最終話「オレの生き方なんてそんなモンだ」



「祭り」から数ヶ月の時が流れ…
時代は、さらに平和へと向かって進んでいた。
治安維持部隊により内陸部を中心に
凶悪なバルチャー達は一掃され、「決闘」の際に集まったバルチャーやオルクも
かなりの数が連邦軍により確保されており
この一帯も、良く言うならば平和に…バーツの口から言わせるなら「寂しくなっちまった」というような
状況へと変わっていっていた。


「祭り」での戦いの際にかなりの被害を受けた港街ではあったが
連邦軍やザム・コーポレーションらの支援もあり、その復興は素早く迅速に行われ
今では、すっかり以前の活気を取り戻していた。
いや、周辺のシーバルチャーやオルクらが例の「祭り」でかなりの数が検挙された事により
港周辺はすっかり平和となり、その活気も以前よりかなり増していた。

「まったく、ここも住みやすくなったものだ…」
今日もまた、ハワード船長の輸送艇が港へと停泊する。
船員の一人が、ハワード船長の呟きに答えた。
「一時期からは考えられねぇくらいに平和ですよね…
 …しかし、最近…バーツのGファルコンを見ませんよね?」
「そうだな……
 代わりに、あの若者のエアマスターをよく見るようになったが」
「世代交代、ですかねぇ…」
「単純にそうとは言えんさ…」
ハワード船長はそう言い、そして、続けた。
「あの若者…コジマ君といったかね? 彼は今、数少ない連邦側の「承認済み」のバルチャーだったな」
「あぁ、確かそうでしたっけ。
 連邦からの支援付きで、用心棒的な仕事を斡旋されてるとかなんとか」
「新たな時代の、バルチャーの生き方だな…
 …もう、バルチャーが自由に生きる時代では無いという事かもしれんな」
「結構じゃあないですか船長。
 おかげでオレたちゃ、こーして順風満帆、平和なお仕事ができるってモンですから」
「まぁ、その通りだよ…」
そう言うと…ハワード船長は、何故か少し寂しそうに…
…もうバーツのGファルコンが飛んでいない、澄み渡るほどの青空を見上げて、言った。
「空の守り神、バーツ・ロバーツ…か。
 まるで風のように……私達の前から消えてしまったな…」



そんな、平和になった港街。
オルクらの脅威が除かれたことにより
新たに商売を始める者達も急激に増えたこの街。

「お姉さまとお会いするのは、何年ぶりでありましょうか…」
「二年…だったかな?
 あと、そういう呼び方はやめて。昔と同じでいいから」
「か、かたじけない…」
立場は違えど、姉妹は姉妹…
治安維持部隊の通信官を勤めるパメラ・スミス、そしてダイス工房の弟子、ミンミ・スミス…
義理の姉妹である二人はこの港街で、偶然にも再会を果たしていた。

「…それにしても本当にすごい偶然ね、たまたま買出しに来たら」
「姉さんも、自分も…同じ店に買出しを頼まれていたとは、驚きであります!」
そう言って、ミンミは運命というものの数奇さを噛み締め、再び姉妹をめぐり合わせてくれた
天に感謝した。そして、言った。
「これも皆、天のお導きであります!
 そして姉さんの日頃の行いが良かったからでありましょう!
 姉さんはいつも世界平和と、正義の為に戦っているでありますから、天がご褒美として…」
「まったく、ミンミは昔からいっつもおおげさなんだから」
パメラが、懐かしさを噛み締めるようにそう言った。
その楽しげな表情は、治安維持部隊で仕事をしている時には、決して見られない顔だった。


パメラとミンミが共に「買出し」として買い物にやってきたこの店…
最近繁盛してるこの食品量販店…果物なら何やらを扱う「何でも屋」も
ここ最近になって開店したばかりの店だ。
その個性的な店長は…
「ウフフフ…いらっしゃ〜い!!
 …あらやだ、女じゃないのさ。で、何をご所望?」
かつてオルクとして一帯で名を轟かせた豪傑、ブランド・フリーズその人だという事実は
今ではあまり知られていないという…



港街がこうも賑わっているのも、治安維持部隊の働きがあっての事なわけであるが…

その治安維持部隊らの基地の一室。
治安維持部隊も、この一帯が平和になってきた為、最近では他地域に派遣される形での
いわゆる傭兵的な仕事を任される事が多くなっているという。

新たに配属されるというパイロットをはじめとした人員達…そのリストに目を通しながら
治安維持部隊隊長、ブラッドが呟く。
「…我が部隊も、バルチャー出身者が三名、そしてガンダムタイプが三機とはな…」
「ま…こんな平和な地域をアジトにしてる部隊とは思ねぇ豪華さですなぁ」
コーヒーを飲みながら、グレッグがそう返した。
そんなグレッグを横目で見ながら、ブラッドがグレッグに質問を投げかけた。
「そして、新人がまた入るわけだが…
 それ以前の新人…あのゴミはちゃんとやれておるのか?」
「…あぁ、バルチャー出身の…ドクの事ですかい?
 まぁ、ちょいとばかし性格に問題はありやすがね…腕は確かですよ。
 アイツのレオパルドもなかなかの名機ですしね」
そのグレッグの報告を聞くと、ブラッドはリストをしまった後
「…それなら構わん、仕事さえできれば性格などは問わん…
 ……人員を選んでいられる時代では無いからな」
と、疲れた様子で言った。

そこに、ドアをノックした後ウッヒが入ってきて、言った。
「隊長、新人が挨拶にきましたぜ」
「なんだぶしつけに…」
ブラッドはそう言いつつも、その顔を拝む為に座っていた席を立った。

そしてパイロット専用の待機室の前。
その真新しい軍服を着た新人は、敬礼をするでもなく、隊長であるブラッドにこう言った。
「よ、久しぶりだな少佐さんよ」
「……口の利き方には気をつけてもらおうか」
「ソイツは失礼…」

ニール・ザムである
リストで読んでいたので、彼が入ってくる事はブラッドも知っていた。
軍事教育もロクに受けていない彼が尉官待遇でこの部隊に入れたのは
全て、彼の父親であるザム・コーポレーション社長のコネである。
その不遜な表情に若干の嫌気を覚えながらも、ブラッドは彼に最初の指示を与えた。
「…その手前の部屋がパイロット用の待機室だ、まずは先輩方に挨拶するんだな」
「…了解。さて、どんな連中か拝ませてもらうとしますかね…」
そう言って、待機室のドアを開けるニール。
そして、ニールが部屋に入る直前…待機室の面々に、ブラッドが一言だけ言った。
「…ジェシカ、ドク! せいぜい可愛がってやれ…」

ニール・ザム。
彼の前途は多難であろう事は、この後彼自身がたっぷりと味わう事になるであろう。



その頃、ダイスの工房では…
「おねがいしやすよ師匠♪
 オレ様を弟子にしてくだせぇ〜♪」
一人の男が、ダイスに頭を下げて弟子入りを志願していた。
バイス・シュート…ザム・コーポレーション専属のパイロットとして就職が決まっていたはずの
元バルチャーである。
「祭り」での一件が問題となり、就職内定を取り消されてしまったらしい。
大の大人が頭を下げるその姿を…少し困った様子で見ながら、ダイスが言う。
「急にそんな事を言われてものう…弟子はもう足りとるからな」
「そこをなんとか♪ おねがいしやすよ師匠〜♪
 オレ様ァこ〜見えても♪ ムカシからメカには強い方なんスよ〜♪」
「…お主に師匠と呼ばれる筋合いはないんじゃよ」
「そ〜言わずに一回♪ 一回弟子にしてみましょ〜よ師匠♪」
バイス・シュート。
バルチャー時代は一度喰らいついたら離れない、という意味で「ガラガラヘビのバイス」の
異名で通っていた彼。
彼に目を付けられた、ダイスもなかなかの災難である。

「師匠〜♪ 弟子がダメなら、用心棒として雇ってくれてもい〜んすよ♪
 モビルスーツ乗りとしての腕も天下一品なモンでね♪」
「…用心棒なら足りてるぜ」
と、遠巻きにその様子を見ていたコルトが口を挟んだ。
しかし、バイスはそんな事で諦めるようなタマではない。
「でもまぁ…♪ ダイス師匠♪ 嫁と用心棒は多いほうがい〜ってムカシから言うじゃないスか♪」
「んなハナシは聞いた事もないわい」
ダイスのツッコミすら受け流しつつ、バイスはさらにダベり続けた。
そんなバイスに、さしものダイスも根負けしたようで、いつしか…
「仕方ないのう…ミンミはもう正式に弟子になった事じゃし
 ドートレスタンクも空きになっとるからのう…雇ってやる」
「ホントォ〜ですかい♪♪ 恩に着ますぜ師匠〜♪」
「その言い方はやめい!
 それにじゃ…給与は最低限、それに毎日みっちり働いてもらうからのう?」
「あったりまえでしょ〜♪ んじゃ、これからよろしくな相棒♪」
そう言って、こちらに向かってガッツポーズをしてくる
バイスの姿を見て、コルトが心底ウザったそうに呟いた。

「…ったく、まだ騒がしくなるってのかよ。ここは…」



そして、港街の酒場「カサブランカ…」

「パティ、今日も開店前からがんばってるねぇ」
「ま、アンタほどじゃないけどね。最近忙しそうじゃん?」
「ま〜ね…」

名実ともにバーツの後を継ぎ…いや、ある意味ではバーツを超えた存在となったバルチャー。
付近の自警団的役割をも担う、連邦公認のバルチャー、サエン・コジマが
今日はカウンター席ではなく、かつてバーツが愛用していた
四番テーブルで、彼愛飲のワインを堪能していた。
彼だけは開店前のこの時間帯でも、顔パスでの入店が許可されている。
ワインの香りを楽しみながらも、サエンは彼らしくもなく愚痴をこぼしていた。
「このオレが連邦公認、とはねぇ…
 …縛られずに、自由に飛び回るのがオレのスタイルだったってのにな。
 わかんねぇモンだね」
「…いいんじゃないの? もうアンタって、この辺りのヒーローじゃん」
「ヒーロー、か…それも悪い気はしねぇけどさ…」
そう言った後、サエンは少し寂しげな表情をしながら続けた。
「もうちょっとさ。
 若いうちに、色々ムチャしたかったって気持ちもあってさ」
「へぇ、バルチャーにも色々あるんだね」
そう言いながらテーブルの掃除をするパティ。
そして布巾でテーブルをサッ、と軽く拭いてからサエンに聞いた。
「それでさ…今日はカウンター席行かないの?」
その質問に、少し間を空けてからサエンは答えた。
「…まだ、オレには早いや」
「早い? 今更何言っちゃってんのさサエンってば」
「もっと、一人前…ってわけじゃないけどさ。
 本当の意味でバーツさんを超えない事にゃあ…あの人は誘っちゃいけない気がしてさ」
「…ま〜たバーツのおっちゃんのハナシ? アンタも飽きないねぇ…」
「ホント、つくづくオレもそう思うよ…
 …正直、オレは今でも、あの人の背中を追ってるよ」
サエンは、少し苦笑しながらそう言った。
その寂しげな、だがしっかりと目標を見据えたその男の瞳を見て
パティは、しみじみと呟いた。
「…ったく。罪な男だねぇ、バーツのおっちゃんも」
そして店の一際大きい、太陽の光が小気味良く差し込む窓から
青く広がる空を見て…さらに続けた。
「いっちまった後も、まだヒーローであり続けてんだからさ」
「ホントだよ…罪な男さ、バーツさんはさ」

窓から差し込む太陽の光が、カサブランカの店内を優しく包み込んでいる。
新ヒーローサエン・コジマにとっての、極上の楽園の一つがこの店だ。



……「空の守り神」とすら呼ばれたバルチャー、バーツ・ロバーツ。
彼が、長年住み慣れたこの一帯…そしてこの港街から去ったのは
一ヶ月前のことだった。

誰にも行き先を告げず、突然一帯から消えた空のヒーロー…
…そんな彼が最後に立ち寄ったのも、ここカサブランカだった。


店でしこたま酒を呑みつくした後、カサブランカのドアを開け
去り行くバーツの背中にソニアが問いかけた…
「本当に行くのかい、バーツ…」
バーツは振り返るでもなく、答えた。
「まぁな…オレはもうここいらから消えるよ。
 ここには顔馴染みが多すぎらぁ…
 元々、こんなに長居する予定も無かったんでな」
「でもなんで、こんなに急に…」
「なぁソニアよ…オレがはじめにここに来てよ。
 お前と会った時の事…覚えてっか?」
「忘れもしないよ…バーツったら、ちょっと見ないうちに
 飛行気乗りになってるわ、バルチャーとして名を上げてるわ…
 …それでいて、肝心の中身はちっとも変わっちゃいなかったんだからさ」
「そうかい、オレはちっとも変わってなかったかい!
 ま、今だってな〜んにも変わっちゃいねぇけどな! がはははッ!」
そう豪快に笑った後、バーツは少し真面目な表情に戻り言った。
「オレは…お前とここで再会した時…ホントに驚いたモンだぜ。
 生きてた、って事にも…こんなにいい女になってたって事にも…
 …んで、こんなに変わったってのに、その瞳だけは昔と全く一緒だったって事にもな!
 一目でわかったぜ、お前がソニアだってな…」
「………なにさ、ガラにもないような事を言っちゃってさ」
「ハハッ、たまにはいいじゃあねぇか!
 去り際くらい、かっこつけさせてくれたっていいじゃねぇか!!」
「何言ってんのさ、ホントはいつだってかっこつけてる『つもり』な癖に」
「こりゃあ一本取られた!
 ソニアは何でもお見通しなんだなぁ…」
「そんなことはないよ…ねぇバーツ?
 こんなに急に…いなくなるんならさ。その理由くらい聞かせてくれたっていいんじゃないのかい?」
ソニアのその問いに…一拍開けてから、バーツは答えた。
「そうかい、流石のソニアでもそこはわかんねぇかい…ったくしょうがねぇな!
 オレはな…スタンの代わりをやってる『つもり』だったのさ」
「え…?」



バーツはさらに続けた。
「なにせ物騒なとこだったからな。ちょいと前までこの辺は…
 ソニアがどんなに強い女だったとしても、こんな所で酒場なんてやってんのは安全じゃねぇだろ?
 だからさ…」
「それで…まさか、アタシを守ってるつもりだったってのかい?」
「その通りってさぁ!
 …スタンに言われた気がすんだよ。
 オレの代わりにソニアを守ってやってくれねぇか、ってな!
 …そんでまぁ、テキトーにこの辺の物騒なヤツらを追っ払ったりしてたら
 気付いたら「空の守り神」なぁんて言われててなぁ!」
そのバーツの話を聞き、内心動揺しながらも、冷静を装いながらソニアは言った。
「結構な事じゃないか…「空の守り神」。アタシは好きだよ、そういうの」
「でもまぁ…元々こんなんはガラじゃあなかったんだよな。
 ここはもう平和になった。張り合いが無くて、ちょいとつまらねぇくらいにな」
「それが…ここから去る理由だってのかい?」
「ま〜な。
 …サエンがオレの後を継いでくれるって言うしな」
「…サエンが?」
「そうだぜぇ? ま…ニューヒーローの誕生、ってなモンだ!
 …もうここにはオレは必要ねぇ。老兵はただ去るのみ、って昔から言うじゃねぇか」
「でも…」
「…ちょいと、喋りすぎちまったな。そんじゃあな、ソニア!」
そう言ってついにカサブランカから本当に去ろうとするバーツのそ背中に、さらにソニアが問うた。
「これから……どこに行こうってのさ」
「さ〜てね。
 とりあえずあてもなく、フラ〜っとどこにでも飛び回るさ。
 オレの生き方なんてそんなモンだよ」
「まぁ…そんな所だろうね」
「さっすが、ソニアはよくわかってらっしゃる!」
そして店を去り際…店のドアを閉める直前に
ひょこ、と顔を出したバーツが一言、別れの言葉を告げた。
「…そんじゃな、ソニア。
 サエンはいい男だぜ?」
その言葉を受け苦笑いしつつ、ソニアが返す。
「アタシにはちょっと、若すぎるよ」
「そう言うだろうと思ってたぜ…じゃ、達者でな!」
そして、バーツはカサブランカを後にした。
それが、ソニアがバーツを見た最後だった。



その夜、ソニアは店の大窓から、月夜を背景に
いずこへともなく消えていくGファルコンを、ただただ見送った…

「…………」

一つの時代が終わりを告げ、新たな時代の風が吹く。
こうして、この地域での一つの「伝説」は幕を閉じた…



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