ジュナス篇C



さて、ここで話は少し時間をさかのぼる。
シェルドが部屋でメンテナンス・マニュアルを読んでいる頃、
マークがレポートを完成させるため自習室に向かっていた頃、
先日の一件以来、自室謹慎の罰を食らったジュナス・リアムは。
自分の机の前で、へばっていた。
「…駄目だ」
机の上には、レポート用紙が束ねられている。
・今回の一件について、私は誠に反省しており、自らの…
と、書いたっきり文章が続かない。
それはそうなのだろう。
客観的に言って、彼は、暴走したパメラ・スミスの巻き添えを食っただけだ。
連帯責任上、反省文レポートを書かねばならないのに、反省する要素が何もないため、筆が進まない。
ただ一つ、反省要素があるとすれば、パメラの気持ちに気付いていないことだろうか。

「どうすりゃいいんだよ…」
頭を抱えるジュナスの脳裏に、真っ赤になって真っ青になって、もう一回真っ赤になるパメラの姿が映し出される。
「…ああもう!何なんだよ、さっきから!」
ジュナスは、椅子から立ち上がり、ベッドにダイビングする。
そうなのだ。
彼は、今日、朝起きてからというのも、あの時のパメラが頭からチラついて離れないのである。

確かに、ちょっと(可愛いな)とは思った。
でも、何なんだよ。
何なんだよ、これは。
何でパメラのことばっかり考えてしまうんだ、僕は。
「あぁ!くそっ!」
やり場のない正体不明の苛立ちに、ジュナスは混乱している。
ジュナス・リアム通信士見習い。
この時、17歳。
遅すぎる初恋であった。

さて、そのジュナスの部屋から壁一枚隔てた通路では。
三人の女性が、ジュナスの部屋の真ん前で睨み合っていた。
それぞれの名は、
マリア・オーエンス、ミリアム・エリン、クレア・ヒースロー。
真上から見れば、綺麗な正三角形を描く形で、3人の女性は睨み合う。
その三角形の中心では、火花が散っている。



ジュナス篇D



「このままでは埒が明きませんわね…」
そう口火を切ったのはマリア・オーエンスだった。
いい加減、黙ったまま睨み合うのは止めたほうが懸命だと感じたからだ。
ちなみに、マリアの右隣にはクレア、そのクレアの右隣にはミリアム、ミリアムの右隣にマリアが立って正三角形を描いている格好である。
「…じゃあ、どうするっての?」
クレアが横目でマリアを見る。
「確かにこのままでは、平行線ですけど…」
ミリアムは、若干疲れたように一人呟く。
「…順番を決めましょう」
マリアがそう提案する。
要するに、ジュナスの部屋に行く順番を決めようと言うのだ。
「…どうやって?」
ミリアムが問いかける。
「…じゃんけんする?」
またそうやって安易な提案をしないで下さい、クレアさん。
「それでいいわ。幾分、平和的だし」
「そうですね」
同意すんのかよ、君ら。

「じゃ、いくよ…」
クレアがそう言う。
正三角形を描く女性3人は、利き手を引き、身構える。
「「「出さなきゃ負けだよ!最初はグー!!」パー!!」チョキ!」
ジャンケンする際の定例的な言葉を用いた後、
マリアがグー、クレアがパー、ミリアムがチョキを出した。
つまり、
マリアは正攻法で望み、クレアはその裏をかき、ミリアムが裏の裏をかいたのである。
結果は言うまでもなく、あいこ、である。
それぞれの出したモノを見ながら、
「貴女たち…!」
マリアがそう絶句する。
「くそっ」
ちょっとクレアさん、くそっ、って。
「私の生まれた地域では、最初はチョキです」
苦しい。その言い訳苦しいよ、ミリアム。

「…仕切り直しです」
責めても無駄だと感じたのか、マリアがそう言う。
「「「出さなきゃ負けだよ!最初はグー!じゃんけん、ぽい!」」」
それぞれ出したのは、マリアとクレアがチョキ、ミリアムがグーだった。
「やったぁ!勝った!!」
ミリアムが、思わずガッツポーズを打ち上げる。
しかし、
「待ちな、ミリアム!いまの貴女、1.6549秒の後出しだよ!」
クレアがそう言った。
何と言う無駄な「覚醒」の使い方だ。
「そうね、確かに遅かったわね」
マリアまでが同意する。
「ちょっと!ふざけないでよ!何が1.65秒くらいの後出しよ!」
「1.6549秒よ」
クレアが訂正する。
何かキャラ違いませんか、貴女?
「何秒だって同じよ!勝ったのは勝ったんだから!私が最初に…!!」
そう抵抗しようとしたミリアムの声は、

「うるさい!!!さっきから人の部屋の前でジャンケンなんかするな!!!!」
自室の扉を開け、廊下にいる3人へと怒鳴るジュナス・リアムによって遮られた。
言い分、ごもっともです…。

バァン!!
快音が通路に響く。
自動ドアもなんのその。
ジュナスは、叩きつけるように扉を閉めてしまった。
レポートは書けないわ、正体不明の苛立つ感情が渦巻くわ、自室謹慎中だわで、
すっかり参っている状態なのに、部屋の真ん前で騒がれたら頭に来るってものでしょう。

さて。
廊下に取り残された御三方のリアクションですが。
マリア・オーエンスは真っ青になり、
ミリアム・エリンは泣きそうになり、
クレア・ヒースローはため息をついた。

「ねぇ…」
クレアが、他の2人を見て言う。
「出直さない?」
「そうします…」
マリアが同意し、クレアとマリアはそれぞれ自室へと肩を落としながら去っていった。
ただ1人、ミリアムだけがクレアの言葉も耳に届かぬまま、呆然としてその場に突っ立っていた。



ジュナス篇E




しばらくした後、
ミリアム・エリンは我を取り戻した。
既に他の2人の姿はなかった…。
(どうしよう…怒らせてしまった…)
彼女本来の、弱気な性格そのままに、ミリアムは後悔した。
(どうしよう…どうし…え?)
ふと人の気配を感じて、そちらを向くと、白い服を着た誰かが走って来るのが見えた。

(フローレンスさん?)
ものすごい勢いで走って来る。
何だか泣いているようにも見える。
っていうか、何で白いドレスなんか着てるの?

やがて、フローレンス・キリシマの方もミリアムに気がついた。
彼女は、
「どきなさい!!」
と、そう怒鳴りながら、突っ走ってくる。
「ひっ!」
その必死の形相にミリアムは通路の端に寄り、道をゆずった。
ドレス特有の衣類摩擦音を響かせながら、フローレンスは、そのままどこかへと走り去ってしまった。

「何?今の…?え?」
ミリアムは呆然とフローレンスの走り去った方を見ていた。
「ドレス…え?何で?」
彼女がそう混乱していると、背後から、
「ミリアム!」
と呼びかけられた。
ミリアムがそちらを向き直ると、マーク・ギルダーが走ってきた。
「今、キリシマがこっちに来なかったか?」
ミリアムの近くまで走り寄ってきてから、マークがそう質問する。
「あっちに走っていきましたけど」
彼女は、素直にその方向を指差す。
「わかった。ありがとう」
そう言うと、マークはそっちの方向へ走っていった。

「…は?」
ミリアムは理解できない。
何だったんだろう、今の?
白いドレスを着たフローレンスさんが走ってきて、それで…
マークさんが追いかけてきて…
そう言えば、マークさん、心なしか左頬が赤かったような…
ん?
ちょっと待って?
追いかけて来た?
そうだよ。
私が追いかけるだけじゃなくて…
向こうが追いかけて来るように、工夫すればいいんだ!
あ、名案かもしれない!
「そうだ!コレで行こう!!」
彼女はそう言うと、自室へと駆け出して行く。

一体、どれで行こうと言うのだ。



ジュナス篇F




「どきなさい!」
「ひっ!」
部屋の外から聞こえる怒声にも、ジュナスは無反応だった。
ベッドに仰向けになって横たわりながら、ただ呆けていた。
うつろな瞳で、虚空を見上げ、呟く。
「あぁ…トリが飛ぶ…ご覧のとーり…」
この時、傍らに牛がいれば、驚愕の表情で「ンモー!」と鳴いたろう。
などと世代がバレるネタは置いといて。
このような発言をジュナスがするのは、完全に思考停止している証拠であった。

何も出来ない。
何もしたくない。
何も考えたくない。
意味不明の苛立ちと、妙な虚脱感に襲われて、体中に力が入らない。
そして、
気がつくと、パメラのことが思い浮かぶ。
「ああ!もう!!」
苛立ちの勢いに乗って、傍にあった枕を壁へと叩きつける。
「あんな…情けないパメラのことなんかどうだっていいんだよ!」
そう言葉にして、自分で処理できない感情を、必死で否定する。
一生懸命、彼女の悪いところを探して、嫌いになろうとしている。

認めたくないから。
自分の感情を。
受け入れたくない。
自分の異変を。
彼は気がついていない。
彼は、怖いのだ。
自分の感情が、怖くて怖くてたまらない。
17歳にしての、初めての恋に、ジュナスは戸惑っている。

生まれながらにして覚醒していたジュナスには、処理できないことなどなかった。
何をするのも自信はあった。
無かったのは、根拠だ。
けれど、今までずっと、それでも上手くいっていた。
なのに、
そう、
なのに…
「何なんだよ!パメラ・スミス!!」
初めての恋という感情を、ジュナスは完全に持て余し、愛憎の憎へと傾いていた。

「…分かったよ、分かった。そんなに僕に用があるなら、こっちから行ってやるさ!」
ジュナスは、そう吐き捨てるように言うと、いつも着ている白と青のジャケットに袖を通し、部屋を出て行った。
「謹慎の罰なんか…知ったことか!」
そして、彼はパメラの元へと走り出す。
彼女を悪く言う言葉とは裏腹に、
その行為の根本は、「彼女に会いたい」という欲求から出たものであることに、彼は気がついていない。
まだ…気がついていない。