【And a じぇね"シス"】 192~氏



シスは漆黒の中にいた。
…と言っても。真っ黒な装束を身に纏い覆面までしている彼女。
その姿を見ても性別すら判別不可能であろうが…
それ以前に完全に気配を殺して潜む彼女を『見る』ことが出来る者は少ない。
同レベル、いや…それ以上のニュータイプでも存在を感知する事すら困難だろう。
人間に対してだけではない。
着用している衣類、その他の装備は高性能のセンサーすら騙せるシロモノ。
加えてシスは敬愛するオグマから潜入工作術について深く学んでいる。
普段は素っ気ないオグマだが自身を向上させる為に教えを請えば応じてくれた。
彼と過ごす時間を増やす意味でもシスは様々な知識を求め、得てきた。
その全てをフル稼動…万全の体制で任務に挑む。

目標は…24時間自動販売機……そこに売っている『モノ』を購入する。
それだけだが…決して誰にも知られる訳にはいかない。
知られれば死………しかしシスは死にたくはない。
故に緻密かつ完全な対策を練り行動している。
深夜12時から3時間経過した…その間、ずっと潜んでいた。
幾人かの客がコソコソと、あるいは堂々と訪れては去っていく。
―――(今夜はもう大丈夫。)
シスはそう判断して自販機の前に降り立つ。
五感+強化人間の感応力を全開で警戒。アリ一匹の接近でも悟れるはず。
よしんば目撃されても正体を確認される前に逃げ切れる。
それでも急ぐに越した事はない。
目的の『モノ』を素早く物色、偽造の身分証と紙幣を入れてボタンを押した。
 
「…シス、……なに、やってんだ?」
 
その声に誇張抜きで跳び上がるシス。
降下した天井の穴へ届くほど…
だが、そこへ手を掛けずにそのまま元の地面に着地した。…そしてへたれ込む。
跳び上がったのは驚いたからではない。反射的に逃げようとした。
驚いたから脱出を失敗したのだ。着地こそ反射的に行えたが……
状況を理解して腰が抜けたのだ。
無情にも購入した『えっちぃ本』が取出し口に落ちる。
もう泣くしか出来ない。
誰に知られても死……しかし。最も知られたくなかった人物にバレた。
死ぬことすら考えられないほどの悲しみがシスの思考を止めていた。
 
「………未熟ッ!」

しばらくの沈黙の後、オグマが一喝する。
シスが泣きながら振り返ると『えっちぃ本』をオグマが手渡す。
だがシスの思考はオグマの不敵な笑みに集中する。
 
―――俺がベラベラ他人に言い触らしたりすると思うのか?
   こんなつまらんことでお前を軽蔑すると思うのか?
   俺が声をかけた理由を考えてみろ……
 
シスの高い感応力がオグマの意思を読み取る。
普段は『無の境地』とやらで決して触れられないオグマの本心……
泣き止むことは出来なかったが心の嵐は止んだ。
涙を見せないようにオグマの腹に顔を沈め抱き着く。
その頭を優しく叩くように撫でるオグマ。
シスは改めて知る。自分の性能の高さを……
 
オグマの本質を見抜き選んだこと。
オグマを好きになることは必然だと。
 
 
 
誰もいない…今度はオグマの野性の勘も加わって真実に無人の公園。
ベンチに並んで座る二人……
 
「…さあ、…話してみろ」
『えっちぃ本』を用意した袋に完全に隠し終えたシスを促す。
正直に説明することは更なる羞恥を味わなければならない。
だがシスには嘘をつく事は出来ない。嘘をつけないわけではない。
偽りたくないのだ。さっき怒鳴られた『未熟ッ!』が効いている。
ここで真実を語らない=オグマを信用していない=未熟。
未熟者ではオグマの好意を得るなど夢のまた夢……
常人の聴力では音としてすら聞こえない声で語りはじめた………

「………某巨大掲示板で…SSを書いてみたの……すごい未熟だけど
 ……読んでくれたヒトもいて……GJくれたヒトもいて……
 もっと書いてみようって思ったの…
 でも…私……その………///」
ここで止まった。
それは仕方がない…書いたSSが『えっちぃ』ものだと告白することになる。
表現方法などを参考にする資料として『えっちぃ本』が欲しかったのだから。
自身の知識、妄想だけでは足りないとシスは判断したのだ。
 
ニュータイプではないが洞察力だけで察するオグマは再び問う。
「…恥ずかしいなら…何故、恥ずかしい文を書く?」
オグマに他意はない。率直な疑問だ。だがシスは曲解した。
恥ずかしくても書きたい、恥ずかしい文が好きなのだと思われていると。
恥ずかしいことばかり考えている、恥ずかしい子だと思われていると。
「…違うの!…えっちが書きたいわけじゃないの!
 その…えっちな文を書いてると…すごく恥ずかしくて…頭が回らなくって…
 すごく大変なの!…そんな状態で文を書くの難しいけど…
 苦しい……けど……まだ書ける!!
 みたいな…なんか…文章力あっぷに繋がるかな?って……」
今度は普通の聴力でも聞こえる声。シスにしてみれば絶叫だ。
それは剥きになっている…つまりは曲解した内容を全肯定してしまったのだ。
オグマには理解されてしまっただろう。シスの瞳に涙が浮かぶ。
その頭を…今度は撫でる以外に表現しようのない撫で方で撫でる。

「……そうやって己を高めることを怠らない所を俺は気に入っている…」
 
浮かんだ涙は違う理由で溢れた。隠す為ではなくオグマに抱きつく。
「…それにな、なんやかんやで成長を抑制されてても…お前は18歳なんだろ?」
シスは兵器として長く使用に耐えられる部品として強化されたのだ。
オグマの言葉は真実だが…その台詞の意味することは………
『18歳ならエロくても仕方ねえだろ?』
恥ずかしさのあまり…それに怒りも加味されて入れてはいけないスイッチが入る。
―――理解ってるなら!…私の気持ちも…えっちな子だってことも!
   理解ってるなら!…応えてよぅ…///
叫びたい気持ちが強すぎて叫べない。代わりにオグマをポカポカと殴る。
ポカポカ→ボカボカ→ドカドカ→ドスドス→ドッギャーン!……ドドドドドド
最終的にそこらに転がっていた大きな石で殴打していた。
それら一切を…軽く避けられるはずだが避けずに…どころか。
シスの手や腕にダメージが無いようにわざと力を抜いて攻撃を喰らうオグマ。
額を割られて血を垂れ流しながら…またシスの頭を撫でる。
 
「…いい攻撃だ。…隠密行動も見事だったしな……俺の教えをよく守る……」
撫でられて褒められて……シスは真っ赤になる。暴虐も止めた。
血を流したまま不敵に笑うオグマの笑みが続きを語る。
 
―――もう少し…成長したら…もっと褒めてもらえる…惚れてもらえる…?
 
「…お前の気持ちが本物なら……今すぐでも応えてやるさ!」
シスは何も言えなくなった。
 
―――本物だって剥きになったら未熟…
   でも本気なのは本当なのに…
   オグマも理解ってるのに…

つまりは遠回しに拒絶されている…と、ここで気付く。
 
―――私、やっぱりまだ未熟なんだ…
   オグマは出来ないことは言わない…
   未熟じゃなくなったら……応えてくれるって意味なのに………
   拒絶されてるとか考えるなんて………
 
「さあ…もう寝ろ……」
頷いて答える。オグマが歩く方角はシスの部屋の方角……
―――部屋まで送ってくれるの?
普段は素っ気ないオグマだがたまにはこんな時もある。
………シスは今の状況で充分しあわせだった。
 
 
―――今は…今だけは
   いつか…未熟じゃなくなるまで…
   『人形』じゃなくなるまで…
 
 
         完?
 
 
おまけと言う名の自分ツッコミと蛇足

…帰り道
「…それにしても、ネットでエロいの探せばよかったんじゃねーか?」
「……スーパーハカー対策……ログ追尾されてエロサイト巡りしてることとか…
 ……もし素性までバレたら…厭。」
「そうか…で、どのスレに投下したんだ?」
「……っ!
 …言えない!…言わないんじゃなくて…言えない!!
 恥ずかしいからじゃなくて…
 オグマが来て…書き込んだりして…何かの弾みで私が腐女子だってバレたら…
 腐女子がスレにいるってバレたら…スレの空気悪くなるもの…///
 だから絶対に言えない……///」
「じゃあスレには行かないからSSは見せろよな?!」
「…っ!……っ!!…///」
巧み?な話術に翻弄されるシス…
こうやって未熟さを突かれているうちは認めてもらえないだろう………しかし。
 
「…そう言えば………オグマはどうして『あそこ』に居たの??」
「………っ!!!」
 
……そう遠い日ではないのかも知れない。
 
 
                完?