【パメラ・スミス少尉の死、ミンミ・スミス伍長の退役】 692氏
深底鍋を逆さにかぶり、おもちゃの鉄砲を手に持って、ミンミは今日も戦場へ突入する。
男の子の中に一人混じって戦うのは、少し勇気のいることだ。
しかしミンミは気にせず銃を撃ち、泥だらけになりながら勝ち鬨の声を上げる。
何故なら、彼女の姉も遠い空で同じことをしていたからである。
パメラ・スミス少尉の死、ミンミ・スミス伍長の退役
「また汚してきたの」「いい加減止めなさい」「そろそろ怒るわよ」
母の怒鳴り声もなんのその、今日もミンミは戦場へ出かける。
深底鍋にこびりついた泥は歴戦の証であり、ゴーグルのレンズに走るヒビは英雄の勲章だった。
ミンミは女の子ながらチームの要だった。ミンミの姉も同じように優秀な軍人で、勲章をたくさんもらっていた。
だから、勇敢に戦って手作りの勲章をもらうと、ミンミは誇らしい気分になった。
姉を真似た敬礼と、少し変な軍人言葉を操れば、即席伍長ミンミ・スミスの出来上がりである。
「自分も姉上と同じぐらい立派な軍人になって、お国のために働くのであります」
いつしか、それがミンミの口癖となっていた。
空を見透かして宇宙を見上げれば、誇らしく胸を張って戦う、軍服姿の姉の姿が見えるような気がした。
そんなわけでミンミはあまり女の子とは遊ばなかったが、一人だけ、カチュア・リィスとだけは仲が良かった。
カチュアは少し不思議な子供で、他人が考えていることを言い当てたり、少し先のことを正確に予想してみせたりした。
だから、近所では不気味がられ、いつも一人で遊んでいた。
そんなカチュアを、ミンミは自分の遊びに引っ張り込んだ。敵が隠れている場所を探させたり、敵の行動を予測させたりするだけで、ミンミは前の二倍、三倍もの戦果を上げることができた。
カチュアも、特に嫌がるそぶりは見せなかった。彼女は純粋で、悪く言えばあまり善悪の基準に興味がないようだった。
だから、ミンミが「将来一緒に戦ってほしいであります」と誘ったときも、その意味をあまり考えていない様子で、何度も無邪気にうなずいてみせた。
そうしておもちゃの手作り勲章が箱いっぱいにたまったころ、戦争が始まった。
大人たちの会話を盗み聞きしたところによると、ずっと以前から仲の悪かった国を相手に、いつ始まってもおかしくなかった戦争が、ついに始まったということだった。
戦時のぴりぴりした危険な雰囲気の中、子供たちの遊びもほんの少し危険になった。
ミンミの生傷も日に日に増えていったが、彼女はむしろそれを誇示するように、胸を張って歩いていた。
ミンミの姉も優秀さ故に激戦区に派遣され、多くの戦果を上げているという。
その頃、ミンミはよく姉の夢を見た。
夢の中の姉は、軍服を身にまとい、厳しい顔つきで真っ直ぐに立っていた。
ある日、いつものように手柄を立てて得意満面のミンミが家に帰ってくると、母が泣き崩れていた。
何か悲しいことがあったらしい。母も父も落ち込んだ様子で、ミンミには事情がよく分からなかった。
次の日、葬儀の席で姉の写真を見たとき、ミンミはようやく、姉が戦死したことを知ったのだった。
ミンミは悲しく、同時に悔しかった。姉を奪った敵が憎らしかった。
その日から、ミンミはさらに雄々しく勇敢に戦い、手作り勲章はとうとう箱からあふれ出してしまった。
しかし、空しかった。どんなに相手チームの男の子を木剣で叩こうが、所詮遊びは遊びなのである。
いつか必ず兵士になって、本物の戦場で本物の敵を、本物の銃で撃ち殺してやろうと、ミンミは堅く心に誓った。
しばらくたったある日のこと、戦場に行く前に落ち合ったカチュアが、首を傾げながら言った。
「ミンミちゃんと話したがってる人がいるの」
「カチュア、今は戦場に急がねばならんでありますよ」
それでもカチュアが話してほしいと言うので、ミンミは渋々その相手と話すことを承諾した。
カチュアはミンミの手を引っ張ってどんどん歩いていった。たどりついたのはミンミの家だった。
不審に思うミンミを尻目に、カチュアは勝手に庭に入り、何故か歌いながら洗濯物を干し始めた。
その歌には聞き覚えがあり、その姿は誰かに似ていた。しかし、記憶に靄がかかっているように、詳細がどうしても思い出せない。
気を取り直したミンミが、一体どういうつもりかとカチュアに問いただそうとした途端、彼女は振り返った。
「久しぶりね、ミンちゃん」
カチュアの顔には、普段の彼女からは想像もつかない、大人っぽい微笑みが浮かんでいた。
ミンミは驚いた。その口調と眼差しの柔らかさは、紛れもなく死んだ姉、パメラ・スミスのものだった。
「今日はね、この子の体を借りて、ミンちゃんにお別れを言いにきたの」
本当に久しぶりに、ミンミは姉のことをお姉ちゃんと呼んだ。姉は微笑み、風にそよぐ洗濯物を懐かしそうに見上げた。
「懐かしいね。ミンちゃん、覚えてる? まだミンちゃんがちっちゃいころ、こうやって洗濯物干しながらお歌歌ってあげたこと」
そんな思い出話はしたくないと思った。姉は優秀な軍人だったし、自分も絶対そうなるのだから、別れはもっと厳かであるべきだと。
しかし、ミンミは知らず知らずの内に、幼いころ姉と遊んだ日々のことを思い浮かべていた。
同時に、思い出した。姉は洗濯をしたり歌を歌うのが好きな人で、自分のようにおもちゃの銃を持って駆け回ったりはしていなかったと。
「ああ、やっと思い出してくれたのね、ミンちゃん」
姉は嬉しそうに笑った。
「わたしね、ミンちゃんの記憶の中に、怖い顔の軍人として残るのが嫌だったの。だから遠いところに行く前に、お話をしにきたのよ」
それから少し首を傾げて、
「ねえミンちゃん、わたしがどうして軍人になったか、知ってる?」
ミンミは首を振った。姉は目を細めて笑った。
「ミンちゃんに、戦ってほしくなかったからよ。それじゃ、さよならね」
ミンミが止める間もなく、姉はいなくなっていた。後に残されたカチュアは、目を瞬いて、
「お話、できた?」
とミンミに訊ねた。
次の日、ミンミは久しぶりに、深底鍋もおもちゃの銃も身につけずに家を出た。代わりに、手作り勲章でいっぱいの箱を持っていた。
途中でカチュアにあったので、挨拶した。
「おはよう」
カチュアは不思議そうに聞いてきた。
「ありますって言わないの?」
ミンミは少し恥ずかしく思いながら、舌を出した。
「飽きちゃった」
それから二人は墓地に行き、パメラ・スミスと刻まれたお墓の前で手を合わせた。ミンミはそこで、箱ごと手作り勲章を燃やしてしまった。
その晩、ミンミは姉の夢を見た。
夢の中、姉は洗濯物を干しながら楽しそうに歌を歌っていた。
軍服はどこにも見あたらなかったし、もうミンミにはそれがどういうデザインだったか、思い浮かべることもできなかった。
だが、それでいいのだとも思った。
そして次の日以降、ミンミ・スミス伍長が戦場に立つことはなかったのである。
fin.