【デザートフォックス】Fire氏



トブルクの陥落により、リビアの戦いはジオンの大勝利に終わった。また、リビア東部の最重要拠点を抑えたことにより、いよいよエジプトへの道が開かれた。ここトブルクの飛行場に航空隊を誘致し、昼間でも、一時的な制空権を確保し行動できる。また、現在修理中のHLV発射基地が修復完了すれば、再び攻勢を行うだけの兵力補給も受けられた。何より最大の軍港の存在により、海上船舶による通常物資運搬ができることが大きかった。ジオン軍総司令部は表向きこの快挙を歓迎し、トブルクについて、更なる兵力の補充を約束した。それに伴う整備中隊と工兵隊の拡充や、新型兵器の実地テストなども行われた。

比較的涼しい昼下がりの午後、ニキ・テイラーは休日を満喫していた。敏速を尊ぶデザート・フォックス――ゼノンの部隊は縁起を担がれて、かの有名な砂漠の狐の部隊名で呼ばれるようになった――といえども、さすがにしばらく作戦行動はない。急速に膨れあがりつつある大部隊を展開するには、必要な物資も倍増するため、書類手続きなど手間取ることも多く、それなりの時間が必要なのである。兵力が増えることは、必ずしも良いことばかりではなかった。よって、少なくとも6月半ばまでは大規模な作戦行動は不可能であった。
敵の動きも低調なので、士官も兵士も交代で休息を取るようになっていた。
久しぶりにゆっくりと休めそうなので、ニキは読書をしていた。そして何冊か読み終わった後にある事に気づいた。自分が前から読もうと思っていた本が無いのである。散々探してみたが、見つからない。そこで何とか思い出そうとして記憶の糸をたどってみたが、誰かに貸したような気がする。だが、肝心の誰に貸したかがどうしても思い出せなかった。
「困ったわねぇ・・・」
どうせ暇なので、ニキは心当たりの人物を片っ端からあたってみる事にした。

「ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!ジーク・ジオン!」
ニキがエイブラム・ラムザット少佐の部屋を訪ねると、彼は熱心にジオン式の敬礼の練習をしていた。
「うん?どうしたのだ、テイラー大尉」
エイブラムはジオンのマークをプリントした黒シャツを着こみ、顔面に汗をしたたらせていたが、やがてニキに気づいた。
「・・・いえ、ちょっと探してる本があるものですから、少佐に貸したかどうか訊きたかったんですけど、お邪魔でしたね」
「そうか、私は貴官から本を借りた覚えはないな」
「そうですよね、では失礼しました」
「待ちたまえ、キミも一緒に練習をしないか?今なら本国で大人気のジオンTシャツをプレゼント――」
ニキは話が終わる前に、急いでその場を立ち去った。

ニキが士官食堂の前に来ると、話し声が聞こえた。この声はエルンスト・イェーガーだ。
「まったくよー、あの姉ちゃん人使いが荒いってんだよな。あんな無茶な作戦立てやがってよ。もっと楽に勝てる作戦考えろっての!」
誰のことを言ってるのかは一目瞭然だった。ニキが後ろから忍び寄ると、一緒に愚痴っていたパイロットたちが一斉に黙った。
「大体よぉ、顔は美人なのにあれで男が寄ってこないんだぜ、なぜだかわかるか?心が凍るくらいの冷血女だからだよ。だからあんなひどい作戦を俺たちにやらせるんだぜ」
「それはすまなかったですね、次はもう少し温かみのある作戦を立てることにしましょう」
「そーそー、わかればいいんだよ、わかれ・・・」
イェーガーは即座に立ち上がり、振り向いて体をまっすぐにすると、これ以上ないほどの完璧な敬礼をした。
「やぁ、作戦幕僚殿、いつもご苦労様であります!」
「そんなことはありません。あなたがた前線のパイロットに比べれば、私の苦労など、砂漠の塵にも等しいでしょう」
「これはご謙遜を、あなた様の苦労に比べたら、我々の任務など、ぬるま湯に浸かってるようなものであります」
「いきなり陸式の言葉遣いをしなくてもよろしいのですよ、階級は同じなのですからね、大尉殿」
「いーえ、自分は作戦幕僚殿を尊敬してますので、敢えてこうしてるのであります」
そろそろ許してやるか、とニキは心の中で呟いた。この男は以前、女だと思って自分に舐めた口を訊いたのでMSの模擬戦でボコボコにした中のひとりだった。念入りに痛ぶったので、自分もやりすぎで営巣入りを喰らったが、それ以来、妙に怖がられている。MSパイロットの中では腕の立つ方だったが、いかんせん上には上がいるのだ。
「ところでイェーガー大尉、私に本を借りた覚えはないですか?」
イェーガーはブルブルと首を横に振った。
それを訊いて満足したニキは食堂を出て行くことにした。だが、最後に振り返ってこう付け足した。
「次の作戦を楽しみにしていてくださいね」

「テイラー大尉ではないか。ちょうど良いところで会ったな」
気安く声をかけてきたのはハルト・ランガーだった。
「実は、いいものが手に入ったんだが、ちょっと俺の部屋まで付き合ってくれないか?」
聞くものが聞けば、どう考えても誘っているようにしか見えないが、ニキはハルトがどういう男かよく知っているので、あっさりと誘いに乗った。可能性からいけば、この男が一番高い。
「ええ、いいですよ」
ニキがハルトの部屋に入ると、そこには隙間なく、足の踏み場もないくらいに戦車のプラモデルで埋め尽くされていた。それ以外のものといえば、「月刊タンクマガジン」やら「宇宙の戦車」などの戦車雑誌ばかりだ。ニキもそれほど詳しいわけではないが、T-34とかBT-7、KV-1、JS-2、M4シャーマン、イージィーエイト、マチルダ、チャーチル、パーシング等の第2次世界大戦の戦車が特にお気に入りらしい。
「ランガー大尉、実は探し物をしているのですが、私から本を借りた覚えはありませんか?」
「うん?さぁ知らんな。それよりこれを見てくれ!」
ランガーの手には、とても強そうに見えない・・・というか、明らかに弱そうなちんまりとした戦車が握られていた。
「ついに手に入れたんだ!これこそ日本軍が誇る97式中戦車チハ!ああ、長かった。マニアの間ではプレミアものだからな。うん、この小ささがたまらなくキュートなんだ。チハタンは実にカワイイな」
ハルトは普段の凛とした容貌とは正反対の子供のような無邪気な笑顔で悦に浸っていた。
これがなければ毎年ジオン軍の女性兵士の間で暗黙の内に行われている、抱かれたい男ランキングのトップを狙えるものを。その甘い容姿で女新兵の多い通信オペレーターの中では隠れファンクラブもあるらしいが、実態を知らないというのはつくづく幸せなことだ。
「ド阿呆が・・・」
ニキは聞こえないように小さな声でそっと呟いた。

ニキは、ゼノンに呼び出されて大隊長室に来た。ニキが入ると、ゼノンが本を渡してこう言った。
「礼をいう、だいぶ参考にさせてもらった。かなりおもしろく読ませてもらったよ」
ニキは本を手にとって、確かめた。ああ、確かにこれは自分が探していた本だ。
ニキはさっそく読書を続けるために戻った。
その本はこのような題名になっていた。

「砂漠の狐」 著パウル・カレル

ニキ・テイラーは休日でもとことん職業軍人だった


熱砂の砂漠、そう呼ぶにふさわしい光景である。ここに水を垂らせば即座に蒸発して消え失せる。MSのボディに生卵を落とせば、それはたちまちの内に目玉焼きへと変化する。科学の発達した宇宙世紀になっても、ここで闘う戦士たちへ容赦なく襲い掛かる試練の厳しさは変わることはない。
周囲は見渡す限りに砂礫が広がり、なだらかな隆起が波打つ流砂の海は、この地で猛々しく争う愚かなる人間の営みを包み込む。もしも、大地の神というものが存在するのならば、その澄ました天眼で呆れ果てて眺めやっていることだろう。
その永劫にも続くかと思われる黄海の中途で、金属の擦れるような、例えるなら伝説の植物マンドレイクの悲鳴を思わせるような勘高い機械音を響かせながら、ひとり奮闘する者があった。
「ちくしょ──────ッ!」
エルンスト・イェーガーは見慣れない機体に乗っていた。その不気味な形状はモビルアーマーを連想させる。ずんぐりとした土色の体躯に短い足、腕はなく腹部に装着された巨大な円錐状の突起物が更にその存在感を気味の悪いものにしていた。
見る者が見れば、その瞳を輝きに満たすことだろう。男のロマン――ドリルと呼ばれるものである。
ひと言で表すならジェット・モグラ――この言葉がふさわしい。
圧倒的な焦燥感と闘いながら、イェーガーはつい先日のことを思い出していた。

「イェーガー大尉」
イェーガーはゼノンに呼ばれて格納庫へ来ていた。辺りには所狭しとMSが並んでいる。
「ハッ!なんでありましょうか、大隊長殿」
イェーガーはゼノンの後方に付いて歩きながら応えた。
「実は、本国の方から新型MSが送られてきた。そこで実地テストを頼まれたのだが・・・」
ゼノンはどこか複雑そうな表情でイェーガーを見つめた。
「それで、貴官にその操縦を頼みたい」
イェーガーは考えた。新型機というのは大抵どこか不具合が発見されるものだ。それゆえに事故なども多く、パイロットに相当な技量を持った者を選ぶことが多い。これは、自分の技量を認められたということだった。だから、
「おまかせください。必ずや乗りこなして見せます!」
イェーガーは自信を持って率直に返事をした。
それを訊いたゼノンは嬉しそうに頷いた。
「そうか、ありがたい。実はこのような任務が可能なのは貴官しかいない、と作戦幕僚から是非にとの推薦があったんだが、貴官は期待通りのパイロットだったようだ」
「──────え?」
イェーガーは途端に寒気に襲われた。嫌な予感がする。この言いようのない不安感はどうしたことだ。
まずい、マズイマズイマズイマズイマズイマズイ・・・
「よし着いた。これがその新型MSだ」
ゼノンに導かれて辿着いた先にあったのは、ザクとは似ても似つかないバランスの悪そうな機体だった。
「これがジオン軍MS技術敞が開発したプロトタイプ・アッグだ。次の作戦でどうしても必要になる。頑張ってくれ」

イェーガーは半ば自棄糞に掘り進んだ。
こんなものでトンネルが掘れてたまるものか。ひと目見ればわかるだろうに。ジオン軍の技術者の目は節穴か。それとも脳味噌のとろけた奴しかいないのか。これだから技術屋は嫌いなんだ。
「あのくそアマァ──────!覚えてやがれェ――!」
その後、奥まで掘り進んだところで砂崩れが発生し、流砂に押し潰されたことはいうまでもない。
ザクがスコップ――これまた男のロマンである――で掘り返し、ようやく助け出されたときには憔悴しきっていた。
この実験で得られたデータは、たとえMSを用いても砂漠のど真ん中ではトンネルも塹壕も掘るのは難しく、簡単な縦穴のタコツボ程度しかできないということである。

ゼノンは作戦室の椅子に腰掛け、先の試製型アッグの実験結果について報告を受けていた。
「失敗したか・・・」
残念と思う反面、やはりという気持ちの方が強かった。どう考えても、あんなMSが役に立つとは思えなかったからだ。
噂によると、この戦争の行方を一気に決めてしまうほどの大作戦で使う決戦兵器という話だったが、あんなMSをどんな作戦で使うのか、常識人の自分には想像もつかなかった。
渋面を崩さぬまま、ゼノンはニキの報告に耳を傾ける。
「以上が、この実験で得られたデータです。MSによる掘削作業では、この地で坑道を掘ることは不可能との結論に達しました」
ニキは何の感情も交えずに淡々と説明した。
ゼノンが疑問を口にした。
「なぜ、こんなわかりきったことをやらなければならないんだろうな」
その口調はどこか吐き捨てるような言い方だった。
「はっきり言えば、彼らはやってみなければわからない、と本気で思っているのでしょう。科学者というものは、何でも数字やデータで証明しないと気が済まない変人ばかりですから」
ニキが辛辣に答えた。
「それじゃ、我々はさしずめモルモットというところか。ぞっとするな」
ゼノンはうんざりした。兵器など、所詮はただの道具ではないか。良い兵器と良い兵士、自分ならば確実に後者を選ぶ。
「イェーガー大尉には悪いことをした。彼には何かで報いてやらねばいかんな」
「いえ、彼は自分の義務を果たしただけです。自分の技量を承知した上で引き受けたのですから、後悔はないでしょう。それに、これはある種の政治取り引きです。本国のご機嫌を取らねばならない以上、誰かがやらなければならなかったのです」
「ああ、確かに彼は見事に期待に応えてくれた。他のパイロットなら死んでいたかもしれん。あの体力は素晴らしいものがあるな」
ゼノンは自重した。そのとおりだった。本当に悪いことをしたと思うなら、最初から命ずるべきではなかったのだ。
死ぬのが必然のような命令を出しておいて、後になって「悪いことをした」とか「あの時はああするしかなかったのだ」などと宣って平然とするような指揮官をゼノンは唾棄していた。
だから軽はずみな言動は慎むべきだったのだ。彼は立派に義務を果たした。彼のようなパイロットに報いるためには、戦いに勝つことだ。
勝てるような指揮を自分がすることだ。彼の頑張りを無駄にはすまい。
イェーガー本人が聴いたら「おいおい、俺は死んでねぇよ!」とツッコミが入りそうなことを考えていたゼノンが気づくはずがなかった。
ニキの瞳に妖艶な輝きが宿っていたことを。

エル・アラメイン――そこはかの有名な砂漠の狐の進撃が潰えた地である。防御に適した地形の少ないエジプト砂漠の中でも、丘陵や高地が集中し、鉄壁の要害を構築するに最も適した地域であった。
その数多ある丘陵の中で最も東方、つまりは後方に位置するアラム・エル・ハルファ高地の頂上付近に置かれた師団司令部にハワード・レクスラーは居た。
「さて、もう一度検討してみよう」
ハワードはエル・アラメインの地形が描き込まれた地図を凝視した。
「敵は6月半ばに攻勢を開始し、7月初旬の現在はエル・アラメインから西方300kmの港町マルサ・マトルーまで迫っている。そしてここ、エル・アラメインは海岸から南方に渡って丘陵が密集している。その更に南はカッターラ低地と呼ばれる塩湖が干上がった断崖の集まる領域が広がっている。かの砂漠の狐もここを迂回できず、エル・アラメインを正面突破しようとして失敗したわけだが・・・」
参謀長が発言した。
「ジオン軍はMSを持っています。カッターラ低地の踏破は充分に可能なのではないでしょうか」
「いや、いかにMSといえどもここを迂回して我が軍の後方に回り込むなら、無補給で何百kmも行軍しなければならない。MSが崖を登れても、トラックなどの輸送車両は無理だろう。行動できたとしてもせいぜい少数部隊だ。恐れることはない。この2ヶ月でこちらの戦力は増強されているから、戦車一個大隊も配置しておけば充分だろう」
「しかし、ガザラ・ライン突破の例もあります」
ハワードは、なおも食いさがる参謀長に冷静に応じた。
「ガザラの時は前線との連携ができた。だが、カッターラ低地を迂回すれば前線との距離は何百kmも離れることになる。猟兵部隊を送り込んだところで各個撃破してやるさ」
「では、海岸はどうでしょう?」
今度は作戦参謀が訊ねる。
「ガザラ、トブルクと同じように海中からの夜襲でくることはありませんか?」
これもハワードはあらかじめ予想していたのか丁寧に答えた。
「その可能性は高い。なにしろ敵はこしゃくな砂漠の狐を部隊名に用いるほどの食わせものだ。だが、それも心配は無用だ。海岸線には入念に陣地を構築しておいた。さらに付近の海には駆潜艇を常時、張り付かせてある。海中から来てもソナーで捕捉するさ。今度は前回のようにはいかん」
ハワードの顔は自信に満ちあふれていた。いつまでも奇襲が通用すると思ったら大間違いだ。奇策など、所詮は数の少ない雑魚の悪あがきにすぎない。
そんな論理が通用するのは頭の悪い妄想の中だけだ。そして、現実に部下の命を預かる司令官として戦う以上、妄想でしか存在し得ないような程度の低いやられ役を演じる気はさらさらなかった。
「エル・アラメインに存在する主要な丘陵にはすべてトーチカを設置した。これらはすべて大型ビーム砲を装備している。ジオンのMSがいくら堅くても一撃で粉砕できる。こちらが高地に陣取る以上、射程も上だ。海岸線にも設置したから万が一、上陸を許しても問題ない」
ハワードの言葉に勇気づけられて、幕僚たちから安堵の表情が生じた。
「返す返すもリビアで使えなかったのが痛いですね。宇宙ならともかく、動きの鈍い地上ではビーム砲があればジオンのMSなど敵ではなかったのに」
「仕方がないさ、砂漠ではビーム砲の運用は放熱対策をしなければならん。それに大型のビーム砲を設置するのは時間が掛かる。これらのことを踏まえて考えても、デザート・フォックスの攻勢が早すぎた。だが、アレキサンドリアに近い、ここエル・アラメインではそうはいかない。資材の調達が楽にできたから1ヶ月で満足な防備を構築できたのだ。2ヶ月かけた今はもはや完璧な布陣と言っていい」
そして、エジプト地区には海岸線に沿って列車が走っていた。敵も今頃はこちらが破壊した線路を復旧しているだろうが、トブルクまでは遠い。
こちらはアレキサンドリアからすぐに列車で資材の調達が可能だ。制空権確保も今は一進一退の攻防が続いており、線路の大規模爆撃まではどちらもできない状態だった。
ハワードは不敵に笑みを浮かべた。さあ、来るなら来いデザート・フォックス。いつでも返り討ちにしてくれる。

ブラッドはエル・アラメイン前線の高地のひとつにいた。岩盤の陰に掩体を設けてあり、そこに61式戦車を隠してあった。
周囲の味方も同様に偽装を施してあったが、砂漠なのでほとんどが簡単な戦車壕やタコツボだった。
さすがに丘陵地だけあって、四方は鮮やかに視界が確保されていた。岩壁を掘ってコンクリートで固めたトーチカから突き出した大型ビーム砲の砲身が何より頼もしかった。
「クククク・・・チョロイ、チョロイぜ」
ブラッドがひとりで不気味に笑っていると、傍らのニードルがいかにも頭の悪そうな疑問の表情を浮かべて訊ねた。
「何がチョロイんだァ?ブラッドよォ」
「いや、もう勝ったも同然だろ。こんなに味方の数がいるんだからよ。おまけに鉄壁の陣ときたもんだ。俺たちの出番はないだろうよ」
ブラッドは安心しきっていた。ベンガジの時はひどいめにあったが、今度は大丈夫そうだった。あの時は敵前逃亡を誤魔化すために必死で味方を煽動した。なに、どうせみんなで逃げ出したんだから連帯責任だ。俺が悪いわけじゃない。危ない橋、みんなで渡れば怖くない。ああ、なんて素晴らしきかな誰も責任をとらない体制よ。
だが、ブラッドはあんなことはもうしたくなかった。良心が痛むからではない。戦争は無抵抗な弱いゴミを踏みつぶすのが一番おもしろいからだ。勝つ戦争ほど、この世でおもしろいものはない。負ける戦争ほど、この世でつまらないものもない。
敗者の美学?どこのおめでたいバカだそいつは。そんなものは豚のケツにぶち込め。
平和を愛する心?寝言は天国へ逝ってからほざけ。
ここをどこだと思っている。かつて、泣く子も三日でゲリラになると言われたアフリカ大陸だぞ。
「アッババババババババババァァァァァァァァ――――――!?」
ブラッドの思考は突如響いた奇声で中断した。
「ククククくるくるくるくるくるくるぞぞぞぞぞぞェェェ――!」
この奇怪な電波ボイスはドク・ダームだった。
「おいっ!やべぇよ!」
事態を悟ったニードルが慌てて叫んだ。
「落ち着け!とりあえずまだ時間はある。チャンスを見てこっそり離れるぞ」
相棒のドク・ダームは変わった奴だったが、時々、不吉な死の匂いを予知することがあった。もちろん、信じる奴はいない。そいつらは信じる前にみんな死んだ。
ブラッドはため息をついた。
「やれやれ、今度こそは楽ができると思ったんだがなぁ」

闇夜に紛れてブラッド一味が逃走をはじめた頃、最初に異変に気づいたのは立哨だった。
遙か遠くで雷鳴の轟くような大気の振動を感知したのだ。
何事かと周囲を見渡してみるが何もない、しばらくすると空気を切り裂くかのような遠音が耳に入り、やがてそれが近づいてくると爆発音に変わり、大地に突き刺ささったかと見紛うような振動が生じた。爆発音の方向を視ると、小山があったはずのその地点には、何も存在しなかったかのように大きなクレーターができていた。
しばらくすると、先刻の飛翔音が何度も繰り返され、ついに陣地へ飛び込んできた。
地面に衝突した爆弾は、着発で起爆し、周囲一帯を薙ぎ払った。半径250mに存在した何もかもが残らず爆風で吹き飛ばされ、破片で潰された。
それは、神の怒りをこの世に顕現したかのような圧倒的な破壊であった。
この日、連邦軍陣地の至る所でメギドの炎が吹き荒れた。

「観測班より報告!エル・エイサ丘陣地沈黙、撃破確実。エル・マクバド丘陣地大破。第2次攻撃の必要無しと認む。以上です」
通信員からの報告を受け、ゼノンがすぐに指示を出した。
「よし!目標をミティリヤ丘陵に変更しろ。弾種は先と同じタイプ・ゼロ、命中確認でタイプ・スリーに移行。最後にトーチカ破壊用のタイプ・ワンでとどめを刺せ」
淡々と指示を出すゼノンの命令を聞きながら、ニキは遙か地平線のむこうで展開しているであろう圧倒的な暴力に嫌悪の感情を抱いていた。
そんなニキの気持ちを知ってか知らずかゼノンが口を開いた。
「連邦は鉄壁の要塞を築いたつもりだろうが、すべて無駄だったな。2ヶ月も我慢した甲斐があった」
現在連邦陣地で破壊の暴風雨を発生させているのはジオンの超兵器、超砲身1メートル列車砲だった。
発射速度は毎時間12発――つまりは5分に1発。最大射程100km、口径1メートル、重量10トンの砲弾を発射できる。
ザクの装甲に使われている超高張力鋼の技術を応用して造ったジオン冶金技術の集大成だった。
かつて、80センチ列車砲ドーラと呼ばれる兵器があった。部品を列車で運び、輸送組み立てに最低2週間、組み立て要員が2千名というバカ兵器だった。
砲を動かすだけでも大量の電力を必要とするため、発電用の装置まで輸送しなければならなかった。
とんだ役立たず兵器だったが、MSのおかげでまともな運用方法が編み出された。
成人男性の身長は170センチ、ザクの体高は18メートルである。理屈の上では、人間が10センチ砲を扱うのとまったく変わらない。
組み立ても砲弾と装薬の装填も砲の旋回も発射もすべてMSによって行う。名実ともにザクが「砲兵いらず」となった瞬間だった。
連邦のトーチカに備えられているのは大型ビーム砲だ。基本的にビームは曲げるのが困難である。そしてトーチカは動かない。
よって、敵の遙かな射程距離外から一方的な攻撃が展開できる。
動かない要塞に命中率など関係ない。当たるまで撃てばいいのである。
慌てずに正面から堂々と陣地をひとつづつ潰す――いや、この言葉ではまだ足りない――消滅させていくのがゼノンの考えだった。
「これはもはや戦闘ではありません。一方的な虐殺です」
ニキは吐き捨てるように言った。このような戦術も糞もない美しくない力押しはニキの信条に反していた。
「結構だ。それが戦争というものだろう。戦争なんてものは本来、味も素っ気もない戦闘が大半なのだ」
ルウム戦役、コロニー住民を毒ガスで抹殺した一週間戦争、と常に戦争の最前線に身を投じてきたゼノンには、それが嫌というほどわかっていた。
そして、この若い幕僚にはまだ、そこまでの胆力を求めることができないことも。
あるいは、やはり女では――一瞬浮かびかけた考えを即座に打ち切った。
だがこのとき、ゼノンはあることを心中で浮かべていた。
「MS隊突撃の前にタイプ・ツーで一掃しておけ。爆風で炎を吹っ飛ばせば消火の手間が省ける。一石二鳥だ」
タイプ・ツーは燃料気化爆弾だった。
ゼノンは知るよしもなかったが、この一年戦争をもって全宇宙を巻き込んだ大戦争は消え失せる。
そして、軍隊が最も軍隊らしかった時代は終わりを告げる。
戦争はMS同士の戦いが中心になり、戦車も砲兵も歩兵も前線からは姿を消し、機動歩兵のみによる戦争が展開されるようになる。
敵軍の総司令官にニュータイプと呼ばれる人種が就くようになり、戦闘は総大将の首を狙った一騎打ち方式――中世の戦術まで退化する。
一民間人パイロットが敵の総大将を仕留める華々しい英雄の時代が到来するのである。


エル・アラメインの戦闘報告(ジオン宇宙軍方式に則って報告)


エル・エイサ丘     大破炎上  敵陣地撃破確実
エル・マクマド丘    撃破
ミティリヤ高地      撃破     ミティリヤ低地へノ地名変更ヲ提案ス
ルワイサット高地    中破炎上  敵陣地撤収確実
エル・アラメイン     小破     敵部隊ハ逃走セリ
アラム・ハルファ高地  小破    敵師団本部ラシキ形跡アリ スデニ撤退シタモノト思ワレル 


  報告者  アル・アルハザット


アレキサンドリアに逃げ帰ったハワードは心を蝕む痛苦に喘いでいた。敵はとんでもない大型砲を持ち出してきた。
あれを使われたらアレキサンドリアも簡単に陥ちるだろう。
もはや、正攻法では打つ手はなかった。
ハワードが苦悩していると、連絡が入った。ある人物が到着したらしい。
さっそく、ハワードはその人物を自分の部屋に通した。
その男はスラリとした精悍な青年だった。肩まで伸びる長髪も、きっちり揃えられており不潔な印象は受けない。
細長い顎に引き締まった口元とキリリとした眉、そして鋭い目つきをしていた。
「よく来てくれた。君の到着を待ち望んでいたよ。このアレキサンドリアを守りきるためには、もはや君だけが頼りだ」
ハワードは敬礼ではなく、握手で出迎えた。
「本当によく来てくれた。マーク・ギルダー少佐」


7月下旬、アレキサンドリア基地の飛行場にミデア輸送機が降り立った。
あらかじめ控えていた整備士や技術者たちが慌ただしく駆け寄り、中に収められていた物体を引き出して運び出す。
その物体は輸送トレーラーの上に防塵ネットが被せられていたが、ここにジオンのスパイがいれば、すぐにでもその正体が判明したであろう。
ネットからはみ出たそれが、すべてを物語っていた。それは明らかに純白と鮮赤で彩られた人型の足だった。

マーク・ギルダーは司令官室で型通りの着任挨拶を交わすと、さっそくハワードとの打ち合わせに入った。
「こちらに来る前に、アレキサンドリアの現状について、渡された報告書を読んでおきました。報告書の内容について、あれから変化はありましたか?」
ハワードは首を横に振った。
「いや、特に新しい動きはない。敵もさすがにあの大砲を輸送するのに手間取っているようだ。だが、敵がここに来るのも時間の問題だろう。そして、我々はここを捨てるわけにはいかん。北アフリカ最大の基地であるアレキサンドリアが陥落すれば、カイロ・ポートサイド・スエズは陥ちたも同然だ。北アフリカはジオンのものになる。南アフリカのナイロビ基地は戦略的重要度が低いから戦力もほとんど無い。スエズを抜かれたら、現在アラビア半島でオデッサ方面軍の攻撃を受け止めている味方が挟み撃ちを受ける。それだけは阻止せねばならん。ここで持ちこたえるしかない」
「それは厄介だ・・・。それで、司令官はこれからどのような防衛計画を練るつもりです?」
「君には正直に言おう。打つ手なしだ。敵の大型砲はとてつもない威力を持っている。しかも、それを運用しているのはMSが10機以上だ。いざというときには防衛もできる。戦車部隊と爆撃機隊を向かわせたんだが、どちらも撃退されたよ。戦車では歯が立たない。爆撃機は敵戦闘機にほとんど撃墜され、高精度爆撃のために速度を落としたところをMSに撃ち落とされた。まったく・・・戦車よりも強く、歩兵並の占領能力と不整地踏破能力を持ち、マシンガン並の発射速度の高射砲になり、おまけに今度は砲兵の真似事までやってくれた。これで空でも飛べたらもうお手上げだ。他の兵器など全部消えるだろうな」
ハワードは忌々しげに言った。だが、すぐに真剣な目でマークを見据える。
「だが、敵の優位もこれまでだ。ついに我々もMSの開発に成功したのだからな。しかも、敵のMSを確実に破壊できるビーム兵器の小型化に成功したそうじゃないか。やっと我々がイニシアティブを握る時が来たようだ。そうだね、ギルダー少佐」
ハワードの瞳は期待に満ちていた。だが、ギルダーはそれを振り払うように冷静に告げた。
「MSの生産はまだまだ始まったばかりです。私が指揮するMS大隊も、大隊とは名ばかりで実際は3機の本部小隊しか稼働していない状態です。今回私が派遣されたのは、MSの砂漠における適応データを取るためでり、それ以上でも以下でもありません」
「だが、今や我が軍は風前のともし火だ。こんな時に実戦データも何もないのではないか?砂漠戦そのものができなくなるかもしれないのだぞ!」
「いいえ、ここで少しでも適応データを取得しておけば、来るべき大反攻に役立てることができます。大局を見据えれば、あなたの軍を助けて危険を冒すより確実に軍に貢献できるでしょうな」
ハワードは二の句が継げなかった。だが、ギルダーは冷静な顔から一転、笑顔でハワードに話しかけた。
「ですが、友軍を見捨てるのは気分が悪い。正式な命令ではないですが、協力はしましょう。上には何とか誤魔化しておきます。ただし――」
ギルダーはひとつの条件を出した。
「こちらのやりたいようにやらせてもらいます」

8月初旬、ゼノンはザク・タンカーの本部でその報告を受け取った。
「MS中隊が全滅しただと?」
エイブラムが苦々しい表情で報告を続ける。
「本日未明、線路沿いの物資集積所を守るイェーガー中隊のザク12機が何者かに襲われ全滅。パイロットは8人が死亡、4人が無事です」
「どういうことだ?」
「生き残ったイェーガー大尉の証言によると、白いMSに襲われたそうです。鬼神の如き強さだと申していました。また、ザクの残骸から取り出したメモリーにもその戦闘の映像が記録されております」
エイブラムは映像をスクリーンに映し出した。
画面には白い2機のMSが動いていた。
「これは・・・」
ゼノンは目を見開いた。白いMSの撃ち出すビームによって、ザクが一撃で撃破されたのである。ザクが取り囲んでマシンガンを撃つが、白いMSには擦りもしない。明らかにザクよりも機動性が上だった。いや、機体の性能だけではここまで圧倒的な差は生じない。パイロットの腕が並はずれていた。自身も並はずれたパイロットであるゼノンには、このMSの動きの凄さが理解できた。まるで、ザクの攻撃をすべて読んでいるかのように常に射線を外している。このパイロットはとてつもない実戦経験を積んだベテランに違いない。自分でも8割程度なら見切る自身はある、経験によって予測するのだ。だが、このMSのように10割となるとそうはいかない。もはや神の領域と言っていい。もう1機の方は少し動きが悪かったが、それでもやはり、ザクの動きを先読みしているとしか思えない動きをしていた。ザクが回避する方向へあらかじめビームを発射するのである。
だが、不可解な部分があった。狙われるのは腕や足、頭部ばかりだった。コックピットや致命的な部位への攻撃はひとつもなかった。
もう1体の上級者と思われる方は容赦なく急所へ攻撃をしているというのに。
「変だな。手加減をしているとでもいうのか」
ゼノンの疑問にエイブラムが同調する。
「確かにおかしな話です。2機ではこちらを捕虜にすることもできないでしょうし、事実この後に、この白いMSは撤退しています」
「捕虜にしないなら、パイロットを討ち取っておくはずだが、中世の騎士道精神でも発揮したつもりなのか?」
その割にはなぶり殺しにしているようにしか見えない。ビームサーベルで両腕と両足を斬り落とし、首を刎ねる。
MSでなかったら、残酷な拷問でもしてるような感じだ。
「わかりません。もう1機にやられた8機のパイロットは全員戦死しました。4機の方はMSは使い物にならないほど破壊されましたが、パイロットは一応無事です」
「一応とは?」
「イェーガー大尉以外の3人は精神異常を起こして再起不能の状態です。しばらくは戦力にはなりませんな」
ゼノンは溜息を吐いた。
「どちらにしても、貴重なベテランパイロットを失わなかったのですから幸運です。生き残ったパイロットの証言により対策を練ることもできます。敵に感謝したいくらいです」
「しかし、ついに連邦もMSを生産したのか。これから苦しくなりそうだな」
実に厄介なことだった。この映像を見る限り、性能もザクより上のようだった。
ましてや連邦の生産力はジオンより遙かに優れているのである。
「確かに。ですが、まだまだ数は少ないと思われます。たった2機でゲリラ戦を展開しているのがいい証拠です。敵が数をそろえる前にアレキサンドリアを陥落させるべきです」
「わかった。とりあえず、この情報は本国へ送っておこう。信じるかどうかはわからんがな。本国の貴族連中は・・・まあ、いい。とにかくアレキサンドリア攻略の準備を急がせろ。準備が終わり次第、進軍する」
どちらにしても、自分は担当する戦線で全力を発揮するしかなかった。
たとえ、総合的に負けることになっても、自分にはどうしようもないことだ。
その時、白いMSを目にして以降、蒼白な顔をしていたニキが口を開いた。
「お待ちください。私に考えがあります」

アレキサンドリアの南、エジプト地区の最大主要都市、カイロでマーク・ギルダーはMSテストを続けていた。
ここならば、まだ敵の攻撃を受ける心配はない。また、敵の勢力範囲に出向いてゲリラ戦を仕掛けるのにも都合がよかった。
何より、いざというときに撤退がしやすいというのが最もポイントが高かった。
ギルダーが現在乗っているのは陸戦型ガンダムと呼ばれるMSだった。V作戦発動を受けて開発されたRX-78の1号機が先月ようやくロールアウトし、それに伴って、開発時に造られた余剰部品を使って先行量産された開発ナンバーRX-79[G]だ。100mmマシンキャノン、ビームライフルと2本のビームサーベルを装備し、背部にコンテナを着け、そこにミサイルランチャーや180mmキャノンも装備できるらしいが、それはまだ装備されてない。
装甲はルナ・チタニウム合金を用いている。これはテストで鹵獲した敵MSの120mmマシンガンをはじくことに成功している。
宇宙戦用の装備を取り払った完全な陸戦専用のガンダムだった。20機以上が生産され、半分以上が東南アジアに送られたという話だった。
こちらは砂漠戦ということで、関節部やマニュピレータに防塵フィルターが装備されたのだが、おかげで3機しかまわされなかった。
「ジュナス!そっちはどうだ?」
ギルダーは2号機のパイロットであり、自分の部下であるジュナス伍長に声をかけた。
「良好です、隊長!今だったら、ひとりで一個中隊を撃破できますよ」
ギルダーは「まったく、しょうがない奴だ」と小声で呟いた。
ジュナスは元々自分が隊長を務める戦車大隊の隊長用戦車、その操縦士だった。連邦軍内でMSパイロットをつのっていたので、自分と一緒にテストを受けたところ、二人とも優秀な成績で合格したのだった。
二人の能力はこの前の実戦でも証明された。たった2機のガンダムが敵MSの一個中隊を全滅させたのである。多少の性能の良し悪しでできることではなかった。もっとも、ギルダー自身は、あの戦いで勝ったとは思っていない。本当は列車砲を破壊するつもりで攻撃したのだが、情報が間違っていた。ただの物資集積場だった。しかも物資の大半は持ち出された後だったので、たいしたダメージにはなっていないだろう。
MS中隊全滅はかなりのダメージなのだが、ギルダーは自分の力を過信していなかった。
アレキサンドリアからの報告では近々、敵の攻撃があるらしい。おそらく敵は射程距離内に列車砲を持ってくるだろうから、その時がチャンスだった。味方も討って出るだろうから、敵の目をひきつけてもらい、側面から一気に列車砲まで駆け抜けるつもりだった。
心配といえば、2号機のジュナスだった。隊長車に乗っていただけあって、腕はいいのだが、実戦経験がゼロだった。
常に後方にいて、滅多に前線に出ないから仕方ないとはいえ、この前の戦いが始めての敵との遭遇だった。
思った通り、ジュナスは敵を殺すことができなかった。
戦場で精神が昂ぶるのはよくあることだが、ジュナスが「本当は誰も殺したくないんだ!」などと叫んだときには本気で心配した。
まあ、戦うことそのものは好きなようなので問題はなさそうだった。単に弱いものいじめが好きなだけかもしれないが、どちらにしても戦力になるなら、それでかまわない。
現在戦線に投入できるのはギルダーの1号機とジュナスの2号機だけだ。もう1機は万が一のときのためにデータを持ち帰るため、残しておかなければならない。
しばらくすると、通信が入った。
敵の攻勢が始まったらしい。
「よし!出撃するぞ」
今度こそ仕留めてやる。ギルダーは気を引き締めた。

翌日、両軍は正面から激突した。
連邦軍は基地で籠城しても無駄と悟り、討ってでる方針に決定。列車砲を使われる前に乱戦に持ち込む戦術をとった。
ジオン軍はこれを見越し、MSの火力と機動力を活かしてこれに相対し、列車砲の攻撃を恐れて散開した連邦軍を各個に討ち取っていった。
だが、さすがに連邦軍も数が多く、戦車を何百輛も撃破されつつも、まだ粘っていた。
だが、このままでは時間の問題であることも確かだった。損耗率はすでに限界に近づきつつある。だが、絶え間ない突撃が功を奏し、ついにジオンの左翼に戦力を引きつけることに成功した。

マーク・ギルダーは突進した。味方のおかげで敵の右翼後方は比較的防御が薄かった。敵戦車が向かってきたが、難なく撃破した。
射的ゲームのように正確に撃ち抜いていく。敵も必死で撃ってきたが、あらかじめ撃つ事がわかっている攻撃を避けるのは簡単なことだった。ギルダーのガンダムが避けるたびに後方で爆発が生じた。ギルダーが目の前の戦車をビームサーベルで斬りつけ、砲塔ごと断ち切ったとき、ジュナスの2号機が突出していく姿に目を留めた。
乱戦に巻き込まれて周りが見えていなかった。
完全な失敗だった。急いで追いかけて援護しようにも、まだ敵の数が残っていた。後部から撃ち抜かれたら、いくらガンダムの装甲でも保たない。結局、この近辺の敵を掃討することがジュナスの援護に繋がる。ギルダーは腹をくくった。

来た!ニキは向かってくる敵MSの攻撃をその俊敏な動きで回避していた。敵の方が速度は上だったが、出力が強すぎるせいか、直線的な動きが多かった。だから、ニキは曲線を描くように敵の射線をはずすことを心掛けた。
思った通り、この敵機は実戦経験が足りないようだった。こちらの挑発にまんまと引っかかってくれた。もう1機と分断することに成功したようだ。そろそろ良さそうだ。
「イェーガー大尉!」
ニキの呼びかけに応じてタコツボに潜んでいたイェーガーのザクが敵の後方間近に姿を現した。両手にはヒートホークを構えている。イェーガーの振り下ろした渾身の一撃に、さすがの敵機も避けきれず、ビームライフルを盾代わりして辛うじて防いだ。ビームライフルの銃身が溶解し、二つに折れて地面に転がった。
「よし!接近戦で決着をつけます。イェーガー機は私に合わせなさい!」
ニキも二刀流で突進した。敵もすかさずビームサーベルを2本抜く。4本のヒートホークと2本のビームサーベルが交錯した。
それはまさに剣舞のような動きだった。ニキとイェーガーの二人が合同で織りなす円の動きが、確実に敵の動きを封じていく。それは、何度も模擬戦を交わした二人だからこそできる阿吽の呼吸だった。いかに動きを見切ろうと、いかに敵より速く反応しようと、絶対的な手数の多さを避けきることはできない。ニキの攻撃が敵の右脇腹を狙ったかと思えば、イェーガーは左の脚部へとほぼ同時に攻撃する。同時攻撃を防いでも、そのまま2機のザクが回転し、今度は左脇腹と右頭部へ後ろ回転斬りを放つ。どんなに見切っても、どれほど防ごうと、この数限りなく披露される演舞の輪から抜け出すことはできなかった。

やがて、終演のときが来た。イェーガーの放った一撃がコックピットに直撃したのだった。イェーガーは躊躇することなくそのまま寸断した。戦場で敵に情けをかけるようなバカは死んで当然だった。
イェーガーは先日の恐怖を思い出していた。機体の両手両足をもぎ取られ、いつコックピットを攻撃されるかわからない恐怖。
そこまでなぶった上で、敵はイェーガーを見逃した。これは歴戦の戦士に対する侮辱だった。
このパイロットは確かに凄い腕だった。だが、自分が特別だとでも思っていたのではないか。見逃した敵が対策を練って自分を殺すことまでは考えてなかったのかもしれない。
イェーガーはかぶりを振った。どちらにしても、自分が生き残り、敵は死んだ。最終的には俺の方が強かった、俺の勝ちだ。
この戦いが終わったら、野戦病院にいる部下たちの見舞いに行こうと思った。何よりの土産話になるだろう。

ギルダーは自分の迂闊さを呪った。ジュナス機の反応がなかった。あいつの化け物染みた強さを過信しすぎていた。
戦場に絶対などあろうはずがないのに。
もうぐずぐずしてはいられなかった。一刻も早く列車砲を破壊しなければならない。ギルダーは機体の負荷を気にすることなく全力で戦うことにした。やられてしまっては元も子もない。
まず、眼前の戦車隊を目にする。次の瞬間跳躍した。大きく弧を描いて飛翔したガンダムは、敵の攻撃を受けなかった。当たり前だ。高射砲でもなければそんな仰角はとれない。そのまま敵のど真ん中に着地、敵の戦車を踏み潰してさらに跳躍した。
敵の後方に着地すると、振り返ることなく攻撃をかわして進み続けた。
これで敵の防御線は突破できたはずだ。
事前情報によれば、目指す先には列車砲があるはず。そして、そこにはMS隊が待ち構えているだろう。
望むところだった。今はとことん強気だった。
心はすでに戦いの中で煮えたぎっていた。

ゼノンはザクのコックピットで敵MSを待っていた。報告によればこちらへ真っ直ぐに向かっているということだった。
すでに人事は尽くした。あとは天命に任せるだけだった。
やがて、敵が砂煙を後方に曳かせながらダッシュで向かってくるのが見えた。
ここを突破されたら、列車砲は目の前だった。
敵の姿がだんだん大きくなってくる。やがてその些細な部分まで視認できるようになった。
だが、まだだ。ゼノンは焦る心を必死で抑えつけていた。敵はすでにビームライフルを捨てていた。マシンガンらしき武器もすでに無かった。おそらく、ここに来るまでの間に使い果たしたのだろう。ならば、接近戦を挑んでくるはずだった。
もっと引きつけてからでなければ当たらない。こちらの攻撃を100%見切ってしまう相手なのだ。
敵MSが目と鼻の先まで迫ったときにゼノンは命令を下した。
「フォイア!(撃て!)」
ザクマシンガンが前後左右上下すべての隙間を埋めるように撃ち出された。ここは宇宙空間のような広い三次元空間ではない。陸上MSは重力に縛られた二次元の戦いを強制されるのだ。
この時はまだゼノンが知らないニュータイプも、重力に縛られればただの人とほとんど変わらなかった。
だが、敵MSはマシンガンの攻撃をものともせずに装甲ではじき返して突き進み、大きくジャンプした。
かかった。ゼノンは内心で歓喜の声を上げた。
敵の目標が列車砲だということはニキの指摘で薄々わかっていた。列車砲を破壊したら即座に退散するであろう事も承知していた。
少数にできる戦いなど限られる。
となれば、ゼノン隊の殲滅は必要ない。適当にかわして列車砲を目指すことは必然だった。
だから罠を用意した。
ゼノン隊の後方に着地した敵MSはそのままバランスを崩して砂の中に埋もれた。さらに土砂を巻き込みながら落下する。
プロトタイプ・アッグで、こしらえた落とし穴だった。
「今だ!全壊させても構わん!投げて投げて投げまくれ!」
十数機のザクが一斉に穴の中へクラッカーを投げ入れた。これはMS用の手榴弾で、戦艦の破壊にも使用されるものだった。
落とし穴に嵌ったところを何十発もの手榴弾で絨毯攻撃。欠片も残さず消滅させるための戦術だった。
仮に落とし穴など使わなくとも簡単に破壊できただろうが、念には念を入れた。
どんな化け物だろうが、地上戦において1機で多数を屠ろうなど、慢心もいいところだった。
宇宙空間ならともかく、地上に逃げ道など存在しない。囲んで袋叩きだ。
ゼノンが満足していると、エイブラムから通信が入った。
「敵の主力は撃破しました。残敵はすでに南方へ逃走を始めていますが、たいした驚異ではありません。これで、アフリカ大陸の連邦勢力は一掃できたといえるでしょう」
続いて、ニキからも通信が入った。
「敵MSを撃破しました。こちらは2機とも損傷ありません」
「ご苦労。ひとまず戦いは終わったようだ。これからアレキサンドリアを占領する。凱旋といこうではないか」
デザート・フォックスの戦いは終わった。この後はしばらくこの地域で大規模な戦闘は無いだろう。
そして、敵はついにMSを生産してきた。だが、まだ時間は残されている。
ゼノンはかねてからの決意を実行に移すことにした。

アレキサンドリアの軍港。ジオン本国行きの輸送機が出発するところだった。
ゼノンとエイブラム、イェーガー、ハルトなどの士官たちが揃って見送りに来ていた。
エイブラムが最初に沈黙を破った。
「寂しくなりますね。彼女は本当に有能な女性でしたから、これからがたいへんです」
心底残念そうな口調だった。
「まったく、あの姉ちゃんにはまだ復讐してないんだけどなぁ。まあ、貸しってことにしておくか」
イェーガーはまんざらでもなさそうに呟く。
「しかしだな、これからの戦いは苦しくなる。熾烈な戦闘が続くのは確かだ。最悪の場合を考えて、余裕のあるうちに女性は本国へ帰しておいた方がいい」
ハルトは敵に捕らわれて嬲りものにされる女性兵士の姿など、見たくはなかった。
それを聴いて、ゼノンが口を開いた。
「そんな考えではない。女はやはり、戦場では足手まといだ。単純に無能と判断しただけだ」
それを訊いて、皆が一斉に溜息を吐いた。「素直じゃないねぇ」という声があちこちから聞こえる。
輸送機が離陸した。時刻はすでに正午をとっくに過ぎており、傾きかけた太陽が空に浮かんでいた。
それは、これからのジオンの運命を象徴しているかのようだった。



・・・・・完