フン、貴様は肩に力が入りすぎているようだな…
 …訓練で疲れているのだろう、少しは休め。これは命令だ……」
「…しかしッ!」
「あの新米どもに少しでも経験を積ませ、ジェガンとやらのデータも集めさせねばならんのだ。
 ……それにだ。 万が一、このような下らん戦いでガンダムを傷付けられでもしたら、かなわんからな」
そのブラッドの言葉を聞き、ビリーは歯噛みした。
――あの程度の敵に…やられるものかよ!
そう思っていたが…ふと、通信席から心配そうにこちらの様子を見ていたアヤカを見ると
何故か、いくらか冷静になれた。
「…失礼しました」
そう言って、ビリーはブリッジから去った。
それと同時に、ムサイ級もニールのジェガン改にブリッジを破壊され、轟沈しようとしていた。



その頃、連邦軍のコロニー駐留軍から派遣された部隊の一部の強行偵察艦が、フリートのコロニー付近にも度々現れていた。
その手の部隊への迎撃に出れる戦力も、フリーズ・フリートには少なくなっていた。
この総力戦前の小競り合いで戦力はじわじわと削がれていたし、脱出を試み殲滅された者も、また少なくなかったからだ。

……前回の戦闘でガザWはエンジン部を失い、再び出撃するまでに修理するのは、フリートの設備では不可能だった。
その為スタンは……恐怖に脅え、乗れる状態ではないユリウスに代わり、捕獲したガンダムMk.Mのパイロットとして
デニスのギャン改、ドクのゾディ・アック量産型と共に強行偵察部隊の迎撃に加わっていた。
決まった愛機を持たず、様々な機体を乗りこなしてきたスタンが、現時点では最もガンダムのパイロットをこなせると判断されたのだろう。
「オレにこんなものを使いこなせってのかよ? ムチャ言いやがる……」
そう言い、偵察部隊所属の青いハイザックに向け……運用の訓練も満足にしていない、インコムを使って牽制した。
その攻撃は、いとも簡単に敵機にかわされてしまった。
「チッ…! 制御が追いつきゃしねぇ!」
スタンといえど、このような準サイコミュ兵器を扱ったことなど無かった。
それでいきなりの実戦であれば、これも止むを得ない結果である。
そのハイザック自体は、回避後体勢が崩れたスキに、デニスのギャン改の斬撃により撃破された。
デニスの要望により、アルのグザ同様ダイスらの製作した増設ブースターを取り付けられたギャン改の機動性は飛躍的に向上していた。
……強化されたギャン改と、対艦戦で本領を発揮するゾディ・アック量産型の活躍により、その偵察部隊を殲滅する事には成功した。
しかし……それが全体的に見て何になると言うのか。
フリーズ・フリートの終焉の日は、間近に迫っていた。

じわじわと、嬲り殺しにされる形で追い詰められていくフリーズ・フリート。
少なくとも、終わりの時は近いだろう、と誰もが予想していた。
ネオ・ジオン抗争の忘れ形見…切り札のギガンティックは、またも日の目を見ることは無いのだろう、とも。
こうなればギガンティックを温存している暇など無い、とデニスはブランド・フリーズに進言した。
守ったら負ける、攻めろ…誰が言ったか知らないが、今はそう思うしかなかった。
敵がいずれ送り込んでくるであろう大部隊を、ギガンティックの核バズーカを持って殲滅する…という具合だ。
これを行ってしまえば、もう未来は無い。その場は凌げたとしても、核まで所有していると知った
連邦はさらに血眼になってフリーズ・フリート…そしてネオ・ジオン残党の殲滅を行うだろう。
しかし、これだけが唯一連邦に一矢報いる策だと思える。
仮に降伏しても、連邦によってコロニーが制圧された後ギガンティックが発見されてしまい、その後の顛末は同じ事だろう。
どうせ散る身ならば、最後はハデにやろう……聞こえは悪いが、そういう具合だった。

一方、ユリウスは…本部である酒場の二階、ある一室で…塞ぎこんでいた。
元々、精神の不安定な強化人間。最近は安定していたとはいえ、一度強いショックを受ければ、その精神は脆く崩れ去る…
彼はこの事態を招いたのは、ガンダム捕獲作戦を考えた自分だとも思い、責任も感じていた。
ともかく、ユリウスは塞ぎこんでいた。
フリートの人間の多くはそんなユリウスを廃人扱いし、もうあの強化人間は実戦では使えない、肝心な時に使えないガキだ……
と、もはや彼を見放していた。
ユリウスもそれを敏感に感じ取り、さらに心を閉ざした。
今や彼が心を開くのは…定期的に面会に訪れる、ソニアだけだった。
そんな、ユリウスが隔離されるように篭っている一室に…ソニアではない、誰かが訪れた。
コンコン、とノックの音が鳴った。ユリウスはどうぞ、と小さい声で答えた。
それから少し間があった。そして、入ってきたのは…
「……よぉ」
スタンだった。

「……スタン中尉、ですか。何の用です」
ユリウスは力無い声でそう言った。
「ガンダムに乗れ…と言いに来たんですか? 残念ですが、今の僕には…」
「そんなわけねぇだろ。
 ……もうお前は戦わなくてもいい。ここは大人達に任せとけ」
そのスタンの言葉が、ユリウスには意外だった。
今まで…ソニアですら、ユリウスに戦わなくていい、とここまでハッキリ言った人間はいなかった。
そしてスタンは、さらに続けて言った。
「ガンダムには…オレが乗るから心配すんな」
「…あなたで大丈夫なんですか?」
「おっと、そりゃ聞き捨てならねぇな。
 オッサンだってな、ガンダムに乗りゃ活躍できるんだよ!」
そうスタンは大袈裟に強がってみせた。その様子が可笑しかったのか、ユリウスは少し笑った。
「…やっと笑ったな。やっぱ子供は笑顔が一番だ」
「…子供扱いは、やめてほしいですね」
「おっと、こりゃ悪かったな…
 なぁ……ユリウスよ。
 これが最後になるかもしれねぇ。…少し、オレの話でも聞いてくれや」
「…いいですよ、別に」
そしてスタンは…ユリウスに、彼と同じ名前だった、今は亡き自分の息子についての話を始めた。
「そのユリウスって名前も…まぁ、カミさんがドイツ系でな。カミさんが付けたんだけどな…」
ユリウスは、スタンの話を素直に聞いていた。
その思い出話が楽しいものだった時には笑い、悲しいものだった時には…スタンを慰めた。
「アイツも生意気なくせに、追い込まれるととことん弱いガキでな。
 お前そっくりだったよ…」
そのスタンの思い出話の一説を聞いて、ユリウスはむくれた。
「僕は、弱くなんかありません!」
「おっと…失言だったな。忘れてくれ…
 …なんにしても、どうも…お前は放っとけなくてな。
 勝手な話だけどな…いつの間にか、本当の息子みたいに思えちまってたよ。お前は知らなかったろうけどな」
「…いえ、わかってましたよ? 僕は」
「本当かよ。そりゃ知らなかったな」
「何せ…僕は、天才ですからね!」
そうユリウスが言った後、二人は同時に笑った。
最後の最後……スタンとユリウスとの距離が縮まっていくようにも思えた。
そして二人が笑った後、少し間を置いて…ユリウスが、唐突な事を言った。
「……お父さん、って呼んでも…いいですか?」
「…大歓迎さ」
息子を亡くした父、親を知らない子供…
最後に、少しは癒されたのだろうか。
「……お父さん」
その言葉を聞いて……スタンは、昔に亡くした自分の息子、ユリウスの声を、聞いたような気がした。
スタンは、近いうちに訪れるだろう死の瞬間まで、この子の為にガンダムで戦い続けることを心に決めた。

…そして、スタンがユリウスの部屋を退室した後。
その部屋に、ブランド・フリーズが現れた。そして彼は、ユリウスに対し最後の命令を伝えたのだった。



…数日後。来るべき日が訪れた。
連邦軍の艦隊が、フリーズ・フリートのコロニーに迫る。
302部隊を中心とする、付近の駐留部隊の艦隊も加えたその艦隊は、戦力の削がれたフリーズ・フリートにとっては大部隊そのものだった。
フリーズ・フリートもまた、総力をもってこれに立ち向かう。
最後の総力戦…フリーズ・フリートに残された新旧、元の所属勢力の違うモビルスーツ、艦艇達が一同に集った。
フリーズ・フリートに残った者達は、総員玉砕の覚悟を持っていた。
かつてのジオンの…反連邦組織の者達の、最後の意地か。
メーインヘイム隊のデニス、ドク……そしてスタンも、当然この中に加わっていた。
そして、ソニアもリゲルグで出撃するという。
出撃前の、エンドラのモビルスーツデッキ。スタンは、ソニアに話しかけた。
「…少佐。…いえ、ソニアさん」
「ソニア…でいいと言ったろう?
 本当に最後なんだ…他人行儀は止めて、ソニアと呼んでくれ」
「…ソニア。
 あんたに確認しておきたかったんだ。何の為に、リゲルグで出るのかを」
「私には…守らなきゃならないものがあるんだよ。
 …スタンだって、そうだろう?」
「…ホント、全部お見通しなんだな、ソニアは」
「ふふ、私の眼を見くびって貰っちゃ困るよ」
そんな会話が為された後…ソニアは、暗い表情になって、こう言った。
「……結局ユリウスを、戦場から引き離す事は…最後まで出来なかった。
 私の責任だ…」
「何を……
 あんた一人の責任じゃない。そんなに背負い込むな」
そこに、別の声が割り込んだ。……ユリウスだ。
「そうです! しっかりしてくださいよ、ソニア少佐!」
「ユリウス…」
メーインヘイム隊は分かたれ、総力戦に参加するデニスらと
この最終決戦の要、ギガンティックの警護を任されたスタンらに二分された。
ギガンティックのパイロットは、ユリウス。
最後の、最後の一撃は…強化人間により確実に撃ちたい。
それだけの理由でブランド・フリーズが下した人事だった。
そして、その警護にあたるのは、誰よりも長い間ユリウスといたソニアのリゲルグと
スタンの…ガンダムMk.M。
ユリウスにとっては、両親にすら思えたかもしれない。
「…いいですか? この一戦の行く末は、僕達別働隊の動きにかかっているんです!
 気を引き締めていきましょう!」
ユリウスは自分の役目を思い出したかのように…すっかり、元気になっていた。
それは、恐らく空元気だったのだろう。
ユリウスは二人が思っていたよりもずっと気丈で、強い子だった。
「…おお! その意気だユリウス!」
「…絶対に成功させる!」
スタンとソニアも続いて、空元気を出した。
スタンらは本隊とは別に動き、虚を突き、核バズーカを放つ…
万が一にも、束の間の勝利があるとすれば、それはスタン達の動きにかかっていた。



そして、ついにその時は訪れた。
フリーズ・フリートのコロニー近くに、連邦艦隊が到着した。
そして、艦隊旗艦ハリオから…… バイスらから存在を知らされた、フリーズ・フリートが使っている回線に
フリーズ・フリートに対し、形だけの降伏勧告が呼びかけられた。
ブラッドは、ここまでの部隊を編成しておいてここで連中に全員投降でもされたらつまらないことこの上ないと思い
高圧的かつ、非常に挑発的な降伏勧告をコロニーに言い渡した。
『…宇宙の平和を乱すテロリスト諸君。
 そろそろみっともない悪足掻きはやめたらどうかね?』
そう始まったブラッドの勧告は、フリーズ・フリートの構成員らの戦意を鼓舞し、最終決戦への決意を固くさせるものだった。

フリーズ・フリート首領、ブランド・フリーズからの返答はブラッドの思惑通り、徹底抗戦を謳うものだった。
その宣言は、いつものような女言葉ではなく……首領らしく落ち着いた、貫禄すら感じさせる口調で語られていた。
ブランドもまた、連邦を強く批判する、挑発的な抗戦宣言を行った。

その宣言は、連邦艦隊の全隊員に聞こえるように、ブラッドが手配していた。
『スペースノイドの事など一切省みぬ……貴様ら野蛮で腐った地球連邦になど、我らの志が砕かれることなど無いと知れッ!』
その宣言の一説を聞いていたニールが、堪えきれなくなったのか……待機中のジェガン改のコクピットの中で、叫んだ。
「…何が野蛮で腐った地球連邦だッ!!」
その様子に、彼の部下達は驚いた。隊長の気が触れたかとすら思った者もいた。
…それでも尚怒りの収まらないニールは、さらに続けた。
「お前らの方が…お前らジオンの方がずっと、ずっと野蛮じゃねぇのか!?」
ニールの脳裏には、様々な顔が浮かんでいた。グレッグをはじめとする…ニールにとっては残党の「無駄な足掻き」によって
戦死していった仲間達。ニュースや報告で見た、コロニーを落とされたダブリンの市民を筆頭としたネオ・ジオン抗争に
巻き込まれ犠牲になった市民達。
そして……ジオンの戦闘に巻き込まれ死んだ、誰よりも優しかった、彼の母親の……
……苦痛に歪んだ焼け爛れた顔。
「……お前ら全員、全員地獄に送ってやる! 必ずだ! 必ずだぞッ!」
ニールはもはや、「ジオン」に対する憎悪の権化となっていた。

しかしそのような感情を感じたのは、ニールだけでは無かったようだ。
302部隊を中心とした艦隊は、その宣言により戦意を高められてすらいた。
…かくして、総力戦は避けられないものとなった。

「交渉決裂か…… クククク!
 …さぁ、駆除を開始するぞ。宇宙のゴミを掃除してやらんとな!」
ハリオのブリッジにて、ブラッドが言う。それが合図となった。
302部隊主導による一大残党殲滅作戦が、開始された。

…ハリオのカタパルトデッキ、ガンダムMk.Mのコクピットの中。
ビリーに発進指示を与えた後…アヤカは、一言こう付け加えた。
『…必ず生きて、生きて帰ってきてください!』
「…当たり前だろ。
 ビリー・ブレイズ、ガンダムMk.M、出る!」
そして、ガンダムMk.Mはカタパルトから発進していった。

発進直後のビリーのガンダムMk.Mの傍に、味方モビルスーツが接近してきた。
そのイーサンから出撃してきたらしい灰色の新型モビルスーツは、その手をガンダムMk.Mの肩にかけた。
「お肌の触れ合い回線」でこちらに通信をするつもりだ。
『…ビリーか?』
「ニール…!」
ビリーにとっては、久々に聞くニールの声だった。ニールは続けて言った。
『……これで終わりにするんだ、何もかもな!
 絶対にジオンなんかに殺されるんじゃねぇぞ、わかったか!』
「…しゃらくせぇな、ガラにもなく余計な心配しやがって…
 テメェの方が心配だぜ、そっちこそこんな所でくたばるんじゃねぇぞ!」
『当たり前だ! グレッグの仇はオレがとる!』
そう言うと、ジェガン改は手を離し、元の編隊行動に戻っていった。

ジェガン改から離れたビリーは、前を見据えた。…かなりの数の光点が見える。
ジオン残党軍も、出来る限り全ての戦力を投入してきているようだ。
数でも機体の性能でもこちらが上回っているが、素人揃いのこちらに比べ
向こうは歴戦の兵士だらけだ。簡単にはいかないだろう…と、ビリーは予感し、気を引き締めた。

…フリーズ・フリートにとっての最終決戦が、始まろうとしていた。