エピローグ ガンダム



スタンが目を覚ますと、目の前に広がったのは真っ白な景色だった。
――ここが そうか…?
そう思った矢先…声が聞こえた。
「…やっと起きたかよ」
聞き覚えのある声がする。この声は…
間違いない。さっきのガンダムのパイロットの声だ。
「間一髪だったぜ。ニールのヤツ相当頭に血が昇っててな…」
脳が少しずつではあるが冷静さを取り戻しはじめ、ようやく自分の状況が飲み込めてきた。
簡素なベッドに寝かされた、自分の身体。点滴のようなものが刺された、自分の腕。
腿に包帯を何重にも巻かれた、自分の足。足がある…
それを確認し、言った。
「…助かったってか」
「ガンダムは胴体以外全壊だったぜ。
 …奇跡的だぜ。アンタが生きてるのはよ」
その男が言った。その男は、スタンが想像したより遥かに若い青年だった。
そしてスタンは、何よりも気になっていたことを、何よりも先に…
……この若者が知っているとは思えないのに、聞いていた。
「…ユリウスは?」
「……あぁ、あのガキのことかよ。安心しな、保護されたらしいぜ。
 児童施設にでも送られるだろ」
それを聞いて……スタンの身体にドッ、と疲れが波のように流れ込んできた。
――そうか、ユリウスが……保護されて、児童施設に。
 そして人並みの、幸せな暮らしが――
スタンが、そう思っていると……あの若者、ビリーが言った。
「テメェが殺した青いガンダムの、ブラッドってヤツ…あいつが生きてたら、今ごろてめぇら
 捕虜全員、とっくに仲良くあの世に行ってたぜ。
 そういうヤツだったらしいからな…」
「そうかい。ちったぁ頑張った甲斐があったな…」
あのガンダムに勝てたのは、本当に運が良かっただけだった。
スタンは、やはり天運が…ユリウスを助けるように、自分を動かしていたのだと、思わずにはいられなかった。
そんなスタンに…ビリーが、神妙な顔をして、少し暗い声で言った。
「…だが覚悟しな。残党のこれからの扱いなんて、知れたもんだ」
「なに、手挙げた時から覚悟の上だ…」
そう言って、スタンは……先に逝った仲間達の顔を思い出し、続けて言った。
「これならいっそ、あのまま死んでたほうがマシだったかもな」
そんなスタンの言葉を聞いて、ビリーは舌打ちをした。
「チッ、助けがいのねぇオッサンだな…
 …オレは行くぞ。もう会うことも無いだろうぜ」
「……ああ。いろいろと世話になったな。
 連邦にも、お前みたいなヤツがいたんだな…」
「こんなヤツ、オレで最後かもな。じゃあなオッサン!」
「おう……」
そして、ビリーは退室した。
そして残されたスタンは…自分の点滴の打たれていない側の右腕を見て、呟いた。
「やれやれ……
 …また、生き延びちまったか」
天運が…… いや、死んでいった仲間達が、自分にまだ生きろと言っているのか…
……スタンという男には、そういうことを、信じる部分があった。



……部屋を後にしたビリーは、考え込んだ。
スタンにはああ言ったが……実際は、違ったのだ。
――あのガキ…ユリウスとか言ったか。
 アヤカから聞いた話だが、アイツが元は連邦軍所属の強化人間だってことはすぐに割れたらしい。
 …あのガキは連邦のなんたら基地っていう、怪しげな基地に送り返されるという。
 恐らく、強化人間として……悪けりゃ一生実験対象扱い、良くても強化人間として
 連邦の駒として戦わさせられるか、だって話だ。
 どちらにしろ、取り戻した強化人間を連邦がみすみす手放すわけがねぇ――
そして、あの子供が児童施設に保護されたというビリーの嘘を聞いた時の
スタンの顔を思い出し…尚、考え込んだ。
――あのオッサンは、オレのウソを聞いてどう思っただろう。
 あのユリウスとかいうガキが……施設に入って、普通の子供として…
 人並みの幸せな人生を掴めると、そう思ったんだろうか。
 知らないことがいいこともある。それにしたって、残酷すぎやしねぇか…―――

どうも気分が優れない。グレッグの仇は死んで、ジオンの残党も殲滅したというのに…
気がつけば、ビリーの足はモビルスーツデッキに向いていた。
…そこで、整備を受けている彼の愛機、ガンダムMk.Mの姿を、改めて見直してみた。
独特の顔を持った頭部、鮮やかなトリコロールカラー…
その姿を見て、ビリーはガンダムについて…少し、考えてみた。
――ガンダムは元は一年戦争を勝利に導いた、英雄の機体だったらしい。
 それが変に神格化されて、ニールみてぇな信奉者も出て…
 …それにあやかろうと、ガンダムと名前の付いたモビルスーツが、勢力も時代も問わず、常に存在しているらしい。
 反連邦組織のガンダムや、公式記録から抹消されたガンダムもあるって話だ…
 まぁ、これはニールやライルからの又聞きなんだが…―――
そして、尚も考え続けた。
これまで刹那的な生き方をしてきた彼にとって、こう考え込むのは、珍しい事だった。
――オレはこの一連の残党騒ぎで、一気にエース扱いだ。
 持て囃され、持ち上げられ……何でも今度できるっていう「ロンド・ベル」とかいう
 新興部隊への推薦の声も上がったって話だ。
 元は、ただのテストパイロットだった…
 …ロクに仲間も守れやしなかったオレをそこまで持ち上げやがって。
 連邦軍の人を見る目の無さにはうんざりする…
 ……連邦は、多分オレの腕がどうこうよりただ「元ガンダムのパイロット」が欲しいんだろう。
 きっと、連邦の上の連中はニールなんかよりももっと「ガンダム神話」を信じ続けてやがるんだ―――
…整備を受けるガンダムの姿を見上げ、尚もビリーは考え続けた。
―――オレも、あのガキも…… きっと死ぬまで戦わされるんだろう―――
そして…その両方が死んだあとも、この「ガンダム」という存在は戦場における「戦うための力」の象徴として長く、長く継承され続け
その存在に翻弄される…彼らのような人間を、これからも生み出し続けていくに違いない。

……白い悪魔。かつてガンダムはジオンの軍人にそう呼ばれていた。
…ビリーには、この顔…このガンダムというモビルスーツの顔が、一瞬……本当に、悪魔の顔に見えた。



(了)