【BE.HERE.NOW】七誌氏



2月14日。
バレンタイン・デイ。
それは、女性が意中の男性にチョコレートを送ることで、自分の思いを告白する日。
しかし、ここ、クラップ級練習艦キャリー・ベース内においては、そんなことを意識した人間は一人としていなかった。
その理由として、送られる男性陣にブラッド、ギルバート・タイラー、ニードル、イワン・イワノフ、ドク・ダームという、チョコレートとは、よほど縁のない人種で占めていたことが挙げられる。
要するに、失礼な話ではあるが、わざわざ買ってまでチョコを送る甲斐のない男しかいなかったのだ。
ここにいるクルーにとって、バレンタイン・デイとは親睦と称した義務イベントでしかなかった。
実際問題、去年のバレンタインで、一番チョコを多くもらったのはエルフリーデ・シュルツであり、彼女はその量に困惑し通しだったという。
やがて、年は改まり1月5日。仕事始めの日。
男3人の新規入隊者がやってくることになる。
他所の艦に赴任中のゼフィール・グラードが、行き先のコロニー内で軍へスカウト。
そして、自分の古巣であるキャリー・ベースへの配属を決めたという。
その話を聞いた女性陣の反応はそれぞれだった。
どうせまたイロモノ揃いだろうと決め込んで、全く期待してしないグループ。
今度こそは、と思いつつやっぱり駄目かも、と、期待半分諦め半分のグループ
全く興味のないグループ、と大まかに分ければ3つに分けられた。
そして。
その男性3人の入隊挨拶日を迎える。
冷静で頼りがいのありそうなマーク・ギルダー艦長見習い
弱気で母性本能をくすぐられるシェルド・フォーリー整備士見習い
強気でリーダー気質のジュナス・リアム通信士見習い
そして、このタイプの違う3名に、女たちは色めき立つことになる。

場所はこの練習艦キャリー・ベースにて。
時はバレンタイン前日2月13日より。
恋物語が、始まる。



ジュナス篇@

ゼフィール前艦長は、「ジュナス・リアムは逸材である」と評した。
事実、彼の通信士としての能力は、通信士見習いの、それを大きく超えていた。
ノイズ一つから敵艦の場所、及び形状、武装に至るまでを感知。
さらに、その情報を的確にパイロットへと伝える言語処理能力は並ではなかった。
彼はニュータイプだったのだから、当然といえば当然であった。
周囲の彼に対する評価は、訓練を重ねるごとに上がっていった。
しかし、ジュナス自身にしてみれば、それは過大評価もいいところであった。
彼自身の言葉を借りれば、「全部、ただのカン」
正確には自分のカンに自信はあった。
しかし、それを裏付ける根拠がなかった。
自信があるとは言え、根拠のないデータをパイロットへと伝えることへの後ろめたさがあった。
そして何より、自分がニュータイプであるとの自覚もなかった。
要するに、彼自身ニュータイプとしての素質は持ちつつも、それを自身の力で完全に使いこなしてはいなかったし、その素養も未熟であったからだ。
自分と周囲との評価の差に戸惑い、迷っていた。

そんな2月13日のこと。
ジュナス・リアムとパメラ・スミスは司令室にいた。
その日は夜間当直訓練であり、通信士2名だけで司令室を任されていた。
深夜0時から始まる8時間の特別ミッションである。
勿論、司令室の様子はモニターされている。
しかし、この日のパメラ・スミスは、完全に舞い上がっていた。
なぜなら、彼女はジュアンス・リアムに惚れ込んでいたからだ。
訓練打ち合わせの際に説明されたことは、何一つとして頭に入っていなかった。
特別ミッションであることも頭からぶっ飛んでいたし、モニターされているという事実でさえも、記憶の埒外だった。
気がつけば、横に座っているジュナスの横顔を盗み見ていた。
勿論、完全に手も頭もお留守である。
ジュナスに何か注意される度にパニックになり、その都度、フォローされた。
それでも、やめられなかった。
ジュナスを見ることだけが、どうしてもやめることが出来なかった。
そして、あろうことか、彼女の思考は暴走を始めており、このミッションの場を、告白のチャンスだと思い込んでしまっていた。



ジュナス篇A

ジュナス・リアムは戸惑っていた。
横に座っているパメラの様子がおかしすぎる。
特別ミッションなのに、全然集中出来ていない様だし、返事もおぼつかない。
同じ通信士見習いのアヤカやリコルは、パメラの方が能力は高いと口をそろえて言うけれど、僕にはとてもそうは思えない。
あの二人と組んで訓練する時はどうかわからないけれど、少なくても僕と訓練を行う時は完全に見習い生以下だ。
どうなってるんだ。

それが、まさか自分のせいなどとは、微塵も思っていないジュナスなのであった。

一方、パメラは完全に暴走していた。
なんて声をかけたらいいんだろう…?
・熱源、行きます!
駄目だ、これじゃただの馬鹿だ
・目標を補足しました。これより攻撃を開始します!
何をする気なんだ、私は。
・告白の回避パターンは解析済みよ
回避パターン解析って、駄目もとじゃない…。
っていうか、待ってよ。
さっきから、訓練と声がけがごっちゃになってるじゃない。
落ち着け。
落ち着くんだ。
今がチャンス、告白しないと。
出来るかな…いや、出来る!

自身を訓練と声がけがごっちゃになっていることを、自覚しながらも。
訓練の方に意識が傾かなかったのは、恋の成せる技なのだろう。

「ジュナス君!」
「はい!?」
混乱しきった頭で、告白という結論に達してしまったパメラは。
思い切り椅子から立ち上がり、彼の名前を呼んだ。
その際に。
肘で全艦内放送のスイッチを入れてしまったことなど、今のパメラには気付きようもなかった。



シェルド篇@

その数分前。
シェルド・フォーリーは機体格納庫にいた。
ゼフィール・グラードは、彼を「精密機械」と評した。
子供の頃から、彼は機械をいじるのが好きだった。
壊れた機械を集めては、分解し、直し、壊れた機械同士をくっ付けて、別の物に改造したりするのが好きだった。
と、言うより、機械いじりのほかに好きなものなどなかった、と言った方が正しいのかも知れない。
機械いじりに対するキャリアだけで言ったら、彼は既に一般整備兵を凌ぐ経験と知識を持っていた。
そして、彼もまたニュータイプであり、その感応性を持って、機体の破損箇所や脆弱部分を言い当てることもあった。
しかし彼は、他人と接したことが圧倒的に少ない。
機械に関する経験はあっても、対人関係を築くことに乏しい彼は、他人と話すときに必ず挙動不審になった。
そのせいで、何度となくケイ・ニムロッドに怒鳴られた。
「しっかりしろ」と。
しかし、シェルドはそれでもしっかりやっているつもりなのだ。
機械いじりだけをやっているだけにはいかないものかなぁ。
そんなことを思いながら、彼は機体格納庫でMSに寄り掛かっていた。
部屋で布団に入るより、こうしてMSの傍に座って寄り掛かってうたた寝した方が落ち着く。
明日も、また怒鳴られてしまうんだろうか。

何でこんな思いしてまで、頑張らなきゃいけないのか。
それは、ゼフィールさんの期待に応えるためだ。
あの人だけが、僕を認めてくれた。
そうだ。
こんなところで、くじける訳にはいかないんだ。
よし、明日も頑張ろう。
そう思って腰を上げた時、天井から妙なノイズを聞いた気がした。
「あれ?こんな夜中に放送…」
することなんてあるんだ。と言葉を続けようとした瞬間。
絶叫が響いた。
『ジュナスさん!』
あまりの大声にシェルドは、反射的に耳を塞ぐ。
『はい!?』
ジュナスの声が聞こえる。
『私たぅつききかかっかだっさい!』
全艦内に向けた噛みまくりのその言葉は、
誰にも理解できなかった。



ジュナス篇B

ジュナスは呆然としていた。
何を言われたのか、さっぱり分からない。
いや、「私」は分かった。
でもそれ以外に何を喋ったのか、全然分からない。
さっきまで、真っ赤な顔をしていたパメラは、見る見る内に青ざめ始め、そしてまた再び真っ赤になり始めた。
何か可愛いな、とか思ってしまう。
しかし。
しかし、である。
そんなワケの分からないことを言われても、今は訓練中だし。
反応のしようがない。
とりあえず、僕が何かしたのかどうか分からないが、彼女が僕を責めているように見えることは確かだ。
だから、
そう、だからジュナスは、とりあえず謝ろうと思った。
謝って、訓練を続けて、その後で、話を聞こうと思った。
真っ赤な顔をして、放心しているパメラにジュナスはこう言った。
「あの、…ごめん。今はこうするしかないんだ」
訓練を続けようと言ったつもりだった。
頭が回ってないのか、少し分かりにくい言い方だな、とは思った。

その言葉を聴いたパメラは、目を見開いて驚愕したような顔になった。
それはそうだろう。
告白したら、ごめん、と謝られたのだから。

パメラはその大きな瞳に特大の涙を滲ませ、そして大声で泣き始めた。
「え…えー…?」
逸材と謳われたジュナス・リアムも、『恋は全盲目』状態になったパメラをどうにもすることが出来なかった。
しばらく呆けていたジュナスは、後ろから空気の抜ける摩擦音と共に自動ドアの開く音を聞いた。
恐る恐る振り返ったジュナスが目にしたのは、
「この馬鹿」と、冷ややかな目線を送っているアヤカ・ハットリと、
特大級に顔を強張らせたルナ・シーン艦長代理の姿だった。



マーク篇@

マーク・ギルダーは、実は天然である。
一見して、冷静そうに見える。
実際、冷静ではあり、そう簡単にパニックになったり激情したりはしない。
それでも、天然なのである。
パイロットとして、クルーとして、特大の才能を秘めておきながら、彼が精を出していたのは農業だった。
「何かを作る、何かを育てるのは良いことでしょう。色んなものが見えてくるのですから」
と、彼はスカウトに来たゼフィールにこう言った。
彼の欠点は、自分自身に興味を持っていない所だった。
「じゃあ、スイカじゃなくて自分を育てたらどうなんだ」
ゼフィールはそんな彼の欠点を見抜き、そう言った。
それでも彼は抵抗した。
軍には入りたくないと。
「じゃあ、条件を出そう」
何でスカウトする側が条件を出すんだと、その時側にいたオグマ・フレイブは思ったが、
「条件って何ですか」
とマークが言ってしまったため、何も言えなくなってしまった。
「君の農場で栽培した野菜を軍で購入させてもらう」
この言葉にマークは飛びつき、オグマは持っていた大根を落とし、頭を抱えた。
ゼフィール・グラードは彼を「大馬鹿野朗だよ。あのままならな」と言った。
天然であれ、彼の思考は論理的、且つ、的確だった。
季節・気温・湿度・天気を相手に野菜を育て、害虫や動物から野菜を守るために身につけたその思考能力。
それは内容が、パイロット・クルー・機体の性能・機体数・艦隊性能に変化したところで何ら劣ることはなかった。
その指揮能力の高さと、見かけ上のカリスマ性から、彼は艦長見習いになった。
このスカウト話と彼の履歴を聴いたジュナスとシェルドは、口をそろえてこう言った。
「無茶苦茶だ」
勿論、マーク自身も、自分が天然入っているのは、自覚している。
素っ頓狂なことを言って、場を和ませたことも冷めさせたことも1度や2度ではない。
どうにかしたいと思いつつ、まぁいいかと思考停止するのもいつものことだった。

ついさっき。
モニターを見ていたルナ艦長代理が、モニター室から何も言わずに出て行った。
付いて来いと、彼女が言わなかったのは、自分は必要ないからだろうと判断し、彼はその場に残った。
俺たち二人のほかに誰も聞いてないといいけどな…。
パメラとジュナスの二人が写っているモニターを見ながら、彼はそう思った。



シェルド篇A

シェルドは部屋に帰るために廊下を歩いていた。
機体の側のほうが落ち着くとはいえ、流石に布団で寝ないと疲れは取れない。
もうすぐ覚醒武器のメンテナンス演習もある。
予習しているとはいえ、覚醒武器に実際に触れたことは一度もない。
だから、シェルドはその演習が楽しみでしょうがなかった。
と、曲がり角を曲がったところで、シェルドの高揚した気分は落ち込むことになる。
向かいから歩いてきたのは、ルナ艦長代理とジュナス、そしてパメラだった。
(うわ…)
きっと例の放送に関してだろう。
通信士見習いの人たちが、つい20分ほど前から、特別ミッションを行っていることは知っていた。
それが、アレだ。
何があったか見当も付かないが、あの二人のこれからを思うと、心から同情した。
ともかく、前から艦長代理が歩いてくるので、規律に従い、シェルドは廊下の端に寄って道を譲り、敬礼した。
その敬礼したシェルドの目の前で、ルナ艦長代理は立ち止まった。
(え?)
戸惑う間もなく、ルナ艦長代理はシェルドに話しかけた。
「こんな時間に何をしている?」
「え…あのですね、その、機体です。機体を見ていてですね、それで、」
反射的に敬礼を解いて、身振り手振りで何とか状況を説明しようとする。
しかし、ちゃんと説明しようとすればするほど、シェルドは挙動不審になる。
「就寝時刻は過ぎている」
突っ込まれて、さらに慌てる。
「あ、はい。そうなんです。じゃなくて、」
そうなんですって認めてどうする…
「どうしても確認したい、その、機体の、武器が、えっと、その、調子が」
「わかった」
構っていられないと判断したのだろう。
ルナ艦長代理は会話を切った。
そこでシェルドは、ほっと息を吐いた。
ふと視線を感じ、そちらを向くと、ジュナスとパメラが今にも死にそうな目で助けを請うていた。
(無理だって)
シェルドは細かく首を振りながら、そう口だけ動かした。
「シェルド」
ルナ艦長代理に名を呼ばれ、シェルドは姿勢を正す。
「はい」
「意欲は認める。しかし規律を乱すことは感心しない。以後、注意すること」
「わ、分かりましら」
ら、って。
3人の後姿を見送りながら、自分のこの性格と会話の下手さ加減に、シェルドは辟易した。
わかりましら、って。
ら、って…。
先ほどの気分はどこへやら。
シェルドは自己嫌悪で一杯になった。



シェルド篇B

ルナ・シーンは、こみ上げてくる喜びを必死に押し殺していた。
今にも、嬉しさで含み笑いをしてしまいそうになる。
それが出来ないのは、後ろにパメラ・スミスと、ジュナス・リアムが歩いているからであり、
そうしたいのは、先ほど、シェルド・フォーリーに会ったからだ。
ルナ・シーンは、あの弱気な整備士見習いが、可愛くて可愛くてしょうがないのである。
シェルドは、すぐに挙動不審になり、喋ると噛みまくり、何かを言われるとパニックになる。
それは、会話の相手が女性だと尚更酷い状態になる。
ルナは、そのシェルド特有の青臭さが好ましくて仕方がない。
先程、冷たい態度をとったのは、艦長代理としての責務もあったが、シェルドの困った顔が見たかった、と言った方が正しい。
彼の困った表情や仕草を見るたびに、「可愛い…」とか呟いて、抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
しかし、それは、ルナ・シーンに限ったことではなかった。
クレア・ヒースローみたいに、ただ純粋に、からかうことを楽しみとしているクルーもいれば、
ネリィ・オルソンやノーラン・ミリガンみたいに、シェルドを完全に異性として捉えた上で、シェルドをいじめるクルーもいた。
ネリィなどは、わざと胸元が大きく開いた服を着て、かなりわざとらしいミニスカートを
はいて、もっとわざとらしく髪をかき上げたりして、シェルドをからかった。
シェルドは顔を真っ赤にしながらも、それでも必死に機体の説明をしようとするのだが。
男の悲しいサガよ。
つい、目線は胸元や脚に向いてしまい、その度に、
「どこを見ているんですの?」
と、ネリィに突っ込まれ、パニックになった。
そのテンパった顔を見ると、強気な女性たちは、シェルドが可愛くて、いじめたくて、さらに困らせてやりたくて仕方なくなる。

自分がそう思われていることなど露とも知らないシェルド・フォーリーは、
彼女たちにそう扱われるたびに、落ち込んだ。
しかし、その落ち込んだ表情が、更に彼女たちを煽ることになるなどとは、まったく考えもしていないのであった。
そして、そんな落ち込んだシェルドを励ますのは、決まってエリス・クロードの役割だった。
彼女は特に恋愛感情は持ってはいなかった。
しかし、ある日。
落ち込んでいるところを、エリスに励まされたシェルドは、心から嬉しそうに
「ありがとう、エリス」
と、言った。
何気ないただのお礼である。
しかし、礼を言われた彼女は、不覚にも、ときめいてしまった。
それ以来、シェルドの嬉しそうな顔が見たくてしょうがなくなってしまったエリス・クロードだった。




2月13日 それぞれの想い


そして、2月13日の朝を迎える。
この日の主な話題は、深夜のジュナスとパメラの一騒動のことであった。
話の出所は、アヤカ・ハットリ。
とは、言ってもクルー全員に言いふらしたわけではなく、同期であり、パメラの従姉妹であるミンミ・スミスに言っただけなのだが…。
問題なのはミンミが、リコル・チュアートに喋ってしまったことにある。
お話大好きのリコルのこと。
悪気こそないから良いようなものの、リコルは女性クルー全員に喋ってしまった。
さらに問題なのは。
パメラがジュナスを想っている事を知っている人間が、ピンと来てしまったことにある。
「あぁ、暴走して告白したのね」と。
そして、大問題なのが。
その中に、パメラと同じく、ジュナスを想っている女性がいたことである。
マリア・オーエンスは背後に炎を灯し、
ミリアム・エリンは負けん気を起こし、
クレア・ヒースローは黙ってしまった。

そして、どこをどう情報が捻じ曲がって伝達したのか。
マーク・ギルダーがその場にいて、怒るルナ・シーン艦長代理を落ち着かせた、というデマまで流れ始めた。
その話を聴いて、
エターナ・フレイルは更に彼にほれ込み、
ニキ・テイラーはガラにもなく胸を高鳴らせ、
フローレンス・キリシマは真悪・義流駄亜の刺繍が入った特攻服を作り、
レイチェル・ランサムは起きていればよかったと後悔した。

面白くないのは、イワン・イワノフである。
当然といえば当然なのだが、面白くないものは面白くないのである。
身近にいる連中に愚痴れば、
ブラッドには「ゴミの連中に付き合うことはない」と突き放され、
ギルバートには「自分とて木の股から生まれたわけではない」と達観され、
ドク・ダームには「おっさんがいじけてやんの。ひゃーっはっはっは!」と笑われた。
イワンは面白くない。
物凄く、面白くない。
だから、同じ感情を抱えた唯一の男、ニードルと共謀し、企てを謀り始めた。

こうして、2月13日は過ぎてゆき、
2月14日。
バレンタイン・デイを迎えることになる。

この騒動の渦中にいる3人の男たちは、
まだ、何も知らず、つかの間のひと時を過ごしていた。




女性陣はいかにしてチョコを手に入れているか、という説明(?


そもそもな話。
仮にも訓練中である軍の艦内で、バレンタインなどが成立するものか、と、ごもっともな疑問を持つ方もおられるだろう。
しかし、前艦長であるゼフィールと、総司令官であるゼノン・ティーゲルが、認めているのだから仕方がない。
認めている理由を挙げれば、
「隊員の士気に影響するから、出来るのならやったほうが良い」
というのが建前で、
「チョコ美味しいじゃない」
というのが本音だった。
要するに、自分たちが食べたいから認めているのだった。
職権乱用もいいところなのだが、ただでさえ出会いの少ない軍の中におり、日々、訓練漬けの毎日を送って、ストレスを溜めているクルーの思惑と一致し、このバレンタイン行事は成立していた。
何とも平和なものである。
それでも『いい男』がいないキャリー・ベースでは、惰性感が漂う義務イベントだったがのだが…

さて。
2月14日の朝。
軍のバレンタイン行事に目を付けたお菓子会社は、訪問販売業務を開始していた。
ここ、キャリー・ベース内でもチョコレートの訪問販売を行っていた。
そして、その販売業務を任されているエイブラム・ラムザットという男がいる。
エイブラムは、辟易していた。
ただでさえ仏頂面なのに、不機嫌も相まって、さらに人相が悪くなる。
その理由は、並べられたチョコを睨んで動かない一人の女性のせいであった。
本来ならば、とうに販売を済ませ、会社に戻って報告をしなければならない時間である。
なのに、このチョコを睨んで動かないたった一人の女性のせいで、それが出来ないのである。
もう30分以上になる。
何度も声をかけたが、ガン無視。
店をたためばいいだけの話なのだが、根が真面目なせいで、売らなきゃいけない、という意識が働き、それも出来ないでいる。
とっととこの似合わないピンクのエプロンを取ってしまいたい。
会社に戻って、報告書を作って、決済を通して、来年の予算案を作成しなくてはならない。
エイブラムは、早く買え、というオーラをかもし出しているのだが、その女性、ネリィ・オルソンは、全く動じることはなかった。



シェルド篇C

ネリィ・オルソンは焦っていた。
彼女は、自分がシェルドに持っている感情を自覚している。
ノーランやエリスの想いも、認識している。
彼女は、焦っている。
このままでは、自分はただの「意地悪な女」で終わってしまうことになる。
相手がノーランだけなら、これほど焦りはしなかったろう。
しかし、エリスがシェルドに対し、やけに優しげな目線を送っている事実に気がついた瞬間から、ネリィは危機感を感じ始めた。
あの弱気なシェルドのこと。
『年上の威圧的な女』より、『同年代の優しい女の子』の方が好みのタイプに決まっている。
じゃあ、自分も優しくすればいいだけなのに、それが出来ない。
シェルドを見ると、つい、意地悪なことを言ったり、露出の多い服を着てからかってやったりしたくなってしまう。
(小学生の『どの子好き〜?』ごっこじゃないんですのよ…)
そう思って、自分をいさめる。

ここが正念場なのだ。
このバレンタインで、シェルドの感情を少しでも自分に向けることが出来れば、自分にも勝ち目はある。
チョコを渡す時に告白すれば良いものを、それをしないのは理由がある。
彼女は、自分の持っている感情を、「ちょっとだけ」察してもらった上で、シェルド「から」告白されたいのである。
プライドの高さと女心のなせる技である。
だから、ネリィはガチガチにド本命のチョコを渡すことは避けたかった。
それは告白も同然の意味を示すからである。
かといって、いかにも義理チョコでは、何にもならない。
そんなわけで、ネリィ・オルソンは30分以上も、並べられたチョコを見ては、アレでもないコレでもない、と頭を悩ませ続けているのである。
そんなことをしている間に、時間がどんどん減っていくことに、未だネリィ・オルソンは気がついていなかった。

さて。
そこまで想われていることなど夢にも思っていないシェルド君は。
バレンタインだというのに、自室に引きこもって、覚醒武器のメンテナンス・マニュアルなんぞ読んでおりました。
そんな味気ないもの読んでいる場合ではないぞ、青年。
君はこれから、大きな試練を味わうことになるのだから。



シェルド篇D

シェルドは一心不乱にメンテナンス・マニュアルを読みふけっていた。
マニュアルを読んでいるだけで、ワクワクしてくる。
(早く覚醒武器のメンテナンス、したいなぁ)
なんて呑気にシェルドは思っている。
その時。
彼の自室の呼び鈴が鳴った。

「あ、はい」
誰だろう。と、シェルドは首をかしげる。
今日は訓練も講習もないのに。
扉を開けると、そこにノーラン・ミリガンが立っていた。
「…お前は、今日というこの日に、何で自分の部屋にいるんだ」が彼女の第一声であり、
「あ、いや、すみません」が彼の第一声であり、
(ほっといてください)が彼の本音だった。
ここで、2.5秒ほどの微妙な沈黙が流れる。
「入っていいかな」
「え?あ、どうぞ」
ノーランはシェルドの部屋に入る。
シェルドはノーランを部屋に入れた。

そして。
ノーランより先に部屋の前に来ながらも、扉を叩く勇気がなく、あっちウロウロこっちウロウロした結果、ノーランに先を越されてしまったエリス・クロードは、
その光景の全てを目撃してしまう。
真っ白になる思考の片隅で彼女が見たものは、やけに残酷な音を立てて閉まっていく扉だった。



シェルド篇E

「座っていいかな」
「あ、あ、はい、どうぞ、さっきまで座ってたから、あの、あったかいですけど」
一方、部屋の中ではそんな間の抜けた会話が始まっていた。
シェルド君、言わなくていいんだよ、そんなこと。
当然の反応というか、ノーランは若干呆れた。
本当に私はこんな年下の男の子が好きなのか…と、自問してしまう。
しかし、答えははっきりしている。
好きだから、ここにいるのだ。
切っ掛けは何気ないもの。
訓練使用機体であるヅダの性能について、整備班に不満をぶちまけたことから始まる。
「本当に大丈夫なの!?空中分解とか御免だよ!」
そんな彼女の怒号に反発したのは、整備班の班長であり整備指導教官でもあるケイ・ニムロッドではなくシェルドだった。
「乗ってから言ってください」
今でもノーランは、その時のシェルドの瞳を思い出すことが出来る。

普段、絶対に見ることの出来ない強気な瞳。
その瞳に、私は、吸い込まれてしまった。
否。
今でも、吸い込まれ続けている。

あの時の瞳が見たくて、ノーランはシェルドに何かしらちょっかいを出しているのだが。
機体や整備に関すること以外、何らシェルドは強気な視線を送ることはなかった。
かといって、機体や整備に関することであれこれ言って、シェルドに嫌われてしまうのは嫌だった。
(我ながら屈折してるよなぁ)
シェルドとの関係を変えたくて、色々足掻いてはみたものの。
鈍感なシェルドはさっぱり変わらなかった。
だから、ノーランは一大決心をした。
それは、このバレンタインで二人の関係を変えること。
良い方に転ぼうと悪い方に転ぼうと、後悔は、ない。
そんな思いで来たのに。
−あ、あ、はい、どうぞ、さっきまで座ってたから、あの、あったかいですけど
−あったかいですけど
−あったかいですけど
−あったかいですけど

何かもうどうでもよくなってきたノーラン・ミリガンだった。



シェルド篇F

シェルドの部屋では、今、沈黙が流れている。
二人ともピクリとも動かない。
ノーランにしてみれば、思い切り出鼻をくじかれた思いで一杯だったし、
シェルドにしてみれば、善意で言った言葉−あったかいですけど−を言ったきり、ノーランが反応しないので、どうすることも出来ず、ただ戸惑い、突っ立っていた。
ただ、一つ気になることはあった。
それは、ノーランが左手に持っているモノである。
その包装はどこからどう見ても、バレンタイン・チョコ用にしか見えなかった。
(またか)
と、シェルドは思う。
ここでも、僕はチョコレート伝達係をやらされることになるのか…
学生の頃から、しょっちゅう女の子に頼まれていた。
気の弱いシェルドは、そんな頼みを断れるはずもなく。
いちいち言いなりになって、律儀に伝達係をやった。
その度に、その度に、シェルドは傷ついていた。
(もういいけどね。慣れてるしさ)
そう思って自嘲するシェルド。
しかし、彼は間違っている。
そんな生き方で、いいはずなど、ない。
それに。
いま、目の前に立っている女性は、彼が学生時代に会ったような幼稚な女の子では、ない。
ノーラン・ミリガンは、自分の想いを告白するのに、他人を使うような女性ではないのだ。
それが、分かっていれば、彼女が何をしにシェルドの部屋を訪れたのか、を察することが出来た筈なのに。

ほどなくして、ノーランは口を開く。
「シェルド、あんたに渡すものがあるんだ」と。
そして、
自分の過去と目の前の女性をごっちゃにしてしまった少し幼い青年は、ぶっきらぼうにこう答えてしまう。
「分かりました、そのチョコ誰に渡せばいいんですか」と。
その言葉を聴いて、
ノーラン・ミリガンはシェルド・フォーリーを理解した。

「違うよ、シェルド」
ノーランは、優しく、声を出した。
「このチョコはね、アンタだけの物なんだ」
「…え」
シェルドは受け止めることが出来ない。
異性に告白されたことなど、一度だってないこの青年は、
人と関わることを極端に恐れるこの青年は、
彼女の想いを、受け止めることが出来ない。
「何を言ってるんですか…からかわないで下さい」
だから、逃げようとする。
自分に優しい言い訳を作って、他人と関わらなくて済むように。
傷つかなくて済むように。
辛い思いをしなくて済むように…と。
だが。
そんなシェルド・フォーリーの「隙間」に、ノーラン・ミリガンは、想いを持って、踏み込んだ。



シェルド篇G

「覚えているかい?機体のことでアンタが私に言い返したときのこと」
何の話を…
「私はね、シェルド。あの時、吸い込まれたんだ」
何を、言っているんですか…
「あの時の、あの目に、私は、魅せられた」
…ウソだ
「あの瞬間から、シェルド、あんたが離れない」
違う
「嘘じゃない」
違う、違う、違う、違う、違う
「好きなんだ…。シェルド・フォーリー」
「違う!」
だって、だって、だって
「馬鹿にしてたじゃないですか!僕のこと、からかって、ふざけて、僕が、慌てふためく姿を見て、楽しんでただけでしょう!?」
だって、僕は、こんなに、
「しょうがないじゃないですか!人と話すると緊張するんですから!皆して、ネリィさんだって、ノーランさんだって、僕を馬鹿にして、笑ってたんじゃないんですか!?」
気が弱くて、駄目な、男で、
「違うんだよ、シェルド」
何が、
「何が違うって言うんですか!」
違わない、本当は、皆で、僕を笑って、蔑んでいるに違いないんだ
「違わない、何も違わない!」
昔から、そうだった。
気が弱い僕を、苛めて、からかって、楽しんで、
いいんだ、慣れてるから
そう思って、僕は、自分を、
そんな僕は、
「だから、機械に逃げたのかい」

その一言は、
シェルド・フォーリーの心の壁の一端を崩した。



シェルド篇H

「初めから、機械が好きだったわけじゃないんだろう。人と上手く交流できない自分を誤魔化すため、物言わぬ機械に、逃げたんだ」
僕は、
「それであんたはメカニックとしての腕を上げて、ここに来て、それで、私と会って」
僕は、僕は、
そんな僕を、
あぁ…
彼女だけが、
「そして、エリス・クロードに会った」
エリス、
彼女は、彼女だけが、僕を、
「失敗したなぁ…。でもさ、私はこんな性格だから、なかなか優しくすることなんて、出来なくて、さ」
ノーランさん…
貴女は、何を、言っているんですか…
「分かっているんだろ、シェルド」
何を、僕が、僕の何を、分かれと、
貴女は、こんな、僕を、
「僕は、」

その時、ノーラン・ミリガンは、これ以上ない愛おしさを持って、
シェルド・フォーリーを抱きしめた。

「しっかりしろよ、弱虫。傷つくことばっか考えてちゃ、何にも出来ないぞ」
それは、
人と交流することから逃げ続けていたシェルド・フォーリーが、
初めて感じた温もりだった。

「僕は、僕は、」
「分かってる。分かっているよ、シェルド。あんたの心に、私は、いない」
「僕は」
「いいかい。この部屋の外に、あんたと同じで、不安定な心を持った女の子がいる。その子は、あんたに特別なことを言う筈だ。逃げちゃいけないよ。私に言ったみたいに、違う、なんて言っちゃいけない。誰に渡せばいいの、なんて言っちゃいけない。受け止めて、そして、ちゃんと、抱きしめてあげなきゃ、いけないんだ」
「…ご、ごめ」
「謝らないで、シェルド」
そう言って、ノーランは、シェルドを抱きしめる手に力を込める。
「いいかい。あんたはね、いい男になる。間違いない。この私が惚れたんだから。保証するよ。だからね、一つ、覚えておいて。人と接するっていうのは、こういうことなんだ」
こういうことなんだよ。
そう呟いたノーラン・ミリガンは、
いつの間にか床に落ちていたチョコレートをそっと拾い上げると、
そのまま部屋から、去っていった。

そして、一人、残されたシェルド・フォーリーは、
そのまま床へと泣き崩れた。
それは、
初めて触れた、人を傷つける苦しみ。
人の想いに、応えることのできない痛み。
肉親ではない誰かの、温もり。
「うわあああああああああああ!!」
ノーラン・ミリガンは、
叶わぬ恋だと知りながら、それでも、シェルドの心を解きほぐした。



シェルド篇 エピローグ

ノーラン・ミリガンが部屋を出ると、扉の傍の壁に寄りかかる形でネリィ・オルソンが立っていた。
「…」
「…」
「いつからいたの?」
「大分前からですわ」
「あ、そう…」
具体的に、どの話をしてる時からいたの?とは、とても聞けない。
「…」
「…」
「フられましたわね」
「…アンタもね」
「…そうですわね」
「…」
「…」
ネリィは、黙って自分が手にしているチョコレートを見る。
結局、1時間かけて選んだこのチョコレートは、行き場をなくしてしまった。
「…はぁ、いいですわよいいですわよ!あの坊やなんかより、もっといい男を見つけて、見せ付けてやるんですから!」
そう強がるネリィの目尻には涙が浮かんでいる。
唇の端は、痙攣しており、泣き出したいのを、懸命に堪えていた。
「ネリィ…」
「何ですの」
「言わなくて、いいの?」
ネリィは、くっ、と表情を歪めた。
「いいわけないでしょう!貴女はいいですわよ!ちゃんと告白してきっぱりフられたんですから!ワタクシはどうなるのよ!告白することも、ちゃんとフられることも、許されなくなってしまったじゃない!」
そこで、大粒の涙がネリィ・オルソンの目からこぼれ始めた。
「馬鹿にしないで…くださいます……」
くしゃくしゃに顔を歪めたネリィは、そのままノーランへと飛びつき、その胸に顔を埋め、大声で泣き始めた。
「…そうだな、ごめん」

そんな二人のところに。
歩いてくる女の子がいた。
その名はエリス・クロード。
ノーランはエリスに気がつき、彼女のほうを向いて、言った。
「しっかりやんなよ」
「な、何かあったら、ずびっ、すぐに取り返してやるんですからね」
顔を上げ、鼻水をすすりながらネリィはそう言った。
そして、
二人の女性は、そのまま歩き去っていった。
エリスは、その後姿を見送る。
そのノーラン・ミリガンの去り姿は、なぜか、とても感動的で、エリスは、その姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けていた。
「鼻水、かみなよ」
「ティッシュ、持ってないんですのよ」
「貴族出身なのに?」
「貴族、関係ねーですわ」

エリスは、扉を見る。
その扉の向こうでは、彼が、泣いている。
彼を抱きしめるために、エリスはその扉をノックした。
「シェルド君?私、エリス」
扉の向こうで、彼が反応したのが分かる。
「入るね」
先ほど、やけに残酷な音を響かせて閉まったその扉は、
やけに落ち着いた良い音を響かせて、開いた。



ルナ・シーン艦長代理、その責務

ルナ・シーンはこみ上げる怒りを、必死で抑えこんでいた。
艦長用の椅子に座り、机に両肘を乗せ、そのまま両手を目の前で組み、まぶたを強く閉じていた。
ここは艦長室。
確かに彼女は、5分ほど艦長室を留守にした。
なんのことはない用を足すためである。
しかし、そのほんの5分ほどの間に、机に置いておいたチョコレートが消えていた。
(私にも落ち度はある。確かに鍵は閉めなかった)
チョコのほかに盗まれたものは、何一つとしてない。
犯人は、他のものには目もくれず、ご丁寧にチョコレートだけを盗んでいったのだ。
もとより、シェルドに渡すつもりはなかった。
代理とはいえ、艦長という職務に就いている自分が行うべきことではない、と彼女は自分を律していたからだ。
そもそもチョコを買ったのも、艦長代理である自分が買えば、乗組員たちは、チョコを買いやすくなる。
艦長が買ったから、大丈夫なんだ、と。
その内、自分で食べようと思っていたチョコレートは盗まれた。
鍵を閉めなかった自分にも苛立ちを覚えるが、それより、そんな幼稚じみたことをする人間が、いま、この



ルナ・シーン艦長代理、その責務A
艦内にいるのが、たまらなく不快だった。
見当は付いている。
一人しかいない。
イワン・イワノフだ。
真面目に訓練を行うこともなく、くだらないギャグを連発しては、他の訓練生の意気をくじいているあの男。
しかし、証拠はない。
彼が「知らない」と言ってしまえば、それまでなのだ。
疑わしきは、罰してはならない。
証拠もないのに、罰してはいけない。
上に立つ人間がそんなことをしたら、下の立場にいる人間まで、真似してしまう。
彼女は、艦長代理という職務に誇りを持っていた。
だから、何かにつけ、まずは艦長代理という立場を優先した。
ルナ・シーンは、そこで強く閉じていた瞼を開く。

必ず証拠を掴んで、その性根を叩きなおしてやる。

そう決心するルナ・シーンだった。



悲しい男

イワン・イワノフは上機嫌だった。
あの小憎らしいルナのチョコレートを、まんまと盗んでやった。
ざまぁみろ。
今頃、慌てふためいているに違いない。
あの鉄面が、冷や汗をかきながらチョコを探している姿を想像するだけで、笑いがこみ上げてくる。
(ふん、ワシを軽視するからこうなるのよ)
しかし、いつまでもチョコを持っているわけには行かない。
誰にも会わないから良いようなものの、ワシがこんなものを持っていては、不自然極まりない。
誰かに見つかったら、そして、それをルナに言われたら、たまったものではない。
しかし、自分の部屋においておくわけにも行かない。
そんなことしたら、いかにも犯人は自分ですよ、と言っているようなものだ。
だから、イワンは、緊急用の酸素ボンベが入っているロッカーに、それを隠した。
このロッカーは、廊下に直面している。
誰の目にも留まる。
だからこそ、ここに隠すのである。
訓練中のこの艦で、緊急事態になどそうそうなるはずもない。
誰もこのロッカーを開けたり、中を確かめたりはしない。
イワンはそう踏んでいた。
イワンは、そのチョコレートを酸素ボンベの裏に隠すと、ニヤニヤ笑いながら、去っていった。
そしてその一部始終を、物陰から目撃している人物がいた。
その人物は、イワンが立ち去ったのを確認してから、そのロッカーを開けた。
中に入っていたのは、酸素ボンベと、チョコレート。
「なぁにをやってるんだぁ?あのおっさんは」
ドク・ダームはそう言って、首を傾げた。



マーク篇A

マーク・ギルダーは真剣な顔をして悩んでいた。
キャリー・ベース内にある自習室の一角。
専用のパソコンに向かい、椅子に座って脚を組み、腕を組みながら眉にしわを寄せて、真剣に悩んでいる。
その姿は、どう見てもレポートに打ち込む真面目な男性の姿である。
自習室で勉強するはずの女性たちが、思わずその横顔に見惚れてしまうのも、うなずけるものである。
しかし、事実はかなり違っている。
とうの昔にレポートなど打ち終わっているのだ。
何度も見直し、修正されたレポートが完成されている。
では、マークは何を悩んでいるのか。
それは。
今日のお昼ご飯に出てくるメニューに、マーク農家製の野菜が出てくるかどうかであった。
この対女性専用天然爆弾男は、そんなことに頭を悩ませているのである。
(もしかしたら、俺はゼフィールに一杯喰わされたんじゃ…)
今更になってその可能性に気がついたマークであった。
勿論、ゼフィールは約束を違えるような男ではない。
その条件を守るために、奔走している。
しかし、そんな簡単に食卓に上がるところまで、こぎつけるわけもない。
自分が作った野菜の安否を気遣いながら、マークは今日も悩んでいた。

ふと、そこに。
マークに声をかけた男がいる。
名をギルバート・タイラー。
いかつい筋肉男である。
「マーク」
声と気配に気がつき、後ろを振り向いた。
そこにギルバートが立っていた。
「何も言わず、こいつを受け取ってくれないか」
ギルバートが差し出したのは、ピンクで彩られた便箋である。
マークは、「何も言わず」と言われたので、黙ってそれを受け取り、目だけで問うた。
「俺も中身までは知らん。キリシマ嬢に頼まれただけだからな」
「…」
マークは、なおも黙っていた。
「お前、別に朴念仁というわけでもないのだろう。しっかり返事しろよ」
そう言うと、ギルバートは去っていった。
一方、マークといえば
(ボクネンジン、って何だ?新しい人参の種類か?)
などと見当違いも甚だしいことを考えていた。



チョコの行方@

ギルバートは、マークに手紙を渡し、自習室を出て、そのまま自室へと向かっていた。
彼はあの手紙の内容に対し、今日という日の意味と、あのピンクの便箋の意味を考えれば、おのずと見当は付いていた。
(ラブレターを渡されても、言葉一つ発せず、眉一つ動かさないあの冷静ぶり、見習いたいものだ)
マークに対し、そんな見当違いの評価を下していた。

突き当たりの廊下を左に曲がったところで、ピンクのリボンがついた大きい包みを持っているドク・ダームに会った。
「…」
「…」
ギルバートは、驚いた。
(ドク・ダームが、本命っぽいチョコを持っている…)
ドクは、しまった、と思った。
(ぜってぇ、勘違いされてるぜぇ…)

「似合わないな、お前」
ギルバートは、ドクにそう言った。
皮肉ではなく、祝福の意味合いを込めていた。
「待ちなや、ギルの大将。コイツはぁ、貰ったんじゃなくて、拾ったんだ」
ドクは、両手を挙げながらそう言った。
「拾った?そんなでかいもの、落とす奴がいるのか」
いるとしても気がつくだろう、普通。
「拾ったってぇのは、語弊を招くなぁ。隠してあったのを、見つけたんだ」
「隠してあった?誰かがバレンタインのドッキリでもするつもりだったのか」
「懐かしい言葉知ってンのなぁ、大将。っつかぁ、違うぜ。コレを隠してたのは、イワンのおっさんだ」
「イワン!?」
ギルバートは驚く。
「あの救いようのない男がか」
「ひでぇ言い様だなぁ、大将。まぁ、俺も同感だけどよぉ…」
そこで少し沈黙が流れる。
「ところで、コイツをよく見てくれ。どう思う?」
「すごく、大きいな」
「ンなこと見れば分かンだよ、って、何だよ、このどっかで聞いたような会話は」
遊び心だ。
「まぁ、いい。どこからどう見たってチョコレートだ。しかも、本命っぽいぜぇ。あのイワンのおっさん、なぁに企んでると思う?」
そこでギルバートは少し考える。
「あえて隠しておいて、女性に見つけてもらう。しかる後に、自分に渡してもらうのを待つ。擬似バレンタインだな」
ギルバートは思いついた可能性を挙げてみた。
砕けた言い方をすれば、女性がレジを打っている店でチョコを買って、店員さんに渡してもらう、というアレだ。
「それは、俺も思ったぜぇ。しかしな、宛名がついてねぇんだ。誰が拾っても渡しようがねぇと思うぜ」
「そこまで考えが至ってないだけでは?」
「あの救いようのないドスケベでも、覚醒はしてんンだ。そこのくらいのカンは働くと思うぜぇ」
「…お前は、どう考えているんだ?」
そう問われて、ドク・ダームは、ニヤリと笑った。
「盗んだのさぁ。それならわざわざ隠したのも納得がいく」
「…決め付けるのは感心しないぞ」
そう言いながらも、ギルバートは、可能性はなくはない。と思った。
バレンタイン前日の、あの僻みっぷり。
何をやらかしても、不思議はない。
「でさぁ、どうするよ、コレ」
ドクはそう言って、チョコを人差し指に乗せ、器用にクルクルと回した。
「さて、な」
俺が持っていても、ドクが持っていても、似合わない。
かといって、自室に隠すのも気が引ける。
万が一、本当に盗まれたものである場合、疑いをかけられる可能性もあるのだから、部屋に隠していては、自分が犯人ですよ、と言っているようなものだ。
「ギルの大将が、もちっとチョコ似合ってれば、問題なかったんだよなぁ」
お前が言うな、とギルバートはそう思った。



マーク篇B

エターナ・フレイルは、体全体から淀んだ空気を発していた。
背筋を丸め、顔を俯け、ため息をつきながら廊下を歩いていた。
その理由は、
チョコレートを買うことが出来なかったから、である。
知った顔に、チョコを買うところを見られてしまうのが、気恥ずかしかった。
その為、店員一人になったタイミングで、買いに行こうと財布を握り締めていたのだが…。
ネリィ・オルソンが店の前で延々悩んでいた時間帯と重なり、エターナは、完全にタイミングを逃した。
(まだ、います…)
五分後
(早く決めて…!)
十分後
(もう!どうして…)
そんなこんなの内に、廊下でリコル・チュアートに出くわしてしまった。
いつもなら、彼女の長話に付き合っても一向に気にしないが、今日という日と、今という時間に限っては、話は別。
…のはずだった。
「知ってますか、エターナさん!ニキさん、レイチェル、キリシマさんの3人がマークさん狙いらしいですよ!」
瞬間、耳が巨大化した。
「その話、詳しく教えてくれませんか?」
内心の動揺を隠しながら、エターナはリコルにそう言った。
それが間違いだった。
趣味・お喋りのリコルのこと。
あることないこと、どこまで本当でどこまでウソなのか。
さながら、マシンガンにように喋りたてた。
エターナも、詳しい話を聴きたかった欲求もあった。
だから、彼女とついつい話し込んでしまった。
そんなこんなの内に、ハタと気がつけば30分以上長話をしてしまっていた。
彼女の話を切り上げるのに、さらに5分くらいかかってしまい、急いで売り場に戻ったものの、ネリィの姿も、店員の姿もなかった。
(…ネリィさん、リコルちゃん…後でお仕置きしてあげます…)
人のせいにして、ブツブツ言うものの、やっぱり悪いのは意気地なしの自分自身。
貧弱な胸も悩みの種だが、こんな自分の、引っ込み思案な性格にも悩みが尽きない。
「はぁ…」
自室に戻る気もせず、そんな俯いたままの状態でブラブラと艦内をほっつき歩いているエターナなのであった。
(どうするのよ、キリシマさんもレイチェルちゃんもチョコ買ってるのに…ニキさんは、どうだか分からないけど…)
ニキ・テイラーは売り場に姿を見せていなかった。
「はぁ…どうしy…ぐふっ」
俯いて歩いていたエターナは、何かにぶつかってしまい、そのまま尻餅をついてしまう。
(え?何です?何か暖かくて柔らかくて弾力のあるものが…)
顔を上げて、見上げると、そこにノーラン・ミリガンとネリィ・オルソンが立っていた。
「何ですの!人の胸にぶつかってきて、何か文句でもあるんですの!」
シェルドへの告白そのものが実らなかったネリィは、若干、立ち直ってはいたものの、その彼女本来の強気な性格を持って、エターナに八つ当たりした。
そして、その彼女の言葉、「人の胸」にカチンときてしまったエターナは、やおら立ち上がるとネリィにこう言い返した。
「誰がエグレ胸ですって!!」
エターナは、ネリィの胸を見ながらそう言った。
誰も言ってないよ、そんなこと。
気にしすぎです、エターナさん。
「何ですって!?誰が胸デカすぎですって!!」
誰もそんなこと言ってませんて、ネリィさん。
対極するコンプレックスを抱えた二人は、無言で睨み合った。

「エグレ胸と胸デカ…」
一方、ノーランは二人の傍らでそう呟いて、肩を震わせながら笑いをかみ殺していた



マーク篇C

「おーっほっほっほっほ!来やがりましたわ…じゃなくて、来ていただけましたのね!」
フローレンス・キリシマは、そう言って、マークに抱きつき、彼を上目遣いに見た。
純白のドレスに身を包んだその姿は、どこからどう見ても、お嬢様もどきもいいところであった。
「…」
マーク・ギルダーといえば、
(大根みたいなドレスだな)
と、失礼極まりないことを考えていた。

5分前のことになる。
自習室でマークはギルバートから渡されたキリシマ嬢からの手紙を読んでいた。
便箋の中身は手紙一つが入っており、その手紙の最初の文面は「果たし状」だった。
間違いにも程があるというものだが、マークがその意味を解さなかったのは、不幸中の幸いと言ったところだろうか。
続いて書かれていた文面。
「医務室にてお待ちしております」
何だかよくわからないが、とりあえずマークは医務室へと向かうことにした。
そして、医務室で彼が目にしたもの。
それは純白のドレスに身を包んだキリシマ嬢と。
猿轡をかまされ、
後手に紐で縛り上げられ、
両足をガムテープで固定され、
医務室の部屋の片隅に転がされ、
「うーうー」と唸ることしか許されないソニア・ヘインだった。
フローレンス・キリシマは、とにかく人気のないところで、秘密裏にチョコを渡したかった。
しかし、早々都合よく事が運ぶはずもなく。
考えに考えた末、彼女が出した結論は、
(人気のねぇところがねぇなら…ないのなら、作ればいいんですわ)
そして、そこに常駐しているソニア女医の意思など関係なく、彼女は医務室を乗っ取った。

さて、そのような光景を目にしたマークの第一声は、
「…お邪魔しました」
だった。
何をナニと勘違いしたのかは説明できないが、マークは見てはいけないものを見てしまったと思った。
そう踵を返そうとしたところで、マークはキリシマに抱きつかれた。
(大根の匂いはしないんだな)
この状況下で女性に抱きつかれて、まず思うことがソレなんですか、貴方は。

「マーク!…いえ、マークさん。お慕い申し上げておりました」
キリシマは、そう告白する。
マークは理解できない。
(オシタイモウシアゲテオリマシタ。押したい孟子上げていました???)
キリシマは続ける。
「これをアンタに…貴方に受け取っていただきたいんです」
そう言ってキリシマが差し出したチョコの包みを見て、マークは露骨に顔をしかめた。



マーク篇D

「マークって甘い物、大嫌いだよ」
「マジですか!?」
「マジです」

ここは、ノーラン・ミリガンの自室。
あれからノーランは、胸に関して猛る二人を何とかなだめすかし、自室へと誘導していた。
話題の中心は、エターナが凹んでいた理由とその背景について。
おのずとエターナは自分がマークを好きであることを、二人に告げなくてはならなかった。
そこから話題はマーク・ギルダーについて、へと変わっていった。

「甘いもの、お嫌いなんですか…」
エターナは、そう一人呟く。
果たしてチョコが買えなくて良かったのか悪かったのか…。
「アイツ天然だからね。今日がバレンタインなのも分かんないだろうから、チョコ渡されそうになったら、断るんじゃないか?」
自分の椅子に腰掛けているノーランは、そう推測する。
先ほど、椅子に腰掛けようとした際に、シェルドの一言を思い出し、含み笑いをしてしまいそうになっていた。
「お馬鹿さん、ですものね」
ベッドに腰掛けているネリィも同意する。
「マークさんは天然でも馬鹿でもありません!」
部屋隅の壁に寄りかかっていたエターナは、そう反論する。
しかし、
「気がついてないのは、恋に恋しているアンタらだけだよ」
「冷静に見ていれば分かりますわ」
二人にさらに反論され、エターナは困惑する。
(そうなの…?)

「ま、いいや。とりあえずコレ食べてしまおう」
ノーランは部屋の中心にあるテーブルに置いてあるネリィのチョコを見てそう言った。
「さっさと供養して頂けますか。もう使い道のないものです」
フンとそっぽを向いて、ネリィはそう強がる。
っていうか「供養」ってあなた…。
「エターナも食べなよ。せっかくだし」
「あ、はい。頂きます」
包みと蓋を開け、箱からチョコを取り出し、ノーランとエターナはそれを口に含んだ。
「ん…酒入ってる、コレ」
「バーボンって言って下さいますこと」
「アンタねぇ、シェルド未成年だぞ」
「このくらいで未成年も何もありませんわ」
「大体、シェルド酔わせて何するつもりだったんだよ」
「ナニもしませんわよ!このくらいのアルコールで酔う人などおりませんわ!」
ネリィは、間違っている。
そのくらいの酒入りチョコでも酔う人はいる。
しかも、割と貴女のすぐ傍に。



マーク篇E

医務室に盛大なビンタの音が響いた。

フローレンス・キリシマは部屋から駆け出して行き、
マーク・ギルダーは叩かれた頬を撫でながら唖然とし、
ソニア・ヘインは唸ることを止め、今目の前で起こったことを回想した。

「受け取れません」
「あぁ!?何でだ…どうしてですの…他に意中の女性でも」
「移駐の女性?…いませんが」
「いねぇのに、アタイのチョコは受け取れないと!?」
「ええ、まぁ」
「どうしてだよ!」
「(チョコ)嫌いですので」

バチーン!!!
バチーン!!
バチーン!
バチーン…
諸行無常の響きあり。

ソニアは、思う。
誰も悪くない。
誰も悪くないから、早く縄を解いてくれ。

マークは、思う。
痛い。

キリシマ嬢の方がよっぽど痛いよ、マーク・ギルダー。
その呆然とした状態の後、意識を取り戻したマークはキリシマを追いかけようと廊下に飛び出る。
しかし、もう時既に遅く、彼女の姿はどこにもなかった。
その瞬間になって、マーク・ギルダーはバレンタインとチョコレートという二つの言葉を結びつけることが出来た。
(…馬鹿野朗!!)
自分をそう叱責して、マークはキリシマを見つけるために走り出した。

「ぅーう…」
おーい…。
ソニアは、部屋に一人、そのままの状態で取り残された。



マーク篇F

キリシマ嬢を探すものの、その姿を見つけることが出来ず、マークは焦っていた。
(俺は馬鹿だ…くそっ)
探せるところは全て探した。
でも見当たらない。
途中、自室謹慎中のジュナスの部屋近辺でミリアム・エリンと会い、
「あっちに走っていきましたけど」
と言う彼女の言葉を信じたが、見つけることは出来なかった。
最後の可能性。
彼女の自室だ。
マークは覚悟を決めると、キリシマの部屋へと向かった。

そして、いま。
彼はキリシマ嬢の部屋の前に立っている。
部屋の中からは気配がしている。
彼女は間違いなく部屋の中にいる。
深呼吸一つして、彼は扉を叩いた。
「キリシマ、俺だ」
「…」
「さっきは、悪かった。謝って済むことじゃないのは分かっている。今日がバレンタインだと言うことが意識になかった」
「…」
「…本当に、すまなかった」
そこで扉が開く。
泣きはらした表情でフーロレンス・キリシマは立っていた。
「…受け取ってくれる?」
「あぁ、でも」
「気持ちに応えることはできない、でしょ」
オネェ言葉になることもなく、お嬢様言葉を意識することもなく、キリシマは自然に話をしていた。
「…え」
「知ってます。あなた、結婚していたんでしょう」
フローレンス・キリシマは知っていた。
だからテンションを無理くり高めて、似合わないドレスを着て、押し通そうと試みたのだ。
「…どうして」
「分かっています。分かっていますから…」
そう言って俯いた彼女の目に、涙が溜まり始める。
「分かっていますから、行ってください。私、これから、泣きます」
ぐっ、とマークは言葉を飲み込んだ。
かける言葉も見つからず、その場に立ち尽くす。
マークは結婚していた。
その女性の名は、ラビニア・クォーツ。
既にこの世には、いない。
「やっぱり、勝てませんでした…」
フローレンス・キリシマは、そう呟いて、自動扉センサーの認識を外すために一歩下がる。
「では」
そして、扉は閉まった。
マークは、未だその場に立ち尽くす。
拳を握り締め、まぶたを強く閉じる。
妻を失った悲しみから、彼は、あえて、女性から自分へと向けられる好意の気持ちに気がつかないようにしてきた。
いや、気がつかない振りをしてきた。
二度と、あんな気持ちは…。
(ラビニア…俺は、)
まぶたの裏に写る彼女は、何も応えてはくれなかった。



マーク篇G

レイチェル・ランサムは、動けなかった。
立ち聞きするつもりはなかったのに、全部聞いてしまった。
そもそもは、必死に走っているマーク・ギルダーを見かけて、何事かと追いかけてきたのだった。
マークさんが、フローレンスさんの扉の前で立ち止まったので、慌てて通路の曲がり角に隠れた。
そして、一連の会話と彼女のあの言葉。
「結婚していたんでしょう」
(え…!?)
頭が真っ白になった。

(私みたいな子ども、相手にされるはずもないよね…)
ただでさえ、年齢は離れている。
結婚していれば、なおさら相手にもされないだろうと、レイチェルは勝手にそう思った。
どのくらいそのままそこに立っていたのだろう。
ふと我に返って、廊下を盗み見ると、彼はまだそこに立っていた。
その向こうから、人影が歩いてくるのが見えた。
レイチェルは、慌てて曲がり角の死角に隠れた。

「…マーク?」
この声、ニキさんだ。
「ニキ…か」
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない…」
「…何でもないって顔じゃない」
「何でもないんだ」
語気が強くなっている。
「…そうか」
少しの静寂。
「ニキ」
「…何?」
「俺は、まだラビニアのことを忘れられない」
(え?ニキさんも知ってるの!?)
「…そう」
「幼馴染の3人でつるんでいた頃に、戻りたいな…」
(幼馴染!?え?どういうこと?)
あまりに展開に、レイチェルは付いて行けない。
「…ほら」
ニキ・テイラーが何かを差し出す音が聞こえた。
「…何だ」
「ミニトマトの種」
そこでマークさんが少し微笑んだのが分かった。
(だから、チョコ買わなかったんだ…)
レイチェルは、そこでそう納得した。
「ありがとう、大切に育てるよ…」
マークはそう礼を言うと、自室に戻ろうと歩き始めた。
(こっちに来る!)
レイチェルは慌てて走り去る。

「マーク」
「…何だ?」
「背筋を伸ばせ」
「…ありがとう」
そう言うと、彼は去っていった。

この恋は実らない。
マークがラビニアを選んだ時から分かっていたことだ。
この気持ちに鈍感なマークが気がつくはずもないし、あえて言うつもりもない。
彼女が病気で亡くなった今でも、私たちの関係性は変わらないから。
彼を支えるのは幼馴染の「私」ではなく、全く事情を知らない「誰か」だ。
マークの姿が見えなくなるまで、彼女はずっと見送り続けていた。
やがて、彼の姿が見えなくなると、ニキ・テイラーは、マーク・ギルダーが去っていった方向とは反対の方向に歩き去った。



マーク篇H

「胸がなくたってなぁーッ!別にいいだろーッ!」
一方、その頃のノーランの自室では、エターナが完全にデキあがっていた。
「…」
「…」
ノーランもネリィも黙るしかない。
酒入りチョコで酔うエターナを見て、笑っていられたのは、最初の5分だけだった。
あとはもう、矢継ぎ早に酒入りチョコを食い散らかしては、ベロンベロンに酔っ払っていくエターナを止めることも出来ず、ただ、呆然としていた。
ノーランが座っていた椅子は、すでにエターナに奪われ、彼女はネリィと二人でベッドの端に並んで座っている。
「女にゃらんてねー、☆の数ほどいるるるとかゆーわけでうよ。男だってしょーよ!男なんてぇー、★の数ほどいうわけでうよ!」
何が面白いのか、ケタケタと笑っているエターナさん。
呂律回ってませんよ、貴女。
「「…」」
そして、二重に黙る二人。
「ほんでねっ!☆のように手が届かないのは男も女も同じわけだっ!はっ!」
そう吐き捨てて、思いっきり椅子に座りながら上体を仰け反らしたエターナは。
必然というか、当然というか、艦内の人工重力にしたがって、そのまま椅子から崩れ落ちた。
「「…」」
二人とも助けない。
「くぁwせdrftgyふじこlp…」
何を言っているのか不明である。
椅子から崩れ落ち、床に横たわったままの状態で、エターナは動かない。
「…すん」
「…泣き始めた」
ノーランがボソッと言う。
「そうです、そうなんでう。私はね、好きな人の後ろを歩いてても幸せだし、横顔見てても幸せだし、ええ、ええ、そうなんです…しょんな私だかーね、占いでね、二番目に好きな人と結婚するタイプです、とかなんとか言われちゃうわけで…」
泣き上戸入りました。
「二番目に好きー!な人と結婚する?何でよ…何でなのうよ…」
「まぁ、そんなタイプに見えなくもないですわ…」
「馬鹿…!」
ネリィの独り言をノーランが口を塞いで遮る。
しかし、時既に遅し。
一瞬の静寂の後、エターナは、
「フ…ふふ…ウフフフフ…フフフフフフ…」
そう自嘲気味に笑った後、やおら起き上がり、ネリィを指差し、こう言った。
「そこの爆乳!」
二人は顔をしかめる。
「…しまったですわ」
「遅いよ…」
「何なんですか!その谷間は!ええ、ええ!何か入っているんですか!メロンですか!メロンなんですね!!メロンなんでしょう!!!甘くてジューシーで酸味の効いたメロンなんですね!!!!」
「「…」」
「いいですね!私なんかね、何が入っていると思います!?何も入っていないとお思いですか!?ところがどっこい!洗濯板が入っているんです!!プラスチックで真っ平で色気もない洗濯板なんです!!!!」
そんなにコンプレックスなのですか。

「胸を大きくしようとして!栄養取るために、ご飯たくさん食べれば!胸が出る前に下っ腹が出るわけですよ!」
着痩せするんですね。

「大胸筋鍛えれば!胸が大きくなるって言うから!筋トレすれば、普通に筋肉付いちゃうんですよ!」
あちゃー。

「男の人って、大きい方が好きなんですよね!!ええそうよ、どうせ私は胸が乏しいわよ!どんなに母性があるとか優しいとか言われたってね、胸が小さきゃ腹黒そうって結論になっちゃうんですよ!」
どんだけ論理が飛躍するんですか。

「こうなったら…」
「え?」
「…何ですの?」
「直接聞いてまいります!!」
エターナ・フレイルはそう怒鳴ると、部屋を飛び出して行った。

「…台風ですわね」
「酒入りチョコでああなった、なんて誰も信じないだろうなぁ…」
追いかけて止めなさいよ、貴女たち。



マーク篇I

仲のいい3人の子どもたち。
家が近所で、学校も同じでよく遊んだ。
泥だらけになって、かくれんぼした少年時代。
懐かしい、という言葉だけでは語り尽くすことの出来ない過去。
やがて、女の子たちは気がつくことになる。
その3人の内に、男の子が1人いるという事実に。
仲が良い、という言葉だけでは周囲は納得しなくなっていく。
親や共通の友達たちは、その関係に「恋愛」や「付き合う」という言葉を持ち込み始める。
言葉の上で否定しながらも、少女たちは分かっていた。
少女たちはその1人の少年を意識し始めていることに。
少年だけが、天真爛漫、且つ、鈍感に過ごし、何も変わることはなかった。
それでも、年月は流れていく。
少年期の終わりと青年期の初めを迎える頃になり、やっと彼は気がつく。
自分の感情を。

そうして、彼は1人の女性を選ぶ。
選ばれなかった女性の方に問題があったわけではない。
ただ、鈍感なまま大人になった青年が、自分の気持ちを受け入れて行動した。
そして、相手の女性は、それを受け入れた。
それだけのこと、と言えばそれだけのことだった。
選ばれなかった女性は、心から祝福した。
そもそも、その2人の女性は、お互いがお互いの気持ちを知らなかった。
選ばれなかった方が、たまたま気がつく結果になっただけのこと。
選ばれた方が選ばれなかった方を裏切ったわけではない。
分かっている、そう、分かっている…。
しかし、幸せそうな2人の傍で日常を過ごすことなど、出来なかった。

「だから、私は軍に志願したの」
ニキ・テイラーは、レイチェル・ランサムにそう話す。
全ては、彼を忘れるため。
前に進むため。
自分を変えるために。
勿論、その2人は私を止めた。
でも、止まることなど出来ない。
皆のために、私は、いなくなるしかないのだから。

程なくして彼女が亡くなったという知らせを受ける。
駆けつけた私が目にしたのは、憔悴しきった彼の姿だった。
かつての無邪気な青年の面影は、そこにはなかった。

私が、彼を支える番だ。
そう思わなかった、と言えば嘘になる。
心のどこかで、暗い喜びに浸っていた。

でも。
すぐにそれは叶わないのだと気がついた。
彼は、私を見てはいない。
私を見る時、彼は必ずその向こうにいる思い出の彼女の姿を見ている。
彼が、私を見ることはない。

私は、分かってしまった。
私の出番は、永久に、来ないのだ、と。



マーク篇J

ニキ・テイラーは、そこで話を途切ると、机に置いてあったコーヒーを口に含んだ。
ここは、彼女の自室。
あれからレイチェルは、ニキを追いかけ、詳しい話を訊かせてくれと頼んだ。
最初は断ったニキだったが、レイチェルの真剣な眼差しに負け、場所を彼女の自室へと移し、少しずつ語り始めた。
そして、今、その話が終わったところだった。

「マークが軍に入隊した時には、いささか驚いたな。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった」
コーヒーを飲んだ後、彼女はそう言った。
「…ニキさん」
レイチェルは何も言うことができない。
パイロット教官の立場であるニキ・テイラーを、本来なら「さん付け」で呼ぶことなど許されないのだが、ニキ・テイラーは「教官」と呼ばれることを嫌い、訓練生にも「さん付け」で呼ばせていた。
「…言わなくて、いいんですか?」
ん?とニキは顔をあげる。
「だって、そんな、そんなことって…!」
(これじゃ、あんまりにも、ニキさんが可哀想だよ…!)
レイチェルの目には涙が浮かび始める。
ニキ・テイラーは、レイチェルの涙を見止めると、言った。
「ありがとう。レイチェル。優しい子だね、君は」
でもね、と彼女は続ける。
「例えば、このコーヒー、砂糖とクリープが入っている。この2つを入れないとコーヒーなんて飲めたものじゃないんだ、私は。でも、マークはそれを知らない」
彼女はそこでコーヒーを一口含んだ。
「私は、彼がブラックコーヒーじゃないと飲めないのを知っている。マークは、私がクリープコーヒーじゃないと飲めないのを知らない。分かりやすく言えば、そういうことなんだ」
「…分かりません、私には」
「レイチェル。この話はね、愛することは出来る。でも、愛されることは叶わない。この先、何があっても、それはもう動かない話なんだ」
「やってみなけりゃ、分からないじゃないですか!」
ニキ・テイラーは黙って首を振る。
「この話が、映画や漫画なら、私と彼が結ばれてハッピーエンド、そうなったろう。今でも、彼が艦内で何かをした、という話を聞いて、まだ胸が高鳴ることもある」
「だったら!」
「でもね、これはもう分かってしまったことなんだ」
分かってしまったことなんだよ…。
そう呟くとニキ・テイラーは瞳を閉じた。

レイチェル・ランサムには、分からない。
ただ、彼女が思うことは、
(私は、どうしようもなく子どもなんだ)
と、ただ、それだけだった。

「…万が一」
「え?」
「万が一、今、この艦内に、トロくさくてノロマで天然入ってて消極的で酒に弱くて……」
そう、ラビニアと何もかもが正反対で…
「っていう女がいて、その人がマークを好きだったら、どうなるかな?」
歯が軋るほどに甘いコーヒーの入ったマグカップを、少し持ち上げて、ニキ・テイラーは少し笑った。



マーク篇 エピローグ

マーク・ギルダーは自室のベッドの上で困惑していた。

椅子に腰掛け、昔のことを思い出していると、唐突にドアがノックされた。
ドアを開ければ、エターナ・フレイルが部屋の中に飛び込んで来たのだった。
マークは、彼女の勢いに押され後ずさり、最終的にはベッドの上に逃げた。
なおも彼女は、何やらワケの分からないことを、さんざんまくし立てた後、急に黙った。
何をするのかと思えば、彼女は、自分が着ているタートルネックの後ろに両手を回すと、いつもつけているネックレスを外し始めた。
そして、
「チョコ忘れたから、これを差し上げます」
妙にはっきりとした口調でそう言うと、ベッドに上がり始め、マークの首筋に両手を回すと、そのネックレスを付け始めた。
必然的に、両者の顔が近くなる。
その一瞬、
覚醒している両者は、互いが互いの世界を見合った。
それは、1秒にも満たない瞬間的な出来事。
未熟なマーク・ギルダーは、その現象を整理できなかったし、
泥酔しているエターナ・フレイルは、その現象をはっきりと認識できなかった。

しかし、それは事実、起こったことなのだ。

酔いの回りと覚醒による刺激で疲れたためか、エターナはそのままマークの膝に倒れこんで寝入ってしまう。
マーク・ギルダーは自室のベッドの上で困惑していた。
今の出来事は何だったのか。
彼女は何をしに来たのか。
何も理解することが出来ない。
とりあえずマークは、彼の膝を枕代わりにして、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ているエターナ・フレイルに毛布をそっと掛けた。

やがて彼女は目を覚ますだろう。
瞬間的に跳ね起きた後、目の前の現実を受け入れることが出来ず、エターナ・フレイルは彼を見たまま、固まってしまうかも知れない。
マーク・ギルダーは、彼女のボサボサの髪と酔った時の涙跡でグチャグチャの顔を見るかも知れない。

これから先、二人がどうなるか。
それは誰にも分からないことだろう。
しかし、
一瞬、見つめ合った後、
「ひどい顔だ」
そう言って笑う彼の首元に、彼女のネックレスが光り輝いていることだけは間違いない。



チョコの行方A

目の前で、受け入れがたい事実が起こった際。
人が行うことは、否定だろうか、無視だろうか、パニックだろうか…。
それとも…。

「姐さん?入るぜぇ〜」
「失礼する」
ギルバート・タイラーとドク・ダームの二人は、そう言って医務室の扉の前に立つ。
マーク・ギルダーが駆け出して出て行ったため、扉に鍵などはかかっていない。
その為、医務室の扉はすんなりと開く。
瞬間、二人は眼にする。
両手両足を拘束され、猿轡をかまされ、床に転がっているソニア・ヘインを。

あれから二人は相談し、結局、誰かに事情を話し、預かってもらうのが適当だろう。と、いう結論に辿り着いていた。
しかし、軍関係者に事情を話すのは止めたほうがいい。と、ギルバートは考えた。
このチョコの正体が分からない以上、軍関係者に事情を話して、事を大きくする段階ではない、と彼は考えたのだ。
ドクもそれに同意し、二人は、嘱託医で艦に常駐しているソニア・ヘイン女医に預かってもらうことにしたのだ。
これなら、無駄に話が大きくならないだろう、と。

さて。
医務室に話を戻そう。
ソニアは、入ってきた二人を見止めると、「んー!んー!」と、首を振った。
何を否定しているのかさっぱり分からないが、まぁ、要するに、このサイトはエロ禁止ですよ、と、いうことなのだろう。
一方、ドクとギルバートの二人は、事情が飲み込めない。
詳しい話を聴きたい。
細かい話は聴きたくない。
そんな感じで、二人は突っ立っていた。

「見なかったことにするぜぇ。姐さん…」
ドクはやっとの思いでそう言う。
「お楽しみ中、失礼した…」
ギルバートは、そう言って頭を下げる。
「んんうーーーー!!!!」
違うーーーーー!!!!
そう叫びたいソニアさん。
心の底から、叫びたいソニアさん。
助けてください、と叫びたいソニアさん。
赤いスーツに白衣が眩しいぜソニアさん…。

「…」
「…」
「んー!んー!うー!」
拘束されたままの両手両足を必死でバタつかせ、何とか助けを請うソニア・ヘイン。
「…」
「…助けてくれ、か?」
ギルバートが何とか解読する。
「んん!」
ソニアがうなずく。
フローレンス・キリシマに拘束されて以来、約1時間ぶりに、ソニアは自由を取り戻した。



チョコの行方B

「助かった…いろんな意味で、もう駄目だと思ってた…」
ソニアは、床に座ったまま立ち上がることも出来ず、ぐったりとしたままそう言った。
「何があったんだぁ、姐さん?」
ドクの疑問も最もである。
しかし、
「…」
呼吸するだけで精一杯のソニアにそんな余裕はない。
キリシマに対する怒りも薄れ、もう、助かった事実に感謝するしかない。
「…コーヒーでも淹れよう。その間に落ち着くだろう」
ギルバートが、そうドクに提案する。
「…苦いコーヒーで頼む」
あら、余裕あるじゃないソニアさん。

コーヒーを淹れ、一息ついたところで、三人は情報交換をしていた。
「フローレンスがねぇ…マークをねぇ…」
ドクがそう呟く。
(…朴念仁というより、天然だったのか)
マークに手紙を渡したギルバートは、彼の評価を改めた。

「本当に、もう駄目だと思った。世界中で、いま、私は一人きりなんだと絶望したよ…」
椅子に座り、机に突っ伏したままソニアはそう言う。
「んな、大げさな」
ドクがそう笑うが、
「お前も同じ目に合ってみろ!!」
ソニアは、起き上がってそう怒鳴り返す。
彼女は再度机に突っ伏すと
「本当にもう駄目だと、思ったんだ。お前らが入ってきた時は天使に見えたよ…」
と、そう言った。
「天使…」
「…俺らがかぁ?」
ルーベンスの絵の前でネ○とパトラ○シュが死に逝く。
そんな彼らの元に、天使の羽根を持ち、純白の衣に身を包んだドク・ダームとギルバート・タイラーが、天から光を浴びながらパタパタと舞い降りる。
想像するも恐ろしい、あぁ恐ろしい。
○ロもパ○ラッシュもおちおち死んでいられません。

「今ならお前らに求婚されても受け入れてしまいそうだ…」
「姐さん、結婚してくれ」
「死んでも嫌だ」
「元気じゃねぇか…」
ドクとソニアの掛け合いを見ながら、ギルバートは、
(こっちの事情を説明したいんだが…)
と、あくまで冷静に考えていた。



ジュナス篇C



さて、ここで話は少し時間をさかのぼる。
シェルドが部屋でメンテナンス・マニュアルを読んでいる頃、
マークがレポートを完成させるため自習室に向かっていた頃、
先日の一件以来、自室謹慎の罰を食らったジュナス・リアムは。
自分の机の前で、へばっていた。
「…駄目だ」
机の上には、レポート用紙が束ねられている。
・今回の一件について、私は誠に反省しており、自らの…
と、書いたっきり文章が続かない。
それはそうなのだろう。
客観的に言って、彼は、暴走したパメラ・スミスの巻き添えを食っただけだ。
連帯責任上、反省文レポートを書かねばならないのに、反省する要素が何もないため、筆が進まない。
ただ一つ、反省要素があるとすれば、パメラの気持ちに気付いていないことだろうか。

「どうすりゃいいんだよ…」
頭を抱えるジュナスの脳裏に、真っ赤になって真っ青になって、もう一回真っ赤になるパメラの姿が映し出される。
「…ああもう!何なんだよ、さっきから!」
ジュナスは、椅子から立ち上がり、ベッドにダイビングする。
そうなのだ。
彼は、今日、朝起きてからというのも、あの時のパメラが頭からチラついて離れないのである。

確かに、ちょっと(可愛いな)とは思った。
でも、何なんだよ。
何なんだよ、これは。
何でパメラのことばっかり考えてしまうんだ、僕は。
「あぁ!くそっ!」
やり場のない正体不明の苛立ちに、ジュナスは混乱している。
ジュナス・リアム通信士見習い。
この時、17歳。
遅すぎる初恋であった。

さて、そのジュナスの部屋から壁一枚隔てた通路では。
三人の女性が、ジュナスの部屋の真ん前で睨み合っていた。
それぞれの名は、
マリア・オーエンス、ミリアム・エリン、クレア・ヒースロー。
真上から見れば、綺麗な正三角形を描く形で、3人の女性は睨み合う。
その三角形の中心では、火花が散っている。



ジュナス篇D

「このままでは埒が明きませんわね…」
そう口火を切ったのはマリア・オーエンスだった。
いい加減、黙ったまま睨み合うのは止めたほうが懸命だと感じたからだ。
ちなみに、マリアの右隣にはクレア、そのクレアの右隣にはミリアム、ミリアムの右隣にマリアが立って正三角形を描いている格好である。
「…じゃあ、どうするっての?」
クレアが横目でマリアを見る。
「確かにこのままでは、平行線ですけど…」
ミリアムは、若干疲れたように一人呟く。
「…順番を決めましょう」
マリアがそう提案する。
要するに、ジュナスの部屋に行く順番を決めようと言うのだ。
「…どうやって?」
ミリアムが問いかける。
「…じゃんけんする?」
またそうやって安易な提案をしないで下さい、クレアさん。
「それでいいわ。幾分、平和的だし」
「そうですね」
同意すんのかよ、君ら。

「じゃ、いくよ…」
クレアがそう言う。
正三角形を描く女性3人は、利き手を引き、身構える。
「「「出さなきゃ負けだよ!最初はグー!!」パー!!」チョキ!」
ジャンケンする際の定例的な言葉を用いた後、
マリアがグー、クレアがパー、ミリアムがチョキを出した。
つまり、
マリアは正攻法で望み、クレアはその裏をかき、ミリアムが裏の裏をかいたのである。
結果は言うまでもなく、あいこ、である。
それぞれの出したモノを見ながら、
「貴女たち…!」
マリアがそう絶句する。
「くそっ」
ちょっとクレアさん、くそっ、って。
「私の生まれた地域では、最初はチョキです」
苦しい。その言い訳苦しいよ、ミリアム。

「…仕切り直しです」
責めても無駄だと感じたのか、マリアがそう言う。
「「「出さなきゃ負けだよ!最初はグー!じゃんけん、ぽい!」」」
それぞれ出したのは、マリアとクレアがチョキ、ミリアムがグーだった。
「やったぁ!勝った!!」
ミリアムが、思わずガッツポーズを打ち上げる。
しかし、
「待ちな、ミリアム!いまの貴女、1.6549秒の後出しだよ!」
クレアがそう言った。
何と言う無駄な「覚醒」の使い方だ。
「そうね、確かに遅かったわね」
マリアまでが同意する。
「ちょっと!ふざけないでよ!何が1.65秒くらいの後出しよ!」
「1.6549秒よ」
クレアが訂正する。
何かキャラ違いませんか、貴女?
「何秒だって同じよ!勝ったのは勝ったんだから!私が最初に…!!」
そう抵抗しようとしたミリアムの声は、

「うるさい!!!さっきから人の部屋の前でジャンケンなんかするな!!!!」
自室の扉を開け、廊下にいる3人へと怒鳴るジュナス・リアムによって遮られた。
言い分、ごもっともです…。

バァン!!
快音が通路に響く。
自動ドアもなんのその。
ジュナスは、叩きつけるように扉を閉めてしまった。
レポートは書けないわ、正体不明の苛立つ感情が渦巻くわ、自室謹慎中だわで、
すっかり参っている状態なのに、部屋の真ん前で騒がれたら頭に来るってものでしょう。

さて。
廊下に取り残された御三方のリアクションですが。
マリア・オーエンスは真っ青になり、
ミリアム・エリンは泣きそうになり、
クレア・ヒースローはため息をついた。

「ねぇ…」
クレアが、他の2人を見て言う。
「出直さない?」
「そうします…」
マリアが同意し、クレアとマリアはそれぞれ自室へと肩を落としながら去っていった。
ただ1人、ミリアムだけがクレアの言葉も耳に届かぬまま、呆然としてその場に突っ立っていた。



ジュナス篇E

しばらくした後、
ミリアム・エリンは我を取り戻した。
既に他の2人の姿はなかった…。
(どうしよう…怒らせてしまった…)
彼女本来の、弱気な性格そのままに、ミリアムは後悔した。
(どうしよう…どうし…え?)
ふと人の気配を感じて、そちらを向くと、白い服を着た誰かが走って来るのが見えた。

(フローレンスさん?)
ものすごい勢いで走って来る。
何だか泣いているようにも見える。
っていうか、何で白いドレスなんか着てるの?

やがて、フローレンス・キリシマの方もミリアムに気がついた。
彼女は、
「どきなさい!!」
と、そう怒鳴りながら、突っ走ってくる。
「ひっ!」
その必死の形相にミリアムは通路の端に寄り、道をゆずった。
ドレス特有の衣類摩擦音を響かせながら、フローレンスは、そのままどこかへと走り去ってしまった。

「何?今の…?え?」
ミリアムは呆然とフローレンスの走り去った方を見ていた。
「ドレス…え?何で?」
彼女がそう混乱していると、背後から、
「ミリアム!」
と呼びかけられた。
ミリアムがそちらを向き直ると、マーク・ギルダーが走ってきた。
「今、キリシマがこっちに来なかったか?」
ミリアムの近くまで走り寄ってきてから、マークがそう質問する。
「あっちに走っていきましたけど」
彼女は、素直にその方向を指差す。
「わかった。ありがとう」
そう言うと、マークはそっちの方向へ走っていった。

「…は?」
ミリアムは理解できない。
何だったんだろう、今の?
白いドレスを着たフローレンスさんが走ってきて、それで…
マークさんが追いかけてきて…
そう言えば、マークさん、心なしか左頬が赤かったような…
ん?
ちょっと待って?
追いかけて来た?
そうだよ。
私が追いかけるだけじゃなくて…
向こうが追いかけて来るように、工夫すればいいんだ!
あ、名案かもしれない!
「そうだ!コレで行こう!!」
彼女はそう言うと、自室へと駆け出して行く。

一体、どれで行こうと言うのだ。



ジュナス篇F

「どきなさい!」
「ひっ!」
部屋の外から聞こえる怒声にも、ジュナスは無反応だった。
ベッドに仰向けになって横たわりながら、ただ呆けていた。
うつろな瞳で、虚空を見上げ、呟く。
「あぁ…トリが飛ぶ…ご覧のとーり…」
この時、傍らに牛がいれば、驚愕の表情で「ンモー!」と鳴いたろう。
などと世代がバレるネタは置いといて。
このような発言をジュナスがするのは、完全に思考停止している証拠であった。

何も出来ない。
何もしたくない。
何も考えたくない。
意味不明の苛立ちと、妙な虚脱感に襲われて、体中に力が入らない。
そして、
気がつくと、パメラのことが思い浮かぶ。
「ああ!もう!!」
苛立ちの勢いに乗って、傍にあった枕を壁へと叩きつける。
「あんな…情けないパメラのことなんかどうだっていいんだよ!」
そう言葉にして、自分で処理できない感情を、必死で否定する。
一生懸命、彼女の悪いところを探して、嫌いになろうとしている。

認めたくないから。
自分の感情を。
受け入れたくない。
自分の異変を。
彼は気がついていない。
彼は、怖いのだ。
自分の感情が、怖くて怖くてたまらない。
17歳にしての、初めての恋に、ジュナスは戸惑っている。

生まれながらにして覚醒していたジュナスには、処理できないことなどなかった。
何をするのも自信はあった。
無かったのは、根拠だ。
けれど、今までずっと、それでも上手くいっていた。
なのに、
そう、
なのに…
「何なんだよ!パメラ・スミス!!」
初めての恋という感情を、ジュナスは完全に持て余し、愛憎の憎へと傾いていた。

「…分かったよ、分かった。そんなに僕に用があるなら、こっちから行ってやるさ!」
ジュナスは、そう吐き捨てるように言うと、いつも着ている白と青のジャケットに袖を通し、部屋を出て行った。
「謹慎の罰なんか…知ったことか!」
そして、彼はパメラの元へと走り出す。
彼女を悪く言う言葉とは裏腹に、
その行為の根本は、「彼女に会いたい」という欲求から出たものであることに、彼は気がついていない。
まだ…気がついていない。



ジュナス篇G

一方、パメラ・スミスは泣いていた。
深夜のあの訓練から、彼女は一睡もしていない。
ベッドの上に横たわり、かけ布団を頭まで被り、彼女は丸くなっている。

もうどうにもならない。
もう、どうにもならないよ…。
訓練中に、とんでもないことをしでかしてしまった上に…。
彼をこんなことに巻き込んでしまった。
絶対、今頃、怒ってる。
駄目だよ、絶対、嫌われた。
絶対、絶対、嫌われた。
「…苦しいよ」
嫌われたくない。
一緒にいたい。
側にいたい。
話をしたい。
声を聞きたい。
手を繋ぎたい。
笑い合いたい。
抱きしめられたい。
名前を、
私の名前を、
呼んで欲しい…!
「苦しい…よ…」
私は、パメラ・スミス。
私は、ここにいる。
私は、
私は…

泣き疲れた彼女は、いつしか、眠りの中へと落ちていった。



ジュナス篇H

ジュナス・リアムは、パメラの部屋の前に到着していた。
途中、誰にも会うことなく、ここまで辿り着くことが出来たのは、幸運と言えよう。
もし、万が一にも誰かと会っていたならば、彼は、自室謹慎を破った者として、さらなる咎めを受けていただろう。
「ここだ…」
ジュナスは、深呼吸一つすると、彼女の部屋をノックする。
「パメラ?僕だ、ジュナスだ…」
ノックしてから、彼は自分の心臓が早鐘を打っていることに気がついた。

(何なんだ…何なんだよ…)
何でお前はこんなに緊張しているんだ?
そもそも、何をしにここまで来たんだ?
分かっているのか、お前は?
誰かに見つかったら、ただでは済まないんだぞ?
(分かっている)
いいや、お前は分かっていない。
さっさと、踵を返して、自分の部屋に戻れ。
(いやだ、彼女に言わなきゃいけないことがあるんだ)
何を言うんだ?
お前ごときが何を言うと?
何を言いたいのかも分からないくせに。
自分のことも分からないくせに。
(黙ってろ…)
何を言うんだ?
何を訊くんだ?
何も分からないくせに。
ほら見ろ、彼女だってお前に愛想付かして出て来きやしないじゃないか。
(うるさい…)
図星じゃないか、そんなことしか言い返せないのか。
さぁ戻れ。
とっとと戻ってしまえ。
悪いのはお前だ。
お前が悪いんだ。
何もかも、悪いのはお前だ。
「うるさい!!」

自分の中で膨れ上がるドス黒い感情と、ジュナスは必死で戦う。
負けそうになる。
今にもその場に崩れ落ちてしまいそうになる。
それは、
恋愛に落ちたジュナスの苦しみ。
愛憎という相反した感情から溢れ出る怒り。
青年期になって、初めて恋をしたジュナス・リアムは、今、自分に苦しめられている。

(僕は、こんなに、弱い、人間だった、のか…?)
救いを求めるように、ジュナスはパメラの部屋を見る。
扉は、開かない。
ジュナス・リアムは、打ちひしがれる。
と、同時に、彼は自分の感情の正体を、理解した。
「僕は…!パメラ、君のことを…僕は、君の事を…!」
彼はそう呟く。
小さく、かすかな声で、しかし、力強く。
だが、「好き」という言葉を、この時のジュナスは口にすることが出来なかった。



ジュナス篇I

ジュナスは、呆然と廊下を歩いていた。
自分の気持ちにやっと気がついたジュナスは、今、とてつもない自己嫌悪に包まれている。

どうしてだろう。
どうして彼女のことを悪く思ってしまったんだろう。
自分の感情が分からなくなって、それで、
彼女のせいにして、
僕は、最低だ。

足取りも重く、彼は艦内を歩き続ける。
誰に見られても構うものか、と、自暴自棄になっていた。
そこに、
「ジュナス!?」
と、声が響く。
名前を呼ばれてのろのろと彼は振り向く。
そこに立っていたのは、クレア・ヒースローだった。
彼女は先ほどの気分を取り直し、ジュナスの部屋へ向かっている最中だった。
彼の部屋へと向かうために通路を曲がると、自室謹慎中のはずのジュナスが歩いていたものだから、彼女は仰天し、思わず声を出してしまった。
「何してんのよ?アンタ、こんなところで…!」
若干、声のトーンを落とし、クレアはジュナスに詰め寄る。
「…何も?どうだっていいんだよ…もう」
ジュナス・リアムらしからぬ発言に、彼女は、再び仰天する。
「何…?どうしちゃったの?」
「どうでも、いいんだ…」
「馬鹿言ってんじゃないよ!来なさい!」
クレアは、ジュナスの手を引くと、ジュナスの部屋へと駆け出した。
(どうしたってのよ…)
手を引かれ、のろのろとクレアの後を付いてくるジュナスに、クレア・ヒースローは困惑し通しだった。

二人が、ジュナスの部屋の前に到着すると、扉の前にマリア・オーエンスが立っていた。
彼女も気を取り直し、ジュナスの部屋の前までやって来て、部屋の中にいるはずの彼に呼びかけていたのだが、一向に反応が無いので、疑問に思っていたところだった。
二人に気が付いたマリアも思わず声を張り上げてしまう。
「ジュナスさん!?何で?」
「話は後よ!いいから部屋に入って!」
クレアは、されるがままの状態のジュナスを部屋の前に立たせて、本人識別信号を、扉の機械に確認させる。
−ニンシキシマシタ−
「入って!」
能動的に動こうとしないジュナスの背中を押し、クレアとマリアは、部屋の中に入った。



ジュナス篇J

「冗談じゃないわよ…アンタ、見つけたのが私だったから良かったものの…他の誰かに見つかってたら、最悪、艦を降ろされてたのよ!?」
部屋の中に入り、扉が閉まったところで、クレアは、ジュナスに問い詰める。
ジュナスは反応しない。
それどころか、彼女の言葉を無視して、ベッドの端へと腰掛けてしまう。
「どうしたんですか…?ジュナスさん…」
事情が飲み込めないマリアは、クレアに尋ねる。
しかし、
「私だって分かんない。ジュナスの部屋に行こうと歩いてたら、目の前を歩いてたのよ」
クレアが首を振りながら、マリアにそう言った。
二人は、ベッドに腰掛けているジュナスを見る。
表情に生気はなく、抜け殻のようだった。
そして、二人は、信じられない言葉を聴いてしまう。

「どうして、助けたんだ…」

「…え?」
「何?いま、何て言ったの…」
マリアとクレアは目を見開く。

「僕は艦を降ろされりゃ良かったんだ…僕なんか…」

ジュナスは頭を抱え、そのまま黙り込んでしまう。
マリアとクレアは、開いた口がふさがらない。
(ジュナス…?どうしちゃったの…?)
(ジュナスさん…)
しばしの静寂の後、ジュナスは口を開く。

「もう、どうだっていいんだ…放っておいてくれ」

クレア・ヒースローは、目の前の不甲斐ないジュナスを見ていられなくなる。
「ふっざっけんじゃないわよ!何なの?何なのよ、アンタ?何を落ち込んでるのよ?話してよ!話せば楽になるわよ!」

「君には、関係ない」

この一言に、マリアは唖然とする。
「ジュナスさん…?」
以前のジュナスならば、決して言わなかったであろうその言葉。
その言葉に、マリアは打ちのめされる。
しかし、クレアは、
「関係なくないでしょう!」
と、さらに言い返した。
「仲間じゃないの…?私たち、この艦に集まった仲間じゃないの?アンタが私に言った言葉だよ?アンタは、成長率の悪い私を励ましてくれた…どうして励ましてくれるのって聞き返した私に、仲間だから当然だよって、言ってくれたじゃない…」
「…クレアさん?」
マリアが、クレアのほうを見る。
「何で関係ないなんて言うのよ!!」
「…」
ジュナスは何も反応しない。
「私は、私が、あの言葉に、どれだけ救われたと…私は、私は…」
「放っておいてくれって言ってるじゃないか!!」
「私はそんなジュナスを好きになったんじゃない!!」
クレアはそう言うと、ジュナスの部屋から駆け出して行った。
「クレアさん!」
マリアがクレアを追いかける。

一人、部屋の中に取り残されたジュナスは、ただ、2人が出て行った扉を呆然と見つめていた。
「どうして、こうなってしまうんだ…?」
あまりにも未熟だった。
恋をしたことの無かったジュナスは、他人の気持ちに対して、あまりにも、未熟だった。



ジュナス篇K

部屋を駆け出して行ったマリア・オーエンスとクレア・ヒースローと入れ違う形で、ミリアム・エリンは、ジュナス・リアムの部屋の前に到着した。
(完璧よ、これで完璧だわ。もう誰にもマスコットなんて呼ばせない!)
そう思う彼女は、いま、セーラー服に身を包んでいる。
ドレス姿で走り去るフローレンス・キリシマを見て、彼女が思いついたのが、コスプレだった。
誰も気がつかなかった事実を、ここに記そう。
ジュナス篇Eの彼女の台詞、「そうだ!コレで行こう!!」は、実はここから来ている。
コスプレ、略して、コレ、である。
うん、情けなくて涙が出ます。

さて。
頭の中で、様々な会話パターンを想定したミリアムは、彼の扉を叩く。
その音に、ジュナスは勢いよく立ち上がり、扉を開いた。
もしかしたら、パメラが来たのではないかと、期待を抱いたためだ。
しかし、現実にそこに立っていたのはミリアムであり、しかも、何故かセーラー服を着用しているという信じがたい光景であった。
「…」
「…」
まさか沈黙で出迎えられるとは思ってもいなかったミリアムは、リアクションが取れない。
てっきり「何?その格好?」や「どうしたの?」とか「うはwwwセーラー服www」的な反応があると思っていたのに。
最後のはちょっと違うよ、ミリアム。

想定していたパターンとは違うジュナスのリアクションに、ミリアムは戸惑いながらも、何とか会話を始めようと、必死になる。
「か、か、か、っか、かん、か」
落ち着け。
「か、ん、かんかかい…」
そこでミリアムは、一つ、ゴクンと喉を鳴らしてから、えらい早口でこう言い始めた。
「か、勘違いしないでよね!私だって好き好んでこんな格好してるわけじゃないのよ。あんまりジロジロ見ないでくれる?まぁジュナスがどうしても見t」
「じゃあ、見ないよ」
心底どうでも良さそうにジュナスは言うと、部屋の方を向いてしまう。
瞬間、ミリアムにかつてないほどの羞恥心と虚無感と絶望感が襲った。
ほんでもって、その結果、彼女はキレた。
「何で見ないのよ!」
彼女はそう叫ぶと、どこからか出した竹刀を、ジュナスの脳天めがけて打ち下ろしてしまう。

スパァン!
後頭部と竹刀の接触音が、妙に心地よく響き渡る。

(どうしろって言うんだよ…)
そんなことを思いながら、ジュナスは気絶した。



ジュナス篇L
ジュナスが、目を覚ました瞬間、彼が目にしたのは自室の天井と、心配そうに顔を覗き込むミリアムだった。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
大丈夫なわけないだろう…と、ジュナスは思う。

ジュナスは竹刀で叩かれた後、気絶し、そのまま前方へと倒れこんだ。
ミリアムは、一瞬で我を取り戻し、前方へと倒れそうになるジュナスを抱きかかえた。
何とか床との直撃は避けたものの、とてもベッドまで運べそうにも無い。
彼女はそう判断すると、ジュナス前方へと周り、あらん限りの力を振り絞って、彼の上体を支えつつゆっくりと降ろしながら、その場にしゃがみ込んだ。
まぁ、分かりやすく結論を言えば。
ミリアムは、床に正座している状態で、ジュナスに膝枕をしているのである。

「ごめんなさい!本当にごめんなさい!つい、あの血が上っちゃって!タンコブになっちゃってますよね!?本当にごめんなさい!」
ミリアムは、今にも泣きそうな表情で、ジュナスに謝る。
彼女のあまりのテンパり具合に、ジュナスは、思わず笑ってしまう。
叩かれたショックで、ジュナスはいつもの冷静さを取り戻していた。
「大丈夫だから」
そう言って、ジュナスは起き上がろうとする。
しかし、
「まだ寝てなきゃ駄目です!」
ミリアムは、ジュナスの両肩を掴むと、自分の膝へと寝せてしまう。
「いや、大丈夫だから…」
「何言ってるんですか!?頭ですよ!後頭部ですよ?馬鹿になっちゃったらどうするんです!」
他にも言い様があるだろうに、馬鹿って。

結局、そのままの状態で二人は過ごし、少し話をしていた。
会話の内容は取りとめも無いものだったが、少しの沈黙のあと、ジュナスは素朴な疑問を持った。
「…ねぇミリアム」
「何ですか?」
「何でセーラー服着てるの?」
「え?あ!いや、これは、ですね!あの、その、えっと…」
上手く説明しようとすればするほど、ミリアムはたどたどしくなった。
「ミリアム…」
「あ、はい!?」
「僕のことが、好きなの…?」
おいおい、いきなり何を。
「え!?」
ミリアムは、返事に窮した後、目線をジュナスから外すと、小さく頷いた。
「そう、か…」
「あ、あの、ジュナスさんは…?」
若干の淡い期待を込めて、ミリアムは尋ねる。
「…ごめん、他に好きな人がいる」
それは、ミリアムが一番聞きたくない返答だった。



ジュナス篇M

「…誰、ですか?」
「…」
「…マリアさん?」
「…違う」
「クレアちゃん?」
「…いや」
「じゃあ…?」
「…」
「…答えて、下さい」
「パメラ…」
「…」
「…」
「なーんだ…両想いじゃないですか…」
「え?」
「訓練の最中に告白したんでしょう?パメラちゃん」
「え…?何を…」
「艦内で噂になってますよ」
「いや、違うんじゃ…。彼女、何か怒ってるように見えたし…」
「怒ってるように見えた、だけ、でしょう?」
「…いや、それに、噛みまくりで、何言われたか全然…」
「何て言われたんです?」
「確か…「私たぅつききかかっかだっさい」とか、何とか…」
「…」
「…」
「それ」
「え?」
「それ、多分、私と付き合ってください、だと思います」
「そんな…!」
「何て返事したんです?」
「いや、そんな…」
「ジュナスさん」
「え?」
「何て返事したんです?」
「…何を言われたか、分からなかったし…怒ってるようにも見えたし…ごめんって、謝って、それで、とりあえず今は訓練続けよう…みたいなことを…」
「…最低ですよ、それ」
「僕は…」
「謝りに行かなきゃ駄目です」
「え」
「今すぐ、パメラちゃんのところに行って、謝って来なきゃ駄目です」
「ミリアム…」
「私のこと、いいえ…私たちのことを思うのなら、尚更です」
「…僕は」
「行って、謝って、伝えて、幸せになってもらわないと、困ります」
「僕は」
「ジュナス・リアム!」
「は、はい!」
「とっとと行って来い!」



ジュナス篇N

その頃。
マリアは、通路を駆けるクレアを必死に追っていた。
「どこ行くんですか!?」
息を切らしながら、マリアは尋ねる。
「決まってるでしょ!パメラのところよ」
「行ってどうするんですか!」
「行ってから考える!」

マリアは、無力だと思った。
自分のことではない。
クレアのことでもない。
言葉のことだ。
いま、この状況下において、言葉は無力だと感じたのだ。
だから、彼女は、クレアを追い抜き、彼女の前に立った。
クレアは、思わず立ち止まる。
「どいてよ、マリア!」
(…だから、いま、私は、一言だって喋るものか!)
クレアを止めるために、彼女は無言でクレアの前に立つ。
若干の静寂の後、クレアの糸は切れた。
「分かった…、頭冷やす…」
息を吐きながら、クレアは言った。
「落ち着きましたか?」
「…ちょっと、ね」
「じゃ、パメラさんのところに行きましょうか」
「え?」
「お尻引っぱたいてあげないと」
「いやいやいや、マリア、あんた、私を止めようとしてたんじゃないの?」
「止めましたよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
クレアは頭を振る。
「あのまま行くのが、駄目だと思ったんです。落ち着いたなら、大丈夫ですよ」
マリアはそう言って笑うと、パメラの部屋の方へと歩き始めた。
「…何つーか、強いね。マリアは」
クレアはそう呟いた。

ほどなくして、二人は、パメラの部屋の前に到着する。
「お人好しですよね」
「え?…そうね…」
マリアがそう呟き、クレアが同意した。
「何で私ら、こんなことしてんだろ…」
「死んで英雄と言われるより、生きて馬鹿だと言われよう、ってことですよ」
「それってちょっと意味が違うんじゃない?意図は分かるけど」

二人は、部屋で寝入っているパメラを、外から呼び起こす。
そして、パメラを勇気付け、彼女をジュナスの部屋へと走らせることに成功した。

うまく行くと思っていた。
確かな手ごたえがあった。
だから、マリアもクレアも、そしてミリアムも確認しなかった。
二人の思いが遂げられたかどうか、確認しなかった。
そこには、二人の抱き合うところを見たくないという気持ちも、僅かながらあったろう。
後はジュナスとパメラの二人に任せよう、という気持ちも、あったことだろう。
いずれにせよ、彼女たち三人は確認しなかった。

2月14日、バレンタイン・デイ。
この日、ジュナス・リアムとパメラ・スミスの想いは、ニードルという名の男に、ぶち壊されることになる。



ジュナス篇O

決して、居心地のよい話ではない。
簡略に彼の行ったことを示そう。
ニードルは、まず、ジュナス・リアムに会った。
ミリアムの説得により、再度、パメラの部屋へと向かったジュナス。
ニードルとジュナスは、その途中の通路で出会ってしまった。
「見逃してくれないか。パメラのところに行きたいんだ」と懇願するジュナス。
ニードルは察した。
深夜の一軒は、ニードルの耳にも届いていたからだ。
彼は言う。

「お前、何言ったんだ?パメラの奴、もう顔も見なくないって言ってたぜ」

信じるに足らない言葉。
…そのはずだった。
だが、ジュナスは、自分が、パメラに酷いことを言ってしまったという後悔があった。
その後悔という感情と、「もう顔も見なくない」という言葉が結びついてしまった。
ジュナスは、部屋へと、引き返してしまう。

ジュナスの去っていく後姿を見て、ほくそ笑んでいるニードルの背後に、今度は、パメラが現れた。
タイミング悪く、ちょうどパメラが現れた瞬間に、ジュナスは曲がり角を曲がり、その姿が見えなくなっていた。
パメラは、ニードルに言う。
「見逃してくれませんか…ジュナスさんに…」と。
ニードルは、鼻で笑いそうになる。
(二人して、同じこと言いやがる…)
だから、ニードルは、こう言った。

「パメラ、お前、何したんだ?ジュナスの野朗、かなり怒ってたぜ?」

取るに足らない言葉。
パメラは信じなかった。
信じたくなかった。
マリアとクレアに勇気付けられたはずなのに。
(やっぱり、怒ってるんだ…)
もう、駄目なんだ…と、パメラは思ってしまった。
もう、どうにもならないんだ…と。
パメラは、自分の部屋へと駆け戻ってしまう。

ニードルは、高笑いしたい気分だった。
(ざまぁみろ!)
彼は、屈折した満足感に浸っていた。



その男、ニードル

ニードルは苛立っていた。
理由は、自分が脚光を浴びれないことだった。
整備士見習いとしてキャリー・ベースへと来たは良いが、何も上手くこなせない落ちこぼれ的扱いを受け続けていた。
さらに後から来たシェルドという才能溢れた若者のせいで、彼の肩身はますます狭くなった。
彼に勝っているところと言えば、Iフィールドの取り扱いくらいなもの。
何一つとして、面白いことなど無い。
勿論、全ては彼の被害妄想だ。
整備担当教官のケイ・ニムロッドは、訓練生の優劣で態度を変えるような人間ではない。
しかし、ニードルの解釈は違う。
全てを他人のせいにしていた。
ニードル自身を誰一人として認めようとしないクルー達に、嫌悪感を示していた。
しかも、
(上層部が認めているから、バレンタインが成立して、訓練も休みになるだ?)
いい加減にしやがれ。
あぁ畜生、畜生、畜生。
ふざけんな。
どいつもこいつも、ふざけてやがる。
イワンの糞は、チョコ盗むくらいで構わないようだが、俺はそうはいかない。
ぶっ壊してやる。

ジュナスとパメラの出会いを邪魔した後、彼は、司令室に赴く。
そこにいたリコル・チュアートに、
「ミンミが呼んでたぜ?俺がここにいるから、行って来いよ」
などと、大嘘をつき、彼女を司令室から離れさせた。
(訓練なんか、永久に来ないようにしてやる)
彼は、司令室のコンピューターを出鱈目に弄り回した。
(知ったことか。どうなろうと、知ったことかぁ!)
苛立ちに任せ、全てを狂わせようとした。
やがて、一通りコンピューターをいじったことに満足したのか、彼は司令室を後にする。

しかし、現実には、このキャリー・ベースは『訓練艦』である。
その為、どれほどに司令室のコンピューターを弄り回したところで、自動補正機能が働き、全ては、正常値へと修正される。
文字通り訓練の為である。
そんなことをしても、意味の無い行為なのだ。
しかし、
1つだけ、彼の目論見が成功した箇所がある。

それは、遠距離砲撃用の小型観測艇の空間座標である。

ヨルムンガンドやガンダム4号機用の小型観測艇。
宇宙での居場所を明らかにするための、その座標が狂ってしまったのである。
司令室のコンピューターは自動補正機能を働かせ、司令室での小型観測艇の空間座標は正常値へと戻った。
しかし、小型観測艇のコンピューターには、自動補正機能など付いていない。
その為、小型観測艇の空間座標は、大幅に狂ってしまった。

もう一度、言おう。
小型観測艇での、空間座標表示は、狂った。
司令室での、小型観測艇の場所を示す空間座標表示は、修正された。
観測艇の居場所を示す空間座標は、観測艇と司令室、それぞれで大幅にずれてしまった。

そして、
明日、2月15日は、長距離砲撃の訓練を行う予定であり、
砲撃を行うガンダム4号機のパイロットは、ギルバート・タイラー。
小型観測艇の通信、及び、操縦予定者は、パメラ・スミスであった。

時は過ぎていく。
決してとどまることなく、とまることなく。
こうして、2月14日、バレンタイン・デイは、終わりを迎え…
そして、物語は、2月15日、訓練当日へと…。



最終篇@  〜絶望の宇宙〜

訓練再開日、クルー全員が、司令室に集まっていた。
この日、パメラの状態は最悪と言っても過言ではなかった。
それでも、彼女が訓練に参加したのは、
一時でも、ジュナスのことを忘れようとしたため。
先日の深夜訓練の一件を払拭するため。
マリアとクレア、ミリアムは、すぐに異変に気がついた。
パメラを問い詰めても、ジュナスに訊いても、二人は何も言おうとはしなかった。

パメラを乗せ、小型観測艇は出発した。
絶不調のパメラは、観測艇の空間座標が狂っていることに気がつくことができなかった。
長距離砲撃訓練のため、数十分かけて、観測艇は移動する。
「現在位置を伝えます。X67 Y54 Z92…」
パメラの言葉に、司令室に動揺が走る。
その時、通信用のインカムを付けていたアヤカ・ハットリは、
「キャリー・ベースで示す座標位置と異なっています!」
と、ルナ・シーン艦長代理に告げる。
「落ち着け!ただちに観測艇は座標位置を修正…」
瞬間、司令室に警告音が鳴り響く。
「宇宙ゴミが…」
アヤカが呟く。
「宇宙ゴミが、観測艇めがけて接近中!」
「パメラ・スミス通信訓練生!軌道を変えろ!ぶつかるぞ!」
「衝突まで、あと、12秒…!」
「何でそんな位置に来るまで把握できなかったんだ!」
「回避、不能!ぶつかります!」

パメラ・スミスの乗った観測艇を、多数の宇宙ゴミが射抜いた。

「観測艇、大破!」
「通信訓練生の情報を!」
「スーツ内気圧、酸素量、異常なし。衝撃で宇宙に投げ出されていますが…奇跡的に無傷です!」
「救護艇を出せ!」
「了解、準備を」
「無傷?」
「奇跡だな」
「え…?」
「どうした」
「…まさか、いや、そんな!聞こえますか!?パメラさん、聞こえてますか!」
「どうしたんだ!」
「パメラ…?」
「応答ありません…パメラさん!…聞こえますか!パメラさん!」
「何だ!?」
「徐々に、地球に、落ちて…います…」
「…何だと?」
「パメラが」
「このままだと、40分後に…」
「40分後に…?」
「大気圏に、落ちる…!」

複数の声が入り乱れる中、
「パメラァッ!」
ジュナスが、叫んだ。



最終篇A  〜阻止限界点〜

「救護艇を向かわせろ、大至急だ!」
「無理です!とても40分では…」
「キャリー・ベースを発進させては…?」
「救護艇よりも遅いんだぞ?駄目に決まってる!」
「じゃあ、どうするんだよ!」
「見殺しにするのか!」
「40分以内に、パメラの位置までに到達できる方法は!」
「パメラ!?聞こえるか、僕だ!ジュナスだ!パメラ?聞いているんだろ?応えてくれッ!」
アヤカのインカムを奪い、ジュナスはインカムに怒鳴る。
しかし、返ってくるのは静寂のみであった。
「ウソだ…こんなの、ウソだ…」
「ジュナス!」
「こんな馬鹿なことがあってたまるかぁーーッ!」
静寂、混乱、そして無力感が司令室を包み始める…。

「あの!」
そこで、1人の少年が前に進み出る。
その少年の名は、シェルド・フォーリー。
「ルナ艦長代理」
「何だ?」
「先日深夜、自分とすれ違ったことを覚えておりますでしょうか」
「それが、何だ」
「あの前、自分は、廃棄寸前のギガ・ブースターを改造していました」
「何で?」
「勝手に?」
「黙ってろ!シェルド、続けろ」
ルナ・シーンはシェルドの話を促した。
「はい。咎めは後で受け入れます。実は数十日前から数回にわたって改造していました。あの日、その改造が終わってMSに寄りかかって一休みした後、自室に戻る際に、艦長代理とすれちがったのです」
「簡潔にまとめろ」
「…はい。その改造の成果で、1段階ほど移動能力が向上しています。それをMSに搭載すれば…間に合わないでしょうか…?」
「搭載に何分かかる?」
「20分、いや、15分…」
「計算しろ!」
「ギガ・ブースターの性能向上条件入力。…駄目です。それでも間に合いません!」
「第一、この艦には、パイロット訓練生が無茶しないように、わざと空中分解する危険のあるヅダしかないんですよ?」
「後は砲撃訓練用のガンダム4号機とヨルムンガンド…」
「届かない…の…?」

「なら、足りない距離分をガンダム4号機で押し続けよう」
司令室のスピーカーから、声が聞こえる。
司令室モニターに、ガンダム4号機に乗っているパイロットの姿が映し出される。
その名は、ギルバート・タイラー。
「幸い、ヨルムンガンドじゃないから観測データは必要ない。メガ・ビームランチャーの威力を最低に、砲撃距離を最大にして打ち、ビームの勢いが無くなるところまで行ったら、あとはシェルドの改造ブースターを発動させりゃいい」
「それで、間に合うんですか?」
「無理だよ!ヅダの装甲じゃ打ち抜かれて終わりだよ!」

「予備のIフィールドがあるだろう?この艦には」
1人の青年が、言葉を発する。
その名を、マーク・ギルダー。
「Iフィールドを、ヅダ後方に取り付ける。ビームを弾きつつ、押し続けてもらうのさ」
「弾くだけなんじゃ…?」
「Iフィールドを付けてても、ビームの勢いに押されることがあるんでしょう?そう習いましたが?」
「バックパックのブースターでビームの勢いに抵抗しないから…行けるかも…」
「それなら、2分の余裕で間に合います!」
出された案をデータに入力しつつ、計算していたアヤカがそう言った。

「まとめよう…」
ルナ艦長代理が言う。
「まずは、G04のビーム射撃で、ヅダを加速させながら運ぶ。ビームが切れたら、オプションパーツを転換。改造ブースターで、再度、一気に加速する…」
「15分で取り付け出来るんですか?」
「整備班!シェルド、ミンミ、ニードル来い!」
ケイ・ニムロッドが3人に告げる。
「話がまとまったなら、一刻の猶予もない!急ぐぞ」
「俺がやったんだ…」
ニードルが、呟いた。



最終篇B  〜強き決意〜

「俺がやったんだ…」
ニードルの呟きを、偶々近くにいたブラッドが聞いた。
「何だと?」
「俺が、やったんだ…!司令室の機械をいじり、座標を狂わせたのは、俺だ…」
ニードルは、空ろにそう呟くと、膝から崩れ落ちてしまう。
「…馬鹿な!」
「なんでそんなことを」
「ふざけるな」
それぞれの怒号が響く。
「うるさい!」
それを一喝したのは、マークだった。
「ニードル、今、言ったことは本当か」
「…あぁ、本当だ」
「パメラを、こんな目に合わせようとして…か?」
「違う!訓練なんかなくなりゃいいんだとやったことだ…こんなことになるなんて、思ってもいなかった!」
「その言葉、信じていいのか…?」
誰かが呟く。
「俺だって…あぁ、そうだな。確かに俺は落ちこぼれだ…こういうことを平気でやっちまう人間だ…でもな…」
ニードルは、そこで吼えた。
「俺だって、人が死んでいくのを黙って見ていられる人間じゃない!」
「…ニードル」
そこでシェルドが、彼の名を呼んだ。
「頼む、シェルド、ケイ、ミンミ。俺にも手伝わせてくれ。シェルド、お前には何も適わないが、唯一、Iフィールドの取り扱い方だけは、お前より俺がやった方が早い」
「私は、いま、お前の名前を呼んだはずだが?」
ケイ・ニムロッドが、ニードルに告げる。
「さっさと来い!」
「…了解だ」
「行くであります」
整備班が司令室から、駆け出していく。
「…シェルド!」
ジュナスが、シェルドの名を呼ぶ。
シェルドは出入り口付近で立ち止まり、ジュナスのほうへと振り返る。
「…ジュナス、僕に任せろ」
「…頼む!」
そうしてシェルド・フォーリーは駆け出していく。

「さて、整備班が、ヅダを仕上げるまでの時間だが…15分かかると言っていたな…」
「っていうか、誰がヅダを操縦するんです!」
「僕が行きます!」
ジュナスが、レイチェルの疑問に答える形で名乗り出た。
「駄目だ!お前はパイロット訓練を行っていないだろう!」
ニキ・テイラーがジュナスを一蹴する。
「僕が行かなきゃ…僕が行かなきゃいけないんです!」
「…」
「…駄目だ。許可できない…」
ニキは首を振る。
「じゃ、俺が連れて行こう」
そこで、マーク・ギルダーが手を上げた。
「マーク!?」
「マークさん?何を!?」
皆がそれぞれに驚く。
「俺は艦長見習いだ。艦長として、通信、整備、操舵、パイロット…それぞれに精通出来るようここで訓練を受けてきた…俺が行くなら、異論あるまい?」
「君は、訓練生だろう!」
ルナ艦長代理が咎める。許可できない、ということなのだろう。
「俺は、昔、妻を失った」
マークが静かに、自らの過去を告白する。
「その時、二度と立ち直れないと、そう思った。来る日も来る日も、ベッドの上に身を横たえていた…体に何の力も湧かなかった…あの時の、辛さを、同じ気持ちを、こんな少年に味あわせたくは無い!!」
マークは、ジュナスを指して、そう言った。



最終篇C  〜明日の栄光の為に〜

「…駄目だ、許可できな…」
ルナ艦長代理が言いかけた言葉を、ニキ・テイラーが遮って言った。
「分かった。マーク、君に任せよう」
「ニキ?何を考えている!」
「マークは昔から頑固でね、言い出したら聞かないんです。我々が止めても勝手に行ってしまいますよ」
ニキがあきらめたように、ルナ・シーンにそう言った。
「…しかし!」
「それに、こう見えて、マークのパイロット操縦技術は並じゃない。そこいらの正規生より、よっぽど優秀です。」
「…」
ルナはそこで下唇を、少し噛んだ。
「…分かった。マーク、君に任せる」
「ありがとうございます…ルナ艦長代理」
ニキ・テイラーが、頭を垂れた。
「ジュナス!君もだ!パイロットスーツを着用して、準備しろ」
「はい!」
「行くぞ!ジュナス・リアム!」
ジュナスとマークが、司令室から駆け出して行く。
「我々は後方で補佐する。ギルバート!聞いているか!」
「あいよ!」
ルナがギルバートに呼びかけ、彼が応えた。
「G04の準備は!」
「万全だ。いつでも行ける」
「そのままの状態を維持しておけ!」
少しの沈黙が訪れる。
そこで、2人の女性が、司令室から抜け出した。

場所は、パイロットルームへと移る。
そこでは、ジュナス・リアムとマーク・ギルダーの二人が、パイロットスーツへと着替えていた。
「十中八九、ヅダは途中で空中分解する」
着替えながら、マークはそう断言した。
「しかし、いつのタイミングで壊れるか分からない。そこは賭けだな」
「…何でそんな機体使ってるんです?」
ジュナスは素朴な疑問を持った。
「さっきも誰かが言ってたろう?訓練生が調子に乗って、機体に無茶させない為さ」
「…」
「無茶させると壊れると分かっている機体を、誰が無碍に扱う?ま、そういうことさ」
「…」
「ジュナス」
マークが、彼に呼びかける。
「…何ですか」
「お前と始めて会った時、俺が何を思ったか、教えてやろう」
「…はい」
「旨そうな名前だな」
「はい?」
「熟した茄子。略して、ジュナス」
「は…?」
「肩の力は抜けたか?」
ジュナスは、そこでほんの少しだけ、笑ってしまった。
「面白いですね。マークさんて」
「そうか?至って普通のつもりなんだがな」
そこで二人は着替え終わる。
「さぁて、こんな悪夢も、そろそろ幕引きと行こうじゃないか」
「はい…!」
二人は、カタパルトデッキへと向かった。



最終篇D  〜テイク・オフ〜

カタパルトには、既にヅダがスタンバイしていた。
「ちょうど今さっき、カタパルトに乗せたところだ」
到着したジュナスとマークに、ケイ・ニムロッドは、そう告げた。
「コクピットで、シェルドが待っている」
「15分かかるんじゃなかったんですか?」
ジュナスがケイに尋ねた。
まだ、10分少々しか経過していない。
「全員が本気になった証拠さ」
ケイはそこでタバコに火をつける。
「さっさと行ってきな!」
ジュナスのケツを盛大に叩き、ケイは微笑んだ。

二人はコクピットに乗り込んだ。
本来、単座であるはずのヅダの機体には、もう一つ椅子が設置されており、前後の複座になっていた。
マークが前に、ジュアンスが後ろの座席に座り、それぞれ体をベルトで固定する。
「いいですか?こっちが、Iフィールド用のスイッチ。こちらが、ブースター用の急造レバーです」
シェルドがマークに説明している。
「1つの機体に、2つのOPを付けるなんて前代未聞です。どんな作用が働くか、正直、見当もつきません…」
「俺の腕次第、ということか」
「そういうことです」
そこでシェルドは、右手をマークに差し出した。
「…」
マークは黙ったまま、その右手に応え、固い握手を交わした。
シェルドは手を離すと、その手をそのままジュナスのほうへと差し出す。
握手を交わしながら、ジュナスはシェルドに、
「…シェルド、ありがとう」
と、言った。
「そういうことは、帰ってきてから言うもんだよ」
「そうだな…必ず帰ってくる…!」
「当たり前だよ」
「シェルド…変わったな」
ジュナスがそう言うと、シェルドの顔は少し赤くなった。
「うるさいな」
『おう!そろそろ時間だぜぇ!』
通信機からギルバートの声が聞こえた。
「ハッチを閉める!シェルド、離れてろ」
マークがシェルドにそう告げ、彼はコクピットから離れた。
「さぁて…」
マークが両手を組み、指関節を鳴らす。
「マーク・ギルダー、ジュナス・リアム。ヅダ機、出る!」
カタパルトに乗って、ヅダが発進した。

その軌道をシェルドは見ていた。
「…頼む」
そう呟くと、彼の体は、疲労と緊張の糸が切れたため、前方へと倒れこんでしまう。
しかし、
「…おつかれ、シェルド」
彼の体を、エリス・クロードが優しく抱きとめた。
その傍らには、エターナ・フレイルが立っている。
彼女の視線は、ヅダが発進して行った方を向いていた。
「必ず、帰ってきて…マークさん…」



最終篇E  〜宇宙、閃光の果てに…〜

「来たぜ、来たぜ、来たぜ!」
ガンダム4号機のコクピットでは、ギルバート・タイラーがヅダ機を認識していた。
スティックを握る彼のところに通信音声が入る。
『ギルバート!何度も言うが、チャンスは一回っきりだ』
「分かってますぜ!ルナ艦長!」
『必ず、いいか必ずヅダ機の重心に当てろ!少しでも重心からずれたら、ヅダはビームに弾き飛ばされるだけで終わりだ!』
「了解ぃ!」
『ヅダ機!Iフィールド展開完了!』
マークの音声が、ギルバートのところへ届く。
「最低威力だが、それでも半端ねぇぞ!衝撃に備えておけよ!」
『了解!ギルバート!』
「何だ!?」
『無事に終わったら、ちゃんとソニア・ヘインに告白しろよ!』
「かっ…!」
そこでギルバートの顔が赤くなる。
「余計なお世話だ!このド阿呆!」
『え?そうだったんですか!』
アヤカの声までが聞こえた。
『…今の音声は、艦内中に流れたぞ』
ルナ艦長が呆れたように呟いた。
『あーぁ…知らないっと…』
ジュナスの声も入ってきた。
「てめぇら!絶対、後でぶっ飛ばす!ぶっ飛ばすからなぁ!」
『お手柔らかにぶっ飛ばしてくれ』
「何でそんなに余裕なんだマーク!」
『無駄話はそこらへんで止めておけ』
『秒読み入ります!ヅダ、射程まであと10、9、8、7、6…』
「吼えろ!G04!!貴様の魂を見せてみろ!」
『5、4、3、2…』
「メガ・ビームランチャー!照射ァ!」
一筋の光が、ヅダ目掛けて、走った。

「来るぞ!ジュナス!衝撃に備えろ!」
「はい!」

ガンダム4号機から発射された、光は、無事、ヅダの重心を捉えた。
ヅダは、Iフィールドでビームの威力を弾きながら、その勢いに乗って、パメラ・スミスの遭難点へと…。

「帰って来い…必ず…帰って来いよ…」
エネルギーの許す限りビームを打ち続けながら、ギルバートは、そう呟き続けていた。

パメラ・スミスが、大気圏に落ちるまで40分。
司令室での救出作戦会議と、オプションパーツ取り付けの時間を合わせて、約15分。
タイムリミットは、あと、25分。



最終篇F  〜軌道上に幻影は疾る〜

ヅダのコクピットに、途方も無い衝撃が襲っていた。
最早、キャリー・ベースとの通信は意味を成していない。
「う、おおお、うおおおあああ!」
「だだ黙ってろってろろ!舌をぉぉ噛むむぞぉ!」
衝撃で、上手く喋ることすら叶わない。
機体は大きく揺れ続けている。
ヅダ自身による移動ではないため、その機体が空中分解することは無かった。
それでも、機体中のパーツ音が響き渡り、それはヅダの悲鳴のように聞こえた。
同じコクピット内にいるマークとジュナスも大声を出して、やっと会話が成立するくらいの爆音が響いていた。

そのままどのくらいの時間が経過したのだろう。
体感的に、ビームの威力が弱くなっていることにマークは気がついた。
「…んっぬぅうううぅ!」
「マ、マ、マークさん!」
衝撃も和らいで行き、やがて、ビームは完全に沈黙した。
「Iフィールド、切り離し!」
鈍い音が機体中に響く。
「ヅダ、メインコンピューター始動!」
ヅダのモノアイが輝く。
「改造ブースター、イグニッション!!」
ヅダ背後のブースターが、炎を灯し始める。
「これからが、本番だ!」
「はい!」
マークが、スロットルをフルに押し上げる。
「ヅダよ!お前も人に作られたものなら…人を救ってみせろぉーーーッ!」
マークの叫びに呼応するかのように、ヅダのモノアイが光った。
「行っけぇぇーーーーーッ」
ジュナスが叫ぶ。
ヅダは改造ブースターにより再加速する。
瞬間、コクピットを極度にまで達したGが襲う。
ブースター用の急造レバーがGによって外れ、マーク・ギルダーのヘルメット上部を直撃した。
「…っか!」
「マークさん!」
衝撃で、マークは気絶してしまう。
「マークさん!!」
ジュナスが叫ぶ。
しかし、その声は、誰の耳にも届かない。

「マーク、さん…!」
ジュナスは、マークを起こそうと、必死で手を伸ばす。
しかし、寸前のところで、その手は届かない。
「くっそおぉぉーーーーーッ!!」

ヅダは加速し続ける。
ブースターを操るレバーが外れたまま、
ブースターがフルスロットルで固定されたまま、
パイロットであるマークを気絶させたまま、
ヅダは、疾る。

そして、空中分解の危険は、すぐそこに迫っていた…。



最終篇G  〜少年の瞳に映るもの〜

まず、弾けとんだのは、右手だった。
シールドがはずれ、宇宙のチリと化していく。
その次に外れたのが、左足だった。
もしこの時、マークが気絶していなければ、対応できたはずだった。
しかし、現実に彼は気絶している。
重心が狂い、ヅダは、見当違いの方向を向いてしまい、ヅダはあさっての方向へと、走り始めてしまった。

「あっ…」
ジュナスが、何とか操縦レバーへと手を伸ばす。
しかし、やはり、届かない。
「…駄目、なのか…?」
ジュナスは呟く。
「こんな…こんなところで…」
機体中が悲鳴を上げている。
速度も、方向も、コントロールできれば、問題は、なかったのに。
現実が襲う。

「まだだ!」
しかし、ジュナスは諦めない。
こんなところで、死ぬわけには行かない。
パメラを、救わなくては。
生きなくては。
まだ、まだ、まだ、
「諦めるものかぁーーーーッ!!」

瞬間、少年は、見えるはずの無いヅダのコクピットから、宇宙を垣間見た。



最終篇H  〜宇宙の虹〜

それは、確かに存在していた。
名前も持たず、
姿も持たず、
意識さえ持つことなく、
ただ、そこにあるだけの存在だった。

その存在は、
自分の中に走り始めた一筋の光を感じていた。
そして、
そこにいる少年の思いを、感じていた。
何も思わない。
何も感じない。
何もしない。
ただ、それだけの存在であったはずだった。

しかし、
その存在は、
少年の鼓動を感じた。
少年の想いを感じた。
と、同時に、
自分の中を漂う少女の息吹を感じた。
彼と彼女の無事を願う、他の人間たちの思いを感じた。

その存在は、理解した。



最終篇I  〜人と継ぐ者の合間に〜

「え?」
ヅダの操縦レバーに手を伸ばそうとしていたジュナスは、機体のスピードが緩やかになっているのを感じた。
「…何だ、これ?」
緩やかになっているだけではない。
そこに明確な意思があるかのように、ヅダは方向転換し、どこかへと向かっていく。
「どうなっているんだ…?」
この時、ジュナスがコクピット内の計器に目を向けていれば、バーニアもブースターも動いていないことが分かったろう。

・・・・・・
「誰!?」
ジュナスは、誰かの声を聞いた気がした。
・・・・・・
「君は、…誰?」

ヅダは進んでいく。
右手と左足を失いながらも、明確な想いに導かれるように、進んでいく。
ジュナスには、理解することが出来ない。
いや、
きっと誰にも理解できないことだろう。

やがて、ヅダが完全に静止する。
・・・・・・
「降りろって…こと…?」
ベルトを外し、ヅダのコクピットハッチを開ければ、
その目の前にパメラ・スミスが漂っていた。

「パメラ!!」
宇宙移動用の簡易バーニアを付け、ジュナスは宇宙へと飛び出す。
そして、そこに漂っているパメラ・スミスを確かに抱きとめた。
「パメラ!?おい!パメラ!!」
「…」
返事はない。
しかし、ジュナスは、彼女を呼び続ける。
「パメラ!!パメラ!!起きてくれ!パメラァーーーッ!」



最終篇J  〜星の鼓動は愛〜

「…ん」
「パメラ?」
「…ジュ、ナス君…?」
「気がついた?」
「ジュナス君…どうして?」
「あぁ、パメラ!良かった!本当に良かった!」
「…何で?ここは…?」
「良かった…間に合って…ちゃんと息してるよな。手も足もあるんだよな」
「あぁ、ジュナス君!…ジュナス君なの?」
「大丈夫だよ」
「…ねぇ、何でここにいるの?ここ、宇宙の中なのよ…キャリー・ベースじゃないのよ…」
涙を溢れさせながら、パメラは彼に言う。
「すっ飛んできたんだ…どこだって、宇宙のどこだって、好きな人を助けるために…」
「あぁ、ジュナス君…」
二人は、抱き合う。

・・・・・・
「え?何?」
「パメラにも聞こえる?」
「何?この声…?」
「連れて行ってくれるらしい…ヅダに乗らないと」
二人は、ヅダの中へと戻る。
「マークさん!?」
「忘れてた…。起こしてあげないと…」
ジュナスは、マークの肩を揺さぶり、彼を起こす。
「…ん」
「マークさん!大丈夫ですか?」
マークは、二人を見止めると、言った。
「…式はいつの予定だ?」
「え?あの、何を」
「今日、これからです」
「え?…え?えぇ!?」
「幸せそうで何よりだ」

ヅダが動いていく。
マークとパメラは異変に気がつく。
「…これは?」
「勝手に、動いてる…?」
「分かりません…何なんでしょうね…」
ゆっくりとその場から離れ、ヅダは、キャリー・ベースへと引き返していった。



最終篇K  〜天使の輪の上で〜

ヅダは、何者かに導かれるようにキャリー・ベースの中へと戻っていった。
機体格納庫の中へ入ると、艦のハッチが閉まる。
三人は、ヅダの足元へと降りる。
「足元がある…ってのはいいものだな」
マークがそう呟く。
やがて空気音が鳴り、酸素が注入された。
「もうヘルメット取っても大丈夫ですかね」
「平気だ」
「もう苦しくって、苦しくって…」
ジュナスは自分のヘルメットを取る。
「あれ?これ?取れない…?」
ジュナスは、上手い具合にヘルメットが取れなくてモタモタしているパメラを助け、ヘルメットを取ってあげた。
「…熱い熱い」
マークは、右手で自分を扇いで、二人を冷やかした。

と、そこに。
扉が開き、クルー全員が駆け込んできた。
「ジュナス!無事だったか!!」
「パメラちゃん!!」
「マークさん!」
口々に叫びながら、クルー全員で3人を取り囲んだ。
マークは、その中にルナ艦長を見つけると、彼女に、
「只今、帰還いたしました…」
と、敬礼した。
「ごくろうだった…」
ルナも敬礼を返した。

今までとは違う、気持ちの良い静寂が、全員を包んだ。
と、そこで。
「お疲れのところ悪いがねぇ。やっぱオチを付けてもらわねぇとなぁ」
と、口火を切ったのはドク・ダームだった。
「オチって何ですか!オチって!」
ジュナスが言い返す。
「決まっンだろぉ?」
そこでドクは、ニヤリと笑った。
その背後から、ソニア・ヘインが現れると、
「一日遅れのバレンタインだ!!」
そう言いながら、手に持ってた何かをパメラへと投げた。
パメラは、その物体を受け取る。
そう、それは、ルナ・シーンのチョコレートだ。

「あ」
と、ルナは呟き、
「げぇッ!」
と、イワン・イワノフは唖然とした。

全員がパメラの方を注目していた。
「いや、あの、ちょ、ちょっと待って!」
そう言ったのは、ルナ・シーンだった。
何故か顔が真っ赤である。
「何で止めるんだ?」
ニキ・テイラーが素朴な疑問を口にする。
「いや、その、分かる。うん、分かるから、ちょっと待ってくれ」
ルナ艦長代理らしからぬ、挙動不審な様子である。
それはそうなのだろう。
あのチョコは、本来、彼女のものなのだから。
「あ、あの?」
パメラはどうしていいか分からない。
「うん、いま、代わりのものを用意するか…モガッ」
ニキ・テイラーとケイ・ニムロッドが協力して彼女の口を塞ぐ。
「いいから、いいから」

そこで、再度、静寂が辺りを包んだ。
パメラは、そのチョコレートを両手に抱え、一回、頷くと、ジュナスを見つめた。
「ジュナス・リアムさん」
「…はい」
パメラはしっかりと、ジュナスを見つめながら、チョコを差し出した。

「あなたが、好きです。私と結婚してください!!」
チョコを受け取りながら、ジュナスが応えた。
「喜んで…!」

瞬間、歓声が上がった。
「よっしゃぁ!!」
「うっそぉ!!何で結婚になるのよ!?」
「プロポーズしちゃった…」
「いや、オチ付けろとは言ったがなぁ…」
「良かったですわ…」
「うん」
「やばい、泣いちゃった…」
「やったぁ!やっちゃったぁ!」
「いえーい!」
「ちょっと皆さん、お待ちください!!」

沸きあがる歓声を留めたのは、クレア・ヒースローだった。
「皆さん?二人を祝福した気持ちは、分かりますよ?でもね、ほどほどにしましょうね。何せ今宵は、二人にとって、大事な大事な…」
クレアはそこで一瞬、間をためた。
「せぇーのぉ!!」
「「「「「「「 新 婚 初 夜 ! 」」」」」」」
ほぼ全員がそう言った。
「大正解!!」
そう言って場を盛り上げるクレアの目じりに、涙が浮かんでいることを、マリア・オーエンスとミリアム・エリンだけが気がついていた。



最終篇L  〜世界が眠る日〜

「このチョコ、開けていいかな?」
「あ、はい。私が買ったんじゃないですけど」
「そういうことは言わないの」
そうパメラを制したのはエリス・クロード。
傍らにはシェルド・フォーリーが立っている。
「開けて見せてよ。ジュナス」
「駄目!駄目ったら駄目!絶対に駄目ぇ!!」
今にも頭から湯気が昇りそうなほど顔を真っ赤にしたルナ・シーンが叫ぶ。
何とか彼らの元へ行きたいのだが、ニキ・テイラーに羽交い絞めにされている為、身動きが取れない。
果たして、ルナ・シーンが買ったこのチョコレート。
送るつもりの無かったこのチョコレートに。
一体、何が書いてあるのか。
「…いいんですか?」
既にこのチョコレートが、本来誰の物であるかは、分かっている。
ジュナスは、果たして開けていいものかどうか考えあぐねていた。
「いいから、いいから」
ニキがそう口だけ動かした。
ニキは、最早、告白どうのこうのと言うより、親友の買ったチョコの中身がみたいだけである。
意外と意地悪ね、この女。

「じゃあ…」
と、袋を破り、箱を取り出し、蓋を開けたジュナスの目に飛び込んできたのは。

愛しい貴方へ日ごろの感謝を込めて…ルナ・シーン

(見てはいけないものを見てしまった…)
ジュナスもパメラも、エリスもシェルドもそう思った。
四人の視線は、ほぼ同時にルナ・シーンへと向けられる。
彼女は、
「死んじゃう!恥ずかしくて死んじゃう!ばか!ニキのばか!あぁうぁもうお前ら全員ばかぁ!」
と、泣き崩れていた。

「ふぅ…」
一人、輪から外れたところで、マーク・ギルダーは休んでいた。
「疲れた…」
そこに一人の女性が歩み寄る
「お疲れ様です」
「うん、本当に疲れたよ…エターナ」
エターナと呼ばれた女性は、彼の隣に腰掛ける。
「エターナ」
「はい」
「膝枕、しれくれないか?」
「…はい?」
「昨日、してあげたよね。俺」
「いや、ちょっと、こんなところでは…」
「駄目だ、眠い…」
彼はそう言うと、エターナに寄りかかり、寝入ってしまった。
一方のエターナは少々がっかりしていた。
(何だ…眠いだけで、甘えたいわけじゃなかったのか…)
それでも、自分によりかかり、気持ち良さそうに眠っているマークの頭を、彼女はずっと撫で続けていた。



エピローグ


それから、数年後のことになる。
ここキャリー・ベースには新しい訓練生たちが集まっていた。

「カチュア・リィスです!」
「シス・ミッドヴィル…」
「あ、あの、ショウ・ルスカです!」
「ユリウス・フォン・ギュンターです。僕たちを子どもだと思って甘く見ないで欲しいですね」

作戦会議室で、まさかの子どもの訓練生の登場に、他のクルーたちは目を丸くしていた。
しかし、
「今、彼は『僕たち』って言いましたね」
と、インカムを付けた男が言う。
「単なる自信家じゃない、ってことか」
と、艦長の階級章を付けた男が言う。
「面白そうじゃないですか。鍛え甲斐がありそうで」
と、油まみれのツナギを来た男が言う。

3人の男たちは、笑い合った。
未来は、明るい。


BE.HERE.NOW
THE END




○時系列順まとめ

・2月13日深夜過ぎ。
ジュナスとパメラ訓練中
同時刻。シェルド、ギガブースターを改造。終わってMSに寄りかかって休む。
同時刻。マーク、ルナと一緒に訓練モニター中。

パメラ、ジュナスに告白。
シェルド(機体格納庫)マーク(モニター室)それぞれ告白を聞く。
ルナが通信士代理の為、アヤカを叩き起こした後、訓練室へ。

ジュナス・パメラ、ルナに連れられて艦長室へ。
シェルド、3人とすれ違う。
マーク、モニター室で待機。

・2月13日 昼。
アヤカがミンミに愚痴る。ミンミ、パメラのことをリコルに相談。
リコル、艦内中にバラす。
何人かが察する。
ジュナス・マーク・シェルド、動きなし。

・2月14日
チョコ屋、艦に来る。
ルナ、口火を切り、チョコを買う。
エターナ、チョコ買いたいが、常に誰かがいるので柱の影から様子を伺う。
レイチェル、チョコ買う。ニキの姿がないことに気がつく(エターナも。
この段階で、ほぼ全員がチョコ購入(ニキとエターナとネリィ、パメラ除く。
ネリィ、チョコ屋の前で頑張り始める。
エリスは既にシェルドの部屋の前。
キリシマ、医務室を乗っ取る。
パメラ、自室謹慎中、部屋でウジウジ泣く。
クレア・マリア・ミリアム、ジュナスの部屋の前で鉢合わせ。

シェルド、メンテナンスマニュアル熟読中。
マーク、自習室へ向かう。
ジュナス、自室謹慎。3人に怒鳴る。
ギルバートがキリシマに手紙を渡される。
ノーラン、シェルドが見当たらないので、彼の部屋へ。
エターナ、イライラする。
エリス、ウロウロする。
レイチェル、自室でモヤモヤする。
ルナ、チョコ盗まれる。

シェルド、ノーランと会話。
マーク、レポート完成。ギルバートに手紙を渡され、医務室へ。
ネリィ、チョコを買い、シェルドの部屋へ。
エターナ、リコルに捕まって、話し中。
チョコ屋撤退。
マリアとクレア、自室へ。ミリアムだけ残る。
イワン、チョコを隠す。ドクが目撃。

シェルド、ノーランに諭される。ネリィ、外でそれを聞く。
マーク、キリシマに叩かれ、彼女を、追う。
エターナ、チョコ購入失敗、呆然。艦内ウロウロ。
ルナ、チョコがないことに気がつく。
ドク、ギルバート会う。協議の結果医務室へ。

ノーラン、ネリィ、ノーランの部屋へ向かう。途中でエターナ、ぶつかる。
エリス、シェルドの部屋へ。
マーク、ジュナスの部屋近辺でミリアムに会う。
その後、マークが彼女の部屋に走る姿を、廊下を歩いていたレイチェルが目撃。
ミリアム、ドレスを見てコスプレを思いつく。自室へ。
ジュナス、パメラに会いに部屋を抜け出す。

エターナ、ネリィのチョコを食べ、酔い始める。
マーク、キリシマに謝る。その後、ニキと会う。レイチェル、目撃&立ち聞き。
ソニア、ドクとギルバートに救出される。
パメラ、泣き疲れて爆睡眠。
ジュナス、パメラが出ないことに傷つく。
部屋に帰る途中で、クレアと出会う。
マリア、ジュナスの部屋へ。中にジュナスいると思い、無人の部屋へ語り始める。

エターナ、つぶれる。「そこの爆乳」
レイチェル、ニキの話を聴く。
マーク、自室で過去を回想。
ソニア、ドク、ギルバート情報交換。
クレアとジュナス、マリアと合流。

エターナ、マークの部屋へ。
ソニア、チョコを預かる。
ドク・ギルバート自室へ。
マリアとクレア、パメラの部屋へ。

部屋で混乱中の、ジュナス。
ミリアム、セーラー服の格好で襲来。「何で見ないのよ!」
ジュナス気を失う。
エターナ、マーク。互いの宇宙を覗き合う。
クレアとマリア、パメラを起こす。

ジュナス、ミリアムに介抱される。その後、パメラの部屋へ。
パメラ、クレアとマリアに励まされ、ジュナスの部屋へ。
二人、ニードルに邪魔される。
その後、ニードルがでたらめに司令室の機械をいじる。

以下、最終篇の通り。

2月14日のバレンタイン当日からを時系列順に書いて、ものすごく自分で混乱したので、各主人公編成に書き直しながら、投稿しました。
読みやすいように(自分が書き易いように)と、多少、物事が前後しています。
まぁ特に支障ないだろうと判断しましたので。
実はそれぞれこんな風に動いていたんです、という感じのオマケでした。