【ある女性の苦難】ナニガシ氏
「エエーッ!?」素っ頓狂な声が艦内に響く。
その向かいにはその反応をさも当然、というかのような表情で彼女を見つめる男がいた。
「仕方ないだろう。こっちにはまだまだ人手が足りないんだ。いくら君がオペレータ…」
「だからって、聞いてませんよー!?ワ・ワタシがパイロットですかー!?」
艦長らしき男が言い終わる前に彼女は再び叫んだ。今にも泣きそうな彼女をなだめるように男は言う。
「大丈夫だ。今回君には後方支援を中心としたテストをしてもらう。そこまで激しい戦闘地域には行かせない。
もし危なくなったらすぐに帰還してくれ。」
「それなら、別に乗らなくてもいいじゃないですか…」
「そうも言ってられん。君がここでデータを残さないと会社に報酬が来ないんだ。もし報酬が来なかったら…」
「来なかったら…?」
「当分君に乗り続けてもらう。」
「何でですかー!?」
「人手が雇えないんだ。覚悟を決めてくれ。」
「そんな…」
涙目で訴える彼女に視線を合わさずに、男は言った。
「ま、今回だけだ。夢だと思って諦めるんだな。」
G・G社は試作機のテストパイロットをし、それで得た報酬で成り立ち、世界各地で活動を行っていた。
だが世界各地から来るオファーを受け続けたため、
テストパイロット達を召集する十分な時間がないまま新たなオファーを受けてしまったのである。
そこで急いで集めれたのがこの輸送艦ガルダに集まったメンバーだったのである。
「こんな生々しい夢、見たことないよう…」
個室で半泣きの彼女こそ、アヤカ・ハットリその人である。本来はオペレーターとしてこのG・G社に入った"はず"だった。
そんな彼女が今、人生最大の危機に立ち向かおうとしているのである。
「うぅ…こんなことしてたらお嫁に行けなくなるぅ…」
もはやこの世の終り、そんな壮悲感漂う彼女の部屋にノックの音が響く。
「アヤカさーん、居るー?艦長から話聞いたよー」
空気が読めてないんだか、あえて読まなかったのか。底抜けに明るい声がした。
「クレアちゃーん…」アヤカが涙声で迎え入れる。クレアと呼ばれた女性が答える。
「まーまーアヤカさん、リラックスリラックス。」クレアはむしろこの状況を楽しんでるように見える。
「そんなこといったって、ワタシがMSに乗るなんて想像してませんでしたよー!」
「だいじょーぶ!このクレア・ヒースロー、助太刀いたす!…なんてね!」
クレアが来たせいか、重苦しかった空気も幾分か和んでいた。
「で、クレアさん。一体何をしてくれるんですかー?」
「うーん…よし、まだ出撃まで時間があるみたいだし、ドッグに行ってみよ、ね?」
―それから数分後―
「エルンスト艦長ー、これからアヤカと整備ドッグへ行きますけど、いいですよね?」
たとえ相手が上官であろうと誰であろうと変わらぬ姿勢を崩さぬクレア。これが彼女の持ち味でもある。
「ん、そうか。かまわないがいつ敵が襲ってくるか分からないからな。なるべく早めに済ませろよ。
エルンスト艦長も軽く答える。
「ハイハーイ!」
分かってるんだか分かってないんだか。とことん明るいクレアを不安そうな面持ちで見つめるアヤカ。
「で、私達が乗る機体ってなんですか?」
「口で説明するより見る方が早いだろ?分かったんなら急げよ。」
「わっかりましたー!じゃアヤカ、行こ!」
「ちょ、クレアちゃん!?落ち着いて!」
スキップでもしそうな軽い足どりでアヤカを引っ張るクレアだった。
―ドッグにて―
「何コレ?戦闘機?」
「バカ、立派なMAだよ。」
「ええー、そんなぁ…てっきりガンダムだと思ったのに…」
「そんなのが来るとでも思ってたのかい?」
「だってMS乗りの夢だよ!『クレア、ガンダム行きまぁーす!』なんて言ってみたいじゃん!」
「だ・か・ら、そんなMSが来るほどウチはまだ信用されてないの!」
「どういうことよ?」
「あんたが何度もテストマシンを壊したからだろ!」
「痛い!痛いよケイちゃん!」
ケイと呼ばれた帽子をかぶった女性がクレアをヘッドロックする。
「あ、あれはまあその、イマイチ気が乗らなかったっていうか…」
「気が乗らなけりゃ壊してもいいってか?直すアタシ達の身にもなってみろ!」
「ジムだのザクだのそんなんばっかじゃん、ワタシには合わないんだって!」
「まーだそんなこと言うか!オファーが減った4割はアンタのせいだからな!」
「うぅ…ゴメンナサイ…」
あっさりと引き下がるクレア。仕事がなければMSにも乗れなくなるんだから当然だろう。
「とにかく、このギャプラン改が不服だってんならアンタが乗らなくてもいいよ。」
「じゃあ、誰が?」
「アヤカさん、話は聞いてるよ」
帽子の中の顔がニヤリ、と笑う。
「ワ・ワタシですか…?」
「そ、このギャプラン改は可変機構を備えたギャプランの、MAが持つスピードを強化してできたの。
ヒット・アンド・アウェイを中心にやってけば下手糞なアンタでも落とされずにいけるよ。」
「そんなにウマくいくものですかねぇ…」
「ウマくいく、いや、いかせるのがパイロットってもんだ。落ち着いて指示通りに動けば大丈夫さ。」
「ねーねーケイちゃん、ワタシの機体は?」
「そんなにMSに乗りたいってんならほら、そこの緑色の」
「ウワー、趣味悪ーい。で、武装は?ビームランチャーとか、スナイパーライフルとかさぁ、もしかして、核とか!?」
「そんな物騒なものつけてどうすんのさ。ビームサーベルだけだね。」
「へ?ケイちゃん、冗談キツイよー。」
「冗談?間違いなくMS時にはサーベルだけ。メタス改の仕様書にそう書いてある。」
「MS時?じゃあこれ変形するの?そのときにきっとスゴーク強力な武器が」
「ハイメガキャノンだけ。」
「それだけ?」
「ウン、それだけ。十分強力じゃない。」
ケイとクレアをよそに整備ドックの中を恐る恐る進んでいくアヤカ。
普段はオペレーターとして勤務する彼女にとって、ここはあまり足を踏み入れない場所だった。
どことなく薄暗く、かといって湿気のない場所。
「少し、気味が悪いかなー…」
「アヤカさん?」
「ヒャァア!」
「悪い。驚かす気は無かったんだが。」
「あーガイさん、ビックリしますよぅ、こんなところじゃ」
「それにしても、何故こんなところに?」
「それが…」
アヤカがガイに事の顛末を話す。普段あまり感情を表さないガイだが、少し驚いてるようだ。
「ああ、艦長から話は聞いていたが…にしてもなんでアヤカさんが?」
「それが分かれば苦労してないですよ〜。ところでガイさんは何のようで?」
「ああ、俺のMSを見ておきたくてな。ほら、向こうの。」
「ガンキャノンですか?」
「新型だそうだ。ま、お互いがんばろうな。」
「ハイ!では、ワタシはこの辺で。」
挨拶して、部屋に戻るアヤカだった。
「とは言ったものの、どうやって乗り切ろう…」
部屋に戻ったっきり、事実を思い出しまた一人ブルーになるアヤカ。
突然艦内に放送が入る。
「敵艦の接近を確認しました!パイロットは至急作戦室へ!繰り返します…」
「あぁ遂に来ちゃった…とりあえず行かなきゃ…」
足取り重く作戦室へと向かうアヤカ。そこにはすでに皆が集まっていた。
「アヤカ、遅いぞ。」エルンストが注意する。
「スイマセン!スイマセン!」完全に目が泳いでるアヤカ。緊張してるのは誰の目にも明らかだった。
「で、艦長。敵の編成は?」ガイが訊ねる。
「ん、マリア伝えてくれ。」
「ハイ、艦長。敵はガルダ級二機です。展開された部隊はハイザック6機と想定されます。」
「そうか、ありがとう。さて、作戦だが…基本はガラバの奴らがどうにかしてくれるだろう。」
「なんか楽ですねー。」クレアが明るく答えると、エルンストはジッと睨み付けた。
「ただ、俺らはあくまでも機体のデータを取ることが最重要点だ。したがって各機落とされることのないように。
モチロン、活躍すればするほど先方からの報酬が増える。そこは頭の片隅にでも入れておいてくれ。」
エルンストがアヤカの方を見る。
「そして…今日が初陣の奴もいる。皆死なないようにな。」
「艦長……アノ……」
「なんだ、アヤカ?」
「ワタシ、やっぱり自信が……」
「いいか、アヤカ。始めは誰だって自信なんて持ってない。そんなもん結果をだしてから付くものだ、気にするんじゃない。
それに、お前はしっかり残りの奴らをサポートすることだけを考えろ。いいな?」
「ハイ…分かりました」
「他の奴はもう行ったぞ!オマエも早く急げ!」
「ハイ!」
発進ハッチまで行くとそこには慌しい状況が目に映った。
「クレア!準備できてる?」
「こっちはいつでも!『さあて、いよいよ生本番だぜ!』なんてね!」
「そんなセリフ、一体どこから持ってきたんだい?まあいいや、ハッチ開けて!」
「クレア、行きまーす!」
「ったくアイツったら…ガイさん、準備いい?」
「ああ!ガイ、ガンキャノン出るぞ!」
「さて、後は…」
「ケイさん…」
「なんだい?アヤカさん。乗っちまったんだからもう泣き言は聞きたくないね!」
「ウゥ…怖いよぅ…」
「そんなんじゃヤラレるよ!ったくもっとシッカリしろ!ほら、早く出て!」
「ア・アヤカ、アヤカ・ハットリ行きます!」
「クレアちゃーん、ワタシどうしたらいいの?」
おそるおそる伺うアヤカ。クレアの返事はそれとは違って底抜けに明るいものだった。
「うーん、ガイさんが地上で援護するから、アヤカさんは空から!以上!」
「そ、そんなぁ〜…」
アヤカの心配とは裏腹に戦況はガラバ有利に傾いていった。
その中に物凄い勢いで突っ込んでいく緑色の機体、メタス改の姿がそこにはあった。
「さ〜て、やりますか!」
『隊長!未確認の機体が一機こちらに近づいてきます!」
『相手は一機だ、回り込んで囲め!』
六機が散り散りに広がる。伝達の遅れか、一機が一瞬遅れる。クレアがその隙を見逃すはずがなかった。
「『こういうとき、あわてたほうが負けなのよね』…なんてね!」
『敵機、高速で突っ込んできます!』
『何!?』
「そこぉ!遅ーい!」一振りで勝負が決まる。ハイザックの動きが止まり、そして爆発。
『い、一機撃墜されました…!』
『……一機ぐらいくれてやれ!とにかくアイツを止めるんだ!』
「次!」
『敵機、さらに加速していきます!』
『他の機体は何やってるんだ!はやく援護を要請しろ!』
「さぁ!行くよッ!!秘剣ツバメ返しーッ!!」
『また一機……バ、バケモノだ……』
一方ガルダでは獅子奮迅の活躍をするクレアを見守っていた。
「どうしたんだ、アイツ?あんなに張り切っちゃって。」
「艦長。」「なんだ、ビリー?」
「いや、発進前にケイさんが言ってたんです、『どうせあれにはサーベルしかないんだから、後先考えず突っ走れ』って」
「……なるほど。」
「にしても、目茶苦茶な太刀筋ですね。あれが剣道じゃ有効打にもなりませんよ。」
ため息混じりに話すのは、この艦のマスコットであり、おっかさん的な存在のミリアム・エリンだった。
「相変わらず手厳しいですな。」苦笑いを浮かべるエルンスト。
「ええ、黒帯は伊達じゃありません!」
さも当然のように答えるミリアム。
モニターには暴走とも思えるメタス改、それをシッカリと援護するガンキャノン・ディテクターの姿があった。
「で、アヤカは?」
「……まだ空でオロオロしてますね……」、
「ッタク、仕方がないな。」
次の瞬間、和やかなムードが一転する。
「敵の増援です!ガルダの逆方向からハイザックタイプ五機、アッシマータイプ三機確認!」
「マリアさん、回線を!」
「いいか、オマエラ、敵の増援だ!こっちは後ろを取られた!
とくにアッシマーが空からやってきている。奴が地上を狙ったら厄介だ!アヤカ、食い止めろよ!」
「了解しました!」
「ラジャ!地上はまかせて!」
「オイ!アヤカ!聞こえてるのか!答えろ!」
「ハ、ハイ!」
どんどん上がる心拍音は今、ハッキリと聞こえてくる。
「アヤカ、いいか?落ち着いて相手をサイトに入れろ。そしてロックオンする瞬間を見逃すな。あとは発射ボタンを押すだけ。いいな?」
「ハ、ハイ。了解しました!」
「もうすぐやってくる。突っ立ってるだけじゃ落とされるからな!」「ハイ!」
エルンストのアドバイスも頭に残らない。
アヤカは思う、(もうすぐって何時だろう?)と。ここでは一秒が長く思えてくる。
もう、逃げられない。その緊張だけが彼女を包む。その瞬間。
「き、来た…!」
ぼんやりとだが目視できるその独特のフォルム。丸い機体が三機、加速してアヤカの方へ迫る。
「お、落ち着いて照準を合わせて…」
しかし、一機のアッシマーの大型のビームライフルの発射口から光。
そして、光は束となってアヤカを襲う。
「キャァァ!神様、仏様、助けて〜!」
完全にパニック状態に陥った。とギャプランの機体が突然急加速を始める。
間一髪で避け飛んでいく。制御の効かなくなった機体がさらにスピードを増す。
「誰かぁー!ダ レ カ ト メ テ ー !」
「落ち着け!オイ、落ち着け!」
今やエルンストの声が耳に入るはずがない。このままでは死が待っている、その恐怖と抵抗が本能となって彼女を突き動かす。
『なんだ、あのパイロット!?心中する気か!?』
彼女の思惑とは裏腹に敵パイロットを混乱させるには良い行動だった、と言える。
もはやアッシマーのスピードでは彼女を捉えるのも一苦労だった。
「ど・ど、どうすればいいの〜!」
三機のアッシマーを通り越え、急旋回して再度加速する。少しの間それが繰り返される。
そのとき、かすかではあったが照準が合う。瞬間、彼女の体が引き金を引いていた。
ギャプラン改の肩からビームが発せられる。そしてその中にアッシマーが一機、吸い込まれていった。
「ウソ……?堕ちたの……?」
人を殺めた。その事実が彼女をパニックから救った。とたんに落ち着きを取り戻す。
『あ、あんな初心者みたいな動きに追いつけないだと!?』
『早く照準合わせ!偶然は二度と続かん!』
スピードを上げ、タックルを狙う二機のアッシマー。食らったらひとたまりもない。
しかし、焦ったのかその軌道はいかに初心者のアヤカと言えども落ち着いていれば問題なく避けれるものだった。
「待って、コッチに来ないでぇ〜!まだ覚悟が〜!」
言うやいなやすんでのところでかわすアヤカ。そしてまた照準が合う。
「悪いですけど、動かないでください!当たらなくなるから!」
そうして放たれたミサイルが一発の漏れもなくアッシマーの機体に突き刺さる。
『た、隊長ォー!』
『よくも、部下たちをー!』
「ハァハァ…、アレ?弾が……」
鬼のような勢いで迫るアッシマー。今のアヤカにはそれを打ち落とす弾が無かった。
「も、もうダメェ〜!」遂に目を瞑るアヤカ。(終わった。ワタシはここで死ぬんだ…)
目を開けるとアッシマーから火花が飛んでいた。
『な、一体何が…?』
爆発。そして、静寂。アヤカが辺りを見回す。するとスッっと現れる緑の機体。
「アヤカさん、オマタセ!」
「ク、クレアちゃん……?」
「おいおい、俺を忘れないでほしいな」
下を向くと爆発が起きたちょうど下にガンキャノンのキャノン砲がこちらを向いていた。
「ガイ……さん?ぜ、全滅ですか!?スイマセン、スイマセン!」
「バカ、何言ってるんだ?」ガルダから通信が入る。「か、艦長……?」
「オマエ、まだ理解してなかったのか?ちゃんと生きてるよ。」
「アァ、そうだったんですか……キャア!」
「どうした?様子が変だが?」
「ナ、ナンでもありません!別に変なことは…」
「艦長、そっとしてあげてください。」「マリア、わかるのか?」「なんとなく、ですが。」
(そうだよねぇ…アヤカさん。"漏らした"なんて、口が裂けても言えないよねぇ…)
同情するような表情でマリアが言う。「皆さん、お疲れ様でした!順次帰還して下さい!」
―数日後―
「艦長、何ですか話って?」
「まぁ、その……アヤカ、オマエにとって良い知らせと悪い知らせが届いた。」
「何ですかソレ?」
「一つは先日の事だが……」
「思い出したくないですよぅ〜」
「悪い悪い、あの時のデータだが、先方がすごく喜んでな。
なんでも設計時に想定してた以上のスピードが出たとか、出なかったとかでな。
それで、こっちへのボーナスがすごいことになってな、コレ、オマエの分だ。」
「……ウワ!?こ、こんなに貰っていいんですか!?」
「ああ、いいとも。しかし。」
「しかし?」
「『また次も乗ってくれたら』という条件でな」
「エエ〜ッ!?」
艦内に響く声。また、騒がしい一日が幕を開けるのであった。