ジュナス篇G




一方、パメラ・スミスは泣いていた。
深夜のあの訓練から、彼女は一睡もしていない。
ベッドの上に横たわり、かけ布団を頭まで被り、彼女は丸くなっている。

もうどうにもならない。
もう、どうにもならないよ…。
訓練中に、とんでもないことをしでかしてしまった上に…。
彼をこんなことに巻き込んでしまった。
絶対、今頃、怒ってる。
駄目だよ、絶対、嫌われた。
絶対、絶対、嫌われた。
「…苦しいよ」
嫌われたくない。
一緒にいたい。
側にいたい。
話をしたい。
声を聞きたい。
手を繋ぎたい。
笑い合いたい。
抱きしめられたい。
名前を、
私の名前を、
呼んで欲しい…!
「苦しい…よ…」
私は、パメラ・スミス。
私は、ここにいる。
私は、
私は…

泣き疲れた彼女は、いつしか、眠りの中へと落ちていった。



ジュナス篇H



ジュナス・リアムは、パメラの部屋の前に到着していた。
途中、誰にも会うことなく、ここまで辿り着くことが出来たのは、幸運と言えよう。
もし、万が一にも誰かと会っていたならば、彼は、自室謹慎を破った者として、さらなる咎めを受けていただろう。
「ここだ…」
ジュナスは、深呼吸一つすると、彼女の部屋をノックする。
「パメラ?僕だ、ジュナスだ…」
ノックしてから、彼は自分の心臓が早鐘を打っていることに気がついた。

(何なんだ…何なんだよ…)
何でお前はこんなに緊張しているんだ?
そもそも、何をしにここまで来たんだ?
分かっているのか、お前は?
誰かに見つかったら、ただでは済まないんだぞ?
(分かっている)
いいや、お前は分かっていない。
さっさと、踵を返して、自分の部屋に戻れ。
(いやだ、彼女に言わなきゃいけないことがあるんだ)
何を言うんだ?
お前ごときが何を言うと?
何を言いたいのかも分からないくせに。
自分のことも分からないくせに。
(黙ってろ…)
何を言うんだ?
何を訊くんだ?
何も分からないくせに。
ほら見ろ、彼女だってお前に愛想付かして出て来きやしないじゃないか。
(うるさい…)
図星じゃないか、そんなことしか言い返せないのか。
さぁ戻れ。
とっとと戻ってしまえ。
悪いのはお前だ。
お前が悪いんだ。
何もかも、悪いのはお前だ。
「うるさい!!」

自分の中で膨れ上がるドス黒い感情と、ジュナスは必死で戦う。
負けそうになる。
今にもその場に崩れ落ちてしまいそうになる。
それは、
恋愛に落ちたジュナスの苦しみ。
愛憎という相反した感情から溢れ出る怒り。
青年期になって、初めて恋をしたジュナス・リアムは、今、自分に苦しめられている。

(僕は、こんなに、弱い、人間だった、のか…?)
救いを求めるように、ジュナスはパメラの部屋を見る。
扉は、開かない。
ジュナス・リアムは、打ちひしがれる。
と、同時に、彼は自分の感情の正体を、理解した。
「僕は…!パメラ、君のことを…僕は、君の事を…!」
彼はそう呟く。
小さく、かすかな声で、しかし、力強く。
だが、「好き」という言葉を、この時のジュナスは口にすることが出来なかった。



ジュナス篇I




ジュナスは、呆然と廊下を歩いていた。
自分の気持ちにやっと気がついたジュナスは、今、とてつもない自己嫌悪に包まれている。

どうしてだろう。
どうして彼女のことを悪く思ってしまったんだろう。
自分の感情が分からなくなって、それで、
彼女のせいにして、
僕は、最低だ。

足取りも重く、彼は艦内を歩き続ける。
誰に見られても構うものか、と、自暴自棄になっていた。
そこに、
「ジュナス!?」
と、声が響く。
名前を呼ばれてのろのろと彼は振り向く。
そこに立っていたのは、クレア・ヒースローだった。
彼女は先ほどの気分を取り直し、ジュナスの部屋へ向かっている最中だった。
彼の部屋へと向かうために通路を曲がると、自室謹慎中のはずのジュナスが歩いていたものだから、彼女は仰天し、思わず声を出してしまった。
「何してんのよ?アンタ、こんなところで…!」
若干、声のトーンを落とし、クレアはジュナスに詰め寄る。
「…何も?どうだっていいんだよ…もう」
ジュナス・リアムらしからぬ発言に、彼女は、再び仰天する。
「何…?どうしちゃったの?」
「どうでも、いいんだ…」
「馬鹿言ってんじゃないよ!来なさい!」
クレアは、ジュナスの手を引くと、ジュナスの部屋へと駆け出した。
(どうしたってのよ…)
手を引かれ、のろのろとクレアの後を付いてくるジュナスに、クレア・ヒースローは困惑し通しだった。

二人が、ジュナスの部屋の前に到着すると、扉の前にマリア・オーエンスが立っていた。
彼女も気を取り直し、ジュナスの部屋の前までやって来て、部屋の中にいるはずの彼に呼びかけていたのだが、一向に反応が無いので、疑問に思っていたところだった。
二人に気が付いたマリアも思わず声を張り上げてしまう。
「ジュナスさん!?何で?」
「話は後よ!いいから部屋に入って!」
クレアは、されるがままの状態のジュナスを部屋の前に立たせて、本人識別信号を、扉の機械に確認させる。
−ニンシキシマシタ−
「入って!」
能動的に動こうとしないジュナスの背中を押し、クレアとマリアは、部屋の中に入った。



ジュナス篇J



「冗談じゃないわよ…アンタ、見つけたのが私だったから良かったものの…他の誰かに見つかってたら、最悪、艦を降ろされてたのよ!?」
部屋の中に入り、扉が閉まったところで、クレアは、ジュナスに問い詰める。
ジュナスは反応しない。
それどころか、彼女の言葉を無視して、ベッドの端へと腰掛けてしまう。
「どうしたんですか…?ジュナスさん…」
事情が飲み込めないマリアは、クレアに尋ねる。
しかし、
「私だって分かんない。ジュナスの部屋に行こうと歩いてたら、目の前を歩いてたのよ」
クレアが首を振りながら、マリアにそう言った。
二人は、ベッドに腰掛けているジュナスを見る。
表情に生気はなく、抜け殻のようだった。
そして、二人は、信じられない言葉を聴いてしまう。

「どうして、助けたんだ…」

「…え?」
「何?いま、何て言ったの…」
マリアとクレアは目を見開く。

「僕は艦を降ろされりゃ良かったんだ…僕なんか…」

ジュナスは頭を抱え、そのまま黙り込んでしまう。
マリアとクレアは、開いた口がふさがらない。
(ジュナス…?どうしちゃったの…?)
(ジュナスさん…)
しばしの静寂の後、ジュナスは口を開く。

「もう、どうだっていいんだ…放っておいてくれ」

クレア・ヒースローは、目の前の不甲斐ないジュナスを見ていられなくなる。
「ふっざっけんじゃないわよ!何なの?何なのよ、アンタ?何を落ち込んでるのよ?話してよ!話せば楽になるわよ!」

「君には、関係ない」

この一言に、マリアは唖然とする。
「ジュナスさん…?」
以前のジュナスならば、決して言わなかったであろうその言葉。
その言葉に、マリアは打ちのめされる。
しかし、クレアは、
「関係なくないでしょう!」
と、さらに言い返した。
「仲間じゃないの…?私たち、この艦に集まった仲間じゃないの?アンタが私に言った言葉だよ?アンタは、成長率の悪い私を励ましてくれた…どうして励ましてくれるのって聞き返した私に、仲間だから当然だよって、言ってくれたじゃない…」
「…クレアさん?」
マリアが、クレアのほうを見る。
「何で関係ないなんて言うのよ!!」
「…」
ジュナスは何も反応しない。
「私は、私が、あの言葉に、どれだけ救われたと…私は、私は…」
「放っておいてくれって言ってるじゃないか!!」
「私はそんなジュナスを好きになったんじゃない!!」
クレアはそう言うと、ジュナスの部屋から駆け出して行った。
「クレアさん!」
マリアがクレアを追いかける。

一人、部屋の中に取り残されたジュナスは、ただ、2人が出て行った扉を呆然と見つめていた。
「どうして、こうなってしまうんだ…?」
あまりにも未熟だった。
恋をしたことの無かったジュナスは、他人の気持ちに対して、あまりにも、未熟だった。