【FREE】359氏
クレアを帰らせる。ニキがそう心に決めてから数ヶ月経った。なかなか話を持ち出す機会はなかったが、ある日、彼女はクレアを呼んだのであった。
「クレア、アナタはよく戦ってくれました。」
「あ、ありがとうございます」
「元々、これは私達の戦いです。クレア、アナタはまったく関係なかったのに、見ず知らずの私達に力を貸してくれましたね?」
「それは、ニキさんが困っていたし、あのままじゃワタシの街が壊れちゃうから…」
「そう、でしたね。あの時は申し訳ございませんでした」
「良いんですよ、被害も無かったことですし…」
「でも、そこで別れることもできたでしょう?何故私達のところへ来たのです?」
「それは…」
「それは?」
「それは……」
「『自分に何ができるか確かめたい』でしょ?」
「あ、ケイ…」
そこには、ケイが立っていた。そして、クレアとニキを見て話を続けた。
「言ってたじゃん。アタシとあんな生活しているようじゃダメだ、って。できる事はあるんだからそれを探してやるべきだ、って。
それがアタシは機械いじりな訳だし、クレアにはパイロットだった。それだけでしょ?」
クレアに確認する。
「ウ、ウン」
「ニキさん。クレアは帰れって言っても帰らないよ。もうこのまま突っ走らせなきゃ、クレアに悪いよ」
「ケイ……スイマセン」
「こういうことはアタシにも言ってよね」
苦笑するケイ。
「クレアの奴、一人でニキさんのところに行ったって聞いたからさ、なんか嫌な予感はしてたけど…」
ニキが一回、深呼吸をする。そして、二人を見る。
「じゃあ…アナタ達に話します。あのMSのことです」
「私達を襲った奴らですか?」
「そうです。最近は姿を現さなくなりましたが…」
「そういえば…なにかあったのですか?」
「フレイが得た情報によると…私達と戦うことをやめ、量産を続けていたようです」
「何のために?」
「元々、アレは連邦の隠し工場で生産されていたようです。隠していた理由も分かりました。連邦が推していた計画があるのですが…そのためのテストとして私達を狙っていたようです。
私達は恨まれてはいますが、罪を犯してはいません。もし、罪の無い我々を連邦が攻撃していると知られたら…」
「信頼が落ちる、と?」
「そうです。だからこそ、極秘裏に進められていたそうですが…」
「そんな奴のために…ディライアさんの部下は死んでいったんですか!?」
「ケイ、気持ちは分かります。だからこそ、我々が出来るべきことをするのです」
「何をするんですか?」
「今度、そのMSの披露があるそうです。そこで、我々が今までに集めた記録を持って、彼らのやってきたことを暴露すればいいんです」
「記録って?」
ニキが二枚の写真を見せる。
「これをご覧下さい。私達を襲ったMSの写真です。これは、クレアのデータに残っていたものです。
そして、これが今度連邦が完成したMSです」
「これ…一緒だ!」
クレアが驚きの声を上げる。
「そう。これを持って見せれば…」
「ちょっと待って、こんなことをしたのは一体誰なの?」
ケイが話をさえぎって、尋ねる。
「ニール・ザム。連邦軍の少佐です。彼は今、連邦軍内での対立をきっかけに力をつけています。」
「対立って?」
「…私は連邦に見切りをつけて、連邦軍の腐敗を暴いてきました。当時は連邦にいる限り、改革を叫ぼうものなら即逮捕されるような環境でした。
でも今、連邦は変わるべきだ、と言う革新派と、現状維持の保守派に分かれて内部で戦っているのです。しかしニール少佐は、保守派の急先鋒として革新派の力を削いでいる一方で、私達を狙っていたのです」
「何故、ニキさんがそれを?」
「ニール少佐の所にいた部下がリークしてくれました。彼と話をし、彼もまた、ニール少佐の悪事を語ってくれるそうです」
「…で、その披露式って、どこでやるんですか?」
「…コンペイトウ。ソロモンと呼ばれていた場所です」
そして、当日。予想通り連邦の主力艦隊が一斉にコンペイトウに集まる。
「うーん…」
クレアはこの光景にどこか不安を隠せないでいた。
「どうかしたの?」
ケイが心配して尋ねる。
「いや…以前、歴史で学んだんだけど…」
「何をよ?」
「コンペイトウ…以前ココで大きな式典が開かれたの…そしてどうなったか、ケイは知ってる?」
「さあ?式典が開かれてメデタシメデタシ、ってところじゃない?」
「いや…一機。たった一機のMSが現れて、全てを焼き尽くしたの」
「そんなー。たくさんの戦艦が居たんでしょ?そんなことは…」
「…核か…」
「あっ…」
そこにはルナが立っていた。
「…クレア、心配は分かるが…」
「ちょっとルナさん、どういうことよ?」
「…ここには昔、核が撃たれた。今は無事復興されてはいるが…あの時はたった一機のMSが放った核で全てが吹っ飛んだらしい」
「そんな…」
「知っていたのか、クレア?」
「教科書で読んだだけだけど…」
「…安心しろ。核は使ってはいけないことだと決められている」
「ルナさん…」
「…何だ?」
「眼、見えてるんですよね?」
「ちょ…クレア!まだ疑ってるの!?」
「…理由は?」
「なん…となく」
「………」
沈黙する三人。この空気を変えるべく、ケイが口を開く。
「ごめんなさい、ルナさん。コイツ、無礼なことをして…」
「いや、いい。…クレア、何時頃気づいていた?」
「…初めて会った時…それからずっと…」
「え?ってことは…」
「…申し訳ないのは、こっちの方だ。騙していて、悪かった」
口を開け呆然とするケイとジッとルナの眼を見るクレア。
「眼は見えていたんですね?」
「ああ。…ずっと、だ」
「何故ですか?ナゼ騙していたんです?」
「…脱出ポッドも壊れ、ワタシは生身で彷徨っていた。あの感覚は…恐怖以外の何者でもない…」
「MSのパイロットが嫌になったんですか?」
「…そうだ。アイツらはワタシを救助した後、すぐにワタシをパイロットに戻そうとした。それが恐くて…」
「とっさにウソをついた、と?
「ああ」
「もう、いいよ」
話を聞いていたケイが二人を見上げる。
「眼が見えないだのなんだの、もういいでしょう?
だって、それらは終わったことなんだから。大切なのは今じゃないの?
ウソをついていたからって、ルナさんがアタシたちの仲間なのはウソじゃないじゃん。そうでしょう?クレア」
「そう…だよね、ケイ。今日、だよね…今日、全てが終わるんだよね?」
「うん。だからさ、アタシたちはアタシたちにしかできないこと、やろう!」
「…ウン!」
それから、ルナの方に振り返る。
「アタシの言ったこと、全部本音ですから。別にルナさんの体がどうであれ、アタシにはルナさんは大事な友達だから…」
「…ありがとう」
ルナは、泣いていたように見えた。
そして、式典が始まった。
予想通り、このMD計画の首謀者、ニール・ザムがこの計画の概要を発表する。
「…つまり、防衛を機械にやらせることによって、連邦の兼ねてからの懸念材料であった人件費の削減に大きく貢献できるのです!」
そんなことをして何になる、そうニキは思っていた。機械が守って何になると。
それこそ、人以上に危険が付きまとうのに…
だが、彼女の思いとは裏腹に式は進んでいく。
何時、出て行くか?それが今の問題だった。
割り込める隙は、無い。かといってこのまま指を銜えて見ているだけなら、ニールの悪事は闇のまま、折角の連邦軍改革の目も潰えるだろう。
そして…
「それでは、次に…」
「待ってください!」
突然の絶叫に会場が静まる。そして、全ての視線が声の主へと集まる。そこに立っていたのは…
「進行の妨げをして、申し訳ございません。皆様、少しの間、私、ニキ・テイラーの話を聞いてください!」
「……始まったわね。ニキ、聞かせて貰うわ。このアナタの戦いをね。
フレイ、アーガマの方、準備は出来てる?」
「ええ、ラビニア少佐。こちらはいつでも発進可能です」
「イイ?コチラの指示が出るまでは絶対に動かさないでね?」
「了解しました!」
「まず、この一年半前、私は連邦の元を去りました。そんな私が何故、今この場に居るか?それについて話していきたいと思います。
この一年間、連邦内部では見ることができなかったであろう問題を私は見てきました。コロニー民への恐喝、収賄、談合…とかくさまざまな汚職の数々を見て、確信しました。
今の連邦は変わらなければいけない、と。
ただ、それを外部からやっていても、結局は届きませんでした。そんな時、私はあるコロニーで一人の少女と出会いました。
彼女は、あるMSに襲われ、傷ついた私たちに代わって戦い、私たちを守ってくれました。」
「あらあら、まるでクレアちゃんのコトを言ってるみたい」
ラビニアがクスッと笑う。
「その時の写真があります。コレを見てください。何か気になりませんか?」
「コレは…!?」
「先程のMS!?」
「一体、何があったんだね!」
ドッと周りがざわめき出す。彼らのは今や、壇上に立つ彼女から視点を外す事ができないでいた。
「…この時はまだこのMSが何者かはわかりませんでした。その後、私は再び連邦へと戻ります。一度止めた身であった私を復帰させてくれた。ラビニア・クォーツ少佐には感謝の念で一杯です」
「世辞はいいわよ」
ラビニアがニキにウインクをする。
「さて、この正体不明のMSとはその後、何度も戦いました。そして調査の結果、私はある1つの確信を得ました。それは…」
「待て!その女の言ってることはデタラメだ!」
「ニール少佐、まだ私は何も言ってませんが?」
「うるさい!誰か、コイツを捕まえろ!…オイ!誰か居ないのか!?」
「ニール少佐。あの写真、仮に本物だとしよう。何故、君の計画したMSに酷似したものが仮にも一般人だったニキ君の船を襲っているのだね?」
「だから、あの写真がニセモノなんだ!第一、あの女のアーガマを襲えだなんて…」
「少佐、私の乗っている船がアーガマだなんて、よくご存知でしたね?」
「ウッ…そ、それは…」
「…これは、私の考えですが、ニール少佐は私の船を襲うことにより、このMSのデータを取っていたのではないか?と思います。
何故、私を狙ったか?それは、私が軍人では無かったからです。民間機が落ちても、ただの事故にもみ消せる。MSの機体はまだどこにも知られていないから、誰も連邦内部の犯行だとは思わない。何より、私が連邦の内部事情をマスコミにリークしていたことにより、連邦の目の上のたんこぶになっていた。
これだけの理由がそろっています。
ただ、彼の思いと裏腹に、私は生きている。それが彼唯一の誤算でしょう。
今、この場で私が伝えたいこと。それは今回の無人MS生産計画の見直しです!」
パチパチと拍手がどこからともなくわいてくる。それが、彼女の戦いの結果だったと言える。
「フレイ、終わったわ。後はそっちに任せるから。」
「了解しました!」
通信を受けたフレイの顔が明るくなる。
「クレア、どこに行くの?」
「んー…そのニールとかいう人の船はわかります?」
「ええ…一応は。あの白いのだけど…あっ」
話を聞いたクレアは急いでドッグを出る。
一方、会場は未だに騒がしかった。が、それはニキの演説のせいではない。
「…して、ニール少佐はどこへ行ったのかね?」
「まさかとは思うが…」
走っていた。ただひたすら走っていた。
―いつだ?いつから計画は狂っていたのだろう?
あの時、あそこでアーガマを落とせなかったのがいけないのか?いや、違う、じゃあ、どこだ?―
頭の中に色々な考えが巡り、消えていく。過去のこと、そして、今のこと。
それらは全てが意味の無いものになっていく。そして一瞬、過去の記憶がフラッシュバックする。
「何故、捕虜を射殺したのです?ニール伍長」
「…アイツが、アイツがオレを襲ったからだ!何も答えず、いきなり襲うから…オレは悪くないんだ…悪くなんかないんだ!」
「だからといって殺せとは教えてないはずです!」
「ウルサイ!」
「上官に向かってその口聞きはなんですか!」
「ウ…」
「とにかく、今回の問題は条約違反だけではすまされない話です。すぐに上層部に話を…」
「止めてくれ!そんなことをされたらオレは、オレの将来はどうなるんですか!」
「…それは上が決定することです。それに、今回の事はアナタ自身が起こしたことだということを肝に銘じてください。」
そうだ、あの時だ。あの時アイツが…ニキ・テイラーが…!
「もうその諦めたらどうです?」
突然、声がした。その方向を振り返ると…少女が立っていた。
「な、何の事だい?」
あくまでも冷静に取り繕うとする。だが、少女は全てを見透かしているかのようにため息をついた。
「アナタなんでしょ?ワタシたちを襲ったのは」
「…オマエは、誰だ?」
「クレア・ヒースロー。アナタが狙っていたアーガマのクルーよ」
「そうか。それが一体、何の様だ?」
「また、トボケちゃって。知らないよ?アナタの悪事はもうばれたんだから」
「なら、そこをどいて貰おうか?」
懐から銃を出す。
「嫌だ、と言ったら?」
「オマエを撃つだけだ!」
声を荒げ引き金に手をかける。が、クレアに恐怖の表情は見られない。
「多分、艦に帰るのでしょう?」
「ああ、そうだ」
「なら、無理ね」
困惑の表情を浮かべるニール。それを見たクレアが、さらに話を進める
「今頃、艦の中には人は誰も居ないんじゃないかな?」
「バカなことを。そんなハズはないじゃない!」
「…いや、ある」
ニールの後頭部でカチャっと音がする。そして、声の主が耳元で囁く。
「…ニール・ザム少佐、アナタの部下達は今頃取調べを受けているはずだ。さあ、その銃を捨てて貰おうか」
そこには、ルナがニールに銃を突きつけていた。
(遅いって、ルナさん!)
(すまなかったな、クレア…)
(あとちょっとで撃たれてたよ、ワタシ)
(…でも、大丈夫だろ?)
(まあ、ね?)
全てが、終わった瞬間だった。
―あれから一ヶ月。
部屋には、またソロバンのはじく音が響く。
「これ、今月分?」
「そう。そりゃ何ヶ月も家賃払わずどっか行ってたんだからこうなるって」
「それにしても…せっかく自由になれたのに…」
「ハイハイ、弱音は吐かない!」
「…またジャンク漁り?」
「やりたければどうぞ?」
「いや、やりたくない」
「でしょ?じゃあどうする?」
「うーん…とりあえず、夕食の材料買いに行こうか…」
そうして、家を出る二人。
空は…あの時のように、夕焼けで紅く染まっていた。
(……ただいま)
「おーい、クレアー!置いてくぞー!」
「あーっ、待ってよー!」