【宇宙を穿つ歪んだ夜明け】51氏



宇宙に瞬く光がまた一つ、一つと煌いては消えていく。
幻想的な光景だった。
だが、その光が明滅するたびにそれを操る人の命もこの宇宙から消えていくのだ。
そこは戦場だった。
時は宇宙世紀0079。後に一年戦争と呼ばれるジオン公国と地球連邦政府との争いの
真っ只中に彼等はいた。
『きらきらひかーる、おーそーらーのほーしよー』
ノイズ混じりではあるが、少女の歌う声がする。
ここが戦場であることを思わず忘れてしまいそうな程、楽しげでのどかだった。
『カチュアちゃん、そろそろ作戦領域に着くから、静かにしてね。』
随伴する機体から優しい青年の声がした。
後方警戒モニターはミノフスキー粒子の影響を受けているため使用はできなかったが、おそらく友軍機の量産型のガンキャノンとカチュアが乗る大型MAがいる筈だ。
そのさらに後方には輸送艦に偽装している味方の艦がいるだろう。
ガンキャノンの搭乗者はシェルド=フォーリーとかいう新人だ。
そして大型MAブラウ・ブルにはカチュア=リィスが乗っている。
『くるよっ!!』
カチュアが叫んだ。
それと同時に脅威警戒パネルが点灯する。即座にセンサーセレクタースイッチを通常から
索敵に切り替える。おそらく機体にあるモノアイが自動的に敵を追尾しているだろう。
再度警戒パネルが点灯すると、補足した敵影がメインモニターに拡大して投影された。
が、それよりも早く戦闘モードセレクターを通常から戦闘機動に切り替えた。
連邦でもジオンであっても今はその姿を晒すわけにはいかないのだ。
緑色の機体色にピンクのモノアイ。
のちに名機と謳われたジオンのザクだ。
数は3機。
味方機と判断したのか争う気配を全く見せない。
戦闘モードを格闘戦に切り替え、武器をビームソードの条件設定を行う。
スロットルを全開にして相手をすれ違いざまにザクの脇腹を突き刺した。
ザクは炎をあげ爆発した。
警戒パネルのブザーが鳴り響く!
残りの2機が慌てて火線をその機体に集中させてきた。
機体を反転させ、各部に異常が無いかを確認する。
シェルドの乗るガンキャノンが放つビームキャノンの光がその間にザクの上半身を
吹き飛ばすと、残りの1機は機体を反転し、戦域から離脱しようとする。
「敵に背を向けるか!情けは無用!」
戦闘モードを射撃戦に切り替え、トリガーロックが解除された。レティクル(照準)と
シンボル表示されている敵機を重ね合わせコントロールスティックのトリガーを引く!!
ザクは粉々になった。引く間際にカチュアの搭乗しているブラウ・ブルの攻撃がザクを
撃破したのだ。
『やったやったー。』
陽気な声が響く。
『大丈夫ですか?ジェシカさん』
シェルド=フォーリーの声だ。お前に心配されるような腕では無いと言いかけたがただ、
「ああ。」と答えた。
この僅か2分にも満たない戦闘は、これからはじまるもう一つのソロモンを巡る戦いの始まりを告げる前奏曲にしか過ぎない。この時点ではまだ彼らもそれを理解していなかった。

その頃、輸送艦へと偽装を施している戦艦の戦闘指揮発令所いわゆるCICと呼ばれる区画に艦長を務めるマーク・ギルダーが姿を現していた。
「どうだい?彼女の様子は?」
と、いつもの軽い口調で真剣な面持ちで情報モニターを見つめるフェイ・シーファンに語りかけた。
「ええ、問題はありません。脳波パターンは正常ですし、脈拍や呼吸にも乱れは確認できません。」
後ろにいるであろうマークに振り返ることも無く、単調に報告する。
「じゃあいい。ジオン艦隊の動きは?」
「連邦軍先遣艦隊との小規模な戦闘を繰り返してはいますが、依然として戦局はジオン側に有利です。各フィールド防衛の任に就いている艦隊は第一次砲撃と並行して隕石ミサイルを展開しています。」
フェイの説明に合わせて彼女の頭上に連邦・ジオン両軍の展開図が表示されていく。画面の端には3分前の時間帯を示すデジタル表記がなされている。
「不穏な動きは見られないわけだな?」
「現在のところは。」
「奴等が指を銜えてみてるはずがない。戦闘要員は周囲の警戒態勢を密にしておけよ。」

この奴等こそが現在戦うべき相手である。それはまたいずれ語られるだろう。

突如CIC内部に警告音が鳴り響く。
「Jフィールドに展開中のジオン艦隊の一部に動きが!」
「どこのどいつだ!」
マークは先程までの表情は捨て去り眼光を鋭くした。もう1人のオペレーターを務めるラ・ミラ・ルナがコンソールのキーを叩きそれを表示する。
「重巡2、巡洋艦4、所属は第4、第5空間迎撃艦隊です。」
「現在判明している情報から考えられる予想進路を艦隊速度から速やかに割り出せ。あと、
先行しているジェシカ隊の現在位置を!」
ジェシカ=ラングの率いるMS隊は彼等のいる艦よりも前方の位置にいた。
ジオンの開発したブラウ・ブロを基本としてオリジナルな強化改造を施したブラウ・ブルの特異なシルエットが情報モニターではっきり確認できた。
「これは・・・艦長先程の艦隊はこのままの進路だと連邦のアルキメデスを目視で確認可能な位置に邂逅します!」
「えらい事になったな。こうはならん筈なのに・・・。」

『後方から敵艦隊が?』
『ねーねー、なに?なんなのー?』
「説明は後だ!後方から来るジオンの迎撃艦隊にアルキメデスを発見されるわけにはいかん!カチュア、私のゲルググとシェルドのキャノンを乗せろ!」
『ふえー、ジェシカちゃん怖いよー。』
「急ぐぞ!」
彼女の操縦席に置かれているサブコンソールには敵迎撃艦隊がアルキメデスを確認できるまでの時間が刻まれていた。
「高速で接近する正体不明機を確認!」
艦橋に警報が鳴り響く。
「距離3500!!・・・・早い・・・本艦隊との迎合予測時間30秒!!」
「敵かッ?」
艦長はキャプテンシートから思わず身を乗り出す。同時に中央の情報モニターに映し出されたそれに思わず目を疑った。
あまりにも巨大なMAだったからだ。
「全艦隊に打電ッ!ミサイル発射管開け!水平軸30度にてミサイル一斉射!」
艦隊指揮官の命令と同時に重巡2、巡洋艦4から放たれたミサイル群は接近しつつあるカチュアの操縦するブラウ・ブル目掛け進んでいく。
しかし、ブラウ・ブルの動きはそれを先読みしていた。
中央とそれを挟み込む形である本体部分から伸びるアームからワイヤーが素早く伸びると伸びた先端からビームの奔流が一斉に放たれるとミサイルは全て爆発の渦の中へと姿を消し、破壊された。
『離れるぞ!シェルド!』
「は・・・はいっ・・・!!」
MAの高速移動時における凄まじいGは並みのMS以上のものがある。パイロットがそれに耐えるために奥歯を噛み締めているうちにそれが砕け散っていたという話もあるほどだ。
ブラウ・ブルに張り付いている機体を放させると同時に足裏にあるバーニアノズルを全開にして逆噴射をかける。機体を安定させた後に敵艦隊、もしくは出撃してきた敵MS部隊と交戦しこれを撃破するという手順だった。
「アッ!カチュアちゃん!」
ブラウ・ブルは機体を停止させるのに時間がかかるのだ。重力という楔がない以上、加速をかけた物体を静止させるにはそれを越える力でないと不可能なのだ。
そしてカチュアは敵艦隊の真っ只中、つまりは十字砲火に晒されるという危険な位置に移動しつつあった。
MSには人間でいうところの四肢がないため、突撃性能は申し分がないのだがそのぶん減速する際の推進系ベクトルについては劣る箇所がある。
『支援しろ!』
ジェシカの声がすると同時に彼女の操縦するゲルググが敵艦隊の対空砲火の中を突き進んでいく。相手はジオンの艦隊である。正面から戦闘速度で飛来してくるとはいえ、機体は味方機の筈だ。それがほんの数秒ほど対空迎撃に隙を生んだ。
「一撃で仕留めてやるよ!・・・・覚悟しな!」
トリガーロックの解除と同時に。レティクル(照準)とシンボル表示されているムサイの砲塔に重ね合わせるとコントロールスティックのトリガーを引く。
それと同時に砲塔は爆発し、四散する。次の瞬間には艦橋の真上に彼女のゲルググが張り付いていた。
「塵となるがいいッ!!」
ビームの光が艦橋を貫き、乗員を一瞬で蒸発させるとそれは瞬く間にムサイを吹き飛ばした。爆炎渦巻く中からゲルググのモノアイが不気味に光り、姿を現した。
それからものの5分もしないうちに第4、第5空間迎撃艦隊はジェシカとカチュアの手によってその戦力の半数を奪われた。
「このっ!当たれ!当たれッ!!」
距離にして2000の位置にMS一個小隊を確認するとシェルドは射撃戦のカテゴリの中から中距離砲撃戦のモードに変更した。搭乗しているMSガンキャノン量産型の両肩に装備されたキャノン砲がせり出してくると同時にシートの真後ろにある精密照準機を取り出して砲撃を開始する。
相手のMS隊はそれを見越していたのか回避運動をとりつつ散開し、彼目掛けてフルスロットルで加速をかけ、攻撃を行ってきた。
「うわあっ!」
回避運動を取るも、もともと機体の運動性能が乏しいガンキャノンの機動力はたかが知れている。敵機から放たれたマシンガンが光の帯を引いて接近してくると同時にシェルドは思わずMSの腕で視界を遮った。機体が衝撃で激しく揺れ動く。
シミュレーション上では接近してくる敵機の噴射するバーニア音や重火器の音などを聞き取ることである程度の回避を行うことは出来たが、真空の宇宙空間では音が響き渡ることなど全くない。
「どこだ・・・どこを損傷したんだ!?」
損害箇所を知らせるインジケータには胸部ダクトと左肩のジョイント基部の破損を示す赤ランプが点灯している。と、彼の機体の側で爆発の光が舞い上がった。
『バカモノッ!!自分がいる位置を忘れたか!小僧ッ!!』
ジェシカの怒声が耳元で騒ぎ立てる。
MSの操縦席はほとんどが人間のいうところの胸部にあたる箇所に備えられている。
その為、つい本能で頭部を保護するような行動を行った場合、胸部がガラ空きになるのだ。
『・・・す、すいま・・・。』
『きゃーっ!!』
シェルドが謝礼の言葉を述べようとした時、カチュアの声が響き渡った。
ジェシカは声を聞くや否や機体をブラウ・ブルの交戦区域へと向ける。その後をシェルドのガンキャノンが追従していく。MS数機に取り囲まれている彼女の機体の姿が確認できた。
「なんなのもうっ!ワタシの攻撃があたらないなんてー!!ぜったいずぅえったいこの機体おかしいよぉ!!」
カチュアはMAの操縦席の中で毒づいていた。先程から辺りをうろついているMS部隊はは彼女の攻撃をすべて回避しきっているのだ。
MSの一機が味方機の支援を受けてMAのサイドポンツーンにとりつくとアームの一部をビーム・サーベルで薙ぎ払う。爆発の衝撃でカチュアはおもいきり操縦席のメインパネルに頭からぶつかっていた。
「あーんっ!!痛いよぉー!!もう怒ったんだからねー!!」
カチュアはコンソールパネルから予備パネルをひきずりだすと機密保持の為に使用する自爆装置を起動させた。
「マッチ一本火事のもと!芯まであっためて真っ黒コゲにしーてーやーるぅぅ!!!」
カチュアの声が言い終わる前に、ブラウ・ブルは中央のモジュールユニットと分離し、残された両サイド部分と機関部から炎が舞い上がり、爆発した。
逃げ遅れた敵MS隊はその炎の奔流に包まれ、光の渦となって宇宙の塵となった。
『いやったー!ざまぁみなさい!』
その様を見ていたカチュアは操縦席の中で満面の笑顔を見せていた。
戦闘濃度のミノフスキー粒子下では操縦席の映像はモニターに表示されることはできないのだが、音声のみでもその喜びようが伝わってきた。
「なんて真似をする・・・・。これだからガキは嫌いなんだよッ!」
ジェシカは歯噛みした。
ふいに、敵機の接近を知らせるインジケーターが点灯する。
周囲の状況確認を索敵から警戒に移行するとビームライフルの冷却材カートリッジを予備のものへと交換する。
『敵機?どこだ!?』
シェルドの焦燥に駆られた声が響く。
熱源センサーがビームの接近を示す警戒音を放つと同時にメイン・モニターに表示されたシグナル表示を確認する。MSは3倍ないし4倍強の速度で迫ってきていた。
「ビーム兵器?早い・・・ッ!」
この時代においてビーム兵器を実戦へ投入できる段階に至っているのは連邦のガンダムぐらいなものである。
『だとすれば・・・ゲルググかっ?』
彼女が現在登場している機体もまた同一機種ではあるがMS−14Fsと呼ばれる型のものだ。
遠距離から近距離戦へとモードを切り替えつつ敵機から放たれたビームを軽快に回避していく。
『このーっ!!そこだな!!』
「バカッ!よせ!」
ジェシカの制止する声にも構わず、ガンキャノンのキャノン砲が接近してくる敵機めがけて砲声をあげた。
先程の攻撃は効力射であって敵機の正確な位置を知るためのものだ。ここで闇雲に撃てば
こちらの位置をうかつに知らせるだけなのだ。
敵機は弾頭の接近とほぼ同時に機体のAMBACの一部を強制停止させ、足裏に装備されたスラスターユニットを全開にし、それを回避した。
そのまま目視で約2.30メートル程の高さまで上昇すると次は2機目掛けてビーム・ライフルを連射しながら接近してきた。
「・・・・なにっ?」
その機体の姿は確かにゲルググではある。
特徴的なつぶれかかった横に広がる形状の頭部、ひろがった脚部のフレア部分。
しかし、それは彼女が知っているゲルググとは形がまるで違う。
ビームの攻撃が雨となってジェシカ機を襲う。
左腕に装備させているシールドでそれをはじきかえすも、シールドを下げた瞬間に、それは視界から姿を消していた。
鳴り響く警告音。メインモニターのシグナル表示は赤くなり、敵がすぐ真横にいることを示していた。
衝撃が走る。
左の肋骨がみしりと音を立てるような鈍い感覚と同時に彼女は右即頭部をサブモニターにぶつけていた。
「あっ・・・うあっ・・・んんっ!!」
肢体をしこたまぶつけたあとに彼女が見たのは遠くへと去っていくそのゲルググの後姿だった。

「・・・・手ひどくやられたな。」
ジオンの第4、第5空間迎撃艦隊はブラウ・ブルとの迎合したわずか7分足らずで全滅した。だが、マークはこの報告を聞いても厳しい表情をしていた。
「艦長、友軍機の回収を具申します。」
「ん、そうだな・・・。」
声をかけてきたのは副長をつとめるゼフィール・グラードだった。
「例のシステムが照射されるまでの時間はあと12分。それだけあればやつらはまた攻撃を再開することでしょう。」
「艦長!た、た、大変ですっ!!」
「ミラ。それが報告の仕方か?」
狼狽している彼女の姿を見てもゼフィールは冷静に対応していた。
「す、すいませんッ!でも・・・第2艦隊が・・・連邦軍が!」
「どうした?ん?」
まるで泣きじゃくる子供をあやすかのような対応でマークが振り返る。
「ティアンム艦隊がソーラ・システムの後方から攻撃を受けている模様です。支援の必要ありと見受けられますが?」
フェイの冷静な言葉にマークはおもわずシートから身を乗り出していた。

「味方機の収容急げ。作業終了次第、本艦は直ちに第2艦隊の支援へ向かう。」
「最大戦闘速度でも第2艦隊の支援までには間に合いません。」
「間に合わせろよ!コントロール艦を沈められでもしろよ?ソーラ・システムはただの鏡になっちまうんだぞ?」
「マーク。指揮官は常に冷静であらねばならん。臆病風は伝染する。私が行こう。」
ゼフィール・グラードの発言にマークは耳を疑った。
「予備機としてMAがもう一機あったはずだ。あれの加速性能なら追いつけよう。」
互いの視線が交錯する。ややあって
「・・・・わかった。頼むぞ。」
マークがそういうとゼフィールは踵を返して艦橋を後にした。

格納庫内にけたたましくMSの緊急発進を告げるサイレンが鳴り響く。
格納庫の枠組みを構成しているハンガーデッキから吊り下げられているMSが発進シークエンスへと移行するため射出口へと移動している姿がそこにはあった。
『いいですか、ゼフィールさん。こいつの加速性能は先程説明したスペック通りです。くれぐれも無茶はしないでくださいよ。』
サブモニターには丸眼鏡をかけた整備員、ライルの姿があって説明を行っていた。
「敵の出方次第だ。CICコントロール。ゼフィールだ。これより発進シークエンスを開始する。許可を願う。」
『了解です。ガンダムMAモード、各部正常。発進シークエンス開始してください。』
彼が登場するMSはかの一年戦争を勝利に導いたMSガンダムの姿だった。
しかし腰から下は人間のいうところの脚部とは全く異なった形状をしており、ガンダムの拡張戦闘ユニットとして開発されたGアーマーの機関部を移植されていた。
輸送艦コロンブスの左右にある格納庫の前面にあるハッチが上下に開くと射出口まえまでアームで固定されて移動してきたMA状態のガンダムはアームから切り離された。
操縦席内部に軽い衝撃が走る。
アームから離れたガンダムはそのまま真空の宇宙へと進んでいく。
ガンダムのランドセル・ユニットにあるメインバーニアユニットのコントロールするモードに切り替えると軽くペダルを踏み込むと機体はゆっくりと前進していく。
右のコントロールスティックの操作を行い、通常巡航から高速戦闘へと切り替える。
『ゼフィール・グラード・・・ガンダムMA行くぞッ!!』
そう言い放つとペダルを思い切り踏み込んだ。
Gアーマーの機関部ユニットが激しく咆哮すると同時に現在の速度を示すインジゲーターが最高域に達する。
加速の凄まじさにゼフィールは操縦席に体を強引に押し付けられていた。
「お・・う・・・・うぉぉ・・・!!」

同時刻、連邦軍第2艦隊。
アルキメデス・ミラーとよばれるソーラ・システムの防衛と守秘を目的とした艦隊群は正体不明のMS隊と交戦状態に陥っていた。
「動けるMSは全てアルキメデスの防衛にあたらせろ!なんとしてでも守り抜くんだ!ジオン側に動きは?」
「ありません!!ですが先行しているワッケイン提督揮下の艦隊の損耗率がもうまもなく10%に達します!一刻も早くミラー照射を!!」
「照準が安定しないままでかっ?」
第2艦隊は混乱の中にあった。後方から突如として姿を見せた謎のMS部隊が何の前触れもなく一方的に攻撃をしかけてきたのだ。
しかもわずか12機足らずである。
戦力的には連邦軍に分があった。しかし、ジム、ボールといったMS、MAからなる防衛線を構築するも既に姿を現してから8分足らずで20機近い味方機が大破、ないし行動不能と言った損害をこうむっていたのだ。
これ以上の戦闘継続はソーラ・システムそのもの存在を隠し通すことすら危ぶまれる。
それどころか敵機によってシステムそのものを破壊される恐れも生じることになる。
「しょ、正面ッ!高速で何かがこちらに接近してきます!!」
「位置はどこか!」
「正確な計測結果がでます・・・こ、これはMAです!!」
「!!ジオンかっ!」
情報が表示されるモニターを艦隊指揮官が見ると第2艦隊の正面、つまりアルキメデス目掛けて突っ込んでくるなにかがシグナル表示されていた。
「全艦隊に打電!!接近してくる敵MAを打ち落とせ!!」
艦隊指揮官がわめき声にも似た叫びをあげた。
アルキメデス防衛の任に就いているサラミス、マゼランの対空迎撃は熾烈を極めた。
だが、その凄まじい速度で迫る相手に放たれた火線はむなしく宇宙の闇へと消えていく。
しかし、接近する機影をみた1人の砲撃手は思わず声を上げて叫んでいた。
『ガンダム!!』・・・・と。
味方機であるはずのガンダムの姿が戦闘速度で接近してくる様は味方部隊を混乱に陥らせた。それはゼフィールにとって絶好の機会といえた。
「い・・・今が・・・・勝機いいっ・・・・・!!!」
視界の端が真っ赤に染まり、全身を襲ってくる強烈なGに耐えながら彼は自らを鼓舞するために声をあげていた。
第2艦隊の懐に飛び込んでその砲火の真っ只中を突っ切っていくと、彼の視界に艦隊群の彼方に爆発する光が飛び込んできた。
敵と交戦中の連邦軍MS部隊だ。それらは撃破され物言わぬ鋼鉄の骸となっていく。
と、敵MSの姿が眼前に躍り出る。足がなく両肩からは兵装らしき棒が突き出ている。
それを確認すると同時に、ゼフィールは格闘戦モードに切り替えた!
回避している暇もなければ逆噴射を行っている余裕などない。
今までの高速移動が自動車教習の訓練ならば格闘戦はレースに参加する気構えがパイロットには要求される。
敵機までの距離や行動予測などからメインモニターにサーベルで相手に攻撃するタイミングを表示していたが、彼は度重なる実戦でこの間合いを読むことができていた。
ガンダムの左腕で背中のランドセルに固定されているビームサーベルを引き抜く。
光の刃が形成され、すれ違いざまにサーベルを敵の脇腹に叩きつけた!!
撃破を確認する暇もなかったが、サーベルの放つ熱で機体は水平に薙ぎ払われ、爆発しているだろう。
第一次噴射を終え、ようやく慣性のみで進むようになった直後、左側から効力射ととれるビーム攻撃が彼のガンダム目掛けて飛び交う。
「・・・!!未熟ッ!」
ガンダムの両目が自動的に発射位置から敵の位置を確認すると右手に携行させているガンダムのビームライフルが敵めがけて放たれる。標的は回避行動に転ずるも間に合わなかったのかあっさりと撃破された。
再び敵機が姿を現す。4機1部隊編成というカルテットと呼ばれる隊形をとってガンダムに向かって両肩のビームを連射してくる。
「Dユニット・・・?」
この時代ではまだ実用化などされるはずもない、MSにおいての唯一の生体部品であるパイロットを排除したMD、モビルドールの姿だ。
ゼフィールは歯噛みした。そしてふつふつと湧き上がる怒りの衝動を攻撃でもって現した。
ガンダムの放ったビーム攻撃の軌道を見るや否や、部隊は二手に分かれ、デュオとよばれる隊形をとりつつガンダムの左右にとりつこうとする。
MSとなればAMBACの機能をいかしての前進・後退・横移動・ロール・ピッチが可能だが、ガンダムMAとなれば方向転換の速度においては今相手にしている敵のほうが有利だった。
「・・・・人形風情がッ!!調子に乗るな!心の眼をもってすればいかな動きといえど捉えられんことはない!!」
ゼフィールは機体の重心位置や手足の作動による慣性の補正プログラムシステムを意図的にシャットダウンすると、MA部分の左右につくエンジンユニットを上下に可動させ、予測不可能なランダム移動を行った。
敵機は想定していた行動とは全く異なる動きについていけず、瞬時に4機が撃破された。
センサーの警戒音が鳴り響く。新たな敵影をガンダムのセンサーが捉えたのだ。
レティクルが敵機と示したそれを確認したゼフィールは奥歯を噛み締めた。
「核だとぉッ!!?」
メインモニターに最大望遠で表示されたそれは旧世紀の科学の狂気と勝利を得るための歪んだ妄執によって開発された人類最大の負の遺産だった。
ゼフィールはサブモニターに表示されるミサイルと本機との距離を確認すると、遠距離射撃モードに素早く切り替えた。
ガンダムはビームライフルの光学センサーとメインカメラのセンサーユニットを同調させるように動くとそれにあわせるようにして各部のアポジモーターも自動的に機体の位置を修正する。
シート裏にある精密照準機を引き出すとゼフィールはそれを額にあてがうように覗き込んだ。照準機いっぱいに目標の核ミサイルの姿が投影されている。
「ええい・・・ままよっ!!」
コントロールスティックのトリガースイッチを押すとビームの光が目標に向けて放たれる。
着弾を確認すると同時に核ミサイルの爆発が歪んだ光の奔流となって戦場に広がっていく。
幸いにもソーラ・システムからはかなりの距離を保った位置で爆発したため被害は全くといいほどなかった。
しかし・・・。
「第2射だと!?」
さらにもう1発。
時間差による連続した核攻撃。
しかも運悪くサブモニターにはビームライフルのコンデンサの不調を訴える表示がなされていた。迫る弾頭の姿を前にゼフィールは覚悟を決め、ライフルを投げ捨てるとブースターユニットを全開にして目標に向かって突き進んでいく。彼の全身を強烈なGが襲う。強引にシートに押し付けられ、目玉が飛び出そうになる。
「き・・・・貴様らの・・・・好きなようには・・・・させぇぇんっっ!!」
核ミサイルの映像にシグナル表示されたレティクルが重ね合わさり、目標との距離を示す数値が減少していく。
「ああっ・・・!!このままじゃ・・・。」
冷静沈着な性格のフェイがおもわず狼狽する。艦橋にいる者全員が彼の動きを見つめていた。その時、誰もが考えたことだろう。ゼフィール=グラードは自分の身を犠牲にするつもりなのだ。と。
マークはメインモニターに表示されているガンダムMAと核ミサイルとの予想迎合地点を示す映像を厳しい表情のまま見つめていた。
メインモニターの映像倍率を標準にした位置でも弾頭の姿は目視できた。
機体の頭部につく後方センサーユニットの表示からも護衛する第二艦隊の位置は判明している。
「こ・・・・のッ!・・・・必殺の攻撃を・・・・っ!!受けて・・・みろーッ!!」
ゼフィールはガンダムMAのサイドポンツーンにあるノズルを最大出力で逆噴射をかけた。
慣性で彼の体を固定している4点式のシートベルトが鎖骨と腰に食い込み、みしり。と音をあげる。同時にガンダムの上半身を彼の搭乗するブロックユニットをGアーマー部分に残したまま核めがけて射出した!
緊急脱出時においてガンダムは爆砕ボルトによって上半身と下半身を切り離すことが出来た。中央にあるコアブロックユニットを素早く脱出させるためだ。
彼はそれを見越して無謀といえる神風的発想で突撃を行ったのだ。
上半身は核ミサイルに衝突すると再度宇宙に光の奔流があふれ、彼の視界もまばゆい光に遮られた。
機体が激しく揺れ動く。衝撃波だ。こういう場合は自分の舌を噛まないようにしっかりと奥歯を噛み締めて口を閉じ、衝撃に耐える他ない。
まるで風に舞うひとひらの花びらのように彼の機体は漆黒の闇へと吸い込まれていく。
折りたたまれていたコアブロックの機首と主翼が可変し、コアファイターとなっていた。彼が意識を取り戻した時に操縦席を見回すと、変形したことで視界が広くなったキャノピー越しの宇宙の大海原が広がっている。ふと機体の異常を示す警戒ランプが灯っている事に気づいた。航路設定プログラムが機能していない。機体も著しく損傷している。つまりは彼の乗るコアファイターは宇宙を漂う棺桶と成り果てていた。
気絶している間にノーマルスーツの酸素もほとんど消費してしまったのか、残量も1時間弱しか残されていなかった。
彼は覚悟を決めるしかなかった。
ヘルメットを脱ぎ捨てると腰に携えている拳銃をホルスターから抜く。
深呼吸をして目を閉じた。
「ここまでだな・・・・・・・。」
その時だった。
雑音混じりで何かが聞こえてきた。
視界の隅で流星が光る。
『きらきらひかーる、おーそーらーのほーしよー・・・・。』
『みーんなーのうーたがー、とーどーくといーいーなー。』
『きちんと探せ!』
『歌うの!そうすればおじさんもきっと答えてくれるよ!!』
『そんな真似できるか・・・・!』
彼のいる位置からは冬の大三角形を構成するシリウスの輝きがよく見えていた。
そして、そのラインに沿う形でジェシカの操縦するゲルググとその手に乗ったカチュアの姿があった。
『・・・あっ!!戦闘機!!』
ゼフィールはその声を聞くと銃をシートに寝かせて置いた。
ヘルメットを再度被り、キャノピーを開け放つとランドムーバーを腰につけ、彼女らに見えるように立ち上がった。
『・・・・あ・・・おじさん・・・歌ってる??』
ジェシカに触れあい回線を通じてカチュアの声が聞こえた。
「歌う?やつがか?」
いや、聞こえるはずなどない。無線で話せるような位置ではないのだから。ジェシカは機体を慣性で進ませていくと彼もシートを軽く蹴って宇宙へと身を投げ出した。
『おじさん、お歌上手だね!ルーシーってだあれ?』
無線で話せる位置まで来るとカチュアの元気な声が響いた。
旧世紀の曲の題名を女性の名と勘違いしている幼子の無邪気な様子にゼフィールは苦笑していた。
時に宇宙世紀12月27日。この日、ソロモンは陥落しドズル・ザビ中将は戦死した。
しかし、後の記録に核兵器が使用されたという記録はどこにも存在しない・・・。