第一話「あれはGファルコン!」



A.W.0018年。港街からそう遠くないとある海域…
澄み渡るほどの晴天…青空高く光る太陽が、波打つ海を照らす中で
「オルク」と呼ばれる無法者達が、海域を渡航する輸送艇を襲撃していた。

バルチャーと一口に言っても様々な輩がいるものだが
海上で生業をするバルチャーは「シーバルチャー」または「オルク」と呼ばれ区別される。
特に破壊強奪等の無法をする傾向があるものはオルクと呼ばれることが多い。

このオルク集団は「ブランド海賊団」と呼ばれる、ここいら一帯では幅を利かせているオルク集団である。
彼らの手口は一応は紳士的で「清く正しいオルク集団」を自称しているが
オルクなどと呼ばれている時点で、清く正しい集団ではないという事は明白である。
彼らは戦後世界では数少ない「ガンダムタイプ」のモビルスーツを有するオルクでもあり
また、構成員は皆恐ろしい悪人面で、その上首領はオカマの豪傑ブランド・フリーズという事もあり
彼ら「ブランド海賊団」は、付近の輸送業者やシーバルチャー、その他民間人問わず皆に恐れられる存在である。

トリエステ級水陸両用陸上戦艦、通称「ブランド艦」が彼らの母艦だ。
そのブランド艦から現れた、戦後世界にも極僅かしか
存在しない「ガンダムタイプ」のモビルスーツの一つ「ガンダムレオパルド」。
これは彼らがオルクとして活動する為に独自の改造を加えた
「S-1ユニット」という水中戦装備が施された、水中戦用ガンダムレオパルドである。
この機体こそ「ブランド海賊団」の攻守の要であり、また象徴でもある。
戦後世界では最強レベルの戦闘能力を持つこのモビルスーツにより、輸送艇は既に制圧されかけていた。

ガンダムレオパルドに備え付けられた拡声器から、そのパイロットの声が輸送艇の船上に響き渡る。
『ヒャアーハッハァー!! こぉぉぉさんしろぉぉぉッ!!』
彼の名はドク・ダーム。
かつての大戦での英雄の一人ではあったが…現在は雇われモビルスーツ乗りだ。
彼は戦争の後遺症で若干、頭が色んな意味でキてはいるが
それでも尚、この一帯では一、二を争うほどの腕前を持つモビルスーツ乗りである。
どういう経緯かは誰も知らないが、このガンダムレオパルドを手に入れてからは
バルチャーとしてメキメキと頭角を現している。
現在はその腕を買われ、ブランド海賊団に雇われている身だ。

そのドクの降伏勧告に、輸送艇の責任者である退役軍人
ハワード・レクスラー船長もまた、艦備え付けの拡声器を使って答えた。
『…目的は何だ!?』
その言葉に答えたのは、ドクではなく、後方のトリエステ級「ブランド艦」に乗り込むブランド海賊団の首領…
専用におどろおどろしく改装された艦長席にデンと座り込む豪傑、ブランド・フリーズの声だった。
彼もまた、艦の拡声器のボリュームを最大レベルにまで上げて答えた。
『目的はなにかってェ!? 決まってんじゃないのさ…
 …アンタ達! 大人しく積んであるガンダムを渡しなさぁーい!』
『ヒャアーハッハァー! これでガンダムも二機目だぜぇぇぇ!!』
ドクが続けて、そう叫んだ。
彼らの言葉を聞き、輸送艇の船員達はうろたえざわついた。
「な、何言ってんだこのオカマ!?」
「ガンダムだぁ!? こんのバカタレどもめ!
 俺達みてぇな貧乏輸送業者が、そんな大仕事任されるわきゃねーだろ!!」
「チクショウめ、とんだとばっちりじゃねぇかよ!」
輸送艇の甲板にデンと陣取りながら、レオパルド備え付けの集音器でその声を聞いていたドクは
少し戸惑いながら、雇い主ブランドと連絡を取った。
「ありり?? うぉおいブランドぉぉぉ!!
 コイツはまさかぁぁ〜、襲う船間違えたんじゃねぇぇかぁぁぁッ!?」
『ウソでしょ!? まさかそんな事があるわけが…』
そううろたえながら返したブランド。またも最大レベルのボリュームの拡声器を通し
船員達に質問を投げつける。
『…アンタ達、まさか…ホントにこの船ガンダム積んでないの!?』
その質問に、あくまでハワード船長は冷静に返した。
『…この艦はただの食料輸送艇だ』
『あらやだ、そうだったの…』
『やっちまったなぁぁぁ!! ヒャアァーハッハー!!』
そうドクは笑い飛ばした。まるで人事のような風情である。
一方ブランドはその顔に笑みを浮かべながら、新たな命令を下した。
『まぁいいわ…それならそれでねェ…
 …とりあえず、食料強奪しちゃいなさい!!』
『まっかせぇぇなさぁぁぁい!!
 ヒャッハァー! メシだぁぁぁ!!
 オラぁぁぁオマエらぁぁぁぁッ! もってるメシぜぇぇんぶ出しやがれぇぇぇい!!』
ドクが元気よく答える。無論、拡声器をオンにしたまま。
「結局こうなんのかよ!?」
「まったく今日はツイてねぇや!!」
船員達も大慌て。結局の所、目当てのものが無くても何かしら強奪はする。
それが彼らが「オルク」と呼ばれる所以である。



輸送艇の船員達は、素直に食料の受け渡しの準備をはじめていた。
どうせ港町も近い。ここは波風立てず
無難に切り抜けるのがプロというものだ…というのが彼らの判断である。
こういった事態には、ある程度慣れっこなのがこの時代に生きる運送業者の常である。
命あってのモノダネ…命を奪われないで済みそうなだけ、儲けものという話だ。
準備の様子を眺めながら、ドクがまたも拡声器を通じて叫ぶ。
『おぉぉいまだかよぉぉぉ!!
 もぉぉ〜待ちくたびれちまったぞぉぉぉぉッ!!』
「ったく、いい気なモンだぜ…」
船員の一人がそうボヤいた。
そこに…ブランド艦からドクのガンダムレオパルドに、緊急連絡が入った。
『ドク! さっさと戻ってきなさい!!』
『おぉぉぉブランドどぉぉぉしたぁぁぁぁッ!?』
この間も拡声器をオフにしていなかった為、この会話は船員達にも筒抜けである。
『アタシの可愛い「ブランド艦」が、アイツに狙われてんのよ!
 そんなモンほっといてさっさとこっち来なさい! そして迎撃すんの!!』
『お…おおッ!! まっかせぇぇなさぁぁぁぁい!!
 そんじゃぁぁぁなぁぁぁぁオマエらぁぁぁぁぁ〜!!』
そう叫ぶや否や、ガンダムレオパルドは一転身を翻し、水しぶきを辺りにバラ撒きながら海中へと勢いよくダイブした。
その衝撃で海には巨大な波が立ち、輸送艦は大いに揺れる。
振り落とされないように、必死に船体にしがみつきつつも
呆気に取られた様子の船員達…その輸送艇の回線に突如、通信が入る。
『へっへっへ…お前さん達、今のうちにさっさとトンズラしちまいな!
 アイツらにはキツイのを一発ブチ込んでやるからよ!!』
その通信が聞こえると同時に…船員の一人が、ブランド艦に向かって飛行する
一機の大型戦闘機を発見し、叫んだ。
「あれはGファルコン!」
「Gファルコンだって!? じゃああれが…」
船員の一人である、新入りが思わずそう言った。
その言葉を聞いて、ハワード船長が語る。
「今日も助けてもらったか…空の守り神、バーツのGファルコン…」
「船長!? 知ってるんのですかい!?」
「知っているどころではない、今日まで何度命を救われたか…」
そしてハワード船長は、双眼鏡でGファルコンの姿を追いながら、さらに語り続けた。
「ここいらの治安が、ギリギリのところで保たれているのは…
 …連邦軍のおかげでもなければ、まして我々民間人のおかげでもなんでもない。
 あのバーツがいてくれるからさ…」
そう感慨深げに語った後、ハワード船長は声を張り上げた。
「…この礼には報いなければな! 港へ急ぐぞ!」
「了解!」
船員達が一斉に叫んだ。



一方のブランド艦は、突如現れたGファルコンへの迎撃にてんやわんやといった具合だ。
そのブリッジ、艦長席でブランドがヒステリックに喚いていた。
「…なんだってんだい、またバーツ!?
 しつこくつきまとって! こうなってくるとアタシの魅力も罪だよね!」
『なぁぁんか言ったかぁぁぁ!?』
「喰い付かなくていいわよ! …お客さんよ! たっぷりサービスしておやりなさい!」
ドクからのツッコミを受け流しつつ、迎撃の指示を出すブランド。
彼もまた、18年前は「宇宙革命軍の若き妖星」とすら言われた程の軍人だったのだ。
彼の指示に従い、対空機銃でGファルコンを攻撃するブランド海賊団のならず者たち。
そんな彼らをあざ笑うかのように、Gファルコンは華麗に青空を縦横無尽に飛び回り
それらの攻撃をいなしていく。
機銃座のならず者達も、さすがに弱気な声をブランドに送る。
『ダメですお頭!! 機銃なんざさっぱりあたりゃしねぇ!』
『こちら射撃管制だ! 長距離弾道弾撃てやすが、どうしやす!?』
「んなモン当たるわけないでしょ!! いい加減におし!!」
苛立ちながらそう叫んだブランド。
そこに、さらに彼を苛立たせるような通信が入る。
『うおぉぉぉいブランドよぉぉぉぉ〜!!
 コイツ今魚雷しかねぇぇからぁぁぁぁ!!
 オレアイツに攻撃できねぇぇんだけどどうすりゃいいんだぁぁぁぁッ!?』
「アンタは…水中用だからねェ、とにかくさっさと戻んなさい!!
 そして地上用装備に換装が終了次第、また出撃して対空攻撃よ!」
『まっかせぇぇなさぁぁぁい!!』
「…ったく!」
既にブランドの怒りは爆発寸前であった。

そんなブランド艦に対し、バーツのGファルコンがついに攻撃を開始する。
Gファルコンを縦横無尽に操りつつ…バーツはブランド艦に照準を定め、呟いた。
「コイツは…まぁ挨拶代わりってところだな!!」
次の瞬間、Gファルコンの「Bパーツ」と呼ばれる部分の一部より
「拡散ビーム砲」が放たれ、数条の光がブランド艦に直撃した。
牽制用に出力を絞って放たれた一撃だったが、ブランド艦としては手痛い打撃を受けてしまった形だ。
『ひィ! しずんじまうよぉぉぉぉ!!』
艦に戻っていたドクが叫ぶ。それと同時に、ブランド艦の中でブランドもまた叫んでいた。
「キィー!! 悔しい!!
 …ドクは回収したわね! じゃあ今日はこのくらいでカンベンしてあげるわ!
 覚えてらっしゃいバーツ!」
やはり、空の利は圧倒的。この時代に航空戦力を有しているバルチャーはほとんどいない。
ここいら一帯は、実質空のバルチャー、バーツの独壇場なのだ。
それを知っているブランドは、さっさと切り上げて撤退をはじめたのだった。

その様子を見て…Gファルコンのコクピットの中で
青のオーバーオールと紅白のスカーフを身につけた
筋骨隆々の大男は言った。
「今日はこんなもんで勘弁してやるよ!」
彼こそ、「空の守り神」と呼ばれるバルチャー
バーツ・ロバーツその人である。



一方、ほぼ同じ時刻…
港街から遠く離れた、内陸のとある荒野地帯の一帯…
そこに新連邦軍の軍艦、通称「テンザン級」陸上艦が任務の為に到着していた。
「どうやら……間に合わなかったようですねぇ」
そのテンザン級の操舵士、ウッヒ・ミュラー中尉が…艦のモニターに映し出された
陸上輸送艇の残骸を見ながら呟いた。
「信号、既にありません…」
そう報告したのは、通信管制官の一人のパメラ・スミス曹長。
その報告を受け、艦長席に鎮座する男が、低い声で呟く。
「そうか……ゴミどもが」
彼の名はブラッド。
かつて、旧大戦時はバーツやソニアと同じ部隊で戦った事もあった男だ。
その時期は一介のモビルスーツパイロットでしかなかった彼だが
現在は彼も新連邦軍に復隊し、今や少佐という立場となり
「治安維持部隊」の隊長として、この付近のバルチャー対策、掃討任務の一切を任されていた。

今回の彼らの任務はバルチャーの襲撃を受けた民間の陸上輸送艇の救出だったのだが
ウッヒが言ったように、結局は間に合わず
陸上艇はバルチャーによって破壊され、物資は全て略奪し尽くされた後だった。

部隊の処理班による事後確認中…その惨状を見て、ブラッドが艦長席にて呟いた。
「バルチャーなどという名前すらもおこがましい……正に、ゴミ虫そのものだな」
そして、データ整理中のパメラに対し、聞いた。
「…生存者は?」
「一人も……積み荷も全て略奪された後のようです」
「ゴミどもが……はやめに駆除せねばな。
 ……例の女と、ガンダムタイプはいつごろこちらに合流する予定だ?」
「少々お待ち下さい…」
そう言うと、パメラは資料の束の中からある書類を取り出し
その内容をよく確認した後、こう報告した。
「お待たせしました、予定では明日合流するはずです!」
「わかった……上にはできるだけ早くするように言っておけ」
「了解しました!」


ブラッドはあくまで戦闘時の指揮官である。
こういった事後処理の類の仕事では、最初にある程度の指示を出すだけで
後は特にこれといった仕事は無いといっていい。

テンザン級陸上艦の休憩室…
そこにはブラッドと、停泊中のため手の空いたウッヒの二人だけが休憩をとっていた。
「どうも、落ち着かんな……こうも暇というのも」
「ブラッド少佐はパイロット上がりでしたっけ?
 ならそれも無理はねぇでしょう…」
ウッヒが煙草を燻らせながらブラッドの言葉に返す。
その様子を見てブラッドが眉を顰める。
「こんな時代にそんな嗜好品をな……良い身分だな、ウッヒ中尉」
「どうも、オレはこれ無しじゃあちょっと…
 …少佐はやらないんですかい?」
「フン…そんなものはもう卒業した」
「それはそれは…」
ウッヒという男は、上司に対しても少し遠慮の無い部分があった。
しかし、ブラッドとしてもそんな事は気にもしない。
仕事さえできれば、彼には性格の問題など、何の問題でもないのだ。

いくばくかの沈黙が休憩室に流れた後…ブラッドが不意にウッヒに聞いた。
「…ウッヒ、あの通信兵……年は幾つだ?」
「あの通信兵? あぁ、パメラの事ですかい。
 確か…16か17か…いや、15でしたっけ?。
 詳しくはわかりませんけど、確かそんなだったと思いましたけどねぇ…」
「フン……そんな子供まで引っ張らねばならんほど、我が軍は疲弊しているか?」
「出稼ぎだって言ってましたぜ?
 まぁ、今の連邦軍なんてのぁ、体のいい就職先みてぇな部分もありますからねぇ。
 非戦闘員なら、子供だろうが老人だろうが構わんのでしょうよ」
「……全く、戦時中でもあるまいに」
そう言った後、少し間を空けて…さらにブラッドは呟いた。
「因果なものだな……『戦後』という時代も」
「全くですねぇ」
ウッヒもまた、口から煙を吐きながら、意味深げに呟いた。



港街。
商業が盛んなこの街は、多くの商人や運送を営む者、そしてバルチャー、シーバルチャーらの交流の場となっていた。
そこに店を構える、モビルスーツ乗りやバルチャーらの溜まり場の一つ…
…その酒場「カサブランカ」を経営するのは、ソニア・ヘイン。
かつて第七次宇宙戦争と呼ばれた戦いでは、旧連邦軍のニュータイプパイロットとして戦っていた女だ。
そんな過去も今は昔。
ならず者達で賑わう店内で、忙しそうに仕事をこなしながら店員らに指示を出すその姿を見る限り
今ではすっかり、酒場の女将さんとして板についている様子だ。
「パティ、四番テーブルね!」
「また四番テーブル!? 懲りないねぇおっちゃん達も!
 …ほらほらどいたどいた! パティ様が通るよー!」
元気良く酒類をテーブルに運ぶこの女性店員はパティ・ソープ。
捨て子だったものをソニアが拾い上げ、今日まで育て上げた…いわばソニアの「娘」のような存在だ。
戦後生まれらしく、その性格は逞しい。

ようやくパティが辿り着いた四番テーブル。
店一番の大窓の近く…ならず者達に言わせれば「カサブランカで一番いい席」だ。
そこでは屈強な男達による「呑み比べ対決」が行われていた。
「ヘイお待ち! 追加分だよー!」
威勢良くパティがテーブルに新たに運ばれてきたジョッキを置く。
その様子を見てバルチャーの一人、バイス・シュートが上機嫌そうに言った。
「お〜パティちゃんサンキュー♪
 おいバーツのダンナァ♪ 追加分来たってよ〜♪」

バイスの言った通り、今日の「呑み比べ対決」の中心となっているのは
あの空のバルチャーにして、大酒呑みのバーツ・ロバーツだった。
手に持っていた分の特大ビールジョッキの中身を一瞬で飲み干した後
彼もまた上機嫌そうに、大笑いしながら言った。
「へっへっへ…コイツで十二人抜きってところかぁ!?」
それを聞いて、パティもまた上機嫌そうに言う。
「いい呑みっぷりだね、バーツのおっちゃん!」
「おうよぉ! デカい仕事を終わらせたからなぁ!
 …おらぁもう一杯だぁ!」
ならず者ぞろいの客達も、このバーツの呑みっぷりにはさすがにたじたじである。
「おい…アイツスポンジかなんかなんじゃねぇか!?」
「人間じゃねぇな…」
そんな中、この「呑み比べ対決」の賭けの胴元でもある
バイスが客達に向け声を張り上げ言った。
「おいお〜い♪ 誰かバーツのダンナに勝てるヤツァいね〜のか♪♪♪」

その時。店のドアがバン!という音を立て荒々しく開き
開けた主が、大声で怒鳴った。
「ヒャアーハッハァー! オレがチャレンジしてやぁぁぁるぅぅぅ!!」
「お前は…ドクじゃねぇかよ」
バーツがそう言うと同時に、ドクの後ろでさらに男が言った。
「オホホホ…バーツ、また会ったわねぇ!」
「ブランドもかい…こりゃあ皆さんお揃いで!
 さっきのケリをコッチで付けようってかい! ソイツはいい心がけだぁ!」
バーツの言葉を受け、ブランドは不適な笑みを浮かべながらこう返した。
「そゆ事…男に二言は無いわ!
 悔しいけど……アタシ、男なのね」
そう何故か感慨深げに呟いた後、ブランドはさらに威勢良く叫んだ。
「呑み比べじゃ〜ウチのドクは負けないわよ!
 …ドク! やっておしまい!」
「まっかせぇぇぇなさぁぁぁぁい!!」
ドクはブランドの三倍は威勢良く、そう叫んだ。



…それから数分後。
「おいおい大丈夫かよアンタ…♪」
「時がみえるよぉぉぉな気がぁぁ…するかもしんないかぁぁもぉぉぉ…」
「きょ、今日はこれぐらいで勘弁しといてあげるわ! 覚えてらっしゃい!」
「ったく、まだまだ呑み足りねぇってのによ…」
大方の予想通りドクは撃沈。
バーツは本日、呑み比べ対決において「十三人抜き」の快挙を実現させたのだった。


そんな熱気溢れる四番テーブル付近から離れた、「カサブランカ」のカウンター席。
他のならず者達とは違った雰囲気を纏った、二枚目の男が一人
ワイングラスを片手に、ワインの香りを楽しみながら…
一人キザな雰囲気を醸し出しつつ、カウンターのソニアに言葉を、優しく投げかけた。
「…ソニアさん」
「何さサエン、飲みきってもいないのにもう注文かい?」
この男はサエン・コジマ。最近バルチャーとしてデビューしたばかりのルーキーだ。
さらにキザ男、サエンはソニアに語りかける。
「そうしてもいいんだけど……前々から気になってた事があってさ」
「…何さ? もったいぶってないで言ってみたらどうだい?」
そのソニアの言葉を聞いて…サエンは、カウンター席に飾ってある
一つの写真を指差し…聞いた。
「この写真の…ソニアさんと一緒に写ってるオッサン、誰?」
「…昔の男さ」
「へぇ、意外だねぇ。こんなやさぐれたオッサンが好みなんだ?」
「ふふ…好み、ってわけじゃないけどさ」
「ふぅん…でも、写真なんか持ってるってことは、それなりに今も想っちゃってるってワケ?」
「まぁねぇ…」
その答えを聞いて、残念そうに…姿勢を少し崩して、サエンは言った。
「へぇ〜、羨ましい話だね、そりゃ。
 こんな良い女に想われてるなんてさ〜」
「…おだてたってまけないよ」
「んなつもりはないけどさ…
 …で、この男は今どこにいるの? こんないい女ほったらかしにしてさ」
その質問を聞いて…ソニアは、無言で上を指差した。
「…へぇ、コロニーに?」
「もっと上さ」
「もっと上…あぁ、なるほど…
 こりゃ、わりぃこと聞いちまったな…」



その頃、例の四番テーブルでは…
「ねぇパティちゃ〜ん♪ オレ様と一緒に遊ばない♪」
「おとといおいでってね!」
「コイツは手厳し〜♪」
「がははは! バイス、これで何回目だ!?」
「これで99回目の失恋っすよバーツのダンナ〜♪
 …で、ダンナはま〜だ呑むおつもりで?♪」
「ったりめぇよぉ! パティ! じゃんじゃん持ってこい!」
「はいはいっと! ぶっ倒れてくたばっちまっても知らないよ〜」
「大きなお世話だっての!!」
バーツは異例の十四人抜きを達成した後、勝利後の一服として
葉巻を上機嫌でくゆらせていた。



そんな熱気もいつしか冷め、ならず者達も帰路につき
パティも寝静まった、店じまい後のカサブランカ…
「………」
カウンターで例の写真を眺めながら、ソニアは一人佇んでいた。
そこに…ドアをノックする音が聞こえた。
「今日はもうしまいだよ」
そんな言葉を無視するようにドアは開き、男が一人店内へと入ってきて、言った。
「随分なお言葉だな、ソニア・ヘイン…」
「…アンタは!?」
「久しいな……」
…ブラッド。
かつての戦友であり、今では連邦の治安維持部隊の隊長となったと聞いている…
その姿を見たソニアは眠気も覚めた様子だ。
「…何の用? 一杯飲みに来たって感じでもなさそうだしね…
 この店の雰囲気は気に入らないって、前言ってたろ?」
「まぁな…」
有無を言わさない様子でカウンター席に腰掛けるブラッド。
そんなブラッドを特に拒むでもなく、ソニアは自嘲気味にブラッドに聞いた。
「…まさか、アタシに軍に復帰しろなんて言いに来たんじゃないだろうね?」
その問いを聞いて、ブラッドもまた苦笑を浮かべながら返した。
「フン……何を馬鹿な。
 今更、貴様ごときに軍に戻れ…などと言うはずも無かろう。
 ニュータイプなどという、実態すらわからんものを珍重する時代は終わったのだよ…」
「…じゃあ、何の用さ」
訝しげな表情で聞くソニア。その質問に数拍の時間を空けた後
ブラッドはこう答えた。
「……バーツ・ロバーツを探している」
「アイツを探し出して…どうするって言うのさ?」
「フン……もはや軍の意味合いも変わった。
 今の連邦軍はコロニーとの戦争をするための軍隊ではない…
 か弱き市民を「バルチャー」とかいうゴミどもから守る
 任務を帯びた、弱者を守る為の存在だ。
 そうなれば、ヤツも軍に入る事を拒む理由は無くなる…」
その言葉を聞いて、ソニアは呆れたような表情で溜息を付いた後、ブラッドに言った。
「相変わらず視野が狭いね、アンタは…
 …アイツは、気ままなバルチャー生活を楽しんでるんだよ。
 ケチな酒場の主人を楽しんでやってる、アタシみたいにね」
「貴様の生活を否定するつもりは無いが……バーツに関しては別だ。
 バルチャー……フン、変わり行く世界には不要な存在だ」
「そうは言うけどね…バルチャーにはバルチャーの生き方や考え方、それに…
 …バルチャーを続けているそれなりの理由があるんだよ」
「理由など…どうだっていい。
 今となっては、軍に属してもいないような人間が……兵器を持つような事自体が既に問題なのだ。
 時代は変わっているのだ…」
そう厳しい表情で言った後、さらにブラッドは続けて言った。
「…困るのだよ。一般人に、軍隊の真似事をしてもらってはな」
「連邦軍だって、再建したての頃にはバルチャーに随分と世話になっただろうにね」
「先ほども言ったように、時代は変わったのだよ……」

その言葉に、ソニアからの答えは無かった。
それを確認するとブラッドは、さらに続けて捲くし立てた。
「……ともかく、伝えておいてもらいたいな。
 軍に戻るつもりも無く「Gファルコン」を手放す気も無いと言うなら…我ら連邦軍に追われる身となるとな。
 これから、我が部隊にも新たに強力なモビルスーツ乗りが編入される……これまでのようにはいかんぞ」
「…言いたいことはそれだけかい?」
「今のところはな……」
そしてブラッドは、店内を軽く見回した後…さらに言った。
「…かつて共に戦った仲間だから、貴様に関する諸々も見逃してやっている部分はある。
 立場上……貴様は未だ脱走兵であるという事を忘れるな。
 ゴミどもを相手に商売するのもいいがな……」
その時、写真がブラッドの視界に入った。
あの、サエンが指差した写真…
みすぼらしい家の前でソニアと、ある男が写った写真だ。
「……フン、まだこのようなものを…」
「何さ」
「スタン・ブルーディは死んだ。その事実は変わらん…
 …貴様ほどの女が、死人にいつまでも縛られているとはな。
 全くお笑いだ…」
「なんとでも言うがいいさ…」
その様子を見て…ブラッドは席を立ち、少し呆れたような様子で言った。
「……フン。
 さっさとヤツの死を乗り越えんと、貴様はこれから先も一歩も前に進めんぞ…」
「………」
またもソニアからの答えは無かった。
そして去り際にブラッドが一言、さらに付け加えた。
「ついでに言っておくがな。我が隊に編入されるモビルスーツ……」
「興味ないね」
「…ベルフェゴールの後継機だ」
「……!?」



ガンダム・ベルフェゴール。
第七次宇宙大戦後期、「ニュータイプを倒す為のニュータイプ専用機」として開発された
ガンダムタイプのモビルスーツだ。
ニュータイプのみに扱える「フラッシュ・システム」で機体、武装の制御を行う特殊な制御系から
来る精神的な負荷や高機動に伴う激烈なGなど、パイロットを使い捨てのパーツと
みなした設計が成された悪魔のモビルスーツである。
第七次大戦末期、この機体のパイロットとされ、その心身にかかる過度の負担により
命を落としたニュータイプパイロットも一人や二人ではない。
…ソニアも、かつてのガンダム・ベルフェゴールのパイロットの一人だった。

「連邦は、まだあんなモビルスーツを!?」
「フン、そういうわけではない…
 …流石にニュータイプも何人もいるわけではない。
 ベルフェゴールの長所だけを活かし
 所謂ニュータイプなどと呼ばれる人種でなくとも、負担無く操縦できるように開発されたモビルスーツ……ということだ」
「そんなものが…!?」
「何度も言うが、時代は移り変わっているのだよ…
 名前は……ガンダムヴァサーゴと言ったか。
 少なくとも、ゴミども……バルチャーの旧型モビルスーツなどに引けをとる機体ではない。
 連中ももう終わりだ……」
またも、ソニアからの答えは無かった。
そして、ブラッドはドアを開け出て行く直前に…さらに一言、付け加えた。
「……バーツを止めるなら今の内だと思うがな」
その言葉を最後に、ブラッドは去っていった。



…同時刻。
この近辺で最も危険な区域とされる、内陸部荒野地帯を拠点とする
汚名高きバルチャー集団「クリューエル・クロウ」の首領ニードルはアジトに戻っていた。
彼らクリューエル・クロウは各地で略奪、襲撃行為を繰り返す
殺しも厭わない…いや、それどころか殺しを楽しみ、敵をいたぶる事を趣味とする
ある意味では典型的なバルチャー集団であり
その中でも首領、ニードルの残虐性は群を抜いている。
彼はこの内陸部の覇者であったあるバルチャーの寝首を掻き、その権力を奪う事で
この内陸部の荒野地帯でバルチャーとしての支配権を得たのだ。
ブラッド達治安維持部隊が助けられなかった
略奪されつくしたあの地上艇も、彼の一味により略奪されたものである。
その略奪の「戦果」を確認すると、彼は呟いた。
「ケッ…今月の収穫はシケてやがんなァ」
不愉快そうに唾を地面に吐いた後…ニードルはアジトの整備デッキに足を運んだ。
そしてデッキに新しく搬入された新たな「商売道具」を見上げながら、愉快そうに笑った。
「まァ…ヒャヒャヒャ、コイツだけはいい収穫だったけどなァ!」
コイツ、とは他のフリーのモビルアーマー乗りを殺害し奪取した空戦用モビルアーマー「ガディール」だ。
新連邦が開発した試作モビルアーマーであり、高い飛行能力を持つモビルアーマーである。
「コイツなら…バーツの野郎なんざ敵じゃねぇなァ! ヒャッヒャヒャヒャ!!」
ニードルは以前、略奪の「仕事」をバーツのGファルコンに邪魔され、自分の乗機を破壊された事があった。
それ以来彼はバーツを恨み、機会があれば復讐しようと常日頃考えていたのだ。
「セプテム改の仇を取らせてもらうぜェ、バーツよォ…ヒャヒャヒャヒャ!!
 この恨み…256倍にして返さねえとなァ……!」
彼は、邪悪な笑みを顔に浮かべながらそう呟いた。

バーツには、何重もの危険が襲い掛かろうとしていた。



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