【贋作・罪と罰】 4296氏
「娘はどこだ!」
奴が僕の胸倉を掴み、銃を僕の眉間に押し当てる。
「だから博士は、全てを消した。研究施設もなにもかも」
そこでゼノンの計画は頓挫した。
「反宇宙連邦政府軍を影ながら指揮する必要があったとは言え、あなたは娘から離れるべきではなかった」
僕は椅子から立ち上がる。
拳銃は、僕の眉間を突いている。
怖くは、ない。
これから、自分のすることを思えば。
「反宇宙連邦政府軍から離脱するのも、早すぎましたね」
ゼノンは反宇宙連邦政府軍の指揮を放棄し、娘探しに奔走した。
イワンの指揮する反宇宙連邦政府軍はあまりにも脆弱過ぎた。
追い詰められたイワンは、次々に手段を選ばない作戦を展開させた。
しかし、どの作戦も決め手にはならず、最後に、自軍の本拠地ごとその全てを吹き飛ばしてしまった。
「結局、二人の実験体も、失ってしまったわけだ」
シス・ミットヴィルとレイチェル・ランサム。
「戦争資源としての強化人間。そんなお題目を掲げたおかげで、大事な実験体を宇宙に上げざるを得なかった」
しかし、そんなお題目の元でしか、強化手術は認められなかった。
つまり、こうなるのは必然だったのだ。
「…貴様」
「とんだ茶番劇だ」
「…娘は、娘は、どこだ!」
「僕は知りませんよ。ジェフリー博士が残した記録があります」
ゼノンの目が見開かれる。
「そこには、あなたの娘の場所、強化手術の方法、その全てが残っているそうです」
「在り処を言え!」
ゼノンが鬼のような形相で、僕を睨む。
銃口を僕の眉間へと突き立てる。
こんな痛みなんか、へっちゃらだ。
「そこにありますよ」
僕は右手で、『それ』を示した。
ゼノンが僕の指を辿り、『それ』を見る。
「…何…だ、と…」
「初めから、録音なんかしていませんよ」
フラッシュメモリが、そこにはあった。
次の瞬間、ゼノンは振り返って僕を見た。
「貴ッ様ァァァァァッ!!」
感情が見え見えだよ。
引き金を引く時は、感情を殺せ。
アンタが僕に教えたことじゃないか。
ゼノンが引き金を引くりも早く、姿勢を低くして、ゼノンの下半身めがけて体当たりをした。
ゼノンは受身を取れず、そのまま後方にふっとぶ。
僕はすぐに起き上がって彼にのしかかり、両足で彼の両手を踏みつけ、動きを防いだ。
「き…ッ!」
老いたな。
非力すぎるよ。
「もう一つ、面白いことを教えてあげましょうか」
ゼノンが何か言う前に、僕は言葉を紡ぐ。
「ジェフリー博士は、よほど貴方のしたことが腹に据えかねていたようですね。面白いことを僕に教えてくれましたよ」
ゼノンは、僕を睨みつけている。
「貴方の子どもが抱えた障害は、簡単に言えば、成長しない障害だった」
心身ともに、子どものままなのだ。
「おかしいと思わなかったんですか?そんな障害を抱えるはずの娘が、年相応に育っていくのが」
「何…」
ああ、そうか。
博士の評価は正しかった。
コイツは、自分の娘を救う方法ばかりに目が行って、自分の娘を、見てはいなかったんだ。
「2年間の戦争の中、貴方の娘、アヤカ・ハットリは年相応に育ってましたよ」
畳み掛けるように、僕は言う。
「ジェフリー博士は、貴方の本当の目的に気がついていた。戦争が始まるずっと前から。貴方が戦争を起こす為、反宇宙連邦政府軍とコンタクトを取るなどの活動を行っていたとき、貴方は娘の側にいなかった。博士に預けていた。その間、貴方の娘に何があったか、貴方は、知らない」
「何を…」
「ジェフリー博士は、何をしたと思います?」
僕は、いま、笑っているのだろうか。
「貴方の娘と、実験体の一人を入れ替えたんですよ」
「か…っ」
黙れよ。
僕は屈んで両手でゼノンの口を封じる。
「ここまで言えば、もう分かりますよね。二人の実験体。シス・ミットヴィルとレイチェル・ランサム。成長していなかったのは、どちらか…」
−強化人間シス・ミットヴィル−
「彼女が、本当のアヤカ・ハットリ。貴方の娘ですよ、ゼノン・ティーゲル」
ゼノン・ティーゲルが朽ちていくのが分かる。
「つまり貴方は、自分の娘を助けるつもりで、結果的に、自分の娘に強化手術を行っていたんですよ」
散れ。
「戦争が始まる前も始まってからも2年間の戦争の間も、娘をジェフリー博士に預けて、貴方は反宇宙連邦政府軍の指揮活動に望んだ。戦争を長引かせ、強化実験を存続させる為に」
朽ちろ。
「その間、博士は復讐の手段として、娘と実験体を入れ替え、強化手術を行った。そうして彼女は、人工NTとして、連邦政府上層部を通じ、Gジェネレーションズに迎え入れられた」
堕ちろ。
「うぅ…」
呻け。
出来るのはそれくらいだろ。
「イワン・イワノフを殺したのも貴方でしょう。死体はどこにあるんです?この山の中のどこかですか?」
自暴自棄になって全てを破壊したイワンは、ゼノンにとって憎むべき相手だったはずだ。
「娘を助けることに躍起になって、強化手術にしがみ付いて、その結果、貴方は娘を殺した」
ゼノンの体から力が抜けていく。
そこで僕は、カラーコンタクトを外した。
僕の赤い瞳が、ゼノンの目に映る。
「お久しぶりです。父さん」
そこで、ゼノン・ティーゲルは、死んだ。