最終話 暗礁宙域



……ぶつかりあう、二つの勢力。
302部隊の最新鋭機ジェガンや、ハリオら所属のヌーベルジムL、駐留部隊のジムLらを主力とした連邦軍モビルスーツ隊は
旧型機が中心で、数も劣るフリーズ・フリート側を圧倒した。
その中でも何より目を見張るべき活躍を見せていたのは…ガンダムMk.M。
圧倒的な機動性と、準サイコミュ兵器インコムを駆使した戦い方…
…そして、スキを付き、的確なタイミングで繰り出される、ビームサーベルによる格闘攻撃。
その強さは、フリートの兵士にかつての「白い悪魔」を連想させるに十分なものだった。
「う…うわぁぁ!! 来るな、来るなぁぁぁ!!」
フリートのガルスJ小隊の一人が、その悪魔に向け、必死で…必死で、エネルギーガンの引き金を引いた。
だが、そのビームの光は一発も白い悪魔に当たることは無かった。
そして、彼の僚機の一機が唐突に、爆発した。彼は何がおきたかわからなかったが、それはガンダムMk.Mの
インコムによる攻撃で撃破されたものだった。
そして、それに驚いている間にもう一機の僚機…隊長機が、白い悪魔の持つビームサーベルの攻撃を受け、彼の目の前で爆散した。
…そして彼は、自らの死を覚悟した。その際、その脳裏には…故郷サイド3に残してきた、家族の顔がよぎった。
そのガルスJにビリーのガンダムは、ビームライフルを向けた。
「その程度の腕で…」
その様を見て、そのパイロットは咄嗟に回避行動をとった。だが、ビームライフルが撃たれることは無かった。
代わりに、その回避行動後の不安定な状態に…ガンダムMk.Mから発射されていた、インコムの攻撃が動力部に直撃し…爆発した。
「…生き残れるものかよ!!」
ビリーは、そう吐き捨てた。
ガンダムMk.Mはビリーの手により、その性能以上の戦闘能力を発揮していた。
ビリーは本来、小隊に組み込まれての支援役などよりは、このような単独での戦闘に向いたパイロットだった。
この資質については、グレッグも見出せなかった部分だった。

連邦軍のモビルスーツ隊に、圧倒的力の差を見せ付けられるフリーズ・フリート。
その中で…獅子奮迅の戦いを見せるのは元メーインヘイム隊の「ナパーム」ことデニスと
かつて伝説のモビルアーマー乗りと呼ばれた、ドク・ダーム。
「プロの戦い方を教えてやるよ!! くたばりやがれッ!!」
デニスの、機動性という唯一の弱点を克服したギャン改は、迫る連邦軍のモビルスーツを次々と斬り伏せていった。
「…ひゃはははははッ!!ぶっ壊ぁぁぁぁすッ!」
対モビルスーツ戦には本来向かない筈のゾディ・アック量産型も、ドクの技量により
本来の性能以上の、素晴らしい戦いぶりを見せていた。
モビルスーツ相手には、火力が大きすぎるメガカノン砲で…一度の発射で数機の敵を同時に撃破するという荒業もやってのけた。
「ハッハァー…」
…その中でドクの目には、かつての…エースと呼ばれていた頃の目の輝きが戻っていたようにも見えた。
そんな彼等の戦いは、抵抗を続けるフリーズ・フリートの中で、群を抜いて凄まじいものだった。

…そして、その二機の連邦にとっての脅威を、フリーズ・フリート……いや、ジオンにとっての脅威。
ビリー・ブレイズ駆る白い悪魔、ガンダムMk.Mがついに発見した。
「…『剣付き』!! 見つけたぞ!!」
「……ガンダムか!?」
互いにとっての脅威同士の戦いの火蓋が、切って落とされた。



『ビリー! 援護するぜ!!』
「…ニールか!」
ビリーの耳に、聞きなれた声の通信が入った。。
そして後方から、最新鋭機の群れが現れた。灰色の隊長機を筆頭とする、ジェガン隊だ。

「…お前達、油断するなよ!
 アイツらは他とはまるで違う、臨機応変に対応しろ!!」
『了解!!』
ニールの指示に対し、いくらかの実戦経験をつみ逞しくなった、彼の部下達が返事をした。
そのジェガン隊を照準に捕らえ、一気に殲滅を図るのは…ドクの、ゾディ・アック量産型。
「…ヒャアーハッハァー!!
 ぶッ壊してやぁぁるよぉぉぉぉ!!」
そして、メガカノン砲は発射されようとした。そのまま発射されていれば、ジェガン隊はそのまま大打撃を受けていただろう。
しかし、そのメガカノン砲が彼等に向け発射される事は無かった。発射直前…
「…やらせるもんかよ!!」
ガンダムMk.Mの体当たりを受け、ゾディ・アック量産型はその向きを変えさせられた。
放たれたメガカノン砲は、明後日の方向…誰もいない空間に、空しく伸びていくだけだった。
「…うぁぁぁぁッ!! 何すんだぁぁぁぁ!?」
そう叫んだドクは、スラスターを全開にし…ともかく、ガンダムから距離を置こうとした。
しかし……その動きは、読まれていた。
「……動きは見えてるんだよ!」
ビリーが叫んだ。そして、ゾディ・アック量産型の機体の動力部近くにビームが打ち込まれた。
…インコムによる、待ち伏せ攻撃。この一撃は、ドクのゾディ・アック量産型にとって、致命傷だった。
機体の損傷を確認したドクは、何かを悟ったのか…
いつ爆発してもおかしくない状況。それでも尚、メガカノン砲を撃とうとした。
「…オレは死ぬぅぅぅぅ!!
 だからオマエらも死ぬぅぅぅぅ!!!」
「……今だ、全機、ヤツを撃てッ!!」
そのニールの号令を受け、ジェガン隊はゾディ・アック量産型に向け、一斉にビームライフルを発射した。
ビームの雨がゾディ・アック量産型に降り注ぐ。その中には外れるものもあったし、直撃するものもあった。
「……ドクッ!!」
その時…302部隊のヌーベルジムL隊に執拗な攻撃を受け、ドクの援護ができなかったデニスは…
多くのビーム攻撃を受けるゾディ・アック量産型の姿を確認し…ドクは、もう助からないと悟った。
そして何より、ドク自身がそれを…誰よりも理解していた。
ドクは、爆発寸前の愛機のコクピットの中で…叫んでいた。
オレは、オレはぁ…と、誰に届くわけでもない叫びを、何かを訴えながら。
「オレはぁぁ……!!」
そして…その機体は、内部から破裂するように爆発した。
爆発直前…ギリギリのタイミングで発射されたメガカノン砲はジェガン隊の一機を貫き、貫通したビームはその後方にいた
モビルスーツ数機をも巻き添えにした。「モビルアーマー乗りのドク」の、最後の戦果だった。
……周りからは気狂いパイロットとして理解され、最後まで…真の意味で誰からも理解されることも、愛されることも無かった。
そんなかつてのエースパイロットの人生は、こうして幕を閉じた。



…仲間をさらに失ったデニス。だが冷静に、大部隊に挑む。
「ケッ…! こんな修羅場は久しぶりだぜ!」
そう言うや否や…ジェガン隊に向かって、ブースターの最大推力をかけて斬り込んだ。
「…はえぇ!?」
ニールは目を見張った。「剣付き」に…こんなスピードは、なかったはずだ。
増設ブースターにより、本来機体に想定されていたレベルを大幅に超える推力を得たギャン改。
そのスピードは中の人間を屈伏させるに十分なGを生んだ。だが、鍛え抜かれたデニスの肉体、そして精神はそれに耐え抜く。
コクピットがミシミシと悲鳴を上げ、体を押し潰さんばかりのGがデニスを襲う。
そのような極限状態にありながらも、デニスの目は確実に獲物を捕らえていた。
「た、隊長ぉ…!!」
瞬く間に、ニールの部下の一人のジェガンのコクピットに…大型ビームサーベルが、突き刺さった。
そしてその「剣付き」は瞬時にそれを抜き、新たな獲物の元へ突き進んだ。
「何ぃ!?」
ニールが全周モニターの右側に目をやると、そこには胴を切断されたジェガンが浮かんでいた。
切断面から線香花火のような火花を散らし、そのジェガンは彼の目の前で爆発した。
その時には、「剣付き」は他の部隊のジムLを真っ二つにしていた。
「クソッ、コイツ! オレの部下を…仲間を!」
ニールが叫んだ。そして、ギャン改に向けビームライフルを撃つが、当たらない。
「オレの…オレの仲間を、何人殺せば気が済むんだよ!? お前はッ!!」
さらにニールが、そう叫んだ。
……デブリ漂う宇宙の戦場に現れた、中世の騎士。
…その気品すら漂う機体の外見とは裏腹に、その的確かつ、野生的なまでの攻撃性。
それはデニスという男の戦闘スタイルであり、生き方そのものだった。
デニスのギャン改と相対する連邦軍の兵士達にはその光景は、一種の倒錯感すら感じられるものだった。
何かの夢のような… 悪夢のような現実感の無い光景。

何が起きたかもわからないうちに、同僚が二人も殺された…
「隊長、隊長!」
ジェガン隊唯一の女性パイロットはうろたえながら、泣き叫ぶようにそう叫んでいた。
そんな彼女を筆頭とする混乱する部下達を、ニールは諌めた。
「落ち着け! いくら速くても、所詮は接近戦しかできねぇザコだ!!
 陣形を崩すな、数の利は…こっちにある!」
一対一ではギャン改には勝てないと気付いていたニールは編隊を崩さずに
常に数の優位に立てるように戦闘を展開させていた。
これもまた、グレッグの死により学んだ、ニールの兵士としての成長だった。

「ナパーム」の猛攻を止めたのは、やはりガンダムだった。
ギャン改の振りかぶる大型ビームサーベルを、ガンダムMk.Mは両腕に持たせた二本のビームサーベルで、辛うじて受け止めた。
両機はそのまま、鍔迫り合い状態になった。その中で、デニスが叫んだ。
「…パワーがダンチなんだよ! 押し切ってくれる!!」
「チッ…!!」
確かに、サーベルの出力は段違いだった。このままでは押し切られる。
そして……負ける。それは、死ぬということだ。
…ビリーは出撃前にアヤカが言った言葉を思い出し、叫んだ。
「こんな所で…死ねるものかよ!!」
ビリーが叫ぶのと同時に…鍔迫り合い状態の二機の…ギャン改の、そのサーベルの「柄」にあたる部分に
ビームライフルの精密射が飛び込んだ。
「………!?」
ビリーもデニスも、一瞬何が起きたかわからなかった。
瞬間、ギャン改の大型ビームサーベルは爆発した。デニスが射撃が放たれた方向に目をやると…
……そこには、灰色の新型モビルスーツ、ジェガン改の姿があった。
あの、下手をすればガンダムMk.Mに当たりかねなかった射撃を行ったのは、ニールだった。
その射撃の精度は…もはや、あの「ロングショット」すら上回るほどのものがあった。
「バカな! あの距離から…剣だけを狙ったってのか!?」
デニスは、思わず叫んだ。
確かにギャン改の大型ビームサーベルは、その大出力のサーベルを発生させる為、「柄」にあたる部分も一般的なビームサーベルに比べ
非常に大きく設計はされていた。しかし、だからといって、あの距離から柄だけを…… さしものデニスも、驚きが隠せなかった。
それと同時に、ビリーは状況を理解し、ギャン改に斬りかかった。
「…ありがとよ、ニールッ!!」
「………!!」
…デニスは、対応が遅れた。そして…シールドごと、ギャン改の左腕は斬り落とされた。

「……やったか!?」
ビリーは叫んだ。手応えがあった。しかし、ヤツはまだ生きている……
その耳に、ニールからの通信が入った。
『…ビリー、さがってろ!!』
「……ニール!?」
ニールのジェガン改は、剣と盾を失った「剣付き」に止めを刺すべく、ビームサーベルを抜いて接近した。
「貴様だけは………貴様だけは必ず地獄に送ってやる!!」
そう叫び、丸腰のギャン改に斬りかかった。だが…
「…アマチュアがぁぁ!!」
デニスは、まだ闘志を失ってはいなかった。
接近するジェガン改を、デニスのギャン改は…残された右腕で、全力で殴りつけた。
「な、何!?」
その攻撃を予期していなかったニールのジェガン改は、その攻撃をまともに受けた。
そして殴られた衝撃で、ジェガン改とギャン改は距離を開けた…
―…その攻撃が、デニスの最後の攻撃となった。
ニールのジェガン改とギャン改の距離が離れ、冷静になったニールがギャン改からさらに離れた、その瞬間…
『う…うわぁぁぁッ!!』
ニールの部下らのジェガン隊が…いや、その場でギャン改の姿を見ていた全ての連邦軍のモビルスーツが
剣と盾を失ったジオンの騎士に向けて、一斉にビームライフルを撃っていた。
「………」
その攻撃にニールは一瞬、ゾッ…とするものを感じた。何故かはわからない。
ドクのゾディ・アック量産型を攻撃した「光の雨」とは比較にならない程の数のビームが、ギャン改を狙い撃っていた。
…圧倒的に有利な立場でギャン改を攻撃しながらも、連邦のパイロット達は恐怖に震えながら攻撃していた。
その無数の光を機体のあらゆる箇所に受け…デニスを乗せたギャン改は、ついに撃破された。
………一年戦争から今日まで、常に戦い続けてきた…「ナパーム」と呼ばれた男の戦いに、ついに幕が下りた。
彼を倒したのは、彼を憎み…仇として追っていた二人の若者ではなく、恐怖に脅える、数に任せた圧倒的な暴力によるものだった。



その戦いは、正に激戦だった。少なくとも、数に劣るフリーズ・フリート側からすれば。
その激戦の裏で暗礁宙域のデブリの中…深く静かに、行動する部隊があった。
あくまでデニス達は陽動のようなもの…フリーズ・フリートは、ギガンティックの一撃にのみ全てを賭けていた。
そのフリートの唯一の希望。別働隊ギガンティック隊は、本隊とは別方向から連邦艦隊に迫っていた。
……いつ敵に気付かれてもおかしくない状況。
――味方をいくら巻き込んでも構わない、連邦に、せめて一矢報いれればいい…――
そういう命令だった。
敵を捕捉できる位置に付き、この引き金を引けば……全てが終わる。
ユリウスら自身が計算したその地点まであと少し。
そんな時…ユリウスが、ギガンティックの腕をスタンのガンダムとソニアのリゲルグの腕に掴ませて
……彼らしくもない事を、接触回線で彼等だけに伝えた。
『……この、この引き金を引けば…多くの人が死ぬんですよね…
 焼かれるんですよね…昨日まで共に過ごした仲間たちも…』
死…… 仲間達の、そして自らも死に直面し… 命について、知ってしまったユリウス。それ故に躊躇する。
そのユリウスの言葉に…二人は、その時何も返せなかった
――やはり…子供に戦争は荷が重過ぎる。
スタンは改めてそう思った。

…だが、撃たねばならない。その時が来れば、撃たせねばならない。
今、この瞬間にも散っている命が……撃たなければ、全て報われない。
無駄死にになってしまう。
そのスタンの考えを……強化人間故の感性か、ユリウスは感じ取っていた。そして…
…自らの弱気を振り払うように、言った。
『わかっています。だから…』
その時。ソニアの頭の中に……電流が奔ったような感覚が突き抜けた。
『…来るぞ!』
とソニアが言うと同時に、リゲルグは迎撃の構えをとっていた。
スタンには一瞬、何が起きたのかがわからなかったが、すぐに理解した。
三機を、数条のビームの光が襲った。散開し、三機はその攻撃をかわした。
…別働隊を発見した、連邦軍のモビルスーツ隊の攻撃だ。
「さすがに、見逃しちゃくんねえかい……!」
スタンは呟き…先に敵機へと、ビームライフルで攻撃を開始していたソニアに続き
敵機へ攻撃を開始した。
……今、ギガンティックが使える武装はビームサーベルのみ。
万が一にでも…核を搭載したギガンティックに、接近戦などさせるような事はあってはならない。
「オレたちがしっかりしなきゃな…」
そのスタンの呟きが聞こえていたのか、ソニアがスタンに言った。
『そうさ…そうそう簡単に墜とさせるわけにはいかないからね!!』

連邦側のモビルスーツ隊も、必死の抵抗を見せた。
ここを抜かれたら、そこには自分達の帰るべき場所、戦艦がいる。彼等にとっても、ここを抜かれるわけにはいかなかった。
「お互い…後には引けねえからなァ…」
その様子は、スタンからでもわかった。どちらにも守るべきものがある…
…そんな戦争の業の深さを再認識した。だが、そんな事は何度も、何度も頭の中で反復した、わかりきった事。
迷いなどは無かった。
「…悪いがやらせてもらうぜ!」
そう言い、インコムを射出した。
初のガンダムMk.Mでの出撃後…本拠地近くでの小競り合いや、短期間での訓練を重ね
スタンもまた……ビリーほどではないが、この短期間でガンダムMk.Mを上手く扱えるようになっていた。
多くの機体を操縦してきた、決められた愛機を持たない彼だからこそできたことかもしれない。
その彼の機体から放たれたインコムのビームは敵のジムLの一機に命中し、その機体を爆破させた。
インコムが機体に収容される為にガンダムMk.M本体へ戻る際、もう一機のジムLにも、インコムはビームを放った。
そのビームは避けられてしまったが、体制を崩したそのジムLはソニアのリゲルグによって仕留められた。
「…ナイスだ、ソニア!」
『…スタンも、中々やるじゃないか!』
…いける。ソニアとなら、ユリウスを守り抜ける。
そして、作戦だって…スタンは確信した。
実際、彼等を迎撃に出たモビルスーツ隊は、その二機の連携の前に次々と撃退され
三機は、ユリウスが予測した攻撃地点に辿り着きつつあった。
しかし……その三人の、いや…フリーズ・フリートの希望は、いとも容易く打ち砕かれる事となった。
『………!?』
ユリウスが、何かを察知した。続きソニアが叫んだ。
『…ユリウス、避けろ!!』
スタンは、またしても何が起きたか…わからなかった。しかし、次の瞬間…
…嫌でも理解する事となった。
何かが、ギガンティックを襲った。何も無いはずの空間から、ビームがギガンティックを襲ったのだ。
ソニアの一言ですぐに回避行動をとったギガンティックだったが……完全にその攻撃を回避する事はできず
ギガンティックはその、核バズーカの発射装置……砲身をやられてしまった。
その攻撃は紛れも無く、準サイコミュ……インコムによる攻撃であることは、その場にいた誰にも明らかな事だった。
『……ユリウス、核を切り離すんだ! 早く!!』
ソニアがそう叫ぶのが、スタンの耳に聞こえた。
その指示を聞き、咄嗟にユリウスのギガンティックはその背部から核バズーカら発射装置を切り離し
…それにより、核の誘爆だけは避けることができた。
………だが。これで、フリーズ・フリートの希望は失われた。
『そんな……』
ユリウスの絶望する声がスタンの耳に聞こえた。
そして、彼等の回線に…突如、見知らぬ……いや、ユリウスには聞き覚えのある、あの声が割り込んできた。
『クククク…』
あのビーム……インコムを放った主だろう。
ニードルら逃亡者から、回線を聞き出したのだろうか。
その声は、低い声で…喉を鳴らし、愉快そうに…嗤っていた。
『………残念だったな。
 別動隊による奇襲………これに全てを賭けていたのだろう。違うか?
 奪ったガンダムを使って奇襲とはな! 我が部隊もなめられたものだ!!』
三機の視界に、蒼いモビルスーツが現れた。ガンダムMk.N…
本隊とともに出撃はせず、このような事態に備えて待機していたのだ。



…ユリウスとスタンにとっては、因縁の相手だ。
その相手に、あと一歩の所で最後の希望をも断たれた。ユリウスは、彼らしくもなく冷静さを失い…
『………クソ!!』
「やめろ、ユリウス!!」
ユリウスはソニアの制止を振り切り…ギガンティックのビームサーベルを抜き、蒼いガンダムに接近した。
…だがガンダムMk.Nはギガンティックが接近するまでの間にビームサーベルを抜き
逆にギガンティックは、蒼いガンダムのビームサーベルの一閃で右腕部と、右脚部を一直線に斬り落とされてしまった。
『そんな……!?』
またも読まれた。ショックを受けるユリウスのギガンティックを…ガンダムMk.Nは興味を失ったかのように蹴り飛ばした。
ギガンティックは、その機体を後方に弾き飛ばされる。
その機体が弾き飛ばされた先にビームライフルの銃口を向けながら、蒼いガンダムのパイロット……ブラッドは、不適に言ってみせた。
『…かかって来ぬのか? なら、このゴミを撃ち殺すまでだがな……!』
『……なめるなッ!!』
そう叫んだソニアも、ユリウスを救うべく、ガンダムに接近した。
スタンのガンダムMk.Mもそれに続く。

ブラッドはまずリゲルグに向けビームライフルを撃ったが、その攻撃をリゲルグはかわし
そして、リゲルグの連装ミサイルランチャーがガンダムMk.Nに向け放たれた。
そのミサイル群の多くはガンダムMk.Nに直撃し、撃破したかに見えた。
……しかし、ミサイルをシールドで防御したらしいガンダムMk.Nは、爆煙の中から猛スピードでリゲルグに接近してきた。
その右手には、ビームサーベルが、その刃を発生させていた。
『なんて頑丈な装甲をしてるんだい…!』
「…ダメージを受けてねぇだと!?」
スタンが驚愕している間に、リゲルグもまたビームサーベルを抜いた。
そしてリゲルグのビームサーベルと蒼いガンダムのビームサーベルが、火花を散らせぶつかり合う。
…次の瞬間。ソニアには、相手が何をしようとしたかが読めた。しかし、リゲルグはソニアの判断に反応しきれなかった。
サーベルがぶつかり合う中、突如ブースターを逆噴射し、後方へ下がる蒼いガンダム。
その際にバランスを崩したリゲルグに、ガンダムMk.Nの蹴りが炸裂する。
「………ッ!」
コクピット内の衝撃を、歯を噛み締めてソニアは耐えた。
そんなリゲルグに向け、蒼いガンダムは容赦無く肩部マイクロ・ミサイルランチャーを開放した。
バクンとランチャーのドアが吹き飛び、アルのグザを攻撃した時と同じく、放たれた数発のミサイルはすぐに爆発し
内蔵されていた小さな鋼球をリゲルグに降り注がせた。
近距離からの面攻撃… さしものソニアの技量をもってしてもこれは避けきれず、リゲルグは損傷を負い
その赤い機体は衝撃で後方に押しやられる。
…同じミサイルを使った攻撃。装甲材質の……機体性能の違いを、ソニアは呪った。
「……手前ェ!」
スタンはそう叫び、ガンダムMk.Mにインコムを射出させ、蒼いガンダムを攻撃した。
『……フン!』
しかし、インコム・システムを信頼し、幾度も使用してきたブラッドからすれば…スタンの扱う、付け焼刃のインコム操作など
子供の遊びと同じようなものだった。スタンのガンダムMk.Mが射出したインコムは軌道を読まれ
かつてのユリウスの量産型ハンマ・ハンマの有線制御式アームのように…コードを切断され、その能力を失った。
「……チッ!」
それに気を取られている内に、ガンダムMk.Nが猛スピードで接近してくる。
接近戦を挑む気か…そう判断したスタンのガンダムMk.Mは、ビームサーベルを抜こうとする。だが…
「………ッ!」
ブラッドの狙いは別にあった。ブースターユニット兼用のシールドを前に突き出し、ガンダムMk.Nは速度を緩めず
ガンダムMk.Mに突進し、弾き飛ばした。一瞬、制御不能に陥るスタンのガンダム。

そして、蒼いガンダム…ガンダムMk.Nは、そのスキを付きビームライフルの銃口を…再びユリウスのギガンティックに向けた。
「……やめろ!!」
スタンが叫んだ。それに対し、ブラッドはこう返してきた。
『ククク……機会を与えられたにも関わらず…仲間の一人も、守れんというのは…
 ……どんな気分だ?』
ユリウスにも、その会話は聞こえていた。
しかし右腕と右脚を斬り落とされたギガンティックは満足に姿勢制御もできず
それどころか不安定な状態で無理に回避行動をとろうとして、機体を逆に無防備な状態にしてしまった。
「ユリウス!」
スタンがユリウスの名を叫ぶも、それは何の意味もない行為だった。
ガンダムMk.Mの姿勢は先程のMk.Nの突進で崩れていた。咄嗟にインコムで蒼いガンダムを牽制しようとするスタンだったが…
…すでにインコムは使えなくなっていた事に気付き、何もできないことを再認識するだけだった。
『ククク……墜ちるがいい!』
ブラッドは、そのスタンの行動やギガンティックがわざわざ自分に撃たれやすい体制になった事を含め、彼等の全てを嘲笑しつつ…
…ギガンティックに対し、ビームライフルの引き金を引いた。
ユリウスも、スタンも…絶望した。
しかし、事態はそこにいた全員の予想を裏切った。その時ブラッドの注意から外れていたソニアの、損傷の激しいリゲルグが…
…ユリウスのギガンティックの前に踊り出、代わりにその銃撃を受けたのだ。
「………!?」
その後、数拍の時が流れ、リゲルグは爆散した。
爆発までの間は数秒も無かったが……その光景を目にしていたスタンとユリウスにとっては、何時間にも感じられた。
「………ソニア!」
スタンが、ソニアの名を叫んだ。それもまた、何の意味も持たない事だった。
『そんな…そんな……!』
ユリウスに至っては、言葉にもならななかった。
ティターンズから彼を救い出し、今日までずっと、守ってくれていた…母親同然、いや、それ以上の存在が…
自分を庇い、死んでいったのだ。
……しかし悲しんでいる余裕はない。
スタンの頭の中は、自分でも驚くほど冷静に、状況を彼なりに整理していた。
右腕、右脚…そして肝心の発射装置を破壊されたギガンティック。
パイロットのユリウスの精神も、もはや限界だった。戦力としてあてにはできるはずもない。
――このガンダムと戦えるのは、オレだけ……
実質、一騎打ち……ガンダム同士の一騎打ちだ。
ブラッドの方もその状況を理解したようだ。
『ククク…ガンダムのパイロット!!
 ……少しは楽しませてくれよ!』
その言葉を合図に、蒼いガンダムはこちらにターゲットを絞り込んだようだ。
機体の性能、機体への錬度……全てが向こうが上だった。
恐らく、パイロットとしての技量も向こうが上だろう。絶望的な戦いだった。
しかしスタンは絶望することはなく……決意を新たにした。
―――こちとら久しぶりに……守りたいものが見つかったんだ。
 できる限りのことはやってやるさ…ソニアの分もな!―――
…そう、決心していた。



……その頃。フリーズ・フリート本隊と連邦艦隊の戦いは、当初のブラッドらの予測どおり殲滅戦の様相を呈していた。
元々、戦力が違いすぎたのだ。
「もう投降しろ、これ以上抵抗して何になる!?」
ある連邦軍のモビルスーツパイロットが、そう叫んだ。
「黙れ! 我々は、腐った連邦の虜囚になるくらいならば死を選ぶ!」
その言葉に、あるフリートの兵士がそう返した。その時…
「じゃあお望み通り…地獄に送ってやるよ!」
その機体を、ビームが貫いた。ニールのジェガン改の攻撃だ。
……デニスやドクのように一騎当千の戦いをする敵機と戦闘し、その敵機により
目の前で多くの仲間を殺された連邦軍の兵士達の多くは、恐怖にかられていた。
そして…ついに投降を申し出たフリーズ・フリートの兵士や、脱出ポッド、ランチにすら容赦無く攻撃し、撃墜していた。
まるで、一年戦争時死神と呼ばれた、かつての…全盛期のブラッドのように。
ジオンへの恨みが収まりきらないニールらジェガン隊は、それを中心となって行っていた。
その光景を…ガンダムMk.Mのコクピットから見て、ビリーは…ガラにもなく、虚しい気分に襲われた。
グレッグの仇を、自分の手で討てなかった……それもある。
しかし、それ以上に…… 今味方によって撃墜されていくジオンの連中にだって…自分と同じように、口煩い上司や
隅に置けないケンカ仲間…そして、少し気になる女…そんな、仲間はいたのだろう。
そんな事を考えて…ビリーは、ガラにもなく…戦争の、虚しさについて考えた。
この光景を…そしてそれに惑う、こんな自分を見て、グレッグならどう思うだろう…… そう思った。

そして同時に、スタンとブラッドのガンダム同士の絶望的な一騎打ちが、幕を開けていた。
…恐らく、スタンとは比較にならないほどインコムを使い慣れているのだろう。
Mk.Nから離脱した二つの小さな円盤は、ブラッドの意思のまま縦横に飛び回り、次々とビームを発射する。
その次々と繰り出されるビーム攻撃を、スタンのガンダムMk.Mはスタン自身の反射神経と機体の機動力の全てを使い、懸命にかわす。
かわしながらも、スタンは自らのガンダムのビームライフルの銃口を、蒼いガンダムに向けた。
だが…そのビームライフルを、インコムのビームが貫き、爆発させた。
「……チッ!!」
頼みの綱のライフルを失い、スタンは思わず舌打ちした。
『そうだ、いいぞ…もっと足掻くのだ!』
そう狂気に満ちた声で叫んだブラッドのガンダムMk.Nは、インコムを収容すると同時に
急速にガンダムMk.Mに接近し、強烈な蹴りをあびせ、その機体を弾き飛ばし…続けて言った。
『……この私のためになッ!』
その衝撃にスタンのガンダムのコクピットはミシミシと悲鳴を上げ、その際修復が完全ではなかったのか
ガンダムMk.Mのコクピットの全天候パネルの上部の一部が割れ、剥がれ落ち…
その破片が、スタンの腿に、深く突き刺さった。
「………ッ!!」
だが、構っている暇は無い。痛みに耐え、スタンはガンダムMk.Mの姿勢を制御した。
その無防備な状態のガンダムMk.Mに向け、Mk.Nはビームライフルを発射した。
その射撃をスタンは回避しようとしたが、間に合わず…ビームはMk.Mの左腕に命中し、左腕は破壊されシールドも失われた。
そして、ガンダムMK.NはMk.Mに止めのビームライフルを射撃しようとしていた。
「オレも、年貢の納め時か…」
スタンが諦めかけた、その時…ガンダムMk.Nに、何かが突進し、ビームがスタンのガンダムMk.Mに向け放たれるのを防いだ。
…その「何か」は、ユリウスのギガンティックだった。
「立ち直ったか…… 本当に、強いヤツだ…」
スタンは、ユリウスの強さを、心から実感した。その耳に、ブラッドの怒声が聞こえた。
『ゴミが……小ざかしい真似を!!』
現在のブラッドには、かつて「死神」と呼ばれていた、パイロットとしての全盛期の頃には無かった欠点が生まれていた。
それは、迂闊さ。
全盛期の頃に比べ、権力を持ち性能の良いモビルスーツに乗れるようになり、優位な状況で戦える事が多くなったことで
彼は確実に戦闘に勝つ、ということ以上に…戦闘を楽しむことに比重を置くようになった。
今回の戦闘や、以前の量産型ハンマ・ハンマとの戦闘で見られた、相手をじわじわと「嬲り殺す」という彼のやり方は
今の彼の欠点を特に如実に表すものだった。

以前の彼なら、こんな事はしなかった。仕留められる敵は、仕留められるうちに確実に仕留める。
かつての彼はそんなパイロットだった。
しかし最近の彼は、戦いを楽しもうとするあまり、その冷静さを失っていたのだ。
結果、そのツケとして、彼が迂闊にも止めを刺さずにおいた敵機による行動によって
今、確実に仕留められた筈の獲物を仕留め損ねていた。
「ゴミが………消えろ!!」
その事実に…彼自身も気付いたのか。先に目障りな、仕留め損ねた「ゴミ」を今度こそ掃除すべく、ブラッドはガンダムMk.Nに
再びビームサーベルを抜かせた。
このままでは……ユリウスは、今度こそ止めを刺されるだろう。
スタンは、覚悟を決めた。そして、ガンダムMk.Mに残った右腕に、ビームサーベルを抜かせた。
「負けが込んでくると大バクチに走る……仕方がないよなァ!」
そう叫び、ギガンティックに気をとられていた蒼いガンダムに向けて、スラスターをフルに開放し急速に接近した。
すぐにそれに気付いたブラッドのガンダムMk.Nもまた、構えた。
『………面白いッ!!』
そして、Mk.NはMk.Mに向け、インコムを射出した。構わず、Mk.Mは突貫した。
そのインコムから放たれたビームの光は、確実にMk.Mの機体にダメージを与えた。しかし、怯むことなく
Mk.Mは、Mk.Nにさらに接近し…ついに、Mk.Nと接近戦の間合いに入った。
……接近戦に持ち込む白いガンダム。応える蒼いガンダム。
先に白いガンダム、ガンダムMk.Mが、蒼いガンダムに向けビームサーベルで斬りかかろうとしたが、それを読んでいた
ブラッドの蒼いガンダムは、ビームサーベルを振りかぶろうとした白いガンダムの胴体部を、その前に蹴りつけた。
「……ッ!!」
Mk.Mのコクピットに再び強い衝撃が走る。同時に、スタンのその耳にブラッドの声が聞こえた。
『……これで終わりだッ!!』
実際、そうなるかと思われた。少なくとも、スタンにはこう思えた。
次の瞬間には自分の機体は、ビームサーベルで切り裂かれるだろう…
…しかし、そうはならなかった。スキを見せたガンダムMk.Mに向かい、ビームサーベルを突き刺そうとしたガンダムMk.Nの右腕を…
……何者かが掴み、止めていた。
何者か…そう。ユリウスのギガンティックの、残された左腕が、蒼いガンダムの右腕を、懸命に止めていた。
『……何だと!?』
ブラッドの怒声が、スタンの耳に聞こえた。
スタンには、考えている余裕は無かった。
神経を総動員しガンダムMk.Mの体勢を立て直し、その右手に持ったビームサーベルを敵機に向け、突撃した。
と、それと同時に蒼いガンダム、Mk.Nもまたギガンティックの左腕を振り払い
そのビームサーベルを白いガンダム、Mk.Mに向け突き刺した。
だが、邪魔が入った事でガンダムMk.Nの突きは、その狙いが狂った。
ガンダムMk.Nのビームサーベルは、突進してくるMk.Mの頭部に突き刺さり、その頭を爆発させた。
…そして次の瞬間、白いガンダムのビームサーベルは、蒼いガンダムの動力部を貫いた。
『バ……馬鹿な!! このオレが…』
スタンの耳に、ブラッドの最期の声が聞こえた。
『ゴミごときに…ッ!!』
それが、ブラッドの発した最後の言葉となった。
ブラッドにとっては、ユリウスを仕留め損ねたことがやはりその敗因となった。
Mk.Nの機体はビームサーベルに貫かれた部分からチラチラと青白い光を放ち、やがて断末魔の叫びの如く、小さく震えてから爆発した。



…勝因は技術的なものではなかった。気迫、でもないだろう…
――今回はオレの方が運が良かった…
 ……それだけだな―――
スタンは、心の中で呟いた。
…気がつけば、ガンダムMk.Nはただの蒼い破片となっていた。
自らのガンダムも…気付けばかなりの損傷を受けていた。
メインカメラである頭部と、左腕……そして、蒼いガンダムの爆破に巻き込まれた際に、装甲もかなりの損傷を負ったようだ。
蒼いガンダムを葬ったビームサーベルも…その右手から無くなってしまっていた。
そして、スタンのモニターの破片が深く突き刺さった足からも、気付けばかなりの量の血が流れ
その血は重力の無いコクピットの中でコクピットの各部に付着し、新しく流れたものの中には
円となって浮かんでいるものもあった。
…辺りも静かになっていた。恐らく、フリーズ・フリートはほぼ殲滅されたのだろう。
長くは持たない…まぁ、それもいいだろう。
そう思い…そして、足に刺さったままだったモニターの破片を強引に引き抜いた。
強烈な痛みと共に、傷口からはさらに血が溢れ出してきた。そして…
「最後まで足掻いてやるさ。みんなの分もな…」
スタンは、誰に言うでもなくそう呟いた。その言葉を、半壊のギガンティックのコクピットでユリウスが聞いていた。
『散り際ですね……ハデに行きましょう!』
そんなユリウスに…スタンは、静かに言った。
「ユリウス、お前は…投降しろ」
『な…そんな!?』
ユリウスは…絶望したような声で、そう言った。
しかしスタンは構わず、さらに続けた。
「…お前はまだ子供だ。
 こんなオッサンたちの意地に付き合って、死んじまうことはねぇよ。
 生きてこそ、だ…」
『………』
ユリウスは、何も返してはこなかった。いや、返せなかったのだろう。悔しくて、そして悲しくて…
さらにスタンは続けた。
「オレは兵隊だからな………ひたすら戦うしか道はないんだよ。でもお前は違う…」
その言葉に対し、ユリウスが…涙声になった声で、言った。
『僕だって…兵隊です』
「強がるんじゃねぇ。捕虜になるのは怖いだろうが…」
『だって…僕みたいな、戦うためだけに造られたような存在が生き残って…どうなるって言うんですか!?
 どうやって…何の為に生きていけというんですか! 戦場で死ねない強化人間なんて、何の価値も…』
…ユリウスは、悲痛にそう叫んだ。
そしてスタンは…その質問に、こう返した。
「…すまねぇ、オレにゃその答えは見つからねぇ。
 ただ、これだけは言える。お前は変われるんだ。これから、どんな人間にだってな…」
『………』
「それに、勝手な話だけどな……オレは、お前にだけは生きてて欲しいんだよ」
――ソニアや、そしてオレの分も――
そう付け加える前に…ガンダムMk.Mのコクピットの中に、敵機の接近を知らせる警戒音が鳴った。
「………!!」
気付かなかった。集中力が大分無くなっていたようだ。



…その機体は、二機目のガンダムMk.M……ビリーの機体だった。
ビリーは、まずガンダムMk.Nの残骸を確認し、驚愕した。
「ブラッドが…やられたのか!?
 …あれは、ガンダム!」
そして…スタンの乗る、ほぼ残骸になりかけたガンダムを発見した。
その傍には、これもまた残骸に等しい、見慣れぬ機体…
「…ジオンめ、奪ったガンダムを自分達で」
ニールが見たらどう思うか。などと一瞬頭によぎったが、そんな事を考えている場合ではない。
――損傷が酷い。やれる!
そして、ビームライフルの銃口を、ジオンのガンダムの残骸に向けた。
その時……その残骸同然のガンダムが、ビリーにとって意外な行動をした。
そのガンダムは両手を上げ…ようと思ったのだろうが、片腕しかないガンダムは片手を上げてみせた。
その行為は、少なくともビリーには降伏を示しているかのように見えた。
ビリーはその機体に接近し、自らが乗るガンダムの手をその機体に触れさせ…接触回線を開き、そのパイロットに問いただした。
「…何の真似だ」
『見りゃわかるだろ。降伏だよ』
その態度に、ビリーは舐められたような気分になった。
そして…そのパイロットに、吐き捨てた。
「舐めやがって…
 フンッ! テメェはここでくたばるんだよ!」
そう言って……これではさっき見た、ニール達…無抵抗の敵を容赦無く殺していったあの連邦兵達と同じと、気付いた。
などと思っていると…残骸のガンダムのパイロット…スタンが、彼に言った。
『オレはそうしてくれてもいいんだが…
 …こっちのモビルスーツのパイロットだけは助けてやってくれ。まだ子供なんだ』
その言葉を受け、ビリーは衝撃を受けた。
そして、自然と聞き返していた。
「子供…だと?」
『そうだ、残党ってのはそういうとこでな…
 死なせたくねぇ、頼む…』
…そう言うスタンも、こんな申し入れが通るなどとは、思ってはいなかった。
だが、言わずにはいられなかった。
足の傷は思った以上に深かったらしく……傷口から血は止まる気配も無く溢れ続け
痛みと出血により、スタンは意識が朦朧としてきていた。
「……チッ!」
ビリーは舌打ちをし…
…そして、ガンダムの腕を操作し…残骸になりかけの、彼には見慣れない機体、ギガンティックの片腕を引いた。
「……ありがてぇ」
スタンは、心から感謝した。連邦の兵士に感謝するなど、初めての経験だった。
そして、最後の経験でもあるのだろう。
ユリウスが何か言っているが、聞こえないことにしよう。
これで、一安心だ…
…そんなスタンに、敵のガンダムのパイロット…ビリーから投げかけられた言葉は、意外なものだった。
『…ほら、テメェもだ』
そして連邦のガンダムのパイロットは、左腕の盾を捨て…右腕しか残されていないスタンのガンダムに、その左手を向けてそう言った。
スタンは一瞬、状況を理解できなかったが…それが自分も連れて行ってくれる、という意思表示だとわかった。
「そいつは嬉しい申し出だが…」
スタンは、ここで死ぬつもりだった。ここが自分にとって最高の「死に場所」だと思っていたし
仲間達が逝ったのに自分だけが生き延びるのは忍びない……そう、思っていた。
……だが、もう少し生きてみるのも悪くない。
そう思い、ビリーのガンダムMk.Mの手に、自分のガンダムの手を乗せようとした…



……その時。閃光が走った。
何者かが…スタンのガンダムに向け、ビームを発射したのだ。
…それは、ビリーの行方が掴めなくなり、心配になって…部下に帰還命令を出して
単機でビリーを探していたニールのジェガン改が、スタンのガンダムMk.Mを狙って放った一撃だった。
それを確認したビリーは、ニールに叫んだ。
「やめろニール! ソイツにはもう戦闘の意思はねぇ!」
『うるさい! ジオンはみんな、皆殺しにしてやる!!』
ニールは乱暴に叫び返した。
ビリーの予想通り…ジオン残党にガンダムが使われていた事実は、ニールを激昂させるに十分な事だった。
そしてニールは、憎きジオンに奪われ、みすぼらしい姿になった…憧れのガンダムに向け…
「グレッグも…母さんも父さんもみんな、みんな貴様らが殺したんだ!
 そして今度はガンダムの名まで汚しやがって!
 …地獄に、送ってやるッ!!」
…全ての怒りをぶつけるように、ジェガン改のビームライフルを乱射した。

…とても避けられない。スタンは、理解した。
やはり自分は、ここで死ぬべきだ…と。
ビームを受け、彼のガンダムMk.Mは…右腕、脚部と、じわじわと破壊されていく。
嬲り殺しにされるかのように……相手が、狙ってそうしているかはわからない。
普通なら、恐怖に震える状況だろう。だが、スタンはどこまでも冷静だった。
「へへ… やっと…本当に年貢の納め時みてぇだな…」
そう呟き……自分の死を、心から受け入れたようだった。
「やめろって言ってんだろ!!」
…ビリーが叫ぶ。そしてユリウスは、ギガンティックのコクピットの中で泣き叫んでいた。
しかし、ニールは止まらない。
『黙れ!
 ……これで終わりだ!』
そうニールが叫んだ直後…ジェガン改が、止めのビームライフルを撃った。

…その攻撃を…スタンは生きているスラスターを総動員し、間一髪避けてみせた。
「コ……コイツ!!」
仕留め損なったニールは…さらに、ビームライフルを放とうとした。
しかし、ジェガン改のビームライフルのエネルギーは、そこまでだった。
ならばと、ニールはジェガン改にビームサーベルを抜かせ…哀れな姿になってしまった彼にとっての「ヒーロー」だったものを…
……せめて、自分の手で葬ろうと、接近した。

…スタンには、今の回避が本当に最後の、最後の力だった。
あとは死ぬだけだ。さらに意識は朦朧とし、視界もぼやけてくる。
サーベルを構えて、敵がこちらへ向かってくる。不思議と、恐怖も沸かない。
死を前にして、スタンは自分でも驚くほど冷静だった。冷めていた、と言ってもいいかもしれない。
今まで何度も、自分の死に様を想像してきた。その自分の「死」を、戦場という地獄の中で…
…こうも安らかな気分で迎えられるものとは、思いもしなかった。
願わくば、ソニアやアル、そしてこの戦いで死んだであろうデニスやドクら…
………いや、全てのかつての戦友達も、このように安らかな心持ちで
死を迎えたと、スタンは信じずにいられなかった。
さらに朦朧とする意識の中、薄れゆく意識の中で、スタンは最後に思った。
――死んだ後、行ける所があるなら…
 もう一人の方の、ユリウスの所に…いきてぇな…―――


―――宇宙世紀0090初頭。
フリーズ・フリートを名乗ったジオン残党を中心とする反連邦組織は、地球連邦軍の圧倒的戦力の前に壊滅した。
歴史的にみれば、ネオ・ジオン抗争後に生き残った残党の、その一つに過ぎない組織が壊滅しただけだ。
…そしてフリーズ・フリート首領、ブランド・フリーズはこの激戦の中、少数の部下と共に旧式艦メーインヘイムに乗り込み
死にゆく部下達を尻目に、奇跡的に戦闘宙域からの脱出を果たしていた。
そして…逃げ延びた先で新たなフリーズ・フリートを興し、尚反連邦活動を続けるのだろう。
これほどまでの戦力を投入しても……連邦軍は、フリーズ・フリートを完全に壊滅させることは、ついにできなかった。

この一連の戦いは、何も生み出すこともなければ、特に何かを終わらせることも、何も無かった。
ただ、様々な想いを抱き戦い、散っていった兵士達の、その最期の想いを乗せた残骸達が……
……新たに「暗礁宙域」に漂うデブリの中に加わるのみである。
そのそれぞれの残骸のかつての主だった者たちの魂や、怨念も乗せているかのように……
そんな哀しい残骸が無数に集まり………「暗礁宙域」は、形成されていくのだ。
今日もまた一つ、新たな残骸が、怨念渦巻く残骸の群れに加わり「暗礁宙域」という、戦死者達の巨大な墓標を形作る。
一人一人に墓標は無くとも……戦死者全ての墓標が、そこにはあるのだ。
その墓標は……この宇宙(そら)で行われた戦争の愚かさを象徴するかのように、漆黒の宙域を埋め尽くしていた。