悲しい男




イワン・イワノフは上機嫌だった。
あの小憎らしいルナのチョコレートを、まんまと盗んでやった。
ざまぁみろ。
今頃、慌てふためいているに違いない。
あの鉄面が、冷や汗をかきながらチョコを探している姿を想像するだけで、笑いがこみ上げてくる。
(ふん、ワシを軽視するからこうなるのよ)
しかし、いつまでもチョコを持っているわけには行かない。
誰にも会わないから良いようなものの、ワシがこんなものを持っていては、不自然極まりない。
誰かに見つかったら、そして、それをルナに言われたら、たまったものではない。
しかし、自分の部屋においておくわけにも行かない。
そんなことしたら、いかにも犯人は自分ですよ、と言っているようなものだ。
だから、イワンは、緊急用の酸素ボンベが入っているロッカーに、それを隠した。
このロッカーは、廊下に直面している。
誰の目にも留まる。
だからこそ、ここに隠すのである。
訓練中のこの艦で、緊急事態になどそうそうなるはずもない。
誰もこのロッカーを開けたり、中を確かめたりはしない。
イワンはそう踏んでいた。
イワンは、そのチョコレートを酸素ボンベの裏に隠すと、ニヤニヤ笑いながら、去っていった。
そしてその一部始終を、物陰から目撃している人物がいた。
その人物は、イワンが立ち去ったのを確認してから、そのロッカーを開けた。
中に入っていたのは、酸素ボンベと、チョコレート。
「なぁにをやってるんだぁ?あのおっさんは」
ドク・ダームはそう言って、首を傾げた。